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2011 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2010 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2009 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
6月に開拓社より近代英語期の文法変化に焦点を当てた『近代英語における文法的・構文的変化』が出版されました.秋元実治先生(青山学院大学名誉教授)による編著です.6名の研究者の各々が,15--20世紀の各世紀の英文法およびその変化について執筆しています.
このたび,本書の第3章「17世紀の文法的・構文的変化」の執筆を担当された田辺春美先生(成蹊大学)と,Voicy heldio での対談が実現しました.17世紀は英語史上やや地味な時代ではありますが,着実に変化が進行していた重要な世紀です.ことさらに取り上げられることが少ない世紀ですので,今回の対談はむしろ貴重です.「#790. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 田辺春美先生との対談」をお聴き下さい(21分ほどの音声配信です).
田辺先生の最後の台詞「17世紀も忘れないでね~」が印象的でしたね.
本書については,すでに YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」,hellog, heldio などの各メディアで紹介してきましたので,そちらもご参照いただければ幸いです.
・ YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」より「#137. 辞書も規範文法も18世紀の産業革命富豪が背景に---故山本史歩子さん(英語・英語史研究者)に捧ぐ---」
・ hellog 「#5166. 秋元実治(編)『近代英語における文法的・構文的変化』(開拓社,2023年)」 ([2023-06-19-1])
・ hellog 「#5167. なぜ18世紀に規範文法が流行ったのですか?」 ([2023-06-20-1])
・ hellog 「#5182. 大補文推移の反対?」 ([2023-07-05-1])
・ hellog 「#5186. Voicy heldio に秋元実治先生が登場 --- 新刊『近代英語における文法的・構文的変化』についてお話しをうかがいました」 ([2023-07-09-1])
・ heldio 「#769. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 秋元実治先生との対談」
・ heldio 「#772. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 16世紀の英語をめぐる福元広二先生との対談」
・ heldio 「#790. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 田辺春美先生との対談」
・ 秋元 実治(編),片見 彰夫・福元 広二・田辺 春美・山本 史歩子・中山 匡美・川端 朋広・秋元 実治(著) 『近代英語における文法的・構文的変化』 開拓社,2023年.
先日「#5194. 7月29日(土),朝カルのシリーズ講座「文字と綴字の英語史」の第2回「古英語の綴字 --- ローマ字の手なずけ」」 ([2023-07-17-1]) でご案内した通り,昨日,朝日カルチャーセンター新宿教室にてシリーズ講座「文字と綴字の英語史」の第2回となる「古英語の綴字 --- ローマ字の手なずけ」を開講しました.多くの方々に対面あるいはオンラインで参加いただきまして感謝申し上げます.ありがとうございました.
古英語期中に,いかにして英語話者たちがゲルマン民族に伝わっていたルーン文字を捨て,ローマ字を受容したのか.そして,いかにしてローマ字で英語を表記する方法について時間をかけて模索していったのかを議論しました.ローマ字導入の前史,ローマ字の手なずけ,ラテン借用語の綴字,後期古英語期の綴字の標準化 (standardisation) ,古英詩 Beowulf にみられる文字と綴字について,3時間お話ししました.
昨日の回をもって全4回シリーズの前半2回が終了したことになります.次回の第3回は少し先のことになりますが,10月7日(土)の 15:00~18:45 に「中英語の綴字 --- 標準なき繁栄」として開講する予定です.中英語期には,古英語期中に発達してきた綴字習慣が,1066年のノルマン征服によって崩壊するするという劇的な変化が生じました.この大打撃により,その後の英語の綴字はカオス化の道をたどることになります.
講座「文字と綴字の英語史」はシリーズとはいえ,各回は関連しつつも独立した内容となっています.次回以降の回も引き続きよろしくお願いいたします.日時の都合が付かない場合でも,参加申込いただけますと後日アーカイブ動画(1週間限定配信)にアクセスできるようになりますので,そちらの利用もご検討ください.
本シリーズと関連して,以下の hellog 記事をお読みください.
・ hellog 「#5088. 朝カル講座の新シリーズ「文字と綴字の英語史」が4月29日より始まります」 ([2023-04-02-1])
・ hellog 「#5194. 7月29日(土),朝カルのシリーズ講座「文字と綴字の英語史」の第2回「古英語の綴字 --- ローマ字の手なずけ」」 ([2023-07-17-1])
同様に,シリーズと関連づけた Voicy heldio 配信回もお聴きいただければと.
・ heldio 「#668. 朝カル講座の新シリーズ「文字と綴字の英語史」が4月29日より始まります」(2023年3月30日)
・ heldio 「#778. 古英語の文字 --- 7月29日(土)の朝カルのシリーズ講座第2回に向けて」(2023年7月18日)
「#2893. Beowulf の冒頭11行」 ([2017-03-29-1]) と「#2915. Beowulf の冒頭52行」 ([2017-04-20-1]) で,古英詩の傑作 Beowulf の冒頭を異なるエディションより紹介しました.今回は Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」と連動させ,この詩の冒頭11行を Jack 版から読み上げてみたので,ぜひ聴いていただければと思います.「#789. 古英詩の傑作『ベオウルフ』の冒頭11行を音読」です.以下に,Jack 版と忍足による日本語訳のテキスト,および写本画像を掲げておきます.
1 Hwæt, wē Gār-Dena in geārdagum, いざ聴き給え,そのかみの槍の誉れ高きデネ人の勲,民の王たる人々の武名は, 2 þēodcyninga þrym gefrūnon, 貴人らが天晴れ勇武の振舞をなせし次第は, 3 hū ðā æþelingas ellen fremedon. 語り継がれてわれらが耳に及ぶところとなった. 4 Oft Scyld Scēfing sceaþena þrēatum, シェーフの子シュルドは,初めに寄る辺なき身にて 5 monegum mǣgþum meodosetla oftēah, 見出されて後,しばしば敵の軍勢より, 6 egsode eorl[as], syððan ǣrest wearð 数多の民より,蜜酒の席を奪い取り,軍人らの心胆を 7 fēasceaft funden; hē þæs frōfre gebād, 寒からしめた.彼はやがてかつての不幸への慰めを見出した. 8 wēox under wolcnum, weorðmyndum þāh, すなわち,天が下に栄え,栄光に充ちて時めき, 9 oðþæt him ǣghwylc þ[ǣr] ymbsittendra 遂には四隣のなべての民が 10 ofer hronrāde hȳran scolde, 鯨の泳ぐあたりを越えて彼に靡き, 11 gomban gyldan. Þæt wæs gōd cyning! 貢を献ずるに至ったのである.げに優れたる君王ではあった.
Beowulf については,本ブログでも beowulf の各記事で取り上げてきました.また,この作品については,先日 Voicy heldio で専門家との対談を収録・配信したので,そちらもお聴き下さい.「#783. 古英詩の傑作『ベオウルフ』 (Beowulf) --- 唐澤一友さん,和田忍さん,小河舜さんと飲みながらご紹介」です.
古英語の響きに関心を持った方は,ぜひ Voicy heldio より以下もお聴きいただければ.
・ 「#326. どうして古英語の発音がわかるのですか?」
・ 「#321. 古英語をちょっとだけ音読 マタイ伝「岩の上に家を建てる」寓話より」
・ 「#735. 古英語音読 --- マタイ伝「種をまく人の寓話」より毒麦の話」
・ 「#766. 古英語をちょっとだけ音読 「キャドモンの賛歌」」
・ Jack, George, ed. Beowulf: A Student Edition. Oxford: Clarendon, 1994.
・ 忍足 欣四郎(訳) 『ベーオウルフ』 岩波書店,1990年.
本ブログでは英語史に関心を持ち始めた方のために,たびたびお勧めの英語史概説書を紹介してきました.英語史という分野は,実用的な英語の語学の陰に隠れて,一見マイナーな領域のように思われるかもしれません.しかし,研究の歴史は思いのほか長く,概説書の類いも洋書・和書を含めて数十冊では効かないくらい多く著わされてきました.
その中でも,本ブログでも強く推奨してきた英語で書かれた英語史概説書の1冊として,Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013. があります.
この一押しの概説書は12章264節からなる英語史の通史ですが,これを最初から1節ずつ読んでいき,Voicy heldio にて私が自由自在にコメントしていくという有料配信(1回200円)の試みを始めています.以下の通り,第1回を7月17日に,第2回を7月24日に配信しました.各配信回の第1チャプターは試聴できるチャプターとして無料公開していますので,ぜひお聴きいただければと思います.
当面は,数日に一度の不定期の配信としていく予定ですが,リスナーの皆さんからの反応に応じてペースや内容なども再検討していきたいと思っています.Voicy のコメント欄を通じて,ご意見やご感想を寄せていただければ幸いです.
この英語史概説書については,hellog や heldio でも多く取り上げてきましたので,以下をご参照ください.
・ hellog 「#2089. Baugh and Cable の英語史概説書の目次」 ([2015-01-15-1])
・ hellog 「#2182. Baugh and Cable の英語史第6版」 ([2015-04-18-1])
・ hellog 「#2588. Baugh and Cable の英語史からの設問 --- Chapters 1 to 4」 ([2016-05-28-1])
・ hellog 「#2594. Baugh and Cable の英語史からの設問 --- Chapters 5 to 8」 ([2016-06-03-1])
・ hellog 「#2602. Baugh and Cable の英語史からの設問 --- Chapters 9 to 11」 ([2016-06-11-1])
・ hellog 「#3091. Baugh and Cable の英語史概説書の目次よりランダムにクイズを作成」 ([2017-10-13-1])
・ hellog 「#4557. 「英語史への招待:入門書10選」」 ([2021-10-18-1])
・ hellog 「#4731. 『英語史新聞』新年度号外! --- 英語で書かれた英語史概説書3冊を紹介」 ([2022-04-10-1])
・ hellog 「#5094. 英語史概説書等の書誌(2023年度版)」 ([2023-04-08-1])
・ heldio 「#140. 対談 英語史の入門書」 (2021/10/18)
・ heldio 「#313. 泉類尚貴先生との対談 手に取って欲しい原書の英語史概説書3冊」 (2022/04/09)
・ heldio 「#315. 和田忍先生との対談 Baugh and Cable の英語史概説書を語る」 (2022/04/10)
ぜひ一緒に Baugh and Cable の英語史概説書を読み進めていきましょう.書かれている英語も平易かつ豊かですので,英語の勉強にもなります.
・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.
「#5202. 他動性 (transitivity) とは何か?」 ([2023-07-25-1]) ひ引き続き,他動性 (transitivity) について.
Halliday の機能文法によると,他動性を考える際には3つのパラメータが重要となる.過程 (process),参与者 (participant),状況 (circumstance) の3つだ.このうち,とりわけ過程 (process) が支配的なパラメータとなる.
「過程」と称されるものには大きく3つの種類がある.さらに小さくいえば3つの種類が付け足される.それぞれを挙げると,物質的 (material),精神的 (mental),関係的 (relational),そして 行為的 (behavioural), 言語的 (verbal), 存在的 (existential) の6種となる.
Transitivity A term used mainly in systemic functional linguistics to refer to the system of grammatical choices available in language for representing actions, events, experiences and relationships in the world . . . .
There are three components in a transitivity process: the process type (the process or state represented by the verb phrase in a clause), the participant(s) (people, things or concepts involved in a process or experiencing a state) and the circumstance (elements augmenting the clause, providing information about extent, location, manner, cause, contingency and so on). So in the clause 'Mary and Jim ate fish and chips on Friday', the process is represented by 'ate', the participants are 'Mary and Jim' and the circumstances are 'on Friday'.
Halliday and Mtthiesen (2004) identify three main process types, material, mental and relational, and three minor types, behavioural, verbal and existential. Associated with each process are certain kinds of participants. 1) Material processes refer to actions and events. The verb in a material process clause is usually a 'doing' word . . .: Elinor grabbed a fire extinguisher; She kicked Marina. Participants in material processes include actor ('Elinor', 'she') and goal ('a fire extinguisher', 'Marina'). 2) Metal processes refer to states of mind or psychological experiences. The verb in a mental process clause is usually a mental verb: I can't remember his name; Our party believes in choice. Participants in mental processes include senser(s) ('I'; 'our party') and phenomenon ('his name'; 'choice'). 3) Relational processes commonly ascribe an attribute to an entity, or identify it: Something smells awful in here; My name is Scruff. The verb in a relational processes include token ('something', 'my name')) and value ('Scruff', 'awful'). 4) Behavioural processes are concerned with the behaviour of a participant who is a conscious entity. They lie somewhere between material and mental processes. The verb in a behavioural process clause is usually intransitive, and semantically it refers to a process of consciousness or a physiological state: Many survivors are sleeping in the open; The baby cried. The participant in a behavioral process is called a behaver. 5) Verbal processes are processes of verbal action: 'Really?', said Septimus Coffin; He told them a story about a gooseberry in a lift. Participants in verbal processes include sayer ('Septimus Coffin', 'he'), verbiage ('really', 'a story') an recipient ('them'). 6) Existential processes report the existence of someone or something. Only one participant is involved in an existential process: the existent. There are two main grammatical forms for this type of process: existential there as subject + copular verb (There are thousands of examples.); and existent as subject + copular verb (Maureen was at home.)
これらは,言語活動においてとりわけ根源的な意味関係の6種を選び取ったものといってよいだろう.言語哲学的にいえば,これらのパラメータがどこまで根源的な言語カテゴリーを構成するのかは分からない.考え方一つである.
しかし,機能文法的には当面これらを前提として「過程」が定義され,さらにいえば「他動性」の程度も決まってくる,ということになっている.他動性とはすぐれて相対的な概念・用語ではあるが,このような言語観・文法観の枠組みから出てきた発想であることは知っておきたい.
・ Pearce, Michael. The Routledge Dictionary of English Language Studies. Abingdon: Routledge, 2007.
最近,「名前の言語学」である固有名詞学 (onomastics) に関心を寄せており,そのハンドブックを最初から読み進めている.「名前」現象について,考えたこともなかった角度から考察が加えられており,新鮮で刺激的な機会となっている.
地名研究の方法論に関する第5章を読んでいたところ,地名の語源を探っている研究者にとっては地名の再形成・再解釈はよくある話だと知った.要するに地名は民間語源 (folk_etymology) の宝庫だということだ(「民間語源」という呼称を巡っては「#5180. 「学者語源」と「民間語源」あらため「探究語源」と「解釈語源」 --- プレミアムリスナー限定配信チャンネル「英語史の輪」 (helwa) の最新回より」 ([2023-07-03-1]) を参照).
同章を執筆した Taylorは,スコットランドの地名の研究者であり,スコットランドの Aberdeenshire は Buchan の Deer という名の教会の事例を紹介している.この Deer という名前は The Gaelic Notes in the Book of Deer というスコットランド・ゲール語で書かれたテキストのなかに記録されている.このテキストの中身は,10世紀の福音書抜粋のなかに12世紀になって書き込まれた Deer 教会の資産記録である.
Deer という名前の由来は,おそらくピクト語で「オークの木」を意味する *derw- と想定されている.しかし,すでに The Gaelic Notes in the Book of Deer の時代には,この名前はスコットランド・ゲール語で「涙」を意味する déar と解釈されるようになっていたらしい.というのは,その教会に祀られている聖ドロスタンが,聖コルンバと別れる際に涙を流したことが,その名前の由来であると,すでに考えられていた節があるからだ.
確かに地名にはこのように印象的な物語を作り出すべく再解釈されやすい側面があるかもしれない.一般語よりも,ストーリーが注入されやすい,といえばよいだろうか.人々の想像と創造の産物である.
・ Taylor, Simon. "Methodologies in Place-name Research." Chapter 5 of The Oxford Handbook of Names and Naming. Ed. Carole Hough. Oxford: OUP, 2016. 69--86.
『新英語学辞典』 (1267) によると,他動性 (transitivity) は Halliday の文法理論における用語で,法 (mood) と主題 (theme) とともに Halliday 文法における3つの大きな体系網を構成する.他動性とは,他動詞 (transitive verb) と自動詞 (intransitive verb) の区別に対応する概念というよりも,むしろ節に参与する要素間の「関与性」ととらえるほうが適切だろう.
例えば Sir Chirstopher Wren built this bridge. といった典型的な SVO の文においては,行為者,過程,目標の3者が互いに関与し合っており,他動的であるといわれる.しかし,これは単純で典型的な例にすぎない.いくつの参与者がどのように関与し合っているかのパターンは様々であり,細分化していくと最終的には一つひとつの個別具体的な過程を区別しなければならなくなるだろう.この細分化の尺度を delicacy と呼んでいる.他動性は,したがって,動詞がいくつの項を取り得るかという問題や,伝統文法における「文型」の話題とも関連してくる.
英文法に引きつけて考えるために,Crystal の言語学辞典より transitivity を引いて,例とともに理解していこう.
transitivity (n.) A category used in the grammatical analysis of clause/sentence constructions, with particular reference to the verb's relationship to dependent elements of structure. The main members of this category are transitive (tr, trans), referring to a verb which can take a direct object (as in he saw the dog), and intransitive (intr, intrans), where it cannot (as in *he arrived a ball). Many verbs can have both a transitive and an intransitive use (cf. we went a mile v. we went), and in some languages this distinction is marked morphologically. More complex relationships between a verb and the elements dependent upon it are usually classified separately. For example, verbs which take two objects are sometimes called ditransitive (as opposed to monotransitive), as in she gave me a pencil. There are also several uses of verbs which are marginal to one or other of these categories, as in pseudo-intranstive constructions (e.g. the eggs are selling well, where an agent is assumed --- 'someone is selling the eggs' --- unlike normal intransitive constructions, which do not have an agent transform: we went, but not *someone went us). Some grammarians also talk about (in)transitive prepositions. For example, with is a transitive preposition, as it must always be accompanied by a noun phrase complement (object), and along can be transitive or intransitive: cf. She arrived with a dog v. *She arrived with and She was walking along the river v. She was walking along.
他動性については,今後も考えていきたい.
・ 大塚 高信,中島 文雄(監修) 『新英語学辞典』 研究社,1982年.
・ Crystal, David, ed. A Dictionary of Linguistics and Phonetics. 6th ed. Malden, MA: Blackwell, 2008. 295--96.
昨日,Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」で「#783. 古英詩の傑作『ベオウルフ』 (Beowulf) --- 唐澤一友さん,和田忍さん,小河舜さんと飲みながらご紹介」を配信しました(27分ほどの尺となっています)
出演者の皆さんが Beowulf の専門家といってもよいですが,とりわけ唐澤先生にとってはストライクの話題です,唐澤先生とは一度 heldio で対談しています.そのときには古英語と無関係の「#314. 唐澤一友先生との対談 今なぜ世界英語への関心が高まっているのか?」という話題でお届けしましたが,本来のご専門は古英語とその文学です.
Beowulf の概要については上記の配信よりお聴きいただければと思いますが,ここでも簡単に紹介しておきます.Beowulf は古英語文学の最高傑作とされる英雄詩であり,ヨーロッパにおいて最も早くヴァナキュラーで著わされた叙事詩です.紀元1000年頃のものと推定される唯一写本 Cotton Vitellius A XV に納められたテキストだが,物語としては6世紀初頭の出来事を扱っており,作られたのは8世紀前半と考えられています.テキストの存在は近代まで広く知られることはなく,ようやく19世紀前半に印刷されることになりました.
物語は主人公ベオウルフの冒険と生涯を軸に進んでいきますが,この人物が歴史的存在であるという証拠はありません.ただし,物語の登場人物,場所,出来事のなかには,歴史的に確認できるものが含まれています.
形式,文体,主題の観点からは,Beowulf はゲルマン英雄詩の伝統に乗った作品といえます.主人公が怪物の腕を引き裂く場面や湖に潜る場面を含め多くのエピソードが民間伝承に基づくものです.倫理的価値観としては運命・忠誠心・復讐など明らかにゲルマン的な要素が濃い一方で,キリスト教的な精神も強く,実際にキリスト教の寓意詩であるとの評価も一般的に受け入れられています.
現代英語訳や和訳もあり,映画化もされている古英語文学の至宝です.ぜひ関心をもっていただければ.hellog でも beowulf の各記事で取り上げてきたので,ご覧ください.
今回の heldio 出演者の HP 等へリンクを張っておきます.
・ 唐澤一友先生(立教大学)
・ 和田忍先生(駿河台大学)
・ 小河舜先生(フェリス女学院大学ほか)
場所を表現する方法 (place formulations) には,いくつかある.De Stefani (60) は,先行研究に言及する形で5つを提示している.それぞれについて思いついた例を添える.
1. geographical formulations: 住所,緯度・経度,方角,距離
2. relation to members formulations: 「鈴木君の家」「私の学校」
3. relation to landmarks formulations: 「駅の前」「橋の近く」
4. course of action places: 「私が初めて彼女と出会った駅」「このチーズを買ったスーパー」
5. place names: 「慶應義塾大学三田キャンパス」「ロンドン」
ほかに,「ここ」 (here) や「そこ」 (there) などの直示表現もあるだろう.
おもしろいのは,同一の場所を指すにしても複数の表現方法があり得ることである.例えば,私にとって「ここ」は「東京都○○市○○町○○丁目○○番地○○号」であり,「私の家」でもあり,「この記事を書いている部屋」でもある.いずれの表現を選択するかは,私がどのくらいの解像度でその場所を指し示したいのか,聞き手がどの程度の事前知識を持ち合わせていると予想されるか,など複数のパラメータに依存する.
例えば,観光客に駅への道を尋ねられた場合に,「あそこに見える2つ目の信号を右に曲がって150メートルくらいです」のようにランドマークや距離などの情報を与えつつ答えるということはよくあるが,決して「私が初めて彼女と出会った駅」や「鈴木君の家から見えるところ」とは答えないだろう.相互行為において様々なパラメータを考慮した上で最も適切に選ばれた回答が,良い回答となるのである.
場所のみならず人を表現する方法についても同じようなことが言えそうである.では,(5) のように地名,そして人名を直接用いるケースというのは,どのような場合なのだろうか.cここにおいて,地名と人名などの名前を研究対象とする固有名詞学 (onomastics) は,語用論 (pragmatics) や会話分析 (conversation_analysis) などの分野と交わりをもつことになる.
・ De Stefani, Elwys. "Names and Discourse." Chapter 4 of The Oxford Handbook of Names and Naming. Ed. Carole Hough. Oxford: OUP, 2016. 52--66.
言語学と社会学を掛け合わせると,いずれに力点を置くかによって,社会言語学 (sociolinguistics) と言語の社会学 (sociology of language) が生じる(cf. 「#1380. micro-sociolinguistics と macro-sociolinguistics」 ([2013-02-05-1]),「#4750. 社会言語学の3つのパラダイム」 ([2022-04-29-1])).
さらに,これらと固有名詞学 (onomastics) を掛け合わせると,標題の通り社会名前学 (socio-onomastics) と名前の社会学 (sociology of names) が立ち現われてくる.この2つの領域について,De Stefani (57) による解説を聞こう.
I draw a distinction between socio-onomastics and the sociology of names by observing divergent methodological procedures and research topics in the two fields. Socio-onomasticians apply methods inherited from sociolinguistics to the analysis of names. They use interviews, focus group discussions or questionnaires as the basis of their analyses, and describe name usage with respect to previously defined social categories (e.g. 'male', 'female', 'young', 'native', 'migrants', etc.). In this line of research, name variants as used by different populations in urban settings constitute a privileged topic of investigation . . . . By contrast, the sociology of names mainly addresses larger societal questions, arising for instance from language contact, in particular in the presence of so-called minority languages or dialects. The use of names in the construction of an individual's or a community's identity is a central topic of investigation, as exemplified for example by numerous studies on linguistic landscapes . . . .
とても分かりやすい区分である.しかし,もとにある社会言語学と言語の社会学の区別をあまりに絶対的なものととらえると見えなくなってしまうことがあるのと同様に,社会名前学と名前の社会学の区別もあくまで相対的なものとしてとらえておくほうのがよいだろうと考える.
De Stefani では,もう1つの掛け合わせとして,相互行為の名前学 (interactional onomastics) という魅力的な領域も紹介されている.
名前学の守備範囲は広い.「#5189. 固有名詞学の守備範囲」 ([2023-07-12-1]) を参照.
・ De Stefani, Elwys. "Names and Discourse." Chapter 4 of The Oxford Handbook of Names and Naming. Ed. Carole Hough. Oxford: OUP, 2016. 52--66.
地名には共時的,形式的な観点から階層性があるのではないか? Van Langendonck (33--34) で,そのような興味深い提案が紹介されている.
ZERO MARKING, as in city and town names: London, Berlin;
SUFFIXING, as in country names: Fin-land, German-y;
ARTICLE PREPOSING, as in names of, e.g. fields, regions, and rivers: the Highlands, the Rhine;
The use of CLASSIFIERS plus possibly an article, as in names of seas, oceans, or deserts: the North Sea, the Gobi Desert
この地名にみられる有標性の階層は,人間の組織的な関与の深さと連動しているのではないかという.人間社会にとって,都市や国はきわめて重要な対象だが,それに比べれば広域・河川・海・砂漠などは人間社会への影響が何段階か小さいように思われる.上記の階層は「人間中心の」連続体 ("'anthropocentric' cline") といってよさそうだ (Van Langendonck 34) .
さらに Van Langendonck (34) は,定冠詞の有無に関して,示唆に富んだ見解を述べている.
. . . English shows the humanized place-names (e.g. settlement names) omitting the article, whilst the non-human place-names (e.g. river names) tend to adopt the article. This can be observed where the names of former colonies or regions lose their article when they become independent countries: the Ukraine > Ukraine, The Congo > Congo, the Lebanon > Lebanon.
この見解を積極的に受け入れるとすると,どのような仮説を立てるのがよいだろうか.従属化にありながらも,さほど近しい存在ではないものには定冠詞 the がつきやすいが,それ以外の存在であれば the がつきにくいということになろうか.意味深長である.
・ Van Langendonck, Willy and Mark Van de Velde. "Names and Grammar." Chapter 2 of The Oxford Handbook of Names and Naming. Ed. Carole Hough. Oxford: OUP, 2016. 17--38.
標題の問いについては,多くの議論がなされてきた.例えば人名や地名を考えてみよう.「大谷」や「広島」には,指示対象 (referent) があるだけであり,そこに意味 (meaning) はない,という議論がある.これは「#2212. 固有名詞はシニフィエなきシニフィアンである」 ([2015-05-18-1]) でも前提とした立場だ.
一方,「大谷」は「大きい」「谷」,「広島」は「広い」「島」という語形成であり,各々の要素も,それを組み合わせた合成物も,それぞれ日本語において確かに意味をもつものと考えることができる.さらにいえば,多くの日本語話者にとって多くの場合,「大谷」にはプロ野球界におけるヒーローのイメージが付随しており,「広島」には平和のメッセージが込められている.このようなイメージ性やメッセージ性は,語彙的意味であるとはいえないまでも,別の観点から何らかの意味であるということができそうだ.何をもって「意味」とするかという難しい議論につながっていくことは不可避である.
この問題と関連して,Nyström は5つほどの意味を区別している.私のコメントを付しながら解説する.
(1) 語彙的意味 (lexical meaning):上記の例でいえば「大谷」は「大きい谷」ほどの通常の語彙的意味をもっている.
(2) 固有名的意味 (proprial meaning):「広島」は,日本の本州西部に位置する県あるいは市を指示する固有名詞である.
(3) 範疇的意味 (categorial meaning):「ポチ」は(典型的に)犬というカテゴリーに属するメンバーに付けられる名前である.
(4) 連想的意味 (associative meaning):「大谷」は(多くの人にとって)プロ野球界の希望の星である.
(5) 感情的意味 (emotive meaning):「広島」は(多くの人にとって)原爆被害の強烈な悲惨さ,平和への願いを喚起する.
とりわけ (4) や (5) のような含蓄的意味 (connotation) は,内容も程度も個人によって,あるいは集団にとって異なり得るものであり,語彙的意味や固有名的意味にみられる一般性は必ずしもみられないかもしれない.
・ Nyström, Staffan. "Names and Meaning." Chapter 3 of The Oxford Handbook of Names and Naming. Ed. Carole Hough. Oxford: OUP, 2016. 39--51.
「ゆる言語学ラジオ」からこちらの「hellog~英語史ブログ」に飛んでこられた皆さん,ぜひ
(1) 本ブログのアクセス・ランキングのトップ500記事,および
(2) note 記事,Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」の人気放送回50選
(3) note 記事,「ゆる言井堀コラボ ー 「ゆる言語学ラジオ」×「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」×「Voicy 英語の語源が身につくラジオ (heldio)」」
(4) 「ゆる言語学ラジオ」に関係するこちらの記事群
をご覧ください.
昨日7月18日(火)に,YouTube/Podcast チャンネル「ゆる言語学ラジオ」の最新回がアップされました.これまで3回ゲストとして出演させていただきまして,今回は第4回目となります.「英単語帳の語源を全部知るために,研究者を呼びました【ターゲット1900 with 堀田先生】#247」です.どうぞご覧ください.
最後のほうでも力説しているように,「英語史」は決して狭い学問領域ではなく,英語を学ぶ皆が英語に抱く疑問のほとんどについて,何か言うべきことをもっている頼もしい存在です.ぜひこの機会に英語史の存在を(再)認識していただければ.
過去の3回の出演回も合わせてご視聴ください.
・ 第1弾 「#227. 歴史言語学者が語源について語ったら,喜怒哀楽が爆発した【喜怒哀楽単語1】」(5月6日)
・ 第2弾 「#228. 「英語史の専門家が through の綴りを数えたら515通りあった話【喜怒哀楽単語2】」(5月9日)
・ 第3弾:「#234. 英語史の専門家と辞書を読んだらすべての疑問が一瞬で解決した」(5月30日)
固有名詞学 (onomastics) は名前 (name) を扱う言語学の下位分野である.この分野では,当然のことながら名前とは何かが根源的な問題となる.これは「#5191. 「名前」とは何か?」 ([2023-07-14-1]) や「#5192. 何に名前をつけるのか? --- 固有名を名付ける対象のプロトタイプ」 ([2023-07-15-1]) でも取り上げてきた話題だが,そう簡単ではない.
そこでも参照している Van Langendonck and Van de Velde (19--20) によれば,名前の問題を議論する際には名前 (name) と名前レンマ (name lemma) を区別する必要があると説かれている.前者は名簿に記載される一つひとつの名前であり,後者は名前辞書の見出し語として立てられる名前である.
. . . names need to be distinguished from name lemmas. The term name lemma indicates a dictionary entry with an onomastic valency. For instance, the lemma Mary has the potential to be used as a name with one or more sublemmas that each underlie a name. Thus, the lemma Mary underlies a large number of names, such as Mary the mother of Jesus, Mary Stuart, and so on.
次に,名前レンマにもいくつかの種類があることが紹介される.上記の Mary は,典型的に名前に用いられる名前レンマであり,proprial lemma と呼ばれる.proprial lemma は,a different Mary のように臨時的に普通名詞として用いられることもある.
他の種類の名前レンマとしては,一般的な名詞が名前として用いられるタイプの appellative lemma がある.映画 Gladiator は映画のタイトルとして名前には違いないが,その名前レンマは何かといえば「剣闘士」を意味する通常の名詞 gladiator である.他には The Old Man and the Sea のように句が名前レンマになる phrasal lemma もある.
名前をめぐる議論においては,名前と名前レンマを慎重に区別していないと混乱を来たしそうだ.
・ Van Langendonck, Willy and Mark Van de Velde. "Names and Grammar." Chapter 2 of The Oxford Handbook of Names and Naming. Ed. Carole Hough. Oxford: OUP, 2016. 17--38.
来週末7月29日(土)の 15:30--18:45 に,朝日カルチャーセンター新宿教室にてシリーズ講座「文字と綴字の英語史」の第2回となる「古英語の綴字 --- ローマ字の手なずけ」が開講されます.
シリーズ初回は「文字の起源と発達 --- アルファベットの拡がり」と題して3ヶ月前の4月29日(土)に開講しました.それを受けて第2回は,ローマ字が英語に入ってきて本格的に用いられ始めた古英語期に焦点を当てます.古英語話者たちは,ローマ字をいかにして受容し,格闘しながらも自らの道具として手なずけていったのか,その道筋をたどります.実際にローマ字で書かれた古英語のテキストの読解にも挑戦してみたいと思います.
ご関心のある方はぜひご参加ください.講座紹介および参加お申し込みはこちらからどうぞ.対面のほかオンラインでの参加も可能です.また,参加登録された方には,後日アーカイヴ動画(1週間限定配信)のリンクも送られる予定です.ご都合のよい方法でご参加ください.全4回のシリーズものではありますが,各回の内容は独立していますので,単発のご参加も歓迎です.
シリーズ全4回のタイトルは以下の通りとなります.
・ 第1回 文字の起源と発達 --- アルファベットの拡がり(春・4月29日)
・ 第2回 古英語の綴字 --- ローマ字の手なずけ(夏・7月29日)
・ 第3回 中英語の綴字 --- 標準なき繁栄(秋・未定)
・ 第4回 近代英語の綴字 --- 標準化を目指して(冬・未定)
本シリーズと関連して,以下の hellog 記事,および Voicy heldio 配信回もご参照下さい.
・ hellog 「#5088. 朝カル講座の新シリーズ「文字と綴字の英語史」が4月29日より始まります」 ([2023-04-02-1])
・ heldio 「#668. 朝カル講座の新シリーズ「文字と綴字の英語史」が4月29日より始まります」(2023年3月30日)
・ (2023/07/18(Tue) 後記)heldio 「#778. 古英語の文字 --- 7月29日(土)の朝カルのシリーズ講座第2回に向けて」(2023年7月18日)
昨晩7時より60分ほど Voicy チャンネル「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」の生放送をお届けしました.参加いただいたリスナーの皆さん,ありがとうございました.生放送を収録したものを,今朝のレギュラー放送として配信しています.「#776. 「言語は○○である」 --- 初のリスナー参加の生放送企画」をお聴き下さい.
この生放送企画は,先日の「#5188. 「言語は○○のようだ」 --- 言語をターゲットとする概念メタファーをブレストして楽しむ企画のご案内」 ([2023-07-11-1]) を受けたものです.あらかじめリスナーの皆さんに「言語は○○である」のメタファーとその「心」を考えてもらい,Voicy のコメント欄にて寄せてもらった上で,それを生放送で紹介し,鑑賞するという企画でした.
実は今回の企画に先立ち,プレミアムリスナー限定配信チャンネル「英語史の輪」 (helwa) のほうで,一度「予行演習」を行なっていました.2回の企画を通じてインスピレーションをかき立てる,優れたメタファーが数多く寄せられ,たいへん有意義な機会となりました.リスナーの皆さんには重ねてお礼申し上げます.関連する4回の配信を一覧しておきます.
・ 「【英語史の輪 #10】言語は○○のようだ --- あなたは言語を何に喩えますか?」: 【第1ラウンド】 企画を公開しブレストを呼びかけた回
・ 「【英語史の輪 #11】言語は○○のようだ --- 生激論」: 【第1ラウンド】 上記を受けて,寄せられた概念メタファーを読み上げながら鑑賞した生放送回
・ 「#771. 「言語は○○のようだ」 --- 概念メタファーをめぐるリスナー参加型企画のご案内」: 【第2ラウンド】 企画を公開しブレストを呼びかけた回
・ 「#776. 「言語は○○である」 --- 初のリスナー参加の生放送企画」: 【第2ラウンド】 上記を受けて,寄せられた概念メタファーを読み上げながら鑑賞した生放送回
・ (2023/07/17(Mon) 後記)「#777. 「言語は○○のようだ」--- 生放送で読み上げられなかったメタファーを紹介します」: 【第2ラウンド】 生放送で取り上げ切れなかったものを改めて読み上げる回
以下に,今回の企画のために寄せられてきた「言語は○○である」メタファーを列挙します(cf. 「#4540. 概念メタファー「言語は人間である」」 ([2021-10-01-1]) とそこに張ったリンク先も参照).それぞれのメタファーの「心」を言い当ててみる,という楽しみ方もできるかと思います.
・ 言語は絵の具である
・ 言語は眼鏡である
・ 言語は生物である
・ 外国語学習は生まれ変わることである
・ 言語は壁ではなく階段である
・ 言葉は可能性である
・ 外国語の習得は思考法のインストールである
・ ことばはサーチライトである
・ 概念メタファーはサーチライトである
・ 言語はリフォームを繰り返す家である
・ 言葉は品物である
・ 言葉は食べ物である
・ 言語は扉である
・ 言語(認識)は恋に似ている
・ 言葉は川の流れのようだ
・ 言語は惑星である
・ 言語は自転車である
・ 言語は筋肉である
・ 言語空間はメタバースである
・ 言葉は声かけによる手当である
・ 言葉は玉手箱である
・ 言語は多面体である
人は何に名前をつけるのか.理論的には,ありとあらゆるものに名前をつけられる.実際上も,人は言語を通じて森羅万象にラベルを貼り付けてきた.それが名詞 (noun) である.ただし,今回考えたいのはもう少し狭い意味での名前,いわゆる固有名である.人は何に固有名をつけるのか.
Van Langendonck and Van de Velde (33--38) は,異なる様々な言語を比較した上で,主に文法的な観点から,名付け対象を典型順に(よりプロトタイプ的なものからそうでないものへ)列挙している.ただし,網羅的な一覧ではないとの断わり書きがあることをここに明記しておく.
・ 人名
・ 地名
・ 月名
・ 商品名,商標名
・ 数
・ 病気名,生物の種の名前
・ "autonym"
論文では各項目に解説がつけられているが,ここでは最後の "autonym" を簡単に紹介しておこう.一覧のなかでは最もプロトタイプ的ではない位置づけにある名付け対象である.これは,例えば "Bank is a homonymous word." 「Bank (という単語)は同音異義語である」という場合の Bank のことを指している.ありとあらゆる言語表現が,その場限りで「名前」となり得る,ということだ.この臨時的な名付けには「#1300. hypostasis」 ([2012-11-17-1]) が関係してくる.
一覧の下から2番目にある病気名などは,名付け対象としてのプロトタイプ性が低いので,言語によっては固有名を与えられず,あくまで普通名詞として通っているにすぎない,というケースもある.確かに Covid-19 は固有名詞ぽいが,ただの風邪 cold は普通名詞ぽい.何に固有名をつけるのかという問題については,通言語学的に傾向はあるものの,あくまでプロトタイプとして考える必要があるということだろう.
・ Van Langendonck, Willy and Mark Van de Velde. "Names and Grammar." Chapter 2 of The Oxford Handbook of Names and Naming. Ed. Carole Hough. Oxford: OUP, 2016. 17--38.
固有名詞学 (onomastics) のハンドブックにおいて,name (名前)の定義がいくつかの形で提示されている.第2章の結論の記述が最もよくまとまっているように思われるので,その部分を引用しよう.
Names are nouns with unique denotation, they are definite, have no restrictive relative modifiers, and occupy a special place in anaphoric relations. They display an inherent basic level and can be argued to be the most prototypical nominal category. Names have no defining sense. They can have connotative meanings, but this has little grammatical relevance. We have stressed the need to rely on grammatical criteria, which are too often ignored in approaches to names.
The approach developed in this chapter aims at being universally valid in two ways. First, the pragmatic-semantic concept of names defined in the introduction is cross-linguistically applicable. It is distinct from language-specific grammatical categories of Proper Names for which language-specific grammatical criteria should be adduced. Second, our approach takes into account all types of proper names. The question of what counts as a name, very often debated in the literature, should be answered on two levels, keeping in mind the distinction between proprial lemmas and proper names. The language specific question as to what belongs to the grammatical category of Names does not necessarily yield the same answer as the question of what can be considered to be a name from a semantic-pragmatic point of view. Mismatches are most likely to be found at the bottom of the cline of nameworthiness . . . . (Langendonck and Van de Velde 38)
正確にいえば,この文章は name の定義というよりも,name に確認される典型的な複数の特徴を記述したものと考えられる.第2段落にあるように,この定義なり特徴は,(1) 通言語学的に有効であり,(2) 人名や地名に限らずあらゆる種類の名前に当てはまる,という2点において,よく練られたものといってよさそうだ.さらにこの文章からは,名前をめぐる議論では,ある項目が名前か否かというデジタルな問題ではなく,「名前らしさ」のプロトタイプの問題,程度の問題としてとらえる必要があることも示唆されている.
「名前」がこれほど複雑で奥行きのある話題だとは思わなかった.
・ Van Langendonck, Willy and Mark Van de Velde. "Names and Grammar." Chapter 2 of The Oxford Handbook of Names and Naming. Ed. Carole Hough. Oxford: OUP, 2016. 17--38.
昨日「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」の最新回がアップされました.「#144. イギリスの地名にヴァイキングの足跡 --- ゲスト・小河舜さん」です.小河舜さんを招いての全4回シリーズの第1弾となります.
小河さんの研究テーマは後期古英語期の説教師・政治家 Wulfstan とその言語です.立教大学の博士論文として "Wulfstan as an Evolving Stylist: A Chronological Study on His Vocabulary and Style." を提出し,学位授与されています.Wulfstan については本ブログより「#5176. 後期古英語の聖職者 Wulfstan とは何者か? --- 小河舜さんとの heldio 対談」 ([2023-06-29-1]) をご覧ください.また,小河さんは今回の YouTube の話題のように,イギリスの地名(特に古ノルド語要素を含む地名)にも関心をお持ちです.
小河さんとは,今回の YouTube 共演以前にも,Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」で複数回にわたり対談し,その様子を配信してきました.実際,今朝の heldio 最新回でも小河さんとの対談を配信しています.これまでの対談回を一覧にまとめましたので,ぜひお時間のあるときにお聴きいただければ.
・ 「#759. Wulfstan て誰? --- 小河舜さんとの対談【第1弾】」(6月29日配信)
・ 「#761. Wulfstan の生きたヴァイキング時代のイングランド --- 小河舜さんとの対談【第2弾】」(7月1日配信)
・ 「#763. Wulfstan がもたらした超重要単語 "law" --- 小河舜さんとの対談【第3弾】」(7月3日配信)
・ 「#765. Wulfstan のキャリアとレトリックの変化 --- 小河舜さんとの対談【第4弾】」(7月5日配信)
・ 「#767. Wulfstan と小河さんのキャリアをご紹介 --- 小河舜さんとの対談【第5弾】」(7月7日配信)
・ 「#770. 大学での英語史講義を語る --- 小河舜さんとの対談【第6弾】」(7月10日配信)
・ 「#773. 小河舜さんとの新シリーズの立ち上げなるか!?」(本日7月13日配信)
小河さんの今後の英語史活動(hel活)にも期待しています!
(以下は,2023/08/02(Wed) 付で加えた後記です)
・ YouTube 小河舜さんシリーズ第1弾:「#144. イギリスの地名にヴァイキングの足跡 --- ゲスト・小河舜さん」です
・ YouTube 小河舜さんシリーズ第2弾:「#146. イングランド人説教師 Wulfstan のバイキングたちへの説教は歴史的異言語接触!」
・ YouTube 小河舜さんシリーズ第3弾:「#148. 天才説教師司教は詩的にヴァイキングに訴えかける!?」
・ YouTube 小河舜さんシリーズ第4弾:「#150. 宮崎県西米良村が生んだ英語学者(philologist)でピアニスト小河舜さん第4回」
一昨日の記事「#5187. 固有名詞学のハンドブック」 ([2023-07-10-1]) で,固有名詞学 (onomastics) を扱った本を紹介した.その守備範囲はとにかく広い.同著のイントロ(編者 Hough による執筆)となる1章では,(1) 名前とは何かを含む理論的な考察で幕を開け,(2) 次にこれから扱っていく数々の話題の頭出しがなされ,(3) 最後にこの分野が学際的であり,近年ますます活発化してきていることが言及される.読んでいて目が留まった部分をいくつか抜き書きする.
. . . names are definite nouns with unique denotation, an inherent basic level sense, no defining sense, and optional connotative meanings. (3)
Onomastics is essentially inter-disciplinary, and it might be difficult to identify any major subject area to which it is completely unrelated. (9)
イントロの最後では,固有名詞学を取り巻く近年の熱気について次のようにある.
As well as outlining the current state of name studies in its various branches, the chapters in this volume show the discipline continuing to expand and to develop into new areas. To mention a few examples from different sections, de Stefani introduces the concept of interactional onomastics, Neethling argues for song lyrics as a legitimate area of investigation for literary onomastics, Sandnes introduces contact onomastics as a branch of contact linguistics, and some of the legal cases cited by Teutsch show changes still in progress through ongoing rulings with a binding effect. Research within name studies is vigorous, vibrant, and innovative, and if this volume had been produced twenty or even ten years ago, many of the chapters would have been radically different or even absent. We can be confident that a similar undertaking in another ten or twenty years would be as different again. (13--14)
イントロでは固有名詞学が関わる諸側面が言及されているが,私が気になったものの一部を以下に列挙しておこう.分野の広さがよく分かるだろう.
・ そもそも名前とは何か
・ 固有名詞とそれ以外の一般語とは何がどう異なるのか
・ 1つの対象に対して複数の名前がつけられる現象
・ 田舎の地名(畑,牧草地,木)と都市の地名(通り,交差点)
・ 移民たちは移民先の土地を何と名付けるか
・ 民族名,国民名
・ 文学における名前の使用
・ 匿名,偽名,ニックネーム,ペンネーム
・ なぜ固有名詞は覚えにくく,思い出しにくいのか
・ 名前の呼びかけ
・ 地名と方言地理学
・ 地名の語源学
・ 考古学と固有名詞学
・ 言語接触と名前
・ 名前制限と法律
・ 名前の語彙論・辞書学
・ 船,電車,ペット,家畜などの名付け
・ 名前の男女差とジェンダー
・ 天体の名付け
・ 革命に伴う名付けの変更
・ Hough, Carole, ed. The Oxford Handbook of Names and Naming. Oxford: OUP, 2016.
毎朝6時にお届けしている Voicy チャンネル「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」のなかで,先月よりプレミアムリスナー限定配信チャンネル「英語史の輪」 (helwa) を始めています(原則として毎週火曜日と金曜日の午後6時に配信).新チャンネル開設の趣旨については,本ブログでは「#5145. 6月2日(金),Voicy プレミアムリスナー限定配信の新チャンネル「英語史の輪」を開始します」 ([2023-05-29-1]) で詳述しており,heldio でも音声で「#727. 6月2日(金),Voicy プレミアムリスナー限定配信の新チャンネル「英語史の輪」を開始します」として説明していますので,ぜひご確認いただければと思います.基本的には,英語史活動(hel活)をますます盛り上げていくための基盤作りのコミュニティです.
「英語史の輪」 (helwa) の過去2回の配信回では,リスナー参加型企画を展開しました.前もって「言語は○○のようだ」の概念メタファー (conceptual_metaphor) をプレミアムリスナーの皆さんより寄せていただき,それを話の種として,生放送で一部のプレミアムリスナーもゲストとして音声参加してもらいつつ盛り上がろうという企画でした.ご関心をもった方は,ぜひプレミアムリスナーになっていただければと.
・ 「【英語史の輪 #10】言語は○○のようだ --- あなたは言語を何に喩えますか?」: 企画を公開しブレストを呼びかけた回
・ 「【英語史の輪 #11】言語は○○のようだ --- 生激論」: 上記を受けて,寄せられた概念メタファーを読み上げながら鑑賞した生放送回
この企画は大成功のうちに終了しましたが,非常におもしろかったので,これで終わらせるにはもったいない,heldio のレギュラー配信でも同じことをやってみよう,と思い立った次第です.今朝の heldio レギュラー回「#771. 「言語は○○のようだ」 --- 概念メタファーをめぐるリスナー参加型企画のご案内」で,企画を案内しコメントを募りましたので,ぜひお聴きいただければ.
集まってきたコメントを回収した上で,それを話の種として,今週末の晩(目下,日程を調整中です)に heldio 生放送を実施する予定です.生放送の日時を含め,企画の最新情報は明日以降の heldio レギュラー回でお知らせいたします.奮ってご参加ください.
概念メタファーについては,conceptual_metaphor の各記事,および heldio より「#598. メタファーとは何か? 卒業生の藤平さんとの対談」をどうぞ.
参考までに「英語史の輪」 (helwa) の同企画で寄せられた「言語は○○のようだ」「言語は○○である」のアイディアを箇条書きで挙げてみます(cf. 「#4540. 概念メタファー「言語は人間である」」 ([2021-10-01-1]) とそこに張ったリンク先も参照).それぞれのメタファーの「心」は何かを考えてみるとおもしろいですね.なお,主語(ターゲット)は「言語」からぐんと狭めていただいてもかまいません.以下の通り「語学」「音読」「声」「言語変化」など,狭めた例は多々あります.ブレストですので質よりも量で行きましょう.
・ ことばは鏡である
・ 言葉は血液である
・ 言語は決して揃うことのないルービックキューブである
・ 言語は競争である
・ 言語は色である
・ 言葉は雪のようである
・ 言葉はスノーボードのようである
・ 言語は思考の立体断面図である
・ 外国語学習は精神的な海外旅行である
・ 語学は心の海外旅行である
・ 音読は心のストレッチ体操である
・ 音読は心のラジオ体操である
・ 声は楽器である
・ 語源はタイムカプセルである
・ 言葉は液体である
・ 言葉は食べ物である
・ 言語はカクテルである
・ 言語は万華鏡である
・ 言語はファッションである
・ 言語は武器である
・ 言語は新陳代謝である
・ 言語は南極である
・ 言語は実践である
・ 言語はパッチワークである
・ 言語は手がかりである
・ 言語は呼吸である
・ 言語変化は発芽である
・ 言語(教育)は商品である
・ 言語は海である
・ 言語は四季である
・ 言語は風のようである
・ 言語は過去との握手である
・ 言語は音楽である
・ 言語は異性である
・ 言語は化学反応である
・ 言語は波紋である
本ブログでは,「名前」を扱う言語学の分野,固有名詞学 (onomastics) に関する話題を多く取り上げてきた.人間の社会生活において名前が関わらない領域はほとんどないといってよく,名前の言語学は必然的に学際的なものとなる.実際,この分野には,昨今,熱い視線が注がれている.今回紹介するのは,この限りなく広い分野をエキサイティングに導入してくれるハンドブックである.
私はまだ Hought によるイントロを読んだにすぎないが,すでにこの分野のカバーする領域の広さに圧倒されている.以下に目次を示そう.
Front Matter
1. Introduction
Part I. Onomastic Theory
2. Names and Grammar
3. Names and Meaning
4. Names and Discourse
Part II. Toponomastics
5. Methodologies in Place-name Research
6. Settlement Names
7. River Names
8. Hill and Mountain Names
9. Island Names
10. Rural Names
11. Street Names: A Changing Urban Landscape
12. Transferred Names and Analogy in Name-formation
Part III. Anthroponomastics
13. Personal Naming Systems
14. Given Names in European Naming Systems
15. Family Names
16. Bynames and Nicknames
17. Ethnonyms
18. Personal Names and Anthropology
19. Personal Names and Genealogy
Part IV. Literary Onomastics
20. Theoretical Foundations of Literary Onomastics
21. Names in Songs: A Comparative Analysis of Billy Joel's We Didn't Start The Fire and Christopher Torr's Hot Gates
22. Genre-based Approaches to Names in Literature
23. Corpus-based Approaches to Names in Literature
24. Language-based Approaches to Names in Literature
Part V. Socio-onomastics
25. Names in Society
26. Names and Identity
27. Linguistic Landscapes
28. Toponymic Attachment
29. Forms of Address
30. Pseudonyms
31. Commercial Names
Part VI. Onomastics and Other Disciplines
32. Names and Archaeology
33. Names and Cognitive Psychology
34. Names and Dialectology
35. Names and Geography
36. Names and History
37. Names and Historical Linguistics
38. Names and Language Contact
39. Names and Law
40. Names and Lexicography
41. Place-names and Religion: A Study of Early Christian Ireland
Part VII. Other Types of Names
42. Aircraft Names
43. Animal Names
44. Astronomical Names
45. Names of Dwellings
46. Railway Locomotive Names and Train Names
47. Ship Names
End Matter
Bibliography
Index
800ページ超の大部ではあるが,それでも名前に関わる分野を網羅しているとは言えなさそうだ.それくらいに広い分野だということだ.固有名詞学,恐るべし.
・ Hough, Carole, ed. The Oxford Handbook of Names and Naming. Oxford: OUP, 2016.
6月に開拓社より近代英語期の文法変化に焦点を当てた書籍が出版されました.『近代英語における文法的・構文的変化』です.秋元実治先生(青山学院大学名誉教授)が編者を務められ,他に6名の研究者が執筆に加わっています.本書については,すでにこのブログや YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」で紹介する機会がありました.
・ hellog 「#5166. 秋元実治(編)『近代英語における文法的・構文的変化』(開拓社,2023年)」 ([2023-06-19-1])
・ hellog 「#5167. なぜ18世紀に規範文法が流行ったのですか?」 ([2023-06-20-1])
・ hellog 「#5182. 大補文推移の反対?」 ([2023-07-05-1])
・ YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」より「#137. 辞書も規範文法も18世紀の産業革命富豪が背景に---故山本史歩子さん(英語・英語史研究者)に捧ぐ---」
このたび,本書をめぐって編者の秋元実治先生とじきじきに対談する機会に恵まれました.対談の様子は,今朝の Voicy チャンネル「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」にて「#769. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 秋元実治先生との対談」として配信しています.対談本体は27分ほどとなっています.お時間のあるときにゆっくりお聴きいただければ.
エンディングチャプター(第5チャプター)では,秋元先生から対談収録後にうかがった,本書の表紙下部のビッグベンの写真についての貴重な裏話を紹介しています.
皆さん,ぜひ近代英語の文法変化について関心を寄せていただければ!
・ 秋元 実治(編),片見 彰夫・福元 広二・田辺 春美・山本 史歩子・中山 匡美・川端 朋広・秋元 実治(著) 『近代英語における文法的・構文的変化』 開拓社,2023年.
先日7月1日,2023年度慶應義塾大学文学部公開講座「越境する文学部」の第3弾として「本と文字は時空を超える」と題する講座が開催されました.高校生や関係者を含め100名ほどが参加するなか,図書館・情報学専攻の安形麻理教授と私,堀田隆一(英米文学専攻)が,講演と対談を行ないました.質疑応答を含め2時間ほどの会でしたが,私自身も多くの学びを得ました.
この講座を終えた後,先日,安形先生と同じテーマで Voicy 対談を実施しました.講座で議論した内容の一部とはなりますが,講座のエッセンスは伝わるのではないかと思います.「#768. 本と文字は時空を超える --- 安形麻理先生との対談」です.全体で27分ほどの長さです.お時間のあるときにお聴きください.
講座の講演では,すぐに飛んで消えてしまう話し言葉とは異なり,文字や本は書き言葉として時間を超えて生き残ることができ,また移動させることによって空間をも超えることができると強調しました.まず私が「文字は時空を超える」ことをお話しし,その後で安形先生がそれを受ける形で「本は時空を超える」ことを取り上げました.
しかし,よく考えてみれば,文字も本も放っておいて自動的に時空を超えて残るわけではありません.往々にして,人が残すべきものを選んだ結果,それが残っているにすぎないのです.文字・本は時空を超えるポテンシャルこそ備えていますが,そのポテンシャルが実現するかどうかはまた別の問題です.書き言葉に付された情報は,黙っていて時空を超えてきたわけではなく,人が残そうとしたからこそ残ったのです.講座でも上記の Voicy 配信でも,この辺りが話題の中心となっています.
文字に関する話題としては,安形先生が翻訳された『カリグラフィーのすべて --- 西洋装飾写本の伝統と美』(2022年)もご紹介しておきます.ぜひどうぞ!
・ パトリシア・ラヴェット(著),髙宮利行(監修),安形麻理(訳) 『カリグラフィーのすべて --- 西洋装飾写本の伝統と美』 グラフィック社,2022年.
「#5166. 秋元実治(編)『近代英語における文法的・構文的変化』(開拓社,2023年)」 ([2023-06-19-1]) で紹介した編著者の秋元実治先生(青山学院大学名誉教授)が,今年,開拓社よりもう1冊の著書を出されています.『イギリス哲学者の英語 --- 通時的研究』です.ご献本いただき,ありがたき幸せです.
本書は開拓社の言語・文化選書の第99弾として出版されたものです(秋元先生は,2017年に同選書の第65弾『Sherlock Holmes の英語』を,2020年に第86弾『探偵小説の英語 --- 後期近代英語の観点から』を出版されています).
本書は,16--20世紀に生きた6人のイギリス哲学者に焦点を当て,彼らの英語を分析し,その文法的,文体的特徴を浮き彫りにしています.彼らの書いた英語を時系列に並べることで,主に近代英語期を通じての英語の通時的変化が俯瞰できるようになっています.英語史や英語の通時的変化に関心のある方はもちろん,イギリス経験哲学者の書いた英文に関心のある方にも,学べることが多いです.
以下に本書の章立てとともに,取り上げられた哲学者を列挙します.
第1章 概説 --- 哲学者を中心に
第2章 近代英語とは
第3章 哲学者の英語 (1) --- Francis Bacon(1561--1626)
第4章 哲学者の英語 (2) --- Thomas Hobbes(1588--1679)
第5章 哲学者の英語 (3) --- John Locke(1632--1704)
第6章 哲学者の英語 (4) --- David Hume(1711--1776)
第7章 哲学者の英語 (5) --- John Stuart Mill(1806--1873)
第8章 哲学者の英語 (6) --- Bertrand Russell(1872--1970)
第9章 通時的考察
・ 秋元 実治 『イギリス哲学者の英語 --- 通時的研究』 開拓社,2023年.
Calude and Bauer による Mysteries of English Grammar: A Guide to Complexities of the English Language という本の序章に,"Why are there grammatical mysteries?" という1節がある.言語学者の観点からみて「文法の謎」には4種類のあり方が認められるという.
(7--8)
・ We don't know what is going on; perhaps we are unable to determine any regular pattern --- things are messy; perhaps we can see some regularities, but do not understand what drives the patterns we find; perhaps we just do not yet know what the relevant patterns are. If there are genuinely no patterns, the system is presumably unknowable, so this is a situation we do not expect to f ind, and do not want to find. In such cases, we must try to find something that makes it in principle possible to learn the grammar. There is a big difference between the unknown and the unknowable.
・ We know what is going on, but it does not seem to be predictable. This might be because speakers can manipulate the patterns in subtle ways that we cannot fully discern.
・ We know what is going on, but we do not know how the mind determines what will actually be said.
・ We know more or less what is going on, but we do not know how to successfully capture the patterns we see within a neat theoretical framework (a grammatical model).
それぞれにタイトルをつけるとすれば,(1) まったく手をつけられない謎,(2) 予測不可能という意味での謎,(3) 心の働きに関する謎,(4) 理論的にうまく説明できないという意味での謎,となろうか.
英語の統語論の歴史には,「#4635. "Great Complement Shift"」 ([2022-01-04-1]) という潮流がある,とされる.補文の構造 (complementation) が,もともとの that 節から不定詞へと推移し,さらに動名詞へと推移してきた変化である.古英語から現代英語に至るまでゆっくりと進行し続けてきており,非常に息が長い.
先日発売された「#5166. 秋元実治(編)『近代英語における文法的・構文的変化』(開拓社,2023年)」 ([2023-06-19-1]) で,編著者の秋元 (242--44) が,大補文推移 (gcs) の一種の反例のようにみえる興味深い例を示している.
近代英語期を通じて「~するために」を意味する in order ... の表現が,古くは動名詞をとっていたところ,そこへ不定詞が進出し,さらに that 節まで進出してきたというのである.その前段階の関連表現から始まる推移を概観すると,次のようになるという.
to the end that/to the end to V
↓
in order to NP/ing
↓
in order to V
↓
in order that ~ may
秋元によれば,これは ARCHER Corpus で検索した結果に基づいたシナリオということだ.推移の順序に従って代表的な例文が5つ挙げられているので,ここに再掲する.
・ ... they were all Committed to Newgate, in order to their being Tried next Sessions. (1682 2PROI.N1)
・ I know not whether it might not be worth a Poet's while, to travel in order to store is mind with ... (1714 BERK.X2)
・ ... every moral agent must exist forever, in order to the proper and full exercise of moral government. (1789 HOPK.H4)
・ ... consequently I cut away all the cerebrum until the corpus callosum appeared, in order that I might the more readily examine the lateral ventricles. (1820 A.M5)
・ Not because I want to undervalue the importance of these signs, but in order that I may impress upon you how important it is to Subject ...
確かに大補文推移を巻き戻したかのような順序の推移となっている.何か別の原理によるものなのか,あるいは偶発的な例外とみなすべきなのか,興味深い.
・ 秋元 実治(編),片見 彰夫・福元 広二・田辺 春美・山本 史歩子・中山 匡美・川端 朋広・秋元 実治(著) 『近代英語における文法的・構文的変化』 開拓社,2023年.
「#5171. 複数人称代名詞 we, you, they の総称的用法」 ([2023-06-24-1]) に続く話題.LGSWE で関連する話題を調べてみた.§§4.10.1.1--3, 4.10.2 より該当箇所を引用しよう.まず1人称代名詞から.総称的用法といってよいのか微妙なケースではある.
By choosing the plural pronoun we rather than I, a single author avoids drawing attention to himself/herself, and the writing becomes somewhat more impersonal. On the other hand, when we is used to include the reader, it has a rather different effect and the writing becomes more personal. (§4.10.1.1)
次に2人称代名詞の総称的用法について.
A particular problem in the use of you is that it may refer to people in general, including the speaker/writer. This is found both in speech and writing:
You've got to be a bit careful when you're renting out though. (CONV)
I have got this little problem you see. Sometimes I forget. And the trouble with "sometimes" is that you never know when to expect it. (NEWS) (§4.10.1.2)
3人称代名詞の総称的に用法については,特に記述がなかったので省略する.
上記を総括する形で,人称代名詞の総称的な用法について次のようにコメントがあった.
When we, you, and they are used with reference to people in general (4.10.1.1--3), they tend to retain a tinge of their basic meaning.
先の記事でも述べた通り,人称代名詞の総称的な用法に「それぞれの人称の原義がうっすらと残存している」点が味わい深い.
・ Biber, Douglas, Stig Johansson, Geoffrey Leech, Susan Conrad, and Edward Finegan, eds. Longman Grammar of Spoken and Written English. Harlow: Pearson Education, 1999.
1ヶ月ほど前の6月2日に,毎朝6時に配信している Voicy チャンネル「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」の内部で,プレミアムリスナー限定配信チャンネル「英語史の輪」 (helwa) を新しく開設しました.原則として毎週火曜日と金曜日の夕方6時に配信しています.月額800円の有料放送となっています.この1ヶ月の間に,熱心なリスナーの方々にご参加いただいており,コメントのやりとりなども活発に行なわれています.毎月の収益はさらなる英語史活動(hel活)の原資に充てていく予定です.
新チャンネル開設の趣旨については,本ブログでも「#5145. 6月2日(金),Voicy プレミアムリスナー限定配信の新チャンネル「英語史の輪」を開始します」 ([2023-05-29-1]) で詳述しました.また,heldio の通常配信として「#727. 6月2日(金),Voicy プレミアムリスナー限定配信の新チャンネル「英語史の輪」を開始します」でも話していますので,ぜひお聴きください.
さて,先日6月30日(金)に配信した「英語史の輪」の最新回は「【英語史の輪 #9】語源って何?」でした.かなり本格的な話題です.
この回は全5チャプターからなる36分ほどの配信でしたが,そこから第4チャプターの一部を文字起こしし,多少の編集を加えたものを以下に公開します.プレミアムリスナー限定配信チャンネル「英語史の輪」の雰囲気をお伝えしたいと思ったからです.では,どうぞ.
heldio 通常回の742回で「#742. tip 「心付け」の語源」というお話をしたんですね.ここにたくさんコメントをいただきました.ぜひ改めて聞いていただければと思うんですけれども,「心付け」を意味する tip ですね.ホテルやレストランでのあのチップのことなんですけれども,この回の放送で,私はですね,俗説を紹介して,それを切り捨てたっていうことなんですね.俗説というのは,tip というのは,もともと,To Insure Promptness 「迅速さをお約束するために」の頭文字を取って TIP,これを tip と読ませたんだというのが,わりと広く知られているんですね.OED をはじめとして,専門的な語源辞典などでは,この説は根拠が乏しいととして,おそらくでっち上げの説だろうというような見解が多く見られます.
もう1つ似たような例を挙げますと,sirloin ですね.牛肉の良質な部の代表格です.sir + loin と書くことになっているんですが,本来的には16世紀に古いフランス語の *surloigne という単語を借用したものなんですね.sur というのが「~の上」という意味です.英語で言う on にあたります.前置詞,あるいは接頭辞ですね.そして,loigne の部分が腰肉ということなんで,腰肉の上部,要するにその肉が位置している体の部位ですよね.それに由来するといういうことなんですが,後にフランス語に明るくない英語話者が,sur という部分が何のことか分からなかったので,その肉が美味しすぎるあまり,王様が sir の称号を与えたという物語をでっち上げて,この単語を理解したわけです.その結果,綴字も引かれて sir になり,今 sirloin ということなんですが,これは完全なでっち上げであり,俗説ということになるんですね.tip の例もそうですし,この sirloin の例もそうなんですけれども,本当の真実の語源というものと,俗説と呼んできた,いわばでっち上げ,後付けの語源という2種類があるわけですね.「学者語源」と「民間語源」,後者は folk etymology と呼ばれることもあります.
正しい説と俗説,学者語源と民間語源というような対立した概念や用語を作るという発想には抵抗がある人もいます.「俗説」という言葉を学者や研究者が使用することに問題があるのではないかという議論も理解できます.私も正しい説や俗説という表現はあまり好きではありませんし,学者語源と民間語源という言い方も好ましいと思いません.
俗説や民間語源という表現は,いわばクリエイティブな要素を持っていますよね.tip を To Insure Promptness という後付けの語源というのは,うまくハマっていると言えますし,sirloin の話もおもしろいですね.王様が肉に sir の称号を与えたという話は受け入れられますし,クリエイティブな要素も含まれています.したがって,創造的語源や creative etymology といった表現も可能です.
ただし,これまで正しい語源や本来の語源,学者語源と呼ばれてきたものも,実際にはクリエイティブに始まった可能性もあります.俗説や民間語源の方を完全に creative etymology として呼び分けることは行き過ぎかもしれません.対立するものを non-creative etymology とすることになりますから.
では,適切な呼び方は何でしょうか.これはかなり難しい問題で,学者語源や真の語源などの方を,例えば true etymology とか real etymology のような表現で呼ぶことも考えられます.ただし,etymon は「元の」を意味する言葉であり,少々奇妙な用語ではありますが.ただ,学者でさえも,究極の語源は知り得ないということになると,true でも real でもないわけで,やはりこの用語もうまくないと思います.
私は民間語源や俗説といったものを決して馬鹿にするつもりはありません.むしろおもしろいと思いますし,クリエイティブだと考えています.ただし,tip や sirloin の場合,いずれのケースでも,より古い段階に遡った語源があるので,それを考慮する必要があります.
これらの2つの種類の語源は明確に分けて考える必要があると私は考えています.では,この2つの対立にどのような名前をつけるかという点で,「正しい」対「俗説」というのもあまり好ましくありませんし,「学者語源」対「民間語源」というのもあまり適切ではありません.
folk etymology という用語はかなり定着してしまっており,それに関する研究書なども存在していますが,ここで1つ提案したいことは,「探求語源」と「解釈語源」という表現はどうでしょうか.価値観がどちらかに偏っているわけではなく,比較的中立的な表現を選んだつもりです.別の言い方をすると,従来の正しいまたは学者的な語源の方は,語源探求の対象であるということです.語源探求ですね.したがって,探求語源という表現を使用すると.そして,もう1つの,いわゆる俗説や民間語源と呼ばれてきたものについては,解釈語源として捉える方法です.これは語源解釈学の対象となるものです.私はどちらも重要な語源学の下位部門だと考えています.
最善の呼び方かどうかはわかりません.今後,さらに良い表現が現われたり,思いついたりするかもしれませんが,私のこの問題に関する考え方をここでお伝えしました.tip や sirloin の場合でも,2つの語源があるという考え方です.探求語源と解釈語源の2つが存在するということです.どちらが優れているという話ではなく,見方が異なるということです.
探求語源に注目するのは,可能な限り古い形を再現したいという思いからです.一方,解釈語源に注目するのは,人間の言葉に対するクリエイティブな感覚やセンスにポイントがあると思います.言葉のセンスやユーモアセンスを楽しむという側面です.両方の側面が語源学が追求すべき対象だと私は考えています.
「英語史の輪」の一部にすぎませんが雰囲気はいかがでしょうか.関心をもたれた方は,ぜひ7月分のプレミアムリスナーになっていただければと思います(6月分もバックナンバーとしてアーカイヴされています).7月の「英語史の輪」の初回配信は,明日7月4日(火)の夕方6時を予定しています.
なお,今回取り上げた話題については,hellog より関連記事「#3539. tip (心付け)の語源」 ([2019-01-04-1]),「#4942. sirloin の民間語源 --- おいしすぎて sir の称号を与えられた牛肉」 ([2022-11-07-1]) もご参照ください.
6月17日(土)の午後,アメリカ文学慶友会にてオンライン講演をさせていただきました.「文字と文学の英語史 --- letter(s) の系譜」と題して2時間ほどお話しした後,活発な質疑応答の時間を経て,講演会が終了しました.事前の準備から当日の運営まで労を執っていただいたスタッフの方々,そして参加いただいた皆様にお礼申し上げます.
本セッションの終了後,続けてオンライン懇親会の場を設けていただきました.その懇親会のなかで,アメリカ文学慶友会のメンバーの皆さんのご協力を得まして,事前に打ち合わせしていたとおり,Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」のために千本ノックを実施・収録いたしました.本日 heldio にて公開しましたので,お知らせします.「#762. アメリカ文学慶友会の懇親会での千本ノック」です.50分ほどの長さとなっていますので,お時間のあるときにお聴き下さい.
9本ほどのノックを受けた形になります.以下に分秒を挙げておきますので,聴く際にご利用いただければ.
(1) 00:19 --- 人称代名詞とジェンダーの問題
(2) 12:24 --- 同族目的語風の表現
(3) 15:34 --- 話し言葉と書き言葉における変化の量・速度
(4) 21:50 --- 数万年前の言語の姿は?
(5) 26:05 --- イタリック語派に属するフランス語には意外なことにゲルマン語的要素がある!
(6) 29:17 --- 英語の主語省略
(7) 33:28 --- 船や国を受ける she
(8) 38:00 --- 名前隠し
(9) 42:45 --- 単複同形の名詞
昨日の記事「#5177. 語議論 (semasiology) と名議論 (onomasiology)」 ([2023-06-30-1]) で取り上げたように,意味変化 (semantic_change or semasiological change) とともに扱われることが多いが,明確に区別すべき過程として名議論的変化 (onomasiological change) というものがある.
Traugott and Dasher (52--53) は,名義論的変化 ("onomasiological changes") について,Bréal の議論を参照する形で,2つのタイプを挙げている.
(i) Specialization: one element "becomes the pre-eminent exponent of the grammatical conception of which it bears the stamp" . . . , for example, the selection of que as the sole complementizer in French . . . .
(ii) Differentiation: two elements which are (near-)synonymous diverge. Paradigm examples include, in English, (a) the specialization, e.g. of hound when dog was borrowed from Scandinavian, and (b) loss of a form when sound change leads to "homonymic clash," e.g. ME let in the sense "prohibit" from OE lett- was lost after OE lætan "allow" also developed into ME let . . . .
Bréal によれば,名義論的変化は,意味変化の話題でないばかりか,単純に名前の変化というわけでもなく,"the proper subject of the 'science of significations'" (95) ということらしい.
正直にいうと,Bréal の説明は込み入っており理解しにくい.
・ Traugott, Elizabeth C. and Richard B. Dasher. Regularity in Semantic Change. Cambridge: CUP, 2005.
・ Bréal, Michel. Semantics: Studies in the Science of Meaning. Trans. Mrs. Henry Cust. New York: Dover, 1964. 1900.
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最終更新時間: 2024-12-16 08:44
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