ここ数年の間,May the force be with you! のような祈願の may の発達について,主に統語的な立場から関心を寄せてきた.本ブログでも may あるいは optative の各記事で扱ってきた通りだし,1年ほど前の2018年12月15には,東京大学駒場キャンパスで開催された日本歴史言語学会のシンポジウム「認知と歴史言語学 --- 文法化・構文化と認知の関係性 ---」において,「英語における祈願の may の発達」という題目で少しく話しをさせていただいた.
しかし,「祈願」,あるいは平たくいって「祈り」とは何ぞやという最重要の問題には,これまで手をつけずにきた.発話行為 (speech_act) の1種であるという理解でやってきたが,それはいったいどのような行為なのか.本質の理解が大事だとは知りながらも,きちんと整理せずに研究していたきらいがある.
しかし,たいていの発話行為の研究は,もしかしたら似たような状況なのかもしれない.言語の問題をはるかに超えたところにある問題だからだ.いや,まさにこの点にこそ,語用論研究の発展の可能性が開けているといえるのかもしれない.
とまれ「祈り」とは何か.『世界百科事典』第2版より,最も近いと思われる「祈禱」の項を参照してみた.
逾?禱
きとう
祈禱は広義に解すれば,すべての宗教的祈願,祈念,祈りを意味する.この意味の祈禱は普遍的にみられる宗教現象である.この場合,祈禱とは,神や仏といった超自然的存在と信者との交流の一形態であると考えられる.祈禱はまず大別して,会話型と黙禱型の2類型に分けて考えることができよう.会話型とは声を用いて祈り言葉などを誦する祈禱であり,黙禱型とは心のなかで念じて祈る型である.もちろん両者とも付随的に,閉眼,合掌などさまざまな動作が並行的になされることもおおい.さらに祈禱を個人的タイプと集団的タイプに類別することも可能である.信者が聖像や宗教的シンボルの前で,あるいは心中にそれを思い浮かべて個人的に行うものが前者である.ところがそれが定型化され集団的になされるのが後者である.この場合,祈禱が宗教儀礼化されているといえよう.
祈禱はあくまでも祈る対象があって成立する.そのため神や超自然的存在を立てない宗教には祈禱や祈りは存在しないという考え方もある.原始仏教や禅仏教がその例とされる.しかし座禅やヨーガといった修行のなかには,全人格をあげ宇宙の真理の体得をめざすといった広い意味での祈りの要素を見てとることもできる.研究者によっては,このような祈禱を神秘主義的祈禱とし,それに対して神をおき,それとの交流に中心をおく祈禱を預言者宗教的ないし対話的祈禱と名づけている.
祈禱の内容には請願,感謝,懺悔,賛美などがある.この場合,神や仏に対して具体的な効果やなんらかの直接的働きを期待するのは,純粋な意味での祈禱や祈りではないとする立場もある.神学者や宗教家の見解にもよくみられるし,またかつては未開宗教の研究者にも同様の見解が有力だった.そこでは,具体的効果を期待するものは,呪術ないし呪文であるとされる.そして呪文から祈禱および祈りへという進化が論じられた.しかしその後の研究の結果,呪文に満ちているといわれた未開宗教にも,高等宗教にみられるような祈りが存在することが判明した.また高等宗教の祈禱も呪文的性格を持ちうることも指摘されるようになった.キリスト教の主の祈りにせよ仏教の念仏にせよ,それが形式化され機械的に繰り返されることによって呪文的に用いられていることも現実に存在する.それゆえ最近では,呪文から祈禱へという図式はあまり論ぜられない.
日本語の祈禱の語は,とくにそれが〈御祈禱〉とされると,その意味がかなり限定されてくる.これは具体的な目的の成就達成を願って神仏に祈願する宗教行動をさす.家内安全,交通安全,病気平癒,五穀豊穣などいわゆる現世利益(げんぜりやく)を求めるものである.密教系寺院を中心に禅宗系や日蓮系寺院あるいは神社などで行われる.密教における護摩儀礼などがその代表例である.⇒加持祈禱 星野 英紀
うーむ,呪文か.祈願の may に関する統語問題などと呑気に構えてきたが,どうやら抜き差しならない話しになってきた.発話行為の問題は,言語学の領域にとどまってはいられない果てしなく射程の広いテーマのようだ.形式ではなく機能から迫る傾向のある語用論の研究は,容易に cross-disciplinary となり得る.エキサイティングだが,正直にいって扱いにくいトピックではある.
昨日の記事「3562. may 祈願文の生産性」 ([2019-01-27-1]) を含め起源の may については may の各記事で取り上げてきたが,歴史的には法助動詞を用いた祈願文として,mote (「#2256. 祈願を表わす may の初例」 ([2015-07-01-1]) を参照)や might (「#3423. 祈願の might (1)」 ([2018-09-10-1]),「#3424. 祈願の might (2)」 ([2018-09-11-1]) を参照)の例がある(ただし,後者は may と異なり非現実的祈願).
もう1つ歴史的にも非常に稀なのだが,mote の過去形に相当する most(e (形態的に現代英語の must に連なる)を用いた祈願文が存在した.Visser (1800) に,少数の例が挙げられている.
・ 13.. Curs. Mundi 25387, "Amen," þat es "Sua most it be." (But cf. 25294, þi nam mot halud be).
・ c1425 Chester Pageant of Abraham, Melchisedec & Isaac, Everym. Libr. p. 41, 12, Abraham, welcome must thou be . . . Blessed must thou be.
・ c1450 Chester Pl., Noah's Flood (in: Pollard, Eng. Mir. Pl.) 284, Ah lord honoured most thou be!
・ c1475 Siege of Rouen (ed. Gairdner; Camb. Soc.) p. 25, Hym wanted no thynge þat a prynce shulde have: Almyghty God moste [v.r. mote] hym save!
Visser は,祈願の most(e の例があまりに少ないことから,写字生が mote を書き誤ったものではないかとも示唆しており,また2人称単数主語の場合について most は古英語の現在形を保持しているものではないかとも述べている.真正な祈願の must が存在していたのか,怪しいというわけだ.確かに少ない例文を眺めていると,mote との混同という気がしないでもない.
・ Visser, F. Th. An Historical Syntax of the English Language. 3 vols. Leiden: Brill, 1963--1973.
may 祈願文の歴史や現代での事例について may や optative の記事で扱ってきた.松瀬 (78) が引用している Declerck (416) によると,may 祈願文の特徴として4点が指摘されている.
a. In a main clause, a wish (malediction or benediction) is introduced by may.
b. This use of may is very formal and rarely found in modern English, except in standing expressions.
c. May always expresses a present wish with future actualisation.
d. Might cannot be used in a similar way.
a, c, d については問題なく受け入れられるが,b についてはどうだろうか.誤りとはいわずとも,補足が必要なように思われる.
may 祈願文の現状をみるために,BNCweb で例を集めてみた.ただし,助動詞の may (検索式に "may_VM0" と指定)は,3,537のテキストから112,397例がヒットし,そのなかから少数派の祈願用法の例を漏れなく探すのにはあまりに骨が折れる.そこで,may 祈願文の典型的な統語パターンや感嘆符の存在などを頼りに,なるべく多くの例が網にかかるはずという次善の策で今回は満足することにした.その上で,手作業にて確かな文例を拾い出した.
結果として取り出せたのは100個ほどの例文である(結果をまとめたテキストファイルはこちら).取り残しも相当数あるだろうが,1億語からなるコーパスから100例ということは,頻度として相当に貧弱とはいえる.また,定型表現 (Declerck の "standing expressions")に多いということも確認された.もっとも,上述のように定型表現などの「型」を頼りに検索しているので,この結果は当然といえば当然である.たとえば May God bless/forgive/rest . . . や Long may it flourish/continue/last . . . や May . . . be with you . . . や Much good may it do . . . などは,明らかなパターンを示している.
しかし,これらの型にはまりきったものばかりではない.may 祈願文は,上のようなお決まりのパターンに基づいて語句を入れ替えただけの「パロディ」の枠をはみ出し,数は多くないとはいえ,新たなタイプの文を確かに生産しているのである.その意味で,「頻度」は低くとも「生産性」は必ずしも衰えていないと言えるのではないか.次のような例を挙げておこう.
・ Happy days, Jack, and may all your troubles be little ones!' (A73 91)
・ AN OLD CAMBRIDGE toast is, 'Here's to pure mathematics - may she never be of any use to anyone!' (B7C 2026)
・ St Augustine taught that God had created man in his own image and so it was by looking at his own soul that man would discover God: 'May I know myself! may I know thee!' he had cried. (CD4 417)
・ May you be doing so well into the next century! (CGB 37)
・ With joy may we burn and cleanse!' (CM4 255)
・ May all dealers have this problem! (EBU 2407)
・ May you take that knowledge to your grave!' (HGV 6054)
もう1つ authentic な例を.1ヶ月ほど前,年始に海外から次のような文で始まるメールを受け取った.
We hope this email finds you all well and settling in to the New Year. May it be a productive and enjoyable one for one and all!
・ 松瀬 憲司 「"May the Force Be with You!"――英語の may 祈願文について――」『熊本大学教育学部紀要』64巻,2015年.77--84頁.
・ Declerck, R. A Comprehensive Descriptive Grammar of English. Tokyo: Kaitaku-sha, 1991.
とある経緯により,今週末の1月19日(土)の15時より慶應義塾大学三田キャンパス(南校舎446番教室)にて,日本語用論学会関東地区の講演会にてお話しすることになっています.タイトルは「英語の may 祈願文の起源と発達」です.事前申込不要,参加費無料ですので,ご関心の向きはお運びください.
May the Force be with you! (フォースが共にあらんことを!)に代表される may を用いた祈願文の歴史については,ここ数年間,関心を持ち続けてきました.拙著『英語の「なぜ?」に答えるはじめての英語史』(研究社,2016年)の4.5節でも取り上げましたし,本ブログでも「#1867. May the Queen live long! の語順」 ([2014-06-07-1]),「#2256. 祈願を表わす may の初例」 ([2015-07-01-1]),「#2484. 「may 祈願文ができるまで」」 ([2016-02-14-1]) など optative の各記事で話題にしてきた通りです.
なぜよりによって may という助動詞が用いられているのか,なぜ VS 語順になる必要があるのかなど,共時的に謎が多い問題なのですが,通時的にみるとある程度は理由が分かってきます.しかし,通時的にみても依然として不明な部分が多々残っており,研究の余地があります.本格的に調べてみようと思い立ったのは比較的最近ですので,今度の講演会ではこれまでに分かっていることをまとめたり,目下考えているところをお話しするということになりますが,この不可思議で魅力的な構文について,語用論的な視点も含めつつ議論してみたいと思っています.
自身の拙い発表の宣伝はしにくいのですが,慶應大学文学部の同僚であり,日本語用論学会関東地区を仕切られている井上逸兵先生からのプッシュもあり紹介してみました.ちなみに井上先生は,昨年12月1--2日に開催の日本語用論学会第21回全国大会の2日目に行なわれた第1回 語用論グランプリにて,なんと総合優勝されました.強者です.こちらの右下の勝利の写真を参照.
昨日の記事「#3515. 現代英語の祈願文,2種」 ([2018-12-11-1]) でみたように,現代英語の祈願構文には,仮定法を利用するものと may を用いるものの2種が存在する.歴史的には前者のほうが古いが,いずれも文語的で定型的という特徴を有しており,同じ文脈でともに生じることもある.たとえば,May they get home safely, Heaven help us! のような事例がある.ほかに両祈願構文の同居している例が,細江 (159fn) に挙げられている.
・ God help her; May God help her!---Trollope;
・ Long life to them both! May Edward the Atheling reign, but Harold the Earl rule!--Lord Lytton.
2つめの例で,細江は,後半の Harold the Earl rule! を仮定法祈願と解釈しているようだが,may の繰り返しを避けたという統語的解釈も可能だろうか.もしそうであれば同居の事例として挙げるのはふさわしくないことになるが,この "May SV, but SV!" という構造を別の角度からみれば,等位接続された2つの仮定法祈願の先頭に may が立っていると解釈することもできる.つまり,may は,歴史的に衰退してきた仮定法の機能・形式を補強するために先頭に付された祈願標識 (optative marker) であると捉えることができるだろう.これは,構文化の1例とみることもできる.
・ 細江 逸記 『英文法汎論』3版 泰文堂,1926年.
細江 (158--59) によれば,現代英語には,現在または未来の「ひたすらな願い」を表わす祈願法 (optative) の形式として,2種が認められる.1つは仮定法(歴史的な接続法 (subjunctive))を用いる方法(以下の (a)),もう1つは語頭に may を立てて「主語+動詞」を続ける方法である(以下の (b)).それぞれを示そう.
(a) 通常主語を文頭に立て,叙想法現在の動詞を述語とする.ただし,この際強勢のため形容詞・副詞などを先に立て主語と述語とを転置することも多い.たとえば,
Thy kingdom come. Thy will be done.---Matthew, vi. 10.
God bless and reward you for all your kindness.---Stowe.
God forgive me!---Miss Mulock.
Long live the Duke!---Charles Reade.
Mine be a cot beside the hill!---Rogers.
So be it, O Queen!---H. Hoggard.
So help me God!---Hardy.
このようなものは昔は常に用いられた形ではあるが,現今では詩および少数の固定した言い方のほかはあまり多く用いられない.しかし,ここに一つ特に注意すべきは,次のような呪罵の語では今なお普通に用いられるということである.
Murrain take thee!---Scott.
Devil take me!---Lamb.
Generosity be hanged!---Thackeray.
Dauphin be damned!---Shaw.
(b) 前記の場合,叙想法代用として may+不定詞を用いる.この場合に may はいつも主語より前に立つものである.たとえば,
May no evil dream disturb my rest!---Evening Hymn.
May he rest in peace!---Irving.
So may it be for ages!---William Morris.
仮定法の利用にせよ法助動詞 may の利用にせよ,法 (mood) が強く関わっていることがわかる.しばしば,祈願「法」 (optative mood) と呼ばれる所以である.また,(a) の場合は随意だが,(b) の場合は必ず語順の倒置が起こるという点も特徴的だ.これは,通常の叙述ではなく祈願という有標の発話行為であることを示すマーカーとして機能しているものではないかと思われる.書き言葉では,通常感嘆符 (exclamation mark) を伴うという特徴もある.
なお,may に対応するドイツ語の mögen の接続法第1式も,may と同様の統語的振る舞いを示す.たとえば,Möge das neue Jahr viel Glück bringen! (新しい年が多幸でありますように!」,Möge er glücklich werden! (彼に幸あれ!)など.
・ 細江 逸記 『英文法汎論』3版 泰文堂,1926年.
昨日の記事 ([2018-09-10-1]) の記事に続いて,祈願の might の話題.該当の構文が,Visser (III, §1681) に "Faire myght thee befalle!" タイプとして取り上げられている.古英語から現代英語までの例文が挙っており,O(h)! や that が先行する例を含め,構文の発達を考える上で貴重な一覧となっている.以下に引用する.
・ Ælfred, Boeth. (Sedgefield) 34, 6, Eala ðæt ure tida nu ne mihtan weorðan swilce!
・ Blickl. Hom. 69, 7, To hwon sceolde ðeos smyrenes ðus beon to lose ȝedon? eaþe heo mehte beon ȝeseald to þrim hunde peneȝa.
・ c1400--50 Alexander (Ashm.) 1605, 'Ay moȝt he lefe' quod ilka man twyse (OED).
・ c1460 Towneley Myst. 33, Faire myght the[e] befalle!
・ c1460 Wakefield Miracle Play of the Crucifixion (Everym.) Libr. p. 104, That shall I do, so might I thrive!
・ Ibid. p. 105, 29, as might thou the!
・ Ibid. p. 115, 9, as ever might I thrive!
・ 1530 Palsgrave 84, The optative mode which they vse whan they wisshe a dede to be done, as 'bien parle il', well speke he, or well myght he speke.
・ 1575 Gammer Gurton (in: Manly, Spec. II) V, ii, 8, fye on him, wretch! And euil mought he thee for it (Or mought = mote?).
・ 1589--9 Ben Jonson, The Case Is Altered (Everym.) II, i p. 678, That I might live alone once with my gold! O, 'tis sweet companion!
・ 1596 Shakesp., Merch. of Ven. II, ii, 98, Lord worshipt might be, what a beard hast thou got.
・ 1852 M. Arnold, To Marguerite, Cont'd 18, Oh might our marges meet again! (OED).
・ c1920 W. W. Gibson, Waters of Lethe (Coll. Poems 1926), O that we too might stand Amid unrustling reeds, That banner with dark plumes the shadowy strand! . . . O that we two might glide With eager eyes . . . Into the mist that veils the further side!
・ 1931 R. L. Binyon, Prayer (Coll. Poems 1931), O might my love that in one heart has found such hope to cherish . . . O might it grow Till in this clear profound Part of thy peace were seen (Kr).
例文を全体的に見渡すと,might の祈願文は may の祈願文とおよそ同様の統語構造で用いられており,昨日の記事で OED に依拠して紹介した「条件節の倒置」説だけでは,might 構文の発達の全容は説明づけられないように思われる.
1530年の例文には構文に関するメタなコメントが含まれており,注目に値する.そこでは,might 構文が接続法の代替表現として解されている.
・ Visser, F. Th. An Historical Syntax of the English Language. 3 vols. Leiden: Brill, 1963--1973.
現代英語では廃れているといってよいが,中英語から近代英語にかけて,祈願の may ならぬ祈願の might という用法があった.OED の may, v.1 の語義24で取り上げられているのを読んで知った.OED より引用しよう.
24. Used (since Middle English with inversion of verb and subject) in exclamatory expressions of wish (sometimes when the realization of the wish is thought hardly possible). poet. Perhaps Obsolete.
This appears to have developed from the hypothetical use (sense 20a).
c1325 (?c1225) King Horn (Harl.) (1901) 166 (MED) Crist him myhte blesse.
c1450 (?a1400) Wars Alexander (Ashm.) 1607 (MED) Ay moȝt [a1500 Trin. Dub. mot] he lefe, ay moȝt he lefe, þe lege Emperoure!
1600 Shakespeare Merchant of Venice ii. ii. 88 Lord worshipt might he be, what a beard hast thou got.
1720 Pope tr. Homer Iliad VI. xxiv. 261 Oh!..might I..these Barbarities repay!
1852 M. Arnold To Marguerite in Empedocles 97 Now round us spreads the watery plain---Oh might our marges meet again!
祈願の might の出現と発達に関連して,祈願の may がどのように関与しているのか,していないのかは,おもしろい問題である.上記の OED の説明として言及されている語義20aというのは条件節における用法であり,つまり If S might V の代替表現としての Might S V という統語構造のことを指す.may 祈願文についてこのような発達の説明は聞いたことがないので,つまるところ,OED は might と may の祈願文はそれぞれ異種の経路で発達したと考えていることになる.確かに,1720年の might I の例のように1人称単数が主語に用いられるケースは may 祈願文では見たことがなく,このような might の用法は厳密にいえば「祈願」とは別の発話行為を表わしているのかもしれない.
ただし,might には倒置されていない用例も見られることから,「条件節の倒置」説だけではすべてを説明することはできなさそうだ.あるいは,その後の段階で may の祈願文と合流したという可能性もあるかもしれない.祈願の might は現代までに事実上の廃用となっているというが,なぜ廃用となったのかにも興味がある.
「#1867. May the Queen live long! の語順」 ([2014-06-07-1]),「#2256. 祈願を表わす may の初例」 ([2015-07-01-1]),「#2484. 「may 祈願文ができるまで」」 ([2016-02-14-1]) でもすでに触れてきたが,祈願の may の構文の成立過程の1つは,従属節における用法(I wish that S may V のような構文)からの発達に求めることができる.少なくとも OED はそのように考えており,松瀬 (82) も Stage 3 から Stage 4 への推移において同じ発達があったとみているようだ.ただ,OED ではその時期を中英語から近代英語への過渡期に置いているのに対して,松瀬はもう少し早めの中英語期に置いているという違いがある.
祈願の may の構文の原型とされる従属節における用法について,OED では古英語から現代英語までの例を,may, v.1 の語義9bに挙げている.以下に引用する.
b. In clauses depending on such verbs as beseech, desire, demand, hope, wish, and their allied nouns. . . .
OE Ælfric Catholic Homilies: 1st Ser. (Royal) (1997) x. 258 Hwæt wilt ðu þæt ic þe do? He cwæð: drihten þæt ic mage geseon.
1432 Charter Educ. Henry VI in Paston Lett. (1872) I. 32 The said Erle desireth..that he may putte hem from..occupacion of the Kinges service.
1549 Bk. Common Prayer (STC 16267) Celebr. Holye Communion f. xxiv Graunt that they maie both perceaue and knowe what thinges they ought to do.
1636 in M. Kytö Variation & Diachrony (1991) 111 I desire they may goe for shares and victuall them selves.
1771 [T. Smollett Humphry Clinker I. 197 But, perhaps, I mistake his complaisance; and I wish I may, for his sake.]
1782 W. Cowper Conversation in Poems 218 He humbly hopes, presumes it may be so.
1908 W. McDougall Introd. Social Psychol. p. vii I hope that the book may be of service to students of all the social sciences.
1970 N.Y. Times 21 Sept. 42/2 Through the new page.., we hope that a contribution may be made toward stimulating new thought.
1984 Guardian 27 Jan. 26 They found a shovel raising hopes that the lost men may have dug themselves into a snow hole.
一方,問題の主節における祈願の may の構文については,OED は語義12のもとで挙げており,初例を1521年としている.一部「#1867. May the Queen live long! の語順」 ([2014-06-07-1]) でも掲載したが,語義12の全体を引用しておこう.
12. Used (with inversion of verb and subject) in exclamatory expressions of wish (synonymous with the simple present subjunctive, which (exc. poet. and rhetorically) it has superseded).
This use developed from sense 9b, as is shown by early examples, such as quot. 1521, in which the subject precedes may, and antecedent formulae (e.g. quot. 1501) which have a that-clause.
[1501 in A. W. Reed Early Tudor Drama (1926) 240 Wherfore that it may please your good lordship, the premisses tenderly considered to graunt a Writ of subpena to be directed [etc.].]
1521 Petition in Hereford Munic. MSS (transcript) (O.E.D. Archive) I. ii. 5 Wherefore it may please you to ennacte [etc.; cf. 1582--3 Hereford Munic. MSS (transcript) II. 265 Maye [it] pleas yo(ur)r worshipes to caule].
1570 M. Coulweber in J. W. Burgon Life Gresham II. 360 For so much as I was spoyled by the waye in cominge towards England by the Duke of Alva his frebetters, maye it please the Queenes Majestie [etc.].
1590 Marlowe Tamburlaine: 1st Pt. sig. A5v Long liue Cosroe mighty Emperour. Cosr. And Ioue may neuer let me longer liue, Then I may seeke to gratifie your loue.
1593 Shakespeare Venus & Adonis sig. Diijv Long may they kisse ech other for this cure.
1611 M. Smith in Bible (King James) Transl. Pref. sig. ⁋3 Long may he reigne.
1637 Milton Comus 32 May thy brimmed waves for this Their full tribute never misse.
1647 Prol. to Fletcher's Womans Prize in F. Beaumont & J. Fletcher Comedies & Trag. sig. Qqqqq2/1 A merry Play. Which this may prove.
1712 T. Tickell Spectator No. 410. ⁋6 But let my Sons attend, Attend may they Whom Youthful Vigour may to Sin betray.
1717 Entertainers No. 2. 7 Much good may it do the Dissenters with such Champions.
1786 C. Simeon in W. Carus Life (1847) 71 May this be your blessed experience and mine.
1841 Dickens Old Curiosity Shop i. viii. 121 'May the present moment,' said Dick,.. 'be the worst of our lives!'
1892 Catholic News 27 Feb. 5/5 May this smash-up of his facts remain as a warning to him.
1946 W. H. Auden Litany & Anthem for S. Matthew's Day May we worship neither the flux of chance, nor the wheel of fortune.
1986 B. Gilroy Frangipani House vii. 30 May your soul never wander and may you find eternal peace.
1712年の例で,Let my Sons attend, Attend may they という部分で勧告の let と祈願の may が言い換えのように並置されているのが示唆的である.「#2478. 祈願の may と勧告の let の発達の類似性」 ([2016-02-08-1]),「#3416. 祈願の may と勧告の let の意味論的類似性」 ([2018-09-03-1]) を参照.
・ 松瀬 憲司 「"May the Force Be with You!"――英語の may 祈願文について――」『熊本大学教育学部紀要』64巻,2015年.77--84頁.
「#2478. 祈願の may と勧告の let の発達の類似性」 ([2016-02-08-1]) で,両構文の意外とも思える類似性について歴史的な観点から紹介した.現代英語の共時的観点からも,Huddleston and Pullum (944) が両者の意味論的な類似性に言及している.
[Optative may C]onstruction . . . , which belongs to somewhat formal style, has may in pre-subject position, meaning approximately "I hope/pray". There is some semantic resemblance between this specialised use of may and that of let in open let-imperatives, but syntactically the NP following may is clearly subject . . . . The construction has the same internal form as a closed interrogative, but has no uninverted counterpart.
may と let が「意味論」的に似ているという点は首肯できる(ここでいう「意味論」は語用論も含んだ「意味論」だろう).発話行為としての「祈願」を行なえば,次に「勧告」したくなるのが人情だろうし,「勧告」の前段階として「祈願」は付きもののはずだ.
一方,「統語」的には,続く名詞句が主格に置かれるか目的格に置かれるかという点で明らかに区別されると指摘されている.確かに,両者はおおいに異なる.しかし,may と let を,対応する発話行為を表わす語用標識ととらえ,その後に来る名詞句の格の区別は無視すれことにすれば,いずれも「語用標識+名詞句(+動詞の原形)」となっていることは事実であり,統語的にも似ていると議論することはできる.少なくとも表面的な統語論においては,そうみなせる.
may も let も,文頭の動詞原形で命令を標示したり,文頭の Oh で感嘆を標示したりするのと同様の語用論的な機能を色濃くもっていると考えることができるかもしれない.「#2923. 左と右の周辺部」 ([2017-04-28-1]) という観点からも迫れそうな,語用論と統語論の接点をなす問題のように思われる.
・ Huddleston, Rodney and Geoffrey K. Pullum. The Cambridge Grammar of the English Language. Cambridge: CUP, 2002.
一昨日と昨日の記事 ([2018-08-31-1], [2018-09-01-1]) に補足する.Biber et al (§11.2.3.4, p. 918) によると「主語+助動詞」が「助動詞+主語」となる環境には,先の記事で挙げたものに加えて,もう2種類(以下の A と C)ある.祈願の may の構文 (B) について調べている途中に出くわしたものなので,それと合わせて3点を引用する.A と B は古い用法の残存ということなので,ぜひ歴史的な観点から迫っていきたい構文の問題だ.
11.2.3.4 Special cases of inversion in independent clauses
Some uses of inversion are highly restricted and usually confined to more or less fixed collocations. Types A and B described below are remnants of earlier uses and carry archaic literary overtones.
A Formulaic clauses with subjunctive verb forms
The combination of the inflectionless subjunctive and inversion gives the highlighted expressions below an archaic and solemn ring:
Be it proclaimed in all the schools Plato was right! (FICT)
If you want to throw your life away, so be it, it is your life, not mine. (FICT)
"I, Charles Seymour, do swear that I will be faithful, and bear true allegiance to Her Majesty Queen Elizabeth, her heirs and successors according to law, so help me God." (FICT)
Long Live King Edmund! (FICT)
Suffice it to say that the DTI was the supervising authority for such fringe banks. (NEWS)
B Clauses opening with the auxiliary may
The auxiliary may is used in a similar manner to express a strong wish. This represents a more productive pattern:
May it be pointed out that the teacher should always try to extend the girls helping them to achieve more and more. (FICT†)
May God forgive you your blasphemy, Pilot. Yes. May he forgive you and open your eyes. (FICT†)
The XJS may be an ageing leviathan but it is still a unique car. Long may it be so! (NEWS)
Long May She Reign! (NEWS)
C Imperative clauses
Imperative clauses may contain an expressed subject following don't . . . .
A と B の意味的・統語的類似性に注目すべきである.ともに命令,勧告,祈願などの「強い希望」が感じられる.歴史的には,may などの法助動詞は屈折による接続法の代用として発達してきた側面があり,両者が意味的に近い関係にあることは当然といえば当然である.だが,こうして現代英語にも古風な表現としてではあれ共存しており,かつ統語的にも倒置が生じるという点で振る舞いが似ているのは,非常に興味深い.
・ Biber, Douglas, Stig Johansson, Geoffrey Leech, Susan Conrad, and Edward Finegan. Longman Grammar of Spoken and Written English. Harlow: Pearson Education, 1999.
昨日の記事 ([2018-08-31-1]) に引き続いての話題.Huddleston and Pullum より,現代英語でデフォルトの語順が倒置されて「助動詞+主語」となる9つのケースを紹介した.この9つを大きく2つのタイプに分けると,非主語の句が前置されることにより倒置が引き起こされるものと,そうでないものとに振り分けられる.前者はさらに2分され,そのような句がある場合に必ず倒置しなければならないケースと,倒置が任意であるケースとが区別される.Huddleston and Pullum (97) よりまとめよう.
UNTRIGGERED | TRIGGERED | |
---|---|---|
obligatory | optional | |
Closed interrogatives | Open interrogatives | Exclamatives |
Conditional inversion | Initial negative | Other fronted elements |
Optative may | Initial only | |
Initial so/such |
現代英語の最も普通の語順は「主語+(助)動詞」である.ただし,いくつかのケースでは,統語的,意味的,語用的な動機づけにより,この語順が倒置 (inversion) されることがあり「(助)動詞+主語」となり得る.ここでは動詞を助動詞に限定した上で,どのようなケースがあるか,Huddleston and Pullum (94--96) の分類から要約してみよう.
(1) 閉じた疑問文 (Closed interrogatives)
- Can she speak French?
- Does she speak French?
(2) 開かれた疑問文 (Open interrogatives)
- What did she tell you?
- Where did you go after that?
- What is she doing?
(3) 感嘆文 (Exclamatives) (ただし,主語+助動詞の語順も可能)
- What a fool have I been?
- How hard did she try?
(4) 否定要素が前置される場合 (Initial negative)
- Not one of them did he find useful.
- Nowhere does he mention my book.
(5) only が前置される場合 (Initial only)
- Only two of them did he find useful.
- Only once had she complained.
(6) so/such が前置される場合 (Initial so/such)
- So little time did we have that we had to cut corners.
- Such a fuss would he make that we'd all agree.
- You got it wrong and so did I.
(7) その他の要素が前置される場合 (Other fronted elements)
- Thus had they parted the previous evening.
- Many another poem could I speak of which sang itself into my heart.
- The more wives he had, the more children could he beget.
- Well did I remember the crisis of emotion into which he was plunged that night.
(8) 条件節 (Conditional inversion)
- Had he seen the incident he'd have reported it to the police.
(9) 祈願の may (Optative may)
- May you both enjoy the long and happy retirement that you so richly deserve.
- May the best man win!
- May you be forgiven!
こう見てみると,現代英語でもデフォルトの「主語+助動詞」が倒置されて「助動詞+主語」となる機会は,諸々合わせれば,種類としても頻度として必ずしも少なくないように思えてくる.だが,多いというのは言い過ぎだろう.むしろ,通常と違っているという低頻度性や異質性を利用して,語用的に有用な何かを行なっているのだと考えておきたい.
・ Huddleston, Rodney and Geoffrey K. Pullum. The Cambridge Grammar of the English Language. Cambridge: CUP, 2002.
祈願の may について,「#1867. May the Queen live long! の語順」 ([2014-06-07-1]),「#2256. 祈願を表わす may の初例」 ([2015-07-01-1]),「#2478. 祈願の may と勧告の let の発達の類似性」 ([2016-02-08-1]) で扱ってきたが,この問題について,最近,松瀬の論文が公刊された.初期近代英語の may 祈願文の確立は,古英語以来の種々の歴史言語学的な要因が積み重なった結果であり,一朝一夕に成ったものではないという趣旨だ.総合的な視点から同問題に迫った好論である.
議論の詳細には触れないが,松瀬 (82) が「may 祈願文ができるまで」と題する節で図式的に要約した部分を引用する.
a. STAGE 1: OE ?
I wish that NP-Nom[inative]. + V-S[u]BJ[unctive]. 〔従属節〕
... (so) that NP-Nom. + V-SBJ. 〔従属節〕
b. STAGE 2: OE ?
NP-Nom. + V-SBJ. 〔主節〕 ex) God bless you!
X + V-SBJ. + NP-Nom. 〔主節〕 ex) Long live the Queen!
c. STAGE 3: Late OE ?
I wish that NP-Nom. + MAY + Inf[initive]. 〔従属節〕
... (so) that NP-Nom. + MAY + Inf. 〔従属節〕
d. STAGE 4: ME ? *EModE/ME ?
NP-Nom. + MAY/MIGHT + Inf. 〔主節〕 ex) Thy voyce may sounde in mine eres.
*X + NP-Nom. + MAY/MIGHT + Inf. 〔主節〕 ex) from dyssese he may us saue.
X + MAY/MIGHT + NP-Nom. + Inf. 〔主節〕 ex) ai mighte he liven.
Cf. (X) + MOTE + NP-Nom. + Inf. 〔主節〕 ex) mote þu wel færen
Cf. LET + NP-Nom. + Inf. 〔主節〕 ex) late we hine welden his folc ...
e. STAGE 5: EModE ?
MAY + NP-Nom. + Inf. 〔主節〕 ex) May the force be with you!
一連の流れに関わっている要因は,祈願動詞の従属節の法と語順,祈願の接続法を用いた主節の用法,接続法の代用としての助動詞 may の発達,類義の助動詞 motan の祈願用法の影響,let 構文との類推,"pragmatic particle" としての may とその語順の発達,など多数にわたる.これらが複雑に絡み合い,ある1つの特徴ある用法が生まれたというシナリオに,英語史や歴史英語学の醍醐味を感じる.
・ 松瀬 憲司 「"May the Force Be with You!"――英語の may 祈願文について――」『熊本大学教育学部紀要』64巻,2015年.77--84頁.
「#1867. May the Queen live long! の語順」 ([2014-06-07-1]) の最後で触れたように,may 祈願文と let 勧告文には類似点がある.いずれも統語的には節の最初に現われるという破格的な性質を示し,直後に3人称主語を取ることができ,語用論的には祈願・勧告というある意味で似通った発話行為を担うことができる.最後の似通っている点に関していえば,いずれの発話行為も,古英語から中英語にかけて典型的に動詞の接続法によって表わし得たという共通点がある.通時的には,may にせよ let にせよ,接続法動詞の代用を務める迂言法を成立させる統語的部品として,キャリアを始めたわけだが,そのうちに使用が固定化し,いわば各々祈願と勧告という発話行為を標示するマーカー,すなわち "pragmatic particle" として機能するに至った.may と let を語用的小辞として同類に扱うという発想は,前の記事で言及した Quirk et al. のみならず,英語歴史統語論を研究している Rissanen (229) によっても示されている(松瀬,p. 82 も参照).
The optative subjunctive is often replaced by a periphrasis with may and the hortative subjunctive with let:
(229) 'A god rewarde you,' quoth this roge; 'and in heauen may you finde it.' ([HC] Harman 39)
(230) Let him love his wife even as himself: That's his Duty. ([HC] Jeremy Taylor 24)
Note the variation between the subjunctive rewarde and the periphrastic may . . . finde in (229).
Of these two periphrases, the one replacing hortative subjunctive seems to develop more rapidly: in Marlow, at the end of the sixteenth century, the hortative periphrasis clearly outnumbers the subjunctive, particularly in the 1 st pers. pl. . ., while the optative periphrasis is less common than the subjunctive.
ここで Rissanen は,may と let を用いた迂言的祈願・勧告の用法の発達を同列に扱っているが,両者が互いに影響し合ったかどうかには踏み込んでいない.しかし,発達時期の差について言及していることから,前者の発達が後者の発達により促進されたとみている可能性はあるし,少なくとも Rissanen を参照している松瀬 (82) はそのように解釈しているようだ.この因果関係や時間関係についてはより詳細な調査が必要だが,一見するとまるで異なる語にみえる may と let を,語用(小辞)化の結晶として見る視点は洞察に富む.
関連して祈願の may については「#2256. 祈願を表わす may の初例」 ([2015-07-01-1]) を,勧告の let's の間主観化については「#1981. 間主観化」 ([2014-09-29-1]) も参照.
・ Rissanen, Matti. Syntax. In The Cambridge History of the English Language. Vol. 3. Cambridge: CUP, 1999. 187--331.
・ 松瀬 憲司 「"May the Force Be with You!"――英語の may 祈願文について――」『熊本大学教育学部紀要』64巻,2015年.77--84頁.
祈願を表わす助動詞 may の発達過程について「#1867. May the Queen live long! の語順」 ([2014-06-07-1]) で考察した.そこで触れたように,OED によると初例は16世紀初頭のものだが,Visser (1785--86) によれば,稀ながらも,それ以前の中英語期にも例は見つかる.これらの最初期の例では,いずれも may が文頭に来ていないことに注意されたい.
・ c1250 Gen. & Ex. 3283, wel hem mai ben ðe god beð hold!
・ c1425 Chester Whitsun Plays; Antichrist (in: Manly, Spec. I) p. 176, 140, Nowe goo we forthe all at a brayde! from dyssese he may us saue.
・ 1450 Miroure of Oure Ladye (EETS) p. 34, 34, Sonet vox tua in auribus meis, that ys, Thy voyce may sounde in mine eres.
上の最初の例のように,非人称的に用いられる例は後の時代でも珍しくなく,"Wo may you be that laughe now!", "Much good may do you with your note, madam!", そして現代の "Much good may it do you!" などへ続く.
前の記事では,祈願を表わす may の発展の背景には,願望を表わす動詞の接続法の用法と,hope などの動詞に続く従属節のなかでの may の使用があるのではないかと指摘したが,もう1つの伏流として,Visser (1785, 1795) の述べる通り,中英語の助動詞 mote の祈願の用法がある.用例は初期中英語から挙がる,Visser は後期古英語に遡りうると考えている.
・ c1275 Passion Our Lord, in O. E. Misc. 39 Iblessed mote he beo þe comeþ on godes nome
・ c1380 Pearl 397, Blysse mote þe bytyde!
この mote の用法は,MED の mōten (v.(2)) の 7c(b) にも例が挙げられているが,中英語では普通に見られるものである.これが,後に may に取って代わられたということだろう.
なお,過去形 might にも同じ祈願の用法が中英語より見られ,mote と並んで might ももう1つの考慮すべき要因をなすと思われる.MED の mouen (v.(3)) の 4(c) に ai mighte he liven や crist him mighte blessen などの例が挙げられている.
現代英語の may の祈願用法の発達を調査するに当たっては,まず中英語(以前)の mote の同用法の発達を追わなければならない.
・ Visser, F. Th. An Historical Syntax of the English Language. 3 vols. Leiden: Brill, 1963--1973.
現代英語には,助動詞 may を用いた祈願の構文がある.「女王万歳」を表わす標題の文のように,「may + 主語 + 動詞」という語順にするのが原則である.現在ではきわめて形式張った構文であり,例えば May you succeed! に対して,口語では I hope you'll succeed. ほどで済ませることが多い.中間的な言い方として,that 節のなかで may を用いる I hope you may succeed. や I wish it may not prove true. や Let us pray that peace may soon return to our troubled land. のような文も見られる.may の祈願(及び呪い)の用法の例を挙げよう.
・ May you be very happy! (ご多幸を祈ります.)
・ May the new year bring you happiness! (よいお年をお迎えください.)
・ May it please your honor! (恐れながら申し上げます.)
・ May he rest in peace! (彼の霊の安らかに眠らんことを.)
・ May you have a long and fruitful marriage. (末永く実りある結婚生活を送られますように.)
・ May all your Christmases be white! (ホワイトクリスマスでありますように.)
・ May I never see the like again! (こんなもの二度と見たくない.)
・ May his evil designs perish! (彼の邪悪な計画がくじかれますように.)
・ May you live to repent it! (今に後悔すればよい.)
・ May you rot in hell! (地獄に落ちろ.)
しかし,上記の語順の原則から逸脱する,Much good may it do you! (それがせいぜいためになりますように.),Long may he reign. (彼が長く統治せんことを.),A merry Play. Which this may prove. (愉快な劇,これがそうあらんことを.)のような例もないわけではない.
歴史的な観点からみると,法助動詞 may の祈願用法は,先立つ時代にその目的で用いられていた接続法動詞の代わりとして発展してきた経緯がある.また,先述の I hope you may succeed. のように,祈願の動詞に後続する that 節における用法からの発達という流れもある.これらの伏流が1500年辺りに合流し,近現代の「祈願の may」が現われた.OED では may, v. 1 の語義12がこの用法に該当するが,初例は16世紀初めのものである.最初期の数例を覗いてみよう.
[1501 in A. W. Reed Early Tudor Drama (1926) 240 Wherfore that it may please your good lordship, the premisses tenderly considered to graunt a Writ of subpena to be directed [etc.].]
1521 Petition in Hereford Munic. MSS (transcript) (O.E.D. Archive) I. ii. 5 Wherefore it may please you to ennacte [etc.; cf. 1582--3 Hereford Munic. MSS (transcript) II. 265 Maye [it] pleas yo(ur)r worshipes to caule].
1570 M. Coulweber in J. W. Burgon Life Gresham II. 360 For so much as I was spoyled by the waye in cominge towards England by the Duke of Alva his frebetters, maye it please the Queenes Majestie [etc.].
it may please . . . や may it please . . . の定型文句ばかりだが,「may + 動詞 + 主語」の語順は必ずしも原則とはなっていないようだ.
その後,倒置構造が一般的になってゆくが,その経緯や理由については詳らかにしない.近現代英語における接続法の残滓が,Suffice it to say . . ., Be that as it may, Come what may などの語順に見られることと何か関係するかもしれない.
Quirk et al. (§3.51) によれば,祈願の用法で前置される may は "pragmatic particle" として機能しているという.3人称に対する命令といわれる Let them come here や Let the world take notice. における文頭の let も同様の語用論的な機能を果たすと論じている.通時的な語用論化という視点からとらえるとおもしろい問題かもしれない.
・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.
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