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historic_present - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-11-22 17:50

2022-08-09 Tue

#4852. 人称にかかわらず動詞に -s 語尾が付される方言 [3sp][3pp][conjugation][verb][inflection][historic_present]

 動詞の -s 語尾について,hellog では歴史的な観点から様々に取り上げてきた.
 標準英語では3単現 (3sp) にのみ -s が付くということになっているが,歴史的な英語変種や,現代でも種々の地域・社会変種において,3単現以外のスロットで -s が付くという事例は決して珍しくない.逆に,3単現であっても -s が付かない変種というのも,歴史的にも共時的にも特に珍しくない.動詞語尾の -s というのは,実は思われているよりも,なかなか厄介な問題なのである.
 関連する記事や音声配信を挙げておこう.

 ・ 「#2857. 連載第2回「なぜ3単現に -s を付けるのか? ――変種という視点から」」 ([2017-02-21-1])
 ・ 「#3557. 世界英語における3単現語尾の変異」 ([2019-01-22-1])
 ・ 「#2566. 「3単現の -s の問題とは何か」」 ([2016-05-06-1])
 ・ 「#3542. 『CNN English Express』2月号に拙論の英語史特集が掲載されました」 ([2019-01-07-1])
 ・ 「#2310. 3単現のゼロ」 ([2015-08-24-1])
 ・ heldio 「#177. 3単現のゼロを示すイングランド東中部方言」
 ・ 「#4693. YouTube 第2弾,複数形→3単現→英方言→米方言→Ebonics」 ([2022-03-03-1])

 人称にかかわらず直説法現在形で常に -s 語尾をとる方言としては,イングランド北部,南西ウェールズ,南ウェールズの諸方言が挙げられる.これらの方言では I likes it., We goes home., You throws it. などと -s 語尾が常用される.do という本動詞・助動詞についていえば,イングランド西部の方言では,本動詞としては常に dos /du:z/ が,助動詞としては常に do が使われるというように,用法が分かれているという (ex. He dos it every day, do he?) .ちなみに,この方言では本動詞としての過去形は done,助動詞としての過去形は did を用いるというから,なおさらおもしろい (ex. He done it last night, did he?) .
 上記とは別に,スコットランドや北アイルランドの多くの方言では,1・2人称,および3人称複数において,過去の出来事を生き生きと述べる「歴史的現在」 (historic_present) の用法として,動詞語尾に -s が現われる (ex. I goes down this street and I sees this man hiding behind a tree.) .
 以上,Hughes et al. (28--29) に依拠して記述した.

 ・ Hughes, Arthur, Peter Trudgill, and Dominic Watt. English Accents and Dialects: An Introduction to Social and Regional Varieties of English in the British Isles. 4th ed. London: Hodder Education, 2005.

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2019-06-07 Fri

#3693. 言語における時制とは何か? [tense][category][preterite][future][verb][conjugation][historic_present][sobokunagimon]

 昨日の記事「#3692. 英語には過去時制と非過去時制の2つしかない!?」 ([2019-06-06-1]) を受けて,今回は言語における時制 (tense) という文法範疇 (grammatical category) について考えてみる.
 『新英語学辞典』の定義によれば,tense とは「動詞における時間的関係を示す文法範疇をいう.一般的には,時の関係は話者が話している時を中心とする時間領域を現在として,過去と未来に分けられる」とある.
 言語における時制を考える際に1つ注意しておきたいのは,昨日の記事でも述べたように,現実における「時」と言語の範疇としての「時制」とは,必ずしもきれいに対応するわけではないということだ.形態的には「過去形」を用いておきながら,意味的には「現在」を指し示している What was your name? などの例があるし,その逆の関係が成り立つ歴史的現在 (historic_present) なる用法も知られている.このようなチグハグにみえる時と時制との対応関係は,ちょうど古英語の stān (= stone) が,現実的には男性でも女性でもなく中性というべきだが,文法上は男性名詞ということになっている,文法性 (grammatical gender) の現象に似ている.現実世界と言語範疇は,必ずしも対応するわけではないのである.また,言語表現上,範疇を構成する各成員間の境目,たとえば現在と過去,現在と未来との境目が,必ずしもはっきりと区別されているわけではないことにも注意を要する.
 時制の分類法には様々なものがあるが,英語の時制に関していえば,形態的な観点に立ち,過去時制 (preterite tense) と現在時制(present tense) (あるいは非過去時制)(non-preterite tense) の2種とみる見解が古くからある.これは他のゲルマン諸語も然りなのだが,動詞の形態変化によって標示できるのは,たとえば sing (現在形あるいは非過去形)に対して sang (過去形)しかないからだ.一見すると「未来形」であるかのようにみえる will/shall sing は動詞の形態変化によるものではないから,未来時制は認めないという立場だ.
 一方,意味的な観点に立つのであれば,sing, sang に対して will/shall sing は独自の時を指し示しているのだから,時制の1つとして認めるべきだという考え方もある.つまり,英語の時制は,立場によって2種とも3種とも言い得ることになる.
 英語の時制について厄介なのは,動詞のとる時制形は,しばしば純粋に時制を標示するわけではなく,相 (aspect) や法 (mood) といった他の文法範疇の機能も合わせて標示することだ.各々の機能が互いに絡み合っており,時制だけをきれいに選り分けることができないという事情がある.
 英語の時制の問題は,生成文法などで理論的な分析も提案されてきたが,今なお未解決といってよいだろう.今ひとつ重要な理論的貢献として「#2747. Reichenbach の時制・相の理論」 ([2016-11-03-1]) も参照されたい.

 ・ 大塚 高信,中島 文雄 監修 『新英語学辞典』 研究社,1987年.
 ・ Crystal, David, ed. A Dictionary of Linguistics and Phonetics. 6th ed. Malden, MA: Blackwell, 2008. 295--96.

Referrer (Inside): [2021-05-22-1] [2019-07-02-1]

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2010-02-15 Mon

#294. Chaucer の tense switching [chaucer][tense][historic_present]

 Chaucer の作品を読んでいると,現代の標準的な書き言葉英語では許されない類の時制の転換が見られる.過去の出来事を語る一連の文章中で,現在形と過去形の動詞があたかもランダムに入れ替わるのである.以下に The Reeve's Tale (lines 4057--72) からの例をのぞいてみよう.赤字が動詞の現在形,青字が動詞の過去形を表す.わずか16行の間に目まぐるしい tense switching が起こっていることがわかる.

Out at the dore he gooth ful pryvely,
Whan that he saugh his tyme, softely.
He looketh up and doun til he hath founde
The clerkes hors, ther as it stood ybounde
Bihynde the mille, under a lefesel;
And to the hors he goth hym faire and wel;
He strepeth of the brydel right anon.
And whan the hors was laus, he gynneth gon
Toward the fen, ther wilde mares renne,
And forth with wehee, thurgh thikke and thurgh thenne.
 This millere gooth agayn, no word he seyde,
But dooth his note, and with the clerkes pleyde,
Til that hir corn was faire and well ygrounde.
And whan the mele is sakked and ybounde,
This John goth out and fynt his hors away,
And gan to crie "Harrow!" and "Weylaway!"


 Chaucer の tense switching の問題はいろいろな形で研究されてきているようで,継続と完了の相 ( aspect ) の転換を示す役割があるとか,過去の叙述における現在形の使用によって物語の枠外にも当てはまる一般的・普遍的な内容を表す,などの案が提示されている (Horobin 8--10).しかし,この文脈では相や普遍性などを持ち出して説明することはできない.ここでの説明は,いわゆる historic present歴史的現在」 の用法ではないか.historic present は現代英語でも状況を生き生きと描写するのに口語体でよく用いられる.現代英語の例を一つ挙げよう.

I couldn't believe it! Just as we arrived, up comes Ben and slaps me on the back as if we're life-long friends. 'Come on, old pal,' he says, 'Let me buy you a drink!' I'm telling you, I nearly fainted on the spot. (cited from Quirk ''et al''., p. 181)


 The Reeve's Tale は fabliau というジャンルに属し,そこに表される言語は全体として庶民的で口語表現が多い.この箇所でも,目まぐるしく tense switching することで描写にリズムや勢いを与えていると解釈できるだろう.これと関連して,韻律の都合で tense switching を駆使しているということも間違いない.このリズムと勢いを失わないように,現在形か過去形かを見分けながら味わいたい箇所である.

 ・Fisher, John H. and Mark Allen, eds. The Complete Canterbury Tales of Geoffrey Chaucer. Boston: Thomson Wadsworth, 2006.
 ・Horobin, Simon. Chaucer's Language. Basingstoke: Palgrave Macmillan, 2007.
 ・Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.

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