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2019-10-31 Thu

#3839. 文字を統一した漢字世界と,文字を多様化させた梵字世界 [writing][history]

 連日,鈴木董(著)『文字と組織の世界史』を参照している.鈴木 (52)は,5つの文字世界のうちの2つ,中国を中心とする漢字世界とインドを中心とする梵字世界が,対照的な歴史をたどってきたことを指摘している.漢字世界では秦の始皇帝により書体の統一がなされ,後代にも大きな影響があったが,梵字世界ではむしろ地域ごとに書体が多様化していったという事実だ.

 始皇帝は集権的支配組織の祖型を創出しただけでなく,貨幣と度量衡のみならず,甲骨文字から金文をへて篆書へと発展してきたが,長い政治的分裂のなかで多様化しつつあった漢字の書体をも統一し,そのうえでより書きやすい実務用の隷書が生まれた.
 始皇帝による漢字の統一は,その後さらなる書体の変化と文化を伴いながらも後代にまで保たれ,共通の諸書体の漢字が周辺諸社会へと普及し受容されていくなかで「漢字世界」が形成されていった.これはブラフミー文字を起源としながら,このような政治的統一の下での書体の統一をみなかったインドを中心とする「梵字世界」において,非常に異なる書体が地域ごとに分立したのとは好対照をなした.


 この中国とインドの文字のあり方に関する差異について,鈴木 (53--54) は,異文化世界をも視野に入れた世界秩序観の有無という点に帰しているようだ.これは,統一された文字の強力な政治的ポテンシャルに気付いていたか否かという違いにも近いように思われる.

〔前略〕中国においては,春秋戦国時代にみられた.同文化世界としての「華」のなかにおける「敵国(対等の政治単位)」間の「盟」を中心とする政治体間の関係のイメージは失われ,華と夷の非対等の関係に基礎をおく「華夷秩序観」が定着していった.これも,同文化世界内では分裂が常態化した「梵字世界」の中心をなすインドでは,同文化世界内での政治体間の関係に関心が集中し,異文化世界の政治体との関係についての体系的な世界秩序観が欠落しているかにみえるのとは,対照的であった.


 ・ 鈴木 董 『文字と組織の世界史 新しい「比較文明史」のスケッチ』 山川出版社,2018年.

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2019-10-30 Wed

#3838. 「文字を有さずとも,かなり高度な文明と文化をつくり上げることは可能」 [writing][history][medium]

 昨日も紹介した鈴木董(著)『文字と組織の世界史』より,標記の話題について.通常,文字と文明とは切っても切れない関係にあると認識されており,「有文字社会はすなわち文明社会」という等式が広く受け入れられているように思われる.しかし,その裏返しとしての「無文字社会はすなわち非文明社会」という等式は常に成り立つのだろうか.
 鈴木 (27) は,無文字社会に対する有文字社会の比較優位は疑いえないとしつつも,無文字社会が常に非文明的なわけではないことを主張している.

 言語の発展は,これを可視的に定着する媒体としての文字をもったとき,まったく異なる段階に入ることとなる.
 ただし文字を有さずとも,かなり高度な文明と文化をつくり上げることは可能である.その格好な一例は「新世界」のインカ帝国である.
 ペルーを中心にチリからエクアドルにまで拡がる大帝国を建設し,壮麗なクスコやマチュピチュのような大都市をも造営したインカの人々は,数字を表わすキープ,すなわち「結縄文字」は有していたが,言語を可視的に定着する媒体としての体系的文字をもつことはついになかったようである.
 「旧世界」で顕著な例をとれば,ユーラシア中央部で活躍し,しばしば大帝国を建設した遊牧民たちである.文字を持つ周辺の諸文化世界を長らく脅かした遊牧民たちも,トルコ系の突厥帝国で八世紀に入り突厥文字が考案されるまで,文字をもたなかった.
 また広大なモンゴル帝国を築いたモンゴル人たちも,その帝国形成期には文字をもたず,一三世紀も後半に入ってからようやく,チベット文字をベースとするパスパ文字と,ウイグル文字をベースとするという二種の文字をもつようになったのである.ともすれば文字をもたずとも,インカ帝国,匈奴帝国,突厥帝国そしてモンゴル帝国のような,巨大な政治体を形成し維持することができたのは確かである.
 ....
 〔中略〕
 ....
 しかし,文字を媒体として膨大な情報量を蓄積しうるようになった社会が,次第に文明の諸分野において「比較優位」を占めるようになっていったことも疑いないであろう.ユーラシアの東西における定住的農耕民と移動的遊牧民の力関係が,最終的には前者の優位に帰結した一因もまた,ここにあったとみてよいであろう.


 この文章の力点は有文字社会の文明的優位性の主張にあるが,私はむしろ無文字社会が必ずしも非文明的であるわけではないという裏の主張のほうに関心があった.無文字社会と一言でくくっても,実はいろいろなケースがありそうである.この問題に関しては,以下の記事でも触れてきたのでご参照を.

 ・ 「#1277. 文字をもたない言語の数は?」 ([2012-10-25-1])
 ・ 「#2618. 文字をもたない言語の数は? (2)」 ([2016-06-27-1])
 ・ 「#2447. 言語の数と文字体系の数」 ([2016-01-08-1])
 ・ 「#3118. (無)文字社会と歴史叙述」 ([2017-11-09-1])
 ・ 「#3486. 固有の文字を発明しなかったとしても……」 ([2018-11-12-1])

 ・ 鈴木 董 『文字と組織の世界史 新しい「比較文明史」のスケッチ』 山川出版社,2018年.

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2019-10-29 Tue

#3837. 鈴木董(著)『文字と組織の世界史』 --- 5つの文字世界の発展から描く新しい世界史 [writing][grammatology][religion][review][history]

 昨年出版された鈴木董(著)『文字と組織の世界史 新しい「比較文明史」のスケッチ』は,文字の観点からみた世界史の通史である.一本の強力な筋の通った壮大な世界史である.文字,言語,宗教,そして統治組織という点にこだわって書かれており,言語史の立場からも刺激に富む好著である.
 本書の世界史記述は,5つの文字世界の歴史的発展を基軸に秩序づけられている.その5つの文字世界とは何か.第1章より,重要な部分を抜き出そう (19--20) .

〔前略〕唯一のグローバル・システムが全世界を包摂する直前というべき一八〇〇年に立ち戻ってみると,「旧世界」のアジア・アフリカ・ヨーロッパの「三大陸」の中核部には,五つの大文字圏,文字世界としての文化世界が並存していた.
 すなわち,西から東へ「ラテン文字世界」,「ギリシア・キリル文字世界」,「梵字世界」,「漢字世界」,そして上述の四つの文字世界の全てに接しつつ,アジア・アフリカ・ヨーロッパの三大陸にまたがって広がる「アラビア文字世界」の五つである.「新世界」の南北アメリカの両大陸,そして六つ目の人の住む大陸というべきオーストラリア大陸は,その頃までには,いずれも西欧人の植民地となりラテン文字世界の一部と化していた.
 ここで「旧世界」の「三大陸」中核部を占める文字世界は,文化世界としてとらえなおせば,ラテン文字世界は西欧キリスト教世界,ギリシア・キリル文字世界は東欧正教世界,梵字世界は南アジア・東南アジア・ヒンドゥー・仏教世界,漢字世界は東アジア儒教・仏教世界,そしてアラビア文字世界はイスラム世界としてとらええよう.そして,各々の文字世界の成立,各々の文化世界内における共通の古典語,そして文明と文化を語るときに強要される文明語・文化語の言語に用いられる文字が基礎を提供した.
 すなわち西欧キリスト教世界ではラテン語,東欧正教世界ではギリシア語と教会スラヴ語,南アジア・東南アジア・ヒンドゥー・仏教世界では,ヒンドゥー圏におけるサンスクリットと仏教圏におけるパーリ語,東アジア儒教・仏教世界では漢文,そしてイスラム世界においてはアラビア語が,各々の文化世界で共有された古典語,文明語・文化語であった.


 5つの文字世界の各々と地域・文化・宗教・言語の関係は密接である.改めてこれらの相互関係に気付かせてくれた点で,本書はすばらしい.  *
 本ブログでも,文字の歴史,拡大,系統などについて多くの記事で論じてきた.とりわけ以下の記事を参照されたい.

 ・ 「#41. 言語と文字の歴史は浅い」 ([2009-06-08-1])
 ・ 「#422. 文字の種類」 ([2010-06-23-1])
 ・ 「#423. アルファベットの歴史」 ([2010-06-24-1])
 ・ 「#1849. アルファベットの系統図」 ([2014-05-20-1])
 ・ 「#1822. 文字の系統」 ([2014-04-23-1])
 ・ 「#1853. 文字の系統 (2)」 ([2014-05-24-1])
 ・ 「#2398. 文字の系統 (3)」 ([2015-11-20-1])
 ・ 「#2416. 文字の系統 (4)」 ([2015-12-08-1])
 ・ 「#2399. 象形文字の年表」 ([2015-11-21-1])
 ・ 「#1834. 文字史年表」 ([2014-05-05-1])
 ・ 「#2414. 文字史年表(ロビンソン版)」 ([2015-12-06-1])
 ・ 「#2344. 表意文字,表語文字,表音文字」 ([2015-09-27-1])
 ・ 「#2386. 日本語の文字史(古代編)」 ([2015-11-08-1])
 ・ 「#2387. 日本語の文字史(近代編)」 ([2015-11-09-1])
 ・ 「#2389. 文字体系の起源と発達 (1)」 ([2015-11-11-1])
 ・ 「#2390. 文字体系の起源と発達 (2)」 ([2015-11-12-1])
 ・ 「#2577. 文字体系の盛衰に関わる社会的要因」 ([2016-05-17-1])
 ・ 「#2494. 漢字とオリエント文字のつながりはあるか?」 ([2016-02-24-1])

 ・ 鈴木 董 『文字と組織の世界史 新しい「比較文明史」のスケッチ』 山川出版社,2018年.

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2019-10-28 Mon

#3836. フランス語史の年表 [timeline][hfl][french][anthropology][indo-european][hfl]

 フランス語史は専門ではないものの,英語史を掘り下げて理解するためには是非ともフランス語史の知識がほしい.ということで,少なからぬ関心を寄せている.今回は Perret (179--81) よりフランス語史の年表 "Chronologie" を掲げよう.イタリックの行は,仮説的な年代・記述という意味である.

[ Préhistoire des langues du monde ]

   Il y a 4 ou 5 millions d'années: apparition de l'australopithèque en Afrique.
   Il y a 1,6 million d'années: homo erectus colonise l'Eurpope et l'Asie.
   Il y a 850 000 ans: premiers hominidés en Europe.
   Avant - 100 000: Homo sapiens en Europe (Neandertal) et en Asie (Solo).
   - 100 000: un petit groupd d'Homo sapiens vivant en Afrique (ou au Moyen-Orient) se met en marche et recolonise la planète. Les autres Homo sapiens se seraient éteints. (Hypothèse de certains généticiens, les équipes de Cavalli-Sforza et de Langaney, dite thèse du «goulot d'étranglement»).
   - 40 000: première apparition du langage?

[ Préhistoire des Indo-Européens ]

   - 10000: civilisation magdalénienne en Dordogne. Premier homme en Amérique.
   - 7000: les premières langues indo-européennes naissent en Anatolie (hypothèse Renfrew).
   Entre - 65000 et - 5500: les Indo-Européens commencent leur migration par vagues (hypothèse Renfrew).
   - 4500: les Indo-Européens occupent l'ouest de l'Europe (hypothèse Renfrew).
   - 4000 ou - 3000: les Indo-Européens commencent à se disperser (hypothèse dominante).
   - 3500: civilisation dite des Kourganes (tumuluss funéraires), débuts de son expansion.
   - 3000: écriture cunéiforme en Perse, écriture en Inde. Première domestication du cheval en Russie? (- 2000, premières représentations de cavaliers).

[ Préhistoire du français ]

   - 4000 ou - 3000: la civilisation des constructeurs de mégalithes apparaît en Bretagne.
   - 3000: la présence des Celtes est attestée en Bohème et Bavière.
   - 2500: début de l'emploi du bronze.
   - 600: premiers témoignages sur les Ligure et les Ibères.
   - 600: des marins phocéens s'installent sur la cõte méditerranéenne.
   - 500: une invasion celte (précédée d'infiltrations?): les Gaulois.

[ Histoire du français ]

   - 1500: conquête de la Provence par les Romains et infiltrations dans la région narbonnaise.
   - 59 à - 51: conquête de la Gaule par les Romains.
   212: édit de Caracalla accordant la citoyenneté à tous les hommes libres de l'Empire.
   257: incursions d'Alamans et de Francs jusqu'en Italie et Espagne.
   275: invasion générale de la Gaule par les Germains.
   312: Constantin fait du christianisme la religion officielle de l'Empire.
   Vers 400: traduction en latin de la Bible (la Vulgate) par saint Jérôme.
   450--650: émigration celte en Bretagne (à partir de Grande-Bretagne): réimplantation du celte en Bretagne.
   476: prise de Rome et destitution de l'empereur d'Occident.
   486--534: les Francs occupent la totalité du territoire de la Galue (496, Clovis adopted le christianisme).
   750--780: le latin cesse d'être compris par les auditoires populaires dans le nord du pays.
   800: sacre de Charlemagne.
   813: concile de Tours: les sermons doivent être faits dans les langues vernaculaires.
   814: mort de Charlemagne.
   842: les Serments de Strasbourg, premier document officiel en proto-français.
   800 à 900: incursions des Vikings.
   800--850: on cesse de comprendre le latin en pays de langues d'oc.
   880: Cantilène de sainte Eulalie, première elaboration littéraire en proto-français.
   911: les Vikings sédentarisés en Normandie.
   957: Hugues Capet, premier roi de France à ignorer le germanique.
   1063: conquête de l'Italie du Sud et de la Sicile par des Normands.
   1066: bataille de Hastings: une dynastie normande s'installe en Angleterre où on parlera français jusqu'à la guerre de Cent Ans.
   1086: la Chanson de Roland.
   1099: prise de Jérusalem par les croisés: début d'une présence du français et du provençal en Moyen-Orient.
   1252: fondation de la Sorbonne (enseignement en latin).
   1254: dernière croisade.
   1260: Brunetto Latini, florentin, compose son Trésor en français.
   1265: Charles d'Anjou se fait couronner roi des deux Siciles, on parlera français à la cour de Naples jusqu'au XIVe siècle.
   1271: réunion du Comté de Toulouse, de langue d'oc, au royaume de France.
   1476--1482: Louis XI rattache la Bourgogne, la Picardie, l'Artois, le Maine, l'Anjou et la Provence au royaume de France.
   1477: l'imprimerie. Accélération de la standardisation et de l'oficialisation du français, premières «inventions» orthographiques.
   1515: le Consistori del Gai Saber devient Collège de rhétorique: fin de la littérature officielle de langue d'oc.
   1523--1541: instauration du français dans le culte protestant.
   1529: fondation du Collège de France (rares enseignements en fançais).
   1530: Esclarcissment de la langue française, de Palsgrave, la plus connue des grammaires du français qui parassient à l'époque en Angleterre.
   1534: Jacques Cartier prent possession du Canada au nom du roi de France.
   1539: ordonnace de Villers-Cotterêts, le français devient langue officielle.
   1552: la Bretagne est rattachée au royaume de France.
   1559: la Lorraine est rattachée au royaume de France.
   1600: la Cour quitte les bords de Loire pour Parsi.
   1635: Richelieu officialise l'Académie française.
   1637: Descartes écrit en français Le Discours de la méthode.
   1647: Remarques sur la langue française de Vaugelas: la norme de la Cour prise comme modèle du bon usage.
   1660: Grammaire raisonnée de Port-Royal.
   1680: première traduction catholique de la Bible en français.
   1685: révocation de l'édit de Nantes: un million de protestants quittent la France pour les pays protestants d'Europe, mais aussi pour l'Afrique et l'Amérique.
   1694: première parution du Dictionnaire de l'Académie.
   1700: début d'un véritable enseignement élémentaire sans latin, avec les frères des écoles chrétiennes de Jean-Baptiste de la Salle.
   1714: traité de Rastadt, le français se substitue au latin comme languge de la diplomatie en Europe.
   1730: traité d'Utrecht: la France perd l'Acadie.
   1739: mise en place d'un enseignment entièrement en français dans le collège de Sorèze (Tarn).
   1757: apparition des premiers textes en créole.
   1762: explusion des jésuites, fervents partisans dans leur collèges de l'enseignement entièrement en latin; une réorganisation des collèges fait plus de place au français.
   1763: traité de Paris, la France perd son empire colonial: le Canada, les Indes, cinq îles des Antilles, le Sénégal et la Lousinane.
   1783: la France recouvre le Sénégal, la Lousiane et trois Antilles.
   1787: W. Jones reconnaît l'existence d'une famille de langues regroupant latin, grec, persan, langues germaniques, langues celte et sanscrit.
   1794: rapport Barrère sur les idiomes suspect (8 pluviôse an II); rapport Grégoire sur l'utilité de détruire les patois (16 prairial an II).
   1794--1795: la Républic s'aliène les sympathies par des lois interdisant l'usage de toute autre langue que le français dans les pays occupée.
   1797: tentative d'introduire le français dans le culte (abbé Grégoire).
   1803: Bonaparte vend la Louisiane aux Anglais.
   1817: la France administre le Sénégal.
   1827: Préface de Cromwell, V. Hugo, revendication de tous les registres lexicaux pour la langue littéraire.
   1830: début de la conquête de l'Algérie.
   1835: la sixième édition du Dictionnaire de l'Académie accepte enfin la graphie -ais, -ait pour les imparfiat.
   1879: invention du phonographe.
   1881: Camille Sée crée un enseignment public à l'usage des jeunes fille.
   1882: lois Jules Ferry: enseignement primaire obligatoire, laïquie et gratuie (en français).
   1885: l'administration du Congo (dit ensuite de Belge) est confiée au roi des Belges.
   1901: arrêté proposant une certaine tolérance dans les règles orthographiques du français.
   1902: l'enseignement secondaire moderne sans latin ni grec est reconnu comme égal à la filière classique.
   1902--1907: publication de l'Atlas linguistique de la France par régions de Gilliéron et Edmont.
   1950: autorisation de soutenir des thèses en français.
   1919: traité de Versalles, le français perd son statue de langue unique de la diplomatic en Europe.
   1921: début de la diffusion de la radio.
   1935: invention de la télévision.
   1951: loi Deixiome permet l'enseignement de certaines langues régionales dans le second cycle.
   1954--1962: les anciennes colonies de la France deviennent des états indépendents.
   1962--1965: concile de Vatican II: la célébration do la messe, principal office du culte catholique, ne se fait plus en latin.
   1987: un créole devient langue officielle en Haïti.
   1990: un «rapport sur les rectifications de l'orthographe» propose la régularisation des pluriels de mots composés et la suppression de l'accent circonflexe.
   1994: première création d'un organism de soutien à la francophonie.

 ・ Perret, Michèle. Introduction à l'histoire de la langue française. 3rd ed. Paris: Colin, 2008.

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2019-10-27 Sun

#3835. 形容詞などの「比較」や「級」という範疇について [comparison][adjective][adverb][category][terminology][fetishism]

 英語の典型的な形容詞・副詞には,原級・比較級・最上級の区別がある.日本語の「比較」や「級」という用語には,英語の "comparison", "degree", "gradation" などが対応するが,そもそもこれは言語学的にどのような範疇 (category) なのか.Bussmann の用語辞典より,まず "degree" の項目をみてみよう.

degree (also comparison, gradation)
All constructions which express a comparison properly fall under the category of degree; it generally refers to a morphological category of adjectives and adverbs that indicates a comparative degree or comparison to some quantity. There are three levels of degree: (a) positive, or basic level of degree: The hamburgers tasted good; 'b) comparative, which marks an inequality of two states of affairs relative to a certain characteristic: The steaks were better than the hamburgers; (c) superlative, which marks the highest degree of some quantity: The potato salad was the best of all; (d) cf. elative (absolute superlative), which marks a very high degree of some property without comparison to some other state of affairs: The performance was most impressive . . . .
   Degree is not grammaticalized in all languages through the use of systematic morphological changes; where such formal means are not present, lexical paraphrases are used to mark gradation. In modern Indo-European languages, degree is expressed either (a) synthetically by means of suffixation (new : newer : (the) newest); (b) analytically by means of particles (anxious : more/most anxious); or (c) through suppletion . . . , i.e. the use of different word stems: good : better : (the) best.


 同様に "gradation" という項目も覗いてみよう.

gradation
Semantic category which indicates various degrees (i.e. gradation) of a property or state of affairs. The most important means of gradation are the comparative and superlative degrees of adjectives and some (deadjectival) adverbs. In addition, varying degrees of some property can also be expressed lexically, e.g. especially/really quick, quick as lightning, quicker and quicker.


 上の説明にあるように "degree" や "gradation" が「意味」範疇であることはわかる.英語のみならず,日本語でも「より良い」「ずっと良い」「最も良い」「最良」などの表現が様々に用意されており,「比較」や「級」に相当する機能を果たしているからだ.しかし,通言語的にはそれが常に形態・統語的な「文法」範疇でもあるということにはならない.いってしまえば,たまたま印欧諸語では文法化し(=文法に埋め込まれ)ているので文法範疇として認められているが,日本語では特に文法範疇として設定されていないという,ただそれだけのことである.
 個々の文法範疇は,通言語的に比較的よくみられるものもあれば,そうでないものもある.文法範疇とは,ある意味で個別言語におけるフェチというべきものである.この見方については「#2853. 言語における性と人間の分類フェチ」 ([2017-02-17-1]) をはじめ fetishism の各記事を参照されたい.

 ・ Bussmann, Hadumod. Routledge Dictionary of Language and Linguistics. Trans. and ed. Gregory Trauth and Kerstin Kazzizi. London: Routledge, 1996.

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2019-10-26 Sat

#3834. 『図説フランスの歴史』の年表 [timeline][history]

 先日の「#3828. 『図説フランスの歴史』の目次」 ([2019-10-20-1]) に引き続き,同書の巻末 (177--79) にある「フランス史略年表」を掲げたい.イギリス史の年表については,「#3478. 『図説イギリスの歴史』の年表」 ([2018-11-04-1]),「#3479. 『図説 イギリスの王室』の年表」 ([2018-11-05-1]),「#3487. 『物語 イギリスの歴史(上下巻)』の年表」 ([2018-11-13-1]),「#3497. 『イギリス史10講』の年表」 ([2018-11-23-1]) を参照.

前9世紀頃ケルト人,ガリアへ移住
BC121ローマ軍,ガリア南部を征服
BC52カエサル,ガリア全土を征服
372トゥールのマルティヌス,マルムティエ修道院を設立
418西ゴート族,アキテーヌ地方に定住
476西ローマ帝国滅亡
486ソワソンの戦い.クローヴィス,メロヴィング朝を開く
496トルビアックの戦い.クローヴィス,カトリックに改宗
575頃トゥール司教グレゴリウス『フランク人の歴史』
732トゥール・ポワティエ間の戦い.カール・マルテル,イスラム勢力を撃破
751ピピン3世(小ピピン),カロリング朝を開く
800教皇レオ3世,シャルルマーニュを西ローマ皇帝に戴冠
843ヴェルダン条約,帝国の三分割
987パリ伯ユーグ・カペー,フランス王に即位.カペー朝始まる (--1328)
1154アンリ・プランタジネット,イングランド王に即位(ヘンリ2世).アンジュー帝国成立
1190フィリップ2世,第3回十字軍に出発
1202フィリップ2世,英王ジョンの大陸所領没収を宣言
1209教皇イノケンティウス3世,南仏のカタリ派を攻撃,アルビジョワ十字軍始まる
1214ブーヴィーヌの戦い
1226ルイ9世即位,母后ブランシュ・ド・カスティーユ摂政 (--34)
1229トゥルーズ伯降伏,アルビジョワ十字軍終わる
1248ルイ9世,第6回十字軍に参加
1270ルイ9世,第7回十字軍に出発.テュニスで病死
1302フィリップ4世,最初の全国三部会をパリにて招集
1303アナーニ事件,教皇ボニファティウス8世憤死
1305フィリップ4世,ボルドー大司教を教皇に擁立(クレメンス5世)
1307フィリップ4世,テンプル騎士団員を一斉逮捕
1309教皇クレメンス5世,教皇庁をアヴィニョンに移す
1328シャルル4世没,カペー朝断絶.フィリップ6世即位,ヴァロア朝の開始 (--1589)
1337百年戦争始まる
1348黒死病がフランス全土で流行
1358エティエンヌ・マルセルのパリ革命
1415英王ヘンリ5世,ノルマンディに上陸 (8.12) .アザンクールの戦い (10.25)
1420トロワの和約
1429ジャンヌ・ダルク,オルレアンを解放.シャルル7世ランスで戴冠
1431ジャンヌ・ダルク火刑
1453カスティヨンの戦い,百年戦争終了
1477ブルゴーニュ公シャルル突進公戦死,ブルゴーニュ公国解体へ
1494シャルル8世,イタリアへ侵入.イタリア戦争始まる (--1559)
1516ボローニャの政教協約
1525パヴィアの戦い,フランソワ1世捕虜に
1530フランソワ1世,王立教授団を創設
1534檄文事件.プロテスタントへの弾圧開始
1539ヴィレル・コトレ王令.公文書におけるフランス語使用,小教区帳簿の作成を義務づける
1559カトー・カンブレジ条約,イタリア戦争終了.アンリ2世没
1562ヴァシーでプロテスタントを虐殺,宗教戦争始まる (--98)
1572サン・バルテルミの虐殺
1576ギーズ公アンリ,カトリック同盟(リーグ)を結成
1589アンリ3世暗殺,ヴァロア朝断絶.アンリ4世即位,ブルボン朝始まる (--1792)
1593アンリ4戦,サン・ドニでカトリックに改宗
1594アンリ4世,シャルトルで成聖式.国王,巴里に入城
1598ナント王令
1604ポーレット法,官職の世襲・売買を年税の支払いを条件に公認
1624リシュリュー,宰相に就任
1629アレス王令,プロテスタントの武装権を剥奪
1630「欺かれた者たちの日」,マリ・ド・メディシス失脚
1635フランス,三十年戦争に参戦
1639ノルマンディで反税蜂起「ニュ・ピエ(裸足党)の乱」
1648フロンドの乱勃発 (--53)
1659ピレネー条約
1661マザラン没.ルイ14世,親政を開始
1665コルベール,財務総監に就任
1667パリに警視総監職を設置.フランドル戦争始まる (--68)
1672オランダ戦争始まる (--78)
1685ナント王令の廃止
1688アウクスブルク同盟戦争始まる (--97) .国王民兵制導入
1695カピタシオン(人頭税)導入
1701スペイン継承戦争始まる (--13)
1710ディジエーム(十分の一税)導入
1715ルイ14世没.ルイ15世即位,オルレアン公摂政
1720「ローのシステム」破綻
1733ポーランド継承戦争始まる (--35)
1740オーストリア継承戦争始まる (--48)
1756七年戦争始まる (--63)
1771大法官モプーによる司法改革
1775小麦粉戦争
1786カロンヌ,全身分を対象とする新たな税を提唱
1789国民議会成立 (6.17),封建制の廃止 (8.4),人権宣言 (8.26),ヴェルサイユ行進 (10.5)
1790聖職者民事基本法
1791ヴァレンヌ事件 (6.20),「1791年憲法制定」 (9.3)
1792オーストリアに宣戦布告 (4.20),8月10日事件(王権の停止),ヴァルミの戦い (9.20),共和制の開始 (9.21)
1793ルイ16世処刑 (1.21),山岳派独裁,恐怖政治,総最高価格法 (9.29)
1794テルミドールの反動 (7.27),山岳派失脚
1796ナポレオン,イタリア遠征
1799ブリュメール18日のクーデタ.ナポレオン,政権を掌握
1800フランス銀行設立
1804ナポレオン法典(民法典).ナポレオン,皇帝に即位
1806ベルリン勅令(大陸封鎖令)
1814ナポレオン,皇帝を退位.エルバ島へ.ルイ18世パリに帰還
1815ナポレオン「百日天下」
1824ルイ18世没,シャルル10世即位
1830七月革命,ルイ・フィリップ即位(七月王政の開始)
1847最初の「改革宴会」
1848二月革命勃発 (2.23),第二共和制の成立,ルイ・ナポレオン大統領に (12.10)
1852ルイ・ナポレオン,皇帝に即位.第二帝政 (--70)
1855第1回パリ万国博覧会開催 (--56)
1870普仏戦争勃発,第二帝政崩壊
1871パリ・コミューン
1881--82ジュール・フェリー法制定.初等教育の無償・義務化
1884ヴァルデック・ルソー法制定.労働組合を合法化
1889ブーランジェ事件
1898ゾラ,「私は弾劾する」
1901結社法制定
1905政教分離法,反教権主義が確立
1914第一次世界大戦勃発
1918コンピエーニュの森で連合軍とドイツとの休戦協定
1919ヴェルサイユ条約調印
1924フランス,ソ連を承認
1928ケロッグ・ブリアン条約(パリ不戦条約)締結
1933スタヴィンスキー事件(金融スキャンダル).右翼の攻撃強まる
1936ブルム人民戦線内閣成立
1939第二次世界大戦勃発
1940パリ陥落 (6.14),ヴィシー政権成立 (7.10),ユダヤ人排斥法 (10.3)
1943ジャン・ムーラン,レジスタンス全国評議会 (CNR) 結成.国内のレジスタンスの統一
1944パリ解放 (8.25).ドゴール臨時政府成立 (9.9)
1945婦人参政権採択
1947マーシャル・プランに参加
1954ディエン・ビエン・フー陥落 (5.7) .ヴェトナムより撤退.アルジェリア戦争始まる (11.1)
1957ヨーロッパ経済共同体 (EEC) 条約調印
1958アルジェリアでコロンと軍の反乱 (5.13),ドゴール内閣成立 (6.1),第五共和制開始.ドゴール,大統領に当選 (12.21)
1962エヴィアン協定.アルジェリア戦争終結
1966フランス,NATO の軍事機構から脱退
1967ヨーロッパ共同体 (EC) 成立
19685月革命
1969ドゴール,大統領を辞任 (4.28) .ポンピドゥーが大統領に
1974ジスカールデスタン,大統領に当選
1981ミッテラン,大統領に当選
1986シラク,首相に就任.保革共存政権(コアビタシオン)成立
1992ヨーロッパ連合条約(マーストリヒト条約)に調印
1993EU 成立
1995シラク,大統領に当選
1999EU 単一通貨「ユーロ」導入
2003イラク戦争に反対,派兵せず
2005国民投票で EU 憲法拒否,パリ郊外暴動事件
2007サルコジ,大統領に当選
2012オランド,大統領に当選


 ・ 佐々木 真 『図説フランスの歴史』増補新版 河出書房新社,2016年.

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2019-10-25 Fri

#3833. 講座「英語の歴史と語源」の第5回「キリスト教の伝来」のご案内 [asacul][notice][christianity][anglo-saxon][link]

 来週末の11月2日(土)の15:15?18:30に,朝日カルチャーセンター新宿教室にて「英語の歴史と語源・5 キリスト教の伝来」と題する講演を行ないます.ご関心のある方は,こちらよりお申し込みください.趣旨は以下の通りです.

6世紀以降,英語話者であるングロサクソン人はキリスト教を受け入れ,大陸文化の影響に大いにさらされることになりました.言語的な影響も著しく,英語はラテン語との接触を通じて2つの激震を経験しました.(1) ローマ字の採用と (2) キリスト教用語を中心とするラテン単語の借用です.これは,後のイングランドと英語の歴史を規定することになる大事件でした.今回は,このキリスト教伝来の英語史上の意義について,ほぼ同時代の日本における仏教伝来の日本語史的意義とも比較・対照しながら,多面的に議論していきます.


 合わせて,英語史における聖書翻訳の伝統にも触れる予定です.
 以下,予習のために,関連する話題を扱った記事をいくつか紹介しておきます.

 ・ 「#2485. 文字と宗教」 ([2016-02-15-1])
 ・ 「#3193. 古英語期の主要な出来事の年表」 ([2018-01-23-1])
 ・ 「#3038. 古英語アルファベットは27文字」 ([2017-08-21-1])
 ・ 「#3199. 講座「スペリングでたどる英語の歴史」の第2回「英語初のアルファベット表記 --- 古英語のスペリング」」 ([2018-01-29-1])
 ・ 「#1437. 古英語期以前に借用されたラテン語の例」 ([2013-04-03-1])
 ・ 「#32. 古英語期に借用されたラテン語」 ([2009-05-30-1])
 ・ 「#3787. 650年辺りを境とする,その前後のラテン借用語の特質」 ([2019-09-09-1])
 ・ 「#3790. 650年以前のラテン借用語の一覧」 ([2019-09-12-1])
 ・ 「#1619. なぜ deus が借用されず God が保たれたのか」 ([2013-10-02-1])
 ・ 「#1439. 聖書に由来する表現集」 ([2013-04-05-1])
 ・ 「#296. 外来宗教が英語と日本語に与えた言語的影響」 ([2010-02-17-1])
 ・ 「#1869. 日本語における仏教語彙」 ([2014-06-09-1])
 ・ 「#3382. 神様を「大日」,マリアを「観音」,パライソを「極楽」と訳したアンジロー」 ([2018-07-31-1])
 ・ 「#1427. 主要な英訳聖書に関する年表」 ([2013-03-24-1])
 ・ 「#1709. 主要英訳聖書年表」 ([2013-12-31-1])
 

Referrer (Inside): [2019-11-06-1]

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2019-10-24 Thu

#3832. 講座「英語の歴史と語源」の第4回「ゲルマン民族の大移動」を終えました [asacul][notice][slide][link][anglo-saxon]

 「#3806. 講座「英語の歴史と語源」の第4回「ゲルマン民族の大移動」のご案内」 ([2019-09-28-1]) で案内した朝日カルチャーセンター新宿教室講座を10月20日(日)に終えました(当初の予定は10月12日(土)でしたが,台風19号により延期しました).今回も過去3回とともに,質疑応答を含め参加者の方々と活発な交流の時間をもつことができました.
 講座で用いたスライド資料はこちらに置いておきます.自由にご参照ください.以下に,スライドの各ページへのリンクも貼っておきます.

   1. 英語の歴史と語源・4 「ゲルマン民族の大移動」
   2. 第4回 ゲルマン民族の大移動
   3. 目次
   4. 1. ゲルマン民族の大移動とアングロ・サクソンの渡来
   5. ゲルマン語派とゲルマン諸民族
   6. 「アングロ・サクソン人」とは誰?
   7. 「イングランド」「イングリッシュ」「アングロ・サクソン」の名称
   8. 2. 古英語の語彙
   9. 古英語の語形成の特徴
   10. 複合 (compounding) と派生 (derivation)
   11. 隠喩的複合語 (kenning)
   12. 3. 現代に残る古英語の語彙的遺産
   13. 古英語語彙だけで構成された現代英語文
   14. 偽装複合語 (disguised compound)
   15. まとめ
   16. 参考文献
   17. 補遺:Anglo-Saxon Chronicle の449年の記述

 次回,第5回の講座「キリスト教の伝来」は,11月2日(土)の15:15?18:30に予定されています.ご関心のある方は,是非こちらよりお申し込みください.

Referrer (Inside): [2022-03-12-1]

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2019-10-23 Wed

#3831. なぜ英語には冠詞があるのですか? [article][sobokunagimon][typology][linguistic_area][geolinguistics][information_structure][word_order][syntax][definiteness]

 英語史の授業にて尋ねられた質問.まさに直球.答えるのが難しい.
 まず英語史的にいえることは,古英語や中英語では,現代的な使い方での「冠詞」 (article) は未発達だったということです.thea(n) という素材そのものは古英語からあったのですが,それぞれ現代風の定冠詞や不定冠詞としては用いられていませんでした.つまり,古英語にも thea(n) という単語のご先祖様は確かにいたけれども,当時はまだ名詞に添えるべき必須の項目というステータスは獲得していなかったということです.
 ということは,日々私たちが使い分けに苦労している現代英語の「冠詞」という項目は,英語の歴史の歩みのなかで,徐々に獲得されてきたものということになります.冠詞は英語の歴史の最初からあったわけではない.まず,この事実を押さえておく必要があります.
 冠詞なるものが歴史のなかで獲得されてきたというのは,なにも英語に限りません.そもそも英語を含めたヨーロッパからインドに及ぶ多くの言語のルーツである印欧祖語には冠詞はありませんでした.しかし,印欧語族に属する古典ギリシア語,アルメニア語,アイルランド語という個別の言語をはじめ,ロマンス語派,ゲルマン語派,ケルト語派の諸言語やバルカン言語連合でも冠詞がみられることから,いずれも歴史の過程で冠詞を発達させてきたことがわかります(「#2855. 世界の諸言語における冠詞の分布 (1)」 ([2017-02-19-1]) を参照).
 また,印欧語族から離れて世界の諸言語に目を向けてみても,冠詞という言語項目は世界各地に確認されます(全体としては少数派ではありますが).ただし,地理的にはヨーロッパ,アフリカ,南西太平洋などにある程度偏在しているようで,類型論や地理言語学の立場からは興味深い話題となっています.
 さて,英語に話しを戻しましょう.古英語にも冠詞の種となるものはあったにせよ,なぜその後それが現代風の冠詞的な機能を発達させることになったのでしょうか.1つには,英語が中英語以降に語順を固定化させてきたという事実が関係しているように思われます.「#2856. 世界の諸言語における冠詞の分布 (2)」 ([2017-02-20-1]) でも述べたように「語順が厳しく定まっている言語では一般的に名詞的要素の置き場所を利用して定・不定を標示するのが難しいために,冠詞という手段が採用されやすいという事情がある」のではないかと考えられます.
 定・不定とは,その表現の指しているものが文脈上話し手や聞き手にとって既知か未知か,特定されるかされないかといった区別のことです.談話の典型的なパターンは,定の要素をアンカーとし,それに不定の要素を引っかけながら新情報を導入していくというものですが,このような情報の流れは情報構造 (information_structure) と呼ばれます.言語は情報構造を標示するための手段をもっていると考えられますが,語順や冠詞もそのような手段の候補となります.語順が自由であれば,定の要素を先頭にもってきたり,不定の要素を後置するなどの方法を利用できるでしょう(cf. 「#3211. 統語と談話構造」 ([2018-02-10-1])).しかし,語順の自由度が低くなると別の手段に訴える必要が生じてきます.英語は中英語期にかけて語順の自由度を失っていった結果,情報構造を標示するための新たな道具として,素材として手近にあった thea(n) などを利用したのではないかと考えられます.
 ただし,これも1つの仮説にすぎません.標題の質問にズバリ答えているわけではなく,我ながらもどかしいところです.
 冠詞の発生に関する統語理論上の扱いは,「#2144. 冠詞の発達と機能範疇の創発」 ([2015-03-11-1]) を参照してください.関連して,英語史における語順の固定化について「#3131. 連載第11回「なぜ英語はSVOの語順なのか?(前編)」」 ([2017-11-22-1]),「#3160. 連載第12回「なぜ英語はSVOの語順なのか?(後編)」」 ([2017-12-21-1]),「#3733.『英語教育』の連載第5回「なぜ英語は語順が厳格に決まっているのか」」 ([2019-07-17-1]) をご覧ください.

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2019-10-22 Tue

#3830. 古英語のラテン借用語は現代まで地続きか否か [lexicology][latin][loan_word][oe][borrowing]

 古英語に借用されたラテン単語について,以下の記事で取り上げてきた.

 ・ 「#32. 古英語期に借用されたラテン語」 ([2009-05-30-1])
 ・ 「#1895. 古英語のラテン借用語の綴字と借用の類型論」 ([2014-07-05-1])
 ・ 「#3787. 650年辺りを境とする,その前後のラテン借用語の特質」 ([2019-09-09-1])
 ・ 「#3790. 650年以前のラテン借用語の一覧」 ([2019-09-12-1])
 ・ 「#3829. 650年以後のラテン借用語の一覧」 ([2019-10-21-1])

 これらのラテン借用語に関する1つの問題は,そのうちの少なからぬ数の語が確かに現代英語にもみられるが,それは古英語期から生き残ってきたものなのか,あるいは一度廃れたものが後代に再借用されたものなのかということだ.いずれにせよラテン語源としては共通であるという言い方はできるかもしれないが,前者であれば古英語期の借用語として英語における使用の歴史が長いことになるし,後者であれば中英語期や近代英語期の比較的新しい借用語ということになる.英語は歴史を通じて常にラテン語と接触してきたという事情があり,しばしばいずれのケースかの判断は難しい.前代と後代とで語形や語義が異なっているなどの手がかりがあれば,再借用と認めることができるとはいえ,常にそのような手がかりが得られるわけでもない.
 とりわけ650年以後の古英語期のラテン借用語に関して,判断の難しいケースが目立つ.昨日の記事 ([2019-10-21-1]) で眺めたように,一般的なレジスターに入っていなかったとおぼしき専門語な語彙が少なくない.これらの多くは地続きではなく後代の再借用ではないかと疑われる.
 Durkin (131) は,650年以前のラテン借用語について,現代まで地続きで生き残ってきた可能性の高いものを次のように一覧している.

abbot; alms; anthem; ass; belt; bin; bishop; box; butter; candle; chalk; cheap; cheese; chervil; chest; cock; cockle (plant name); copper; coulter; cowl; cup; devil; dight; dish; fennel; fever; fork; fuller; inch; kiln; kipper; kirtle; kitchen; line; mallow; mass (= Eucharist); mat; (perhaps) mattock; mile; mill; minster; mint (for coinage); mint (plant name); -monger; monk; mortar; neep (and hence turnip); nun; pail; pall (noun); pan (if borrowed); pear; (probably) peel; pepper; pilch (noun); pile (= stake); pillow; pin; to pine; pipe; pit; pitch (dark substance); (perhaps) to pluck; (perhaps) plum; (perhaps) plume; poppy; post; (perhaps) pot; pound; priest; punt; purple; radish; relic; sack; Saturday; seine; shambles; shrine; shrive (and shrift, Shrove Tuesday); sickle; (perhaps) silk; sock; sponge; (perhaps) stop; street; strop (and hence strap); tile; toll; trivet; trout; tun; to turn; turtle-dove; wall; wine


 このリストに,やや可能性は低くなるが,地続きと考え得るものとして次を追加している (131) .

anchor; angel; antiphon; arch-; ark; beet and beetroot; capon; cat; crisp; drake (= dragon, not duck); fan; Latin; lave; master; mussel; (wine-)must; pea; pine (the tree); plant; to plant; port; provost; psalm; scuttle; table; also (where the re-borrowing would be from early Scandinavian) kettle


 続いて,650年以後のラテン借用語について,現代まで地続きであると根拠をもっていえる少数の語を次のように挙げている (132) .

aloe; cook; cope (= garment); noon; pole; pope; school; (if borrowed) fiddle; (in some of these cases re-borrowing in very early Middle English could also be possible)


 そして,根拠がやや弱くなるが,650年以後のラテン借用語として現代まで地続きの可能性のあるものは次の通り (132) .

altar; canker; cap; clerk; comet; creed; deacon; false; flank; hyssop; lily; martyr; myrrh; to offer; palm (tree); paradise; passion; peony; pigment; prior; purse; rose; sabbath; savine; sot; to spend; stole; verse; also (where the re-borrowing would be from early Scandinavian) cole


 ・ Durkin, Philip. Borrowed Words: A History of Loanwords in English. Oxford: OUP, 2014.

Referrer (Inside): [2024-07-21-1] [2021-08-03-1]

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2019-10-21 Mon

#3829. 650年以後のラテン借用語の一覧 [lexicology][latin][loan_word][oe][borrowing]

 「#3790. 650年以前のラテン借用語の一覧」 ([2019-09-12-1]) に続き,今回は反対の650年「以後」のラテン借用語を,Durkin (116--19) より列挙しよう.ただし,こちらは先の一覧と異なり網羅的ではない.あくまで一部を示すものなので注意.
 650年以前と以後の借用語の傾向について比較すると,後者は学問・宗教と結びつけられる語彙が目立つことがわかるだろう.「#3787. 650年辺りを境とする,その前後のラテン借用語の特質」 ([2019-09-09-1]) も参照.

[ Religion and the Church ]

 ・ acolitus 'acolyte' [L acoluthus, acolitus]
 ・ altare, alter 'altar' [L altare]
 ・ apostrata 'apostate' [L apostata]
 ・ apostol 'apostle' [L apostrolus]
 ・ canon 'canon, rule of the Church; canon, cleric living under a canonical rule' [L canon]
 ・ capitol 'chapter, section; chapter, assembly' [L capitulum]
 ・ clauster 'monastic cell, cloister, monastery' [L claustrum]
 ・ cleric, also '(earlier) clīroc 'clerk, clergyman' [L clericus]
 ・ crēda, crēdo 'creed' [L credo]
 ・ crisma 'holy oil, chrism; white cloth or garment of the newly baptized; chrismatory or pyx' [L chrisma]
 ・ crismal 'chrism cloth' [L chrismalis]
 ・ crūc 'cross' [L cruc-, crux]
 ・ culpa 'fault, sin' [L culpa]
 ・ decan 'person who supervises a group of (originally) ten monks or nuns, a dean' [L decanus]
 ・ dēmōn 'devil, demon' [L aemon]
 ・ dīacon 'deacon' [L diaconus]
 ・ discipul 'disciple; follower; pupil' [L discipulus]
 ・ eretic 'heretic' [L haereticus]
 ・ graþul 'gradual (antiphon sung between the Epistle and the Gospel at Mass)' [L graduale]
 ・ īdol 'idol' [L idolum]
 ・ lētanīa 'litany' [L letania]
 ・ martir, martyr 'martyr' [L martyr]
 ・ noctern 'nocturn, night office' [L nocturna]
 ・ nōn 'ninth hour (approximately 3 p.m.); office said at this time' [L nona (hora)]
 ・ organ 'canticle, song, melody; musical instrument, especially a wind instrument'
 ・ orgel- (in orgeldrēam 'instrumental music') [L organum]
 ・ pāpa 'pope' [L papa]
 ・ paradīs 'paradise, Garden of Eden, heaven' [L paradisus]
 ・ passion 'story of the Passion of Christ' [L passion-, passio]
 ・ prīm 'early morning office of the Church' [L prima]
 ・ prior 'superior office of a religious house or order, prior' [L prior]
 ・ sabat 'sabbath' [L sabbata]
 ・ sācerd 'priest; priestess' [L sacerdos]
 ・ salm, psalm, sealm 'psalm, sacred song' [L psalma]
 ・ saltere, sealtere 'psalter, also type of stringed instrument' [L psalterium]
 ・ sanct 'holy person, saint' [L sanctus]
 ・ stōl, stōle 'long outer garment; ecclesiastical vestment' [L stola]
 ・ tempel 'temple' [L templum]

[ Learning and scholarship ]

 ・ accent 'diacritic mark' [L accentus]
 ・ bærbære 'barbarous, foreign' [L barbarus]
 ・ biblioþēce, bibliþēca 'library' [L bibliotheca]
 ・ cālend 'first day of the month; (in poetry) month' [L calendae]
 ・ cærte, carte '(leaf or sheet of) vellum; piece of writing, document, charter' [L charta, carta]
 ・ centaur 'centaur' [L centaurus]
 ・ circul 'circle, cycle' [L circulums]
 ・ comēta 'comet' [L cometa]
 ・ coorte, coorta 'cohort' [L cohort-, cohors]
 ・ cranic 'chronicle' [L chronicon or chronica]
 ・ cristalla, cristallum 'crystal; ice' [L crystallum]
 ・ epistol, epistola, pistol 'letter' [L epistola, epistula]
 ・ fers, uers 'verse, line of poetry, passage, versicle' [L versus]
 ・ gīgant 'giant' [L gigant- gigas]
 ・ grād 'step; degree' [L gradus]
 ・ grammatic-cræft 'grammar' [L grammatica]
 ・ legie 'legion' [L legio]
 ・ meter 'metre' [L metrum]
 ・ nōt 'note, mark' [L nota]
 ・ nōtere 'scribe, writer' [L notarius]
 ・ part 'part (of speech)' [L part-, pars]
 ・ philosoph 'philosopher' [L philosophus]
 ・ punct 'quarter of an hour' [L punctum]
 ・ tītul 'title, superscription' [L titulus]
 ・ þēater 'theatre' [L theatrum]

[ Plants, fruit, and products of plants ]

 ・ alwe 'aloe' [L aloe]
 ・ balsam, balzam 'balsam, balm' [L balsamum]
 ・ berbēne 'vervain, verbena' [L verbena]
 ・ cāl, cāul, cāwel (or cawel) 'cabbage' [L caulis]
 ・ calcatrippe 'caltrops, or another thorny or spiky plant' [L calcatrippa]
 ・ ceder 'cedar' [L cedrus]
 ・ coliandre, coriandre 'coriander' [L coliandrum, coriandrum]
 ・ cucumer 'cucumber' [L cucumer-, cucumis]
 ・ cypressus 'cypress' [L cypressus]
 ・ fēferfuge (or feferfuge), fēferfugie (or feferfugie) 'feverfew' [L febrifugia, with substitution of Old English fēfer or fefer for the first element]
 ・ laur, lāwer 'laurel, bay, laver' [L laurus]
 ・ lilie 'lily' [L lilium]
 ・ mōr- (in mōrberie, mōrbēam) 'mulberry' [L morus]
 ・ murre 'myrrh' [L murra, murrha, mytrrha]
 ・ nard 'spikenard (name of a plant and of ointment made from it)' [L nardus]
 ・ palm, palma, pælm 'palm (tree)' [L palma]
 ・ peonie 'peony' [L paeonia]
 ・ peruince, perfince 'periwinkle' [L pervinca]
 ・ petersilie 'parsley' [L ptetrosilenum, petrosilium, petresilium]
 ・ polente (or perhaps polenta) 'parched corn' [L polenta]
 ・ pyretre 'pellitory' (a plant) [L pyrethrum]
 ・ rōse (or rose) 'rose' [L rosa]
 ・ rōsmarīm, rōsmarīnum 'rosemary' [L rosmarinum]
 ・ safine 'savine (type of plant)' [L sabina]
 ・ salfie, sealfie 'sage' [L salvia]
 ・ spīce, spīca 'aromatic herb, spice, spikenard' [L spica]
 ・ stōr 'incense, frankincense' [probably L storax]
 ・ sycomer 'sycamore' [L sycomorus]
 ・ ysope 'hyssop' [L hyssopus]

[ Animals ]

 ・ aspide 'asp, viper' [L aspid-, aspis]
 ・ basilisca 'basilisk' [L basiliscus]
 ・ camel, camell 'camel' [L camelus]
 ・ *delfīn 'dolphin' [L delfin]
 ・ fenix 'phoenic; (in one example) kind of tree' [L phoenix]
 ・ lēo 'lion' [L leo]
 ・ lopust 'locust' [L locusta]
 ・ loppestre, lopystre 'lobster' [probably L locusta]
 ・ pndher 'panther' [L panther]
 ・ pard 'panther, leopard' [L pardus]
 ・ pellican 'name of a bird of the wilderness' [L pellicanus]
 ・ tiger 'tiger' [L tigris]
 ・ ultur 'vulture' [L vultur]

[ Medicine ]

 ・ ātrum, atrum, attrum 'black vitriol; atrament; blackness' [L atramentum]
 ・ cancer 'ulcerous sore' [L cancer]
 ・ flanc 'flank' [L *flancum]
 ・ mamme 'teat' [L mamma]
 ・ pigment 'drug' [L pigmentum]
 ・ plaster 'plaster (medical dressing), plaster (building material)' [L plastrum, emplastrum]
 ・ sċrofell 'scrofula' [L scrofula]
 ・ tyriaca 'antidote to poison' [L tiriaca, theriaca]

[ Tools and implements ]

 ・ pāl 'stake, stave, post, pole; spade' [L palus]
 ・ (perhaps) paper '(probably) wick' [L papirus, papyrus]
 ・ pīc 'spike, pick, pike' [perhals L *pic-]
 ・ press 'press (specifically clothes-press)' [L pressa or French presse]

[ Building and construction; settlements ]

 ・ castel, cæstel 'village, small town; (in late manuscripts) castle' [L castellum]
 ・ foss 'ditch' [L fossa]
 ・ marman-, marmel- (in marmanstān, marmelstān 'marble' [L marmor]

[ Receptacles ]

 ・ purs, burse 'purse' [L bursa]

[ Money; units of measurement ]

 ・ cubit 'cubit, measure of length' [L cubitum]
 ・ mancus 'a money of account equivalent to thirty pence, a weight equivalent to thirty pence' [L mancus]
 ・ talente 'talent (as unit of weight or of money)' [L talentum]

[ Clothing ]

 ・ cæppe, also (in cantel-cāp 'cloak worn by a cantor') cāp 'cloak, hood, cap' (with uncertain relationship to cōp in the same meaning) [L cappa]
 ・ tuniċe, tuneċe 'undergarment, tunic, coat, toga' [L tunica]

[ Roles, ranks, and occupations (non-religious or not specifically religious) ]

 ・ centur, centurio, centurius 'centurion' [L centurion-, centurio]
 ・ cōc 'cook' [L *cocus, coquus]
 ・ consul 'consul' [L consul]
 ・ fiþela 'fiddler' (also fiþelere 'fiddler', fiþelestre '(female) fiddler') [probably L vitula]

[ Warfare ]

 ・ mīlite 'soldiers' [L milites, plural of miles]

[ Verbs ]

 ・ acordan 'to reconcile' [perhaps L accordare, although more likely a post-Conquest borrowing from French]
 ・ acūsan 'to accuse (someone)' [L accusare]
 ・ ġebrēfan 'to set down briefly in writing' [L breviare]
 ・ dēclīnian 'to decline or inflect' [L declinare]
 ・ offrian 'to offer, sacrifice' [L offerre]
 ・ *platian 'to make or beat into thin plates' (implied by platung 'metal plate' and ġeplatod and aplatod 'beaten into thin plates') [L plata, noun]
 ・ predician 'to preach' [L predicare, praedicare]
 ・ prōfian 'to assume to be, to take for' [L probare]
 ・ rabbian 'to rage' [L rabiare]
 ・ salletan 'to sing psalms, to play on the harp' [L psallere]
 ・ sċrūtnian, sċrūdnian 'to examine' [L scrutinare]
 ・ *spendan 'to spend' (recorded in Old English only in the derivatives spendung, aspendan, forspendan) [L expendere]
 ・ studdian 'to look after, be careful for' [L studere]
 ・ temprian 'to modify; to cure, heal; to control' [L temperare]
 ・ tonian 'to thunder' [L tonare]

[ Adjectives ]

 ・ fals 'false' [L falsus]
 ・ mechanisċ 'mechanical' [L mechanicus]

[ Miscellaneous ]

 ・ fals 'fraud, trickery' [L falsum]
 ・ rocc (only in stānrocc) 'cliff or crag' [L rocca]
 ・ sott 'fool', also adjective 'foolish' [L sottus]
 ・ tabele, tabul, tabule 'tablet, board; writing tablet; gaming table' [L tabula]

 ・ Durkin, Philip. Borrowed Words: A History of Loanwords in English. Oxford: OUP, 2014.

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2019-10-20 Sun

#3828. 『図説フランスの歴史』の目次 [toc][hfl][french][history]

 英語史を学ぶ上で間接的ではあるが非常に重要な分野の1つにフランス史がある.今回は,図解資料を眺めているだけで楽しい『図説フランスの歴史』の目次を挙げておきたい.ちなみにイギリス史の目次については「#3430. 『物語 イギリスの歴史(上下巻)』の目次」 ([2018-09-17-1]) を参照.目次シリーズ (toc) の記事も徐々に増えてきた.



  第1章 ローマとフランク王国
    1. ローマン・ガリア
    2. フランク王国
    3. ガリア地方とキリスト教
  第2章 カペー朝の成立
    1. 「暗黒の世紀」
    2. カペー朝の成立
  第3章 フランス王国の発展
    1. フィリップ二世
    2. ルイ九世
    3. フィリップ四世とローマ教皇との戦い
    4. 社会の変化
    5. キリスト教徒ゴシック美術
  第4章 百年戦争とヴァロア朝
    1. 百年戦争
    2. 近代国家への胎動
    3. 封建制の危機
  第5章 ルネサンス王政
    1. イタリア戦争
    2. ルネサンス
    3. 宗教改革とフランス
  第6章 宗教戦争とブルボン朝の成立
    1. 宗教戦争
    2. ブルボン朝の成立
    3. アンリ四世の政治
  第7章 絶対王政の輝き
    1. ルイ一三世と主権国家
    2. ルイ一四世
    3. フランス絶対王政
    3. 王の栄光
  第8章 一八世紀の政治と文化
    1. ルイ一五世からルイ一六世
    2. 啓蒙思想
    3. 文化の変容
  第9章 フランス革命とナポレオン
    1. フランス革命
    2. ナポレオン
    3. フランス革命の構造
    4. 革命の遺産
  第10章 一九世紀のフランス
    1. 復古王政
    2. 七月王政
    3. 二月革命と第二共和制
    4. 第二帝政
    5. 産業化とブルジョワの支配
    6. 民衆世界の変貌
  第11章 第三共和政の成立
    1. パリ・コミューンと第三共和政の成立
    2. フランスにおける国民国家の形成
    3. 結社法と政教分離法
  第12章 現代のフランス
    1. 第一次世界大戦の衝撃
    2. 世界恐慌と人民戦線
    3. 第二次世界大戦とレジスタンス
    4. 戦後のフランス
    5. 激動の世紀末
    6. 二一世紀のフランス
    7. フランスの経験と日本



 ・ 佐々木 真 『図説フランスの歴史』増補新版 河出書房新社,2016年.

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2019-10-19 Sat

#3827. lexical set (2) [terminology][lexicology][vowel][sound_change][phonetics][dialectology][lexical_set]

 昨日の記事 ([2019-10-18-1]) に引き続き,lexical set という用語について.Swann et al. の用語辞典によると,次の通り.

lexical set A means of enabling comparisons of the vowels of different dialects without having to use any particular dialect as a norm. A lexical set is a group of words whose vowels are uniformly pronounced within a given dialect. Thus bath, brass, ask, dance, sample, calf form a lexical set whose vowel is uniformly [ɑː] in the south of England and uniformly [æː] in most US dialects of English. The phonetician J. C. Wells specified standard lexical sets, each having a keyword intended to be unmistakable, irrespective of the dialect in which it occurs (see Wells, 1982). The above set is thus referred to as 'the BATH vowel'. Wells specified twenty-four such keywords, since modified slightly by Foulkes and Docherty (1999) on the basis of their study of urban British dialects.


 第1文にあるように,lexical set という概念の強みは,ある方言を恣意的に取り上げて「基準方言」として据える必要がない点にある.問題の単語群をあくまで相対的にとらえ,客観的に方言間の比較を可能ならしめている点ですぐれた概念である.この用語のおかげで,「'BATH' を典型とする,あの母音を含む単語群」を容易に語れるようになった.

 ・ Swann, Joan, Ana Deumert, Theresa Lillis, and Rajend Mesthrie, eds. A Dictionary of Sociolinguistics. Tuscaloosa: U of Alabama P, 2004.

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2019-10-18 Fri

#3826. lexical set (1) [terminology][lexicology][vowel][sound_change][phonetics][dialectology][lexical_set]

 音声学,方言学,語彙論の分野における重要な概念・用語として,lexical set というものがある.「#3505. THOUGHT-NORTH-FORCE Merger」 ([2018-12-01-1]) などで触れてきたが,きちんと扱ってきたことはなかったので,ここで導入しよう.Trudgill の用語辞典より引用する.

lexical set A set of lexical items --- words --- which have something in common. In discussions of English accents, this 'something' will most usually be a vowel, or a vowel in a certain phonological context. We may therefore talk abut the English 'lexical set of bath', meaning words such as bath, path, pass, last, laugh, daft where an original short a occurs before a front voiceless fricative /f/, /θ/ or /s/. The point of talking about this lexical set, rather than a particular vowel, is that in different accents of English these words have different vowels: /æ/ in the north of England and most of North America, /aː/ in the south of England, Australia, New Zealand and South Africa.


 通時的には,ある音変化が,しばしばあるように,限定された音声環境においてのみ生じた場合や,あるいはその他の理由で特定の単語群のみに生じた場合に,それが生じた単語群を,その他のものと区別しつつまとめて呼びたい場合に便利である.共時的には,そのような音変化が生じた変種と生じていない変種を比較・対照する際に,注目すべき語群として取り上げるときに便利である.
 要するに,音変化の起こり方には語彙を通じて斑があるものだという事実を認めた上で,同じように振る舞った(あるいは振る舞っている)単語群を束ねたとき,その単語群の単位を "lexical set" と呼ぶわけだ.たいしたことを言っているわけではないのだが,そのような単位名がついただけで,何か実質的なものをとらえられたような気がするから不思議だ.用語というのはすこぶる便利である(たたし,ときに危ういものともなり得る).

 ・ Trudgill, Peter. A Glossary of Sociolinguistics. Oxford: Oxford University Press, 2003.

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2019-10-17 Thu

#3825. quoth の母音 (2) [vowel][verb][preterite][old_norse][phonetics][sound_change][analogy][inflection][spelling_pronunciation]

 [2019-10-07-1]の記事で取り上げた話題について,少し調べてみた.中英語から近代英語にかけて,この動詞(過去形)の母音(字)には様々なものが認められたようだが,特に <a> や <o> で綴られたものについて,短音だったのか長音だったのかという問題がある(現代の標準的な quoth /kwoʊθ/ は長音タイプである).
 これについて Dobson (II §339) に当たってみた,次の1節を参照.

It is commonly assumed, as by Sweet, New English Grammar, 則1473, that ME quod and quoth are both weak-stressed forms with rounding of ME ă; but they should be distinguished. Quod, which occurs as early as Ancrene Wisse and its group, undoubtedly has ME ŏ < ME ă rounded under weak stress (though its final d is more simply explained from the OE plural stem than, with Sweet, as a special weak-stressed development of OE þ. Quoth, on the other hand, is not a blend-form with a ModE spelling-pronunciation, as Sweet thinks; the various ModE forms (see 則421 below) suggest strongly that the vowel descends from ME long_o_with_polish_hook.png, which is to be explained from ON á in the p.t.pl. kváðum. Significantly the ME quoþ form first appears in the plural quoðen in the East Anglian Genesis and Exodus (c. 1250), and next in Cursor Mundi.


 この引用を私なりに解釈すると,次の通りとなる.中英語以来,この単語に関して短音と長音の両系列が並存していたが,それが由来するところは,前者については古英語の第1過去形の短母音 (cf. cwæþ) であり,後者については古ノルド語の kváðum である.語末子音(字)が thd かという問題についても,Dobson は様々な異形態の混合・混同と説明するよりは,歴史的な継続(前者は古英語の第1過去に由来し,後者は第2過去に由来する)として解釈したいという立場のようだ.

 ・ Dobson, E. J. English Pronunciation 1500--1700. 1st ed. 2 vols. Oxford: Clarendon, 1957.

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2019-10-16 Wed

#3824. イギリス史・英語史は諸民族・諸言語が作り上げてきた織物 [history][hel_education][contact]

 「#37. ブリテン島へ侵入した5民族の言語とその英語への影響」 ([2009-06-04-1]) でみたように,1066年までの「イギリス史」においては,少なくとも5回の異民族の渡来が起こっている.ケルト人,ローマ人,アングロ・サクソン人,デーン人,ノルマン人である.各々の背後にあった言語は,ケルト語,ラテン語,英語,古ノルド語,ノルマン・フランス語である.イギリス史・英語史の前半は,これらの諸民族・諸言語が織りなす複雑な物語といってよい.イギリス史の編著者である川北 (17) が次のように述べている.

 ケルト期からノルマン期までの「イギリス」史を特徴づける点として異民族の接触をあげることができる.あらたな民族が渡来した際には征服・侵略活動がおこなわれる.しかし,その後の支配体制としては,先住民族をあらたな渡来民族が上から支配している重層的関係とともに,地理的な先住民との住み分けや共存関係がみられた.「ローマン=ブリティッシュ」「アングロ=ブリティッシュ」「アングロ=デーニッシュ」「アングロ=ノルマン」体制という場合に,それら両方の関係が示唆されていることに注意すべきである.
 外民族の侵入は,各時代のブリテン島の民族構成を大きく変化させた.あらたな文化の創造も,侵入・移住してきた外民族の存在をぬきにしては語れない.民族の変化は,政治や宗教も含む大きな社会的転換を引き起こす可能性をもっていた.また,すべての民族の活動があって「イギリス」の成立があるのであり,特定の民族活動のみが重要であるというわけではない.


 引用にある「先住民族をあらたな渡来民族が上から支配している重層的関係」を「縦糸」とみなし,「地理的な先住民との住み分けや共存関係」を「横糸」とみなせば,イギリス史は,様々な種類の糸で織られた織物といえるだろう.そして,これはほぼそのままに英語史にも当てはまるように思われる.
 縦糸と横糸の絡み合いを表わす「ローマン=ブリティッシュ」などの複合的な用語を,フルに展開した用語を時代順に与えてみた.

段階川北の用語長く展開してみた用語
1(ブリティッシュ)British (language)
2ローマン=ブリティッシュRoman-British (language)
3アングロ=ブリティッシュAnglo-Roman-British (language)
4アングロ=デーニッシュDanish-Anglo-Roman-British (language)
5アングロ=ノルマンNorman-Danish-Anglo-Roman-British (language)


 英語史の始まりは第3段階以降ということになるが,それ以前に作られていた下地の上にさらに織り上げられていったものとみるならば,英語は少なく見積もっても "Norman-Danish-Anglo-Roman British language" と呼ぶべき織物といえるだろう.

 ・ 川北 稔 「第一章 『イギリス』の成立」『イギリス史』川北 稔(編),山川出版社,1998年.16--53頁.

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2019-10-15 Tue

#3823. show の元来の意味は「見せる」ではなく「見る」 [verb][semantic_change][causative][passive][voice]

 現在 show の中心的な語義は「見せる,示す」だが,古英語では基本的に「見る」 を意味した.Hall の古英語辞書で ±scēawian をみると,"look, gaze, see, behold, observe; inspect, examine, scrutinize; have respect to,look favourably on; look out, look for, choose; decree, grant" などの訳語が与えられている.最後の "decree, grant" には現代風の語義の気味も感じられるが,古英語の主たる意味は「見る」だった.
 それが,中英語にかけて「見える」や「見せる」など,受動的な語義 (passive) や使役的な語義 (causative) が発展してきた.「見せる人」「見る人」「見られる物」という,この動詞の意味に関わる参与者 (participants) 3者とその態 (voice) を取り巻く語義変化とみることができるが,なぜそのように発展することになったのかはよく分かっていない.語根は印欧祖語にさかのぼり,ゲルマン諸語でもすべて「見る」を意味してきたので,英語での発展は独自のものである.OEDshow, v. に,この件について解説がある.

In all the continental West Germanic languages the verb has the meaning 'to look at' (compare sense 1), and the complex sense development shown in English, in particular the development of the causative sense 'to cause to be seen' (which may be considered the core meaning of all the later sense branches), is unparalleled. Evidence for this development in Old English is comparatively late (none of the later sense branches is attested before the first half of the 12th cent.); however, similar uses are attested earlier (albeit rarely) for the Old English prefixed form gescēawian, especially in the phrase āre gescēawian to show respect or favour (compare quot. OE at sense 26a(a)), but also in senses 'to present, exhibit' (one isolated and disputed attestation; compare sense 3a) and 'to grant, award' (compare sense 18). The details of the semantic development are not entirely clear; perhaps from 'to look at' to 'to cause to be looked at or seen' (compare branch II.), 'to present, exhibit, display' (compare branches II. and IV.), 'to make known formally', 'to grant, award' (compare branch III.), although all of the latter senses could alternatively show a development via sense 2 ('to look for, seek out, to choose, select'). Compare also quot. OE at showing n. 2a, but it is uncertain whether this can be taken as implying earlier currency of sense 24.


 引用にもある通り,古英語にも「見せる;与える」の例は皆無ではない.OED からいくつか拾ってみると,次の如くである.

 ・ [OE Genesis A (1931) 1581 Þær he freondlice on his agenum fæder are ne wolde gesceawian.]
 ・ lOE Extracts from Gospels: John (Vesp. D.xiv) xiv. 9 in R. D.-N. Warner Early Eng. Homilies (1917) 77 Se mann þe me gesicð, he gesicð eac minne Fæder. Hwu segst þu, Sceawe us þone Fæder?
 ・ lOE Anglo-Saxon Chron. (Laud) anno 1048 Þa..sceawede him mann v nihta grið ut of lande to farenne.


 中英語になると,MEDsheuen v.(1) が示す通り,元来の「見る」の語義も残しつつ「見せる」の語義も広がってくる.初期中英語から例は挙がってくるようだ.
 非常に重要な動詞なだけに,意味変化の原因が知りたいところである.ちなみに,show は,意味だけでなくスペリング,発音,活用についても歴史的に興味深い変化を経てきた動詞だ.以下の記事を参照.

 ・ 「#1415. shewshow (1)」 ([2013-03-12-1])
 ・ 「#1416. shewshow (2)」 ([2013-03-13-1])
 ・ 「#1716. shewshow (3)」 ([2014-01-07-1])
 ・ 「#1806. ARCHER で shewshow」 ([2014-04-07-1])
 ・ 「#1727. /ju:/ の起源」 ([2014-01-18-1])
 ・ 「#3385. 中英語に弱強移行した動詞」 ([2018-08-03-1])

 ・ Hall, John R. C. A Concise Anglo-Saxon Dictionary. Rev. ed. by Herbert T. Merritt. Toronto: U of Toronto P, 1996. 1896.

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2019-10-14 Mon

#3822. 『英語教育』の連載第8回「なぜ bus, bull, busy, bury の母音は互いに異なるのか」 [rensai][notice][vowel][spelling][spelling_pronunciation_gap][me_dialect][sound_change][phonetics][standardisation][sobokunagimon][link]

 10月12日に,『英語教育』(大修館書店)の11月号が発売されました.英語史連載「英語指導の引き出しを増やす 英語史のツボ」の第8回となる今回の話題は「なぜ bus, bull, busy, bury の母音は互いに異なるのか」です.
 英語はスペリングと発音の関係がストレートではないといわれますが,それはとりわけ母音について当てはまります.たとえば,matmate では同じ <a> のスペリングを用いていながら,前者は /æ/,後者は /eɪ/ と発音されるように,1つのスペリングに対して2つの発音が対応している例はざらにあります.逆に同じ発音でも異なるスペリングで綴られることは,meat, meet, mete などの同音異綴語を思い起こせばわかります.
 今回の記事では <u> の母音字に注目し,それがどんな母音に対応し得るかを考えてみました.具体的には bus /bʌs/, bull /bʊl/, busy /ˈbɪzi/, bury /ˈbɛri/ という単語を例にとり,いかにしてそのような「理不尽な」スペリングと発音の対応が生じてきてしまったのかを,英語史の観点から解説します.記事にも書いたように「現在のスペリングは,異なる時代に異なる要因が作用し,秩序が継続的に崩壊してきた結果の姿」です.背景には,あっと驚く理由がありました.その謎解きをお楽しみください.

『英語教育』2019年11月号



 今回の連載記事と関連して,本ブログの以下の記事もご覧ください.

 ・ 「#1866. putbut の母音」 ([2014-06-06-1])
 ・ 「#562. busy の綴字と発音」 ([2010-11-10-1])
 ・ 「#570. bury の母音の方言分布」 ([2010-11-18-1])
 ・ 「#1297. does, done の母音」 ([2012-11-14-1])
 ・ 「#563. Chaucer の merry」 ([2010-11-11-1])

 ・ 堀田 隆一 「英語指導の引き出しを増やす 英語史のツボ 第8回 なぜ bus, bull, busy, bury の母音はそれぞれ異なるのか」『英語教育』2019年11月号,大修館書店,2019年10月12日.62--63頁.

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2019-10-13 Sun

#3821. Old Saxon からの借用語 [loan_word][borrowing][lexicology][old_saxon][germanic][dutch][flemish][german][oe][germanic]

 英語史において,英語と同じ西ゲルマン語群の姉妹言語である Old Saxon の存在感は薄い.しかし,ゼロではない.昨日の記事「#3819. アルフレッド大王によるイングランドの学問衰退の嘆き」 ([2019-10-11-1]) で触れた,アルフレッド大王の教育改革に際して,John という名の古サクソン人が補佐を務めていたという記録がある.また,Genesis B として知られる古英詩には,9世紀の Old Saxon から翻訳された1節が含まれていることも知られている.
 Genesis B には,hearra (lord), sima (chain), landscipe (region), heodæg (today) を含む少数の Old Saxon に由来するとおぼしき語が確認される.いずれも後代に受け継がれなかったという点では,英語史上の意義は小さいといわざるを得ない.しかし,必要とあらばありとあらゆる単語を多言語から借りるという,後に発達する英語の雑食的な特徴が,古英語期にすでに現われていたということは銘記しておいてよい (Crystal 27) .
 一般に,英語史において「遺伝的」関係が近い西ゲルマン語群からの借用語は多くはない.遺伝的関係が近いのであれば,現実の言語接触も多かったはずではないかと想像されるが,そうでもない.たとえば,(高地)ドイツ語からの借用語は「#2164. 英語史であまり目立たないドイツ語からの借用」 ([2015-03-31-1]),「#2621. ドイツ語の英語への本格的貢献は19世紀から」 ([2016-06-30-1]) でみたように,全体としては目立たない.それなりの規模で英語に影響を与えたといえるのは,オランダ語やフラマン語くらいだろう.これらの低地諸語からの語彙的影響については,「#149. フラマン語と英語史」 ([2009-09-23-1]),「#2645. オランダ語から借用された馴染みのある英単語」 ([2016-07-24-1]),「#2646. オランダ借用語に関する統計」 ([2016-07-25-1]),「#3435. 英語史において低地諸語からの影響は過小評価されてきた」 ([2018-09-22-1]),「#3436. イングランドと低地帯との接触の歴史」 ([2018-09-23-1]) を参照されたい.

 ・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 3rd ed. Cambridge: CUP, 2019.

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2019-10-12 Sat

#3820. なぜアルフレッド大王の時代までに学問が衰退してしまったのか? [history][oe][alfred][anglo-saxon]

 昨日の記事「#3819. アルフレッド大王によるイングランドの学問衰退の嘆き」 ([2019-10-11-1]) で話題にしたように,9世紀後半のアルフレッド大王の時代(在位871--99年)までに,イングランドの(ラテン語による)学問水準はすっかり落ち込んでしまっていた.8世紀中には,とりわけ Northumbria から Bede や Alcuin などの大学者が輩出し,イングランドの学術はヨーロッパ全体に威光を放っていたのだが,昨日の記事で引用したアルフレッド大王の直々の古英語文章から分かる通り,その1世紀半ほど後には,嘆くべき知的水準へと堕していた.
 その理由の1つは,ヴァイキングの襲来である.793年に Lindisfarne が襲撃されて以来,9世紀にかけて,イングランドでは写本の制作が明らかに減少した.イングランドの既存の写本も多くが消失してしまい,大陸へ避難して保管された写本もあったが,それとてさほどの数ではない.写本がなければ,イングランドの学僧とて学ぶことはできないし,ラテン語力を維持することもできなかった.全体として学問水準が落ち込むのも無理からぬことだった.
 もう1つの理由は,ヴィアキングの襲来以前に,イングランドの頭脳が大陸に流出してしまったということがある.碩学 Alcuin (c732--804) がシャルルマーニュの筆頭顧問として仕えるべく大陸へ発ってしまうと,Northumbria の学問にはっきりと衰退の兆候が現われた.1人の重要人物の流出によって大きなダメージがもたらされるというのは,古今東西の人事の要諦だろう.
 およそ同時代,イングランド出身でゲルマン人に布教した Boniface (680?--754?) が学問のある貴顕とともにドイツへと発ってしまった結果,Southumbria の学術水準もはっきりと落ち込んだ.すでに8世紀中に,イングランド中で学問衰退の傾向が現われていたのである.そこへヴァイキング襲撃という,泣きっ面に蜂のご時世だったことになる.

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2019-10-11 Fri

#3819. アルフレッド大王によるイングランドの学問衰退の嘆き [popular_passage][oe][alfred][anglo-saxon]

 アルフレッド大王による Cura Pastoralis (or Pastoral Care) の古英語訳(893年頃)の序文に,9世紀後半当時のイングランドにおいて,ヴァイキングの襲来により学問が衰退してしまったことを嘆く有名な1節がある.アルフレッドはこの文化的危機を脱するべく教育改革を行ない,その成果は1世紀ほど後に現われ,10世紀後半のベネディクト改革 (the Benedictine Reform) や文芸の復活へとつながっていった.その意味では,文化史・文学史的に重要な1節であるといえる.その文章から,とりわけよく知られている部分を古英語原文で引用しよう (Mitchell and Robinson 204--05) .アルフレッド大王の本気が伝わってくる.

Ælfred kyning hāteð grētan Wǣrferð biscep his wordum luflīce ond frēondlīce; ond ðē cȳðan hāte ðæt mē cōm swīðe oft on gemynd, hwelce wiotan iū wǣron giond Angelcynn . . . ond hū man ūtanbordes wīsdōm ond lāre hieder on lond sōhte; ond hū wē hīe nū sceoldon ūte begietan, gif wē hīe habban sceoldon. Swǣ clǣne hīo wæs oðfeallenu on Angelcynne ðæt swīðe fēawa wǣron behionan Humbre ðe hiora ðēninga cūðen understondan on Englisc oððe furðum ān ǣrendgewrit of Lǣdene on Englisc āreccean; ond ic wēne ðætte nōht monige begiondan Humbre nǣren. Swǣ fēawa hiora wǣron ðæt ic furðum ānne ānlēpne ne mæg geðencean be sūðan Temese ðā ðā ic tō rīce fēng. Gode ælmihtegum sīe ðonc ðætte wē nū ǣnigne onstal habbð lārēowa.


 Crystal (13) より,この箇所に対する現代語を与えておく.

King Alfred sends his greetings to Bishop Werferth in his own words, in love and friendship . . . . I want to let you know that it has often occurred to me to think what wise men there once were throughout England . . . and how people once used to come here from abroad in search of wisdom and learning --- and how nowadays we would have to get it abroad (if we were to have it at all). Learning had so declined in England that there were very few people this side of the Humber who could understand their service-books in English, let alone translate a letter out of Latin into English --- and I don't imagine there were many north of the Humber, either. There were so few of them that I cannot think of even a single one south of the Thames at the time when I came to the throne. Thanks be to almighty God that we now have any supply of teachers.


 ・ Mitchell, Bruce and Fred C. Robinson. A Guide to Old English. 5th ed. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 1992.
 ・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 3rd ed. Cambridge: CUP, 2019.

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2019-10-10 Thu

#3818. 古英語における「自明の複合語」 [lexicology][word_formation][oe][kenning][compound][disguised_compound]

 「#3801. gan にみる古英語語彙の結合的性格」 ([2019-09-23-1]) では,主として古英語の派生語 (derivative) の広がりをみたが,古英語語彙の結合的性格は,複合語 (compound) によって一層よく示される.複合語とは,自立した2つ以上の単語をつなぎ合わせて新たに1つの単語を作ったもので,現代英語でも girlfriendconvenience store などでお馴染みのタイプの単語である.
 したがって,現代英語でも複合 (compounding) という語形成はおおいに活躍しているのだが,古英語ではその活躍の幅が広く,また天真爛漫,天衣無縫ですらある.複合語の各要素の意味を知っていれば,それらをつなぎ合わせた複合語自体の意味もおよそ容易に理解できることから,"self-explaining compounds" と呼ばれることもある.Crystal (22) より,古英語からの「自明の複合語」の例をいくつか挙げてみよう.

 ・ gōdspel < gōd 'good' + spel 'tidings': gospel
 ・ sunnandæg < sunnan 'sun's' + dæg 'day': Sunday
 ・ stæfcræft < stæf 'letters' + cræft 'crat': grammar
 ・ mynstermann < mynster 'monastery' + mann 'man': monk
 ・ frumweorc < frum 'beginning' + weorc 'work': creation
 ・ eorþcræft < eorþ 'earth' + cræft 'craft': geometry
 ・ rōdfæstnian < rōd 'cross' + fæstnian 'fasten': crucify
 ・ dægred < dæg 'day' + red 'red': dawn
 ・ lēohtfæt < lēoht 'light' + fæt 'vessel': lamp
 ・ tīdymbwlātend < tīd 'time' + ymb 'about' + wlātend 'gaze': astronomer


 もちろん「自明の」といっても程度の差はあり,最後の tīdymbwlātend などは本当に自明かどうかは疑わしい.また,形式的な変形により本来の自明度が失われた偽装複合語 (disguised_compound) なるものもあれば,あえて自明さを封じ込めることで文学的効果やナゾナゾ効果を醸し出す隠喩的複合語 (kenning) なるものもある(各々「#260. 偽装合成語」 ([2010-01-12-1]),「#472. kenning」 ([2010-08-12-1]) を参照).ただし,いずれも「自明の複合語」という基礎があった上での応用編ともいうべきものではあろう.「自明の複合語」は,古英語の語形成における際立った特徴の1つといってよい.

 ・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 3rd ed. Cambridge: CUP, 2019.

Referrer (Inside): [2023-04-01-1]

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2019-10-09 Wed

#3817. hale の語根ネットワーク [etymology][oe][word_family][lexicology][old_norse][word_formation][affixation][derivation][cognate]

「#1783. whole の <w>」 ([2014-03-15-1]),「#3275. 乾杯! wassail」 ([2018-04-15-1]) の記事で触れたように,hail, hale, heal, holy, whole, wassail などは同一語根に遡る,互いに語源的に関連する語群である.古英語 hāl (完全な,健全な,健康な)からの派生関係をざっと見てみよう.
 まず,古英語 hāl の直接の子孫が,halewhole である.後者は,それ自体が基体となって wholesome, wholesale, wholly などが派生している.
 次に名詞接尾辞を付した古英語 hǣlþ からは,お馴染みの単語 health, healthy, healthful が現われている.
 動詞形 hǣlan からは heal, healer が派生した.また,行為者接尾辞を付した Hælend は「救済者(癒やす人)」を意味する重要な古英語単語だった.
 形容詞接尾辞を付加した hālig からは holy, holiness, holiday が派生している.hālig を元にして作られた動詞 hālgian からは,hallow, Halloween が現われている.
 一方,古英語 hāl に対応する古ノルド語の同根語 heill の影響化で,hail, hail from, hail fellow, wassail なども英語で用いられるようになった.
 古英語の語形成の豊かさと意味変化・変異の幅広さを味わうには,うってつけの単語群といえるだろう.以上,Crystal (22) より.

 ・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 3rd ed. Cambridge: CUP, 2019.

Referrer (Inside): [2020-07-14-1] [2020-03-22-1]

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2019-10-08 Tue

#3816. quotha [etymology][interjection][verb][comment_clause][subjectification][discourse_marker]

 昨日の記事「#3815. quoth の母音」 ([2019-10-07-1]) で,古風で妙な振舞を示す動詞 quoth を紹介したが,quoth he という句が約まって間投詞として機能するようになった quotha /ˈkwoʊθə/ なる,もっと変な語も存在する.やはり古めかしい表現だが,引用の後で軽蔑や皮肉をこめて用いられ,「あきれた,まったく,ほんとに,フフン!」ほどを意味する.
 OEDquotha, int. によると,初出は次のように?1520となっている.

?1520 J. Rastell Nature .iiii. Element sig. Bvjv Thre course dysshes qd a.


 この例のように,初期近代英語では qd aqda などと省略表記されていたようだ.語用的な効果が感じられる近現代からの例を,もう少し挙げておこう.

 ・ 1698 Unnatural Mother iv. 33 Hei, hei! handsom, kether! sure somebody has been rouling him in the rice.
 ・ 1720 W. Congreve Love for Love v. i. 115 Sleep quotha! No, why you would not sleep o'your wedding night!
 ・ 1884 R. Browning Mihrab Shah in Ferishtah's Fancies 99 Attributes, quotha? Here's poor flesh and blood.
 ・ 1997 T. Pynchon Mason & Dixon 507 It's Emerson and that lot. Ragged children. Swarms, quotha.


 quoth he という句が,談話標識 (discourse_marker) へと主観化 (subjectification) した事例として,歴史語用論的におもしろいトピックである.

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2019-10-07 Mon

#3815. quoth の母音 [vowel][verb][preterite][verners_law][phonetics][sound_change][analogy][inflection][old_norse]

 「#2130. "I wonder," said John, "whether I can borrow your bicycle."」 ([2015-02-25-1]),「#2158. "I wonder," said John, "whether I can borrow your bicycle." (2)」 ([2015-03-25-1]) で少し触れたが,quoth /kwoʊθ/ は「?と言った」を意味する古風な語である.1人称単数と3人称単数の直説法過去形のみで,原形などそれ以外の形態は存在しない妙な動詞である.古英語や中英語ではきわめて日常的かつ高頻度の動詞であり,古英語ウェストサクソン方言では強変化5類の動詞として,その4主要形は cweðan -- cwæþ -- cwǣdon -- cweden だった(「#3812. waswere の関係」 ([2019-10-04-1]) を参照).
 ウェストサクソン方言の cweðan の語幹母音を基準とすると,その後の音変化により †queath などとなるはずであり,実際にこの形態は16世紀末まで用いられていたが,その後廃用となった(しかし,派生語の bequeath (遺言で譲る)を参照).したがって,現在の quoth の語幹母音は cweðan からの自然の音変化の結果とは考えられない.
 OEDquoth, v. と †queath, v. を参照してみると,o の母音は,Northumbrian など非ウェストサクソン方言における後舌円唇母音を示す,同語の異形に由来するとのことだ.その背景には複雑な音変化や類推作用が働いていたようだ.OED は,quoth, v. の下で次の3点を紹介している.

(i) levelling of the rounded vowel resulting from combinative back mutation in Northumbrian Old English (see discussion at queath v.); (ii) rounding of Middle English short a (of the 1st and 3rd singular past indicative) after w; (iii) borrowing of the vowel (represented by Middle English long open ō) of the early Scandinavian plural past indicative forms (compare Old Icelandic kváðum (1st plural past indicative)); both short and long realizations are recorded by 17th-cent. orthoepists (see E. J. Dobson Eng. Pronunc. 1500--1700 (ed. 2, 1968) II. 則則339, 421).


 中英語における異形については MEDquēthen v. も参照.スペリングとして hwat など妙なもの(MED は "reverse spelling" としている)も見つかり,興味が尽きない.

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2019-10-06 Sun

#3814. アフリカの様々な超民族語 [africa][lingua_franca][terminology][world_languages][map][bilingualism]

 異なる民族間で用いられるリンガ・フランカ (lingua_franca) のことを「超民族語」 (langue véhiculaire) と称することがある.ある民族に固有の言語である点を強調する「群生言語」 (langue grégaire) に対して,「地理的に隣接してはいても同じ言語を話していない,そういう言語共同体間の相互伝達のために利用されている言語」である点を強調した用語である(カルヴェ,p. 33).他の呼称としては,「#1072. 英語は言語として特にすぐれているわけではない」 ([2012-04-03-1]) で用いたように「族際語」という用語もある.
 超民族語に関わる話題は,lingua_franca の各記事や,とりわけ「#1788. 超民族語の出現と拡大に関与する状況と要因」 ([2014-03-20-1]),「#1789. インドネシアの公用語=超民族語」 ([2014-03-21-1]) で取り上げてきた.超民族語が非常に多く分布し,今後,社会的な役割が増してくると見込まれるのは,アフリカである.それぞれ通用する地域や人口は様々だが,アラビア語,ウォロフ語,バンバラ語,ソンガイ語,ハウサ語,ジュラ語,アカン語,ヨルバ語,フルフルデ語,サンゴ語,マバ語,リンガラ語,トゥバ語,ルバ語,ンブンドゥ語,ロジ語,アムハラ語,オロモ語,ソマリー語,サンデ語,ガンダ語,スワヒリ語,ニャンジャ語,ショナ語,ツワナ語,ファナガロ語など多数あげることができる(宮本・松田,p. 700) .  *
 宮本・松田 (706--07) は,アフリカの言語事情の未来は,これらの超民族語にかかっていると主張している.アフリカが複雑な言語問題に自発的に対処していくためには,旧宗主国の西欧諸言語ではなく,植民地時代以前から独自に発展していた超民族語に立脚するのが妥当だろうと.これはアフリカのみならず世界の多様化する言語問題に対する1つの提案となっているようにも思われる.

 グローバル化の覇権言語の攻勢下にあっても,「超民族語」を含めて,アフリカの民族諸言語は,新しい次元へと常に昇華していくであろう.同時に,いわゆる「ナイジェリアン・ピジン」(ナイジェリア英語のこと.すでに,クレオール化している)を典型例として,英語やフランス語も,特に話し言葉のレベルで,アフリカの土壌に根付いていくことだろう.これらの言語が運ぶ新旧・内外の文化伝統は,アフリカ人の多言語生活のなかで相補の関係を結び,やがて融和していくに違いない.
 だが,異質な文化伝統を無条件に融和させることが最終目的ではない.むしろ,両者の間に生起する摩擦に注目し,不整合な部分を強調しておくことが大切であろう.現代のアフリカは,さまざまな文化の綜合をはかる巨大な実験場となっている.この文化的綜合の事業のなかへ,すべての民族諸言語と民族文化が吸収されるような方策が立てられるべきであろう.この事業で最も大切なことは,だれがそのイニチアチブを握るかという問題である.アフリカ人がこの事業のイニシアチブを握るのであれば,この種の文化的綜合は,決してアフリカの尊厳を損なうものとはならないであろう.その意味でも,民族諸言語,わけても「超民族語」が引き受ける役割は大きい.
 アフリカの諸言語は,有史以来,この大陸に住んできた数えきれない諸民族の貴重な文化遺産であり,今を生きている人々にとっては,日々の生活,実存そのものなのだ.それらを封印するのではなく,その壮大な言語宇宙を開くことは,アフリカの文化的再生の必須要件と言うべきであろう.


 ・ ルイ=ジャン・カルヴェ 著,林 正寛 訳 『超民族語』 白水社〈文庫クセジュ〉,1996年.
 ・ 宮本 正興・松田 素二(編) 『新書アフリカ史 改訂版』 講談社〈講談社現代新書〉,2018年.

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2019-10-05 Sat

#3813. Crystal の英語百科事典の構成原理 [review]

 「#3805. The Cambridge Encyclopedia of the English Language 第3版の Part I 「英語史」の目次」 ([2019-09-27-1]) で紹介した Crystal の The Cambridge Encyclopedia of the English Language (第3版)の第1章 (2--3) では,"Modelling English" と題して本書の構成原理に関する説明が施されている.これは著者が長年培ってきた言語観の表明であり,英語観のエッセンスでもある.さらにいえば,20世紀半ばまでの言語学の潮流と,それ以降のトレンドを別個に扱いつつも,両者を融合しようという試みともなっている.著者もヤーヌスに譬えているとおり,英語の「構造」 (Structure) と「用法」 (Use) という両側面を知ることは,ともに大事だろう.
 Crystal の構成原理を具体的に示せば,次の通りである.

Modelling English
 Structure
  Event
   Text
  Core
   Grammar
   Lexicon
  Transmission
   Phonology
   Graphology
   Sign
 Use
  Temporal variation
   Long term
   Short term
  Regional variation
  Personal variation
  Social variation


 よく考えられた構成原理だが,手放しでは受け入れられないようにも思う.このモデルによると,英語の歴史は「英語の使用における時間軸上の変異」という見方になるが,これには違和感がある.英語史上の言語変化は,確かに共時的な概念である「構造」においてとらえるのは難しいかもしれないが,だからといって「使用」に含めるのは妥当とは思えない.「使用」に属するものとして「地域変異」「個人変異」「社会変異」と同列に「時間変異」を設けるというのは,理論的には分からないでもないのだが,相当に質の異なる変異である.話者個人の一生内で起こる言語変化を扱う "Short term" のもつ,半ば通時的で半ば共時的な性質をちらつかせることで,「使用」と「変異」に引きつけようとしたのだろうが,数世紀にわたる "Long term" という時間幅について「使用」や「変異」を考えるのは苦しい,というのが率直な印象だ.
 これに続く第2章「英語史」をもって本書の展開が本格的に始まることを考えると,"Structure", "Use" と並んで,単純に "History" と置けばよいように思うのだが,いかがだろうか(英語史を専攻する者の欲目?).

 ・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 3rd ed. Cambridge: CUP, 2019.

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2019-10-04 Fri

#3812. waswere の関係 [be][verb][preterite][subjunctive][inflection][verners_law][rhotacism][subjunctive][sobokunagimon]

 現代英語において be 動詞が形態的にきわめて特殊な動詞であることについて,歴史的な観点から「#2600. 古英語の be 動詞の屈折」 ([2016-06-09-1]) で解説した.端的にいえば,4つの異なる語根からなる寄せ集め所帯ということだ.
 be 動詞の屈折形のなかでも過去形に注目すると,w- で始まる形態が現われている.直説法においては人称・数によって waswere が区別され,接続法(現在の仮定法)においては不変の were となる.古英語では,過去形のみならず,現在形 wes, wesað,不定詞形 wesan,現在分詞形 wesende なども用いられたが,これらは後に衰退してしまった(命令形の化石としては「#3275. 乾杯! wassail」 ([2018-04-15-1]) を参照).
 さて,waswere の2つの屈折形は,古英語から現代英語に至るまで,人称・数・法によって使い分けがなされてきたことになるが,なぜ sr で子音が異なっているのだろうか.実は,これは英語史ではよく知られている Verner's Law (verners_law) と rhotacism のたまものである./s/ は,有声音に囲まれた環境では有声化して /z/ となり,さらに直前に強勢が落ちない環境では /r/ へと変化したのである(概要は「#36. rhotacism」 ([2009-06-03-1]) を参照).
 was, were の素となる wesan (to live, remain) という動詞は,歴史的に強変化第5類の動詞として分類されるが,これは「言う」を意味する古英語の高頻度語 cweðan と同じ振る舞いをする.後者の4主要形が cweðan (不定詞形)-- cwæþ (第1過去形)-- cwǣdon (第2過去形) -- cweden (過去分詞形)となるように,前者は wesan (不定詞形)-- wæs (第1過去形)-- wǣron (第2過去形)となる(過去分詞形は欠損;Hogg and Fulk 246) .
 ポイントは,古英語の直説法屈折においては人称・数によって wæs, wǣre, wǣron が使い分けられ,sr が共存していたが,接続法屈折においては人称は不問であり,単数ならば wære,複数ならば wæren というように r しか現われなかった点である.この直説法と接続法の微妙な差異が,現在にまで響いており,なぜ *If I WAS a bird ではなく If I WERE a bird なのかという疑問を引き起こすことになる(「#2601. なぜ If I WERE a bird なのか?」 ([2016-06-10-1]) を参照).
 この問題を裏からみれば,ほぼすべての動詞では形態的な区別が失われてしまった直説法と接続法がいまだに「公式に」区別されているのは,be 動詞にのみ残されている waswere の子音の違いゆえなのである.古英語以前に生じた Verner's Law と rhotacism という,ちょっとした音変化のいたずらのなせる技というわけだ.
 なお,上記からもわかるとおり,be 動詞はかつての第1過去形と第2過去形の区別を残す唯一の動詞である.いや,sing の過去形として,フォーマルには sang と言いながらインフォーマルには sung と言う英語母語話者を知っているが,彼はある意味では第1過去形と第2過去形を(古英語とは別のやり方ではあるが)区別しているといえなくもない(「#2084. drink--drank--drunkwin--won--won」 ([2015-01-10-1]) を参照).

 ・ Hogg, Richard M. and R. D. Fulk. A Grammar of Old English. Vol. 2. Morphology. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2011.

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2019-10-03 Thu

#3811. アフリカの語族と諸言語の概要 [africa][language_family][map][origin_of_language]

 人類の言語の起源がアフリカにあるだろうということは,今日,多くの言語学者が認めているところである.とすれば今日のアフリカの言語分布に関心が湧いてくるわけだが,最も長い歴史を有しているからこそなのか,不確かなことが多い.アフリカの言語分布について大雑把にまとめてみよう.
 「#3290. アフリカの公用語事情」 ([2018-04-30-1]) でみたように,現在のアフリカでは約2千もの言語が話されており,言語の多様性は著しく高い(「#3807. アフリカにおける言語の多様性 (1)」 ([2019-09-29-1]),「#3808. アフリカにおける言語の多様性 (2)」 ([2019-09-30-1]) を参照).アフリカの中央・南部で話されている諸言語は,およそ Niger-Kordofanian, Nilo-Sahara, Khoisan の3語族のいずれかに属するが,相互の関係が分かっていないばかりか,世界の他のいかなる語族ともどのような関係にあるか未詳である.言語学者のなかには,世界には2つの言語グループがあり,1つはアフリカの中央・南部の言語群,もう1つはそれ以外のすべてだ,という者もあるほどだ (Comrie 74) .
 アフリカで行なわれている4つの語族を紹介しておこう.宮本・松田 (689) のアフリカの語族・諸言語の分布図によると,中央と南部のほとんどのエリアは,Niger-Kordofanian 語族の諸言語によって占められている.Bantu 系を含む多くの言語がここに属し,今から約1万年前には,その分布は西アフリカに限定されていたようだが,その後,南や西へ拡大したといわれる.  *
 その Niger-Kordofanian 語族の歴史的な拡大の犠牲となったのが,もともと南部に広く分布していた Khoisan 語族の諸言語である.その代表的な言語は Namibia の国語で16万人の話者がいるとされる Khoekhoe (or Damara) だが,同語族の他の言語は衰退してきている.舌打ち音 (click) で知られる語族だ.
 アフリカ中央部で,他の語族に取り囲まれるようにひっそりと分布しているのは,Nilo-Sahara 語族の諸言語である.古くから分布はそれほど大きく変化していないとされる.Songhai, Saharan, Chari-Nile などが含まれるが,互いに言語的にそれほど近くはない.
 北アフリカを占めているのは,Arabian に代表される Afro-Asiatic 語族である.その名の通りアジア(おそらくはヨーロッパも)の諸言語と関係しており,歴史的にも重要な言語を多く含む.
 この4つの語族の担い手については,約1万年前の段階でその祖先とおぼしき集団が確認される.Niger-Kordofanian 語族は West Africans という集団に,Khoisan 語族,Nilo-Saharan 語族,Afro-Asiatic 語族はそれぞれ Bushmen, Nilotics, North Africans という集団に対応するといわれる.逆に,かつてアフリカ中央に居住していたが,現在,対応する語族の存在が確認されない集団としては Pygmies がいる.彼らは,歴史の過程で,西アフリカから拡大した Niger-Kordofanian 語族の Bantu 系諸語に呑み込まれ,言語交代しつつ現代に至っている.

 ・ Comrie, Bernard, Stephen Matthews, and Maria Polinsky, eds. The Atlas of Languages. Rev. ed. New York: Facts on File, 2003.
 ・ 宮本 正興・松田 素二(編) 『新書アフリカ史 改訂版』 講談社〈講談社現代新書〉,2018年.

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2019-10-02 Wed

#3810. 社会的な構築物としての「人種」 [race][terminology][anthropology]

 本ブログでは,言語との関係において人種 (race) をどうとらえるかについて,「#1871. 言語と人種」 ([2014-06-11-1]),「#3599. 言語と人種 (2)」 ([2019-03-05-1]),「#3706. 民族と人種」 ([2019-06-20-1]) の記事で考えてきた.宮本・松田(編)『新書アフリカ史 改訂版』を読みながら,改めて人種とは何か,その生物学的な根拠はあるのか,その社会学的な意味づけは何かなどを学ぶ機会があった.関連する1節 (33--34) を引こう.

 黒人といえば,肌が黒くて髪の毛が縮れ,幅広の鼻と厚い唇をもつ人間をイメージするだろう.しかし同じ「ネグロイド人種」に属するとはいえ,その内部の多様性は相当なものだ.鼻幅,鼻高などは全人種間の変異幅の大半を「ネグロイド人種」内だけでカバーしているし,背が高くて痩せ形のヌエル人やマサイ人も,世界一身長の低い「ピグミー」も同じ「ネグロイド」なのである.また皮膚の色も,黒だけでなく茶,赤,黄に近いものまで,大きな変異差を示している.なぜこのような多様性が生じたのだろうか.その答えの一つは絶えざる混血にある.そもそも人種は,私たちが想像しているほど厳密で明確な境界をもった人間集団ではない.かつては人間を身体的特徴をもとに分類することが科学の名のもとで正当化されていた時代があった.その場合,白,黒,黄,赤,茶などの皮膚の色を基準としてきた.しかし人間の身体的形式を決定する夥しい数の遺伝子のなかから肌の色だけを特別に取り出す根拠は,自然科学的なそれとは全く異質な社会的かつ人為的な選択であり,決定的であることから,肌の色を基準に人間を区分しようとした生物学的概念としての人種は,現代の科学のなかでは有効性を否定され,社会・文化的あるいは政治・経済的概念として認識されている.いっけん生物学的な「実体」のように見える人種は,じつのところ,遺伝的特性の出現頻度によって相互に区別される,遺伝子のプールとしてのヒトのグループにすぎない.そしてこのグループは,絶えず周囲のグループと交流し,相互に変化を続けている.アフリカの場合,この接触と交流は長い時間をかけてきわめて活発に行われた.その結果,現在の「ネグロイド」の著しい多様性がつくりだされてきたのである.


 「人種」は,生物学的な裏付けがあるかのような響きをもっているが,実のところ社会的な構築物であるということだ.難しく厄介な概念・用語である.アフリカにおける人種の多様性と平行的に考えられる,アフリカの言語の多様性については,「#3807. アフリカにおける言語の多様性 (1)」 ([2019-09-29-1]),「#3808. アフリカにおける言語の多様性 (2)」 ([2019-09-30-1]) を参照.

 ・ 宮本 正興・松田 素二(編) 『新書アフリカ史 改訂版』 講談社〈講談社現代新書〉,2018年.

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2019-10-01 Tue

#3809. "Rise up, rebel, revolt --- how the English language betrays class and power" [lexical_stratification][lexicology][register][sociolinguistics][diglossia]

 The Guardian にて,英語語彙の3層構造に関する標題の記事が挙げられていた(記事はこちら).  *
 英語語彙の3層構造については本ブログでも「#2977. 連載第6回「なぜ英語語彙に3層構造があるのか? --- ルネサンス期のラテン語かぶれとインク壺語論争」」 ([2017-06-21-1]) やそこから張ったリンク先の記事でいろいろと解説し議論してきたので,ここで詳しく繰り返すことはしない.概要のみ述べておくと,英語語彙は3段のピラミッドを構成しており,一般には最下層に英語本来語が,中間層にフランス借用語が,最上層にラテン借用語が収まっている.これは歴史的な言語接触の遺産であるとともに,中世から初期近代のイングランド社会において英語話者,フランス語話者,ラテン語話者の各々がいかなる社会階層に属していたかを映し出す鏡でもある.非常に単純化していえば,下層から上層に向かって,"those who work" or "workers", "those who fight" or "clerks", "those who pray" or "the powerful"という集団が所属していたということになる.
 標題の記事の内容は,この伝統的な階層区分について,EU離脱などを巡って分断している現代イギリス社会にも対応物があるという趣旨であり,それによると最下層が "workers" というのは変わらないが,中間層は "the middle class" に,最上層は "the clerkly class" に対応するという."the clerkly class" に含まれるのは,"academics, thinktankers, lawyers, writers, many artists, scientists, journalists and students, some comedians and politicians, even some entrepreneurs, as well as actual clerics --- anyone whose sense of self depends on an abstract frame of reference" ということらしい.
 記事の書き手は,中世の社会階層,現代の社会階層,英語の語彙階層の平行性(および,ときに非平行性)を指摘しながら現代イギリス社会を批評しており,議論の内容は言語学的というよりは,明らかに政治的である.しかし,語彙の3層構造について1つ重要なことを述べている."[French and Latin] seeped into what we call English and made themselves at home, giving the language its fantastical redundancy, creating something half-Germanic, half-Romance. Trilinguality was internalised." というくだりだ.もともとは社会的な現象である diglossia における上下関係が,いかにして意味論・語用論的な register の上下関係へと「言語内化」するのか,というのが私の長らくの問題意識なのだが,ここでさらっと "internalised" と述べられている現象の具体的なプロセスこそが知りたいのである.
 未解決の問題ではあるが,関連する話題を以下のような記事で扱ってきたので,ご参照を.

 ・ 「#1583. swine vs pork の社会言語学的意義」 ([2013-08-27-1])
 ・ 「#1491. diglossia と borrowing の関係」 ([2013-05-27-1])
 ・ 「#1489. Ferguson の diglossia 論文と中世イングランドの triglossia」 ([2013-05-25-1])
 ・ 「#1380. micro-sociolinguistics と macro-sociolinguistics」 ([2013-02-05-1])

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最終更新時間: 2024-10-26 09:48

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