一見すると英語のスペリングと Chomsky とは結びつかないように思われるが,実は関係がある.Chomsky は,語の心的表現は正書法上のスペリングに近い形で存在しているのではないかと考えているからだ.Cook (77) 経由で,2つほど引用したい.
. . . conventional orthography is . . . a near optimal system for the lexical representation of English words. (N. Chomsky and M. Halle 1968: 49)
In short, conventional orthography is much closer than one might guess to an optimal orthography, an orthography that presents no redundant information and that indicates directly, by direct letter-to-segment correspondence, the underlying lexical form of the spoken language (N. Chomsky 1972: 12)
生成文法では,話者の記憶辞書に格納されている語の基底形は,そこから種々の派生語を生成するのに最適化された表現を取っているものとされる.その基底形と出力の音形が著しく異なっているということは滅多にないが,だからといって両者が常に厳密に一致しているというわけでもない.両者の関係は緩い関係である.この緩さは,語のスペリングと発音の関係にも当てはまる.生成文法でいう基底形と英語の正書法上のスペリングというのは,立ち位置がとても似ているのである.
これについて,Cook (78) は上にも引用した Chomsky に依拠しながら次のように論じている.
Most claims that English spelling is deficient are based on the view that English spelling corresponds to the sounds of speech. The purpose of English spelling is instead to link to the underlying lexical representation. However bad English writing may be as a sound-based system, it is efficient at showing the underlying forms of words stripped of the accidental features attached to them by phonological rules. Its purpose is not the representation of sounds but the representation of word forms. Looked at in this light, 'conventional orthography is . . . a near optimal system for the lexical representation of English words' (Chomsky and Halle 1968: 49).
ここで述べられているのは,英語スペリングは表音性という観点からは落第点をつけられるかもしれないが,表語性という点に注目するならば,かなり上手くやっているということだ.私も「#3873. 綴字が標準化・固定化したからこそ英語の書記体系は複雑になった」 ([2019-12-04-1]) や,そこに張ったリンク先の記事で主張してきたように,現代英語の正書法におけるスペリングの役割の重心は,表音というよりは表語にあると考えている.
こんなところで Chomsky とつながってきたかと意外ではある.今日から私も Chomskian!?
・ Cook, Vivian. The English Writing System. London: Hodder Education, 2004.
・ Chomsky, N. and M. Halle. The Sound Pattern of English. London: Harper & Row, 1968.
・ Chomsky, N. Phonology and Reading. Basic Processes in Reading. Ed. H. Levin. London: Harper & Row, 1972. 3--18.
[2011-11-18-1], [2011-11-19-1], [2011-11-20-1]と,語形成の生産性の問題について理解を深めてきた.辞書を利用した生産性の測定はうまく行かないらしいことはわかったが,他にはどのような測定法があり得るだろうか.これまでに,次のような2つの提案がなされている (Lieber 66--67) .
(1) ある接辞添加により潜在的に形成され得る語の総数 (A) を出し,次にその接辞添加により実際に形成された語の総数 (B) を出し,A における B の割合を算出する.例えば,形容詞の基体に付加されて名詞を形成する接尾辞 -ness の場合,形容詞の総数が A となり,実際に文証される -ness 語の総数が B となる.
しかし,この測定法には問題がある.まず,形容詞の総数を把握することは難しい.辞書を参照するということになれば,昨日の記事[2011-11-20-1]で取り上げた諸問題の再来である.実際に文証される -ness 語の総数についても同様だ.-esque 語についていえば,[2011-11-19-1]の記事で触れた通り,この接尾辞は基体に主として多音節の固有名詞を要求するが,この条件に当てはまる基体の数を数え上げることは不可能に近い(まさか,世界人名辞典を参照する!?).
さらに,-esque に見られるような基体に課せられる諸制限は生産性の程度に影響するのであるから,基体に名詞を要求するという以外に制限のない -ness のような接辞の生産性との差異が浮き立つような測定法でなければならない.この測定法では,-esque のA値と -ness のA値に大差がある場合,その差が算入されないという問題がある.
(2) 巨大コーパスを用いて,token frequency に基づいて hapax legomenon の割合を算出する方法.従来の考え方とはまったく異なるこのアプローチは,生産的な語形成に見られる透明性 (transparency) と出現頻度の関係についての知見に基づいている.[2011-11-18-1]で述べたように,生産性の低い語形成は音韻的・意味的に透明性の低い語を生み出す.透明性の低い語は,辞書に (dictionary にも mental lexicon にも)登録されやすい,つまり語彙化 (lexicalize) されやすい.語彙化された語は,語彙化されていない語に比べて,平均してコーパス内のトークン頻度が高いという特徴が見られる.逆から見ると,生産性の高い語形成は透明性も高いゆえに,語彙化されることが少なく,平均してコーパス内のトークン頻度は低い傾向がある.実際のところ,コーパス内に1回しか現われない hapax legomenon である可能性も高い.
この知見に基づき,-ness の生産性の算出を考えてみよう.コーパス内に現われる -ness 語をトークン頻度で数え上げ,これを A とする.この中で hapax legomenon である -ness 語の数を B とする.A における B の比率を取れば,-ness の生産性(少なくとも,生産性を指し示すなにがしかの特徴)の指標となるだろう.
Baayen and Lieber で採用されたこの測定法は,生産性の完璧な指標ではないとしても,母語話者の直感する生産性を比較的よく反映していると考えられる.
・ Lieber, Rochelle. Introducing Morphology. Cambridge: CUP, 2010.
・ Baayen, Harald and Rochelle Lieber. "Productivity and English Derivation: A Corpus-Based Study." Linguistics 29 (1991): 801--43.
語形成の生産性 (productivity) については,productivity の各記事で話題にしてきた.そこでは,生産性をどのように定義するか,どのように測定するかは,形態理論における難問であると述べるにとどまったが,今回は,この問題にもう少し踏み込みたい.
まずは,Lieber (61) による,"productive" と "unproductive" の日常語による定義を挙げよう.
Processes of lexeme formation that can be used by native speakers to form new lexemes are called productive. Those that can no longer be used by native speakers, are unproductive; so although we might recognize the -th in warmth as a suffix, we never make use of it in making new words. The suffixes -ity and -ness, on the other hand, can still be used, although perhaps not to the same degree.
この定義により,生産性の指し示している概念は直感的に理解できるが,より専門的に定義しようとするとなかなか難しい.生産性に関与する要因としては,3点が考えられる (Lieber 61--64) .
(1) transparency: 音韻と意味の透明性が確保されており,基体と接辞が明確に区別される語形成は productive である.例えば,candidness や crudity において,それぞれ形態上 candid + -ness, crude + -ity と明確に線引きできるだけでなく,その意味も基体と接辞(「?である状態」)の純粋な和 (compositional) として解釈できる.この点で,-ness や -ity を用いた語形成は透明度が高いと言える.
しかし,-ity は -ness に比べて透明度が低い.1つには,rusticity において,綴字上は rustic + -ity と透明的に分析されるが,発音上は基体の最後の子音が /k/ から /s/ へ変化しており,その分だけ透明性が低くなる.別の例では,timid の強勢は第1音節だが,timidity の強勢は基体の第2音節へ移動しており,透明性が低くなっている.さらに,oddity は,odd + -ity から容易に想像されるとおり,透明的に「異常であること」を意味するのみならず,「変人」をも意味する.後者の語義については,予測可能性(=透明性)が低いとみなすことができる.最後に,dexterity では,基体として *dexter が予想されるところだが,これは実際には存在しない基体である.ここでは,透明性が確保されていない.
oddity (変人)の例で触れた意味の予測(不)可能性という指標は,その派生語が mental lexicon に登録されているかどうかという問題,語彙化 (lexicalization) の問題に関連する.この場合,「異常であること」の語義での oddity は語彙化されていないが,「変人」の意味でのoddity は語彙化されているということになる.したがって,透明性が高いほど語彙化されにくく,透明性が低いほど語彙化されやすいという関係が成り立つ.
(2) frequency of base type: 接辞の付加しうる基体の数や範囲が大きければ大きいほど,その語形成は生産的であるとみなすことができる.接尾辞 -esque (?風の)は名詞に付加されるが,主として固有名詞に限定される.単音節の基体には付加されにくいという条件もあるため,どんな名詞にも付加される接尾辞に比べれば,基体の範囲が狭い分,生産性が低いということになる.([2009-11-29-1]の記事「#216. 人名から形容詞を派生させる -esque の特徴」を参照.)
(3) usefulness: 語形成の有用性.常識的に,すべての形容詞について対応する名詞があることは有用であり,便利であると考えられる.この場合,形容詞を名詞化する接尾辞 -ness, -ity は有用であり,生産的であるということになる.反対に,女性を表わす接尾辞 -ess は,現代の性差別廃止の社会的な風潮により有用性が失われてきており,その分だけ生産性も低くなってきていると考えられる.
語形成の生産性は,少なくともこの3点に基づいて論じる必要がある.
音韻形態変化や意味変化によって (1) が,語彙の増加などによって (2) が,社会的な価値観の変化によって (3) が影響を受けるということを考えると,語形成の生産性もまた通時的な変化に晒されているということは明らかだろう.
・ Lieber, Rochelle. Introducing Morphology. Cambridge: CUP, 2010.
標題の話題について,##910,911,912,921 の記事の続編.言語学の研究者は例外なく辞書好き人間だが,辞書が絶対的ではないということもよく知っている.自分が語とは何かという究極の問いに対する答えを知らないにもかかわらず,辞書編纂に関わる可能性すらあるからだ.
市販の辞書 (dictionary) は,理論と現実の妥協の産物であり,脳内の語彙目録 (lexicon) を反映しているわけではない.前者は,あくまで現実的な諸事情を反映した便宜的な語彙リストである.というのは,辞書編纂者は,編集に際して以下の条件に縛られるからである.Lieber (27) より,辞書編纂者が考慮しなければならない要点を引用しよう.
・ the size of the dictionary, which determines the number of words it can hold;
・ the intended audience of the dictionary (adults, children, language learners, etc.);
・ whether a word has a sufficiently broad base of usage;
・ whether it's likely to last;
・ whether it's too specialized or technical for the intended audience;
・ for a word borrowed from another language, whether it's assimilated enough to be considered part of English.
近年の online dictionary の興隆により,紙幅の都合という従来の辞書の旧弊は克服されつつある.しかし,online とはいえども,辞書としてある種の読者を対象とする以上,他の条件は満たさざるを得ない.
市販の辞書は多かれ少なかれ複数の言語使用者をターゲットにするが,mental lexicon は言語使用者一人ずつに存在するものである.この両者を調和させるということ自体が,無理な注文なのかもしれない.dictionary と (mental) lexicon という用語の間に横たわる考え方の違いを認識することが重要である.
・ Lieber, Rochelle. Introducing Morphology. Cambridge: CUP, 2010.
[2011-10-26-1]の記事「#912. 語の定義がなぜ難しいか (3)」の (2) で触れたが,辞書には意味が不詳であるにもかかわらず見出し語として掲げられているものがありうる.語の意味が不詳であるということは辞書編纂者の情報収集の問題であるという可能性は排除できないにせよ,その語が一般的に知られていない語であるということは恐らく間違いないだろう.
OED では,そのような語が少なくとも77個は登録されている.以下は,OED の定義部検索で "meaning obscure" あるいは "obscure meaning" というキーワードにより引き出された語である.Lieber (26) では,OED での同種の検索により87語が引き出されたとしているが,ここには語義の1つのみが意味不明というものも含まれている.それを手作業で排除した結果の77語だ.
†cremitoried (ppl. a.), †emporture (v.), †gestyll (v.), †leary (a.), †leg-saw, †minority waiter, notchet, †rag (v.4), †reordi (a.), †reprobitant (a.), †resaille, †residence (v.), †rok, †romb (v.), †rompering, †rownfol(d, †rubell, †rum (n.3), †ruvell, †ryne2, scuncheon anglers, -crest, †sheer-point, short-coat vicarage, †shreake, shuffle-breeches, †sidder (v.), †sithy-coat, †skyvald, †slampamb, †slope (v.3), †smazky (a.), †spanner2, †sparth2, †spen (n.), †spencer (v.), †spene (n.), †sperring (vbl. n.), †sperware, †splet (n.), †splete, †spleyer, †spyccard, †squaleote (v.), †squalm, †squirgliting (a.), †start-rope, †strothe (a.), †threte (n.), †thwerl (v.), †traythly (adv.), †trice (n.3), umbershoot, †unbrede (v.), †uncape (v.), †underdrawn (ppl. a.), †uniable (a.), †unthwyuond (pres. pple.), †untwitten (ppl. a.), †val-dunk, †ver (n.2), †verge-salt, †verling-line, †versing box, †very(e), †vezon, †viridary (a.), †vitremyte, †vounde (a.), †vowgard, †vrycloth, †wandclot, †way-flax, Welsh brief, †werder, †wesel, †wranchevel, †wrast (? n.)
71語が廃語というのが現実だが,要点はこのような語が辞書にエントリーされているという事実があることである.dictionary の見出し語と mental lexicon の登録が必ずしも一致しないということは,これらの例からも明らかだろう.語とは何かという問いへの答えを辞書編集者に任せるわけにはいかないということを示す好例だ.
・ Lieber, Rochelle. Introducing Morphology. Cambridge: CUP, 2010.
人はどのようにして多くの語を記憶語彙 (mental lexicon) へ蓄積してゆくのか,という問題は言語習得 (language acquisition) の分野における大きな問題である.大人になるにつれ音韻,形態,統語の規則の習得能力は落ちて行くと考えられているが,語彙の習得能力は維持されるという.子供にせよ大人にせよ,新しい語彙をどのように習得してゆくのか.意識的な語彙学習は別として,日常生活のなかでの語彙習得については,いまだに謎が多い.
哲学者 W. O. Quine が議論した以下のような状況に言及して,心理言語学者が the Gavagai problem と称している語彙習得上の問題がある.
Picture yourself on a safari with a guide who does not speak English. All of a sudden, a large brown rabbit runs across a field some distance from you. The guide points and says "gavagai!" What does he mean? / One possibility is, of course, that he's giving you his word for 'rabbit'. But why couldn't he be saying something like "There goes a rabbit running across the field"? or perhaps "a brown one," or "Watch out!," or even "Those are really tasty!"? How do you know? / In other words, there may be so much going on in our immediate environment that an act of pointing while saying a word, phrase, or sentence will not determine clearly what the speaker intends his utterance to refer to. (Lieber 16)
普通であれば,上記の場合には gavagai をウサギと解釈するのが自然のように思われるが,この直感的な「自然さ」はどこから来るものだろうか.心理言語学者は,人は語彙習得に関するいくつかの原則をもっていると仮定する (Lieber 17--18) .
(1) Lexical Contrast Principle: 既知のモノに混じって未知のモノが目の前にあり,未知の語が発せらるのを聞くとき,言語学習者はその未知のモノとその未知の語を結びつける.
(2) Whole Object Principle: 未知の語を未知のモノと結びつけるとき,言語学習者はその語をその未知のモノ全体を指示するものとして解釈する.未知のモノの一部,一種,色,形などを指示するものとしては解釈しない.
(3) Mutual Exclusivity Principle: 既知のモノだけが目の前にあり,未知の語が発せられるのを聞くとき,言語学習者は周囲に未知のモノを探してそれと結びつけるか,あるいは既知のモノの一部や一種を指示するものとして解釈する.
この仮説は多くの実験によって支持されている.現実には稀に the Gavagai problem が生じるとしても,上記のような戦略的原則を最優先させることによって,我々は多くの語彙を習得しているのである.確かに,このような効率的な戦略がなければ,言語学習者は数万という語彙を習得できるはずもないだろう.
・ Lieber, Rochelle. Introducing Morphology. Cambridge: CUP, 2010.
昨日の記事[2011-10-30-1]では,bouncebackability は,臨時語 (nonce word) や流行語として一時的に出現しうるものの,英語の語形成規則 (word formation rule) に抵触するがゆえに,記憶語彙 (mental lexicon) に定着する可能性はないだろうとする,Hohenhaus の "non-lexicalizability" 仮説を見た.今回は,仮説の妥当性に関わる議論をしたい.
第1に,bouncebackability が流行語の域を出ず,早くも衰退しているらしいことは,Hohenhaus の挙げた証拠により裏付けらるが,それは語形成規則に抵触するがゆえであると説明するには証拠が乏しい.流行語の衰退は日常茶飯事であり,その有用性や斬新さが時間とともに減少するといった理由によることが多い.多くの流行語と同様に,bouncebackability も同様に説明され得るのではないか.語形成規則に抵触するからという理由が関わっている可能性は否定できないものの,その説を積極的に支持する根拠はないのではないか.
第2に,仮に "non-lexicalizability" 仮説を想定するとしても,それは規則ではなく傾向を表わすものとして捉えるべきだろう.「接頭辞 -able は他動詞に付加される」という規則は確かに厳格だが,bouncebackability のような稀な例外が起爆剤となって規則の緩和,あるいは規則の一般化 (rule generalisation) を引き起こすということはあり得る.-able が句動詞に付加された get-at-able, come-at-able (そして,もちろん bouncebackabilityも) ,名詞に付加された clubbable, saleable は,(他)動詞に付加されるという当初の規則が一般化してきた軌跡を示すものである.-able 接尾辞の発達のある段階で,自動詞に付加されるようになったとしても不思議はない.そして,bouncebackability はそれを体現している最初の試みの1つと考えられるかもしれない.
第3に,昨日の記事を書いた時点では確認し忘れていたが,OED Online で確認したところ,当該語が登録されていた.Hohenhaus (22) も自ら述べているように,OED に見出し語として掲げられる可能性自体は予想できたことである.OED に登録されることと記憶語彙に登録されることは同義ではないので,前者により Hohenhaus の議論の前提が崩れたわけではない.ただ,OED により,議論の妥当性に関与するかもしれない事実が2つ出てきた.1つ目は,当該語の初例が2004年ではなく,大きく遡って1972年だったということだ.そこでは,bounce-back-ability と表記され,派生語としてではなく複合語としての読みが示唆される.その後,1991年,2005年の例が続く.2つ目には,語源記述に "to bounce back at BOUNCE v. Additions + -ABILITY suffix" とあり,ここでも Hohenhaus の前提とする [[[bounce back] -able] -ity] という派生語としての分析よりは,[[bounce back][ability]] という複合語としての分析により近づいている.
このように,Hohenhaus の"non-lexicalizability" 仮説の妥当性は,bouncebackability という1語の盛衰の観察だけで判断することはできない.しかし,言語使用者は,語形成規則に準じていない語の使用に違和感を感じ,記憶語彙に定着させることを渋るという仮説そのものは,直感に合うように思われ,興味深い.絶対的な規則としてではなく,あくまで傾向を示す仮説と捉えるのであれば,追究するに値する仮説かもしれない.
・ Hohenhaus, Peter. "Bouncebackability: A Web-as-Corpus-Based Case Study of a New Formation, Its Interpretation, Generalization/Spread and Subsequent Decline." SKASE Journal of Theoretical Linguistics 3 (2006): 17--27.
bouncebackability /ˌbaʊnsbækəˈbɪləti/ なる新語がある.OALD では7版には含まれていなかったが8版になって登録された語である.bounce back (すぐに立ち直る,回復する)という句動詞が元となっている表現で,次のように定義と用例が記されている.
(BrE) [uncountable] (informal)
(especially in sport) the ability to be successful again after playing or performing badly for a time
・ The team have shown great bouncebackability.
・ This will be a test of their famous bouncebackability.
この語について論じた Hohenhaus (18--19) によると,初出は以下の通りである.
. . . the word was first used in November 2004 by Iain Dowie, then manager of the English football club Crystal Palace, who said in an interview after a match in which his team had managed to equalize against Arsenal that "Crystal Palace have shown great bouncebackability against their opponents to really be back in this game."
Hohenhaus がこの語について論じているのは,その語形成に問題があるからだ.通常,接尾辞 -able が付加される基体は他動詞である (ex. breakable, enjoyable, washable) .bounce back という句動詞は自動詞であるから,bouncebackability は形態統語的な下位規則を犯していることになる.ここで,この語は [[[bounce back] -able] -ity] と分析される派生語ではなく [[bounce back][ability]] と分析されるべき複合語なのではないかという考え方もあるが,/ˌbaʊnsbækəˈbɪləti/ の強勢の位置で判断する限り,派生語と解釈するのが適切である.
しかし,Hohenhaus が議論しているのは,bouncebackability が語形成規則 (word formation rule) の観点からはあり得ない語であるにもかかわらず存在している,という矛盾についてではない.そうではなく,当該の語形成はあり得るし実際に存在しているとしながらも,規則に準じていないという事実が,bouncebackability の語彙化(記憶語彙 [mental lexicon] に登録される過程)を妨げているのではないかという仮説,"non-lexicalizability" の仮説に関心を寄せているのである.
. . . some new formations may systematically be excluded from becoming permanent lexical entries (while they may still be perfectly normal as possible NFs [=nonce formations]! . . . . only well-formed formations should be lexicalizable. (Hohenhaus 18)
規則に準じていない語形成は,一時的な使用の域を出ず,記憶語彙に定着することなく,いずれは廃れてゆく運命であるという仮説である.Hohenhaus はこれを支持すべく,bouncebackability が出現当初は流行語としてもてはやされ,メディアなどにより定着化を図る "artificial institutionalization" (21) の試みがなされ,実際に意味の一般化すら経たが,その後急速に使用頻度が落ち込んできたという事実を,主に Web-as-corpus を用いて示した.結論として,次のように締めくくっている.
. . . in the end, the morphological "oddness" of the formation bouncebackability appears to have hampered its success too much for it to become truly lexicalized, i.e. part of the permanent lexicon of English. Semantically, and from a point of view of meaning predictability, it was a fairly straightforward case seemingly corroborating predictions about spread and broadening meaning. But not even concerted "artificial" efforts through campaigns and petitions were sufficient to overcome the stumbling block of an odd morphological shape. (Hohenhaus 23)
明日はこの仮説について,意見を述べたい.
・ Hohenhaus, Peter. "Bouncebackability: A Web-as-Corpus-Based Case Study of a New Formation, Its Interpretation, Generalization/Spread and Subsequent Decline." SKASE Journal of Theoretical Linguistics 3 (2006): 17--27.
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