hellog〜英語史ブログ     ChangeLog 最新     カテゴリ最新     1 2 3 4 次ページ / page 1 (4)

shakespeare - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-11-12 07:24

2024-01-25 Thu

#5386. 英語史上きわめて破格な3単過の -s [3ps][impersonal_verb][verb][inflection][agreement][analogy][shakespeare][link][methinks]

 昨日の記事「#5385. methinks にまつわる妙な語形をいくつか紹介」 ([2024-01-24-1]) の後半で少し触れましたが,近代英語期の半ばに methoughts なる珍妙な形態が現われることがあります.直説法・3人称・単数・過去,つまり「3単過の -s」という破格の語形です.生起頻度は詳しく調べていませんが,OED によると,Shakespeare からの例を初出として17世紀から18世紀半ばにかけて用例が文証されるようです.英語史上きわめて破格であり,希少価値の高い形態といえます(英語史研究者は興奮します).
 OEDmethinks, v. の異形態欄にて γ 系列の形態として掲げられている5つの例文を引用します.

a1616 Me thoughts that I had broken from the Tower. (W. Shakespeare, Richard III (1623) i. iv. 9)
1620 The draught of a Landskip on a piece of paper, me thoughts masterly done. (H. Wotton, Letter in Reliquiæ Wottonianæ (1651) 413)
1673 I had..coyned several new English Words, which were onely such French Words as methoughts had a fine Tone wieh them. (F. Kirkman, Unlucky Citizen 181)
1711 Methoughts I was transported into a Country that was filled with Prodigies. (J. Addison, Spectator No. 63. ¶3)
1751 The inward Satisfaction which I felt, had spread in my Eyes I know not what of melting and passionate, which methoughts I had never before observed. (translation of Female Foundling vol. I. 30)


 methoughts の生起頻度を詳しく調べていく必要がありますが,いくつかの例が文証されている以上,単なるエラーで済ませるわけにはいきません.この形態の背景にあるのは,間違いなく3単現の形態で頻度の高い methinks でしょう.methinks からの類推 (analogy) により,過去形にも -s 語尾が付されたと考えられます.逆にいえば,このように類推した話者は,現在形 methinks の -s を3単現の -s として認識していなかったかとも想像されます.他の動詞でも3単過の -s の事例があり得るのか否か,疑問が次から次へと湧き出てきます.
 実はこの methoughts という珍妙な過去形の存在について最初に教えていただいたのは,同僚のシェイクスピア研究者である井出新先生(慶應義塾大学文学部英米文学専攻)でした.その経緯は,先日の YouTube チャンネル「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」にて簡単にお話ししました.「#195. 井出新さん『シェイクスピア,それが問題だ! --- シェイクスピアを楽しみ尽くすための百問百答』(大修館書店)のご紹介」をご覧ください.



 関連して,井出先生とご近著について,以下の hellog および heldio でもご紹介していますので,ぜひご訪問ください.

 ・ hellog 「#5357. 井出新先生との対談 --- 新著『シェイクスピア それが問題だ!』(大修館,2023年)をめぐって」 ([2023-12-27-1])
 ・ heldio 「#934. 『シェイクスピア,それが問題だ!』(大修館,2023年) --- 著者の井出新先生との対談」

 英語史にはおもしろい問題がゴロゴロ転がっています.

 ・ Wischer, Ilse. "Grammaticalization versus Lexicalization: 'Methinks' there is some confusion." Pathways of Change: Grammaticalization in English. Ed. Olga Fischer, Anette Rosenbach, and Dieter Stein. Amsterdam: John Benjamins, 2000. 355--70.

Referrer (Inside): [2024-09-17-1] [2024-01-26-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2024-01-24 Wed

#5385. methinks にまつわる妙な語形をいくつか紹介 [3ps][impersonal_verb][verb][syntax][inflection][hc][agreement][analogy][shakespeare][methinks]

 非人称動詞 (impersonal_verb) の methinks については「#4308. 現代に残る非人称動詞 methinks」 ([2021-02-11-1]),「#204. 非人称構文」 ([2009-11-17-1]) などで触れてきた.非人称構文 (impersonal construction) では人称主語が現われないが,文法上その文で用いられている非人称動詞はあたかも3人称単数主語の存在を前提としているかのような屈折語尾をとる.つまり,大多数の用例にみられるように,直説法単数であれば,-s (古くは -eth) をとるということになる.
 ところが,用例を眺めていると,-s などの子音語尾を取らないものが散見される.Wischer (362) が,Helsinki Corpus から拾った中英語の興味深い例文をいくつか示しているので,それを少々改変して提示しよう.

(10) þe þincheð þat he ne mihte his sinne forlete.
       'It seems to you that he might not relinquish his sin.'
       (MX/1 Ir Hom Trin 12, 73)

(11) Thy wombe is waxen grete, thynke me.
       'Your womb has grown big. You seem to be pregnant.'
       (M4 XX Myst York 119)
     
(12) My lord me thynketh / my lady here hath saide to you trouthe and gyuen yow good counseyl [...]
       (M4 Ni Fict Reynard 54)
     
(13) I se on the firmament, Me thynk, the seven starnes.
       (M4 XX Myst Town 25)


 子音語尾を伴っている普通の例が (10) と (12),伴っていない例外的なものが (11) と (13) である.(11) では論理上の主語に相当する与格代名詞 me が後置されており,それと語尾の欠如が関係しているかとも疑われたが,(13) では Me が前置されているので,そういうことでもなさそうだ.OEDmethinks, v. からも子音語尾を伴わない用例が少なからず確認され,単純なエラーではないらしい.
 では語尾欠如にはどのような背景があるのだろうか.1つには,人称構文の I think (当然ながら文法的 -s 語尾などはつかない)との間で混同が起こった可能性がある.もう1つヒントとなるのは,当該の動詞が,この動詞を含む節の外部にある名詞句に一致していると解釈できる例が現われることだ.OED で引用されている次の例文では,methink'st thou art . . . . というきわめて興味深い事例が確認される.

a1616 Meethink'st thou art a generall offence, and euery man shold beate thee. (W. Shakespeare, All's Well that ends Well (1623) ii. iii. 251)


 さらに,動詞の過去形は3単「現」語尾をとるはずがないので,この動詞の形態は事実上 methought に限定されそうだが,実際には現在形からの類推 (analogy) に基づく形態とおぼしき methoughts も,OED によるとやはり Shakespeare などに現われている.
 どうも methinks は,動詞としてはきわめて周辺的なところに位置づけられる変わり者のようだ.中途半端な語彙化というべきか,むしろ行き過ぎた語彙化というべきか,分類するのも難しい.

 ・ Wischer, Ilse. "Grammaticalization versus Lexicalization: 'Methinks' there is some confusion." Pathways of Change: Grammaticalization in English. Ed. Olga Fischer, Anette Rosenbach, and Dieter Stein. Amsterdam: John Benjamins, 2000. 355--70.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2023-12-27 Wed

#5357. 井出新先生との対談 --- 新著『シェイクスピア それが問題だ!』(大修館,2023年)をめぐって [notice][voicy][heldio][shakespeare][review]


井出 新 『シェイクスピア それが問題だ!』 大修館,2023年.



 同僚の井出新先生(慶應義塾大学文学部英米文学専攻)の新著『シェイクスピア それが問題だ!』(大修館,2023年)について,hellog でも「#5316. Shakespeare の作品一覧(執筆年代順) --- 井出新(著)『シェイクスピア それが問題だ!』(大修館,2023年)より」 ([2023-11-16-1]) や「#5323. Shakespeare 時代の主な劇団 --- 井出新(著)『シェイクスピア それが問題だ!』(大修館,2023年)より」 ([2023-11-23-1]) で取り上げてきました.
 このたび新著をめぐって井出先生との Voicy heldio での対談が実現しましたので,お知らせします.「#934. 『シェイクスピア,それが問題だ!』(大修館,2023年) --- 著者の井出新先生との対談」(33分ほどの尺)です.ぜひお聴きください.



 対談のなかでは,

 (1) 本書の出版や執筆の舞台裏
 (2) 関連する heldio 配信回「#898. 井出新先生のご著書の紹介 --- 『シェイクスピア それが問題だ!』(大修館,2023年)」でリスナーさんから寄せられてきた大きな問い「なぜシェイクスピアは世界でこれほど突出した劇作家として知られているのか?」への回答
 (3) 『ハムレット』における conscience の文献学的解釈

などが語られました.とりわけ (3) の話題は必聴です.文献学的解釈の醍醐味を味わっていただければと思います.
 井出先生には,これまでも Shakespeare や初期近代の英語について英語史上興味深いお題を出していただく機会があり,例えば hellog でも「#4309. shall we の代わりとしての shall's (= shall us)」 ([2021-02-12-1]) などで触れています.今回の対談でもいろいろなお題を出していただきました.リラックスした雰囲気ながらも頭を刺激され続けた,楽しすぎる対談でした.井出先生,またよろしくお願いします!

 ・ 井出 新 『シェイクスピア それが問題だ!』 大修館,2023年.

Referrer (Inside): [2024-05-30-1] [2024-01-25-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2023-12-18 Mon

#5348. the green-eyed monster にみられる名詞を形容詞化する接尾辞 -ed [terminology][morphology][word_formation][compound][compounding][derivation][suffix][shakespeare][personification][metaphor][conversion][parasynthesis][adjective][participle][noun]

 khelf(慶應英語史フォーラム)内で運営している Discord コミュニティにて,標題に掲げた the green-eyed monster (緑の目をした怪物)のような句における -ed について疑問が寄せられた.動詞の過去分詞の -ed のようにみえるが,名詞についているというのはどういうことか.おもしろい話題で何件かコメントも付されていたので,私自身も調べ始めているところである.
 論点はいろいろあるが,まず問題の表現に関連して最初に押さえておきたい形態論上の用語を紹介したい.併置総合 (parasynthesis) である.『新英語学辞典』より解説を読んでみよう.

 parasynthesis 〔言〕(併置総合)   語形成に当たって(合成と派生・転換というように)二つの造語手法が一度に行なわれること.例えば,extraterritorial は extra-territorial とも,(extra-territory)-al とも分析できない.分析すれば extra+territory+-al である.同様に intramuscular も intra+muscle+-ar である.合成語 baby-sitter (= one who sits with the baby) も baby+sit+-er の同時結合と考え,併置総合合成語 (parasynthetic compound) ということができる.また blockhead (ばか),pickpocket (すり)も,もし主要語 -head, pick- が転換によって「人」を示すとすれば,これも併置総合合成語ということができある.


 上記では green-eyed のタイプは例示されていないが,これも併置総合合成語の1例といってよい.a double-edged sword (両刃の剣), a four-footed animal (四つ脚の動物), middle-aged spread (中年太り)など用例には事欠かない.
 なお the green-eyed monster は言わずと知れた Shakespeare の Othello (3.3.166) からの句である.green-eyedthe green-eyed monster もいずれも Shakespeare が生み出した表現で,以降「嫉妬」の擬人化の表現として広く用いられるようになった.
 今後もこのタイプの併置総合について考えていきたい.

 ・ 大塚 高信,中島 文雄(監修) 『新英語学辞典』 研究社,1982年.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2023-11-23 Thu

#5323. Shakespeare 時代の主な劇団 --- 井出新(著)『シェイクスピア それが問題だ!』(大修館,2023年)より [shakespeare][drama][emode][renaissance]

 「#5316. Shakespeare の作品一覧(執筆年代順) --- 井出新(著)『シェイクスピア それが問題だ!』(大修館,2023年)より」 ([2023-11-16-1]) の表中に [A] Pembroke's Men [B] Strange's Men [C] Derby's Men [D] Chamberlain's Men [E] King's Men などのラベルがみえる.これは当該の作品と結びつけられている劇団の名前である.井出 (66--67) の「シェイクスピア時代の主な劇団(( )内は活動時期)と題するコラムがあるので,備忘録としてこちらにも記載しておきたい.こうしてみると劇団にも盛衰があるのだなあ.



■レスター伯一座 (Earl of Leicester's Men, 1559--88)
 パトロンはロバート・ダドリー.伯爵に叙せられる1564年以前は「ダドリー一座として活動.地方巡業を多く行った.1570年代前半にジェイムズ・バーベッジ(リチャードの父)が所属.

■ウスター伯一座 (Earl of Worcester's Men, 1562--1603)
 パトロンはウィリアム・サマーセットと息子エドワード.海外巡業を得意としたロバート・ブラウンや宮内大臣一座を脱退したウィリアム・ケンプが所属した.地方巡業を多く行なったが,1602年にボアズ・ヘッド館を拠点化し,宮内大臣一座や海軍大臣一座に次ぐ劇団となった.ジェイムズ一世即位後はアン王妃の庇護を受け,「アン王女一座」として1619年まで活動した.

■ストレインジ卿一座 (Lord Strange's Men, 1564--94)
 パトロンはヘンリー・スタンリーと息子ファーディナンド.ジョン・ヘミングズやケンプが宮内大臣一座に加入する前に所属.1590年代はシアター座,ローズ座などを使用.1594年ファーディナンドの死去により団員はいくつかの劇団に離散,残留組は彼の弟ウィリアムの庇護下でダービー伯一座として活動した.

■王室礼拝堂少年劇団 (Children of the Chapel Royal, 1575--90, 1600--03)
 1576年にリチャード・ファラント座長のもと,御前公演のリハーサルという建前で一般向け上演を開始.1600年以降はブラックフライアーズ座を拠点にベン・ジョンソンらの諷刺喜劇を上演して成人劇団を凌ぐ人気を得た.ジェイムズ即位後は(王妃)祝典少年劇団 (1603--13) として活動したが,1609年に拠点をホワイトフライアーズ座へと移してからは勢いが衰えた.

■聖ポール少年劇団 (Children of St Paul's, 1575--82, 1586--90, 1599--1606)
 聖ポール大聖堂の聖歌隊を母体にして商業演劇に乗り出し,境内に建設された屋内劇場を拠点に活動.1600年代はジョン・マーストンやトマス・ミドルトンらによる諷刺喜劇で人気を博した.

■海軍大臣一座 (Lord Admiral's Men, 1576--1603)
 パトロンはチャールズ・ハワード.海軍大臣に任じられる1585年までは「ハワーズ一座」として活動.1580年代後半に加入した名優エドワード・アレンの活躍によりロンドン二大劇団の一つとなった.興行師フィリップ・ヘンズロウの経営するローズ座とフォーチュン座を本拠地に活動した.→ヘンリー王子一座

■女王一座 (Queen's Men, 1583--94)
 パトロンはエリザベス一世.枢密院の肝いりでリチャード・タールトンなど有名俳優をいろいろな劇団から引き抜いて結成された.1588年にタールトンが死去してからは次第に人気が凋落.地方巡業が多く,ロンドンではシアター座やカーテン座などを使用.

■ペンブルック伯一座 (Earl of Pembroke's Men, 1591--1601)
 パトロンはヘンリー・ハーバート.宮内大臣一座に加入する以前シェイクスピアが一座に所属していたと推測する学者も多い.興行主フランシス・ラングリーの経営するスワン座が本拠地.

■宮内大臣一座 (Lord Chamberlain's Men, 1594--1603)
 パトロンはヘンリー・ケアリと息子のジョージ.1594年にシェイクスピアやリチャード・バーベッジらを加えて新結成.幹部が共同経営するシアター座,グローブ座が本拠地.→国王一座

■国王一座 (King's Men, 1603--42)
 パトロンはジェイムズ一世とチャールズ一世.ジェイムズは即位後の5月19日,宮内大臣一座の劇団員を庇護下に置き,彼らに特権的地位を与えた.本拠地はグローブ座,1609年以降は少年劇団が使用していたブラックフライアーズ座も拠点化した.

■ヘンリー王子一座 (1603--12)
 前身は海軍大臣一座.ジェイムズ一世の即位後,ヘンリー王子の庇護を得た.王子が1612年にチフスで死去した後は王女エリザベスの夫フリードリヒ五世をパトロンとして1624年まで活動するが,本拠地フォーチュン座消失(1621年)後は勢いが衰えた.





井出 新 『シェイクスピア それが問題だ!』 大修館,2023年.



 ・ 井出 新 『シェイクスピア それが問題だ!』 大修館,2023年.

Referrer (Inside): [2023-12-27-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2023-11-18 Sat

#5318. シェイクスピアの言語は "speaking picture" [shakespeare][drama][emode][literature][link]

 McKeown のシェイクスピアの言語論を読んだ.英語史のハンドブックのなかに納められている,"Shakespeare's Literary Language" と題する9ページほどのさほど長くない導入的エッセーである.結論的にいえば,沙翁の言語は "speaking picture" であるということだ.これは「語る絵画」と訳せばよいのだろうか.言葉によって,あたかも絵画を鑑賞しているような雰囲気に誘う,というほどの理解でよいだろうか.
 その効果が最もよく発揮されているのが「独白」であるという.シェイクスピアといえば,確かに独白を思い浮かべる人も多いだろう.エッセーの締めくくりに次のようにある.

There is much more to Shakespeare the poet than the soliloquy or the monologue but there is nothing more Shakespeare than this poetic mode. If we recognize that it derives from a tradition that regards poetry as a "speaking picture" that teaches and delights, we can give some critical substance to the oft made suggestion that Shakespeare, more than anyone else, teaches us what it means to be human. For what is definitive about human beings if not self-consciousness, and what is self-consciousness if not the capacity to act as witnesses to our own lives, to separate ourselves from our experiences, however blissful or devastating, and give them voice?


 沙翁については,本ブログでも shakespeare の各記事で取り上げてきたし,Voicy heldio でも話題にしてきた.主要なコンテンツを列挙しておこう.今後も多く取り上げていきたい.

 ・ hellog 「#195. Shakespeare に関する Web resources」 ([2009-11-08-1])
 ・ hellog 「#1763. Shakespeare の作品と言語に関する雑多な情報」 ([2014-02-23-1])
 ・ hellog 「#2283. Shakespeare のラテン語借用語彙の残存率」 ([2015-07-28-1])
 ・ hellog 「#4341. Shakespeare にみられる4体液説」 ([2021-03-16-1])
 ・ hellog 「#4250. Shakespeare の言語の研究に関する3つの側面と4つの目的」 ([2020-12-15-1])
 ・ hellog 「#4285. Shakespeare の英語史上の意義?」 ([2021-01-19-1])
 ・ hellog 「#4482. Shakespeare の発音辞書?」 ([2021-08-04-1])
 ・ hellog 「#4483. Shakespeare の語彙はどのくらい豊か?」 ([2021-08-05-1])
 ・ hellog 「#5316. Shakespeare の作品一覧(執筆年代順) --- 井出新(著)『シェイクスピア それが問題だ!』(大修館,2023年)より」 ([2023-11-16-1])
 ・ heldio 「#898. 井出新先生のご著書の紹介 --- 『シェイクスピア それが問題だ!』(大修館,2023年)」

 ・ McKeown, Adam. N. "Shakespeare's Literary Language." Chapter 44 of A Companion to the History of the English Language. Ed. Haruko Momma and Michael Matto. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2008. 455--63.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2023-11-16 Thu

#5316. Shakespeare の作品一覧(執筆年代順) --- 井出新(著)『シェイクスピア それが問題だ!』(大修館,2023年)より [shakespeare][literature][bibliography][voicy][heldio]

 井出新先生(慶應義塾大学文学部英米文学専攻)の新著のコラムに,シェイクスピアの作品一覧表(執筆年代順)が便利に掲載されている (42--43) .「作品一覧表の推定執筆年は,戯曲については Martin Wiggins, British Drama 1533--1642: A Catalogue (Oxford University Press, 2021--) に,詩作については Arden 版シェイクスピア(第3シリーズ)に拠っています」 (43) とのことで,以下に一覧を再現しておきたい(関連して「#1044. 中英語作品,Chaucer,Shakespeare,聖書の略記一覧」 ([2012-03-06-1]) も参照).表中の「判型」は,F = Folio (二つ折り本), Q = Quarter (四つ折り本), O = Octavo (八つ折り本).

*: シェイクスピア存命中に宮廷上演の史料が残っている作品 +: ロンドン法学院,オックスフォード,またはケンブリッジでの上演を示唆する史料が残っている作品
[A] Pembroke's Men [B] Strange's Men [C] Derby's Men [D] Chamberlain's Men [E] King's Men

作品名推定執筆年初版出版年 (判型) [初演の劇団]
 ヘンリー六世 第二部 Henry VI, Part 215911594 (Q) [A?]
 ヘンリー六世 第三部 Henry VI, Part 315911595 (O) [A]
 じゃじゃ馬ならし The Taming of the Shrew15921623 (F) [A]
 ヘンリー六世 第一部 Henry VI, Part 115921623 (F) [B]
 タイタス・アンドロニカス Titus Andronicus15921594 (Q) [A?]
 間違いの喜劇 The Comedy of Errors15921623 (F) [A?+*]
 リチャード三世 Richard III15931597 (Q) [C?]
 エドワード三世 Edward III15931596 (Q) [?]
 ヴィーナスとアドーニス[詩] Venus and Adonis1593--941593 (Q)
 ヴェローナの二紳士 The Two Gentlemen of Verona15941623 (F) [?]
 ロミオとジュリエット Romeo and Juliet15941597 (Q) [D?]
 ルークリースの陵辱[詩] The Rape of Lucrece1593--941594 (Q)
 リチャード二世 Richard II15951597 (Q) [D]
 夏の夜の夢 A Midsummer Night's Dream15951600 (Q) [D*]
 恋の骨折り損 Love's Labour's Lost15961598 (Q) [D*]
 ジョン王 King John15961623 (F) [D]
 ヴェニスの商人 The Merchant of Venice15961600 (Q) [D*]
 ヘンリー四世 第一部 Henry IV, Part 115971598 (Q) [D*]
 ウィンザーの陽気な女房たち The Merry Wives of Windsor15971602 (Q) [D*]
 ヘンリー四世 第二部 Henry IV, Part 215971609 (Q) [D*]
 から騒ぎ Much Ado About Nothing15981600 (Q) [D*]
 ヘンリー五世 Henry V15991600 (Q) [D*]
 ジュリアス・シーザー Julius Caesar15991623 (F) [D*]
 情熱の巡礼者[詩] The Passionate Pilgrim1598--991599 (Q)
 お気に召すまま As You Like It16001623 [F] [D]
 ハムレット Hamlet16001603 (Q) [D+]
 十二夜 Twelfth Night, or What You Will16011623 (Q) [D+]
 不死鳥と雉鳩[詩] The Passionate Pilgrim16011601 (Q)
 トロイラスとクレシダ Troilus and Cressida16021609 (Q) [D]
 尺には尺を Measure for Measure16031623 (F) [E*]
 オセロー Othello16041622 (Q) [E+*]
 終わりよければすべてよし All's Well That Ends Well16051623 (F) [E]
 リア王 King Lear16051608 (Q) [E*]
 マクベス Macbeth16061623 (F) [E]
 アントニーとクレオパトラ Antony and Cleopatra16061623 (F) [E]
 アテネのタイモン Timon of Athens16071623 (F) [E]
 ペリクリーズ Pericles16071609 (Q) [E]
 コリオレイナス Coriolanus16081623 (F) [E]
 ソネット集[詩] Sonnets?--16091609 (Q)
 恋人の嘆き[詩] A Lover's Complaint16091609 (Q)
 シンベリン Cymbeline16101623 (F) [E]
 冬物語 The Winter's Tale16111623 (F) [E*]
 テンペスト The Tempest16111623 (F) [E*]
 ヘンリー八世 Henry VIII16121623 (F) [E]
 血縁の二公子 The Two Noble Kinsmen16131634 (Q) [E]



井出 新 『シェイクスピア それが問題だ!』 大修館,2023年.



 本書については昨日の Voicy heldio でも「#898. 井出新先生のご著書の紹介 --- 『シェイクスピア それが問題だ!』(大修館,2023年)」としてご紹介していますので,ぜひお聴き下さい.



 ・ 井出 新 『シェイクスピア それが問題だ!』 大修館,2023年.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2023-10-10 Tue

#5279. Z の推し活 [notice][z][alphabet][ame_bre][greek][latin][french][academy][shakespeare][consonant][youtube][grapheme][link][spelling][helsta]

 一昨日配信した YouTube の「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」の最新回は「#169. なぜ Z はアルファベットの最後に追いやられたのか? --- 時代に翻弄された日陰者 Z の物語」です.歴史的に「日陰者 Z」と称されてきたかわいそうな文字にスポットライトを当て,12分ほど集中して語りました.これで Z が多少なりとも汚名返上できればよいのですが.



 z の文字については,この hellog,および Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」等の媒体でも,様々に取り上げてきました.Z の汚名返上のために助力してきた次第ですが,さすがに Z に関する話題はこれ以上見つからなくなってきましたので,ネタとしてはいったん打ち切りになりそうです.
 これまでの Z の推し活の履歴を列挙します.



[ hellog ]

 ・ 「#305. -ise か -ize か」 ([2010-02-26-1])
 ・ 「#314. -ise か -ize か (2)」 ([2010-03-07-1])
 ・ 「#446. しぶとく生き残ってきた <z>」 ([2010-07-17-1])
 ・ 「#447. Dalziel, MacKenzie, Menzies の <z>」 ([2010-07-18-1])
 ・ 「#799. 海賊複数の <z>」 ([2011-07-05-1])
 ・ 「#964. z の文字の発音 (1)」 ([2011-12-17-1])
 ・ 「#965. z の文字の発音 (2)」 ([2011-12-18-1])
 ・ 「#1914. <g> の仲間たち」 ([2014-07-24-1])
 ・ 「#2916. 連載第4回「イギリス英語の autumn とアメリカ英語の fall --- 複線的思考のすすめ」」 ([2017-04-21-1])
 ・ 「#2925. autumn vs fall, zed vs zee」 ([2017-04-30-1])
 ・ 「#4990. 動詞を作る -ize/-ise 接尾辞の歴史」 ([2022-12-25-1])
 ・ 「#4991. -ise か -ize か問題 --- 2つの論点」 ([2022-12-26-1])
 ・ 「#5042. 『中高生の基礎英語 in English』の連載第24回(最終回)「アルファベット最後の文字 Z のミステリー」」 ([2023-02-15-1])

heldio (Voicy) ]

 ・ 「#171. z と r の発音は意外と似ていた!」 (2021/11/18)
 ・ 「#540. Z について語ります」 (2022/11/22)
 ・ 「#541. Z は zee か zed か問題」 (2022/11/23)

[ helsta (stand.fm) ←数日前に始めました ]

 ・ 「#3. 動詞を作る接尾辞 -ize の裏話」 (2023/10/08)




 ただし,いずれ Z に関する新ネタを仕込むことができれば,もちろん Z の汚名返上活動に速やかに戻るつもりです.皆様,これからも Z にはぜひとも優しく接してあげてくださいね.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2023-03-11 Sat

#5066. 英語の前置詞としての sans [french][loan_word][preposition][shakespeare][connotation][idiom]

 この1週間は hellog でも Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」でも前置詞 (preposition) に注目する機会がたまたま多く,途中から「前置詞ウィーク」と呼んで発信していました.前置詞にご関心のある方は,ぜひこの数日間の記事や放送回を振り返っていただければと思います..
 今日も同じ流れで,意外性のある前置詞として sans を紹介します.without に相当するフランス語の前置詞でフランス語では sans /sɑ̃/ と発音されますが,英語としては綴字通りに /sænz/ と発音されます.フランス語からそのまま取り入れた慣用表現の前置詞句は,例えば sans doute 「疑いもなく」 /sɑ̃ duːt/ のように,フランス語風に発音されますが,そうでない場合には英語化した /sænz/ で発音されます.英語の文脈では,たいてい古風,あるいは冗談めかした connotation で用いられます.例文を挙げてみましょう.

 ・ Sans teeth, sans eyes, sans taste, sans everything. 「(老いぼれて)歯もなく,目もなく,味もなければ何もなし」(Shakespeare, As You Like It II. vii)
 ・ a wallet sans cash
 ・ There were no potatoes so we had fish and chips sans the chips.
 ・ He came to the door sans shirt.
 ・ She went to the party sans her husband.
 ・ She would not be happy with people seeing her sans makeup.
 ・ He was wearing running shoes, sans socks.


 こうしてみると,なかなか使ってみたくなる前置詞ですね.
 OED の sans, prep. によると,英語での初出は初期近代英語の Kyng Alisaunder です.

c1300 K. Alis. 134 Of gold he made a table Al ful of steorren, saun fable.


 ただし,Shakespeare 以前の用法はいずれも目的語としてフランス単語を伴っており,いわばフランス語の慣用表現をそのまま英語に取り込んだもののようです (ex. sans delay, sans doubt, sans fable, sans pity, sans return).英語において生産的な前置詞として発達したのは,かの言葉遊びの天才がユーモアを交えて再導入したからといってよさそうです.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2023-02-25 Sat

#5052. none は単数扱いか複数扱いか? [sobokunagimon][pronoun][indefinite_pronoun][number][agreement][negative][proverb][shakespeare][oe][singular_they][link]

 不定人称代名詞 (indefinite_pronoun) の none は「誰も~ない」を意味するが,動詞とは単数にも複数にも一致し得る.None but the brave deserve(s) the fair. 「勇者以外は美人を得るに値せず」の諺では,動詞は3単現の -s を取ることもできるし,ゼロでも可である.規範的には単数扱いすべしと言われることが多いが,実際にはむしろ複数として扱われることが多い (cf. 「#301. 誤用とされる英語の語法 Top 10」 ([2010-02-22-1])) .
 none は語源的には no one の約まった形であり one を内包するが,数としてはゼロである.分かち書きされた no one は同義で常に単数扱いだから,none も数の一致に関して同様に振る舞うかと思いきや,そうでもないのが不思議である.
 しかし,American Heritage の注によると,none の複数一致は9世紀からみられ,King James Bible, Shakespeare, Dryden, Burke などに連綿と文証されてきた.現代では,どちらの数に一致するかは文法的な問題というよりは文体的な問題といってよさそうだ.
 Visser (I, § 86; pp. 75--76) には,古英語から近代英語に至るまでの複数一致と単数一致の各々の例が多く挙げられている.最古のものから Shakespeare 辺りまででいくつか拾い出してみよう.

86---None Plural.
   Ælfred, Boeth. xxvii §1, þæt þær nane oðre an ne sæton buton þa weorðestan. | c1200 Trin. Coll. Hom. 31, Ne doð hit none swa ofte se þe hodede. | a1300 Curs. M. 11396, bi-yond þam ar wonnand nan. | 1534 St. Th. More (Wks) 1279 F10, none of them go to hell. | 1557 North, Gueuaia's Diall. Pr. 4, None of these two were as yet feftene yeares olde (OED). | 1588 Shakesp., L.L.L. IV, iii, 126, none offend where all alike do dote. | Idem V, ii, 69, none are so surely caught . . ., as wit turn'd fool. . . .

Singular.
   Ælfric, Hom. i, 284, i, Ne nan heora an nis na læsse ðonne eall seo þrynnys. | Ælfred, Boeth. 33. 4, Nan mihtigra ðe nis ne nan ðin gelica. | Charter 41, in: O. E. Texts 448, ȝif þæt ȝesele . . . ðæt ðer ðeara nan ne sie ðe londes weorðe sie. | a1122 O. E. Chron. (Laud Ms) an. 1066, He dyde swa mycel to gode . . . swa nefre nan oðre ne dyde toforen him. | a1175 Cott. Hom. 217, ȝif non of him ne spece, non hine ne lufede (OED). | c1250 Gen. & Ex. 223, Ne was ðor non lik adam. | c1450 St. Cuthbert (Surtees) 4981, Nane of þair bodys . . . Was neuir after sene. | c1489 Caxton, Blanchardyn xxxix, 148, Noon was there, . . . that myghte recomforte her. | 1588 A. King, tr. Canisius' Catch., App., To defende the pure mans cause, quhen thair is nan to take it in hadn by him (OED). | 1592 Shakesp., Venus 970, That every present sorrow seemeth chief, But none is best.


 none の音韻,形態,語源,意味などについては以下の記事も参照.

 ・ 「#1297. does, done の母音」 ([2012-11-14-1])
 ・ 「#1904. 形容詞の no と副詞の no は異なる語源」 ([2014-07-14-1])
 ・ 「#2723. 前置詞 on における n の脱落」 ([2016-10-10-1])
 ・ 「#2697. fewa few の意味の差」 ([2016-09-14-1])
 ・ 「#3536. one, once, none, nothing の第1音節母音の問題」 ([2019-01-01-1])
 ・ 「#4227. なぜ否定を表わす語には n- で始まるものが多いのですか? --- hellog ラジオ版」 ([2020-11-22-1])

 また,数の不一致についても,これまで何度か取り上げてきた.英語史的には singular_they の問題も関与してくる.

 ・ 「#1144. 現代英語における数の不一致の例」 ([2012-06-14-1])
 ・ 「#1334. 中英語における名詞と動詞の数の不一致」 ([2012-12-21-1])
 ・ 「#1355. 20世紀イギリス英語で集合名詞の単数一致は増加したか?」 ([2013-01-11-1])
 ・ 「#1356. 20世紀イギリス英語での government の数の一致」 ([2013-01-12-1])

 ・ Visser, F. Th. An Historical Syntax of the English Language. 3 vols. Leiden: Brill, 1963--1973.

Referrer (Inside): [2024-01-01-1] [2023-02-26-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2023-01-29 Sun

#5025. 最長の英単語をめぐって --- 『英文学者がつぶやく英語と英国文化をめぐる無駄話』より [review][spelling][vocabulary][shakespeare][word_game]

 昨年出版された安藤聡(著)『英文学者がつぶやく英語と英国文化をめぐる無駄話』(平凡社)を読了した.英語(文化)史を中心とした教養のエッセイ集である.

安藤 聡 『英文学者がつぶやく英語と英国文化をめぐる無駄話』 平凡社,2022年.



 本書の2つめのエッセイの題が「最も長い英単語」である (24--31) .本ブログでも関連する記事を3本書いてきた.

 ・ 「#63. 塵肺症は英語で最も重い病気?」 ([2009-06-30-1]) より pneumonoultramicroscopicsilicovolcanoconiosis
 ・ 「#2797. floccinaucinihilipilification」 ([2016-12-23-1])
 ・ 「#391. antidisestablishmentarianism 「反国教会廃止主義」」 ([2010-05-23-1])

 この3つの語は当該のエッセイでも触れられているが,もう1つ私の知らなかった長大な語が挙げられていたので,オォっとなった.supercalifragilisticexpialidocious という34文字からなる無意味な語である.OED によると "A nonsense word, originally used esp. by children, and typically expressing excited approbation: fantastic, fabulous." と説明がある.1931年が初出だが,1964年のディズニー映画『メリー・ポピンズ』のなかで呪文として用いられ有名になった語ということだ.
 同エッセイでは,特別部門での最長英単語も紹介されている.例えば固有名詞部門としてウェイルズの地名 Llanfairpwllgwyngyllgogerychwyrndrobwllllantysiliogogogoch は58文字からなる.2つの村が合併して両方の名前が接続されたために,このようなことになったらしい.読み方は不明で,そもそも英単語なのかというと怪しいところがあり,アレではある.
 同じ文字を繰り返さない pangram 的な最長英単語の部門としては,dermatoglyphics 「掌紋学」と uncopyrightable 「版権を取ることが出来ない」がそれぞれ15文字で最長語候補となる.pangram については「#1007. Veldt jynx grimps waqf zho buck.」 ([2012-01-29-1]) を参照.
 Shakespeare が用いた最長単語の部門としては,『恋の骨折り損』より honorificabilitudinitatibus 「名誉を受けるに値する」が挙げられている.
 最後に,語頭と語末の間に1マイルもの距離がある smiles が最長英単語であるというのは古典的なジョークである.
 英語好きにぜひお勧めしたいエッセイ集.

 ・ 安藤 聡 『英文学者がつぶやく英語と英国文化をめぐる無駄話』 平凡社,2022年.

Referrer (Inside): [2023-03-14-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2022-12-24 Sat

#4989. 近代英語の Merry Christmas! と中英語の Nowell! [interjection][chaucer][christmas][greetings][anglo-norman][shakespeare][chaucer][sggk]

 2022年のクリスマス・イヴです.この時期の英語での「時候の挨拶」は,いわずとしれた Merry Christmas! ですね.オリジナルの形は (I wish you a) merry Christmas! ほどで,挨拶 (greetings) のために先行する部分が省略された事例です.イギリス英語ではしばしば Happy Christmas! ともいわれ,宗教色を控えてHappy Holidays! なども用いられます.関連して「#4284. 決り文句はほとんど無冠詞」 ([2021-01-18-1]),「#4259. クリスマスの小ネタ5本」 ([2020-12-24-1]) もご一読ください.
 Merry Christmas について OED を調べてみると,この挨拶の初出は初期近代英語期の1534年のことです.1534年といえば,ヘンリー8世がローマ教会と決別して英国国教会 (Church of England) を成立させた年ですね.16世紀からの最初期の3例文を挙げましょう.

1534 J. Fisher Let. 22 Dec. in T. Fuller Church Hist. Eng. (1837) v. iii. 47 And thus our Lord send yow a mery Christenmas, and a comfortable, to yowr heart desyer.
1565 J. Scudamore Let. 17 Dec. in Hereford Munic. MSS (transcript) (O.E.D. Archive) I. ii. 209 And thus I comytt you to god, who send you a mery Christmas & many.
1600 W. Shakespeare Henry IV, Pt. 2 v. iii. 36 Welcome mery shrouetide.


 最初期は,共起する動詞は wish よりも send が普通だったのでしょうか.Lord 「主」から贈られる言葉だったようですね.
 中英語期までは,代わりにアングロノルマン語由来の Nowell が「クリスマス」の意味および挨拶のために用いられていました (cf. フランス語 (Je souhaite un) joyeux No&etrema;l!) .OED の Nowell, int. and n. の第1語義と初例を覗いてみましょう.初例はジェフリー・チョーサー (Geoffrey Chaucer) の『カンタベリ物語』 (The Canterbury Tales) からです.

A. int.
 A word shouted or sung: expressing joy, originally to commemorate the birth of Christ. Now only as retained in Christmas carols (cf. NOEL n.).

   c1395 G. Chaucer Franklin's Tale 1255 Biforn hym stant brawen of tosked swyn, And Nowel crieth euery lusty man.


 ちなみに,Nowell は「クリスマスの饗宴」の語義もあり,これは『ガウェイン卿と緑の騎士』 (Sir Gawain and the Green Knight) の冒頭に近いアーサー王の宮廷の場面での使用が初例となっています.
 

c1400 (?c1390) Sir Gawain & Green Knight (1940) 65 (MED) Loude crye watz þer kest of clerkez & o綻er, Nowel nayted o-newe, neuened ful ofte.


 クリスマス関連の語彙については,OED ブログより A Christmassy Lexicon の記事をお勧めします.
 ということで,今日は中世風に Nowell!

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2022-12-16 Fri

#4981. Reginald Pecock --- 史上最強の "infinitive-splitter" [split_infinitive][infinitive][syntax][word_order][pecock][chaucer][wycliffe][shakespeare]

 「#4976. 「分離不定詞」事始め」 ([2022-12-11-1]),「#4977. 分離不定詞は14世紀からあるも増加したのは19世紀半ば」 ([2022-12-12-1]),「#4979. 不定詞の否定として to not do も歴史的にはあった」 ([2022-12-14-1]) の流れを受け,分離不定詞 (split_infinitive) について英語史上のおもしろい事実を1つ挙げたい.
 分離不定詞を使用する罪深い人間は infinitive-splitter という呼称で指さされることを,先の記事 ([2022-12-11-1]) で確認した.OED が1927年にこの呼称の初出を記録している.infinitive-splitter という呼称が初めて現われるよりずっと前,5世紀も遡った時代に,英語史上の真の "infinitive-splitter" が存在した.ウェールズの神学者 Reginald Pecock (1395?--1460) である.
 分離不定詞の事例は14世紀(あるいは13世紀?)より見出されるといわれるが,後にも先にも Pecock ほどの筋金入りの infinitive-splitter はいない.彼に先立つ Chaucer はほとんど使わなかったし,Layamon や Wyclif はもう少し多く使ったものの頻用したわけではない.後の Shakespeare や Kyd も不使用だったし,18世紀末にかけてようやく頻度が高まってきたという流れだ.中英語期から初期近代英語期にかけての時代に,Pecock は infinitive-splitter として燦然と輝いているのだ.しかし,なぜ彼が分離不定詞を多用したのかは分からない.Visser (II, § 977; p. 1036) も,次のように戸惑っている.

Quite apart, however, stands Reginald Pecock, who in his Reule (c 1443), Donet (c 1445), Repressor (c. 1449), Folewer (c 1454) and Book of Faith (c 1456) not only makes such an overwhelmingly frequent use of it that he surpasses in this respect all other authors writing after him, but also outdoes them in the boldness of his 'splitting'. For apart from such patterns as 'to ech dai make him ready', 'for to in some tyme, take', 'for to the better serve thee', which are extremely common in his prose, he repeatedly inserts between to and the infinitive adverbial adjuncts and even adverbial clauses of extraordinary length, e.g. Donet 31, 17, 'What is it for to lyue þankingly to god ...? Sone, it is forto at sum whiles, whanne oþire profitabler seruycis of god schulen not þerbi be lettid, and whanne a man in his semyng haþ nede to quyke him silf in þe seid lovis to god and to him silf and nameliche to moral desires (whiche y clepe here 'loves' or 'willingnis') vpon goodis to come and to be had, seie and be aknowe to god ... þat he haþ receyued benefte or benefetis of god.') . . .
   It is not ascertainable what it was that brought Pecock, to this consistent deliberate and profuse use of the split infinitive, which in his predecessors and contemporaries only occurred occasionally, and more or less haphazardly. Neither can the fact be accounted for that he had no followers in this respect, although his works were widely read and studied.


 上に挙げられている例文では,不定詞マーカーの forto と動詞原形 seie and be の間になんと57語が挟まれている.Pecock に史上最強の infinitive-splitter との称号を与えたい.

 ・ Visser, F. Th. An Historical Syntax of the English Language. 3 vols. Leiden: Brill, 1963--1973.

Referrer (Inside): [2024-07-30-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2022-12-07 Wed

#4972. 統語的な橋渡しとしての I not say. (2) [negative][syntax][word_order][negative_cycle][shakespeare][eebo]

 「#2233. 統語的な橋渡しとしての I not say.」 ([2015-06-08-1]) で一度取り上げた,英語史上目立たない否定の語順に関する話題に再び注目したい.
 古英語から中英語にかけて,否定辞として ne が用いられる場合には「S + ne + V」の語順が規則的だった.しかし,否定辞として not が用いられるようになると「S + V + not」の語順が規則となり,「S + not + V」は非常にまれな構造となった."Jespersen's cycle" と称される否定構造の通時的変化のなかでも「S + not + V」はうまく位置づけられておらず,よくても周辺的な扱いにとどまる.
 しかし,Visser (III, §1440) は,Type 'He not spoke (those words)' の構造についてもう少し丁寧にコメントしており,例文も50件以上集めている.コメントを引用しよう.

Before 1500 this type is only sporadically met with, but after 1500 its currency increases and it becomes pretty common in Shakespeare's time. After c1700 a decline sets in and in Present-day English, where the type 'he did not command' is the rule, the idiom is chiefly restricted to poetry. . . . According to Smith (Mod. Språ 27, 1933) it is still used in Modern literary English in order to contrast a verb with a preceding one, e.g. 'The wise mother suggests the duty, not commands it'. The frequency of the use of this type in the 16th and 17th centuries seems to have escaped the attention of grammarians. Thus 1951 Söderlind (p. 218) calls a quotation from Dryden's prose containing this construction "a unique instance of not preceding the finite verb", and 1953 (Ellegård (p. 198) states: "not hardly ever occurred before the finite verb." Poutsma's earliest example (1928 I, i p. 102) is a quotation from Shakespeare. The following statement is interesting, ignoring as it does the occurrence of the idiom between "O.E." (=?perhaps: Middle English) and modern poetry: 1876 Ernest Adams, The Elements of the English Language p. 217: "Frequently in O.E. and, rarely, in modern poetry, do and the infinitive are not employed in negative propositions: I not repent my courtesies---Ford; I not dislike the course.---Ibid.; I swear it would not ruffle me so much As you that not obey me---Tennyson."


 このコメントの後に1400年頃から20世紀に至るまでの例文が数多く列挙されている.とりわけ初期近代英語期に注目して EEBO などの巨大コーパスで調査すれば,かなりの例文が集められるのではないだろうか.

 ・ Visser, F. Th. An Historical Syntax of the English Language. 3 vols. Leiden: Brill, 1963--1973.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2021-12-30 Thu

#4630. Shakespeare の比較級・最上級の例をもっと [shakespeare][emode][comparison][superlative][adjective][adverb][suffix][periphrasis][suppletion]

 昨日の記事「#4629. Shakespeare の2重比較級・最上級の例」 ([2021-12-29-1]) で,現代英語の規範文法では許容されない2重比較級・最上級が Shakespeare によって使われていた事例を見た.
 それとは異なるタイプだが,現代では普通 more, most を前置する迂言形が用いられるところに Shakespeare では -er, -est を付す屈折形が用いられていた事例や,その逆の事例も観察される.さらには,現代では比較級や最上級になり得ない「絶対的」な意味をもつ形容詞・副詞が,Shakespeare ではその限りではなかったという例もある.現代と Shakespeare には400年の時差があることを考えれば,このような意味・統語論的な変化があったとしても驚くべきことではない.
 Shakespeare と現代の語法で異なるものを Crystal and Crystal (88--90) より列挙しよう.

[ 現代英語では迂言法,Shakespeare では屈折法の例 ]

Modern comparative Shakespearian comparative Example
---------------------- ----------------------------- -----------
more honest honester Cor IV.v.50
more horrid horrider Cym IV.ii.331
more loath loather 2H6 III.ii.355
more often oftener MM IV.ii.48
more quickly quicklier AW I.i.122
more perfect perfecter Cor II.i.76
more wayward waywarder AY IV.i.150

Modern superlative Shakespearian superlative Example
---------------------- ----------------------------- ---------------
most ancient ancient'st WT Iv.i10
most certain certain'st TNK V.iv.21
most civil civilest 2H6 IV.vii.56
most condemned contemned'st KL II.ii.141
most covert covert'st R3 III.v.33
most daring daring'st H8 II.iv.215
most deformed deformed'st Sonn 113.10
most easily easil'est Cym IV.ii.206
most exact exactest Tim II.ii.161
most extreme extremest KL V.iii.134
most faithful faithfull'st TN V.i.112
most foul-mouthed foul mouthed'st 2H4 II.iv.70
most honest honestest AW III.v.73
most loathsome loathsomest TC II.i.28
most lying lyingest 2H6 II.i.124
most maidenly maidenliest KL I.ii.131
most pained pained'st Per IV.vi.161
most perfect perfectest Mac I.v.2
most ragged ragged'st 2H4 I.i.151
most rascally rascalliest 1H4 I.ii.80
most sovereign sovereignest 1H4 I.iii.56
most unhopeful unhopefullest MA II.i.349
most welcome welcomest 1H6 II.ii.56
most wholesome wholesom'st MM IV.ii.70

[ 現代英語では屈折法,Shakespeare では迂言法の例 ]

Modern comparative Shakespearian comparative Example
---------------------- ----------------------------- ---------------
greater more great 1H4 IV.i77
longer more long Cor V.ii.63
nearer more near AW I.iii.102

[ 現代英語では比較級・最上級を取らないが,Shakespeare では取っている例 ]

Modern word Shakespearian comparison Example
---------------------- ----------------------------- ---------------
chief chiefest 1H6 I.i.177
due duer 2H4 III.ii.296
just justest AC II.i.2
less lesser R2 II.i.95
like liker KJ II.i.126
little littlest [cf. smallest] Ham III.ii.181
rather ratherest LL IV.ii.18
very veriest 1H4 II.ii.23
worse worser [cf. less bad] Ham III.iv.158

 現代と過去とで比較級・最上級の作り方が異なる例については「#3618. Johnson による比較級・最上級の作り方の規則」 ([2019-03-24-1]) も参照.

 ・ Crystal, David and Ben Crystal. Shakespeare's Words: A Glossary & Language Companion. London: Penguin, 2002.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2021-12-29 Wed

#4629. Shakespeare の2重比較級・最上級の例 [shakespeare][emode][comparison][double_comparative][superlative][adjective][adverb]

 本ブログの以下の記事で書いてきたが,Shakespeare が most unkindest cut of all (JC III.ii.184) のような,現代の規範文法では破格とされる2重最上級(および2重比較級 (double_comparative))を用いたことはよく知られている.実際には,Shakespeare がこのような表現をとりわけ頻用したわけではないのだが,使っていることは確かである.

 ・ 「#195. Shakespeare に関する Web resources」 ([2009-11-08-1])
 ・ 「#3615. 初期近代英語の2重比較級・最上級は大言壮語にすぎない?」 ([2019-03-21-1])
 ・ 「#3619. Lowth がダメ出しした2重比較級と過剰最上級」 ([2019-03-25-1])

 では,Shakespeare は他のどのような2重比較級・最上級を使ったのか.Crystal and Crystal (88) が代表的な例を列挙してくれているので,それを再現したい.

[ Double comparatives ]

 ・ more better (MND III.i.18)
 ・ more bigger-looked (TNK I.i.215)
 ・ more braver (Tem I.ii.440)
 ・ more corrupter (KL II.ii.100)
 ・ more fairer (E3 II.i.25)
 ・ more headier (KL II.iv.105)
 ・ more hotter (AW IV.v.38)
 ・ more kinder (Tim IV.i.36)
 ・ more mightier (MM V.i.235)
 ・ more nearer (Ham II.i.11)
 ・ more nimbler (E3 II.ii.178)
 ・ more proudlier (Cor IV.vii.8)
 ・ more rawer (Ham V.ii.122)
 ・ more richer (Ham III.ii.313)
 ・ more safer (Oth I.iii.223)
 ・ more softer (TC II.ii.11)
 ・ more sounder (AY III.ii.58)
 ・ more wider (Oth I.iii.107)
 ・ more worse (KL II.ii.146)
 ・ more worthier (AY III.iii.54)
 ・ less happier (R2 II.i.49)

[ Double superlatives ]

 ・ most boldest (JC III.i.121)
 ・ most bravest (Cym IV.ii.319)
 ・ most coldest (Cym II.iii.2)
 ・ most despiteful'st (TC IV.i.33)
 ・ most heaviest (TG IV.ii.136)
 ・ most poorest (KL II.iii.7)
 ・ most stillest (2H4 III.ii.184)
 ・ most unkindest (JC III.ii.184)
 ・ most worst (WT III.ii.177)

 このなかで more nearer の事例はおもしろい.語源を振り返れば,まさに3重比較級 (triple comparative) である.「#209. near の正体」 ([2009-11-22-1]), および「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」より「near はもともと比較級だった!」をどうそ.



 ・ Crystal, David and Ben Crystal. Shakespeare's Words: A Glossary & Language Companion. London: Penguin, 2002.

Referrer (Inside): [2021-12-30-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2021-08-21 Sat

#4499. いかにして Shakespeare の発音を推定するか [shakespeare][pronunciation][reconstruction][spelling][rhyme][pun]

 「#4482. Shakespeare の発音辞書?」 ([2021-08-04-1]) で論じたように,「Shakespeare の発音」というときに何を意味しているかに気をつける必要はあるが,一般的に Shakespeare のオリジナル発音を推定(あるいは再建 (reconstruction))しようと試みるときに,頼りになる材料が4種類ある.綴字 (spelling),脚韻 (rhyme),地口 (pun),同時代の作家のコメントである.Crystal (xx) が,分かりやすい例とともに,4つを簡潔に紹介しているので,ここに引用する.

- In RJ 1.4.66, when Mercutio describes Queen Mab as having a whip with 'a lash of film', the Folio and Quarto spellings of philome indicate a bisyllabic pronunciation, 'fillum' (as in modern Irish English).
- MND 3.2.118, Puck's couplet indicates a pronunciation of one that no longer exists in English: 'Then will two at once woo one / That must needs be sport alone'.
- In LLL 5.2.574, there is a pun in the line 'Your lion, that holds his pole-axe sitting on a close-stool, will be given to Ajax' which can only work if we recognize . . . that Ajax could also be pronounced 'a jakes' (jakes = 'privy').
- In Ben Johnson's English Grammar (1616), the letter 'o' is described as follows: 'In the short time more flat, and akin to u; as ... brother, love, prove', indicating that, for him at least, prove was pronounced like love, not the other way round.


 印欧祖語の再建などでも同様だが,これらの手段の各々について頼りとなる度合いは相対的に異なる.綴字の標準化が完成していないこの時代には,綴字の変異はかなり重要な証拠になるし,脚韻への信頼性も一般的に高いといってよい.一方,地口は受け取る側の主観が介入してくる可能性,もっといえば強引に読み込んでしまっている可能性があり,慎重に評価しなければならない(Shakespeare にあってはすべてが地口だという議論もあり得るのだ!).同時代の作家による発音に関するメタコメントについても,確かに参考にはなるが,個人的な発音の癖を反映したものにすぎないかもしれない.同時代の発音,あるいは Shakespeare の発音に適用できるかどうかは別途慎重に判断する必要がある.
 複数の手段による結論が同じ方向を指し示し,互いに強め合うようであれば,それだけ答えとしての信頼性が高まることはいうまでもない.古音の推定は,複雑なパズルのようだ.関連して「#437. いかにして古音を推定するか」 ([2010-07-08-1]),「#758. いかにして古音を推定するか (2)」 ([2011-05-25-1]),「#4015. いかにして中英語の発音を推定するか」 ([2020-04-24-1]) も参照.

 ・ Crystal, David. The Oxford Dictionary of Original Shakespearean Pronunciation. Oxford: OUP, 2016.

Referrer (Inside): [2023-11-14-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2021-08-09 Mon

#4487. Shakespeare の前置詞使用のパターンは現代英語と異なる [shakespeare][preposition][emode]

 Baugh and Cable (242--43) が,Shakespeare を中心とするエリザベス朝期の英語について,前置詞 (preposition) 使用のパターンが現代と異なる点に注目している.

Perhaps nothing illustrates so richly the idiomatic changes in a language from one age to another as the uses of prepositions. When Shakespeare says, I'll rent the fairest house in it after threepence a bay, we should say at; in Our fears in Banquo stick deep, we should say about. The single preposition of shows how many changes in common idioms have come about since 1600: One that I brought up of (from) a puppy; he came of (on) an errand to me; 'Tis pity of (about) him; your name. . . . I now not, nor by what wonder you do hit of (upon) mine; And not be seen to wink of (during) all the day; it was well done of (by) you; I wonder of (at) their being here together; I am provided of (with) a torchbearer; I have no mind of (for) feasting forth tonight; I were better to be married of (by) him than of another; and That did but show three of (as) a fool. Many more examples could be added.


 続く部分で Baugh and Cable (243) は,初期近代英語期の研究のみならず一般の英語史の研究において有効かつ重要な視点を指摘している.

Although matters of idiom and usage generally claim less attention from students of the language than do sounds and inflections or additions to the vocabulary, no picture of Elizabethan English would be adequate that did not give them a fair measure of recognition.


 普段,異なる時代の英文を読んでいると,確かに前置詞使用のパターンの変化と変異には驚かされる.あまりに複雑すぎて研究しようという気にもならないくらい,通時的変化と共時的変異に一貫性がないように映る.
 まず,英語史を通じて前置詞の種類が増え続けてきたという事実がある.前置詞はしばしば閉じた語類である機能語として分類されるが,否,その種類は歴史的に増加してきた.「#1201. 後期中英語から初期近代英語にかけての前置詞の爆発」 ([2012-08-10-1]),「#947. 現代英語の前置詞一覧」 ([2011-11-30-1]) を参照されたい.
 各前置詞の機能や用法も変化と変異を繰り返してきた.受動態の動作主を示す前置詞(現代英語でのデフォルトは by)に限っても,「#1350. 受動態の動作主に用いられる of」 ([2013-01-06-1]),「#1351. 受動態の動作主に用いられた throughat」 ([2013-01-07-1]),「#2269. 受動態の動作主に用いられた byof の競合」 ([2015-07-14-1]) のように議論はつきないし,現代の話題として「#4383. be surprised at ではなく be surprised by も実は流行ってきている」 ([2021-04-27-1]) という興味深いトピックもある.テーマとしてたいへんおもしろいが,研究の実際を考えるとかなりの難物である.

 ・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2021-08-05 Thu

#4483. Shakespeare の語彙はどのくらい豊か? [sobokunagimon][shakespeare][statistics][lexicology]

 Shakespeare の語彙の豊かさはつとに知られているが,具体的にいくつの単語を使用しているのだろうか.ある言語の語彙全体にせよ,ある作家の用いている語彙全体にせよ,語彙の規模を正確に計ることは難しい.それは,そもそも数えるべき単位である「語」 (word) の定義が言語学的に定まっていないからである.この本質的な問題については,本ブログでも「語の定義がなぜ難しいか」の記事セットで論じてきた.
 それでも,概数でもよいので知りたいというのが人情である.Shakespeare の語彙の豊かさはしばしば桁外れとして言及され,なかば伝説と化している気味もあるが,実際のところ,論者の間で与えられる具体的な数には大きな相違がある.比較的広く知られているのは「3万語程度」という説だろうか.一方,「2万語程度」と見積もる論者も少なくないようである.では,昨日取り上げた Crystal による The Oxford Dictionary of Original Shakespearean Pronunciation (xv) を参考にするとどうなるだろうか.
 同辞書が語彙収集の対象としているのは (1) 第1フォリオの全部,および (2) それ以外のソースからの脚韻に関わる語である(つまり,Shakespeare のテキスト全体ではないことに注意).その上で同辞書の見出し語の数を数えると,相互参照を除いて20,672語が挙がってくる..ただし,この中には1,809の固有名詞,495語の外国語単語(ラテン語など),29の "non-sense words",84のフォリオ外からの脚韻語が含まれている.これらを引き算すると,「正規」の語彙は18,255語となる.厳密にいえば,植字上のミスによる語ならぬ語も入っていると思われるし,複合語らきしものを複合語とみなすかどうかという頭の痛い問題もあるが,この数は「2万語程度」説に近いものとして参考になる.
 関連して,Shakespeare にまつわる数字については,「#1763. Shakespeare の作品と言語に関する雑多な情報」 ([2014-02-23-1]) も参照.

 ・ Crystal, David. The Oxford Dictionary of Original Shakespearean Pronunciation. Oxford: OUP, 2016.

Referrer (Inside): [2023-11-18-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2021-08-04 Wed

#4482. Shakespeare の発音辞書? [shakespeare][pronunciation][reconstruction][phonetics][phonology][rhyme][pun]

 Crystal による The Oxford Dictionary of Original Shakespearean Pronunciation をパラパラと眺めている.Shakespeare は400年ほど前の初期近代の劇作家であり,数千年さかのぼった印欧祖語の時代と比べるのも妙な感じがするかもしれないが,Shakespeare の「オリジナルの発音」とて理論的に復元されたものである以上,印欧祖語の再建 (reconstruction) と本質的に異なるところはない.Shakespeare の場合には,綴字 (spelling),脚韻 (rhyme),地口 (pun) など,再建の精度を高めてくれるヒントが圧倒的に多く手に入るという特殊事情があることは確かだが,それは質の違いというよりは量・程度の違いといったほうがよい.実際,Shakespeare 発音の再建・復元についても,細かな音価の問題となると,解決できないことも多いようだ.
 この種の「オリジナルの発音」の辞書を用いる際に,注意しなければならないことがある.今回の The Oxford Dictionary of Original Shakespearean Pronunciation の場合でいえば,これは Shakespeare の発音を教えてくれる辞書ではないということだ! さて,これはどういうことだろうか.Crystal (xi) もこの点を強調しているので,関連箇所を引用しておきたい.

The notion of 'Modern English pronunciation' is actually an abstraction, realized by hundreds of different accents around the world, and the same kind of variation existed in earlier states of the language. People often loosely refer to OP as an accent', but this is as misleading as it would be to refer to Modern English pronunciation as 'an accent'. It would be even more misleading to describe OP as 'Shakespeare's accent', as is sometimes done. We know nothing about how Shakespeare himself spoke, though we can conjecture that his accent would have been a mixture of Warwickshire and London. It cannot be be stated too often that OP is a phonology---a sound system---which would have been realized in a variety of accents, all of which were different in certain respects from the variety we find in present-day English.


 第1に,同辞書は,劇作家 Shakespeare 自身の発音について教えてくれるものではないということである.そこで提示されているのは Shakespeare 自身の発音ではなく,Shakespeare が登場人物などに語らせようとしている言葉の発音にすぎない.辞書のタイトルが "Shakespeare's Pronunciation" ではなく,形容詞を用いて少しぼかした "Shakespearean Pronunciation" となっていることに注意が必要である.
 第2に,同辞書で与えられている発音記号は,厳密にいえば,Shakespeare が登場人物などに語らせようとしている言葉の発音を表わしてすらいない.では何が表わされているのかといえば,Shakespeare が登場人物などに語らせようとしている言葉の音韻(論) (phonology) である.実際に当時の登場人物(役者)が発音していた発音そのもの,つまり phonetics ではなく,それを抽象化した音韻体系である phonology を表わしているのである.もちろん,それは実際の具現化された発音にも相当程度近似しているはずだとは言えるので,実用上,例えば役者の発音練習の目的のためには十分に用を足すだろう.しかし,厳密にいえば,発音そのものを教えてくれる辞書ではないということを押さえておくことは重要である.要するに,この辞書の正体は "The Oxford Dictionary of Original Shakespearean Phonology" というべきものである.
 Shakespeare に限らず古音を復元する際に行なわれていることは,原則として音韻体系の復元なのだろうと思う.その背後に実際の音声が控えていることはおよそ前提とされているにせよ,再建の対象となるのは,まずもって抽象的な音韻論体系である.
 音声学 (phonetics) と音韻論 (phonology) の違いについては,「#3717. 音声学と音韻論はどう違うのですか?」 ([2019-07-01-1]) および「#4232. 音声学と音韻論は,車の構造とスタイル」 ([2020-11-27-1]) を参照.

 ・ Crystal, David. The Oxford Dictionary of Original Shakespearean Pronunciation. Oxford: OUP, 2016.

Referrer (Inside): [2023-11-18-1] [2021-08-21-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

Powered by WinChalow1.0rc4 based on chalow