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performative - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-11-22 17:50

2017-01-26 Thu

#2831. performative hypothesis [pragmatics][speech_act][syntax][verb][performative_hypothesis][performative]

 「#2674. 明示的遂行文の3つの特徴」 ([2016-08-22-1]) で述べたように,文には,ある主張を言明する陳述文 (constative) と,その上に行為も伴う遂行文 (performative) の2種類がある.しかし,考えようによっては,陳述文も「陳述」という発話行為 (speech_act) を行なうものであるのだから,1種の遂行文であるとも言えそうだ.遂行文には,その「遂行」を動詞で直に表わす明示的遂行文 (ex. I command you to surrender immediately.) と,そうでない暗示的遂行文 (ex. Surrender immediately.) があることを考えれば,例えば You're a stupid cow. のような通常の陳述文は,文頭に I hereby insult you that . . . などを補って理解すべき,「陳述」という遂行を表わす暗示的遂行文なのだと議論できるかもしれない.このように,あらゆる陳述文は実は遂行文であり,文頭に「I hereby + 遂行動詞 (performative verb) 」などが隠れているのだと解釈する仮説を,performative hypothesis と呼んでいる.
 しかし,この仮説は広くは受け入れられていない.上に例として挙げた I hereby insult you that you're a stupid cow. という文を考えてみよう.この文は統語論的,意味論的には問題ないが,通常の発話としてはかなり不自然である.語用論的には非文の疑いすらある.さらに,統語的に隠されているとされる主節部分の遂行動詞が「嘘をつく」 (lie) や「脅す」 (threaten) などの文を想像してみるとどうだろうか.ますます文全体の不自然さが際立ってくる.さらに,隠されている遂行動詞が何かを聞き手が正確に特定する方法はあるのだろうか,という問題もある.
 この仮説は1970年代に提起されたが,1980年代以降,統語論,意味論,語用論それぞれの立場から数々の問題が指摘され,批判されてきた.すでに過去の仮説と言ってもよいと思われるが,冒頭に挙げた「命令」の例など,一部の遂行動詞に関しては,簡潔な統語的説明として使えるのかもしれない.以上,Huang (97--98) を参照して執筆した.

 ・ Huang, Yan. Pragmatics. Oxford: OUP, 2007.

Referrer (Inside): [2022-03-24-1]

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2016-08-22 Mon

#2674. 明示的遂行文の3つの特徴 [pragmatics][speech_act][performative]

 Austin の発話行為 (speech_act) の理論によれば,文には,ある主張を言明する陳述文 (constative) と,その上に行為も伴う遂行文 (performative) とが区別される.例えば,My daughter is called Elizabeth. は陳述文だが,I name this ship the Princess Elizabeth. は遂行文と理解される.
 遂行文には,その行為を表わす動詞を明示的に含む明示的遂行文 (explicit performative) と,含まない暗示的遂行文 (implicit performative) がある.例えば,I command you to surrender immediately. は明示的遂行文だが,Surrender immediately. は暗示的遂行文である.明示的遂行文におおける行為を表わす動詞(先の例文の場合には command)を遂行動詞 (performative verb) という.
 Austin は,英語における明示的遂行文の統語意味的な特徴として,次の3点を挙げている.(1) 遂行動詞を含んでいる(これは特徴というよりは定義というべきか),(2) 副詞 hereby を付け加えることで遂行文たることを強調することができる,(3) 1人称単数の主語が立ち,能動態で直説法の単純現在形の動詞が用いられる.3つの特徴を合わせもつ典型的な遂行文をいくつか挙げておこう.

 ・ I hereby christen this ship the Princess Elizabeth
 ・ I now pronounce you husband and wife.
 ・ I sentence you to ten years in prison.
 ・ I promise to come to your talk tomorrow afternoon.
 ・ I apologize for being late.

 しかし,Austin 自身も認めているように,(3) の特徴を有しない明示的遂行文もある.Huang (97) から取った以下の例文にみられるように,1人称複数の主語が立つ場合もあるし,それ以外の人称の主語が立つことも可能である.遂行動詞が非人称であることもありうるし,現在進行形や受動態の遂行文もありうる.

 ・ We suggest that you go to the embassy
 ・ You are hereby warned that legal action will be taken.
 ・ Passengers are hereby requested to wear a seat belt.
 ・ Notice is hereby given that the Annual General Meeting of O2 plc will be held at The Hexagon, Queens Walk, Reading, Berkshire RG1 7UA on Wednesday, 27 July 2005 at 11.00 am for the following purposes: . . . .
 ・ The management hereby warns customers that mistakes in charge cannot be rectified once the customer has left the counter.
 ・ It is herewith disclosed that the value of the estate left by Marcus T. Bloomingdale was 4,785,758 dollars.
 ・ Are you denying that the government has interfered? --- I am denying that.
 ・ You are being discharged on the grounds of severe temperamental unsuitability for service in the Royal Navy.

 だが,さすがに過去時制の遂行文はないようだ.もし I christened this ship the Princess Elizabeth last Sunday. と言ったとしても,これは陳述文であり,遂行文とはなりえない.

 ・ Huang, Yan. Pragmatics. Oxford: OUP, 2007.

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2013-10-29 Tue

#1646. 発話行為の比較文化 [ethnography_of_speaking][speech_act][pragmatics][face][performative][adjacency_pair]

 「#1632. communicative competence」 ([2013-10-15-1]),「#1633. おしゃべりと沈黙の民族誌学」 ([2013-10-16-1]),「#1644. おしゃべりと沈黙の民族誌学 (2)」 ([2013-10-27-1]) の記事で,ethnography of speaking の分野がカバーする領域を垣間見た.今回は,発話の比較文化という観点から,もう1つの話題を取り上げる.発話行為 (speech act) の異文化比較である.
 発話行為の類型は,Austin の古典的なものやそこから発展させた Searle のものが知られている(Huang, pp. 106--08 を参照).そのような類型への関心は,種々の発話行為があらゆる言語とその話者に共有されていることを示唆しているようにも聞こえるが,実際には多くの発話行為は文化に依存する.結婚などの儀礼的,慣習的な場面での発話行為が文化によって異なることは容易に理解されるだろうが,それほど慣習化されていない場面における発話行為にも文化間の相違は見られる.以下,Huang (119--25) に従って,4種類を取り上げよう.

 (1) ある文化に存在する発話行為が,別の文化に存在しない場合.例えば,約束という発話行為は,日本語にも英語にもあるし,他の多く言語にも存在する.しかし,フィリピンのイロンゴト族 (Ilongot) にはそれがない.イロンゴト族の社会では誠実さや真実よりも社会的な関係のほうが重視され,結果として約束という発話行為がそもそも存在しないのだと考えられている.もう1つ例を挙げれば,オーストラリアのアボリジニー,ヨロンゴ族 (Yolngu) では,感謝という発話行為がないといわれる.
 また,他にみられない特殊な発話行為をもつ文化もある.オーストラリアのアボリジニー,Walmajarri において,「親戚関係に基づく権利あるいは義務として要求する」という特異な発話行為があり,遂行動詞 (performative verb) japirlyung によって表わされる.この遂行動詞は,"I ask/request you to do X for me, and I expect you to do it simply because of how you are related to me" ほどの意味を表わす.これらの例は,主として西洋文化の視点から組み立てられた発話行為の類型論の有効性に異を唱えるものとなる.

 (2) 同じ状況に対して,文化によって異なる発話行為がなされる場合.例えば,人の足を踏んでしまったとき,西洋でも東アジアでも,通常は謝罪という発話行為がおこなわれる.ところが,西アフリカのアカン族 (Akan) では,謝罪ではなく同情の発話行為がなされる.また,食事会に招待されて,最後においとまするとき,英語では食事への感謝と賛辞を述べるのが通常だが,日本語では「お邪魔いたしました」と侵入行為を認める発言をする.同様に,日本語では,贈り物をもらったときなどには,感謝よりも「すみません」の謝罪のほうを好む.

 (3) 同じ発話行為に対して,文化によって異なる反応が示される場合.褒め言葉を述べられると,英語では感謝しながら受け入れるのが普通だが,中国語,日本語,ポーランド語などでは受け入れを拒否する(例:「まあ,すてきなお庭をおもちですね」「いえいえ,まったく手入れをしていないもので」).ちなみに,依頼に対してノーといえない日本語話者が,自分に向けられた褒め言葉にはノーということを好むというのがおもしろい.
 また,申し出に対して1度は儀礼的な拒否がなされることが多いのも中国語や日本語の伝統的にして典型的な反応である.「申し出→儀礼的な拒否→申し出→儀礼的な拒否→受諾」という流れ (adjacency pair) そのものが,文化的に埋め込まれていると考えられる(cf. 三顧の礼).

 (4) 同じ発話行為であっても,直接的になされるか間接的になされるか,その度合いが文化によって異なる場合.依頼,謝罪,不平などの face-threatening act (FTA) について異なる言語間の比較研究が,1980年代以降,とりわけ Cross-Cultural Speech Act Realization Project (CCSARP) の名の下で推し進められてきた.依頼についていえば,8つの言語変種 (German, Hebrew, Danish, Canadian French, Argentinian Spanish, British English, American English, Australian English) を比較したところ,Argentinian Spanish が最も直接的で,Australian English が最も間接的だった.
 日本語の「善処します」は,文字通りには「じょうずに処理する」という意味を表わすが,政治家が用いれば間接的な拒否の発話行為となる.これは,相手の依頼に対して直接ノーと言いにくい日本語にとって,間接的,語用論的な方略なのである.実際に,これが日米の外交問題に発展した事例がある.1974年,ニクソン大統領が佐藤首相に対して日本の繊維市場の自由化を求めた.佐藤首相は否定的な意味合いで「善処します」と答え,それは I do my best. と通訳された.その後,何も動かない日本に対してアメリカがいらだちを募らせ,抗議をするに至った.当時までに,発話行為の ethnography of speaking がよく研究され,その成果が日米異文化理解に役立つ知恵として両首脳の耳に達していれば,このような誤解は生じなかったろう.

 ・ Huang, Yan. Pragmatics. Oxford: OUP, 2007.

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