「#6128. 1月の mond で10件の問いに回答しました」 ([2026-02-05-1]) のリストで触れたが,先月,知識共有プラットフォーム mond にて次の質問をいただいた.
英語の Rome の o は二重母音 [ou] を持っていますが,古英語の長母音oは現代語で [u:] になるはずなので,この語は古英語からロームと発音されたのではない,中英語以降の再度の借用語なのでしょうか?
回答をお読みいただければ分かるとおり,なかなか込み入った事情がある.この回答を作成するために周辺を調べ,メモを残しておいたので,それをこちらに残しておきたい.
まず,現代の Rome の発音は /rəʊm || roʊm/ だが,LPD3 では "Formerly also /ruːm/" とあった.また,OED によると,次のようにあった.
This pronunciation [= /ruːm/] survived in regional speech into the 20th cent. (compare quots. 1873, 1909 at sense 2a; Sc. National Dict. (at Room) records the pronunciation /rum/ as still in use in Banffshire in 1968). It shows the regular reflex of Middle English long close ō, in turn reflecting Old English ō. By contrast, the modern standard pronunciation was influenced by the pronunciation of the Latin and Italian forms of the place name.
さて,現代ではほぼ聞かれない /ruːm/ は,いつから用いられていたのだろうか.Walker の辞書の1827年版では,この語の発音を /ruːm/ として示しつつ,次の記述を与えている.
The o in this word is irrevocably fixed in the English sound of that letter in move, prove, &c. Pope, indeed, rhymes it with dome,
"Thus when we view some well-proprition'd dome,
"The word's just wonder, and ev'n thine, O Rome!"
But, as Mr. Nares observes, it is most probable that he pronounced this word as if written doom, as he rhymes Rome with doom afterwards in the same poem.
"From the same foes at last both felt their doom;
"And the same age saw learning fall and Rome."
Essay on Criticism, v. 685.
The truth is, nothing certain can be concluded from the rhyming of poets. It may serve to confirm an established usage, but can never direct us where usage is various and uncertain. But the pun which Shakespeare puts into the mouth of Cassius in Julius Cæsar decidedly shows what was the pronunciation of this word in his time:
"Now it is Rome, indeed, and rom enough,
"When there is in it but one only man."
And the Grammar in Queen Anne's time, recommended by Steele, says the city Rome is pronounced like Room; and Dr. Jones, in his Spelling Dictionary, 1704, gives it the same sound.
一方,Dobson の示している証拠と,それに基づく解釈は精妙だ (Vol. 2, §154) .
A special case of this variation is Rome, from OE Rōm reinforced by OF Rome. In this word [u:] is normal in the sixteenth and seventeenth centuries, as in Bullokar, Robinson (see further below), Willis, Price (contrast his 'homophone' list; see below), Poole, Lye (following Price), WSC-RS, Brown's 'phonetically spelt' list, and the 'homophone' lists from Butler's onwards, including those of Hodges, Coles's Schoolmaster, and Cooper (which are the best), but with two exceptions (see below). The word has [o:] only in Hart, Price's 'homophone' list (paired with roam; contrast his text, which gives [u:]), and Coles's least selective list, that of the Engl.-Lati. Dict. Cooper in 'editing' the material of earlier 'homophone' lists removes the pairing of Rome with roam to a list of words which are pronounced 'differently' (and not even 'near alike'). Robinson, though he gives [u:] in transcribing Rome in an English text, gives [o:] in Romam in his Latin poem; this important evidence shows that the usual view, that the [o] pronunciation (whence PresE [ou]) in Rome is due to French or Italian influence, is inexact; it is more immediately derived from the English pronunciation of Latin, in which [o] in Roma may show ME substitution of ǭ for ō even in the neighbourhood of a labial, but is more likely to be due to the 'reformed pronunciation', which was based to some extent on foreign models.
mond の回答でも述べたとおり,Dobson のいう 'reformed pronunciation' (改良発音)が何を指すのかは私には分からないので,この説を適切に評価することができない.ただ,著名な都市名をめぐる発音の問題について,このように熱い議論が交わされていることは知ることができた.
・ Wells, J C. ed. Longman Pronunciation Dictionary. 3rd ed. Harlow: Pearson Education, 2008.
・ Walker, John. Critical Pronouncing Dictionary and Expositor of the English Language. London: 1827.
・ Dobson, E. J. English Pronunciation 1500--1700. 2nd ed. 2 vols. Oxford: OUP, 1968.
2月9日(月)に「いのほた言語学チャンネル」の最新回が公開されました.「#403. 英語話者は単語を聞いてスペリングがわからないときはどうする?」と題して,「スペリング=漢字」説をご紹介しました.
この説を紹介することになったきっかけは,昨年末の12月28日に回答した質問・応答サービス mond でのとある問答が X(旧Twitter)で大きな反響を呼び,365万インプレッションという驚異的な注目を集めたことにあります.質問は「日本語では漢字がわからなければ仮名で書けるが,英語では正しい綴りを知らない場合,ネイティブはどうしているのか?」というものでした.文字論の観点からも,きわめておもしろいお題でした.
私はかねてより,英語のスペリングは,その機能において漢字に近いという「スペリング=漢字」説を唱えています.英語のアルファベット文字は,表音文字であり,とりわけ1文字1音を原則とする単音文字とされますが,それが1文字以上組み合わさったスペリングという単位になると表語文字の機能を帯び始めます.例えば,doubt のスペリングは確かに単音文字の組み合わせでできていますが,b のように何の音にも対応しない文字が含まれています.doubt というスペリング全体で考えると,それは1つの視覚的な「図像」であり,その図像が「疑」を意味する英単語を表わしています.つまり,スペリング全体として表語文字的な機能を帯びているのです.
日本語で「疑」という漢字をパーツに分解せずパターンの塊として認識するように,英語話者も doubt という5文字の並びを1つの視覚的単位として認識している.つまり,中身を顕微鏡で見ればアルファベットという表音文字の組み合わせですが,スペリングという単位になると,機能的には「漢字モード」として運用されているといってよいのです.
では,質問にあったように,綴字がわからないときはどうするのか.ここで英語における「仮名モード」が登場します.それがフォニックスや,とりあえず音を写し取る暫定的なスペリングです.英語にも「漢字モード」と「仮名モード」という2つのモードの切り替えが存在するというのが,私の見立てです.
動画内では,この文字論的なお話に加え,スペリングの間違いが社会的な規範のプレッシャーを強く受けるという点でも,漢字とスペリングが似ているという側面について井上逸兵さんと議論しています.ぜひご視聴ください.
「スペリング=漢字」説については,heldio でも以下の配信回でお話していますので,ぜひ合わせてお聴きいただければ.
・ 「#606. 英語のスペリングは漢字である」(2023年1月27日)
・ 「#1689. 「スペリング=漢字」説を解説します --- 規範主義の観点から」(2026年1月12日配信)
・ 「#1688. 「スペリング=漢字」説を解説します --- 機能的観点から」(2026年1月13日配信)

昨日の記事「#6128. 1月の mond で10件の問いに回答しました」 ([2026-02-05-1]) で触れた通り,先月の mond ではが綴字と発音の乖離 (spelling_pronunciation_gap) に関する話題が多く取り上げられた.そのなかに「language の gu は [gw] と発音されますが,フランス語は gu は後代のラテン語の借用語を除いて [g] です.これは often オフトンと同じタイプの綴り字発音ということですか?」という問いがあった.
この質問に対して1月27日に回答を投稿したのだが,回答準備のためにいくつか調べたことがあるので,ここに掲載しておきたい.まず MED の当該語の見出しを確認しておこう.
langāǧe (n.) Also langag, langaige, longage, language, languege, langwache, (errors) lanquage, langegage.
早くから異綴字として <u> や <w> を含むものもあったようだ.
次に OED の Notes の記述より.
Both in Anglo-Norman (where they are much more frequent than in continental French) and in English, spellings with insertion of u or w after g are due to the influence of classical Latin lingua, as is the standard pronunciation of the English word. In Middle English the word was usually pronounced without /w/ ; the 16th-cent. orthoepists Hart and Bullokar still record this pronunciation as the usual one, and it survives in Scots and Irish English, as shown e.g. by the spellings langidge, langige. See further E. J. Dobson Eng. Pronunc. 1500--1700 (ed. 2, 1968) vol. II. §421 note 7.
ここで言及されている Dobson (Vol. 2, §421, n. 7) に当たってみると,次のようにある.
Note 7: Language, being an adoption of OF langage, normally lacks [w] in ME; so Hart and Bullokar (normally). But it is early affected, in spelling and pronunciation, by Latin lingua (cf. the fourteenth-century spelling langwag recorded by OED); hence [gw] in Bullokar (as a rarer variant), Mulcaster, Gil (who actually gives u), Butler, Hodges, The English Schole-master, Strong, Young, Cooper, and Brown. Similarly banquet (OF banc + et) should have [k], as in Levins, Laneham, Hodges, Strong, and Young; but Coles gives the 'phonetic' spelling bang-quet (contrast blang-ket 'blanket'), which shows the beginning of the PresE spelling-pronunciation. Cooper says that the word is spelt either banquet or banket.
ここでは language の類例として banquet が挙げられている.mond の回答では banquet には触れなかったが,そちらの語も歴史的な振る舞いを調べてみると興味深そうだ.
・ Dobson, E. J. English Pronunciation 1500--1700. 2nd ed. 2 vols. Oxford: OUP, 1968.

先月,2026年1月は,知識共有プラットフォーム mond に寄せられてきた10の問いに回答しました.
綴字と発音の乖離 (spelling_pronunciation_gap) に関する話題が5問あり,この分野への関心の高さが窺われます.そのほか,構文の意味や歴史の話題,比較言語学的な問いなど,エキサイティングなトピックが並びました.
とりわけ反響が大きかったのは,7番目のAI時代におけるコーパス言語学の意義に関する問答です.タイムリーな論点でもあり,私としても英語史研究者・歴史言語学者の立場から,この問いに真剣に向き合ってみた次第です.専門内外の方々から多くの反応をいただき,たいへん嬉しく思います.
鋭い質問をお寄せいただいた皆さん,ありがとうございました.以下に時間順に10の問いと,対応する mond の問答へのリンクを張ります.ぜひ未読の問答がありましたら,お読みいただければ.また,mond で回答した話題について,本ブログで補足したり掘り下げる機会もよくありますので,mond タグより訪れてみてください.
1. would you be kind enough to 不定詞 「あなたは to 不定詞するのに十分なほど親切である可能性が万が一ながらあるでしょうか?」は,相手にお前は親切かと尋ねている時点でかなり不遜な表現だと思うのですが,それは質問者が日本人だからでしょうか?
2. gaol ジェイルの変則的なつづりの由来について教えてください.この ao の o は何ですか?
3. climb や bomb など,語末に黙字を持つ場合,ing, er など(動詞の場合)や er, est など(形容詞の場合)を付してもなお読まないままのはどうしてなのでしょうか.
4. 古風な英語では船を she で受けるそうですが、これは古英語の scip (中性名詞)とは関係ない、比較的最近の慣習であると先生のブログで拝見しました。ところでラテン語では女性名詞 navis,ギリシア語でも女性名詞 ναυς です.このような古典語からの影響の可能性はどれほどあるのでしょうか?
5. salmon はつづりに l があるのに l を発音しないことからして,16--17世紀あたりのつづりと発音の混乱が影響している臭いがします.salmon の発音と表記の歴史について教えてください。
6. 英語の Rome の o は二重母音 [ou] を持っていますが,古英語の長母音oは現代語で [u:] になるはずなので,この語は古英語からロームと発音されたのではない,中英語以降の再度の借用語なのでしょうか?
7. 今後特定のジャンルごとにその様式にそった文を出力するAIが発達し,多くの人がそれを利用するようになり,文を人間が作るのでなくAIの作った文を追認するようになった時代において,言語学の一分野であるコーパス言語学というものは学問としての意味をなしうるでしょうか?
8. language の gu は [gw] と発音されますが,フランス語は gu は後代のラテン語の借用語を除いて [g] です.これは often オフトンと同じタイプの綴り字発音ということですか?
9. as ... as 構文の歴史について教えてください.
10. 英語とドイツ語は同じゲルマン系統の言葉なのに,英語には単語別の性別が無いのはどうしてですか?
mond での質問受付についてお知らせがあります.先日の hellog 記事「#6105. mond での質問受付方式を変更します --- スーパーレター(優先パス)の導入」 ([2026-01-13-1]) でお伝えした通り,mond の「スーパーレター」(有料質問)機能を「回答の優先パス」として位置づけることにしています.数ある質問の中から,スーパーレターとしていただいたものを優先的に検討させていただきます(確約ではありませんが,回答の可能性は格段に高まります).もちろん,従来の無料での質問も引き続き歓迎いたしますので,ぜひ鋭い質問をお寄せください.
先日の記事「#6118. salmon の l はなぜ発音されないのですか? --- mond の質問」 ([2026-01-26-1]) で,salmon の発音と綴字の関係について取り上げた.この単語は英米両変種ともに /ˈsæmən/ と発音され,l が黙字となるのもさることながら,残された母音が /æ/ であることも不思議である.
Carney (249) によると,「#5924. could の <l> は発音されたか? --- Carney にみられる「伝統的な」見解」 ([2025-07-16-1]) で引用した1段落の後に,次のような段落が続く.
The string <al> is found as a spelling of /ɑː/ (half, calm, etc.) and of /ɔː/ (talk, walk, etc.) in some very common words. It is also a nonce spelling of /æ/ in salmon. The <l> in palm can only be considered an inert representation of /l/ (as both 'part of hand' and 'tree'): cf. palmary, palmic, palmiferous.
引用に挙げられている half やその他 calf なども,米音としては /hæf/, /kæf/ となり salmon と平行的だが,英音としては /hɑːf/, /kɑːf/ となる.salmon は英米ともに /æ/ を示す点でユニークな例ということになる.
salmon の /æ/ の由来については議論があり,中英語の短母音 ă から発したと考えられれば素直なのだが,長母音 [a:] の可能性も完全には否定できないようだ.MED の見出しでは,実際 sāmŏun が第1の綴字として掲げられている.Dobson (Vol. 2, §62) に次のようにある.
Salmon (ME sa(w)mon, &c.), which retains [æ] in PresE, has ME ă in Coles (who gives the 'phonetic spelling' sam-mun) followed by Young; so probably Strong, whose spelling is samon (but this may perhaps mean ME ā). It is not clear what Cooper's pronunciation was; he includes the word in a list of those which have silent l and fails to mark it with a dagger (thereby showing that it has not got [ɒ:] < ME au), but it is not certain that it has ME ă (as is probable) rather than [a:] < ME au (which is the probable pronunciation of the other words which are left unmarked). WSC-RS includes salmon in a list of words in which al is pronounced au, but this list is merely an unintelligent copy of Cooper's and it is doubtful whether we should assume from it that salmon had [ɒ:].
・ Carney, Edward. A Survey of English Spelling. Abingdon: Routledge, 1994.
・ Dobson, E. J. English Pronunciation 1500--1700. 2nd ed. 2 vols. Oxford: OUP, 1968.
salmon はつづりに l があるのに l を発音しないことからして,16~17世紀あたりのつづりと発音の混乱が影響している臭いがします.salmonの発音と表記の歴史について教えてください.
知識共有プラットフォーム mond にて,上記の質問をいただきました.日常的な英単語に潜む綴字と発音の乖離 (spelling_pronunciation_gap) に関する疑問です.
結論から言えば,質問者さんの推察は当たっています.salmon の l は,いわゆる語源的綴字 (etymological_respelling) の典型例であり,英国ルネサンス期の学者たちの古典回帰への憧れが具現化したものです.
hellog でもたびたび取り上げてきましたが,英語の語彙の多くはフランス語を経由して入ってきました.ラテン語の salmō (acc. salmōnem) は,古フランス語で l が脱落し saumon などの形になりました.中英語期にこの単語が借用されたとき,当然ながら英語でも l は綴られず,発音もされませんでした.当時の文献を見れば,samon や samoun といった綴字が一般的だったのです.
ところが,16世紀を中心とする初期近代英語期に入ると,ラテン語やギリシア語の素養を持つ知識人たちが,英語の綴字も由緒正しいラテン語の形に戻すべきだ,と考え始めました.彼らはフランス語化して「訛った」綴字を嫌い,語源であるラテン語の形を参照して,人為的に文字を挿入したのです.
debt や doubt の b,receipt の p,そして salmon の l などは,すべてこの時代の産物です.これらの源的綴字は,現代英語に多くの黙字 (silent_letter) を残すことになりました.
しかし,ここで英語史のおもしろい(そして厄介な)問題が生じます.綴字が変わったとして,発音はどうなるのか,という問題です.綴字に引きずられて発音も変化した単語(fault や assault など)もあれば,綴字だけが変わり発音は古いまま取り残された単語(debt や doubt など)もあります.salmon は後者のグループに属しますが,この綴字と発音のねじれた対応関係が定着したのは,いつ頃のことだったのでしょうか.
回答では,EEBO corpus (Early English Books Online) のコーパスデータを駆使して,salmon の綴字に l が定着していく具体的な時期(10年刻みの推移)をグラフで示しました.調査の結果,1530年代から1590年代にかけてが変化の中心期だったことが分かりました.1590年代以降,現代の対応関係が確立したといってよいでしょう.
回答では,1635年の文献に見られる,あるダジャレの例も紹介しています.また,話のオチとして「鮭」そのものではありませんが,この単語に関連するある細菌(食中毒の原因として有名なアレです)の名前についても触れています.
なぜ salmon は l を発音しないままなのか.その背後にある歴史ドラマと具体的なデータについては,ぜひ以下のリンク先の回答をご覧ください.

・ Hotta, Ryuichi and Iyeiri Yoko. "The Taking Off and Catching On of Etymological Spellings in Early Modern English: Evidence from the EEBO Corpus." Chapter 8 of English Historical Linguistics: Historical English in Contact. Ed. Bettelou Los, Chris Cummins, Lisa Gotthard, Alpo Honkapohja, and Benjamin Molineaux. Amsterdam: Benjamins, 2022. 143--63.
先月,2025年12月は,知識共有プラットフォーム mond に寄せられた疑問の計8件に回答しました.
受験勉強に励む高校生からの熱心な質問や,日常のふとした語彙の疑問,さらには日英語の表記体系の比較など,バラエティに富んだ問いが寄せられました.回答を作成する過程で,私自身も改めて英語の歴史や仕組みについて考えさせられることが多く,勉強になっています.質問をお寄せいただいた方々,ありがとうございました.
以下に時間順に8つの問いと,対応する mond の問答へのリンクを張ります.週末の読み物としてどうぞ.
1. 短縮形についに質問です.なぜ,I wasの短縮形が無いんですか?
2. 英語の受験勉強の傍ら,英文法史を学んでいる高三です.関係代名詞は代名詞なのですか? また,形容詞的に修飾するという説明は,英語史的に正しいのでしょうか?
3. recipe(作り方・調理法)という単語について質問します.この単語のつづり方から想像される発音は,i が二重母音で語末の e が読まない字・・と思うところですが,実際はそうではなく,特に語末の e も発音するのは英単語ではかなり珍しいと思います.どうしてこのような変な発音なのですか.
4. 形容詞と同形の副詞と,そこに -ly がついた副詞で意味が異なりますが,不思議です.どうしてこのようにややこしいことになったのでしょうか?
5. 付帯状況の「with O C」は どのようにして生まれたのですか?
6. God save the king. が,三単現であるべきところ,原形を用いた仮定法だと習いました.ならば,You eat sushi. ならば,「君よ寿司を食べ給へ」という意味にも,時と場合によってはなり得ますか?
7. nowadaysという語に関して二つ質問です.(1) nowadays には now"a"day"s" となぜ単数形を表す a と複数形を表す s がどちらもついているのでしょうか? (2) 同じような意味の語に recently がありますがなぜ nowadays は現在形に,recently は現在完了形に使うという棲み分けがなされたのでしょうか?
8. 日本語では,聞いて音が分かったが漢字の表記が分からない場合,とりあえず仮名で書くという方法をとることができますが,英語では綴りが分からないとそもそも書いて残すことができません.音は分かるが綴りが分からないときは,どう対処しているのですか.
とりわけ6番目の God save the king. と You eat sushi. を比較した質問は,仮定法現在の衰退と残存,そして祈願や命令の機能という英語史の大きなテーマに関わるユニークな話題でした.また,8番目の日本語の仮名表記と英語の綴字に関する問いは,文字論的な観点から非常に鋭い指摘を含んでおり,回答していて知的興奮を覚えました.おかげさまで良問答とも非常に大きな反響をいただきました.
さて,ここで mond での質問受付について重要なお知らせがあります.先日の hellog 記事「#6105. mond での質問受付方式を変更します --- スーパーレター(優先パス)の導入」 ([2026-01-13-1]) でお伝えした通りですが,mond の「スーパーレター」(有料質問)機能を「回答の優先パス」として位置づけることにしました.数ある質問の中から,スーパーレターとしていただいたものを優先的に検討させていただきます(確約ではありませんが,回答の可能性は格段に高まります).もちろん,従来の無料での質問も引き続き歓迎いたします.
以上,英語史というニッチな分野での発信活動を,無理なく,長く,そして楽しく続けていくための持続可能性を考慮した決断です.ご理解いただければ幸いです.2026年も,引き続き皆さんの素朴な疑問に答えていきたいと思います.

一昨日,知識共有プラットフォーム mond にて,古風な英語で船を she で受ける慣習に関する質問に回答しました.一般に,英語における船や国名,抽象名詞の擬人化は,中英語期にフランス語やラテン語の文法性(およびそれに付随する文学的伝統)の影響を受けて定着したものと考えられます.古英語の文法性が直接継承されたわけではなく,一度文法性が崩壊した後に,外来の修辞的慣習として再構築された「後付けの性」であるという解釈です.
回答では,国名がラテン語の -ia 語尾(女性名詞)の影響で女性化しやすかったことなどに触れましたが,一方で,中英語の擬人的性付与の実態はそれほど単純ではなかったことにも言及しました.「国名や抽象名詞に女性性を与えるケースは確かに目立ちますが,男性性が付与される例も散見されます」と述べたとおりです.
この主張の根拠として,Mustanoja (51) の記述があります."Trend Towards Masculine Gender" と題する節で,中英語にみられる不思議な現象が紹介されています.以下にフルで引用します.
TREND TOWARDS MASCULINE GENDER. --- A feature which seems to be peculiar to the ME development is a tendency of nouns to assume the masculine gender. Not very much is known about this phenomenon, except that it seems to be at work in a large number of ME nouns, native or borrowed from other languages, with concrete or abstract meanings, which tend to assume the masculine gender without any apparent reason and often in contrast to the gender of the corresponding nouns in Latin and French. The fact, for example, that earth (OE feminine) is usually treated as a masculine in ME has been assigned to this peculiar trend towards the masculine gender. This trend has also been thought to account for the occasional use of nature and youth (OE geoguþ, fem.) as masculines. As pointed out above (p. 48), church is often feminine in ME; its occasional use as a masculine noun has also been ascribed to the general tendency of nouns towards the masculine gender. Geographical names are normally neuter, but Robert of Gloucester occasionally treats them as masculines: --- Engelond his a wel god lond; . . . þe see geþ him al aboute, he stond as in an yle (3); --- þe Deneis vor wraþþe þo asailede vaste þen toun and wonne him (RGlouc. 6050; a number of MSS read þe toun and hit). Examples of this kind could be multiplied many times over. It is possible that in several cases of this kind the masculine gender will be satisfactorily explained in some other way when enough evidence has accumulated to clarify its development; yet even if this should happen it can hardly be denied that a tendency towards the masculine gender exists in ME.
Mustanoja によれば,中英語には名詞を男性名詞として扱う独自の傾向があったということです.この現象の詳細はあまり解明されていないようですが,本来語か借用語か,あるいは具体的意味か抽象的意味かに関わらず,多くの名詞において,明確な理由もなく男性化する事例が見られるというのです.しかも,対応するラテン語やフランス語の名詞が女性である場合や,古英語で女性であった場合でも,中英語では男性として扱われることがあるというから,一見するとランダムに生じているかのように思われます.
Mustanoja は,これらの事例のいくつかは将来的に別の理由で説明がつくかもしれないと慎重に述べながらも,中英語期に「男性化への傾向」が存在したこと自体は否定しがたいと結んでいます.
ここから示唆されるのは,中英語期にかけての文法性の崩壊と,それに続く自然性や擬人法への移行期において,性の付与は意外と揺れ動いていたようだということです.
英語史では,例外として片付けられがちな事例にこそ,言語変化のダイナミズムを解き明かす鍵が潜んでいることがあります.船は she で受けるという著名な事例の裏で,別のおもしろい事例がひっそりと隠れていたということは銘記しておいてよいですね.
・Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960. 88--92.

一昨日,知識共有プラットフォーム mond にて,古風な英語で船を she で受ける慣習に関する質問に回答しました.一般に,英語における船や国名,抽象名詞の擬人化は,中英語期にフランス語やラテン語の文法性(およびそれに付随する文学的伝統)の影響を受けて定着したものと考えられます.古英語の文法性が直接継承されたわけではなく,一度文法性が崩壊した後に,外来の修辞的慣習として再構築された「後付けの性」であるという解釈です.
回答では,国名がラテン語の -ia 語尾(女性名詞)の影響で女性化しやすかったことなどに触れましたが,一方で,中英語の擬人的性付与の実態はそれほど単純ではなかったことにも言及しました.「国名や抽象名詞に女性性を与えるケースは確かに目立ちますが,男性性が付与される例も散見されます」と述べたとおりです.
この主張の根拠として,Mustanoja (51) の記述があります."Trend Towards Masculine Gender" と題する節で,中英語にみられる不思議な現象が紹介されています.以下にフルで引用します.
TREND TOWARDS MASCULINE GENDER. --- A feature which seems to be peculiar to the ME development is a tendency of nouns to assume the masculine gender. Not very much is known about this phenomenon, except that it seems to be at work in a large number of ME nouns, native or borrowed from other languages, with concrete or abstract meanings, which tend to assume the masculine gender without any apparent reason and often in contrast to the gender of the corresponding nouns in Latin and French. The fact, for example, that earth (OE feminine) is usually treated as a masculine in ME has been assigned to this peculiar trend towards the masculine gender. This trend has also been thought to account for the occasional use of nature and youth (OE geoguþ, fem.) as masculines. As pointed out above (p. 48), church is often feminine in ME; its occasional use as a masculine noun has also been ascribed to the general tendency of nouns towards the masculine gender. Geographical names are normally neuter, but Robert of Gloucester occasionally treats them as masculines: --- Engelond his a wel god lond; . . . þe see geþ him al aboute, he stond as in an yle (3); --- þe Deneis vor wraþþe þo asailede vaste þen toun and wonne him (RGlouc. 6050; a number of MSS read þe toun and hit). Examples of this kind could be multiplied many times over. It is possible that in several cases of this kind the masculine gender will be satisfactorily explained in some other way when enough evidence has accumulated to clarify its development; yet even if this should happen it can hardly be denied that a tendency towards the masculine gender exists in ME.
Mustanoja によれば,中英語には名詞を男性名詞として扱う独自の傾向があったということです.この現象の詳細はあまり解明されていないようですが,本来語か借用語か,あるいは具体的意味か抽象的意味かに関わらず,多くの名詞において,明確な理由もなく男性化する事例が見られるというのです.しかも,対応するラテン語やフランス語の名詞が女性である場合や,古英語で女性であった場合でも,中英語では男性として扱われることがあるというから,一見するとランダムに生じているかのように思われます.
Mustanoja は,これらの事例のいくつかは将来的に別の理由で説明がつくかもしれないと慎重に述べながらも,中英語期に「男性化への傾向」が存在したこと自体は否定しがたいと結んでいます.
ここから示唆されるのは,中英語期にかけての文法性の崩壊と,それに続く自然性や擬人法への移行期において,性の付与は意外と揺れ動いていたようだということです.
英語史では,例外として片付けられがちな事例にこそ,言語変化のダイナミズムを解き明かす鍵が潜んでいることがあります.船は she で受けるという著名な事例の裏で,別のおもしろい事例がひっそりと隠れていたということは銘記しておいてよいですね.
・Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960. 88--92.

昨年後半のことになりますが、知識共有サービス mond を通じて私に寄せられた「英語に関する素朴な疑問」に回答した2つの記事が、X(旧Twitter)上でともに330万インプレッションを超えるという,まさかのお祭り騒ぎを経験しました.「英語史をお茶の間に」をモットーに英語史活動「hel活」 (helkatsu) を推進する身としては望外の喜びです.
ありがたいことに質問箱には日々多くの投稿が寄せられてきており,現在ではストックが380件近くに達しています.いただいた質問にはすべて目を通していますし,可能な限り答えたいという気持ちはやまやまなのですが,良質な回答を心がけており,数日に1件を取り上げるのが物理的な限界である,というのが正直なところです.
そこで,今後も質の高い回答を継続し,かつ活動を持続可能なものとするために,質問受付の方針を少し変更させていただくことにしました.
具体的には,mond の機能である「スーパーレター」(有料質問)を「回答の優先パス」として位置づけることにしました.これまでもスーパーレター機能自体はオンにしていましたが,今後はこれを「優先的に目を通し,回答を検討する」ためのチケットとして活用させていただきます.数ある質問の中から,スーパーレターとしていただいたものを優先順位の上位に置き,回答を心がけます(確約ではありませんが,可能性は格段に高まります).
ここで誤解のないように強調しておきたいのは,mond の仕様上,課金が発生するのは私が「回答した場合のみ」であるという点です.スーパーレターを送ったとしても,私が回答を作成せず(あるいはできず)に期間が過ぎれば,質問者の方に金銭的な負担は一切生じません.あくまで,膨大な質問の山の中から優先的にピックアップさせていただくための仕組み,あるいは私の専門性への対価として投げ銭を伴う「本気の質問」への優遇措置,と捉えていただければ幸いです.いただいた収益については「hel活」の維持・発展のために使わせていただきます.
もちろん,従来の無料での質問も引き続き大歓迎です.「ちょっと聞いてみたい」という気軽な疑問こそが,意外と学問的に深い問いを含んでいることも多いからです.ただし,こちらは上述の通りストックが積み上がっているため,私がその時の気分や関心に合わせて「気ままに」選ばせていただく,いわば「抽選」に近い形となります.運良く選ばれたらラッキー,くらいの感覚で投稿していただければと思います.これまで通り,おもしろい質問や,多くの英語学習者が共有しているであろう疑問には,無料・有料を問わず積極的に答えていくつもりです.
mond での回答作成は,私自身にとっても学びの多いプロセスとなっています.専門外の視点からの素朴な疑問にハッとさせられることもあれば,回答を書くために調べ直す過程で新たな知見が得られることもあります.
以上は,英語史というニッチな分野での発信活動を,無理なく,長く,そして楽しく続けていくための持続可能性を考慮した決断です.皆様から寄せられる熱意ある質問には,プロフェッショナルとして向き合いたいと考えています.そのための環境作りとして,ご理解いただければ幸いです.
質問は以下のリンクより受け付けています.英語の語源,文法,発音の歴史など,素朴な疑問からマニアックな質問まで,皆さんからの声をお待ちしています.

12月28日のお昼に,知識共有プラットフォーム mond に投稿したある回答が,X 上で大きな反響を呼んでいます.一晩でインプレッションが100万を超え,本日の朝までに358万に達しています.日英語の文字遣いの差に関する文字論の話題で,一見すると地味なテーマですが,おおいに盛り上がっています.驚きとともに,この分野への潜在的な関心の高さを改めて実感しています.
話題となっているのは,mond に寄せられた1つの質問です.「日本語では,聞いて音が分かったが漢字の表記が分からない場合,とりあえず仮名で書くという方法をとることができますが,英語では綴りが分からないとそもそも書いて残すことができません.音は分かるが綴りが分からないときは,どう対処しているのですか.」という問いです.
これに対する回答で,私は「アルファベットを仮名のように使えばいい」という視点と,「英語のスペリングは漢字のようなものだ」という論を展開しました.
この回答に対し,主に X のリプライを通じて非常に活発な議論が交わされています.しかし,皆さんの反応を見ていて気づかされたのは,この「問い」自体が非常に広く,多義的であるという点です.質問の文言だけでは,具体的にどの場面を想定しているのかが1点に定まりません.だからこそ,皆さんから「自分ならこう答える」という多様な意見が出されているわけです.
この「英語に仮名はないのか?」論争をめぐり論点がやや錯綜してきたので,ここで交通整理したいと思います.質問の意図をなるべく一意に定めるために,少なくとも以下の6つほどのパラメータを考慮する必要があると現時点では考えています.
1. 誰の対処法を尋ねているのか?
A. 英語母語話者(はどう対処していますか?)
B. 日本語母語話者で英語学習者の皆さん(はどう対処していますか?)
2. その綴字の用途は?
A. 後に他人と共有しない前提でのインフォーマルなメモのために
B. 後に他人と共有する前提でのフォーマルな文書のために
3. どこまで正書法にこだわるか? 規範に従うことが重要か,あるいはとりあえず伝達できれば十分か?
A. 原則としてこだわる(単語テスト,学校のレポート,公式文書など)
B. それほどこだわらない(メモ,親しい仲間内での伝言など)
4. 綴字を知りたい当該の単語の種類は?
A. 一般語や地名
B. 人名
5. 単語の発音から正しい綴字にたどり着く方法は?
6. 単語の意味が分かっている,あるいはある程度推測できるか?
文字とは何か,正しさとは何か.この議論の熱を絶やさず,引き続き議論を深めていければと思います.
関連して,29日の午後に,紛糾する議論を受けて heldio にて特別配信回「【152万インプ超え】mond の「英語に仮名はないのか?」論争を交通整理します」を公開しました.
また,30日のお昼には,続編となる mond への回答も投稿しているので,そちらもご覧ください.
「#6081. 仮定法現在としての God save the king. と You eat sushi. --- mond での注目問答」 ([2025-12-20-1]) で取り上げた願望仮定法(あるいは祈願接続法)について補足する.願望仮定法は,「#3543. 『現代英文法辞典』より optative (mood) の解説」 ([2019-01-08-1]) で触れた通り,少数のかなり固定された表現に用いられる.語順に倒置が起こることが多い.Quirk et al. (§11.39) より,この構文に関する基本事項を確認しておきたい.
Far be it from me to spoil the fun
Suffice it to say we lost.
Long live the Republic!
So be it.
So help me God.
ただし,倒置が起こらない固定的なパターンもある.
God save the Queen!
God/The Lord/Heaven bless you/forbid/help us!
The devil take you. <archaic>
いずれも古風な響きがあるが,祈願の may と倒置を施すと古風さは若干緩和される.
May the best man win!
May all your troubles be small!
May you always be happy!
May you break your neck!
もう1つの古風な形式は would (to God) that . . . である.
Would (to God) that I'd never heard of him!
・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.
知識共有プラットフォーム mond に次の質問が届きました:God save the king. が,三単現であるべきところ,原形を用いた仮定法だと習いました.ならば,You eat sushi. ならば,「君よ寿司を食べ給へ」という意味にも,時と場合によってはなり得ますか?

この質問に回答したところ,「sushi 文」の問題として SNS 上でも注目が集まっています.
回答に当たって,前半では,仮定法現在としての「sushi 文」について,英語史の観点を交えながら,理論的な可能性と現実的な使用の実態を検討しました.願望を表わす仮定法現在は,古英語から中英語にかけては普通に用いられていました.しかし,近代英語以降には衰退し,「#3543. 『現代英文法辞典』より optative (mood) の解説」 ([2019-01-08-1]) で見たとおり,God save the king や So be it などの固定表現で用いられるのみとなり,今回の「sushi 文」のように生産的に願望表現を作ることは事実上不可能になりました.
また,後半では「平叙」と「命令」と「願望」の発話行為 (speech_act) の違いにも触れました.You eat sushi. は理論上はいずれの解釈も可能ですが,実際上は願望の読みはないといってよいでしょう.一方,発音される場合の韻律次第で「命令」の読みは残ります.この問題についても,最近気になっていたニュージーランドの道路標識 "PEDESTRIANS GIVE WAY TO VEHICLES" を例に挙げて少し論じてみました.

ぜひ上記の問答をお読みいただき,皆さんにもこの問題についてお考えいただければと思います.また,この問題への注目を受けて,一昨日のお昼に heldio で生配信「【ランチ生配信】Xで16万インプ!話題の「sushi文」解説」も行ないましたので,そちらもアーカイヴからお聴きいただければ.
・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.
先日,知識共有プラットフォーム mond に次の質問が届きました.付帯状況の「with O C」はどのようにして生まれたのですか?

こちらに多くの反響が寄せられています.内的な意味変化と外的な影響という2つの視点から回答しました.ぜひお読みいただければ.
外的な影響というのは,古英語期にラテン語からの翻訳に際して,ラテン語の独立属格構文 (absolute ablative) が mid を用いた古英語の構文に移し替えられたことに基づいています.ただし,これが中英語以降の with の付帯状況の構文に,どのように結びついていくのかは,また別の問題です.英語統語論史的には,議論のあるところかと思います.
現代英語の共時的な観察としては,Quirk et al. (§9.55, pp. 704--05) に「付帯状況の with」への言及があります.英語の用語としては "accompanying circumstances" や "contingency" などが用いられることが多いです.今後の議論のために,まず「付帯状況の with」が,どのような使われ方をするのか,どんな性質をもった構文かを確認しておきましょう.
[T]hey [= with and without] can introduce finite (sic) and verbless clauses as adverbial:
He wandered in without shoes or socks on.
With so many essays to write, I won't have time to go out tonight.
The fuller clausal equivalent is a participial adverbial clause expressing contingency (cf 15.46):
Having so many essays to write, I won't have time to go out tonight.
Since with and without in these functions introduce clauses, they are subordinators, not prepositions. The nonfinite clause may also be a to-infinitive. Compare:
With Mary being away
With no one to talk to
With Mary away John felt miserable.
With the house empty
Without anyone to talk to
with のみならず without の付帯状況構文もあること,各前置詞の後に動名詞や不定詞が直接続くことはないことなど,いろいろと特徴があることが分かります.共時的にも通時的にも興味の尽きない構文です.
・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.
11月は,知識共有プラットフォーム mond に寄せられた「英語に関する素朴な疑問」の計9件に英語史・英語学の観点から回答しました.いつものように素朴であるからこその難題も多かったのですが,回答を考えたり書いたりしながら,私自身の意見もまとまってくるので,貴重な機会です.質問をお寄せいただいた方々,ありがとうございます.
以下に時間順に9つの問いと,対応する mond の問答へのリンクを張ります.日曜日の読み物としてどうぞ.
1. 現在完了についての質問です.have gone to は go to から派生されたのだと思うのですが,have been to は「be 動詞 to 場所」では使えないですよね.「be 動詞 to 場所」はダメなのに「have been to 場所」は使えるのはなぜですか? 例文:○I have been to Tokyo. ×I am to Tokyo.
2. few と little は a を前に置くと肯定で,無いと否定の意味になるのはどういう仕組みですか.また,little は修飾する名詞が不可算の場合に使うのに不定冠詞を置くことができるのはなぜですか.
3. 等位接続で結ぶとき,二人称と三人称ではどちらが先行するのですか.また一人称を最後に置かないといけない理由は何ですか.例:he and I(I は最後に置く)
4. sensible は『分別がある』『賢明だ』という意味ですが,接頭辞 in を付した insensible は『分別がない』『馬鹿』のような反対の意味ではなく,『感覚がない』『鈍感』という意味になってしまいます.また反対にみると insensible から in を除いた sensible は『敏感』となりそうですがそうではありません.(in)flammable の場合とは違い,一応は in が否定の機能を持っていますが対義語にはなっていません.この食い違いはどのように生じたのですか.
5. 語順に関する疑問です.かつては格変化があったため,語順がある程度自由であったことは理解できるのですが格変化がなくなり,なぜ SVO になったのでしょうか.SOV や OVS などでもよくないか思ってしまいます.つまり,語順を固定することが目的であって SVO である必要はなかったのではないでしょうか.
6. なぜ形容詞は代名詞 (she, it, mine…) を修飾できないんですか?
7. public は「大衆の~」「公共の~」「公立の~」「公的」という意味ですがどうして public school は「私立学校」を表すのですか.
8. 英語の前置詞には分離から所有の意味に転じた of や対立から付帯の意味に転じた with など本来の意味とは異なった,というよりむしろ真逆のような使われ方をするようになったものがありますが,これはなぜなのでしょうか?
9. 以前,中学生に英語を教えたとき,こーゆう質問されました.「Take an umbrella with you. の with you って何故必要なんですか?」確かに,Take an umbrella. だけでも通じるので,with NP は別にいらないんじゃないかと思ってしまいます.
とりわけ最後の9問目の問答は,本ブログでも何度か言及してきた通り,大反響をいただきましたので,ぜひお読みください.

12月も,なるべく定期的に回答していければと思っています.
先日の記事「#6062. Take an umbrella with you. の with you はなぜ必要なのか? --- mond の問答が大反響」 ([2025-12-01-1]) と,それに先立つ mond での回答を受けて,この with you の役割について,さらに考察を深めてみる.
先の回答では,前置詞句 with you が,多義語 take の語義を限定する役割を担っていると解説した.この前置詞句の存在により, take が単なる「取る」ではなく「持っていく」を意味することが確定する.もちろん文脈によっても同様の役割は果たされ得るのだが,直接言語的に果たされるのであれば,それはそれで望ましいことだ.フレーズの意味は,構成要素の意味の単純な足し算で決まるというよりも,構成要素相互の共起 (collocation) それ自体によって定まる,と考えられる.これは,構造言語学的にも認知言語学的にも認められてきた捉え方だ.
さて,with you の役割は,上述の意味限定機能に尽きるだろうか.反響コメントを受けて改めて考えてみると,他にもありそうである.1つ考えたのは「空間関係明示機能」とでも名付けるべき機能だ.Take an umbrella with me. の類例,すなわち「前置詞+人称代名詞(再帰的)」を伴う他の文例を考えてみよう.例文は Quirk et al. を参照した過去の hellog 記事「#2322. I have no money with me. の me」 ([2015-09-05-1]) より再掲する.
(1) He looked about him.
(2) She pushed the cart in front of her.
(3) She liked having her grandchildren around her.
(4) They carried some food with them.
(5) Have you any money on you?
(6) We have the whole day before us.
(7) She had her fiancé beside her.
いくつかの例では,動詞の意味を限定する機能が発動されていると解釈できるが,多くの例で際立つのは,主語と目的語の指示対象各々の相対的な空間関係が明示・強調されていることだ.(6) については,その応用で時間関係にも同構文が用いられていると解せる.(1) の場合でいえば,空間関係が above him でも behind him でもなく about him なのだという,対比に近い強調の気味が感じられる.
関連してこの構文に特徴的な点は,前置詞句内の強勢は前置詞そのものに落ち,人称代名詞には落ちないことだ.つまり,表出していない他の前置詞との対比が意識されている,と考えられるのではないか.このことは,"Pat felt a sinking sensation inside (her)." のように人称代名詞が表出すらしないケースがあることからも疑われる.
Take an umbrella with you. の with you の問題に戻ると,先の意味限定機能の解釈によれば,「取る」だけでなく「取って,さらに携帯していく」という語義へ絞り込まれるというのがポイントだった.これは広い意味で動作のアスペクトに関する差異を生み出すとも解釈でき,今回新たに提案した空間関係記述機能とも無関係ではなさそうだ.むしろ,物理的な動作のアスペクトは,空間関係と密接な関係にあるはずだ.その点で,両機能は独立した別々の機能というよりは,連続体と捉える方がよいのかもしれない.
・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.
昨日に引き続いての話題.先週の金曜日に,私が知識共有プラットフォーム mond に投稿した回答が,X(旧 Twitter)上で驚くべき反響を呼んでいます.本日付でそのX投稿のインプレッション数が327万,mond 本体での「いいね」も800件に迫る勢いです.「英語に関する素朴な疑問」への関心の高さを改めて実感しています.
話題となっているのは,ある中学生から寄せられた次のような質問でした.
以前,中学生に英語を教えたとき,こーゆう質問されました.「Take an umbrella with you. の with you って何故必要なんですか?」確かに,Take an umbrella. だけでも通じるので,with NP は別にいらないんじゃないかと思ってしまいます.
実に鋭い質問です.確かに Take an umbrella. だけでも文脈上「傘を持っていきなさい」の意味となるので,基本的には通じるでしょう.辞書を引けば take には「持っていく」という語義が確かに載っているわけですから.では,なぜわざわざ with you という(一見すると冗長な)前置詞句を添えるのが自然な英語とされるのでしょうか.
私の回答の核心は「多義性の解消」にあります.動詞 take は英語でも屈指の多義語であり,基本義は「(手に)取る」 (= grab/grasp/seize) ほどです.文脈の補助がない場合,意地悪くすれば Take an umbrella. は単に「傘を手に取りなさい」とも解釈され得るのです.ここに with you を添えることで「携行」というアスペクト的な意味が明示されることになり,意味が「持っていく」に限定されるのです.これは I have money. 「お金持ちだ/いま所持金がある」と I have money on me. 「いま所持金がある」の違いにも通じる,英語の興味深いメカニズムです.
この解説の要点を,インフォグラフィック(生成AI作成)としてまとめてみました.視覚的に整理すると,with you の意味限定機能がよく分かると思います.

mond の本編では,この言語学的メカニズムについて,Pass me the salt. や日本語の補助動詞「~してくれる」との比較も交えながら,より詳しく解説しています.
今回の with you 問題については,意味限定機能という切り口から解説しましたが,ほかにアスペクト・空間関係記述機能という見方もできるのではないかと考えています.こちらはまた別の機会にご紹介したいと思います.
今回の中学生の素朴な疑問が,いかに英語の本質を突いているか.ぜひ以下のリンクから mond でのオリジナルの問答を読んで,英語の「なぜ」を深掘りしていただければ.
・ 「Take an umbrella with you. の with you って何故必要なんですか?」
一昨日,知識共有サービス mond に寄せられた,ある質問に回答しました.それがX投稿を経由してバズっています.今朝の時点で,X投稿が320万インプを示しており,驚いています.私のhel活X投稿の歴史では最多です.
以前,中学生に英語を教えたとき,こーゆう質問されました.「Take an umbrella with you. の with you って何故必要なんですか?」確かに,Take an umbrella. だけでも通じるので,with NP は別にいらないんじゃないかと思ってしまいます.

ちょうど take という単語について調べたり考えたりしていたところだったこともあり,この質問を何気なくピックアップして回答した次第ですが,このような反響をいただいたことに驚いています.
そもそも質問が良質でした.多くの英語学習者の共感を呼ぶ「英語に関する素朴な疑問」だったと思います.
私は本ブログや mond やその他の様々な媒体で日々「hel活」 (helkatsu) を展開していますが,とりわけ中高生が抱くような「英語に関する素朴な疑問」を重視しています.それに答えようとする営みは,英語史や英語学の最も実践的な形だと考えているからです.回答を試みたとしても,必ずしも解決する問題ばかりではなく,むしろさらに難解な問題を招いてしまうことも多々あるのですが,少なくともコトバについて考える貴重な機会となります.
これまでに mond で100問以上の「英語に関する素朴な疑問」に回答してきましたが,とりわけ多くの反響をいただいた過去回答を5つピックアップしてみます.日曜日の読み物としてどうぞ.
・ mond 「なぜ形容詞は代名詞 (she, it, mine…) を修飾できないんですか?」への回答

・ mond 「英語では単数形,複数形の区別がありますが,なぜ「1とそれ以外」なのでしょうか.」

・ mond 「that に接続詞としての用法が生じたのに対し,this にそれが生じなかったのはなぜでしょうか.」

・ mond 「どうして英語には冠詞がいるのでしょうか? なくても意味が通じるような気がします」


英語学習者の皆さんにおかれましては,ぜひ「英語に関する素朴な疑問」を大切にしていただければと思います.Take an umbrella with you. に関するおおもとの質問を提供してくれた中学生,それを mond に投稿された質問者の方,X上で感想コメントをいただいて拡散してくださった皆さん,ありがとうございます.そして,新たな「英語に関する素朴な疑問」の良問を mond にてお待ちしております!
先月,知識共有サービス Mond にて5件の英語に関する質問に回答しました.新しいものから遡ってリンクを張り,回答の要約も付します.
(1) なぜ数量詞は遊離できるのに,冠詞や所有格は遊離できないの?
回答:理論的には数量詞句 (QP) と限定詞句 (DP) の違いによるものと説明できそうですが,一筋縄では行きません.歴史的にいえば,古英語から現代英語に至るまで,数量詞遊離は常に存在していましたが,時代とともに制限が厳しくなってきているという事実があります.詳しくは新刊書の田中 智之・縄田 裕幸・柳 朋宏(著)『生成文法と言語変化』(開拓社,2024年)をご参照ください.
(2) have got to の got とは何なのでしょうか?
回答:have got は本来「獲得したところだ」という現在完了の意味でしたが,16世紀末から「持っている」という単純な意味に転じました.文法化 (grammaticalisation) の過程を経て,口語で have の代用として定着しています.「#5657. 迂言的 have got の発達 (1)」 ([2024-10-22-1]),「#5658. 迂言的 have got の発達 (2)」 ([2024-10-23-1]) を参照.
(3) 英語では単数形,複数形の区別がありますが,なぜ「1とそれ以外」なのでしょうか?
回答:「1」が他の数と比べて特に基本的で重要な数であるためと考えられます.古英語には双数形もありましたが,中英語以降は単数・複数の2区分となりました.世界の言語では最大5区分まで持つものもあります.「#5660. なぜ英語には単数形と複数形の区別があるの? --- Mond での質問と回答より」 ([2024-10-25-1]) を参照.
(4) 完了形はなぜ動作の継続を表現できるのでしょうか?
回答:完了形の諸用法の共通点は「現在との関与」です.継続の意味は主に状態動詞で現われ,動作動詞では完了の意味が表出します.また「時間的不定性」も完了形の重要な特徴と考えられます.「#5651. 過去形に対する現在完了形の意味的特徴は「不定性」である」 ([2024-10-16-1]) を参照.
(5) subjunctive mood (仮定法・接続法)の現在完了について
回答:仮定法現在完了は理論上存在可能で実例も見られますが,比較的まれです.仮定法の体系は「現在・過去・過去完了」の3つ組みとして理解するのが妥当で,その中で完了相が必要な場合に現在完了形が使用される,と解釈するのはいかがでしょうか.
以上です.11月も Mond にて英語(史)に関する素朴な疑問を受け付けています.気になる問いをお寄せください.

先日,知識共有サービス Mond に上記の素朴な疑問が寄せられました.質問の全文は以下の通りです.
英語では単数形,複数形の区別がありますが,なぜ「1とそれ以外」なのでしょうか.別の尋ね方をすると,「なぜ1だけがそのほかの数とは違う特別な扱いになるのでしょうか」.先生のブログなどでは双数形のお話がありましたし,もしかしたらもともとは単数,双数,そのほかの数(3や,「ちょっとたくさん」,「ものすごくたくさん」など?)によって区別されていたものが,言語の歴史の中で単純化されてきたということは考えられますが,それでも1の区別だけは純然と残っているのだとすると,とても不思議に感じます.
この本質的な質問に対して,私はこちらのようにに回答しました.私の X アカウント @chariderryu 上でも,この話題について少なからぬ反響がありましたので,本ブログでも改めてお知らせし,回答の要約と論点を箇条書きでまとめておきたいと思います.
1. 古今東西の言語における数のカテゴリー
・ 現代英語では単数形「1」と複数形「2以上」の2区分
・ 古英語では双数形も存在したが,中英語までに廃れた
・ 世界の言語では,最大5区分(単数形,双数形,3数形,少数形,複数形)まで確認されている
・ 日本語や中国語のように,明確な数の区分を持たない言語も存在する
・ 言語によってカテゴリー・メンバーの数は異なり,歴史的に変化する場合もある
2. なぜ「1」と「2以上」が特別なのか?
・ 「1」は他の数と比較して特殊で際立っている
・ 最も基本的,日常的,高頻度,かつ重要な数である
・ 英語コーパス (BNCweb) によれば,one の使用頻度が他の数詞より圧倒的に高い
・ 「1」を含意する表現が豊富 (ex. a(n), single, unique, only, alone)
・ 2つのカテゴリーのみを持つ言語では,通常「1」と「2以上」の区分になる
3. もっと特別なのは「0」と「1以上」かもしれない
・ 「0」と「1以上」の区別が,より根本的な可能性がある
・ 形容詞では no vs. one,副詞では not の有無(否定 vs. 肯定)に対応
・ 数詞の問題を超えて,命題の否定・肯定という意味論的・統語論的な根本問題に関わる
・ 人類言語に備わる「否定・肯定」の概念は,AI にとって難しいとされる
・ 「0」を含めた数のカテゴリーの考察が,言語の本質的な理解につながる可能性があるのではないか
数のカテゴリーの話題として始まりましたが,いつの間にか否定・肯定の議論にすり替わってしまいました.引き続き考察していきたいと思います.今回の Mond の質問,良問でした.
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