9月8日(日)に khelf(慶應英語史フォーラム)主催で開かれた「英語史ライヴ2024」の1セッションとして,『文法化する英語』(開拓社,2014年)の著者である保坂道雄先生(日本大学教授)と初の heldio 対談が実現しました.
文法化 (grammaticalisation) の入門となる音声コンテンツとなっていますが,そればかりでなく保坂先生の言語(変化)観をお聴きする貴重な機会ともなっています.対談の際,私の収録態勢が不十分だったために,途中部分を録音できなかったという痛恨のミスを犯してしまいましたが,全体としては一貫したコンテンツとなっております.ぜひお聴きいただければと思います.「#1245. 保坂道雄先生との「文法化入門」対談 --- 「英語史ライヴ2024」より」です(本編は20分弱です).
第2チャプターでは,言語変化における文法化の位置づけ,および迂言的 do (do-periphrasis) の文法化のイントロについてお話ししていただきました.続く第3チャプターでは,完了形 (perfect) の文法化を導入していただきました.(収録に失敗してしまった do 迂言形の話題につきましては,後日,改めて保坂先生にじっくりお話しいただきたいと思っています.)
今回の対談でご紹介した『文法化する英語』や,そこで扱われている個々の文法化の事例については,これまでも hellog および heldio で様々に取り上げてきました.文法化に関わるとりわけ重要なコンテンツを以下に一覧しておきます.
【 hellog 記事 】
・ 「#1972. Meillet の文法化」 ([2014-09-20-1])
・ 「#1974. 文法化研究の発展と拡大 (1)」 ([2014-09-22-1])
・ 「#1975. 文法化研究の発展と拡大 (2)」 ([2014-09-23-1])
・ 「#2144. 冠詞の発達と機能範疇の創発」 ([2015-03-11-1])
・ 「#2146. 英語史の統語変化は,語彙投射構造の機能投射構造への外適応である」 ([2015-03-13-1])
・ 「#2490. 完了構文「have + 過去分詞」の起源と発達」 ([2016-02-20-1])
・ 「#2575. 言語変化の一方向性」 ([2016-05-15-1])
・ 「#2576. 脱文法化と語彙化」 ([2016-05-16-1])
・ 「#3272. 文法化の2つのメカニズム」 ([2018-04-12-1])
・ 「#3273. Lehman による文法化の尺度,6点」 ([2018-04-13-1])
・ 「#3281. Hopper and Traugott による文法化の定義と本質」 ([2018-04-21-1])
・ 「#3669. ゼミのグループ研究のための取っ掛かり書誌」 ([2019-05-14-1])
・ 「#5124. Oxford Bibliographies による文法化研究の概要」 ([2023-05-08-1])
・ 「#5132. なぜ be going to は未来を意味するの? --- 「文法化」という観点から素朴な疑問に迫る」 ([2023-05-16-1])
・ 「#5411. heldio で「文法化」を導入するシリーズをお届けしました」 ([2024-02-19-1])
・ 「#5420. 保坂道雄(著)『文法化する英語』(開拓社,2014年) --- 英語の文法化の入門書」 ([2024-02-28-1])
【 heldio コンテンツ 】
・ 「#988. ぎゅうぎゅうの単語とすかすかの単語 --- 内容語と機能語」
・ 「#989. 内容語と機能語のそれぞれの特徴を比較する」
・ 「#990. 文法化とは何か?」
・ 「#991. while の文法化」
・ 「#992. while の文法化(続き)」
・ 「#1001. 英語の文法化について知りたいなら --- 保坂道雄(著)『文法化する英語』(開拓社,2014年)」
・ 「#1003. There is an apple on the table. --- 主語はどれ?」
英語史の視点からの文法化の入門書として,改めて保坂先生著『文法化する英語』を推します.
・ 保坂 道雄 『文法化する英語』 開拓社,2014年.
先月,知識共有サービス Mond にて5件の英語に関する質問に回答しました.新しいものから遡ってリンクを張り,回答の要約も付します.
(1) なぜ数量詞は遊離できるのに,冠詞や所有格は遊離できないの?
回答:理論的には数量詞句 (QP) と限定詞句 (DP) の違いによるものと説明できそうですが,一筋縄では行きません.歴史的にいえば,古英語から現代英語に至るまで,数量詞遊離は常に存在していましたが,時代とともに制限が厳しくなってきているという事実があります.詳しくは新刊書の田中 智之・縄田 裕幸・柳 朋宏(著)『生成文法と言語変化』(開拓社,2024年)をご参照ください.
(2) have got to の got とは何なのでしょうか?
回答:have got は本来「獲得したところだ」という現在完了の意味でしたが,16世紀末から「持っている」という単純な意味に転じました.文法化 (grammaticalisation) の過程を経て,口語で have の代用として定着しています.「#5657. 迂言的 have got の発達 (1)」 ([2024-10-22-1]),「#5658. 迂言的 have got の発達 (2)」 ([2024-10-23-1]) を参照.
(3) 英語では単数形,複数形の区別がありますが,なぜ「1とそれ以外」なのでしょうか?
回答:「1」が他の数と比べて特に基本的で重要な数であるためと考えられます.古英語には双数形もありましたが,中英語以降は単数・複数の2区分となりました.世界の言語では最大5区分まで持つものもあります.「#5660. なぜ英語には単数形と複数形の区別があるの? --- Mond での質問と回答より」 ([2024-10-25-1]) を参照.
(4) 完了形はなぜ動作の継続を表現できるのでしょうか?
回答:完了形の諸用法の共通点は「現在との関与」です.継続の意味は主に状態動詞で現われ,動作動詞では完了の意味が表出します.また「時間的不定性」も完了形の重要な特徴と考えられます.「#5651. 過去形に対する現在完了形の意味的特徴は「不定性」である」 ([2024-10-16-1]) を参照.
(5) subjunctive mood (仮定法・接続法)の現在完了について
回答:仮定法現在完了は理論上存在可能で実例も見られますが,比較的まれです.仮定法の体系は「現在・過去・過去完了」の3つ組みとして理解するのが妥当で,その中で完了相が必要な場合に現在完了形が使用される,と解釈するのはいかがでしょうか.
以上です.11月も Mond にて英語(史)に関する素朴な疑問を受け付けています.気になる問いをお寄せください.
昨日の記事「#5657. 迂言的 have got の発達 (1)」 ([2024-10-22-1]) に引き続き,現代では日常的となったこの迂言的表現について.
Rissanen (220) が,初期近代英語期の統語論を論じている文献にて,同表現の発生について言及している.
The perfect have got, which is almost a rule, instead of the present tense have, in colloquial present-day British English, is attested from the end of the sixteenth century. The periphrastic form here is possibly due to a tendency to increase the weight of the verbal group, particularly in sentence-final position. The association of have with the auxiliaries may have supported the development of the two-verb structure.
(173) Some have got twenty four pieces of ivory cut in the shape of dice, . . . and with these they have played at vacant hours with a childe ([HC] Hoole 7)
(174) Bon. What will your Worship please to have for Supper?
Aim. What have you got?
Bon. Sir, we have a delicate piece of Beef in the Pot . . .
Aim. Have you got any fish or Wildfowl? ([HC] Farquhar I.i)
迂言形の出現の背景として考えられる事柄を2点挙げている.1つめは,複合動詞とすることで韻律的な「重み」が増し,語呂がよくなるということだ.とりわけ文末において動詞(過去分詞)の got が現われると口語では好韻律になるということだが,これはどこまで実証されるのだろうか,気になるところである.
もう1つは,have が助動詞として振る舞うようになっていたために,後ろに got のような別の動詞が接続し,2語で複合動詞として機能することは,統語的に自然なことだ,という洞察である.ただし,「have + 過去分詞」が現在完了を表わすというのは,すでに中英語期から普通のことだった.とりわけ have got の迂言形が発達してきたはなぜかを積極的に説明するような洞察ではない.
17世紀(以降)の口語における用例と文脈を詳しく調査していく必要がある.
・ Rissanen, Matti. "Syntax." <i>The Cambridge History of the English Language</i>. Vol. 3. Cambridge: CUP, 1999. 187--331.
知識共有サービス Mond に寄せられていた「迂言的 have got」に関する素朴な疑問に,先日回答しました.こちらよりお読みください.本当はもっと詳しく調べなければならない問題で,今回はとりあえずの回答だったのですが,これを機に考え始めてみたいと思います.
最初の一歩は,いつでも OED です.迂言的 have got は,OED の get (v.) の IV の項に,完了形の特殊用法として記述があります.
IV. Specialized uses of the perfect.
In this use, the perfect and past perfect of get (have got, has got, had got) function as a present and past tense verb, which, owing to its formation, does not enter into further compound forms (perfect and past perfect, progressive, passive, or periphrastic expressions with to do), or have an imperative or infinitive.
In colloquial, regional, and nonstandard use, omission of auxiliary have is frequent in the uses at this branch (e.g. I got some, you got to): see examples in etymology section. An inflected form gots is also sometimes found in similar use (e.g. I gots some, he gots to), especially in African American usage: see further examples in etymology section.
IV.i. In senses equivalent to those of the present and past tenses of have.
Often, especially in early use, difficult to distinguish from the dynamic use 'have obtained or acquired'.
IV.i.33.a. transitive. To hold as property, be in possession of, own; to possess as a part, attribute, or characteristic; = have v. I.i
[1600 What a beard hast thou got; thou hast got more haire on thy chinne, then Dobbin my philhorse hase on his taile.
W. Shakespeare, Merchant of Venice]
1611 The care of conseruing and increasing the goods they haue got, and the feare of loosing that which they enioy.
J. Maxwell, translation of Treasure of Tranquillity xvii. 144
a1616 Fie, th'art a churle, ye'haue got a humour there Does not become a man.
W. Shakespeare, Timon of Athens (1623) i.ii.25
c1635 My lady has got a cast of her eye.
H. Glapthorne, Lady Mother (1959) ii.i.22
1670 They have got..such a peculiar Method of Text-dividing.
J. Eachard, Grounds Contempt of Clergy 113
. . . .
have got が本来の動作的な意味を表わすのか,現代風の状態的な意味を表わすのか,特に初期の例については判別しにくいケースがあると述べられてはいますが,17世紀中に頻度を高めていったことは EEBO corpus で調べた限り間違いなさそうです.なぜ,どのような経緯でこの表現が現われ,一般的になっていったのか,深掘りしていく必要があります.
10月が始まりました.大学の新学期も開始しましたので,改めて「hel活」 (helkatsu) に精を出していきたいと思います.9月下旬には,知識共有サービス Mond にて10件の英語に関する質問に回答してきました.今回は,英語史に関する素朴な疑問 (sobokunagimon) にとどまらず進学相談なども寄せられました.新しいものから遡ってリンクを張り,回答の要約も付します.
(1) なぜ英語にはポジティブな形容詞は多いのにネガティヴな形容詞が少ないの?
回答:英語にはポジティヴな形容詞もネガティヴな形容詞も豊富にありますが,教育的配慮や社会的な要因により,一般的な英語学習ではポジティヴな形容詞に触れる機会が多くなる傾向がありそうです.実際の言語使用,特にスラングや口語表現では,ネガティヴな形容詞も数多く存在します.
(2) 地名と形容詞の関係について,Germany → German のように語尾を削る物がありますが?
回答:国名,民族名,言語名などの関係は複雑で,どちらが基体でどちらが派生語かは場合によって異なります.歴史的な変化や自称・他称の違いなども影響し,一般的な傾向を指摘するのは困難です.
(3) 現在完了の I have been to に対応する現在形 *I am to がないのはなぜ?
回答:have been to は18世紀に登場した比較的新しい表現で,対応する現在形は元々存在しませんでした.be 動詞の状態性と前置詞 to の動作性の不一致も理由の一つです.「現在完了」自体は文法化を通じて発展してきました.
(4) 読まない語頭以外の h についての研究史は?
回答:語中・語末の h の歴史的変遷,2重字の第2要素としてのhの役割,<wh> に対応する方言の発音,現代英語における /h/ の分布拡大など,様々な観点から研究が進められています.h の不安定さが英語の発音や綴字の発展に寄与してきた点に注目です.
(5) 言語による情報配置順序の特徴と変化について
回答:言語によって言語要素の配置順序に特有の傾向があり,これは語順,形態構造,音韻構造など様々な側面に現われます.ただし,これらの特徴は絶対的なものではなく,歴史的に変化することもあります.例えば英語やゲルマン語の基本語順は SOV から SVO へと長い時間をかけて変化してきました.
(6) なぜ come や some には "magic e" のルールが適用されないの?
回答:come,some などの単語は,"magic e" のルールとは無関係の歴史を歩んできました.これらの単語の綴字は,縦棒を減らして読みやすくするための便法から生まれたものです.英語の綴字には多数のルールが存在し,"magic e" はそのうちの1つに過ぎません.
(7) Let's にみられる us → s の省略の類例はある? また,意味が変化した理由は?
回答:us の省略形としての -'s の類例としては,shall's (shall us の約まったもの)がありました.let's は形式的には us の弱化から生まれましたが,機能的には「許可の依頼」から「勧誘」へと発展し,さらに「なだめて促す」機能を獲得しました.これは言語の主観化,間主観化の例といえます.
(8) 英語にも日本語の「拙~」のような1人称をぼかす表現はある?
回答:英語にも謙譲表現はありますが,日本語ほど体系的ではありません.例えば in my humble opinion や my modest prediction などの表現,その他の許可を求める表現,著者を指示する the present author などの表現があります.しかし,これらは特定の語句や慣用表現にとどまり,日本語のような体系的な待遇表現システムは存在しません.
(9) 英語史研究者を目指す大学4年生からの相談
回答:大学卒業後に社会経験を積んでから大学院に進学するキャリアパスは珍しくありません.教育現場での経験は研究にユニークな視点をもたらす可能性があります.研究者になれるかどうかの不安は多くの人が抱くものですが,最も重要なのは持続する関心と探究心,すなわち情熱です.研究会やセミナーへの参加を続け,学びのモチベーションを保ってください.
(10) 英語の人称代名詞における性別区分の理由と新しい代名詞の可能性は?
回答:1人称・2人称代名詞は会話の現場で性別が判断できるため共性的ですが,3人称単数代名詞は会話の現場にいない人を指すため,明示的に性別情報が付されていると便利です.現代では性の多様性への認識から,新しい共性の3人称単数代名詞が提案されていますが,広く受け入れられているのは singular they です.今後も要注目の話題です.
以上です.10月も Mond より,英語(史)に関する素朴な疑問をお寄せください.
先日,秋元実治先生(青山学院大学名誉教授)と標記の書籍を参照しつつ対談しました.そして,その様子を一昨日 Voicy heldio で「#1139. イディオムとイディオム化 --- 秋元実治先生との対談 with 小河舜さん」として配信しました.中身の濃い,本編で22分ほどの対談回なっております.ぜひお時間のあるときにお聴きください.
秋元実治(著)『増補 文法化とイディオム化』(ひつじ書房,2014年)については,これまでもいくつかの記事で取り上げてきており,とりわけ「#1975. 文法化研究の発展と拡大 (2)」 ([2014-09-23-1]) で第1章の目次を挙げましたが,今回は今後の参照のためにも本書全体の目次を掲げておきます.近日中に対談の続編を配信する予定です.
改訂版はしがき
はしがき
理論編
第1章 文法化
1.1 序
1.2 文法化とそのメカニズム
1.2.1 語用論的推論 (Pragmatic inferencing)
1.2.2 漂白化 (Bleaching)
1.3 一方向性 (Unidirectionality)
1.3.1 一般化 (Generalization)
1.3.2 脱範疇化 (Decategorialization)
1.3.3 重層化 (Layering)
1.3.4 保持化 (Persistence)
1.3.5 分岐化 (Divergence)
1.3.6 特殊化 (Specialization)
1.3.7 再新化 (Renewal)
1.4 主観化 (Subjectification)
1.5 再分析 (Reanalysis)
1.6 クラインと文法化連鎖 (Grammaticalization chains)
1.7 文法化とアイコン性 (Iconicity)
1.8 文法化と外適応 (Exaptation)
1.9 文法化と「見えざる手」 (Invisible hand) 理論
1.10 文法化と「偏流」 (Drift) 論
第2章 イディオム化
2.1 序
2.2 イディオムとは
2.3 イディオム化
2.4 イディオム化の要因
2.4.1 具体的から抽象的
2.4.2 脱範疇化 (Decategorialization)
2.4.3 再分析 (Reanalysis)
2.4.4 頻度性 (Frequency of occurrence)
2.5 イディオム化,文法化及び語彙化
分析例
第1章 初期近代英語における複合動詞の発達
1.1 序
1.2 先行研究
1.3 データ
1.4 複合動詞のイディオム的特徴
1.4.1 Give
1.4.2 Take
1.5 ジャンル間の比較: The Cely Letters と The Paston Letters
1.6 結論
第2章 後期近代英語における複合動詞
2.1 序
2.2 先行研究
2.3 データ
2.4 構造の特徴
2.5 関係代名詞化
2.6 各動詞の特徴
2.6.1 Do
2.6.2 Give
2.6.3 Have
2.6.4 Make
2.6.5 Take
2.7 複合動詞と文法化
2.8 結論
第3章 Give イディオムの形成
3.1 序
3.2 先行研究
3.3 データ及び give パタンの記述
3.4 本論
3.4.1 文法化とイディオム形成
3.4.2 再分析と意味の漂白化
3.4.3 イディオム化
3.4.4 名詞性
3.4.5 構文と頻度性
3.4 本論
3.4.1 文法化とイディオム形成
3.4.2 再分析と意味の漂白化
3.4.3 イディオム化
3.4.4 名詞性
3.4.5 構文と頻度性
3.5 結論
第4章 2つのタイプの受動構文
4.1 序
4.2 先行研究
4.3 データ
4.4 イディオム化
4.5 結論
第5章 再帰動詞と関連構文
5.1 序
5.2 先行研究
5.3 データ
5.3.1 Content oneself with
5.3.2 Avail oneself of
5.3.3 Devote oneself to
5.3.4 Apply oneself to
5.3.5 Attach oneself to
5.3.6 Address oneself to
5.3.7 Confine oneself to
5.3.8 Concern oneself with/about/in
5.3.9 Take (it) upon oneself to V
5.4 再帰動詞と文法化及びイディオム化
5.5 再起動し,受動化及び複合動詞
5.5.1 Prepare
5.5.2 Interest
5.6 結論
第6章 Far from の文法化,イディオム化
6.1 序
6.2 先行研究
6.3 データ
6.4 文法化とイディオム化
6.4.1 文法化
6.4.2 意味変化と統語変化の関係:イディオム化
6.5 結論
第7章 複合前置詞
7.1 序
7.2 先行研究
7.3 データ
7.4 複合前置詞の発達
7.4.1 Instead of
7.4.2 On account of
7.5 競合関係 (Rivalry)
7.5.1 In comparison of/in comparison with/in comparison to
7.5.2 By virtue of/in virtue of
7.5.3 In spite of/in despite of
7.6 談話機能の発達
7.7 文法化,語彙化,イディオム化
7.8 結論
第8章 動詞派生前置詞
8.1 序
8.2 先行研究
8.3 データ及び分析
8.3.1 Concerning
8.3.2 Considering
8.3.3 Regarding
8.3.4 Relating to
8.3.5 Touching
8.4 動詞派生前置詞と文法化
8.5 結論
第9章 動詞 pray の文法化
9.1 序
9.2 先行研究
9.3 データ
9.4 15世紀
9.5 16世紀
9.6 17世紀
9.7 18世紀
9.8 19世紀
9.9 文法化
9.9.1 挿入詞と文法化
9.9.2 丁寧標識と文法化
9.10 結論
第10章 'I'm afraid' の挿入詞的発達
10.1 序
10.2 先行研究
10.3 データ及びその文法
10.4 文法化---Hopper (1991) を中心に
10.5 結論
第11章 'I dare say' の挿入詞的発達
11.1 序
11.2 先行研究
11.3 データの分析
11.4 文法化と文体
11.5 結論
第12章 句動詞における after と forth の衰退
12.1 序
12.2 For による after の交替
12.2.1 先行研究
12.2.2 動詞句の選択と頻度
12.2.3 After と for の意味・機能の変化
12.3 Forth の衰退
12.3.1 先行研究
12.3.2 Forth と共起する動詞の種類
12.3.3 Out による forth の交替
12.4 結論
第13章 Wanting タイプの動詞間に見られる競合 --- desire, hope, want 及び wish を中心に ---
13.1 序
13.2 先行研究
13.3 昨日変化
13.3.1 Desire
13.3.2 Hope
13.3.3 Want
13.3.4 Wish
13.4 4つの動詞の統語的・意味的特徴
13.4.1 従属節内における法及び時制
13.4.1.1 Desire + that/Ø
13.4.1.2 Hope + that/Ø
13.4.1.3 Wish + that/Ø
13.4.2 Desire, hope, want 及び wish と to 不定詞構造
13.4.3 That の省略
13.5 新しいシステムに至る変化及び再配置
13.6 結論
結論
補章
参考文献
索引
人名索引
事項索引
・ 秋元 実治 『増補 文法化とイディオム化』 ひつじ書房,2014年.
英語には be to do 構文というものがある.be 動詞の後に to 不定詞が続く構文で,予定,運命,義務・命令,可能,意志など様々な意味をもち,英語学習者泣かせの項目である.この文法事項については「#4104. なぜ He is to blame. は He is to be blamed. とならないのですか? --- hellog ラジオ版」 ([2020-07-22-1]) で少し触れた.
では,be to do 構文の歴史はいかに? 実は非常に古くからあり,古英語でもすでに少なくとも「構文の種」として確認される.古英語では高頻度に生起するわけではないが,中英語以降では頻度も増し,現代的な「構文」らしいものへと成長していく.近代英語にかけては,他の構文とタグも組めるほどに安定性を示すようになった.長期にわたる文法化 (grammaticalisation) の1例といってよい.
先行研究は少なくないが,ここでは Denison (317--18) の解説を示そう.長期にわたる発達が手短かにまとめられている.
11.3.9.3 BE of necessity, obligation, or future
This verb too is a marginal modal, patterning with a to-infinitive to express meanings otherwise often expressed by modals. For Old English see Mitchell (1985: §§934--49), and more generally Visser (1963--73: §§1372--83). One complication is that the syntagm BEON + to-infinitive is used both personally [158] and impersonally [159]:
[158] Mt(WSCp) 11.3
. . . & cwað eart þu þe to cumenne eart . . .
. . . and said are(2 SG) you(2 SG) that (REL) to come are(2 SG)
Lat. . . . ait illi tu es qui uenturus es
'. . . and said: "Are you he that is to come?"'
[159] ÆLS I 10.133
us nys to cweðenne þæt ge unclæne syndon
us(DAT) not-is to say that you unclean are
'It is not for us to say that you are unclean.'
In Middle and Modern English this BE had a full paradigm:
[160] 1660 Pepys, Diary I 193.7 (5 Jul)
. . . the King and Parliament being to be intertained by the City today with great pomp.
[161] 1667 Pepys, Diary VIII 452.6 (27 Sep)
Nay, several grandees, having been to marry a daughter, . . . have wrote letters . . .
[162] 1816 Austen, Mansfield Part I.xiv.135.30
You will be to visit me in prison with a basket of provisions;
Visser states that syntagms with infinitive be are 'still current' (1963--73: §2135), but although there are a few relevant examples later than Jane Austen (1963--73: §§1378, 2135, 2142), most are of the fixed idiom BE to come, as in:
[163] But they may yet be to come.
まとめると,be to do 構文は古英語からその萌芽がみられ,中英語から近代英語にかけておおいに発達した.一時は他の構文とも組める統語的柔軟性を獲得したが,現代にかけてはむしろ柔軟性を失い,統語的には単体で用いられるようになり,現代に至る.
・ Denison, David. English Historical Syntax. Longman: Harlow, 1993.
英語の文法化 (grammaticalisation) を学び始めたいという方に,標題の入門書をお薦めします.こちらの本については,先日の Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」でも取り上げました.「#1001. 英語の文法化について知りたいなら --- 保坂道雄(著)『文法化する英語』(開拓社,2014年)」です.ぜひお聴きください.
今朝配信した heldio でも「#1003. There is an apple on the table. --- 主語はどれ?」と題して,本書を参照しながら存在構文の謎についてのお話しをお届けしています.最近の heldio では他にも文法化にまつわる話題をシリーズで配信していますので「#5411. heldio で「文法化」を導入するシリーズをお届けしました」 ([2024-02-19-1]) のリンク集もご参照ください.
さて,『文法化する英語』で取り上げられている英語史上の文法化の事例はたいへんに豊富です.しかも重要な文法項目ばかりです.以下に掲げる目次を見ればわかるかと思います.
はしがき
第1章 文法化と英語
1. はじめに
2. 文法化とは何か
3. 英語の構造
4. 英語の歴史
5. 文法化を動かす「見えざる手」
第2章 冠詞の文法化
1. はじめに
2. 不定冠詞の歴史
3. 定冠詞の歴史
4. 冠詞の出現と文法化
第3章 存在構文における there の文法化
1. はじめに
2. There 構文の発達
3. 虚辞 there の出現と文法化
第4章 所有格の標識 -'s の文法化
1. はじめに
2. 所有格の標識 -'s の文法化
3. of 属格の発達
第5章 接続詞の文法化
1. はじめに
2. 並列構造から従属構造へ
2.1. 古英語における従属構造の発達
2.2. 多様な接続詞の発達
3. 接続詞の文法化
第6章 関係代名詞の文法化
1. はじめに
2. 古英語の関係代名詞
3. 関係代名詞 that の文法化
4. WH 関係代名詞の発達
第7章 再帰代名詞の文法化
1. はじめに
2. 古英語の再帰代名詞
3. 再帰代名詞の文法化
第8章 助動詞 DO の文法化
1. はじめに
2. 古英語の疑問文と否定文
3. DO の文法化
第9章 法助動詞の文法化
1. はじめに
2. 現代英語の法助動詞
3. 法助動詞の文法化
第10章 不定詞標識 to の文法化と準助動詞の発達
1. はじめに
2. 不定詞標識 to の文法化
3. for + 名詞句 + to 不定詞の発達
4. 準助動詞の文法化
4.1. be going to の文法化
4.2. have to の文法化
第11章 進行形の文法化
1. はじめに
2. 古英語の進行表現
3. 進行形の文法化
第12章 完了形の文法化
1. はじめに
2. 古英語の完了表現
2.1. HAVE 完了形
2.2. BE 完了形
3. 完了形の文法化
第13章 受動態の文法化
1. はじめに
2. 受動態の発達
3. 受動態の文法化
4. 二重目的語構文の受動態について
第14章 形式主語 it の文法化
1. はじめに
2. 非人称構文の衰退
3. 虚辞 it の文法化
第15章 文法化と言語進化
1. はじめに
2. 英語の多様な文法化
3. 文法化と構造変化
4. 言語の小進化
5. 英語の格と語順
6. おわりに
主要作品略語表
参考文献
さらなる研究のために
索引
本書は,この hellog でも何度か参照してきました.以下の記事もご覧いただければと思います.いずれにせよ『文法化する英語』は英語史の視点からの文法化の入門書としてイチオシです.
・ 「#2144. 冠詞の発達と機能範疇の創発」 ([2015-03-11-1])
・ 「#2146. 英語史の統語変化は,語彙投射構造の機能投射構造への外適応である」 ([2015-03-13-1])
・ 「#2490. 完了構文「have + 過去分詞」の起源と発達」 ([2016-02-20-1])
・ 「#3669. ゼミのグループ研究のための取っ掛かり書誌」 ([2019-05-14-1])
・ 「#5132. なぜ be going to は未来を意味するの? --- 「文法化」という観点から素朴な疑問に迫る」 ([2023-05-16-1])
・ 保坂 道雄 『文法化する英語』 開拓社,2014年.
毎朝6時に,本ブログの姉妹版ともいえる音声ブログ Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」を配信しています.2024年の heldio のテーマは言語変化 (language_change) です.大きなテーマなので取り上げていく話題も多岐にわたりますが,避けて通れないものの1つに文法化 (grammaticalisation) があります.本ブログでも「#417. 文法化とは?」 ([2010-06-18-1]) を始めとして,多くの記事で注目してきました.
先週,heldio にて5日連続で文法化の超入門となる話題をお届けしました.結果的に文法化の導入シリーズとなりました.こちらにリンクをまとめておきます.
・ 「#988. ぎゅうぎゅうの単語とすかすかの単語 --- 内容語と機能語」
・ 「#989. 内容語と機能語のそれぞれの特徴を比較する」
・ 「#990. 文法化とは何か?」
・ 「#991. while の文法化」
・ 「#992. while の文法化(続き)」
(以下,後記)
・ 「#1001. 英語の文法化について知りたいなら --- 保坂道雄(著)『文法化する英語』(開拓社,2014年)」
・ 「#1003. There is an apple on the table. --- 主語はどれ?」
(後記,ここまで)
5回の話しはスムーズにつながっているので,順に聴いていただくとよいと思います.手っ取り早く聴きたいという方は,中心回となる「#990. 文法化とは何か?」だけでもシリーズの大枠はつかめると思います.
もっと本格的に文法化を学びたいという方は,本ブログの grammaticalisation の各記事をご覧ください.特に重要な記事をいくつか挙げておきます.
・ 「#1972. Meillet の文法化」 ([2014-09-20-1])
・ 「#1974. 文法化研究の発展と拡大 (1)」 ([2014-09-22-1])
・ 「#1975. 文法化研究の発展と拡大 (2)」 ([2014-09-23-1])
・ 「#2575. 言語変化の一方向性」 ([2016-05-15-1])
・ 「#2576. 脱文法化と語彙化」 ([2016-05-16-1])
・ 「#3273. Lehman による文法化の尺度,6点」 ([2018-04-13-1])
・ 「#3272. 文法化の2つのメカニズム」 ([2018-04-12-1])
・ 「#3281. Hopper and Traugott による文法化の定義と本質」 ([2018-04-21-1])
・ 「#5124. Oxford Bibliographies による文法化研究の概要」 ([2023-05-08-1])
標題は解決しようのない疑問ではあるが,言語学史 (history_of_linguistics) においては言語の起源 (origin_of_language) をめぐる議論のなかで時々言及されてきた問いである.
Mufwene (22) を参照して,2人の論者とその見解を紹介したい.ドイツの哲学者 Johann Gottfried von Herder (1744--1803) とアメリカの言語学者 William Dwight Whitney (1827--94) である.
Herder also speculated that language started with the practice of naming. He claimed that predicates, which denote activities and conditions, were the first names; nouns were derived from them . . . . He thus partly anticipated Heine and Kuteva (2007), who argue that grammar emerged gradually, through the grammaticization of nouns and verbs into grammatical markers, including complementizers, which make it possible to form complex sentences. An issue arising from Herder's position is whether nouns and verbs could not have emerged concurrently. . . .
On the other hand, as hypothesized by William Dwight Whitney . . . , the original naming practice need not have entailed the distinction between nouns and verbs and the capacity to predicate. At the same time, naming may have amounted to pointing with (pre-)linguistic signs; predication may have started only after hominins were capable of describing states of affairs compositionally, combining word-size units in this case, rather than holophrastically.
Herder は言語は名付け (naming) の実践から始まったと考えた.ところが,その名付けの結果としての「名前」が最初は名詞ではなく述語動詞だったという.この辺りは意外な発想で興味深い.Herder は,名詞は後に動詞から派生したものであると考えた.これは現代の文法化 (grammaticalisation) の理論でいうところの文法範疇の創発という考え方に近いかもしれない.
一方,Whitney は,言語は動詞と名詞の区別のない段階で一語表現 (holophrasis) に発したのであり,あくまで後になってからそれらの文法範疇が発達したと考えた.
言語起源論と文法化理論はこのような論点において関係づけられるのかと感心した次第.
・ Mufwene, Salikoko S. "The Origins and the Evolution of Language." Chapter 1 of The Oxford Handbook of the History of Linguistics. Ed. Keith Allan. Oxford: OUP, 2013. 13--52.
この2日間の記事で,興味深い振る舞いを示す methinks の話題を取り上げてきた(「#5385. methinks にまつわる妙な語形をいくつか紹介」 ([2024-01-24-1]) および「#5386. 英語史上きわめて破格な3単過の -s」 ([2024-01-25-1])).
Wischer は,この周辺的な表現の歴史を調査し,それが経てきた変化は文法化 (grammaticalisation) の側面をもつとともに,語彙化 (lexicalisation) の側面ももつ変化であると論じた.例えば,methinks に(間)主観的意味の発生や命題的意味の消失という点では文法化の事例と考えられるし,一方で義務性の欠如という点ではむしろ語彙的な性質を示しており,語彙化の1例とも考えられ得る.Wischer (365) より,論文の結論部を引用する.
Methinks passed through a syntactic lexicalization process which was not accompanied by an addition of a specific semantic component, but rather by an opposite semantic change: Impersonal think has no longer a meaning of its own. It cannot combine with other persons any more (*himthinks, *us thought ...). So, methinks has lost its original propositional meaning denoting an act of cognition and has acquired an exclusively speaker-oriented, or interpersonal, meaning. This change can be regarded as an increase in subjectivity. Thus it operates as a marker of evidentiality, and as such it has become a member of a relatively closed class. Although we can notice an increase in frequency in Early Modern English, methinks never becomes obligatory, but always stands in free variation with expressions like I think, it seems to me, obviously etc. Grammatical elements of this kind are less constrained and therefore situated at the periphery of grammar.
And this must also be the reason for the relatively shortlasting existence of methinks. Linguistic elements, once they are grammaticalized, normally have a rather stable position in the language, whereas lexical units are less constrained, more flexible and pass out of existence more easily.
文法化と語彙化という2つの過程は,必ずしも相反するものではない.それぞれに重なり合うところもあれば,異なるところもある,そのような関係だということになる.methinks の遂げた変化は複雑であり,1つの過程に落とし込んで説明するのは難しい.
・ Wischer, Ilse. "Grammaticalization versus Lexicalization: 'Methinks' there is some confusion." Pathways of Change: Grammaticalization in English. Ed. Olga Fischer, Anette Rosenbach, and Dieter Stein. Amsterdam: John Benjamins, 2000. 355--70.
この2日間の記事で文法化 (grammaticalisation) の特徴に注目してきた.しばしば,それと対比して語彙化 (lexicalisation) という現象や用語が話題とされる.確かに,言語学の常識では文法と語彙は異なる2つの部門であり,互いに異なる規則が働いていることが前提とされてきたので,文法化に対して語彙化が論じられるのは自然なのかもしれない.
しかし,よく比較対照してみると,文法化と語彙化とは必ずしも互いに反対向きの過程ではないということがわかる.確かに対立する側面もあるが,むしろ似ている側面もあるということが分かってきたのだ.
大雑把にいえば,語彙化とは,さほど語彙的でなかったものが語彙的な性質を帯びてくる過程といってよいが,中を覗いてみると,なかなか複雑なようである.Bauer (50--61) が語彙化の5つのパターンについて論じてりう.それを手際よく要約した Wischer (358) より,関連する1節を引用したい.
As several mechanisms are involved in the process of lexicalization, not necessarily proceeding simultaneously, Bauer (1983: 50--61) distinguishes between different "types of lexicalization":
1. Changes of stress patterns and/or phonetic reductions are features of "phonological lexicalization" (cf. famous [ˈfeɪməs] -- infamous [ˈinfəməs]).
2. Linking elements and/or non-productive roots or affixes are features of "morphological lexicalization" (cf. eat -- edible).
3. Lack of semantic compositionality is a feature of "semantic lexicalization" (cf. understand).
4. Non-productive syntactic patterns and/or unusual functions of syntactic patterns are features of "syntactic lexicalization" (cf. pickpocket).
5. Many examples are "mixed lexicalizations", which can lead to a complete demotivation, so that the results have to be treated as simplex lexemes (cf. husband).
ある言語項が語彙的になるとは,要するに言語体系のなかで自立した1単語となるということである.文法規則に縛られず,独自の振る舞いをする単位として許されるようになることである.言語界における自立と独立の問題 --- きわめておもしろい話題ではないか.
・ Wischer, Ilse. "Grammaticalization versus Lexicalization: 'Methinks' there is some confusion." Pathways of Change: Grammaticalization in English. Ed. Olga Fischer, Anette Rosenbach, and Dieter Stein. Amsterdam: John Benjamins, 2000. 355--70.
・ Bauer, Laurie. English Word-Formation. Cambridge: CUP, 1983.
昨日の記事「#5381. 文法化の道筋と文法化の程度を図るパラメータ」 ([2024-01-20-1]) で,Wischer を参照して文法化の道筋と,それと関連するパラメータを紹介した.もともと文法化 (grammaticalisation) という場合には,昨日示した統語的単位から形態的単位への変化過程がその基本的なパターンとして認識されてきた.つまり,あくまで命題内部での文法的変化としてとらえられてきたのである.
しかし,命題よりスコープの広いテキスト (text) や談話 (discourse) というレベルに関わる,もう1つのタイプの文法化があることがわかってきた.Wischer (356) は Traugott を参照して一方向性 (unidirectionality) を含意する次の経路を示している.
proposition → text → discourse
この談話化ともいうべきタイプの文法化は,昨日示したタイプの文法化とは多くの点で異なっている.実際,昨日挙げたパラメータは,今回のタイプにはあまり当てはまらない.(1) attrition については,確かに音形の縮小や意味の漂白化(とりわけ主観化)が生じやすいとはいえる.しかし,(2) paradigmaticization はまったくあてはまらない.(3) obligatorification については,文法化された項の頻度は高まるものの,文法規則のような義務化は起こらない.(4) condensation に関してはスコープは狭まるのではなく,むしろ拡がるし,(5) coalescence も生じない.(6) fixation については,生起する統語的位置には傾向が見られるが,必ずしも厳密に固定されるわけではない.
文法化の議論では,このように2つのタイプが論じられてきたものの,それぞれが独自の特徴をもっているため,区別して理解しておくべきだろう.
・ Wischer, Ilse. "Grammaticalization versus Lexicalization: 'Methinks' there is some confusion." Pathways of Change: Grammaticalization in English. Ed. Olga Fischer, Anette Rosenbach, and Dieter Stein. Amsterdam: John Benjamins, 2000. 355--70.
・ Traugott, E. C. "From Propositional to Textual and Expressive Meanings: Some Semantic-Pragmatic Aspects of Grammaticalization." Perspectives on Historical Linguistics. Ed. W. P. Lehmann and Y. Malkiel. Amsterdam: Benjamins, 1982. 245--71.
言語変化のメカニズムとして研究が深まってきている文法化 (grammaticalisation) については「#417. 文法化とは?」 ([2010-06-18-1]) をはじめ多くの記事で取り上げてきた.今回は,多くの先行研究を参照した Wischer 論文の冒頭部分を参考に,文法化の典型的な道筋と文法化の程度を図るパラメータを紹介する.
まず Wischer (356) は Givón (1979: 209) を参照しつつ,文法化の1つの典型的な経路として以下のパターンを導入する.
discourse → syntax → morphology → morphophonemics → zero
文法化の理論では,ここの矢印に示される言語変化の一方向性 (unidirectionality) がしばしば問題となる.
続けて Wischer (356) は,Lehmann (1985: 307--08) を参照しつつ,文法化の程度を図るパラメータを示す.
1. "attrition": the gradual loss of semantic and phonological substance;
2. "paradigmaticization": the increasing integration of a syntactic element into a morphological paradigm;
3. "obligatorification": the choice of the linguistic item becomes rule-governed;
4. "condensation": the shrinking of scope;
5. "coalescence": once a syntactic unit has become morphological, it gains in bondedness and may even fuse with the constituent it governs;
6. "fixation": the item loses its syntagmatic variability and becomes a slot filler.
要約していえば,文法化とは,拘束されない統語的単位が高度に制限された文法的形態素へ変容していく過程ととらえることができる.
・ Wischer, Ilse. "Grammaticalization versus Lexicalization: 'Methinks' there is some confusion." Pathways of Change: Grammaticalization in English. Ed. Olga Fischer, Anette Rosenbach, and Dieter Stein. Amsterdam: John Benjamins, 2000. 355--70.
・ Givón, Talmy. On Understanding Grammar. New York: Academic P, 1979.
・ Lehmann, Chr. "Grammaticalisation: Synchronic Variation and Diachronic Change." Lingua e stile 20 (1985): 303--18.
英語史において時制カテゴリーの成因や対応する表現はしばしば変化してきた.例えば,未来のことを指示するのにどのような表現が用いられてきたかを歴史に沿ってたどってみると,古英語から中英語にかけては現在時制を用いていたが,中英語から現代英語にかけては shall/will などを用いた迂言的な表現を用いるようになった等々.
Görlach (100) は,時制カテゴリーをめぐる英語史上の変化の概略を表にまとめている.以下に引用する.
ざっくりとした見取り図として参考にされたい.
・ Görlach, Manfred. The Linguistic History of English. Basingstoke: Macmillan, 1997.
形容詞・副詞の比較級・最上級の作り方には, -er/-est 語尾を付す形態的な方法と more/most を前置する統語的な方法がある.それぞれを「屈折比較」と「句比較」と呼んでおこう.これについては,hellog,heldio,その他でも様々に紹介してきた.「#4834. 比較級・最上級の歴史」 ([2022-07-22-1]) に関連リンクをまとめているので参照されたい.
英語やロマンス諸語の歴史では,屈折比較から句比較への変化が生じてきた.印欧語族に一般に観察される「総合から分析へ」 (synthesis_to_analysis) の潮流に沿った事例として見られることが多い.この変化は,比較構文の成立という観点からは文法化 (grammaticalisation) の1例ともとらえられる.
今回は Heine and Kuteva による言語接触に関わる議論を紹介したい.英語やいくつかの言語において歴史的に句比較が発達した1要因として,ロマンス諸語との言語接触が関係しているのではないかという仮説だ.英語がフランス語やラテン語の影響のもとに句比較を発達させたという仮説自体は古くからあり,上記のリンク先でも論じてきた通りである.Heine and Kuteva は,英語のみならず他の言語においても言語接触の効果が疑われるとし,言語接触が決定的な要因だったとは言わずとも "an accelerating factor" (96) と考えることは可能であると述べている.英語を含めて4つの事例が挙げられている (96) .
a. Analytic forms were still rare in Northern English in the fifteenth century, while in Southern English, which was more strongly exposed to French influence, these forms had become current at least a century earlier . . . .
b. In German, the synthetic comparative construction is still well established, e.g. schön 'beautiful', schön-er ('beautiful-COMP') 'more beautiful'. But in the dialect of Luxembourg, which has a history of centuries of intense contact with French, instances of an analytic comparative can be found, e.g. mehr schön ('more beautiful', presumably on the model of French plus beau ('more beautiful') . . . .
c. The Dutch varieties spoken in Flanders, including Algemeen Nederlands, have been massively influenced by French, and this influence has also had the effect that the analytic pattern with the particle meer 'more' is used increasingly on the model of French plus, at the expense of the inherited synthetic construction using the comparative suffix -er . . . .
d. Molisean has a 500-years history of intense contact with the host language Italian, and one of the results of contact was that the speakers of Molisean have given up the conventional Slavic synthetic construction by replicating the analytic Italian construction, using veče on the model of Italian più 'more' as degree marker. Thus, while Standard Croatian uses the synthetic form lyepši 'more beautiful', Molisean has più lip ('more beautiful') instead . . . .
このようなケースでは,句発達の発達は,言語接触によって必ずしも推進 ("propel") されたとは言えないものの,加速 ("accelerate") したとは言えるのではないか,というのが Heine and Kuteva の見解である.
・ Heine, Bernd and Tania Kuteva. "Contact and Grammaticalization." Chapter 4 of The Handbook of Language Contact. Ed. Raymond Hickey. 2010. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2013. 86--107.
言語接触 (contact) と文法化 (grammaticalisation) の関わりについて,Heine and Kuteva の論文を連日参照している.多くの印欧諸語には,疑問詞が間接疑問の従属接続詞としても用いられるという特徴がある.例えば,英語の直接疑問文 Who came? に対して,間接疑問文 I don't know who came. などが認められるが,ここでは同じ疑問詞 who が用いられている.この特徴は,英語にとどまらず, ときに "Standard Average European" と呼ばれる主要な印欧語族の言語群にも認められる.基本的には,語族内で広く共有されている,語族としての特徴だと考えられる.
しかし,興味深いことに,この特徴は,印欧諸語と地理的に隣接して行なわれている非印欧諸語にも観察される.つまり,印欧諸語と濃密な言語接触を経てきたとおぼしき非印欧諸語において,疑問詞が間接疑問の従属接続詞としても用いられるというのだ.これは,それらの非印欧諸語において独立して生じた言語項ではなく,印欧諸語との言語接触が引き金 (trigger) となって文法化した言語項であることを示唆する.
Heine and Kuteva (95) は,先行研究を参照しつつ次のような事例を挙げている.
a. Basque on the model of Spanish, Gascon, and French . . . .
b. Balkan Turkish on the model of Balkanic languages . . . .
c. the North Arawak language Tariana of northwestern Brazil on the model of Portuguese . . . .
d. the Aztecan language Pipil of El Salvador on the model of Spanish . . . .
これが事実であれば,言語接触が「推進」 (propel) させた文法化の事例ということになるだろう.
・ Heine, Bernd and Tania Kuteva. "Contact and Grammaticalization." Chapter 4 of The Handbook of Language Contact. Ed. Raymond Hickey. 2010. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2013. 86--107.
Heine and Kuteva (92) によると,諸言語において不定冠詞 (indefinite article) が発達してきた経路をたどってみると,しばしばそこには意味論的・語用論的な観点から一連の段階が確認されるという.
1 An item serves as a nominal modifier denoting the numerical value 'one' (numeral).
2 The item introduces a new participant presumed to be unknown to the hearer and this participant is then taken up as definite in subsequent discourse (presentative marker).
3 The item presents a participant known to the speaker but presumed to be unknown to the hearer, irrespective of whether or not the participant is expected to come up as a major discourse participant (specific indefinite marker).
4 The item presents a participant whose referential identity neither the hearer nor the speaker knows (nonspecific indefinite marker).
5 The item can be expected to occur in all contexts and on all types of nouns except for a few contexts involving, for instance, definiteness marking, proper nouns, predicative clauses, etc. (generalized indefinite article).
英語の不定冠詞の発達においても,この一連の段階が見られたのかどうかは,詳細に調査してみなければ分からない.しかし,少なくとも発達の開始に相当する第1段階は的確である.つまり,数詞 one (古英語 ān) から始まったことは疑い得ない.2--5の各段階が実証されれば,文法化 (grammaticalisation) の一方向性 (unidirectionality) を支持する事例として取り上げられることにもなろう.注目すべき時代は,おそらく中英語期から近代英語期にかけてとなるに違いない.
関連して「#2144. 冠詞の発達と機能範疇の創発」 ([2015-03-11-1]) も参照.
・ Heine, Bernd and Tania Kuteva. "Contact and Grammaticalization." Chapter 4 of The Handbook of Language Contact. Ed. Raymond Hickey. 2010. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2013. 86--107.
昨日の記事「#5133. 言語項移動の類型論」 ([2023-05-17-1]) の続編.Heine and Kuteva (87) が,言語項移動 (linguistic transfer) の主な種類を次のように分類している(ここでは提示の仕方を少々改変している).
Contact-induced transfer ─┬─ Borrowing │ └─ Replication ─┬─ Lexical replication │ └─ Grammatical replication ─┬─ Contact-induced grammaticalization │ └─ Restructuring ─┬─ Loss │ └─ Rearrangement
Heine and Kuteva によれば,これらの用語やその背後にある洞察は,Weinreich に負っている (86) .replication とは "kinds of transfer that do not involve phonetic substance of any kind" のことであり,伝統的に "structural borrowing" や "(grammatical) calquing" と呼ばれてきたものに相当する.この replication には,一方で語彙に関するものがあり,他方で文法的意味・構造に関するものがある.後者の replication は,本質的には文法化 (grammaticalisation) に沿ったものとなるが,そうでない少数の例のために restructuring という用語を充てておく(そしてさらに細分化する).上の図は,このような言語項移動に関する見方を整理したものである.
言語接触 (contact) に関する類型論 (typology) は様々なものが提案されてきたが,この Heine and Kuteva の分類もたいへん示唆的である.その他,以下の記事などを参照されたい.
・ 「#1779. 言語接触の程度と種類を予測する指標」 ([2014-03-11-1])
・ 「#1780. 言語接触と借用の尺度」 ([2014-03-12-1])
・ 「#1781. 言語接触の類型論」 ([2014-03-13-1])
・ 「#1985. 借用と接触による干渉の狭間」 ([2014-10-03-1])
・ 「#2008. 言語接触研究の略史」 ([2014-10-26-1])
・ 「#2009. 言語学における接触,干渉,2言語使用,借用」 ([2014-10-27-1])
・ 「#2079. fusion と mixture」 ([2015-01-05-1])
・ 「#4410. 言語接触の結果に関する大きな見取り図」 ([2021-05-24-1])
・ Heine, Bernd and Tania Kuteva. "Contact and Grammaticalization." Chapter 4 of The Handbook of Language Contact. Ed. Raymond Hickey. 2010. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2013. 86--107.
・ Weinreich, Uriel. Languages in Contact: Findings and Problems. New York: Publications of the Linguistic Circle of New York, 1953. The Hague: Mouton, 1968.
言語Aから言語Bへある言語項が移動することを "linguistic transfer" (言語項移動)と呼んでおこう.言語接触 (contact) において非常に頻繁に起こる現象であり,その典型的な現われの1つが語の借用 (borrowing) である.しかし,それだけではない.語の意味だけが移動する意味借用 (semantic_borrowing) もあれば,統語的な単位や関係が移動する例もある.音素(体系)の移動や語用論的項目の移動もあるかもしれない.一言で "linguistic transfer" といっても,いろいろな種類があり得るのだ.
Heine and Kuteva (87) は,5種類の言語項移動を認めている.
a. form, that is, sounds or combinations of sounds,
b. meanings (including grammatical meanings) or combinations of meanings,
c. form-meaning units,
d. syntactic relations, that is, the order of meaningful elements,
e. any combination of (a) through (d).
音形の移動を伴う a と c は,平たくいえば「借用」 (borrowing) である.一方,b と d は音形の移動を伴わない移動であり,先行研究にならって「複製」 (replication) と呼んでおこう.大雑把にいえば,借用はより具体的な項目の移動で,複製はより抽象的な項目の移動である.ちなみに e はすべてのごった煮である.この言語項移動の類型論は,意外とわかりやすいと思っている.
・ Heine, Bernd and Tania Kuteva. "Contact and Grammaticalization." Chapter 4 of The Handbook of Language Contact. Ed. Raymond Hickey. 2010. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2013. 86--107.
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