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2015-01-31 Sat

#2105. 英語アルファベットの配列 [writing][grammatology][alphabet][phonetics][greek][latin][etruscan][grapheme]

 昨日の記事「#2104. 五十音図」 ([2015-01-30-1]) の終わりにアルファベットの配列について触れたので,今回はその話題を.なぜ英語で用いられるアルファベットは「ABCDEFGHIJKLMNOPQRSTUVWXYZ」という並び順なのだろうか.
 文字の配列の原理として,4種類が区別される(大名, p. 155).

 (1) 音韻論的分類法.音韻論の原理に基づくもので,昨日示した五十音図のほか,サンスクリット語の文字(悉曇,梵字),ハングルなどがある.
 (2) 形態論的分類法.形字の原理に従うもので,漢和辞典の部首索引など.
 (3) 意義論的分類法.意味の関連を考慮したもの.漢和辞典の部首は意符でもあるので,部分的には意義論的分類法に従っている.また,中国最古の字書『説文解字』では,文字の並びそれ自身が意味をもっていたという点で,意義論的分類の一種と考えられる.千字文,「あめつちの詞」,「いろは」 (cf. 「#1005. 平仮名による最古の「いろは歌」が発見された」 ([2012-01-27-1]))なども,字の並びが全体として章句を構成している点で,この分類に属する.
 (4) 年代順的分類法.各文字が派生したり加えられたりした順に並べる原理.例えば,<Z> はラテン・アルファベットにおいて後から加えられたので,文字セットの最後に配されている等々.<G>, <X>, <I--J>, <U--V--W-Y> も同じ.仮名の「ん」も.

 英語アルファベットはラテン・アルファベットから派生したものであり,後者が6世紀末にブリテン等に伝えられて以来,新たな文字が付け加わるなど,いくつかの改変を経て現代に至る.したがって,英語アルファベットの配列は,原則としてラテン・アルファベットの配列にならっている考えてよい.では,ラテン・アルファベットの配列は何に基づいているのか.それは,ギリシア・アルファベットの配列である.ギリシア・アルファベットの配列が基となり,それにいくつかの改変が加えられ,ラテン・アルファベットが成立した.
 ギリシア・アルファベットからラテン・アルファベットに至る経緯には,前者の西方型の変種 (cf. 「#1837. ローマ字とギリシア文字の字形の差異」 ([2014-05-08-1])) やエトルリア語 (Etruscan) が関与しており,事情は複雑である.この過程で <C> から <G> が派生したり (cf. 「#1824. <C> と <G> の分化」 ([2014-04-25-1])) ,その <G> がギリシア・アルファベットでは <Z> の占めていた位置に定着したり,<Z> が後から再導入されたりした.また,<F> は「#1825. ローマ字 <F> の起源と発展」 ([2014-04-26-1]) でみたような経緯で現在の位置に納まった.<I--J> の分化や <U--V--W--Y> の分化 (cf. 「#1830. Y の名称」 ([2014-05-01-1])) も生じて,それぞれおよそ隣り合う位置に配された.このように種々の改変はあったが,全体としてはギリシア・アルファベットの配列が基盤にあることは疑いえない.
 では,そのギリシア・アルファベットの配列の原理は何か.「#1832. ギリシア・アルファベットの文字の名称 (1)」 ([2014-05-03-1]),「#1833. ギリシア・アルファベットの文字の名称 (2)」 ([2014-05-04-1]) でみたように,ギリシア・アルファベットは,セム・アルファベット (Semitic alphabets) の1変種であるフェニキア・アルファベット (Phoenician alphabet) に由来する.したがって,究極的にはフェニキア・アルファベットなどの原初アルファベットの配列原理を理解しなければならない.
 「#1832. ギリシア・アルファベットの文字の名称 (1)」 ([2014-05-03-1]) に掲げた文字表の右端2列が,セム語における文字の名称と意味である.並び合っている1組の文字の意味が,「手」 (yod) と「曲げた手」 (kaf) ,「水」 (mēm) と「魚」 (nūn) のように何らかの関係をもっているところから考えると,少なくとも部分的には意義論的分類法に従っているのではないかと思われる節がある.一方,bet, gaml, delt は破裂音を表し,hé, wau (セム語ではこの位置にあった), zai は摩擦音を表し,lamd, mém, nun は流音を表すなど,音韻論的分類法の原理も部分的に働いているようにみえる.全体としても,およそ子音は調音位置が唇から咽喉へ,母音は低母音から高母音へと並んでいるかのようだ(大名,p. 157).
 以上をまとめると,英語アルファベットの配列は,一部意義論的,一部音韻論的な原理で配列されたと思われるフェニキア・アルファベットに起源をもち,そこへギリシア・アルファベットとラテン・アルファベットの各段階において主として年代順的な原則により新しい文字が加えられるなど種々の改変がなされた結果である,といえる.関連して「#1849. アルファベットの系統図」 ([2014-05-20-1]) も参照されたい.

 ・ 大名 力 『英語の文字・綴り・発音のしくみ』 研究社,2014年.

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2015-01-30 Fri

#2104. 五十音図 [writing][hiragana][japanese][grammatology][phonetics][vowel][consonant][sanskrit]

 日本語ひらがなの五十音図といえば,言わずと知れた下表を指す.  *

(ゐ) 
 
(ゑ) 


 旧仮名遣いの「ゐ」と「ゑ」を含めても実際には50の異なる音(モーラ)を表してはおらず,表の中に穴もある.だが,5×10の表におよそまとめられるという意味で,五十音図と呼び習わされている.五十音図は,ひらがなの学習に活躍するのみならず,上一段活用や下二段活用など現代日本語や歴史日本語の文法記述にもなくてはならない存在であり,日本語のなかに占める位置は大きい.にもかかわらず,なぜこの並び順なのかが広く問われることはない.
 実は,この見慣れた五十音図の背後には,調音音声学の原理が隠されている.この話題について大名 (2--12) が丁寧かつ易しく解きほぐしているので,是非そちらを参照してもらいたいが,原理の概要のみ以下に記そう.
 まず母音の5段の並びについて,なぜ「あいうえお」の順なのか.「あ」は広い(低い)母音であり,続く「い」と「う」はそれぞれ狭い(高い)母音,最後に来る「え」と「お」はそれぞれ中間的な開き(高さ)の母音である.広→狭→中の順に配置されており,それぞれの内部では前舌母音→後舌母音という順序となっている.(母音四辺形を簡略化した)母音三角形で考えるならば,「あいう」と3つの頂点を押さえてから,中段の「えお」で締めくくっているとみることができる.「えお」が最後に来ているのは,歴史的には五十音図の基盤をなすと考えられているサンスクリット語の音韻論において,/e/, /o/ はそれぞれ二重母音 /ai/, /au/ に基づいており,いわば二次的な母音であるという考え方に基づいているようだ(高島,p. 44).
 次に「あかさたなはまやらわ」の順序について.あ行の母音から始まり,か行からま行まで子音行が続き,や行からわ行までは半母音行となっている.子音行については,調音点が口の奥から口先へと配列されており,その内部では調音様式にしたがって摩擦音,破裂音,鼻音と並ぶ.具体的に見ると,最初のか行(軟口蓋・破裂音)は軟口蓋音で孤立しているが,続くさ行,た行,な行はそれぞれ歯茎音であり,上記の調音様式順に並んでいる.その後,は行(歴史的な /p/ や /ɸ/ を反映)とま行はともに唇音であり,摩擦音(あるいは破裂音),鼻音の順に並んでいる.「やらわ」の3行については,半母音という扱いでいわばオマケである.それでも,調音点は硬口蓋→歯茎→唇と口の奥から先へ整然と並べられている.なお,ら行が半母音とされるのは,母音の r がサンスクリット語に存在することによる(高島,p. 44).
 「#1008. 「いろは」と ABC」 ([2012-01-30-1]) の記事で,「阿吽(あうん)」について触れた.「阿」は口を開く音で字音の初め,「吽」は口を閉じる音で字音の終わりを表わし,両方合わせて万物の初めと終わりを示すとされる.これは,五十音図にも反映されている最初に配置される母音 /a/ と最後に配置される子音 /m/ (hum) に由来している.
 いろはの歴史は「#1005. 平仮名による最古の「いろは歌」が発見された」 ([2012-01-27-1]) で見たとおり紀元1000年前後に遡るようだが,五十音図についてもおよそ同時期の11世紀初めの醍醐寺蔵『孔雀経音義』にみられる図が,現存する最古のものである.起源説については,上ではサンスクリット語(悉曇,梵字)から出た,あるいはそれに基づいて整理されてきたという説を採ったが,漢字音の反切のために作られたとする説,悉曇のひな形として作られたとする説などがあり,諸説紛々としている.なお,「五十音図」の名称は江戸時代の僧契沖によるものである.
 関連して,アルファベットの並びについて,「#1832. ギリシア・アルファベットの文字の名称 (1)」 ([2014-05-03-1]),「#1833. ギリシア・アルファベットの文字の名称 (2)」 ([2014-05-04-1]) を参照.

 ・ 大名 力 『英語の文字・綴り・発音のしくみ』 研究社,2014年.
 ・ 高島 淳 「インドの文字と日本」『月刊言語』第34巻第10号,2005年,42--49頁.

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2015-01-29 Thu

#2103. Basic Color Terms [semantic_change][bct][implicational_scale][cognitive_linguistics][category]

 「#2101. Williams の意味変化論」 ([2015-01-27-1]) で言及したように,法則の名に値する意味変化のパターンというものはほとんど発見されていない.ただし,それに近づくものとして挙げられるのが,「#1756. 意味変化の法則,らしきもの?」 ([2014-02-16-1]) の「速く」→「すぐに」の例や,「#1759. synaesthesia の方向性」 ([2014-02-19-1]) や,先の記事で触れた Basic Color Terms (BCTs; 基本色彩語) に関する普遍性だ.今回は,BCTs の先駆的な研究に焦点を当てる.
 Berlin and Kay の BCTs の研究は,その先進的な方法論と普遍性のある結論により,意味論,言語相対論 (linguistic_relativism),人類学,認知科学などの関連諸分野に大きな衝撃を与えてきた.批判にもさらされてはきたが,現在も意味論や語彙論の分野でも間違いなく影響力のある研究の1つとして数えられている.意味変化の法則という観点から Berlin and Kay の発見を整理すると,次の図に要約される.

BTCs

 この図は,世界のあらゆる言語における色彩語の発展の道筋を表すとされる.通時的にみれば発展はIからVIIの段階を順にたどるものとされ,共時的にみれば高次の段階は低次の段階を含意するものと解釈される.具体的には,すべての言語が, black と white に相当する非比喩的な色彩語2語を有する.もし色彩語が3語あるならば,追加されるのは必ず red 相当の語である.段階IIIとIVは入れ替わる可能性があるが,green と yellow 相当が順に加えられる.段階Vの blue と段階VIの brown がこの順で追加されると,最後に段階VIIの4語のいずれかが決まった順序なく色彩語彙に追加される.つまり,普遍的な BCTs は以上の11カテゴリーであり,これが一定の順序で発達するというのが Berlin and Kay の発見の骨子だ.
 もしこれが事実であれば,認知言語学的な観点からの普遍性への寄与となり,個別文化に依存しない強力な意味論的「法則」と呼んでしかるべきだろう.以上,Williams (208--09) を参照して執筆した.

 ・ Berlin, Brent and Paul Kay. Basic Color Terms. Berkeley and Los Angeles: U of California P, 1969.
 ・ Williams, Joseph M. Origins of the English Language: A Social and Linguistic History. New York: Free P, 1975.

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2015-01-28 Wed

#2102. 英語史における意味の拡大と縮小の例 [semantic_change][semantics][hyponymy][semantic_field][lexicology]

 「#473. 意味変化の典型的なパターン」 ([2010-08-13-1]) で意味の一般化 (generalization) と特殊化 (specialization) について触れた.別の言い方をすれば,意味の拡大 (widening) と縮小 (narrowing) である.英語史からの意味の伸縮の例が一覧できると便利だと思っていたところ,Williams にいろいろと挙げられていたので掲載しよう.
 まず,縮小の例から (Williams 171--73) .かっこ内に挙げた意味(の推移)は,縮小を起こす前段階のより広い意味である.現在の主要な語義と比較されたい.

accident (an event)
accost (come alongside in a boat > to approach anyone)
addict (someone who devotes himself to anything)
admonish (advise)
affection (the act of being affected > any affection of the mind)
argue (make clear)
arrest (stop)
artillery (any large implement of war)
carp (talk)
censure (judge)
condemn (pass sentence)
corn (any grain)
cunning (knowledge, skill)
damn (pass sentence)
deer (any animal)
denizen (a citizen of a country or city)
deserts (whatever one deserves, good or bad)
disease (discomfort)
doom (judge)
ecstasy (beside oneself with any strong emotion: fear, joy, pain)
effigy (any likeness)
erotic (relating to love)
esteem (put a value on, good or bad)
fame (report, rumor)
fiend (the enemy)
filth (dirt)
fortune (chance)
fowl (any bird)
ghost (spirit)
grumble (murmur, make low sounds)
hound (any dog)
immoral (not customary)
leer (look obliquely out of the side of the eye)
liquor (liquid)
lust (desire in general)
manure (v., hold land > to cultivate land)
meat (food)
molest (trouble or annoy)
odor (anything perceptible to the sense of smell)
orgy (secret observances)
peculiar (belonging to or characteristic of an individual)
pill (any medicinal ball)
praise (from (ap)praise: set a value on, good or bad)
predicament (any situation)
proposition (a statement set forth for discussion)
reek (smoke from burning matter > produce any vapor)
retaliate (repay for anything)
sanctimonious (holy, sacred)
scheme (horoscope > diagram > plan)
seduce (persuade someone to desert his duty)
shroud (an article of clothing)
smirk (smile)
smug (trim neat)
starve (die)
stink (any odor)
stool (a chair)
success (any outcome)
suggestive (that which suggests something)
syndicate (a group of civil authorities > any group of businessmen pursuing a common commercial activity)
thank (from the general word for think)
vice (a flaw)


 次に,拡大の例 (Williams 175--77) を挙げる.

allude (mock)
aroma (the smell of spices)
aunt (father's sister)
barn (a store for barley)
bend (bring a bow into tension with a bow string)
bird (young of the family avis)
box (a small container made of boxwood)
butcher (one who slaughters goats)
carry (transport by cart)
chicken (a young hen or rooster)
deplore (weep for)
detest (condemn, curse)
dirt (excrement)
divest (remove one's clothes)
elope (run away from one's husband)
fact (a thing done)
frantic (madness)
frenzy (wild delirium)
gang (a set of tools laid out for use > a group of workmen/slaves)
go (walk)
harvest (reap ripened grain)
holiday (a holy day)
journey (a day > a day's trip or day's work)
magic (the knowledge and skill of the Magi)
manner (the mode of handling something by hand)
mess (a meal set out for a group of four)
mind (memory > thought, purpose, intention)
mystery (divine revealed knowledge)
oil (olive oil)
ordeal (trial by torture)
pen (a feather for writing)
picture (a painted likeness)
picture (a painting or drawing)
plant (a young slip or cutting)
sail (cross water propelled by the wind)
sail (travel on water)
sanctuary (a holy place)
scent (animal odor for tracking)
silly (deserving of pity > frail > simple, ignorant > feeble minded)
slogan (the battle cry of Scottish clans)
start (move suddenly)
stop (fill or plug up > prevent passage by stopping up > prevent the movement of a person)
surly (sir-ly, that behavior which characterizes a "Sir")
uncle (mother's brother)


 ここに挙げた事例数からも推測されるように,意味の拡大と縮小の例を比較すると,縮小の例のほうが一般的に多いもののようだ.その理由は定かではないが,時代とともにあらゆるものが分化していく速度のほうが,それら断片を総合しようとする人間の営為よりも勝っているからかもしれない.概念階層 (cf. 「#1962. 概念階層」 ([2014-09-10-1])) の観点からみれば,下位語 (hyponyms) を作り出し,枝を下へ下へ伸ばしていくことは半ば自動的に進むが,新たな上位語 (hypernyms) を作り出す統合の作業には労力が要る.学問も,ひたすら細分化していきこそすれ,総合の機会は少ない・・・.Williams (177) は,次のような見解を述べている.

   It is harder to find a pattern for widening than it is for narrowing. It is not entirely certain, but meanings seem to widen somewhat less frequently than they narrow. As a culture becomes more diversified and more complex with more areas of knowledge and activity, those areas require a vocabulary. Because every language has a finite number of words and because speakers are not inclined to coin completely new forms for new concepts, the simplest way to deal with new areas of knowledge is to use the current vocabulary. Borrowing, derivation, compounding, and so on operate here. But perhaps even more frequent is narrowing.
   But on the other hand it can also be difficult to talk about the most ordinary activities of daily life as they diversify. Once it becomes possible to drive (drive originally meaning to force an animal along), or ride (ride originally meaning to go on horseback), or walk (originally meaning to travel about in public), then talking about getting some place without specifying how becomes difficult. The word go, originally meaning to walk, generalized so that an English speaker can now say I am going to town this morning without having to specify how he gets there. Carry generalized from transporting specifically in a conveyance of some sort to transporting by bearing up in general: The wind carried the seed, and so on.


 上掲の一覧には,広い意味と狭い意味が完全に推移 (shift) しきった例ばかりではなく,古いほうの語義も残存し,新旧が並存している pillsanctuary などの例も少なくない.

 ・ Williams, Joseph M. Origins of the English Language: A Social and Linguistic History. New York: Free P, 1975.

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2015-01-27 Tue

#2101. Williams の意味変化論 [semantic_change][semantics][causation][unidirectionality][synaesthesia][register]

 Williams の英語史を読んでいて,意味変化の扱いが本格的であり(7章と8章を意味変化に当てている),数ある英語史概説書のなかでも比較的よくまとまっているように感じた.以下,いくつかコメントしたい.
 Williams (170) は意味変化の局面を "reasons", "mechanism", "consequences" の3種に分けて考えようとしている.この洞察により,意味変化の分類に関してもつれていた頭が少しクリアになったように思う.というのは,従来の分類ではこれらの局面があまり明示的に区別されてこなかったからだ.本ブログでも意味変化(の原因)の分類について「#473. 意味変化の典型的なパターン」 ([2010-08-13-1]),「#1109. 意味変化の原因の分類」 ([2012-05-10-1]),「#1873. Stern による意味変化の7分類」 ([2014-06-13-1]),「#1953. Stern による意味変化の7分類 (2)」 ([2014-09-01-1]),「#1973. Meillet の意味変化の3つの原因」 ([2014-09-21-1]),「#2060. 意味論の用語集にみる意味変化の分類」 ([2014-12-17-1]) で取り上げてきたが,いまだ決定的な分類というものはないといってよい.分類法は,論者の数だけあるといっても過言ではないほどだ.Stern も繰り返し示唆しているように,2つの意味変化の動機づけが同じタイプだったとしても異なるタイプに帰結することはあるし,逆に帰結のタイプは同じであっても,経由した過程のタイプは異なるというような意味変化もある.また,異なる複数の要因が絡み合って,1つの意味変化が発生するということもごく普通にみられる.そもそも意味変化の分類といっても,意味変化のどの局面に注目して分類するかという考え方の問題もあり,一筋縄ではいかなかったのだ.Williams も特に何か新しいことを述べているわけではないのだが,"reasons", "mechanism", "consequences" の3局面を区別している点が評価できる.
 また,Williams は意味変化の法則 (semantic laws) の話題に1節を割いている (207--10) .この話題については「#1756. 意味変化の法則,らしきもの?」 ([2014-02-16-1]),「#1759. synaesthesia の方向性」 ([2014-02-19-1]),「#1955. 意味変化の一般的傾向と日常性」 ([2014-09-03-1]) の記事などで触れてきたが,Williams (207) も,意味変化の法則とはいわずとも傾向として指摘できることとして,伝統的で無難な項目をいくつか挙げている.

1. Words for abstractions will generally develop out of words for physical experience: comprehend, grasp, explain, and so on.
2. Words originally indicating neutral condition tend to polarize: doom, frame, predicament, luck, merit.
3. Words originally indicating strong emotional response tend to weaken as they are used to exaggerate: awful, terrific, tremendous.
4. Insulting words tend to come from names of animals or lower classes: rat, dog, villain, cad
5. Metaphors will be drawn from those aspects of experience most relevant to us: eye of a needle, finger of land; or most intense in our experience: turn on, spaced out, freaked out, for example.


 Williams (208) は,より強力な意味変化の法則の例として「#1756. 意味変化の法則,らしきもの?」 ([2014-02-16-1]) で触れた中英語期に生じた「速く」→「すぐに」の意味変化を取り上げているが,これは「将来を取り込む法則」ではなく「過去についての限定された一般化」であると評している.もう少し法則の名に値するものとしては,Basic Color Terms にみられる通言語的な方向性と,自らが提唱する共感覚 (synaesthesia) の方向性を挙げている(後者については,「#1759. synaesthesia の方向性」 ([2014-02-19-1]) を参照).Williams によれば,「意味変化の法則」にかなうのは,"universals of change which, because they are so regular and so general, reflect internal influences either peculiar to the particular language or to human language and cognition in general" (208) であるようだ.
 Williams は,意味変化と関連して slang, argot, cant, jargon といった使用域の「低い」語にも注目しており,著書の副題 "A Social and Linguistic History" にふさわしい社会言語学的な観点からの洞察が光っている.

 ・ Stern, Gustaf. Meaning and Change of Meaning. Bloomington: Indiana UP, 1931.
 ・ Williams, Joseph M. Origins of the English Language: A Social and Linguistic History. New York: Free P, 1975.
 ・ Williams, Joseph M. "Synaesthetic Adjectives: A Possible Law of Semantic Change." Language 52 (1976): 461--78.

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2015-01-26 Mon

#2100. 近代フランス語に基づく「語源的綴字」 [french][spelling][etymological_respelling][lmode]

 初期近代英語の語源的綴字に関する話題は,通常,ルネサンス期のラテン語熱の所産であるとして語られる.仰ぎ見るべきお手本は,優に千年以上踏み固められてきたラテン語の綴字であり,英語もフランス語から譲り受けた「崩れた」形ではなく,少しでもラテン語本家の形に近づくべきだ,と.そうしてみると,近代英語は,直前数世紀のあいだ一目おいていたフランス語に追いつき,さらに追い越さんという勢いのなかで,さらなる高みにあるラテン語の威光を目指していたということになる.では,フランス語はもはや英語の綴字に模範を与えるような存在ではなくなっていたということだろうか.例えば,フランス借用語などにおいてフランス語の綴字に基づいた綴りなおしという現象はなかったのだろうか.
 ラテン語に基づいた語源的綴字の影で目立たないが,そのような例は後期近代英語期に見られる.「#594. 近代英語以降のフランス借用語の特徴」 ([2010-12-12-1]) 及び「#678. 汎ヨーロッパ的な18世紀のフランス借用語」 ([2011-03-06-1]) の記事でみたように,17世紀後半から18世紀にかけては,フランス様式やフランス文化が大流行した時期である.この頃英語へ借用されたフランス単語は,フランス語の綴字と発音のままで受け入れられ現在に至っているものが多いという特徴をもつが,より早い段階に英語へ借用されていたフランス単語が,改めて近代フランス語風に綴りなおされるという例もあった.
 例えば,Horobin (134) は,bisketbiscuit へ,blewblue へ綴りなおされたのは,当時のフランス語綴字が参照されたためとしている.実際には,biscuit は19世紀の綴りなおし,blue は18世紀からの綴じなおしである.ここで起こったことは同時代のフランス語の綴字を参照して綴りなおしたにすぎず,ラテン語の事例にならって「語源的綴字」と呼ぶのは必ずしも正確ではなく,むしろフランス語からの再借用と称しておくべきものかもしれないが,表面的には「語源的綴字」と似た側面があり興味深い.最終的にフランス語式の綴字が採られて定着した例として「#299. explain になぜ <i> があるのか」 ([2010-02-20-1]),「#300. explain になぜ <i> があるのか (2)」 ([2010-02-21-1]) で取り上げた <explain> もあるので,参照されたい.
 だが,いかんせん例は少ないように思われる.ほかの手段で調べれば類例がもっと出てくるかもしれないが,そのために調査すべき期間は17世紀後半から19世紀前半くらいまでの間というところか.というのは,近代英語期のフランス語借用の流行期は18世紀がピークであり,世紀末のフランス革命以後は,貴族の威信が下落し,中流階級が台頭してくるにしたがってフランス様式の流行は下火になったからだ.
 語源的綴字という実践の背後にある原動力の1つは,流行と威信の言語に,せめて綴定上だけでもあやかりたいと思う憧れの気持ちである.その点においては,初期近代英語のラテン語ベースの語源的綴字も後期近代英語のフランス語ベースの「語源的綴字」も共通している.

 ・ Horobin, Simon. Does Spelling Matter? Oxford: OUP, 2013.

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2015-01-25 Sun

#2099. faultl [etymological_respelling][spelling][pronunciation][dialect][johnson]

 「#192. etymological respelling (2)」 ([2009-11-05-1]) のリストにあるとおり,現代英語の fault の綴字に l が含まれているのは語源的綴字によるものである.語源的綴字は典型的には初期近代英語期のラテン語熱の高まった時代の所産といわれるが,実はもっと早い例も少なくない.fault も14世紀末の Gower ((a1393) Gower CA (Frf 3) 6.286) に "As I am drunke of that I drinke, So am I ek for falte of drinke." として初出する.実在のラテン単語で直接の起源とされる語はないが,仮説形 *fallitum が立てられている.フランス語でも15--17世紀に fautefaulte の形で現われている.英語で l を含む綴字が標準となったのは17世紀以降だが,発音における /l/ の挙動はその前後で安定しなかった.
 OED によると,17--18世紀の Pope や Swift において faultthoughtwrought と脚韻を踏んでいたというし,1855年の Johnson の辞書にも "The l is sometimes sounded, and sometimes mute. In conversation it is generally suppressed." と注意書きがある.fault と似たような環境にある l は,近代の正音学者にとっても問題の種だったようで,その様子を Dobson (Vol. 2, §425. fn. 5) がよく伝えている.

Balm, calm, palm, almond, falcon, salmon, &c. should by etymology have no [l], being from OF baume, &c., and normally are recorded without [l]. But some of them had 'learned' OF forms, adopted directly from Latin, which retained [l] . . ., and others came to be spelt with l partly on etymological grounds and partly on the model of psalm, &c., spelt with but pronounced without l; and from the OF 'learned' variants, and perhaps partly from the spelling in combination with the variation in pronunciation in psalm, &c., there arose pronunciations with ME aul, recorded by Salesbury in calm, Bullokar in almond, balm, and calm, Gil in balm (as a 'learned' variant), and Daines in calm (as a variant). . . .
   Variation between pronunciations with and without l in such native words as malt and salt has clearly aided the establishment of the spelling-pronunciations with [l] in fault and vault, in which the orthoepists regularly show the l to be silent, with the following exceptions. Hart once retains l in faults, probably by error; Gil says that most omit the l, but some -pronounce it, and twice gives transcriptions with l elsewhere (in Luick's copy of the 1619 edition a transcription faut is corrected by hand to falt); Tonkis fails to say that the l is silent, and the anonymous reviser (1684) of T. Shelton's Tachygraphy does not omit it (in contrast to this treatment of, for example, balm); and Hodges relegates to his 'near alike' list the paring of fault and fought. Bullokar twice transcribes vault without l, but once retains it.


 fault について近代方言に目を移すと,English Dialect Dictionary には,"FAULT, sb. and v. Var. dial. uses in Sc. Irel. Eng. and Amer. Also in forms faut Sc. Ir. n.Yks.2 e.Yks. n.Lin.1 War. Shr.1 2 Som. w.Som.1; faute Sc.; fowt Suf. [folt, fat, f$t, fout.]" と記載されてあり,数多くの方言に l なしの形態が分布していることがわかる.
 現代標準英語の発音は /fɔːlt/ で安定しており,通常は何の問題意識も生じないだろうが,標準から目をそらせば,そこには別の物語が広がっている.fault を巡る語源的綴字現象の余波は,始まってから数世紀たった今も,確かに続いているのである.

 ・ Dobson, E. J. English Pronunciation 1500--1700. 2nd ed. Vol. 2. Oxford: OUP, 1968.

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2015-01-24 Sat

#2098. 2014年の英語流行語大賞 [lexicology][ads][woy][netspeak][punctuation][adjective]

 去る1月9日,American Dialect Society による 2014年の The Word of the Year が発表された.プレス・リリース (PDF) はこちら
 2014年の大賞は #blacklivesmatter である.新設されたHASHTAG部門からの大賞受賞で,2009年の受賞語 twitter,2012年の受賞語 hashtag に続き,twitter 周辺のメッセージ性が評価されているということだろう.

   The hashtag #blacklivesmatter took on special significance in 2014 after the deaths of Michael Brown in Ferguson, Mo. and Eric Garner in Staten Island, N.Y., and the failure of grand juries to indict police officers in both cases. It became a rallying cry and vehicle for expressing protest, fueled by social media.
   The word hashtag itself was the ADS Word of the Year in 2012. Now, two years later, hashtags were recognized with their own special category in the voting, which was also won by #blacklivesmatter.
   "While #blacklivesmatter may not fit the traditional definition of a word, it demonstrates how powerfully a hashtag can convey a succinct social message," Zimmer said. "Language scholars are paying attention to the innovative linguistic force of hashtags, and #blacklivesmatter was certainly a forceful example of this in 2014."


 MOST LIKELY TO SUCCEED 部門の受賞語 salty とノミネート語 basic はいずれも既存の形容詞だが,新たに生じた語義が注目されているようだ.salty は "exceptionally bitter, angry, or upset" の意味で,basic は "plain, socially awkward, unattractive, uninteresting, ignorant, pathetic, uncool, etc." の意味で新しく用いられているという.いずれも俗語的な響きをもち否定的な評価的意味 (evaluative meaning) を発展させているという点で共通している.関連して,評価的意味とその歴史的発展について「#1099. 記述の形容詞と評価の形容詞」 ([2012-04-30-1]),「#1100. Farsi の形容詞区分の通時的な意味合い」 ([2012-05-01-1]),「#1193. フランス語に脅かされた英語の言語項目」 ([2012-08-02-1]),「#1400. relational adjective から qualitative adjective への意味変化の原動力」 ([2013-02-25-1]) を参照されたい.

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2015-01-23 Fri

#2097. 表語文字,同音異綴,綴字発音 [homography][spelling_pronunciation][grammatology][spelling][homophony][standardisation]

 近代英語期以後,英語の綴字体系が表音的というよりは,表語的(正確には表形態素的)になってきたことについて,以下の記事で取り上げてきた.
 
 ・ 「#1332. 中英語と近代英語の綴字体系の本質的な差」 ([2012-12-19-1])
 ・ 「#1386. 近代英語以降に確立してきた標準綴字体系の特徴」 ([2013-02-11-1])
 ・ 「#2043. 英語綴字の表「形態素」性」 ([2014-11-30-1])
 ・ 「#2058. 語源的綴字,表語文字,黙読習慣 (1)」 ([2014-12-15-1])
 ・ 「#2059. 語源的綴字,表語文字,黙読習慣 (2)」 ([2014-12-16-1])

 考えてみれば,同音異綴 (homophony) や綴字発音 (spelling_pronunciation) という現象は,すぐれて表語文字的な現象である.いずれも表音主義が貫かれていれば,生じる可能性が少ないだろう.ということは,いずれも現代英語の綴字と発音に関する顕著な特徴となっているが,その起源はせいぜい表語主義が発達し始めた初期近代英語期に遡るにすぎないということになる.もちろん,それ以前にも英語の綴字には表語的な用法はなかったわけではないし,原則として表音的だったとはいっても同じ発音の語が写字生次第で様々な綴字として書き表されていたのだから,中英語期にも同音異義や綴字発音という現象そのものは皆無ではなかったろう.ここで主張したいのは,これらの現象が本格的に英語の綴字上の問題として浮かび上がってきたのは近代英語期以降であるということだ.
 もう少し詳しく説明しよう.仮に表音主義が徹底されているとするならば(中英語でも実際には徹底はされていなかったが),同音異義語どうしは異なる語ではあっても書記上同綴字で表されざるを得ない.一方,表音主義にこだわらなければ(したがって表語主義に一歩でも近づくならば),この制限が外されるので,son / sun, plain / plane のような芸当が可能になる.これらの綴字が標準化によって社会的にお墨付きを与えられ固定化すると,書記上同音異義語の区別がつけられるという利便性が感じられることもあり,同音異綴の機能的価値は高まるだろう.
 oftent が読まれるようになってきた例に代表される綴字発音も,その前提に表音主義の衰退(したがって表語主義の発展)が関わっている.発音と綴字が緊密に対応し合っている体系においては,トートロジーだが,発音と綴字がぴたっと一致している.したがって,原則として発音を知っていれば綴字も書けるし,綴字を読めれば発音を再現できる.このような場合には,すべて最初から綴字発音の原則が成り立っているわけであり,取り立てて綴字発音の現象を語るまでもない.取り立てて綴字発音の現象を語る必要が出てくるのは,発音と綴字が大きく乖離し,そのギャップを埋めたいという欲求が感じられるようになってからである.表音主義が崩れているからこそ,表音主義に戻りたいという欲求が働いて綴字発音という現象が生じるのであり,表音主義が健在であればそれは生じるべくもないのだ.この点は,安井・久保田 (75) が鋭く指摘しているとおりである.

つづり字発音なるものは,つづり字と発音が離れていなかった時代においては問題となりえないものであるから,英語のつづり字が表音的でなくなってからのことである.しかも,その非表音的つづり字の語をつづり字どおりに発音しようとする試みが行われうるのは,つづり字法が確立して,特定単語が,それぞれきまった一つのつづり字をもち,また相当に多くの人々が印刷物に親しむようになってからのことであるから,年代的には,そう古いことではない.


 ・ 安井 稔・久保田 正人 『知っておきたい英語の歴史』 開拓社,2014年.

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2015-01-22 Thu

#2096. SUBTLEX-US Word Frequency List [frequency][statistics][corpus][lexicology][zipfs_law][cgi][web_service]

 従来の英語学研究において,権威ある語彙頻度表といえばアメリカ英語に関する Kucera and Francis (1967) のものや,イギリス英語に比重を置いたより新しいものとして CELEX (1993) やその2版 (cf. 「#1424. CELEX2」 ([2013-03-21-1])) がよく用いられてきた.しかし,最近,これらを批判し,新しい手法に基づいたアメリカ英語の語彙頻度表が現われた.ベルギー,ヘント大学の実験心理学科の提供する SUBTLEXus である.左のHPから,SUBTLEXus の一群の頻度表のファイルや記述がダウンドーロできる.
 SUBTLEXus の基盤にあるコーパスは,8388件の映画の字幕の集成であり,総語数は5100万語に及ぶ.SUBTLEXus の頻度表は,Kucera and Francis や CELEX の頻度表と比べて,いくつかの算出された指標においてすぐれていると主張されている.頻度は,見出し語 (lemma) ごとではなく語形 (word form) ごとに数えられており,例えば名詞であれば単数形と -s 語尾などをもつ複数形は別扱いされる(異なる語形は74,286種類).名詞と動詞など複数の品詞として用いられる語形については,それぞれの品詞ごとの頻度にもアクセスできるし,より優勢な品詞 (Dominant POS) のほうへ合算した頻度へもアクセスできる.データには,ほかに何件の映画に現われているか,小文字として現われているのは何回か,頻度の対数を取った指標,Zipf 指標 (cf. 「#1101. Zipf's law」 ([2012-05-02-1])) なども含まれている.これだけの種類のデータが含まれていると,目的とアイデア次第でおおいに有効に利用できるだろう.話し言葉ベースであることも顕著な特徴だ.
 ダウンロードできるいくつかのデータのなかで "a zipped Excel file of SUBTLEX-US with the Zipf values included" をダウンロードし,少しいじってみた.例えば,(1) 全体的に多く現われ,かつ (2) 多くの映画にも現われる語形は,総合的な意味で頻度が高いと考えられるだろう.そこで (1) と (2) に関する対数の指標を掛け合わせて,それを降順に並べて最初の100語を取ると,正真正銘の最頻単語100語が得られるはずだ.省略形の片割れなども含まれているが,以下がそのリストである.

you, I, the, to, s, a, it, t, that, and, of, what, in, me, is, we, this, he, on, for, my, m, your, don, have, do, re, no, be, know, was, not, can, are, all, with, just, get, here, but, there, ll, so, they, like, right, out, go, up, about, she, if, him, got, at, now, come, oh, one, how, well, want, yeah, her, think, good, see, let, did, why, who, as, going, his, will, from, when, back, time, yes, look, d, take, an, where, man, would, them, been, some, or, tell, us, had, were, say, could, gonna, didn, hey


 ほかには,最頻10語,25語,50語,100語,250語,500語,1,000語,2,500語,5,000語,10,000語,25,000語,50,000語,100,000語について,Dominant POS ごとに数え上げてみることもたやすい.「#666. COCA 最頻5000語で品詞別の割合は?」 ([2011-02-22-1]),「#667. COCA 最頻50万語で品詞別の割合は?」 ([2011-02-23-1]),「#1132. 英単語の品詞別の割合」 ([2012-06-02-1]) の記事でも,別のコーパスにより似たような調査を行ったが,SUBTLEX-US 版の調査結果は次のグラフにまとめられる.

Wordform-Based POS Ratios by SUBTLEXus

 以下はおまけの検索ツール (SUBTLEX-US Word Frequency Extractor) .おまけなので,10例までしか結果が出力されない仕様です.SUBTLEXus の提供する複雑な検索も可能な,SUBTLEXus Online Search もどうぞ.

    

Referrer (Inside): [2020-04-08-1] [2018-01-03-1]

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2015-01-21 Wed

#2095. 主観化と間主観化 [subjectification][intersubjectification][unidirectionality][grammaticalisation][face]

 以前の記事で取り上げた「#1980. 主観化」 ([2014-09-28-1]) と「#1981. 間主観化」 ([2014-09-29-1]) について,補足する.トラウゴットによる主観化の定義を,高田ほか (32) により示そう.

語の意味が,[客観的な]事柄や状況ではなく,談話というコミュニケーションにおける話し手(書き手)の[主観的な]視点・態度を,時間の経過のなかで,記号化・明示化するようになるメカニズム (Traugott 2003: 126)


 一方,トラウゴットによる間主観化の定義は,同じく高田ほか (32--33) によると,

「話し手(書き手)が,聞き手(読み手)の「自己」へ向けた注意が明確に表現されること」 (Traugott 2003: 128) と定義できる.ここでいう「注意」とは,「発話で言われている内容に対する,聞き手(読み手)の態度に向けられる注意」と「聞き手(読み手)の面子と,聞き手(読み手)が維持しようとするイメージに対する注意」のことである.間主観化は,「意味が,より聞き手に焦点を置いたものになるメカニズム」であり,「話し手(書き手)が聞き手(読み手)の『自己』へ向けた注意から生じた含意が,時間を経て,記号化・明示化するプロセス(ここでの話し手の注意は,認識的・社会的両方の関心を指す)と定義することができる.したがって,間主観化とは,「歴史的に,主観化よりあとに起こり」,「主観化を基盤として生じる」ものを指すことになるのである (Traugott 2003: 129--130)


 端的に表現すれば,話し手の態度(主観性)がコード化されるのが主観化,話し手の聞き手への配慮(間主観性)がコード化されるのが間主観化といえる.
 主観化と間主観化のプロセスについて歴史言語学の観点から理論的に最も重要な点は,"non-subjective > subjective > intersubjective" という一方向性の仮説が提起されていることだ.この仮説は通言語的に多くの事例により支持されており,同じように一方向性が唱えられている文法化 (grammaticalisation) との相互関係についても議論が交わされている.これらの一方向性の仮説には異論もあるが,いずれにせよ意味変化への語用論の貢献は近年いちじるしい.
 日本語からの主観化と間主観化の例として,丁寧語「?ございます」の発達が挙げられる.もともと室町時代において客観的に「貴人の座がある」を意味していた「御座(名詞)+ある(動詞)」という表現が,16世紀末に音韻的に「ござる」とつづまるとともに意味が素材敬語(話題としている人物を高める敬語)に用いられるようになった.敬語の使用は話者の主観的な判断に関わるのだから,敬語化とは主観化の例にほかならない.後に「ござる」は「?ございます」と形を変え,現在では対者敬語(聞き手を高める敬語)として間主観的に機能している.

 ・ 高田 博行・椎名 美智・小野寺 典子(編著) 『歴史語用論入門 過去のコミュニケーションを復元する』 大修館,2011年.
 ・ Traugott, Elizabeth Closs. "From Subjectification to Intersubjectification." Motives for Language Change. Ed. Raymond Hickey. Cambridge: CUP, 2003. 124--39.

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2015-01-20 Tue

#2094. 「綴字改革への心理的抵抗」の比較体験 [spelling_reform][orthography]

 「#2087. 綴字改革への心理的抵抗」 ([2015-01-13-1]) でみたように,綴字改革に際しての大きな障害となりうるものに,既存の見慣れた綴字体系と新提案とのギャップがある.このギャップが大きければ大きいほど,人々は「生理的に」受け入れを拒むだろう.これを読者に実感させるために,ブルシェ (188) は,The Simplified Spelling Society による「ニュースペリング」 (Nue Speling) とヴァイクによる「規則化英語」 (Regularized Spelling) の2案に基づく綴字で書かれた文章を並べて示した(この2案の歴史的位置づけについては,「#602. 19世紀以降の英語の綴字改革の類型」 ([2010-12-20-1]) を参照).それぞれ1行目に挙げたものが Nue Speling で,2行目が Regularized Spelling である.

Think ov dhe meny wurds dhat wood hav
Think ov the meny wurds that wood hav

to be chaenjd if eny real impruuvment wer to rezult.
to be chainged if eny real improovement wer to rezult.

At dhe furst glaans a pasej in eny reformd speling
At the first glaance a passage in eny reformd speling

looks 'kweer' or 'ugly'. Dhis objekshon iz aulwaez
looks 'queer' or 'ugly'. This objection iz aulwayz

dhe furst to be maed ; it iz purfektly natueral ;
the first to be made : it iz perfectly natural ;

it iz dhe hardest to remuuv.
it iz the hardest to remoove.


 この併記の効果は抜群のように思われる.前者 Nue Speling は既存の伝統的な綴字体系から大きく逸脱しており心理的抵抗が大きいが,後者 Regularized Spelling からの心理的抵抗は相対的にもう少し許せる程度だ.伝統的綴字が維持されている語の割合は,前者が10%,後者が90%であるという.
 心理的な抵抗の大きい Nue Speling を考案したのは,1908年にイギリスで創設された The Simplified Spelling Society だが,この協会のもとで Nue Speling (1910, 1948) に続いて1960年代に Initial Teaching Alphabet が,1992年に Cut Spelling (1992) が発表されるなど,各種の改革案が提示されてきた.B. Brown (1993) からの孫引きではあるが,Crystal (277) に Nue Speling の旧版と新版および Cut Spelling の3種の綴字で書かれた比較できる文章があり,それぞれの特徴と綴字改革案の発展を見て取ることができる.以下に再掲しよう.

Wel, straet in at the deep end!
   Menshond abuv wos the revyzed orthografi kauld Nue Speling (NS), wich wos sed to be 'moderatly strikt' in uezing egzisting leters, combined with the so-kauld dygrafic prinsipl, to repreezent the sounds of the langwej. Inishali developt by the Sosyeti in 1910, the sistem is shoen in this paragraf in its moest reesent vershun as publisht in New Spelling 90.
   Dhis paragraf and dhe nekst uez dhe preevyus vurshon ov NS, publisht in 1948. Dhis vurshon iz much strikter in traking dhe soundz ov dhe langgwej, and its ues ov 'dh' for dhe voist 'th' (az in 'then' in tradishonal speling) iz a noetabl feetuer.
   U wil aulsoe hav noetist bei nou dhat NS results in a hie degree ov chaenj in dhe look ov wurdz, wich moest peepl fiend disturbing --- or eeven regugnant --- on furst akwaentans.
   By way of contrast, we have now swiched to Cut Speling, a wel thot-out exampl of a posibl partial revision. It is based mainly on th principl of cutng redundnt --- and thus usuly misleadng --- leters, plus limitd letr substitutions. Th resulting chanje in th apearance of words is not nearly so intrusive as with NS.
   Wethr or not CS or NS as demonstrated here ar found acceptbl, som action is seriusly needd to make english esir to use.


 各綴字改革案の背後にある原理は重要だが,それよりも即物的に見栄えが大きく関わっていることが実感としてわかるだろう.いずれの綴字も多少の時間眺めて慣れてしまえば同様に有効であるだろうとは思われるが,問題はその慣れてしまうまでの時間なり努力なりが,たとえどれだけ少ないものであろうと,費やす価値があるのかという点にある.

 ・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003.

Referrer (Inside): [2016-05-05-1]

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2015-01-19 Mon

#2093. <gauge> vs <gage> [spelling][pronunciation][spelling_pronunciation_gap][eebo][clmet][emode][lmode][coha][ame_bre][spelling_pronunciation]

 「#2088. gauge の綴字と発音」 ([2015-01-14-1]) を受けて,<gauge> vs <gage> の異綴字の分布について歴史的に調べてみる.まずは,初期近代英語の揺れの状況を,EEBO (Early English Books Online) に基づいたテキスト・データベースにより見てみよう

Period (subcorpus size)<gage> etc.<gauge> etc.
1451--1500 (244,602 words)0 wpm (0 times)0 wpm (0 times)
1501--1550 (328,7691 words)3.35 (11)0.00 (0)
1551--1600 (13,166,673 words)6.84 (90)0.076 (1)
1601--1650 (48,784,537 words)3.01 (147)0.35 (17)
1651--1700 (83,777,910 words)0.060 (5)0.19 (5)
1701--1750 (90,945 words)0.00 (0)0.00 (0)


 17世紀に <gauge> 系が少々生起するくらいで,初期近代英語の基本綴字は <gage> とみてよいだろう.次に,18世紀以後の後期近代英語に関しては,CLMET3.0 を利用して検索した.

Period (subcorpus size)<gage> etc.<gauge> etc.
1710--1780 (10,480,431 words)51
1780--1850 (11,285,587)1920
1850--1920 (12,620,207)249


 おそらく1800年くらいを境に,それまで非主流派だった <gauge> が <gage> に肉薄し始め,19世紀中には追い抜いていったという流れが想定される.現代英語では BNCweb で調べる限り <gauge> が圧倒しているから,20世紀中もこの流れが推し進められたものと考えられそうだ.
 一方,<gage> の使用も多いといわれるアメリカ英語について COHA で調べてみると,実際のところ現代的には <gauge> のほうが圧倒的に優勢であるし,歴史的にも <gauge> が20世紀を通じて堅調に割合を伸ばしてきたことがわかる.あくまで,現代アメリカ英語では <gage> 「も」使われることがあるというのが実態のようだ.この事実は,「#1739. AmE-BrE Diachronic Frequency Comparer」 ([2014-01-30-1]) により "(?-i)\bgau?g(e|es|ed|ings?)\b" として検索をかけて得られる以下の表からも示唆される.いずれの変種でも <gauge> 系は見られるものの,<gage> 系についてはイギリス英語ではゼロ,アメリカ英語では部分的に使用されるという違いがある.

IDWORD19611991--92ca 2006
Brown (AmE)LOB (BrE)Frown (AmE)FLOB (BrE)AmE06 (AmE)BE06 (BrE)
1gage401010
2gages200010
3gaging1010000
4gauge16151061621
5gauged252110
6gauges011012
7gauging011000


 「#2088. gauge の綴字と発音」 ([2015-01-14-1]) で触れたアメリカ英語での <gage> 綴字の歴史的連続性の問題については,まだ明らかにするところまで行っていないが,<gage> が少々使用されている背景は気になるところだ.アメリカ英語に多いとされる綴字発音 (spelling_pronunciation) の効果なのだろうか.

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2015-01-18 Sun

#2092. アルファベットは母音を直接表わすのが苦手 [grammatology][grapheme][vowel][alphabet][greek][latin][spelling][digraph][diacritical_mark]

 「#1826. ローマ字は母音の長短を直接示すことができない」 ([2014-04-27-1]) で取り上げた話題をさらに推し進めると,標記のように「アルファベットは母音を直接表わすのが苦手」と言ってしまうこともできるかもしれない.この背景には3千年を超えるアルファベットの歴史がある.
 「#423. アルファベットの歴史」 ([2010-06-24-1]) でみたように,古代ギリシア人は子音文字であるフェニキアのアルファベットを素材として今から3千年ほど前に初めて母音字を創案したとされるが,その創案は,ギリシア語の子音表記にとって余剰的なフェニキア文字のいくつかをギリシア語の母音に当ててみようという,どちらかというと消極的な動機づけに基づいていた.つまり,母音を表す母音字を発明しようという積極的な動機があったわけではない.実際,ギリシア語の様々な母音を正確に表わそうとするならば,フェニキア・アルファベットからのいくつかの余剰的な文字だけでは明らかに数が不足していた.だが,だからといって新たな母音字を作り出すというよりは,あくまで伝統的な文字セットを用いて子音と同時にいくつかの母音「も」表わせるように工夫したということだ.フェニキア文字以後のローマン・アルファベットの歴史的発展の記述を Horobin (48--49) より要約すると,次のようになる.

The Origins of the Roman alphabet lie in the script used by Phoenician traders around 1000 BC. This was a system of twenty-two letters which represented the individual consonant sounds, in a similar way to modern consonantal writing systems like Arabic and Hebrew. The Phoenician system was adopted and modified by the Greeks, who referred to them as 'Phoenician letters' and who added further symbols, while also re-purposing existing consonantal symbols not needed in Greek to represent vowel sounds. The result was a revolutionary new system in which both vowels and consonants were represented, although because the letters used to represent the vowel wounds in Greek were limited to the redundant Phoenician consonants, a mismatch between the number of vowels in speech and writing was created which still affects English today.


 この消極的な母音字の創案とその伝統は,そのままエトルリア文字,それからローマ字へも伝わり,結果的には現代英語にもつらなっている.もちろん,英語史を含め,その後ローマ字を用いてきた多くの言語変種の歴史的段階において,母音をより正確に表わす方法は編み出されてきた.英語史に限っても,二重字 (digraph) など文字の組み合わせにより,ある母音を表すということはしばしば行われてきたし,magic <e> (cf. 「#1289. magic <e>」 ([2012-11-06-1])) にみられるような発音区別符(号) (diacritical mark; cf. 「#870. diacritical mark」 ([2011-09-14-1])) 的な <e> の使用によって先行母音の音質や音量を表す試みもなされてきた.だが,現代英語においても,これらの方法は間接的な母音表記にとどまり,ずばり1文字で直接ある母音を表記するという作用は限定的である.数千年という長い時間の歴史的視座に立つのであれば,これはアルファベットが子音文字として始まったことの呪縛とも称されるものかもしれない.

 ・ Horobin, Simon. Does Spelling Matter? Oxford: OUP, 2013.

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2015-01-17 Sat

#2091. <w> に後続する母音の発音 [pronunciation][spelling][vowel][assimilation]

 現代英語で母音字 <a> は様々な母音に対応するが,多くは cat /kæt/ や face /feɪs/ に代表される /æ/ か /eɪ/ かである.特に注意を要するのは,<w> の後に <a> が続くケースである.want, war は通常の綴字と発音の規則に従えばそれぞれ */wænt/, */wɑː/ となりそうだが,実際には /wɒnt/, /wɔː/ である.音声学的にいえば,母音が予想されるよりも後ろ寄りかつ円唇となる.<w> で表される半母音 [w] 自体が著しく後ろ寄りで円唇であるため,その特徴が後続する母音にも影響を与えたという意味で,一種の進行同化を反映しているものととらえられる.swan, wan, what, dwarf などにより,この効果を確認されたい.
 ただし,上のような例を説明する小規則にも例外が多いので注意が必要である.具体的には,短音の a に軟口蓋音 [k, g, ŋ] が続く場合には,上記の同化が阻止され,大規則で予想される通りの前舌母音 /æ/ になる (ex. wax; wag, wigwag, swag, swagger; twang, wangle) .
 また,活用形においても a は大規則で予想される通りになり,同化の影響は反映されない (ex. swam /swæm/, worn /wɔːn/) .
 <w> の影響は,同じ [w] 音を含む <qu> にもおよそ当てはまる.quality は予想される */ˈkwæləti/ ではなく,後ろ寄りで円唇化した母音を示す /ˈkwɒləti/ である.squat も同様であり,r が後続するときには quarry /ˈkwɔːri/, quarter /ˈkwɔːtə/ のようになるのも,<w> の場合と同じだ.<qu> についての例外も <w> の場合とおよそ同じであり,軟口蓋音が続く quack では /kwæk/ となる.ただし,quaffquagmire など両母音の間で揺れを示すものもあり,個々に考える必要がある.
 上では,<wa>- と <qua>- について見てきたが,<wo>- と <quo>- についても少し触れておこう.<o> から予想される短音は /ɒ/ であり,wobble, wok, quod, quondam などに示されるが,<wo>- については won /wʌn/, wolf /wʊlf/ など異なる母音が対応するケースもある.<wor>- については,通常は /wəː/ (ex. word, world, work, worm) だが,/wɔː/ (ex. wore , sworn) となることもある.
 <w> で表される /w/ はその調音上の著しい特徴により後続母音が影響を受けやすいが,他の音環境や類推などの作用も働くため,綴字と発音の関係づけについて一般化が難しい現状となっている.詳しくは,大名 (41--43) を参照されたい.

 ・ 大名 力 『英語の文字・綴り・発音のしくみ』 研究社,2014年.

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2015-01-16 Fri

#2090. 補充法だらけの人称代名詞体系 [personal_pronoun][suppletion][etymology][indo-european][paradigm]

 英語における人称代名詞体系の歴史は,それだけで本を書けてしまうほど話題が豊富である.今回は,(現代)英語の人称代名詞の諸形態が複数の印欧語根に遡ること,人称代名詞体系が複数語根の寄せ集め体系であることを示したい.換言すれば,人称代名詞体系が補充法の最たる例であることを指摘したい(安井・久保田, pp. 44--46).

PDE Personal Pronoun Paradigm as Suppletive

 色別にくくった表に示したとおり,8つの異なる語根が関与している.初期近代英語までは,2人称代名詞に単数系列の thou----thee--thyself--thy--thine も存在しており,印欧祖語の *tu- というまた異なる語根に遡るので,これを含めれば9つの語根からなる寄せ集めということになる.
 それぞれ印欧祖語の語根を示せば,I は *egme 以下は *me-,we は *weisus 以下は *n̥s に遡る (cf. 「#36. rhotacism」 ([2009-06-03-1])) .you 系列は *yu-,he 系列は *ki- に遡る.it 系列で語頭の /h/ の欠けていることについては,「#467. 人称代名詞 it の語頭に /h/ があったか否か」 ([2010-08-07-1]) を参照.they 系列は古ノルド語形の指示代名詞 þeir (究極的には印欧祖語の指示詞 *so などに遡る)に由来する.she は独立しているが,その語源説については「#827. she の語源説」 ([2011-08-02-1]) を始め she の各記事で取り上げてきたので,そちらを参照されたい.
 本来,屈折とは同語根の音を少しく変異させて交替形を作る作用を指すのだから,この表を人称代名詞の「屈折」変化表と呼ぶのは,厳密には正しくない.Imy とは正確にいえば屈折の関係にはないからだ.むしろ単に人称代名詞変化表と呼んでおくほうが正確かもしれない.
 パラダイムを史的に比較対照するには「#180. 古英語の人称代名詞の非対称性」 ([2009-10-24-1]),「#181. Chaucer の人称代名詞体系」 ([2009-10-25-1]),「#196. 現代英語の人称代名詞体系」 ([2009-11-09-1]) を順に参照されたい.

 ・ 安井 稔・久保田 正人 『知っておきたい英語の歴史』 開拓社,2014年.

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2015-01-15 Thu

#2089. Baugh and Cable の英語史概説書の目次 [historiography][hel_education][toc]

 「#2007. Gramley の英語史概説書の目次」 ([2014-10-25-1]),「#2038. Fennell の英語史概説書の目次」 ([2014-11-25-1]),「#2050. Knowles の英語史概説書の目次」 ([2014-12-07-1]) に続き,英語史概説書の目次を抜粋するシリーズ.今回は,6版を重ねる英語史の古典的かつ現役の名著 Baugh and Cable の A History of the English Language より.私が学生のときに読んだのは古い版だったが,英語の読みやすさと引き込むような文体で英語史の魅力にとりつかれた.
 2013年に出版された最新版6版では,現代英語と英語の未来を扱う1章と12章に大幅な改訂と追加が見られるほか,初期近代英語の章でコーパス言語学の成果を紹介するなど,英語史研究の進展に沿ったヴァージョンアップがなされている.私自身による読み上げ音声ファイルはこちら

1 English Present and Future
   1. The History of the English Language as a Cultural Subject
   2. Influences at Work on Language
   3. Growth and Decay
   4. The Importance of a Language
   5. The Importance of English
   6. The Future of the English Language: Demography
   7. External and Internal Aspects of English
   8. Cosmopolitan Vocabulary
   9. Inflectional Simplicity
   10. Natural Gender
2 The Indo-European Family of Languages
   11. Language Constantly Changing
   12. Dialectal Differentiation
   13. The Discovery of Sanskrit
   14. Grimm's Law
   15. The Indo-European Family
   16. Indian
   17. Iranian
   18. Armenian
   19. Hellenic
   20. Albanian
   21. Italic
   22. Balto-Slavic
   23. Germanic
   24. Celtic
   25. Twentieth-century Discoveries
   26. The Home of the Indo-Europeans
3 Old English
   27. The Languages in England before English
   28. The Romans in Britain
   29. The Roman Conquest
   30. Romanization of the Island
   31. The Latin Language in Britain
   32. The Germanic Conquest
   33. Anglo-Saxon Civilization
   34. The Names "England" and "English"
   35. The Origin and Position of English
   36. The Periods in the History of English
   37. The Dialects of Old English
   38. Old English Pronunciation
   39. Old English Vocabulary
   40. Old English Grammar
   41. The Noun
   42. Grammatical Gender
   43. The Adjective
   44. The Definite Article
   45. The Personal Pronoun
   46. The Verb
   47. The Language Illustrated
   48. The Resourcefulness of the Old English Vocabulary
   49. Self-explaining Compounds
   50. Prefixes and Suffixes
   51. Syntax and Style
   52. Old English Literature
4 Foreign Influences on Old English
   53. The Contact of English with Other Languages
   54. The Celtic Influence
   55. Celtic Place-Names and Other Loanwords
   56. Three Latin Influences on Old English
   57. Chronological Criteria
   58. Continental Borrowing (Latin Influence of the Zero Period)
   59. Latin through Celtic Transmission (Latin Influence of the First Period)
   60. Latin Influence of the Second Period: The Christianizing of Britain
   61. Effects of Christianity on English Civilization
   62. The Earlier Influence of Christianity on the Vocabulary
   63. The Benedictine Reform
   64. Influence of the Benedictine Reform on English
   65. The Application of Native Words to New Concepts
   66. The Extent of the Influence
   67. The Scandinavian Influence: The Viking Age
   68. The Scandinavian Invasions of England
   69. The Settlement of the Danes in England
   70. The Amalgamation of the Two Peoples
   71. The Relation of the Two Languages
   72. The Tests of Borrowed Words
   73. Scandinavian Place-names
   74. The Earliest Borrowing
   75. Scandinavian Loanwords and Their Character
   76. The Relation of Borrowed and Native Words
   77. Form Words
   78. Scandinavian Influence outside the Standard Speech
   79. Effect on Grammar and Syntax
   80. Period and Extent of the Influence
5 The Norman Conquest and the Subjection of English, 1066--1200
   81. The Norman Conquest
   82. The Origin of Normandy
   83. The Year 1066
   84. The Norman Settlement
   85. The Use of French by the Upper Class
   86. Circumstances Promoting the Continued Use of French
   87. The Attitude toward English
   88. French Literature at the English Court
   89. Fusion of the Two Peoples
   90. The Diffusion of French and English
   91. Knowledge of English among the Upper Class
   92. Knowledge of French among the Middle Class
6 The Reestablishment of English, 1200--1500
   93. Changing Conditions after 1200
   94. The Loss of Normandy
   95. Separation of the French and English Nobility
   96. French Reinforcements
   97. The Reaction against Foreigners and the Growth of National Feeling
   98. French Cultural Ascendancy in Europe
   99. English and French in the Thirteenth Century
   100. Attempts to Arrest the Decline of French
   101. Provincial Character of French in England
   102. The Hundred Years' War
   103. The Rise of the Middle Class
   104. General Adoption of English in the Fourteenth Century
   105. English in the Law Courts
   106. English in the Schools
   107. Increasing Ignorance of French in the Fifteenth Century
   108. French as a Language of Culture and Fashion
   109. The Use of English in Writing
   110. Middle English Literature
7 Middle English
   111. Middle English a Period of Great Change
   112. From Old to Middle English
   113. Decay of Inflectional Endings
   114. The Noun
   115. The Adjective
   116. The Pronoun
   117. The Verb
   118. Losses among the Strong Verbs
   119. Strong Verbs That Became Weak
   120. Survival of Strong Participles
   121. Surviving Strong Verbs
   122. Loss of Grammatical Gender
   123. Middle English Syntax
   124. French Influence on the Vocabulary
   125. Governmental and Administrative Words
   126. Ecclesiastical Words
   127. Law
   128. Army and Navy
   129. Fashion, Meals, and Social Life
   130. Art, Learning, Medicine
   131. Breadth of the French Influence
   132. Anglo-Norman and Central French
   133. Popular and Literary Borrowings
   134. The Period of Greatest Influence
   135. Assimilation
   136. Loss of Native Words
   137. Differentiation in Meaning
   138. Curtailment of OE Processes of Derivation
   139. Prefixes
   140. Suffixes
   141. Self-explaining Compounds
   142. The Language Still English
   143. Latin Borrowings in Middle English
   144. Aureate Terms
   145. Synonyms at Three Levels
   146. Words from the Low Countries
   147. Dialectal Diversity of Middle English
   148. The Middle English Dialects
   149. The Rise of Standard English
   150. The Importance of London English
   151. The Spread of the London Standard
   152. Complete Uniformity Still Unattained
8 The Renaissance, 1500--1650
   153. From Middle English to Modern
   154. The Great Vowel Shift
   155. Weakening of Unaccented Vowels
   156. Changing Conditions in the Modern Period
   157. Effect upon Grammar and Vocabulary
   158. The Problems of the Vernaculars
   159. The Struggle for Recognition
   160. The Problem of Orthography
   161. The Problem of Enrichment
   162. The Opposition to Inkhorn Terms
   163. The Defense of Borrowing
   164. Compromise
   165. Permanent Additions
   166. Adaptation
   167. Reintroductions and New Meanings
   168. Rejected Words
   169. Reinforcement through French
   170. Words from the Romance Languages
   171. The Method of Introducing New Words
   172. Enrichment from Native Sources
   173. Methods of Interpreting the New Words
   174. Dictionaries of Hard Words
   175. Nature and Extent of the Movement
   176. The Movement Illustrated in Shakespeare
   177. Shakespeare's Pronunciation
   178. Changes Shown through Corpus Linguistics
   179. Grammatical Features
   180. The Noun
   181. The Adjective
   182. The Pronoun
   183. The Verb
   184. Usage and Idiom
   185. General Characteristics of the Period
9 The Appeal to Authority, 1650--1800
   186. The Impact of the Seventeenth Century
   187. The Temper of the Eighteenth Century
   188. Its Reflection in the Attitude toward the Language
   189. "Ascertainment"
   190. The Problem of "Refining" the language
   191. The Desire to "Fix" the Language
   192. The Example of Italy and France
   193. An English Academy
   194. Swift's Proposal, 1712
   195. Objection to an Academy
   196. Substitutes for an Academy
   197. Johnson's Dictionary
   198. The Eighteenth-century Grammarians and Rhetoricians
   199. The Aims of the Grammarians
   200. The Beginnings of Prescriptive Grammar
   201. Methods of Approach
   202. The Doctrine of Usage
   203. Results
   204. Weakness of the Early Grammarians
   205. Attempts to Reform the Vocabulary
   206. Objections to Foreign Borrowings
   207. The Expansion of the British Empire
   208. Some Effects of Expansion on the Language
   209. Development of Progressive Verb Forms
   210. The Progressive Passive
10 The Nineteenth and Twentieth Centuries
   211. Influences Affecting the Language
   212. The Growth of Science
   213. Automobile, Film, Broadcasting, Computer
   214. The World Wars
   215. Language as a Mirror of Progress
   216. Sources of the New Words: Borrowings
   217. Self-explaining Compounds
   218. Compounds Formed from Greek and Latin Elements
   219. Prefixes and Suffixes
   220. Coinages
   221. Common Words from Proper Names
   222. Old Words with New Meanings
   223. The Influence of Journalism
   224. Changes of Meaning
   225. Slang
   226. Register
   227. Accent
   228. British and Irish English
   229. English World-Wide
   230. Pidgins and Creoles
   231. Spelling Reform
   232. Purist Efforts
   233. Gender Issues and Linguistic Change
   234. The Oxford English Dictionary
   235. Grammatical Tendencies
   236. Verb-adverb Combinations
   237. A Liberal Creed
11 The English Language in America
   238. The Settlement of America
   239. The Thirteen Colonies
   240. The Middle West
   241. The Far West
   242. Uniformity of American English
   243. Archaic Features in American English
   244. Early Changes in the Vocabulary
   245. National Consciousness
   246. Noah Webster and an American Language
   247. Webster's Influence on American Spelling
   248. Webster's Influence on American Pronunciation
   249. Pronunciation
   250. The American Dialects
   251. The Controversy over Americanisms
   252. The Purist Attitude
   253. Present Differentiation of Vocabulary
   254. American Words in General English
   255. Scientific Interest in American English
   256. American English and World English
12 The Twenty-first Century
   257. The Future of English: Three Circles
   258. How Many Speakers?
   259. Cross-linguistic Influence and the Spread of Languages
   260. The Relative Difficulty of Languages
   261. The Importance of Chinese
   262. India and the Second Circle
   263. The Expanding Circle
   264. Coming Full Circle


 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.

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2015-01-14 Wed

#2088. gauge の綴字と発音 [spelling][pronunciation][spelling_pronunciation_gap]

 <gauge> と綴って /geɪʤ/ と発音する.アメリカ英語ではもっと単純に <gage> と綴ることも多いが,辞書の見出しでも <gauge> の綴字が一般的のようだ.15世紀初めに「計量ざお」を意味する Anglo-Norman の gauge (現代フランス語 jauge)から英語へ入ったが,それ以前の語源については不確かなことが多い.フランク語の *galgo (計量ざお)に遡り,古高地ドイツ語 galgo (gallows;つるし台) と関連があるという説がある.
 いずれにせよ,英語に入ったときにはすでに <gauge> という綴字が行われていたようだが,発音についてはどうだったのだろうか.語源辞書の類いでは,フランス借用語 sauf が後に safe /seɪf/ となったり,「#540. Ralph の発音」 ([2010-10-19-1]) で触れたように Ralph が /reɪf/ と発音されたりする例が,関連して参照されている.ここで,<au>, <al> で表わされた /aʊ/ に近い二重母音が前寄りに長母音化して /aː/ の発音を生み,これが大母音推移の入力となり最終的に /eɪ/ が出力されたという過程を想定できるだろう.Jespersen (83) によれば,唇音や /(n)ʤ/ 音の前位置で /au/ > /aː/ と変化した例として,OF sauf > safe のほか,OF saufe > save, ONF waufre > wafer (cf. 「#75. ワッフルの仲間たち」 ([2009-07-12-1])) などを挙げている.上述の Ralph もこの変化と同列にみることができるだろう.
 一方でこの語が英語へ借用された当初から <gage> の綴字も並行して用いられていたということに注意したい.つまり,上記の変化の入出力となった母音は共時的には変異の関係にあり,それぞれを忠実に綴字に反映させた <gauge> と <gage> が中英語期中から並存していたということになる.後の標準英語において綴字は前者が,発音は後者が採用されることになり,現在に至るという歴史だ.アメリカの辞書における <gage> の採用は,OED によれば比較的最近のことであるというので,同綴字の中英語からの歴史的連続性について詳しく知りたいところだ.
 現在,gauge は <au> と綴って /eɪ/ と発音する唯一の英単語となっている.関連して /eɪ/ が <ao> と対応する唯一の例として,「#94. gaoljail」 ([2009-07-30-1]) も参照.

 ・ Jespersen, Otto. A Modern English Grammar on Historical Principles. Part 1. Sounds and Spellings. 1954. London: Routledge, 2007.

Referrer (Inside): [2015-01-19-1]

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2015-01-13 Tue

#2087. 綴字改革への心理的抵抗 [spelling_reform][language_planning][orthography][orthoepy]

 英語史では,とりわけ初期近代英語期より数多くの綴字改革が旗揚げされてきた.16世紀後半に限っても,「#1939. 16世紀の正書法をめぐる議論」 ([2014-08-18-1]),「#1940. 16世紀の綴字論者の系譜」 ([2014-08-19-1]) でみたように様々な個性が表音主義あるいは伝統主義の名のもとで正書法 (orthography) と正音法 (orthoepy) を論じ,綴字改革案を提起した.そこでは Hart や Bullokar などの急進派は最終的に破れ,いかほどかでも構成に影響があったと評価されうるのは Mulcaster などの穏健派だった.同様に,後期近代英語期でも「#602. 19世紀以降の英語の綴字改革の類型」 ([2010-12-20-1]),「#634. 近年の綴字改革論争 (1)」 ([2011-01-21-1]),「#635. 近年の綴字改革論争 (2)」 ([2011-01-22-1]),「#468. アメリカ語を作ろうとした Webster」 ([2010-08-08-1]) でみたように数々の改革が立ち上がったなかで,部分的に成功したといえるものは穏健な改革である.
 一般に綴字改革が成功しにくい理由は「#606. 英語の綴字改革が失敗する理由」 ([2010-12-24-1]) で考察した通りだが,とりわけ急進的な改革がほとんどいつも失敗に終わる理由を改めて考えてみると,すでに伝統的な綴字体系と正書法を身につけている者にとって,それと表面的にあまりに異なる綴字は,心理的に受け入れがたいものだからではないか.この際,綴字改革の理論や大義が問題になるというよりは,見栄えが異なっていることに対するある種の本能的な抵抗感が問題となるのではないか.例えば,従来の <the> を <dhe> と綴りなおす改革にあっては,紙面の見栄えは大きく変わる.慣れれしまえば問題ないというのは確かにそうだろうが,綴字改革にとっても最も重要な問題は,慣れてしまうまでの時間,つまり普及の過程にあるのである.
 ブルシェも,あらゆる綴字改革にとって最大の障壁となるのは,現行の正書法に慣れた人々が抱く心理的抵抗,「人々が異質なものを前にした時の本質的な反応」 (213)であると示唆する.では,その本能的ともいえる抵抗感はどこから生じるのだろうか.ブルシェ (203--04) 曰く,

疑いもなく,一つの正書法は一つの慣習を意味している.しかし,それだけではない.正書法は何世紀にも渡って徐々に形成されてきた多数の書記法の蓄積を要約するものであり,一つの言語共同体に固有のものである.正書法は話者にとって文化と伝統そのものである.〔こ〕こで「規則化英語」がスウェーデン人の考案したものであることを思い出してもらいたい.彼は今日国際語とみなされている英語のために,自分の提唱する書記体系の利点を余すところなく書き出した.しかし,その見方,感性,反応の仕方は生粋の英語圏の人間のものとは異なっていたのだ./そのため,計画に関わる方式の性格が「良識的」だからといって,話者の賛同が確実に得られ〔た〕わけではなかった.ヴァイクは現実に即したやり方で慎重に事を運んだにも関わらず,独り(もしくはほぼ独り)で一方的に,新しい約束ごと (contrat) を創っているような印象を多少なりともあたえている.何百万人もの人間の運命を問題にしているだけに,その影響は大きい.彼は,自分の改革の様々な面が人々に受け入れられるかどうかを前もって測ろうとはしなかった.


 近代以後の改革者の多くもこの障壁の大きさに気づいていないわけではなかった.しかし,それもやはり程度の問題であって,自らの推し進める綴字改革の理論と大義――それはしばしば表音主義や語源主義と呼ばれるものだが――に比してこの障壁の重要性を低く見積もっていたには違いない.綴字改革を適用し普及させる段になれば必ずついて回る人々の心理的抵抗を,結局のところ,改革者の多くは見くびっていたということだろう.過去にも未来にも,綴字改革には,果てしなく厳しい条件が課せられている.
 もう1節,ブルシェ (183) から引用して終えよう.

従って,一種の融通のきかない記号変換,つまりは簡略すぎる記号変換に展望を限定しないことが肝要である.それがこの分野(制度的側面)で影響力を持った人々の同意を得られるような方式を創る道であり,伝播に貢献でき,またある書記体系を受け入れさせることに貢献できる道である.これらの修正は中庸を維持すべきであり,大衆や特に教育者の気持ちを損ねたり落胆させたりするものであってはならない.さらに,その修正は効果も大きく,一貫性がなくてはならない.というのも,もしそれが局部的な改善で支配的な原則も全体の方針もなければ,研究者はもちろんのこと,一般人にも拒絶されてしまうであろうから.


 ・ ジョルジュ・ブルシェ(著),米倉 綽・内田 茂・高岡 優希(訳) 『英語の正書法――その歴史と現状』 荒竹出版,1999年.

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2015-01-12 Mon

#2086. Strang 曰く,「中英語は方言の時代」 [popular_passage][me_dialect][dialectology][standardisation][norman_conquest]

 中英語が方言の時代であるということは,「#577. 中英語の密かなる繁栄」 ([2010-11-25-1]) や「#929. 中英語後期,イングランド中部方言が標準語の基盤となった理由」 ([2011-11-12-1]) ほか me_dialect の各記事で直接間接に話題にしてきた.ただし,この謂いに関して誤解してはいけないのは,英語史において方言は中英語期に限らずいつでも行われていたのであり,英語話者は古代から現代に至るまで常に母方言を用いてきたということだ.
 中英語が方言の時代であるとあえて主張するのは,英語史上この時期がある点において特異だからだ.それは,この時代に書き表わされ現在に伝わっているテキストの言葉がすべて方言であるということだ.書き言葉において(そして話し言葉においても)標準英語なるものは存在せず,実際に行われていたものは英語の諸方言にすぎない.中英語の書き手の各々は,これら方言のいずれかを母方言とする方言の話し手であり,書き手でもあった.古英語,近代英語,現代英語にも方言の書き手はいたが,一般にはその時代その時代に確立した(しつつあった)ある種の標準英語で読み書きしたのであり,方言が書き言葉に直接付されるという機会は稀だった.中英語は,書き記されるべき標準英語がなかったという意味で,書き言葉上,方言の時代と呼ばれるのである.
 中英語に標準英語がなかった,より正確にいえば後期まで標準化の兆しすら生じなかったのは,ノルマン征服によって古英語後期の標準英語といえる後期ウェストサクソン方言がその標準的な地位を失い,その後も英語諸方言は圧倒的な権威を誇るフランス語のくびきのもとで標準化の機会さえ与えられなかったからである.「#1919. 英語の拡散に関わる4つの crossings」 ([2014-07-29-1]) で,古英語から中英語にかけての標準英語変種の衰退と消滅を "the first decline" と呼んだとおりである.中英語が方言の時代として現われる前提として,社会的な大異変と,それに伴う社会言語学的な求心力の低下があったのだ.
 中英語が方言の時代であることを最も雄弁に主張したのは Strang (224--25) だろう.以下に引用しておこう.

ME is, par excellence, the dialectal phase of English, in the sense that while dialects have been spoken at all periods, it was in ME that divergent local usage was normally indicated in writing. It was preceded by a phase in which the language had one kind of written standard . . . and followed by a phase in which it had others. It stands alone as having a rich and varied documentation in localised varieties of English, and dialectology is more central to the study of ME than to any other branch of English historical linguistics.


 ・ Strang, Barbara M. H. A History of English. London: Methuen, 1970.

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2015-01-11 Sun

#2085. <ough> の音価 [spelling][pronunciation][phonetics][spelling_pronunciation_gap][gh]

 <gh> の綴字に対応する音価については「#1195. <gh> = /f/ の対応」 ([2012-08-04-1]),「#210. 綴字と発音の乖離をだしにした詩」 ([2009-11-23-1]),「#1902. 綴字の標準化における時間上,空間上の皮肉」 ([2014-07-12-1]),「#1936. 聞き手主体で生じる言語変化」 ([2014-08-15-1]) などで話題にしてきたが,現代英語にどれだけのヴァリエーションがあるのかをまとめてみよう.ブルシェ (145) は,次のようなリストを挙げている.

[au]bough,plough など
[ou]dough,though など
[ɔ:]bought,thought など
[ɔf]cough,trough――変異形 [ɔ:f] もこれら同じ語に存在する
[ʌf]enough,tough など
[ɔk]hough
[u:]through
[ʌp]hiccough
[ə]borough,thorough――最後の二例は [ <ough> が ] アクセントのない音節にある


 <ough> という一続きの綴字に対して,単語によって9種類(ないし10種類)の発音が対応することになる.全体としては30語ほどしかないようなので,この音価の多様性は驚くべき事実である.それぞれの音価がいかなる経緯で生じてきたかを歴史的に説明するとなると実に複雑なのだが,ここでは (1) 中英語の段階での母音の違い,(2) <gh> で表わされていた無声軟口蓋摩擦音 [x] の前位置で母音が変形を受けたり受けなかったりしたこと,(3) 問題の [x] が消失したり唇歯音 [f] へ置換されたこと,(4) 類推による綴りなおし,(5) 無強勢位置における母音の弱化,等の諸要因が異なる段階に異なる語において作用したと述べるにとどめておこう.night における <gh> のように前寄りの無声硬口蓋摩擦音 [ç] が関わる場合にはその後の音変化は直線的で素直なのだが,後寄りの無声軟口蓋摩擦音 [x] が関与すると事態は複雑化するもののようだ.一部詳細は「#1195. <gh> = /f/ の対応」 ([2012-08-04-1]) で触れたし,ブルシェ (145--47) に簡潔な記述があるのでそちらも参照されたい.
 上で全体として30語ほどと述べたが,ざっとデータベースで拾い上げてみると固有名詞と派生語・複合語を除いて以下の34語が挙がった.

although, blough, borough, bough, bought, brough, brought, chough, clough, cough, dough, drought, enough, fought, furlough, hiccough, hough, lough, 'nough, nought, ought, plough, rough, slough, sough, sought, thorough, though, thought, through, tough, tought, trough, wrought


 ・ ジョルジュ・ブルシェ(著),米倉 綽・内田 茂・高岡 優希(訳) 『英語の正書法――その歴史と現状』 荒竹出版,1999年.

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2015-01-10 Sat

#2084. drink--drank--drunkwin--won--won [verb][conjugation][inflection][vowel][oe][homorganic_lengthening][sobokunagimon]

 現代英語の不規則活用を示す動詞,特に語幹の母音交替 ( Ablaut or gradation ) により過去・過去分詞形を作る動詞の多くは,歴史的な強変化動詞に由来する.古英語では現代英語よりも多くの動詞が強変化動詞に属しており,その大半が現代までに弱変化(規則活用)へ移行するか,あるいは廃語となった.動詞のいわゆる強弱移行の歴史については,「#178. 動詞の規則活用化の略歴」 ([2009-10-22-1]) ,「#527. 不規則変化動詞の規則化の速度は頻度指標の2乗に反比例する?」 ([2010-10-06-1]) ,「#528. 次に規則化する動詞は wed !?」 ([2010-10-07-1]),「#764. 現代英語動詞活用の3つの分類法」 ([2011-05-31-1]),「#1287. 動詞の強弱移行と頻度」 ([2012-11-04-1]) などの記事を参照されたい.
 さて,現代英語にまで生きながらえた強変化動詞は,活用の仕方によって標記の drink--drank--drunk のようなABC型や win--won--won のようなABB型など,いくつかの種類に区分されるが,これらは近代英語期以後の標準英語において確立したものと考えてよい.「#492. 近代英語期の強変化動詞過去形の揺れ」 ([2010-09-01-1]) でみたように,近代ではまだ過去形や過去分詞形の母音が揺れを示すものが少なくなかったし,現在でも方言を含む非標準変種では異なる母音が用いられたりする.
 drinkwin の活用タイプの違いや近代英語期に見られる揺れの起源は,古英語の強変化動詞には第1過去(「単数過去」とも)と第2過去(「複数過去」とも)の2種類が区別されていた事実にある.「#42. 古英語には過去形の語幹が二種類あった」 ([2009-06-09-1]) で述べたように,各動詞は主語の数と人称に応じて2つの異なる過去形をもっていた.drink でいえば,不定形 -- 第1過去形 -- 第2過去形 -- 過去分詞形の順に,drincan -- dranc -- druncon -- druncen のように活用し,win については winnan -- wann -- wunnon -- wunnen と活用した(これを活用主要形 (principal parts) と呼ぶ).ところが,中英語以後,屈折体系全体の簡略化の潮流に伴い,これらの動詞の過去形は2種類の形態を区別する機会を減らしていった.かつての第1過去形か第2過去形のうちいずれかが優勢となり徐々に唯一の過去形として機能していくことになったが,この過程は想像される以上に複雑であり,近代英語期までに形態が定着せず,激しい揺れを示したり方言差や個人差の著しい動詞も多かった.drink はたまたま第1過去 dranc に由来する形態が標準英語の過去形として定着することになり,win についてはたまたま第2過去 wunnan の形態(後に won と綴られ /wʌn/ と発音される)に由来する形態が採用されたということである.
 第1過去形か第2過去形のいずれが採用されることになるかを決定づける要因は特定できない.drincanwinnan の属する強変化第3類の他の動詞について調べてみると,drinkcan のように後に第1過去形が採用されたものには hringan, scrincan, sincan, singan, springan, swimman があり,winnan のように第2過去形が採られたものには clingan, spinnan, stingan, wringan がある.しかし,非標準変種では過去形に別の母音をもつ形態が用いられるケースも少なくない.例えば,sing の過去形は標準変種では sang だが,非標準変種で sung が用いられることもある.また,spin の過去形も標準変種では spun だが,それ以外の変種では span もありうる,等々(岩崎,p. 76).
 なお,bindan, findan, grindan, windan も強変化第3類の動詞で,いずれも後に第2過去形が採用されたタイプである (ex. bound, found, ground, wound) .この母音は,初期中英語で生じた同器性長化 (homorganic_lengthening) により長くなり,さらに後に大母音推移 (gvs) により2重母音化した /aʊ/ をもつに至っている点で,winnan のタイプとは少々異なる音韻的経緯を辿った.

 ・ 岩崎 春雄 『英語史』第3版,慶應義塾大学通信教育部,2013年.

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2015-01-09 Fri

#2083. She'll make a good wife. の構文 [syntax][verb]

 現代英語で半ば化石化した構文として知られているものに,標記の構文がある.この make の意味・機能は become に近く,学校文法でいえば主格補語を要求する不完全自動詞であるといわれ,その構文は5文型の枠組みいえば SVC とされる.一方,「彼にとって」の意味を加えて She'll make him a good wife. と表現することもでき,hima good wife であるから,この構文は SVOO と解釈できる.ここで両構文が関係しているものと解するならば,もとの She'll make a good wife. はむしろ SVO 構文と分析したくなる.このような事情で,標記の構文は SVC とも SVO ともつかない,両方の特性を兼ね備えた不思議な構文ということになる.解釈の仕方は,統語理論によってもまちまちである.
 この構文はときに再帰代名詞の省略と説明されることがあるが,その説明には,共時的にも通時的にも確たる裏付けがない.共時的には,She'll make herself a good wife. は文法上もちろん可能だが,標記の構文の代用として現われることはあまりない.また,通時的にも,代名詞を含む構文が原型としてあり,そこから再帰代名詞が省略されてこの構文ができたという歴史的過程を確認することはできない.むしろ,歴史的には make の「作る」という原義と目的語を要求する原用法から発展してきた構文の1つにすぎない.OED (語義24)によると,この構文で用いられる make の語義は,"Of a person: to become by development or training. Also, with object a noun modified by good, bad, or other adjective of praise or the contrary: to perform well (ill, etc.) the part or function of." と記述される.主語の表わす人が発展や訓練を経てあるものへと化ける,というほどの意味を表わし,前者に後者となるための素質が備わっていることが含意されている点で become とは異なる.素材と産物の関係とでもいおうか.この用法が,素材と産物の関係を示す make の他の用法からの派生物であることは,現代英語の次のような例から分かる.

 ・ Northern Spies make the best apple pie.
 ・ The platycodon makes a fine pot plant for a cool greenhouse.
 ・ The Morello Cherry, and other deepe coloured pleasant Cherries, no doubt would make a speciall good wine.
 ・ Hydrogen and oxygen make water.
 ・ The clothes don't make the gentleman.


 このような素材と産物を表現する make の用法は,OED の例文をみる限りおよそ中英語に起源をもつようだ.もっとも語義は連続体なので,ものによっては古英語に遡るともいえる.OED の語義24に関する限り,その初出例文は中英語末期の "a1470 Malory Morte Darthur (Winch. Coll. 13) (1990) I. 295, I undirtake he is a vylayne borne, and never woll make man." であり,案外と新しい.近現代英語からの例文をいくつか挙げておこう.

 ・ 1572 H. Middlemore in H. Ellis Orig. Lett. Eng. Hist. (1827) 2nd Ser. III. 8, I think he [sc. the Duke of Anjou] will make as rare a prince as any is in Christendome.
 ・ a1616 Shakespeare Henry VI, Pt. 1 (1623) iv. vii. 44 Doubtlesse he would haue made a noble Knight.
 ・ 1741 Pope Thoughts on Var. Subj. in Wks. II. 311 For a King to make an amiable character, he needs only to be a man of common honesty, well advised.
 ・ 1870 E. Peacock Ralf Skirlaugh III. 25 As the times then went, Mr. Earl made a very fair pastor.
 ・ 1934 H. Roth Call it Sleep i. ix. 63 My, what a tyrant you'll make when you're married!

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2015-01-08 Thu

#2082. 定着しなかった二重属格 *the knight of his [genitive][article][syntax][do-periphrasis][timeline][synthesis_to_analysis][double_genitive]

英語史には,ある変化A→Bが起きた後B→Aという変化によってまた元に戻る現象が見られることがあり,故中尾俊夫先生はしばしばそうした現象をマザーグースの一節になぞらえて「ヨークの殿様」 (Duke of York) と呼ばれた.ヨークの殿様は大勢の兵隊を一度山の上に上げて,それから下ろす.結果を見れば事情は何も変わっていない.しかし,一見無意味に見えるその行動にも何か理由があったはずで,「英語史にそのような変化が見られるときにはその背後にどんな意味があるのか考えなさい.大きな真実が隠れていることがある.」というのが中尾先生の教えであった.


 定冠詞を伴う二重属格構造に関する論文の出だしで,宮前 (179) が以上のように述べている.英語史のなかの "Duke of York" の典型例は,「#486. 迂言的 do の発達」 ([2010-08-26-1]) や「#491. Stuart 朝に衰退した肯定平叙文における迂言的 do」 ([2010-08-31-1]) でみた肯定平叙文での do 迂言法の発達と衰退である.16世紀に一度は発達しかけたが17世紀には衰退し,結局,定着するに至らなかった.ほかには,「#819. his 属格」 ([2011-07-25-1]) や「#1479. his 属格の衰退」 ([2013-05-15-1]) の例も挙げられる.
 宮前が扱っている二重属格とは a knight of histhis hat of mine のような構造である.現代英語では *a his knight や *this my hat のように冠詞・指示詞と所有格代名詞を隣接させることができず,迂言的な二重属格構造がその代用として機能する.この構造の起源と成立については諸説あるが,a his knight という原型からスタートし,後期中英語に属格代名詞 his が後置され of とともに現われるようになったという説が有力である(宮前,p. 183).通常,古英語から中英語にかけての属格構造の発達では,属格代名詞が後置されるか of 迂言形に置換されるかのいずれかだったが,二重属格の場合には,その両方が起こってしまったということだ.
 二重属格の発達は,14世紀半ばに a man of þair (a man of theirs) のタイプから始まり,名詞の所有者を示す an officer Of the prefectes へも広がった.100年後には,指示詞を伴う this stede of myne のタイプと定冠詞を伴う the fellys of Thomas Bettsons のタイプが現われた.しかし,この4者のうち最後の定冠詞を伴うもののみが衰退し,17世紀中に消えていった.
 宮前は,この最後のタイプに関する "Duke of York" の現象を,Dという機能範疇の創発と確立によって一時的に可能となったものの,最終的には「意味的に定冠詞 the をもつ必然性がない」 (192) ために不可能となったものとして分析する.Dという機能範疇の創発と確立は,「#1406. 束となって急速に生じる文法変化」 ([2013-03-03-1]) で触れたように,属格とその代替構造の発達全体に有機的に関わる現象と考えられ,二重属格の発達もその大きな枠組みのなかで捉えるべきだという主張にもつながるだろう(cf. 「#1417. 群属格の発達」 ([2013-03-14-1])).  *
 一方,定冠詞タイプの衰退について,宮前は意味的な必然性と説明しているが,これは構文の余剰性と言い換えてもよいかもしれない.your car と端的に表現できるところをわざわざ迂言的に the car of yours と表現する必要はない,という理屈だ(宮前,p. 193).
 "Duke of York" の背後にある大きな真実を探るというのは,確かに英語史の大きな魅力の1つである.

 ・ 宮前 和代 「英語史のなかの "Duke of York"」『生成言語研究の現在』(池内正幸・郷路拓也(編著)) ひつじ書房,2013年.179--96頁.

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2015-01-07 Wed

#2081. 依存音韻論による大母音推移の分析 [phonology][gvs][vowel][diphthong][meosl][drift][teleology]

 「#2063. 長母音に対する制限強化の歴史」 ([2014-12-20-1]) と「#2080. /sp/, /st/, /sk/ 子音群の特異性」 ([2015-01-06-1]) で引用・参照した池頭 (Ikegashira) は,"A Dependency Approach to Great Vowel Shift" と題する論文で,依存音韻論 (dependency phonology; DP) の枠組みで大母音推移 (gvs) を分析している.私は依存音韻論については無知に等しいが,その分析によれば大母音推移を含めた英語の主要な音韻変化には一貫した方向性を見いだすことができると議論されており,関心をもったので論文を読んでみた.案の定,理論の素人には難しかったが,要点は呑み込めたと思う.
 依存音韻論に立脚した分析によると,大母音推移の音韻変化は,一貫して音節構造を軽くする ("lightening") 方向で作用したという.依存音韻論による「軽さ」の定義は高度に専門的であり私には的確に説明することはできないが,ポイントは大母音推移を構成する各音韻変化がいずれも一貫した方向性をもっており,したがって一貫して記述することができるという主張である.そのような主張がなされるからには,偏流 (drift) や言語変化の目的論 (teleology) という主題も無関係ではあり得ない.実際,Ikegashira (42) は英語史における一貫した "lightening" の偏流に言い及んでいる.それから,大母音推移を構成する各音韻変化の同時性をも主張している.

GVS is a change which is caused by that 'drift' (or tendency) of English to make the total weight of words lighter. To make all the 'long' vowels lighter, the phonological element |a| is made less powerful either by lowered (sic) to the the dependent position from the governing position or by deletion. In the cases of the vowels where there is no |a|, [i:] and [u:], the only way to make them lighter is to change the 'middle weight' phonological elements [i] and [u] with the lightest one |ə|. / . . . . As a result of lightening, the vowels have been raised or made into diphthongs. The problem of the starting point of this change thus has no meaning. It was 'simultaneous'. It is quite natural to suppose that GVS occurred at the same time as a result of the long and continuous 'trend' of English to lighten words in some way.


 理論的には,複合的な音韻変化を一貫して説明できるのは確かに魅力である.同じような動機から,Ritt の「#1402. 英語が千年間,母音を強化し子音を弱化してきた理由」 ([2013-02-27-1]) も,drift という古い言語学上の問題に迫ったのだろうと思う.だが,素朴な疑問として,一貫した理論的な説明と各母音の変化の同時性とがどのように直接に結びつくのだろうか.大母音推移が一貫して "lightening" の方向を目指しているという仮説を受け入れたとしても,それは各音韻変化が同時に起こったことを自動的に含意するのだろうか.押し上げ説 (push chain) でも引き上げ説 (drag chain) でもないという意味では,「#1404. Optimality Theory からみる大母音推移」 ([2013-03-01-1]) とも通じる一種のバラバラ説と言ってもよさそうだが,理論的な普遍説とも呼べそうだ.
 なお,同じ依存音韻論の分析によれば,大母音推移に先立つ中英語の開音節長化 (meosl) は,入力の短母音の各々に音韻要素 |a| が付加されたものとして一貫して記述されるという (Ikegashira 35) .理論の魅力と課題を再確認できる話題である.

 ・ Ikegashira (Kadota), Atsuko. "A Dependency Approach to Great Vowel Shift." 『津田塾大学言語文化研究所報』22号,2007年,31--43頁.

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2015-01-06 Tue

#2080. /sp/, /st/, /sk/ 子音群の特異性 [phonetics][phoneme][phonology][alliteration][grimms_law][consonant][sonority][homorganic_lengthening]

 標記の /s/ + 無声破裂音の子音群は,英語史上,音韻論的に特異な振る舞いを示してきた.その特異性は英語音韻論の世界では広く知られており,様々な考察と分析がなされてきた.以下,池頭 (132--33, 136--38) に依拠して解説しよう.
 まず,グリムの法則 (grimms_law) は,この子音群の第2要素として現われる破裂音には適用されなかったことが知られている.「#641. ゲルマン語の子音性 (3)」 ([2011-01-28-1]) と「#662. sp-, st-, sk- が無気音になる理由」 ([2011-02-18-1]) でみたように,[s] の気息の影響で後続する破裂音の摩擦音化がブロックされたためである.
 次に,古英語や古ノルド語の頭韻詩で確認されるように,sp-, st-, sc- をもつ単語は,この組み合わせをもつ別の単語としか頭韻をなすことができなかった.つまり,音声学的には2つの分節音からなるにもかかわらず,あたかも1つの音のように振る舞うことがあるということだ.
 また,「#2063. 長母音に対する制限強化の歴史」 ([2014-12-20-1]) の (6) でみた「2子音前位置短化」 (shortening before two consonants) により,fīfta > fifta, sōhte > sohte, lǣssa > læssa などと短化が生じたが,prēstes では例外的に短化が起こらなかった.いずれの場合においても,/s/ とそれに続く破裂音との相互関係が密であり,合わせて1つの単位として振る舞っているかのようにみえる.
 加えて,/sp/, /st/, /sk/ は,Onset に起こる際に子音の生起順序が特異である.Onset の子音結合では,聞こえ度 (sonority) の低い子音に始まり,高い子音が続くという順序,つまり「低→高」が原則である.ところが,[s] は [t] よりも聞こえ度が高いので,sp- などでは「高→低」となり,原則に反する.
 最後に付け加えれば,言い間違いの研究からも,当該子音群に関わる言い間違いに特異性が認められるとされる.
 以上の課題に直面し,音韻論学者は問題の子音群を,(1) あくまで2子音として扱う,(2) 2子音ではあるが1つのまとまり (複合音素; composite phoneme)として扱う,(3) 1子音として扱う,などの諸説を提起してきた.新しい考え方として,池頭 (138) は,依存音韻論 (dependency phonology) の立場から,当該の子音結合は /s/ を導入部とし,破裂音を主要部とする "contour segment" であるとする分析を提案している."contour segment" の考え方は,初期中英語で起こったとされる同器性長化 (homorganic_lengthening) に関係する /mb/ などの子音結合にも応用できるようである.

 ・ 池頭(門田)順子 「"Consonant cluster" と音変化 その特異性と音節構造をめぐって」『生成言語研究の現在』(池内正幸・郷路拓也(編著)) ひつじ書房,2013年.127--43頁.

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2015-01-05 Mon

#2079. fusion と mixture [contact][borrowing][loan_word][loan_translation][bilingualism][substratum_theory][typology][register][lexical_stratification]

 「#2061. 発話における干渉と言語における干渉」 ([2014-12-18-1]) で念を押したように,語の借用 (borrowing) は過程であり,借用語 (loanword) は結果である.Weinreich は明示的にこの区別をつける論者は少なかったと述べているが,Roberts という研究者がより早くこの区別について論じている.Roberts (31--32) は,言語接触の過程を "fusion" と呼び,結果としての状態を "mixture" と呼び分けた.また,Roberts は "fusion" と "mixture" をそれぞれ細分化するとともに,そのような過程や結果の前段階にある2言語使用状況のタイプを2つに分け,全体として言語接触の類型論というべきものを提起している.以下,Roberts (32) の図式を再現しよう.

Roberts' Typography of Bilingualism and Contact


 だが,正直いうと論文を読みながら非常に理解しにくい図式だと感じた.多くの用語が立ち並んでいるが,それぞれの歴史的な事例とそれらの間の相互の関係がとらえにくいのだ.BILINGUALISM → FUSION → MIXTURE という時間的な相の提示と後者2過程の峻別は評価できるとしても,それ以外については用語が先走っている印象であり,内容どうしの関係が不明瞭だ.Roberts (31--32) にそのまま語ってもらおう.

   When a bilingual situation ends, the surviving language (that is, the language whose grammar prevails) is colored in greater or less degree by the perishing language (that is, the language whose grammar succumbs). The extent of this coloring depends upon the relationship of the two languages during the antecedent bilingualism. Subordinative bilingualism results in admixture; a portion of the weaker language is added to the stronger, which still retains both its grammatical and its lexical integrity. Co-ordinative bilingualism results in intermixture; virtually the entire vocabulary of the weaker language is swallowed up by the stronger, which thereby loses its lexical, though not its grammatical, integrity.
   The words admixture and intermixture, as here used, denote accomplished situations, the results of processes. To designate the generative processes, the terms affusion and interfusion, corresponding respectively to admixture and intermixture, are proposed. Affusion has three modalities: infusion, suffusion, and superfusion. Interfusion has three stages or temporalities: diffusion, circumfusion, and retrofusion.


 Affusion から見ていくと,Infusion は通常の語の借用に相当する.Suffusion は,基層言語影響説 (substratum_theory) の唱える基層言語からの言語的影響に相当する.Superfusion は翻訳借用 (loan_translation) に相当する.importation と substitution という対立軸と,意識的な干渉と無意識的な干渉という対立軸がごたまぜになったような分類だ.
 次に Interfusion に目を向けると,Diffusion は本来語彙と借用語彙が使用域に関して分化する過程を指している.英語語彙における語種別の三層構造などの生成にみられる過程を想像すればよいだろう.その Interfusion の段階からさらに進むと,Circumfusion の段階となる.ここでは例えば内容語はすべてフランス・ラテン借用語であっても,それらを取り巻く機能語は本来語となるような状況が生み出される.次に,Retrofusion はソース言語からの一種の「復讐」の過程であり,フランス語の語法の影響を受けて house beautiful, knights templars, sufficient likelihood, nocturnal darkness などの表現を生み出す過程に相当する.
 Roberts は2言語使用 (bilingualism) の基礎理論を打ち立てようという目的でこの論文を書いたようだが,残念ながらうまくいっているようには思えない.より説得力のある言語接触の類型論としては,「#1780. 言語接触と借用の尺度」 ([2014-03-12-1]) と「#1781. 言語接触の類型論」 ([2014-03-13-1]) で紹介した Thomason and Kaufman によるモデルが近年ではよく知られている.
 借用に関する過程と結果の区別については「#900. 借用の定義」 ([2011-10-14-1]),「#901. 借用の分類」 ([2011-10-15-1]),「#904. 借用語を共時的に同定することはできるか」 ([2011-10-18-1]),「#1988. 借用語研究の to-do list (2)」 ([2014-10-06-1]),「#2009. 言語学における接触干渉2言語使用借用」 ([2014-10-27-1]) も参照.また,関連して「#2067. Weinreich による言語干渉の決定要因」 ([2014-12-24-1]) の記事とそこに張ったリンクも参照されたい.

 ・ Weinreich, Uriel. Languages in Contact: Findings and Problems. New York: Publications of the Linguistic Circle of New York, 1953. The Hague: Mouton, 1968.
 ・ Roberts, Murat H. "The Problem of the Hybrid Language". Journal of English and Germanic Philology 38 (1939): 23--41.

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2015-01-04 Sun

#2078. young + -th = youth? [suffix][phonetics][cognate][consonant]

 抽象名詞を作る接尾辞 -th については「#14. 抽象名詞の接尾辞-th」 ([2009-05-12-1]),「#16. 接尾辞-th をもつ抽象名詞のもとになった動詞・形容詞は?」 ([2009-05-14-1]),「#595. death and dead」 ([2010-12-13-1]),「#1787. coolth」 ([2014-03-19-1]) で取り上げてきた.音韻変化や類推などの複雑な経緯により,基体と -th を付した派生語との関係が発音や綴字の上では見えにくくなっているものも多いが,そのような例の1つに young -- youth のペアがある.long -- length, strong -- strength では,語幹末の ng が保たれているのに,young の名詞形では鼻音が落ちて youth となるのは何故か.
 古英語では基体となる形容詞は geong,派生名詞は geoguþ であり,後者ではすでに鼻音が脱落している.ゲルマン諸語での同根語をみてみると,Old Saxon juguð, Dutch jeugd, Old High German jugund, German jugend と鼻音の有無で揺れているが,低地ゲルマン諸語で名詞形の鼻音が落ちているようだ.西ゲルマン祖語では *jugunþin が再建されている(ラテン語 juvenis (adj.), juventa (n.) も参照).Partridge によると,"OE geong has derivative geoguth or geogoth---a collective n---prob an easing of *geonth" とあり,発音の便のために問題の鼻音が落ちたということらしい.詳しくは未調査だが,印欧祖語の段階より young の語幹末の振る舞いは longstrong のそれとは異なるものだったようだ.なお,14世紀初頭には形容詞 young からの素直な類推による youngth に相当する形態も行われている.
 ちなみに OED によると,古英語 geoguþ は,動詞 dugan (to be good or worth) の名詞形 duguþ (worth, virtue, excellence, nobility, manhood, force, a force, an army, people) とゲルマン語の段階で類推関係にあった可能性があるという.古英語 duguþ は中英語へは douth として伝わったが,1400年頃を最終例として廃用となった.

 ・ Partridge, Eric Honeywood. Origins: A Short Etymological Dictionary of Modern English. 4th ed. London: Routledge and Kegan Paul, 1966. 1st ed. London: Routledge and Kegan Paul; New York: Macmillan, 1958.

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2015-01-03 Sat

#2077. you の発音の歴史 [personal_pronoun][phonetics][diphthong][spelling]

 昨日の記事「#2076. us の発音の歴史」 ([2015-01-02-1]) に引き続き,人称代名詞の発音について.2人称代名詞主格・目的格の you は,形態的には古英語の対応する対格・与格の ēow に遡る (cf. 「#180. 古英語の人称代名詞の非対称性」 ([2009-10-24-1])) .古英語の主格は ġe であり,これは ye の形態で近代英語まで主格として普通に用いられてきたが,「#800. you による ye の置換と phonaesthesia」 ([2011-07-06-1]) でみたように,you に主格の座を奪われた.以後,主格・目的格の区別なく you が標準的な形態となり,現在に至る.
 しかし,少し考えただけでは古英語 ēow がどのようにして現代英語の /juː/ (強形)へ発達し得たのか判然としない.中尾 (251) により you の音韻史をひもとくと,強勢推移を含む複雑な母音の変化を遂げていることが分かった.古英語の下降2重母音的な /ˈeːou/ は強勢推移により上昇2重母音的な /eˈoːu/ の音形をもつようになり,ここから第1要素に半子音が発達し /joːu/ となった.中英語期には,この2重母音が滑化して /juː/ となった.この /juː/ は現代英語の発音と同じだが,そこに直結しているわけではなく,事情はやや複雑である./juː/ は強形としては16世紀半ばからさらなる変化を遂げて,/jəu?joː/ を発達させたが,これは17世紀には消失した.一方,/juː/ からは弱形として /jʊ, jə/ が生まれ,現在の同音の弱形に連なるが,これが再強化されて強形 /juː/ が復活したものらしい.古英語の属格 ēower も似たような複雑な経路を経て,現代英語 your (強形 /jɔː, jʊə/)を出力した.
 人称代名詞の音形が弱化と強化を繰り返すというパターンは,昨日の記事 ([2015-01-02-1]) や「#1198. icI」 ([2012-08-07-1]) でも見られた.中尾 (316) がこの点を指摘しながら他の人称代名詞形態についても注を与えているので,引用しておこう.

 ModE における文法語の強形,弱形:一般に ModE には強形,弱形が併存したが,後,前者が廃用となり,後者が再強勢を受け強形となりここからまた弱形が発達し PE に至るという経路を普通とるようである.しかし時折,弱形がそのまま強形,弱形同様に用いられることもあった.
 ① Prn: my [əɪ?ɪ]/me [iː, ɛː?ɪ, ɛ]//we [iː?ɪ]//thou [uː?ʊ]/thee [iː?ɪ]//ye [iː?ɪ, ɛ], 再強勢による [ɛː]/your: (i) uː > (下げ)oː, (ii) uː > (16c 半ば)[əʊ], (iii) [juː] からの弱形 [jʊ] (ここから強形 [juː])の3つが行われていた/ you: ME [juː] から (i) 強形として(16c 半ば)[jəʊ?joː] (17世紀に消失),(ii) 弱形 [jʊ] > (16c) [jə] または再強勢形 [juː] (これが PE で確立した)//he [hiː, hɛː?ɪ]//she [ʃiː?ʃɪ]//it [ɪt?t] ([t] は後消失)//they [ðəɪ?ðɪ]//their [ðɛːr?ðɛr] . . . // who [oː, uː?ɔ, ʊ]


 なお,you は綴字上も実に特殊な語である.常用英単語には <u> で終わるものが原則としてないが,この you は極めて稀な例外である(大名,p. 45).

 ・ 中尾 俊夫 『音韻史』 英語学大系第11巻,大修館書店,1985年.
 ・ 大名 力 『英語の文字・綴り・発音のしくみ』 研究社,2014年.

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2015-01-02 Fri

#2076. us の発音の歴史 [personal_pronoun][phonetics][centralisation][verners_law][compensatory_lengthening]

 現代英語の1人称複数代名詞目的格の形態は us である.発音は,LDP によると強形が /ʌs, §ʌz/,弱形が /əs, §əz/ である(語尾子音に /z/ を示すものは "BrE non-RP").古英語では長母音をもつ ūs であり,この長母音が後に短化し,続けて中舌化 (centralisation) したものが,現代の強形であり,さらに曖昧母音化したものが現代の弱形である.と,これまでは単純に考えていた.この発展の軌跡は大筋としては間違っていないと思われるが,直線的にとらえすぎている可能性があると気づいた.
 人称代名詞のような語類は,機能上,常に強い形と弱い形を持ち合わせてきた.通常の文脈では旧情報を担う語として無強勢だが,ときに単体で用いられたり対比的に使われるなど強調される機会もあるからだ.強形から新しい弱形が生まれることもあれば,弱形から新しい強形が作り出されることもあり,そのたびに若干異なる音形が誕生してきた.例えば「#1198. icI」 ([2012-08-07-1]) の記事でみたように,古英語の1人称単数代名詞主格形態 ic が後に I へ発展したのも,子音脱落とそれに続く代償延長 (compensatory_lengthening) の結果ではなく,機能語にしばしば見られる強形と弱形との競合を反映している可能性が高い.この仮説については,岩崎 (66) も「OE iċ は,ME になって,stress を受けない場合に /ʧ/ が脱落して /i/ となり,この弱形から強形の /íː/ が生じたと考えられる」との見解を示している.
 岩崎 (67) は続けて1人称複数代名詞対格・与格形態の発音にも言い及んでいる.古英語 ūs がいかにして現代英語の us の発音へと発達したかについて,icI と平行的な考え方を提示している.

OE ūs は,ME になって強形 /ús/ が生じ,これが Mod E /ʌ́s/ になったものであろう.ME /uːs/ は,正常な音変化を辿れば,Great Vowel Shift によって /áus/ になはずのものである.事実,ME /üːr/ は ModE /áuə/ となっている.


 まず /uːs/ から短母音化した弱形 us が生じ,そこから曖昧母音化した次なる弱形 /əs/ が生まれた.ここで短母音化した us はおそらく弱形として現われたのだから強勢をおびていないはずであり,そのままでは通常の音変化のルートに乗って /ʌs/ へ発展することはないはずである.というのは,/u/ > /ʌ/ の中舌化は強勢を有する場合にのみ生じたからである.逆にいえば,現代英語の /ʌs/ を得るためには,そのための入力として強勢をもつ /ús/ が先行していなければならない.それは,弱化しきった /əs/ 辺りの形態から改めて強化したものと考えるのが妥当だろう.
 したがって,古英語 ūs から現代英語の強形 /əs/ への発展は,直線的なものではなく多少の紆余曲折を経たものと考えたい.なお,現代英語の非標準形 /ʌz, əz/ は有声子音 /z/ を示すが,この有声化も音声的な弱化の現れだろう (cf. 「#858. Verner's Law と子音の有声化」 ([2011-09-02-1])) .
 OED に挙げられている us の異形態一覧を眺めれば,強形,弱形,様々な形態が英語史上に行われてきたことがよく理解できる.

留. OE-16 vs, OE- us, eME uss (Ormulum), ME oos, ME os, ME ows, ME vsse, ME vus, ME ws, ME wus, ME-15 ous, 16 vss; Eng. regional 18 as (Yorks.), 18 ehz (Yorks.), 18 ust (Norfolk), 18- az (Yorks.), 18- es (chiefly south-west.), 18- ess (Devon), 18- ez (Yorks. and south-west.), 18- uz (chiefly north. and north midl.), 19 is (north-east.), 19 ous (Yorks.); Sc. pre-17 os, pre-17 us, pre-17 uss, pre-17 usz, pre-17 vs, pre-17 ws, pre-17 wsz, pre-17 17 ous, 17 ows, 18 wes (Orkney), 18 wez (Orkney), 18 wus (Orkney), 18- 'is, 18- iz, 18- wis (Shetland), 18- wiz (Shetland), 19- is, 19- 'iz, 19- oos, 19- uz; Irish English 17 yus (north.), 18 ouse (Wexford), 18- iz (north.); N.E.D. (1926) also records a form 18 ous (regional).

硫. eME hous, ME hus, ME husse, ME hvse, ME hws, 15 huse; Eng. regional 18- hess (Devon), 18- hiz (Cumberland), 18- hus (Northumberland), 18- huz (north. and midl.); Sc. 15 18- his, 17-18 hus, 18 hooz (south.), 18 huzz, 18- hiz, 18- huss, 18- huz, 19- hes, 19- hez; Irish English (north.) 18- hiz, 19- his, 19- hus, 19- huz.

粒. Enclitic (chiefly in let's: cf. LET v.1 14a) 15- -s (now regional and nonstandard), 16- -'s, 18- -'z (chiefly Sc.), 19- -z (chiefly Sc.).



 ・ 岩崎 春雄 『英語史』第3版,慶應義塾大学通信教育部,2013年.

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2015-01-01 Thu

#2075. 母音字と母音の長短 [gvs][vowel][spelling]

 新年明けましておめでとうございます.2015年です.今年も英語史に関する話題を長く広く紹介していきますので,どうぞよろしくお願いします.
 新年最初の話題として,英語学習者向けに,母音字と母音の長短の対応に関する問題を取り上げる.英語の各母音字には,それぞれ「長」音と「短」音と呼ばれる発音が対応している.

Vowel letter"Short" vowel"Long" vowel
<a>[æ][eɪ]
<e>[ɛ][iː]
<i>, <y>[ɪ][aɪ]
<o>[ɑ/ɔ][oʊ]
<u>[ʌ][juː]

 単語のなかに現われる母音字は,典型的には強勢の有無や音節構造その他の条件に応じて短音か長音かが決まるが,その規則は複雑で例外も多いことから,英語学習者はこの区別を個々に習得することを期待される.ある語において母音字は長音に対応するが,そこに派生接辞などをつけて派生語を作ると母音字は変わらないのに発音は短音に化ける,といったことは英語語彙には普通に見られる.現代英語の母音字の短音と長音の区別は,英語史的には大母音推移を説明する際の格好の材料となるのだが,長短の対立を示す都合のよい派生語ペアの例を挙げるとなると,案外とすぐには思い浮かばない.そこで,いくつかの接尾辞別に長短の交替する派生語ペアを列挙している大名 (86--88) を参照して,典型例を以下に示したい.いずれもラテン語接辞に関わる語のペアである.

SuffixLongShort
-alcrimecriminal
gradegradual
nationnational
naturenatural
riteritual
-(at)ivederivederivative
evokeevocative
provokeprovocative
-icathleteathletic
coneconic
lyrelyric
metremetric
microscopemicroscopic
mimemimic
satiresatiric
tonetonic
volcanovolcanic
statestatic
-ityaudaciousaudacity
brevebrevity
divinedivinity
extremeextremity
obsceneobscenity
rapaciousrapacity
sanesanity
sereneserenity
sublimesublimity
vivaciousvivacity


 ただし,残念ながら例外も少なくない.-ic について,basebasic も長音をもつ.scene に対して scenic は長音でも短音でも可.同様に,phoniccyclic も長短いずれもありうる.また -(at)ive について create/creative はいずれも長音読みだし,-ity について obese/obesity の母音も長く読む.
 -al に関しては,education/educational, erosion/erosional, motion/motional, occasion/occasional, operation/operational, region/regional, relation/relational, sensation/sensational など,むしろ長短の交替を示さない例の方が多い.
 最終的には個々に暗記しなければならないのだが,「規則や傾向などないのだから結局は個々に暗記」と「規則や傾向はあるが例外もあるから個々に暗記」とは大いに違うことだと思う.後者は言語学に立脚した知恵である.

 ・ 大名 力 『英語の文字・綴り・発音のしくみ』 研究社,2014年.

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最終更新時間: 2024-11-26 08:10

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