01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31
2024 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2023 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2022 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2021 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2020 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2019 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2018 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2017 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2016 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2015 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2014 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2013 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2012 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2011 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2010 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2009 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
一般に,現代英語の動詞は過去・過去分詞形の形成法により大きく規則変化動詞と不規則変化動詞に分けられる.この区分は,単純に形態音韻論的な1点のみに注目する.過去・過去分詞形の語尾に <-ed> が付加されるか否かという点である.音韻上の現われとしては /-d, -t, -ɪd/ の3種類があり得るが,原形の基体にいずれかがそのまま付加されるか(規則変化動詞),あるいはそれ以外か(不規則変化動詞)という大雑把な区分である.後者はさらに形態音韻論的に細分化されるのが普通だが,ここでは細部には立ち入らない.これを仮に「-<ed> の有無による共時的分類法」と名付け,以下のようにまとめる.
Type | Examples |
---|---|
-ed (規則変化) | called, looked, visited |
non-ed (不規則変化) | bought, came, got, made, sent, set, went |
Type | Examples |
---|---|
弱変化 | bought, called, looked, made, sent, set, visited, went |
強変化 | came, got |
Type | Examples |
---|---|
無変異 | set |
不完全変異 | called, looked, visited; bought, came, got, made; sent |
絎????紊???? | went |
Type | Examples |
---|---|
無変異 | carp, fish, hundred, sheep |
不完全変異 | books, dogs, watches; children, oxen; feet, men; alumni, phenomena |
絎????紊???? | people (for persons) |
昨日の記事「エリザベス女王の歴史的なアイルランド訪問」 ([2011-05-29-1]) でリンクした BBC の記事 に,淡い緑に装った英エリザベス女王の写真が掲載されていた.緑はアイルランドを象徴する色であり,敬意を払っての装いである.
アイルランドが緑と結びつけられるのは,緑の島,とりわけ shamrock の島だからである.shamrock は日本語では「シロツメクサ,オランダゲンゲ,コメツブツメクサ」などと呼ばれており,日常的に見られるクローバーなどの三つ葉の植物を広く指す語である.shamrock はアイルランドの国花であり,国章にも用いられている国民的な植物だ.
shamrock がこれほどまでに国民的なのは,アイルランドの守護聖人 St. Patrick (389?--461?) の伝説が関わっている.St. Patrick は,5世紀にアイルランドへキリスト教を伝え広めたブリテン島出身の人物である.若いときにアイルランドへ奴隷としてさらわれ,ブリテン島へ逃げ帰ったという経験をもつが,後にアイルランドのことが忘れられずに宣教師として再び渡愛したとされる.アイルランドから蛇を追い払った(現在も実際に蛇が生息していない)など数々の伝説を残しているが,特に有名なのが shamrock の三つ葉によって三位一体の教義を説いたという伝説だ.これにより,shamrock は模範的キリスト教国アイルランドの象徴とされるようになった.
アイルランド人や世界中のアイルランド系移民にとって St. Patrick ほど愛されている聖人はいない.3月17日は St. Patrick's Day として宗教的,世俗的な祝いの日となっており,特にアイルランド系移民が大きな政治的発言力をもっているアメリカでは仮装行列を含めた大イベントと化している.そこではすべてが緑に彩色され(河やビールまでも),当然 shamrock も身につけられる.
shamrock の語源は,中世アイルランド語でクローバーを指す seamar に指小辞の付された seamróg である.これが16世紀後半に英語に入ってきた.英語語彙のなかにアイルランド語からの借用語は多くはないが ([2011-05-23-1]) ,shamrock は最もアイルランドらしい借用語の1つとして知られている.
ちなみに,アイルランド共和国の国旗にも緑が含まれているが,この緑はカトリック国としてのアイルランドを象徴している.オレンジはオレンジ公にちなんでプロテスタントの象徴.白はその間にあって両キリスト教の和解の希望の表現である.
5月17日から20日に,英エリザベス女王が「近くて遠い国」アイルランドへの訪問を果たした.結果的には,アイルランド側にも歓迎され,歴史的な訪問となった.BBC では "Queen makes 'giant leap for British-Irish relations'" を始め多くの記事で今回の訪問が報道されたが,特に象徴的だったのはダブリン城での晩餐会での女王のスピーチだ."Queen offers sympathy to Irish victims of troubles" に動画があるが,エリザベス女王は,報道陣に前もって配布されていたスクリプトにはないアイルランド語の挨拶でスピーチを切り出したのである.Mary McAleese アイルランド大統領がその横で "Wow" と英語の間投詞を連発していたのが印象的である.
英国君主のアイルランド訪問は,女王の祖父 George V が1911年に訪問して以来,100年ぶりのことである.アイルランド共和国の独立以来,初めてのことだ.今回の訪問は,両国の長い不和と苦難の歴史にピリオドを打つには遠いといえども,カンマほどの区切りとなった可能性はある.
ケルトの国としてのアイルランドの歴史は,12世紀以来,イングランドの介入,征服,支配に対するゲールの復興,抵抗,独立の歴史だった.1166年,アイルランド内乱でマクマローがイングランドの Henry II に援助を求めたのが,その後の約800年にわたるアイルランドの苦難の歴史の幕開けだった.Henry II の介入を機にノルマン貴族によるアイルランド支配が進んだが,中世のあいだは支配の及ぶ範囲は中途半端にとどまっていた.14世紀にイングランドが対仏戦争などで疲弊している間にゲールの復興が起こるが,その過程で最も力をつけたのはアイルランド化したイングランド領主,アングロアイリッシュ支配層だった.かれらは両民族をつなぐパイプでもあったが,一方でイングランドの中途半端な同化政策の象徴でもあった.
近代に入り,1541年に Henry VIII が名実ともにアイルランド王に即位すると,アイルランドの完全支配に乗り出す.Elizabeth I まで続くこの Tudor 朝は,イングランドによるアイルランド完全支配の方針を決定づけた.続く Stuart 朝以降もこの方向を踏襲し,特に James I はアイルランドへの植民を奨励することで,同化政策を推し進めた.なかんずく北部アルスターへの植民が奨励されたため,北アイルランドとそれより南の地域との人口・経済・宗教における差が開いた.
英国による同化政策は,1801年,英アイ連合法による連合王国の成立に結実する.連合によって始まった19世紀は,アイルランドにとっては独立の準備の世紀となった.1921年,独立の戦いは英アイ条約の締結をもって終息し,アイルランドは「自由を達成するための自由」を得た.1949年,ついに自由が達成され,アイルランド共和国が正式に誕生した
英国のアイルランド支配の歴史は,アイルランドへの英語の浸透の歴史でもある.アイルランドにおける英語使用は13世紀半ばに始まるが,中世のあいだは Dublin 周辺の東海岸部に限定されていた.拡大が本格化するのは,同化政策がとられた16世紀半ば以降,特に17世紀初めの James I によるイングランドとスコットランドからの植民奨励以降のことである.アングロアイリッシュ支配層の経済的成功が土着ゲールの人々の憧れの的となり「英語=成功の言語」という意識が確立したものと考えられる.19世紀半ばには人口の半数が英語話者となっていたとされる.1845年のジャガイモ大飢饉 ( Great Irish [Potato] Famine ) の頃から,アイルランド語は急速に衰退した.現在アイルランド語は英語と並んでアイルランド共和国の公用語だが,その少数の話者は主として西部の the Gaeltacht に限定されている.
アイルランドに英語が根付いて数百年.女王のアイルランド語によるスピーチの切り出しは,象徴的という語では言い表わせないほどに深く象徴的である.
アイルランド英語に関しては,[2010-03-20-1], [2010-03-21-1]の記事を参照.
・ 波多野 裕造 『物語アイルランドの歴史』 中央公論新社〈中公新書〉,1994年.
・ Svartvik, Jan and Geoffrey Leech. English: One Tongue, Many Voices. Basingstoke: Palgrave Macmillan, 2006. 144--49.
一般に古英語の語形成は合成 ( composition ) と派生 ( derivation ) に特徴付けられるとされる.前者については[2011-02-04-1], [2010-08-12-1]などの記事で,後者については[2009-10-31-1], [2009-05-18-1]などの記事で言及してきた.
ところが,後者の derivation について Bradley が異なる見解を述べている.古英語の派生語は,実は古英語以前に確立していたものであり,derivation という語形成の過程そのものが古英語で生産的であったわけではないという.もしこれが真実だとすると,英語史の概説書は誤った(少なくとも誤解を招く)主張を繰り返してきたということになる.あるいは私が単に誤解していたということだろうか.過程としての派生と結果としての派生語とを勘違いしていたということなのかもしれない.
Old English was considerably less rich than Modern English in methods of making new words by derivation. It is true that a large portion of the Old English vocabulary consists of words derived from other words that existed in the language. But very many of these derivatives had been already formed before the English came over from the continent, and the processes by which they were made had become obsolete before the date of the earliest Old English literature. (91)
The Old English language, at the earliest period at which it is known to us, had already lost one of the most useful of the means for word-making which it originally possessed. . . . Almost all those modes of derivation which were actually current in Old English have continued in constant use down to the present time. (93)
derivation を古英語に特徴的な語形成の1つとして取り上げる際には注意が必要ということだろう.関連して,derivation の生産性 ( productivity ) をいかにして測定するかという問題は,[2011-04-28-1]の記事「接尾辞 -dom をもつ名詞の通時的分布」でも触れたとおり,理論的には難しい問題であることを再度指摘しておきたい.
・ Bradley, Henry. The Making of English. New York: Dover, 2006. New York: Macmillan, 1904.
Celt やその派生語 Celtic の語頭子音には /k/ と /s/ の2通りの発音があり得る.日本語では民族名としての「ケルト」が定着しているが,英語では揺れが見られる.
ケルト民族の歴史は古いが,Celt が民族名として英語に入ってきたのは案外遅く,16世紀半ばである.古代ギリシア人はゴール人 ( the Gauls ) を指して Κελτοί と呼び,古代ローマ人は Celtæ と呼んでいた.古代人は,ブリテン島にいたケルト系ブリトン人 ( the Britons ) を指すのにはこの語を使わなかったようである.
さて,この語はフランス語へ Celte として伝えられた.フランス語ではブルターニュ ( Brittany; see [2011-05-01-1] ) のケルト人やケルト語を指していたが,かれらと系統関係にあるイギリス諸島に住まうケルト人やケルト語の一般名称としても用いられるようになった.そして,このフランス語形が近代英語期に Celt として英語に借用されたのである.英語でも当初はブルターニュのケルト人を指していたが,フランスの歴史家 Pezron の著作『古代ケルト民族・言語史』の英訳 (1706) 以降に一般名称としての「ケルト」の語義が始まっている.形容詞形 Celtic もほぼ同じ経緯である.
問題の語頭子音の発音だが,ギリシア語やラテン語の音としては /k/ ,フランス語の音としては /s/ である.異綴字の Kelt(ic) では /k/ で発音されることは間違いないが,この異綴字はまれである.辞書では,OED では /sɛlt, kɛlt/ となっているが,現代の主要な学習者英英辞書では /kɛlt, sɛlt/ と順序が逆転している.ただし,最も伝統的ともいえる OALD8 では,/kɛlt/ しか示されていない.一方,Longman Pronunciation Dictionary によると,両子音の分布は複雑なようである.
言語や民族を話題にする場合には一般的な /k/ を,チーム名やスコットランド英語としては /s/ を用いると覚えておけば当面は足りそうである.Scotland は Glasgow を本拠地とするサッカークラブ Celtic Football Club は,典型的な /s/ の例ということになるだろう.
(後記 2019/07/25(Thu):柳田国男は「セルチック」と呼んでいた.鎌田 東二・鶴岡 真弓(編著) 『ケルトと日本』 角川書店,2000年.p. 22.)
2011年5月3日付けで国連の World Population Prospects: The 2010 Revision が公表された.プレスリリースのPDFはこちら.
これによると,世界人口は今年10月末までに70億人に達し,2050年には93億人,2100年には101億人に達するとされる.人口を押し上げる主因は高い出生率を示す国々で,これにはアフリカの39カ国,アジアの9カ国,オセアニアの6カ国,ラテンアメリカの4カ国が含まれるという.
主な国の数値を示すと,日本の人口は2010年の1億2600万人から2100年には約9130万人へ減少.中国の人口は1925年の約13億9500万人をピークに,2100年には約9億4100万人へ減少.インドの人口は,1925年に中国を追い抜き,1960年には17億1796万人に達し,2100年には約15億5000万人へ減少.
大規模な人口統計予測には多くの前提が含まれている.例えば,プレスリリースの標題にもあるように "if Fertility in all Countries Converges to Replacement Level" という前提がある.したがって解釈には注意を要するが,英語話者人口を推計する上でも,このような統計値は最重要である.[2010-05-07-1]の記事「主要 ENL,ESL 国の人口増加率」で取り上げた主要ENL国(7カ国;参考として日本を追加)とESL国(13カ国)について,2100年までの人口推移( medium variant に基づく)をグラフ化してみた.
ENL国はアメリカを除いて今世紀は低迷の予測だ.一方,ESL国は今世紀半ばにかけて伸長著しく,後半も衰えにくい.インドは突き抜けており,ナイジェリア,パキスタン,タンザニアの勢いも目を見張るものがある.
国別の人口予測をもとに未来の英語話者の人口予測をすることは単純な作業ではないが,少なくともESL国の人口爆発力が具体的な予測に基づいて視覚的に確認されたとはいえるだろう.
英語話者人口については,[2010-06-28-1], [2010-06-15-1], [2010-05-29-1]の記事も参照.
[2010-07-08-1]の記事「いかにして古音を推定するか」の補足.古英語の音読をする機会があると必ずなされる質問は,なぜ古英語の音がそれほどの確信をもって復元され得るのかという問題である.録音機器がなかった以上,確かな発音を推定するという作業は本質的に speculative である.しかし,文字資料が残っている以上,対応する音を想定しないということはあり得ない.古音を推定する際のもっとも基本的な属性である「文字の信頼」について考えてみたい.
ある言語の古い段階に文字資料がある場合には,それは当時の発音を知るのにもっとも頼りになることは言うまでもない.特に文字がアルファベットや仮名のような表音文字であれば最高である.幸運なことに古くから英語はローマン・アルファベットによって記述されており,これが古語の音韻体系を推定するのにもっとも役立っている.
以上は当然のことと思われるかもしれないが,実はそれほど自明ではない.例えば,<a> という字母が /a/ という音を表すということはどのように確かめられるのか.現代英語では,<a> は単独では /eɪ/ と読まれるし,単語内では /æ/, /ə/, /ʌ/, /ɑː/ など様々な音価に対応する.現代英語ではある文字がある音に一対一で対応するということは必ずしも信用できず,文字と音の関係には幾分かの「遊び」があるものである.そして,過去においてもこのような「遊び」がなかったとは言い切れない.文字と音の間に関係がないと疑うのは行きすぎだろうが,それでも100%ガチガチに対応があると想定するのは危険だろう.
だが,上に述べた「遊び」の可能性を十分に考慮したうえであれば,やはり文字は音を想定する際に最大の助けになることは疑いをいれない.まずは文字を根拠にしておおざっぱに音韻組織を推定し,細部の「遊び」はそのつど解決してゆくという順序が,もっとも無理がない.「文字=音声」という仮説から始めない限り,そもそも古音推定は不可能だろう.
1796年9月19日,アメリカ合衆国の初代大統領 George Washington (1732--99) が大統領職を去るに当たって farewell address 「お別れのスピーチ」を読んだ.渡辺昇一先生の『英文法を知ってますか』 (252--53) によると,その語り出しの部分が英語精読力の試金石になるというので,院生と精読する機会をもった.以下の英文である.
FRIENDS AND FELLOW-CITIZENS. The period for a new election of a citizen, to administer the executive government of the United States, being not far distant, and the time actually arrived, when your thoughts must be employed in designating the person who is to be clothed with that important trust, it appears to me proper, especially as it may conduce to a more distinct expression of the public voice, that I should now apprise you of the resolution I have formed, to decline being considered among the number of those out of whom a choice is to be made.
確かに読み応えのある英文である.注を付すべき英文法のポイントはたくさんあるが,最後のほうに decline に不定詞でなく動名詞が後続する点を指摘してくれた学生がいた.私は見逃していたので余計に関心をもったのだが,decline の用法を学習者用英英辞書で調べると,動名詞が後続する構文は触れられていない.しかし,大きな英和辞書では,一般的ではないとしながらも,動名詞が後続し得ると記述されている.また,OED で調べると decline, v. の語義 13b に挙げられている17世紀末以降からの数例で,動名詞の後続する構文が確認される.したがって,Washington がここで動名詞を使用しているのは歴史的にあり得ない構文ではなかったということになる.
しかし,Washington があえて稀な構文を用いたのはなぜか.style や formality の問題なのか,あるいは decline の取り得る構文の種類の相対頻度が当時から現在までの期間に通時的に変化してきたということなのか.精読を目指すからには,この点が気になった.本格的には通時コーパスなどで調べる必要があるが,まずは BNCweb でどのくらいヒットするか調べてみた.
不定詞が後続する構文を取り出すのに,"{decline/V} (_{ADV})* _TO0" で検索すると,769例がヒット.一方,動名詞が後続する構文は "{decline/V} (_{ADV})* _VVG" で取り出し,ヒットした9例のうち実際には3例のみ該当する例であることが判明した.コンコーダンスラインを示す.
- FTT 821: . . . but with proper delicacy to this subject they decline making application at Present and till it is ascertained how cattle markets may go in June next . . .
- FTT 839: The Presses of this meeting, as being part owner of the Steam Boat, declines allowing the assessment for the Steam Boat to be charged for this year.
- HW8 831: Dosh and Freddie didn't take much persuading but Chase thankfully declined saying that parties didn't like him.
FTT なる典拠(An Islay Notebook という non-academic prose and biography)から2例が例証されるというのは,書き手の癖の問題なのだろうか.Washington の動名詞の使用例については判断を下せないままだが,現在までに古風あるいは格式張った使い方に限定されてきた可能性,通時的に頻度が減ってきた可能性はありそうだ.
・ 渡辺 昇一 『英文法を知ってますか』 文藝春秋〈文春新書〉,2003年.
現代英語の最大の特徴の1つである cosmopolitan vocabulary については pde_characteristic を始めとする記事で,また時にそれを "asset" とみなす見方については批判的に[2009-09-27-1], [2010-05-22-1]の記事などで扱ってきた.関連して,現代英語語彙が借用語に満たされていることについては,[2010-05-16-1]にリンクを張った諸記事や loan_word の各記事で話題にしてきた.
英語の語彙がいかに世界的かをざっと知るには,[2009-11-14-1]の記事「現代英語の借用語の起源と割合 (2)」のグラフをみるのが手っ取り早いが,単語とその借用元言語を具体的にリスト化しておけば,なお手っ取り早い.そこで,主として Crystal ( The English Language, p. 40 and Encyclopedia, pp. 126--27 ) に基づき,他の例も多少付け加えながら,借用元言語で世界一周ツアーしてみたい.
Language | Words |
---|---|
Afrikaans | apartheid, gnu, impala, indri, kraal, mamba, trek, tse-tse |
Aleutian | parka |
American Indian | chipmunk, moccasin, pow wow, skunk, squaw, totem, wigwam |
Anglo-Saxon | God, Sunday, beer, crafty, gospel, house, rain, rainbow, sea, sheep, understand, wisdom |
Arabic | algebra, assassin, azimuth, emir, ghoul, harem, hashish, intifada, mohair, sheikh, sherbet, sultan, zero |
Araucanian | coypu, poncho |
Australian | boomerang, budgerigar, dingo, kangaroo, koala, wallaroo, wombat |
Brazilian | abouti, ai, birimbao, bossa nova, favela, jaguar, manioc, piranha |
Canadian Indian | pecan, toboggan |
Chinese | chopsuey, chow mein, cumquat, kaolin, ketchup, kung fu, litchi, sampan, tea, tycoon, typhoon, yen (=desire) |
Czech | howitzer, pistol, robot |
Dutch | bluff, cruise, easel, frolic, knapsack, landscape, poppycock, roster, slim |
Eskimo | anorak, igloo, kayak |
Finnish | sauna |
French | anatomy, aunt, brochure, castle, cellar, challenge, chocolate, crocodile, cushion, debt, dinner, entrance, fruit, garage, grotesque, increase, jewel, justice, languish, medicine, montage, moustache, passport, police, precious, prince, sacrifice, sculpture, sergeant, table, trespass, unique, venison, victory, vogue, voyeur |
Gaelic | banshee, brogue, galore, leprechaun |
German | angst, dachshund, gimmick, hamburger, hamster, kindergarten, lager, nix, paraffin, plunder, poodle, sauerkraut, snorkel, strafe, waltz, yodel, zinc |
Greek | anonymous, catastrophe, climax, coma, crisis, dogma, euphoria, lexicon, moussaka, neurosis, ouzo, pylon, schizophrenia, stigma, therm, thermometer, tonic, topic |
Haitian | barbecue, cannibal, canoe, peccary, potato, yucca |
Hawaiian | aloha, hula, lei, nene, ukulele |
Hebrew | bar mitzvah, kibbutz, kosher, menorah, shalom, shibboleth, targum, yom kippur, ziggurat |
Hindi | bungalow, chutney, dekko, dungaree, guru, gymkhana, jungle, pundit, pyjamas, sari, shampoo, thug |
Hungarian | cimbalom, goulash, hussar, paprika |
Icelandic | geyser, mumps, saga |
Irish | blarney, brat, garda, taoiseach, whiskey |
Italian | arcade, balcony, ballot, bandit, ciao, concerto, falsetto, fiasco, giraffe, lava, mafia, opera, scampi, sonnet, soprano, studio, timpani, traffic, violin |
Japanese | bonsai, geisha, haiku, hara-kiri, judo, kamikaze, karate, kimono, shogun, tycoon, zaitech |
Javanese | batik, gamelan, lahar |
Korean | hangul, kimchi, makkoli, ondol, won |
Latin | alibi, altar circus, aquarium, circus, compact, diocese, discuss, equator, focus, frustrate, genius, include, index, interim, legal, monk, nervous, onus, orbit, quiet, ulcer, ultimatum, vertigo |
Malagasy | raffia |
Malay | amok, caddy, gong, kapok, orang-outang, sago, sarong |
Maori | haka, hongi, kakapo, kiwi, pakeha, whare |
Nahuatl | axolotl, coyote, mescal, tomato, tortilla |
Norwegian | cosy, fjord, krill, lemming, ski, slalom |
Old Norse | both, egg, knife, low, sky, take, they, want |
Persian | bazaar, caravan, divan, shah, shawl, sofa |
Peruvian | condor, inca, llama, maté, puma, quinine |
Polish | horde, mazurka, zloty |
Polynesian | kava, poe, taboo, tapa, taro, tattoo |
Portuguese | buffalo, flamingo, marmalade, pagoda, veranda |
Quechuan | llama |
Russian | agitprop, borsch, czar, glasnost, intelligentsia, perestroika, rouble, samovar, sputnik, steppe, troika |
Sanskrit | swastika, yoga |
Scottish | caber, cairn, clan, lock, slogan |
Serbo-Croat | cravat, silvovitz |
Spanish | albatross, banana, bonanza, cafeteria, cannibal, canyon, cigar, cobra, cork, dodo, guitar, hacienda, hammock, junta, marijuana, marmalade, molasses, mosquito, potato, rodeo, sherry, sombrero, stampede, supremo |
Swahili | bongo, bwana, harmattan, marimba, safari, voodoo |
Swedish | ombudsman, tungsten, verve |
Tagalog | boondock, buntal, ylang-ylang |
Tamil | bandicoot, catamaran, curry, mulligatawny, pariah |
Tibetan | Koumiss, argali, lama, polo, shaman, sherpa, yak, yeti |
Tongan | taboo |
Turkish | aga, bosh, caftan, caviare, coffee, fez, jackal, kiosk, shish kebab, yoghurt |
Vietnamese | ao dai, nuoc mam |
Welsh | coracle, corgi, crag, eisteddfod, hwyl, penguin |
Yiddish | chutzpah, gelt, kosher, nosh, oy vay, schemozzle, schmaltz, schmuk |
contronym について[2010-11-14-1]の記事で話題にしたが,その例の1つに literally がある.英語の四方山話しサイト The Web of Language のこちらの記事に "A literal paradox" としておもしろく紹介されている.literally という語はたいてい "figuratively" に用いられるという皮肉だ.
なるほど,確かに次のような例文では,体が物理的に爆発したと解釈する「文字通り」の読みは普通あり得ず,比喩的に「激昂する」の読みしかあり得ない.
When I told him the news he literally exploded.
多くの辞書では,このような比喩的な意味での literally の用法は誤用か,少なくとも非標準的な用法とされている.例えば OED では,literally の 3b の語義に次のようにある.
b. Used to indicate that the following word or phrase must be taken in its literal sense.
Now often improperly used to indicate that some conventional metaphorical or hyperbolical phrase is to be taken in the strongest admissible sense.
学習者用英英辞書では規範的な態度の強度はまちまちのようで,老舗の Oxford や Longman ではこの用法は後のほうの語義で触れられており比較的周辺的な取り扱いだが,比較的新興の Cobuild, Cambridge, Macmillan では第1語義として大々的に(?)取り上げられている.
literally のこの用法は規範的には難ありとされるが,遅くとも19世紀前半から確認されており,現在の口語では広く用いられている.他に例を挙げてみよう.
- It literally rained cats and dogs.
- I literally jumped out of my skin.
- The views are literally breath-taking.
- I was literally bowled over by the news.
- Steam was literally coming out of his ears.
上の例文のいずれにおいても「文字通りに」と和訳できることから分かるように,日本語の「文字通りに」も literally と同様の意味の曖昧さを示す.「文字通りに」も文字通りに用いられることはあまりなく,比喩的に用いられることが多いのである.
英語の literally でも日本語の「文字通りに」でも,この表現が letter (ラテン語 littera に由来)「文字」と結びついているのがおもしろい.話し言葉に基づく「発言通りに」や「口にした通りに」ではなく,書き言葉に基づく「文字通りに」という表現となっているのは偶然の一致だろうか.
いや,これは偶然ではあるまい.一般に文字をもつ社会では,書き言葉が話し言葉よりも「えらい」ものと見なされている([2011-05-15-1]の記事「話し言葉と書き言葉」を参照).その理由の1つは,文字に付されたものは永続性があり不変性があると感じられるからだろう.文字のこの不変性により,文字に付された語句には本来性,無謬性,由緒正しさといったオーラがまとわりつく.話者はある表現を「文字通りに」という副詞で限定することによって,その表現のもつ意味の純粋さ,正真正銘さをアピールしているのではないか.ここで「発言した通りに」と限定しても,それほどの説得力をもたないのではないか.
literally がこのような経緯で発展してきた語であるのならば,当の literally の意味が文字通りの意味でなくなってきているというのは,何とも皮肉な意味変化である.
近年,日本語では古風な響きをもつ「産婆」に代わって「助産婦」さらに「助産師」という職業名が一般的に聞かれるようになった.「産婆」は「学」というよりは「術」あるいは「職人技」を思い浮かばせ,近代医学の1分野としての「助産学」よりも,古くて劣ったものという響きが付随している.この差別的な響きゆえに,公式な職業名としては用いられなくなっている.
英語でも,助産の仕事を指す語として,古い伝統的な響きを有する midwifery 「産婆術」と近代医学のオーラの漂う obstetrics 「産科学」の2語があり,日本語の状況と似ていなくもない.
OED によると,midwife は1303年,midwifery は1483年が初出で,英語での使用の歴史は長い.midwife の wife は「妻」ではなく「女性」の意味である.また,接頭辞 mid- は古い前置詞 mid "with" と考えられ,全体として "(a woman) with a mother at the birth" ほどの意味を表わす.中英語期の語形成ではあるが,本来語要素を組み合わせた点でゲルマン的な語である.
一方 obstetrics の初出は1819年で,その定義にもなっている例文では midwifery より重要な分野として言及されている: "the doctrines or practice of midwifery. . . Employed in a larger signification than midwifery in its usual sense." ただし,形容詞の obstetric は1742年と割りに早く出現している.obstetric の語源はラテン語 obstetrīcius で,ob- + stāre + -trīx で "a woman who stands before" 「(お産に)立ち会う女性」ほどの意味である.ほぼ同じ語形成で「前に立ちはだかる邪魔者」として obstacle も英語に入っている.
midwifery が obstetrics よりも古めかしく響くのは,Walker (39) によると,その語源とも関係しているという.
'Midwifery' is a word which derives from Old English rather than Latin or Greek, implying that historically it has been given a lower status than other branches of medicine. It is no coincidence that it has been predominantly practised by women.
関連して,職業(人)名にロマンス系借用語が多いことについては,寺澤盾先生の著書 (66) でも紹介されている.ものを作る職業の場合,材料は英語本来語だが,職人名は借用語であることが多い.これは「動物とその肉を表す英単語」の話題(前者は英語本来語で後者は借用語)とも関係している ([2010-03-24-1], [2010-03-25-1]) .ノルマン征服によりイングランド社会にフランス人(語)上位,アングロサクソン人(語)下位という序列が形成された歴史的事実が,これらの語彙の語源分布に反映されていると言われている.
職人名 | 素材・製品 |
---|---|
carpenter 「大工」 | wood 「木材」 |
mason 「石工」 | stone 「石」 |
tailor 「仕立屋」 | cloth 「布」 |
fletcher 「矢羽職人」 | arrow 「矢」 |
barber 「床屋」 | hair 「頭髪」 |
butcher 「肉屋」 | meat 「食肉」 |
[2011-05-12-1], [2011-05-13-1]の記事でそれぞれ,結婚の誓約と Amen の発音を取り上げ,宗教の言語が保守的な振る舞いを示す事実の一端を見た.古今東西,宗教にまつわる言語使用,ことに聖典の言語や儀式の言語は保守的であり,変化に対して抵抗を示すのが常である.キリスト教,イスラム教,仏教でも然り.では,なぜ宗教の言語は古いまま保たれるのだろうか.
以下,思いつくままに可能性のある要因をブレストしてみたが,他にもいろいろ挙がるかもしれない.
・ 古いままの言語あるいは理解不能の言語のほうが宗教的な神秘性,ありがたみが感じられるから
・ 教義の不変性・普遍性に対応すべく,それを表わす言語も不変・普遍でなければならないから
・ 教祖の言葉をそのままに伝えることが重要だから
・ 聖典や儀式の文句などがいったん文字化されたあとでは,そこに書き言葉の特性である保守性が付与されるのは当然である
・ 宗教の言語には諺や詩に見られるようなレトリックが用いられている場合が多く,そのようなレトリックは現代語に翻訳することが難しいから
・ 宗教組織においては,庶民にとって理解不能な言語であるほうが,その言語を使いこなせる聖職者階級が権威を保ちやすいから
これらの要因が組み合わさって,宗教の言語は変化しない,少なくとも変化の速度が緩いということになるのではないか.言語変化の速度については speed_of_change の各記事で話題にしてきたが,特に「言語変化を阻害する要因」の記事[2010-07-01-1]で言語が変化しにくい環境について論じた.今回の話題にも応用できるはずである.
例えば,[2010-07-01-1]の記事で言語変化を阻害する要因の3点目として挙げた "political and social stability" は,社会体制としての宗教についてそのまま当てはまるだろう.4点目の "attitudes of ethnic and linguistic purism" については,ここに "religious purism" を含めても自然な文脈である.宗教的 purism を追求するのであれば,当然,それを伝える言語の purism も追求することになるだろう.英語史でも,宗教改革の時代に聖書翻訳の問題と絡んで言語的 purism の議論が生じた.5点目の "a strong written tradition" も上に触れた通りである.
1点目,2点目の "isolation", "separation" が示唆するのは,宗教の非日常性である.日常世界から逸脱している雰囲気をかもすには,言語を古くするのが手っ取り早い.同時に,神秘性,ありがたみをかもすこともできる.
いずれの点も,宗教という体制の特徴を要として相互に関係している.宗教の言語の古さは,宗教に内在する特徴の現われと言えるのではないか.
他動詞の過去分詞形容詞が受け身の意味になることは,英文法の基本事項である.a satisfied customer, a surprised look, written language など.しかし,例外が存在する.他動詞の過去分詞形容詞であるにもかかわらず,能動的な意味となる少数の例がある.
a drunken fellow ( = a fellow who has drunk much )
a well-read man ( = a man who has read much )
an out-spoken gentleman ( = a gentleman who speaks out his opinions )
ここから「他動詞の過去分詞形容詞は受け身の意味になる」という原則は絶対ではないことが分かる.上の例では「受け身」ではなく「完了」の用法である.
関連して,自動詞の過去分詞形容詞について考えてみる.自動詞は定義上受け身になることができないので,自動詞の過去分詞形容詞があるということは一見不可解かもしれない.種類も頻度も少ないので学校文法で明示的に取り上げられることはないが,以下の通り,確かにある.
a gone case ( = a case which has gone too far )
a departed guest ( = a guest who has departed )
a faded flower ( = a flower which has faded )
a fallen city ( = a city which has fallen )
a grown man ( = a man who has grown up )
a learned scholar ( = a scholar who has learned much )
a retired officer ( = an officer who has retired )
a returned soldier ( = a soldier who has returned )
a risen sun ( = a sun which has risen )
a well-behaved child ( = a child who behaves well )
a withered flower ( = a flower which has withered )
関係代名詞を用いて言い換えた表現をみて明らかなとおり,ここでの過去分詞形容詞は「完了」の用法として機能していることがわかる.これらの自動詞の多くは往来発着や状態の変化を表わす動詞であり,古くは have ではなく be により完了形を作った.したがって,a fallen city とは a city which is fallen の統語的圧縮と考えることができる.
これらの過去分詞形容詞については,細江 (46--48) を参照.
・ 細江 逸記 『英文法汎論』3版 泰文堂,1926年.
[2009-06-08-1]の記事「言語と文字の歴史は浅い」では,人類のあゆみにおいて言語の歴史がいかに浅いかを示した.今回は,タイムスパンを地質学的次元にまで引き延ばし,地球のあゆみ46億年における人類と言語の歴史の浅さを強調したい.直感でとらえられるように,46億年を1年間というスケールに縮めて表現してみた.
1秒は約146年に相当する.大晦日は黄色表示にし,秒単位まで示した.人類の誕生は600万年前,ホモサピエンスの誕生は20万年前,言語の発生は10万年前とする説をもとに計算してある.より詳しい表はこのページのHTMLソースを参照.
月日(時分秒) | 出来事 |
---|---|
01/01 | 太陽と地球が生まれる |
01/08 | 月ができる |
01/16 | 海ができる |
02/17 -- 03/04 | 巨大ないん石が地球に落ちて海が蒸発,その後ふたたび海ができる |
03/04 | 最古の生命があらわれる |
05/30 | ???????????????????????í????????????????? |
06/24 -- 07/09 | この間のどこかで,大規模な氷河時代 |
07/17 | 真核生物(細胞の中の遺伝子が膜で包まれている生物)が登場 |
08/02 | ヌーナ超大陸ができる |
09/27 | 多細胞生物が発展 |
09/27 -- 10/29 | ロディニア超大陸の時代 |
10/30 -- 11/13 | この間のどこかで,大規模な氷河時代 |
11/14 | エディアカラ生物群が登場 |
11/19 | 無せきつい動物の種類が爆発的に増える |
11/25 -- 11/27 | 植物の上陸 |
11/30 | 昆虫が登場 |
12/11 | ペルム期末期の大量絶滅 |
12/15 -- 12/26 | 恐竜の繁栄 |
12/26 | 白亜紀末期の大量絶滅 |
12/31 12:34:26 | 人類の誕生 |
12/31 23:37:08 | ホモサピエンスの誕生 |
12/31 23:48:34 | 言語の発生 |
12/31 23:58:03 | ラスコーの壁画 |
12/31 23:59:18 | 印欧祖語の時代 |
12/31 23:59:22 | インダス文字の起源 |
12/31 23:59:23 | エジプト文字の起源 |
12/31 23:59:25 | メソポタミア文字の起源 |
12/31 23:59:36 | 漢字,ヒッタイト文字の起源 |
12/31 23:59:42 | マヤ文字,古代ペルシャ文字の起源 |
12/31 23:59:44 | 古代インド文字の起源 |
12/31 23:59:48 | 英語の起源 |
12/31 23:59:56 | 近代英語の始まり |
[2011-05-06-1]の記事「glide, prosthesis, epenthesis, paragoge」でわたり音 (glide) を含んだ例の1つとして触れた number と,その省略表記 no., No., no, No について.名詞 number はラテン語 numerus に由来し,フランス語 no(u)mbre を経由して1300年頃までに英語に借用されていた.動詞 number もほぼ同時期に英語に入ってきている.いずれの品詞においても,わたり音 /b/ の挿入はフランス語の段階で起こっていた.
一方,ラテン語 numerus の奪格形 numerō は "in number" の意味で用いられていたが,この省略表記 no., No. が17世紀半ばに英語に入ってきた.発音は英語形に基づき,あくまで /ˈnʌmbə/ である.複数形は Nos., nos. と綴り,記号表記では "#" が用いられる(この記号は number sign あるいは hash (sign) と呼ばれるが,後者は格子状の模様を表わす hatch(ing) の連想による民間語源と言われる).フランス語では no,ドイツ語では Nr. と綴られる.
つまり現代英語の number と no. は語源的には厳密に完全形と省略形の関係ではないということになる.むしろラテン語 numerus に起源を一にする2重語 ( doublet ) の例と呼ぶべきだろう.
なお,わたり音 /b/ の挿入されていない「正しい」形態は,ラテン語 numerus の派生語という形で英語にも多く借用されている.
denumerable, enumerate, enumeration, innumerable, numerable, numeral, numeration, numerator, numerical, supernumerary
本ブログでは,古英語,中英語,現代フランス語の引用や,IPA 「国際音標文字」などの発音記号を入力する機会が多いのだが,量が多いと,特殊文字や特殊記号の打ち込みが患わしくなってくる.この際だからと思い,ASCII文字だけで入力できる記法を定義し,それを目的の文字・記号へ変換するツールを作成してみた.英語史の周辺で用いることの多い文字・記号だけを変換の対象にしたので,名付けて hel typist.仕様,入力例,記法一覧はこちら.
ラテン語で uerba uolant, scripta manent 「話し言葉は飛び去り,書き言葉は残る」と言われるとおり,話し言葉は録音されない限り一瞬で音波として流れ去ってしまうが,書き言葉は石板,羊皮紙,紙などの媒体が存続する限り有効である.
文字をもつ社会においては,書き言葉はその持続的な性質ゆえに話し言葉よりも高い地位を与えられてきた経緯がある.書き言葉をもつ現代の言語共同体でも,文書のほうが口頭よりも正式で有効なものとして優遇される.書かれると「えらく」なるのである.
しかし,言語学の研究対象は第一に話し言葉 (speech) であり,書き言葉 (writing) の関心は二次的である.昨日の記事 [2011-05-14-1] で,言語学が記述を規範に優先させることについて話題にしたが,同様に言語学は話し言葉を書き言葉に優先させるのが大原則である.この優先づけは,以下の通り,話し言葉のほうがより根源的で本質的であることに基づく.
・ ヒトの言語は,話し言葉として発生した.書き言葉の歴史は非常に浅い.([2009-06-08-1]の記事「言語と文字の歴史は浅い」を参照.)
・ 個体発生を考えても,幼児はまず話し言葉を習得する.習得に関して,話し言葉は常に書き言葉に先立つ.
・ 話し言葉の能力はヒトという種に先天的だが,書き言葉は常に後天的に学習される.
・ 過去にも現在にも,文字をもたない言語のほうが文字をもつ言語よりも多い.
言語学における話し言葉の優位性について,昨日と同様,Martinet から拙訳とともに引用する.現代社会における書き言葉の重要性を指摘した直後の段落である.
Ceci ne doit pas faire oublier que les signes du langage humain sont en priorité vocaux, que, pendant des centaines de milliers d'années, ces signes ont été exclusivement vocaux, et qu'aujourd'hui encore les êtres humains en majoriteé savent parler sans savoir lire. On apprend à parler avant d'apprendre à lire : la lecture vient doubler la parole, jamais l'inverse. L'étude de l'écriture représente une discipline distincte de la linguistique, enore que, pratiquement, une de ses annexes. Le linguiste fait donc par principe abstraction des faits de graphie. Il ne les considère que dans la mesure, au total restreinte, où les faits de graphie influencent la form des signes vocaux.
このことゆえに,人間の言語の記号は優先的に音に関するものであること,何千年ものあいだ言語の記号はもっぱら音であったこと,今日でも人類の大半は読めなくとも話せることを忘れることがあってはならない.人は読むことを覚えるまえに話すことを覚える.読むことが話すことを追い越すようになるのであって,決してその逆ではない.書き言葉の研究は,実際上は言語学の付属分野の1つではあるが,独立した1分野を表わしている.したがって,言語学者は原則として書記法の事実を捨象する.書記法の事実は,全体として限られた範囲において,それが発音される記号の形態に影響を及ぼす範囲においてのみ考慮の対象となる.
一般言語学の観点からは,上記の話し言葉優位の原則に異存はない.しかし,英語史の観点からは,よく斟酌した上でこの原則を理解する必要がある.英語史など歴史言語学の分野では,むしろ最後の「書記法の事実は,全体として限られた範囲において,それが発音される記号の形態に影響を及ぼす範囲においてのみ考慮の対象となる」の部分が重要である.残された文字を通じてしか往時の言語を復元できない歴史言語学においては,音声重視とだけ言っていられない現実があり,文字と音声の関係の考察がとりわけ重要となる.実際に,近年の中英語研究では,発音と綴字の関係の詳細な洗い直しが始まっている.文字について一家言もっている日本人の出番では,と密かに思っているが,どうだろうか.
・ Martinet, André. Éléments de linguistique générale. 5th ed. Armand Colin: Paris, 2008.
英語を数年間学んで大学に入学してきた学生が,言語学の授業で最初に習うことの1つに記述 (description) と規範 (prescription) の違いがある.言語学において,記述文法 (descriptive grammar) と規範文法 (prescriptive grammar) の区別は最重要項目である.
記述とは言語のあるがままの姿を記録することであり,規範とは言語のあるべき姿を規定するものである.言語学は言語の現実を観察して記録することを使命とする科学なので,「かくあるべし」という規範的なフィルターを通して言語を扱うことをしない.文法や語法が「すぐれている」,「崩れている」,「誤っている」という価値判断はおよそ規範文法に属し,言語学の立場とは無縁である.確かに,規範文法そのものを論じる言語教育や応用言語学の領域はあるし,英語史でも英語規範文法の成立の過程は重要な話題である (prescriptive_grammar) .しかし,言語学は原則として記述と規範を峻別し,原則として前者に関心を寄せるということを理解しておく必要がある.
記述を規範に優先させる理由としては,以下の点を考えるとよい.
・ 一般に科学はあるべき姿を論じるのではなく,現実の姿を観察し,理論化し,解説(記述)しようとするものである.言語学も例外ではない.
・ いかなる言語社会も(いまだ記述されていないとしても)記述されるべき文法をもっているが,すべての言語社会が規範文法をもっているとは限らない,あるいは必要としているとは限らない.実際に,規範文法をもっていない言語社会は多く存在する.英語の規範文法も18世紀の産物にすぎない.
・ 規範は価値観を含む「道徳」に近いものであり,時代や地域によっても変動する.個人的,主観的な色彩も強い.「道徳」は科学になじまない.
大学生,とりわけ英語学を学ぶ英文科の学生は,記述と規範の区別を明確に理解していなければならない.というのは,「実践英文法」などの実用英語の授業(規範文法)があるかと思えば,次の時間に「英語学概論」などの英語学の授業(記述文法)が控えていたりするからだ.2つは英語に対するモードがまるで異なるので,頭を180度切り換えなければならない.
記述と規範の峻別についてはどの言語学入門書にも書かれていることだが,Martinet (31) による一般言語学の名著の冒頭から拙訳とともに引用しよう.
La linguistique est l'étude scientifique du langage humain. Une étude est dite scientifique lorsqu'elle se fonde sur l'observation des fait et s'abstient de proposer un choix parmi ces faits au nom de certains principes esthétiques ou moraux. «Scientifique» s'oppose donc à «prescriptif». Dans le cas de la linguistique, il est particulièrement important d'insister sur le caractère scientifique et non prescriptif de l'étude : l'objet de cette science étant une activité humaine, la tentation est grande de quitter le domaine de l'observation impartiale pour recommander un certain comportement, de ne plus noter ce qu'on dit réellement, mais d'édicter ce qu'il faut dire. La difficulté qu'il y a à dégager la linguistique scientifique de la grammaire normative rappelle celle qúil y a à dégager de la morale une véritable science des mœurs.
言語学は人間の言語の科学的研究である.
ある研究が科学的と言われるのは,それが事実の観察にもとづいており,ある審美的あるいは道徳的な規範の名のもとに事実の取捨選択を提案することを差し控えるときである.したがって,「科学的」は「規範的」に対立する.言語学においては,研究の科学的で非規範的な性質を強調することがとりわけ重要である.この科学の対象は人間活動であるため,公平無私な観察の領域を離れてある行動を推薦する方向に進み,実際に言われていることにもはや留意せず,かく言うべしと規定したいという気持ちになりがちである.科学的言語学から規範文法を取り除くことの難しさは,生活習慣に関する真の科学から道徳を取り除く難しさを想起させる.
・ Martinet, André. Éléments de linguistique générale. 5th ed. Armand Colin: Paris, 2008.
昨日の記事[2011-05-12-1]に,William & Catherine の marriage vows のスクリプトを掲載した.キリスト教の祈祷の締めくくりといえば Amen であり,今回の誓約でも何度か Amen と唱えられているが,この語の発音について2,3コメントすべきことがある.
(1) 現代英語における Amen の発音には2種類が区別される.1つは二重母音をもつ /eɪˈmɛn/ ,もう1つは長母音をもつ /ɑːˈmɛn/ である.Longman Pronunciation Dictionary によると,BrE では,プロテスタントの間では長母音が普通で,カトリックの間や非宗教な場面 ( ex. Amen Corner ) では二重母音が好まれるという.一方,AmE では日常的には二重母音が普通だが,歌においては長母音が用いられるという.Fowler's Modern English Usage では以下のように述べられている.
I was brought up to pronounce the word /ˌɑːˈmen/ and was puzzled to hear others saying /ˌeɪˈmen/. Speakers are probably equally divided in the matter.
(2) 上記の長母音と二重母音の差は,大母音推移 ([2009-11-18-1]) の適用の有無に帰せられる.本来の発音は長母音だったが,通常の音韻発達によれば大母音推移を経て二重母音化するはずだった.実際に二重母音の発音も生じたが,一方で大母音推移をすり抜けた長母音の発音も残った.大母音推移をすり抜けたのは,古きをよしとする宗教的な文脈,祈祷や歌詞という非日常的な文脈で用いられるのを常とした特殊な語だからだろう.
(3) 出典は失念したが,第1音節の母音が鼻母音で発音されることがあるという.続く2子音が鼻音なので調音様式の同化 (assimilation) が生じていると考えられる.また,歌詞で母音が鼻音化することは通常である.ここでも,Amen の使われる特殊な環境が特殊な発音を生み出していると考えられる.
Amen の語源は,Hebrew の「確か(に),真実(に)」を意味する語で,同意を表わす副詞あるいは間投詞として用いられていた.これが,Greek, Latin に伝わり,新約聖書に取り込まれた.英語へはすでに古英語期に借用されているが,古英語では Amen が Sōþlice "soothly, verily" と本来語で訳されていることが多い.Amen.
・ Wells, J C. ed. Longman Pronunciation Dictionary. 3rd ed. Harlow: Pearson Education, 2008.
・ Burchfield, Robert, ed. Fowler's Modern English Usage. Rev. 3rd ed. Oxford: OUP, 1998.
先日の William & Catherine の royal wedding の「結婚の誓約」 (marriage vows) について,transcript が BBC: Royal wedding: Transcript of marriage service に掲載されている(本記事の末尾に再掲).誓約の場面は,こちらの Youtube 動画よりどうぞ.
結婚式を含む宗教的儀式の言語は,古い表現を豊富に残していることが多い.英国国教会の marriage vows は,1549年に出版された The Book of Common Prayer の誓約が土台となっており,以降,軽微な改変はあったものの,ほぼそのままの形で現在にまで伝わっている.したがって,今回の誓いも現代英語より近代英語を体現しているというほうが適切であり,古風な表現に満ちている.聖書の言語と同様,歴史英語の入門にはうってつけの教材だろう.
さて,英国国教会の長 the Archbishop of Canterbury が用いた古風な表現の1つに「結婚(している状態);婚姻」を表わす wedlock がある.holy wedlock と使われているように,宗教的に認められた婚姻関係を指すことが多い.語形をみる限り,lock 「錠前」と結びつけられるのではないかと考えるのが普通だろう.新郎新婦が "till death us do part" と誓い合っているように,夫婦の愛が錠前のように固く結びつけられるという含意ならばロマンチックだが,既婚者の多くが真っ先に想像する「結婚の錠前」とは,日常生活上のあれやこれやの制限のことだろう."Wedlock is a padlock." なる金言がある通りである.中世の登記には,独身者はラテン語で solutus 「放たれた,つながれていない」と表記されたが,これもよく理解できる.
wedlock を上記のように「結婚という錠前」と解釈する語源は言い得て妙,と膝をたたく既婚者も少なくないと思われるが,これはよくできた民間語源 ( folk etymology ) である.語源学の正しい教えに従えば,既婚者は錠前から解放される.wedlock は古英語より使われていた本来語で,当時は wedlāc という形態だった.-lāc は動作名詞を作る接尾辞で,wed 「誓い」と合わせて,本来は「誓いの行為;誓約」ほどの意味だった.そこから「結婚の誓約」の語義が生じ,中英語期には「結婚(している状態)」を表わすようになったのである.接尾辞 -lāc は,古英語では他にも以下のような派生語に見られたが,現代にまで残ったのは wedlock のみである.
brȳdlāc "nuptials", beadolāc "warfare", feohtlāc "warfare", heaðolāc "warfare", hǣmedlāc "carnal intercourse", wiflāc "carnal intercourse", rēaflāc "robbery", wītelāc "punishment", wrōhtlāc "calumny"
wedlock や marriage は類義語が多い.Visuwords の marriage や wedlock で類義語の関係図を見ると,結婚がすぐれて社会的な制度,社会的な拘束力のある「誓約の行為」であることを実感することができる.類義語の視覚化ツールとしては,[2010-08-11-1]の記事「toilet の豊富な婉曲表現を WordNet と Visuwords でみる」で紹介した Visual Thesaurus も参考までに.
Archbishop to Prince William: William Arthur Philip Louis, wilt thou have this woman to thy wedded wife, to live together according to God's law in the holy estate of matrimony?
Wilt thou love her, comfort her, honour and keep her, in sickness and in health; and, forsaking all other, keep thee only unto her, so long as ye both shall live?
He answers: I will.
Archbishop to Catherine: Catherine Elizabeth, wilt thou have this man to thy wedded husband, to live together according to God's law in the holy estate of matrimony? Wilt thou love him, comfort him, honour and keep him, in sickness and in health; and, forsaking all other, keep thee only unto him, so long as ye both shall live?
She answers: I will.
The Archbishop continues: Who giveth this woman to be married to this man?
The Archbishop receives Catherine from her father's hand. Taking Catherine's right hand, Prince William says after the Archbishop: I, William Arthur Philip Louis, take thee, Catherine Elizabeth to my wedded wife, to have and to hold from this day forward, for better, for worse: for richer, for poorer; in sickness and in health; to love and to cherish, till death us do part, according to God's holy law; and thereto I give thee my troth.
They loose hands. Catherine, taking Prince William by his right hand, says after the Archbishop: I, Catherine Elizabeth, take thee, William Arthur Philip Louis, to my wedded husband, to have and to hold from this day forward, for better, for worse: for richer, for poorer; in sickness and in health; to love and to cherish, till death us do part, according to God's holy law; and thereto I give thee my troth.
They loose hands. The Archbishop blesses the ring: Bless, O Lord, this ring, and grant that he who gives it and she who shall wear it may remain faithful to each other, and abide in thy peace and favour, and live together in love until their lives' end. Through Jesus Christ our Lord. Amen.
Prince William takes the ring and places it upon the fourth finger of Catherine's left hand. Prince William says after the Archbishop: With this ring I thee wed; with my body I thee honour; and all my worldly goods with thee I share: in the name of the Father, and of the Son, and of the Holy Ghost. Amen.
The congregation remains standing as the couple kneels. The Archbishop says: Let us pray.
O Eternal God, Creator and Preserver of all mankind, giver of all spiritual grace, the author of everlasting life: send thy blessing upon these thy servants, this man and this woman, whom we bless in thy name; that, living faithfully together, they may surely perform and keep the vow and covenant betwixt them made, whereof this ring given and received is a token and pledge; and may ever remain in perfect love and peace together, and live according to thy laws; through Jesus Christ our Lord. Amen.
The Archbishop joins their right hands together and says: Those whom God hath joined together let no man put asunder.
The Archbishop addresses the congregation: Forasmuch as William and Catherine have consented together in holy wedlock, and have witnessed the same before God and this company, and thereto have given and pledged their troth either to other, and have declared the same by giving and receiving of a ring, and by joining of hands; I pronounce that they be man and wife together, in the name of the Father, and of the Son, and of the Holy Ghost. Amen.
The Archbishop blesses the couple: God the Father, God the Son, God the Holy Ghost, bless, preserve, and keep you; the Lord mercifully with his favour look upon you; and so fill you with all spiritual benediction and grace, that ye may so live together in this life, that in the world to come ye may have life everlasting. Amen.
・ ジョーゼフ T. シップリー 著,梅田 修・眞方 忠道・穴吹 章子 訳 『シップリー英語語源辞典』 大修館,2009年.
The Auchinleck Manuscript (National Library of Scotland Advocates' MS. 19.2.1) は,中世イングランドの語学,文学,写本,読書文化などを論じる際に最も重要な写本の1つといっていいだろう.今日は,この写本の重要性を何点か指摘したい.以下は,Pearsall and Cunningham のイントロ部の "LITERARY AND HISTORICAL SIGNIFICANCE OF THE MANUSCRIPT" (vii--xi) から要点を抜き出してノートしたものである.
・ 1330--40年という早い時期に作成されており,様々なジャンルのテキストを寄せ集めた写本としては,群を抜いて最初期のものである.
・ 納められているテキストの大多数が,各テキストの現存する最古のヴァージョンを提供している.例外は,nos. 4, 7, 8, 13, 19, 29, 34, 35, 40 のみである.
・ テキストのほとんどが英語で書かれている.例外は,no. 20 の Anglo-Norman の混交体と nos. 8, 10, 36 の Latin の挿入部のみである.Auchinleck MS 以前の編纂もの (Jesus College, Oxford, MS. 29; British Library Cotton Caligula A.ix; Trinity College, Cambridge, MS. 323; Bodleian Library Digby 2; Bodleian Library Digby 85; British Library Harley 2253) には,Anglo-Norman と Latin のテキストも普通に見られた.
・ 以前の編纂もの写本には,主として学者層を対象としたテキストが含まれていた,Auchinleck MS には世俗的で洗練されていないテキストが多く含まれており,新しいタイプの読者層の存在が浮かび上がってくる.
・ テキストのジャンルの幅が広い(全44テキスト).no. 21 以外はすべて韻文で書かれている.
- saint's legends: nos. 1, 4, 5, 12
- other types of religious narrative: nos. 3, 6, 8, 9, 13, 16, 29
- religious debates: nos. 7, 34
- homiletic and monitory pieces: nos. 10, 35, 39
- poems of religious instruction: nos. 14, 15, 36
- a chronicle: no. 40
- a list of names of Norman barons: no. 21 (not in verse)
- humorous tales: nos. 27, 28
- poems of satire and complaint: nos. 20, 42, 44
- romances: nos. 2, 11, 17, 18, 19, 22, 23, 24, 25, 26, 30, 31, 32, 33, 37, 38, 41, 43 (accounting for three-quarters of the bulk of MS)
・ 非ロマンスの26テキストのうち15テキストが,現存する唯一の写しである.
・ ロマンスの18テキストのうち8テキストが,現存する唯一の写しであり,9テキストが現存する最も古い写しである.残りの1テキスト (no. 19 = Floris ) のみが例外.
・ 対象読者層は "popular" とまではいかないが,"the aspirant middle-class citizen, perhaps a wealthy merchant" (viii) だったと想定される.
・ ロンドンの "bookshop" で,複数の写字生が共同作業で作り上げたと考えられる.共同作業は高度に洗練されていたわけではないが,ある程度は組織化されていた.
・ 6人の写字生が以下の分布で共同写本作りに貢献している.scribe 1 が全体の72%を担当している.
Gatherings | Item nos. | Texts | Scribe |
---|---|---|---|
1--6 | 1--9 | Religious poems (incl. King of Tars) | 1 |
7--10 | 10 | Speculum Gy de Warewyke | 2 |
11--13 | Religious poems (incl. Amis) | 1 | |
11--16 | 14--19 | Miscellaneous | 3 |
20 | Sayings of the Four Philosophers | 2 | |
21 | List of names of Norman barons | 4 | |
17(?)--25 | 22--23 | Guy of Warwick and continuation | 1 |
24 | Reinbrun | 5 | |
26--36 | 25 | Beues of Hamtoun | 5 |
26--29 | Arthour and Merlin plus 3 fillers | 1 | |
37 | 30--31 | Lay le freine, Roland and Vernagu | 1 |
38--[?] | 32 | Otuel (and other poems?) | 6 |
[?]--41 | 33--36 | Kyng Alisaunder plus 3 fillers | 1 |
42--44 | 37--39 | Tristrem and Orfeo plus 1 filler | 1 |
45--47 | 40--42 | Chronicle and Horn childe plus 1 filler | 1 |
48--[?] | 43 | Richard | 1 |
52 | 44 | The Simonie | 2 |
英語では,前置詞の後には名詞相当語句が来るというのが原則である.しかし,少数の例外があり,歴史的に説明されなければならない.例外の1つが標題の「for + (分詞を含め)形容詞」というつながりである.以下に例を挙げる.
- She seemed to take it for granted that I would go with her to New York.
- The soldier was given up for dead.
- I really want to go and see the film, but I don't think I'd pass for 18.
これは for の資格・特性の用法と呼べるものだが,機能としては as に近い.as が現在分詞を含め形容詞を目的語としてとる例は珍しくないので,for を理解するのに参考になる.
- I accepted the report as trustworthy.
- We regarded the document as belonging to her brother.
上に挙げた for に後続する形容詞は,[2011-05-07-1]の記事「熟語における形容詞の名詞用法」で触れたような形容詞の名詞用法ではなく,独立した確固たる形容詞と考えるべきであり,区別を要する.
Mustanoja が "equivalence" (379--80) と呼んだこの for の用法は,中英語にも見られ,現代の for certain, for sure, forsooth, for real などの慣用表現にもつながっている.
・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960.
4月29日,William 王子と Catherine Middleton さんの結婚式に世界中が見入った.世界の20億人が式の模様を見たというから,英国王室の人気が衰えていないことが確認された.
今回の royal wedding は新しいことずくめだったというが,何よりも花嫁の Middleton さんが貴族でなく平民であるということがユニークである.王位継承の有力候補者が平民出身の女性を妻として迎えたのは,1660年に James II (1633--1701) が姉の侍女 Anne Hyde (1637--71) と結婚して以来,英国史では350年ぶりのことだという.The Telegraph on 29 April 2011 の記事より.
Catherine Middleton was the first untitled woman to marry a prince in close proximity to the throne in more than 350 years, since Anne Hyde wed the Duke of York, later James II, in 1660.
James は Anne を見初めてからも,彼女が平民であることから結婚をしばらく躊躇していたという.しかし,2人は結果として正式に結婚し,長男 Charles,長女 Mary,次女 Anne をもうけた.Charles は夭折したが,2人の娘は,James の死後,相次いでイングランド王位を継承することとなった.平民 Anne はこのように歴史を作った女性だった.James は後にこの Anne の侍女だった Arabera Churchill なる美脚の女性と再婚したが,故ダイアナ妃にはこの系統の血が混じっている(森, pp. 438--40).
さて,先日の Westminster Abbey での結婚式は控えめにしたといってもやはり壮観だったが,James II の時代にロンドンの壮観を新たにしていたのは Saint Paul's Cathedral だった.16世紀の宗教改革,17世紀前半の革命,1666年のロンドン大火などによってひどい損傷を被っていた Cathedral は,建築家 Christopher Wrenn (1632--1723) の設計により,1675--1710年の間に大改築が進められていた.James は新生 Cathedral を初めて見たとき,標題の形容詞で感嘆したと伝えられている.(以下の画像は Encyclopaedia Britannica 2008 Ultimate Reference Suite より.)
James が amusing, awful, and artificial という形容詞で意図していたのは "pleasing to look at, deserving of awe, and full of skillful artifice" (Simeon Potter による言及として Bryson, p. 71 に記述あり)という高評価だったのだが,現代英語の語感からいうと「笑ってしまう,ひどい,人工的(で無味乾燥)な」となり,むしろ軽蔑的に響いてしまうのがおもしろい.James の念頭にあった意味は,それぞれ語源に忠実な「驚くべき,畏怖を催させる,技巧に富んだ」という語義だったが,3語とも現代までに「悪い」方向へ意味が変化してしまった.[2010-09-14-1], [2010-08-13-1]で見た意味の悪化 (pejoration) のもう1つの例として,とりわけ印象的な例ではないだろうか.
"royal wedding" の響きは Charles 皇太子の離婚・再婚によってやや pejorative になっていたが,今回の気取らない2人の結婚により ameliorative になるかもしれない.末永くお幸せに・・・.
・ 森 護 『英国王室史話』16版 大修館,2000年.
・ Bryson, Bill. Mother Tongue: The Story of the English Language. London: Penguin, 1990.
and は現代英語で最頻の接続詞である.BNC の頻度リストによると,全語彙中,堂々第4位の頻度を誇る (Frequency Sorter) .現在ではもっぱら等位接続詞 (coordinate conjunction) として機能するが,古い英語では従属接続詞 (subordinate conjunction) として,より具体的には if と同等の条件の接続詞 として用いられていたことは,あまり知られていない.例えば,and it please you と言えば if you please を意味した.
OED では,and, conj.1 の C の項で,この用法が取りあげられている.MED では and (conj. (& adv.)) の 5 で扱われている.and if ( = if ) や and but if ( = but if ) の組み合わせで用いられることもある (Mustanoja, p. 469) .弱形の an も1600年頃に現われる.
and のこの用法の起源は不詳である.Middle High German の unde や Old Norse の enda に対応する用法があるが,英語のものはこれらの言語からの影響というよりは独立の発達と考えるほうが妥当なようだ.後期古英語あるいは初期中英語より用いられていたが,現在は廃用となっている.中英語の用例は上記の MED のページを参照してもらうとよいが,Kyng Alisaunder から拾い集めた例が特に分かりやすいと思ったので,以下に2組を引用する(Smithers 版より.赤字は引用者.).BテキストとLテキストとでヴァージョン間比較ができ,and の語法が分かりやすい.
He wolde al Perce habbe yȝiue
And he miȝth haue had his lyue. (B 4645--46)
Y wolde Y hadde al Perce y ȝeue
Wiþ þat Y myȝte haue þy lif (L 4614--15)
And þou dude hym ouȝth bot good,
He wolde sen þine herte blood, (B 7754--55)
Hadestow don him ouȝt bote gode
He wolde seo þyn heorte blode (L 6475--76)
2例とも,Bテキストでは問題の And が用いられているが,Lテキストでは別の接続詞あるいは倒置により条件節を表わしている.
・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960.
・ Smithers, G. V. ed. Kyng Alisaunder. 2 vols. EETS os 227 and 237. 1952--57.
熟語や慣用語句 (idiom) は個々の構成要素の意味の和ではなく,全体として特別な意味を有する言語単位であり,分析しようとしても意味的にも統語的にも無理が生じる.熟語はまた歴史的に育まれるものであり,古い語法を保っているものが多いので,現代の文法では説明しにくい.
例えば,現代英語の熟語には前置詞の後に形容詞が裸で現われるものが少なくない.標題の go from bad to worse のほか,at last, in earnest, in vain などが思い浮かぶ.対照表現の young and old, rich and poor なども無冠詞で用いられる.現代英語において「定冠詞+形容詞」が名詞として用いられるのは規則だが,「無冠詞+形容詞」が名詞として用いられるというのは慣用表現以外では見られない.
しかし,古英語や中英語では,冠詞のサポートがなくとも形容詞が名詞として用いられることが多々あった.形容詞は性・数・格によって複雑に屈折していたので,単独でも名詞相当の役割を果たすことができたのである.無冠詞単数で抽象名詞相当の意味を表わす用法から上記のような「前置詞+形容詞」の熟語が生まれ,本来は複数語尾が付加されて集合名詞として機能していた形態から上記のような対照表現が生まれた.現代に残るこれらの慣用語句は,中英語の語法の名残である.
中英語後期以降になると形容詞の屈折がほぼ消失し,無冠詞の名詞用法は少なくなってゆき,名詞用法としては次第に「定冠詞+形容詞」に限定されるに至った.以上の中英語における形容詞の名詞用法については,Mustanoja, pp. 643--47 に概説されている.関連して,細江,pp 35--37 も参照.
なお,慣用によって定冠詞の有無は異なり,定冠詞のついた形が熟語として定着している on the whole, in the main などもある.
・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960.
・ 細江 逸記 『英文法汎論』3版 泰文堂,1926年.
[2011-04-21-1]の記事「thumb の綴りと発音 (2) 」で,thumb の <b> がかつて発音された可能性があることを話題にした.<b> の綴字を示す初期中英語期の最も早い記録として,地名 Thomley を表わす Tvmbeleia が文証されているが,ここで <b> が挿入されていることを説明するのにわたり音 (glide) という用語を導入した.わたり(音)とは「音声器官がある音の調音から他の音の調音へと移行する際に必然的にとる運動,およびそれによって生じる音をいう」(『新英語学辞典』, p. 496 ).
/m/ に /l/ が続く環境では,/m/ の出わたり (off-glide) と /l/ の入りわたり (on-glide) に生理的必然として有声両唇破裂音の /b/ が発せられる.Tvmbeleia の場合には,<e> の母音が間に介在しているが,弱音節における曖昧母音なので,調音の効果としては無音に等しいと考えられる.重要な類例として,thimble 「指ぬき」がある.この語は,古英語では þȳmel ( þūma "thumb" + -el "small" ) という形態だったが,15世紀にわたり音の /b/ が挿入されて現在の形態をとるようになった.このような例は,bramble, mumble, nimble, shamble など少なくなく,/r/ の直前でも number などの例がある.þūma 単独では,/b/ がわたり音として挿入される可能性はないが,Tvmbeleia などの例が単独形に影響を与えたと考えることはできそうだ.
わたり音による音の挿入は,音の添加 (addition) のメカニズムの1つである.音が挿入される位置という観点から添加を区分すると,3種類に分けられる.
(1) 語頭音添加 (prosthesis) :英語史からの例は多くないが,OE cwȳsann > ME queisen > ModE squeeze における /s/ の添加がある.フランス借用語では非語源的な語頭の e の例が多く見られる (ex. especial, escalade ) .
(2) 語中音添加 (epenthesis) :典型例は,上記の thimble その他における /b/ の挿入である.OE ǣmettig > ME empty などもある.
(3) 語尾音添加 (paragoge) :語末の /n/ や /s/ の後に /t/ や /d/ が挿入される例が多い.[2010-09-17-1]の記事「Dracula に現れる whilst」で触れたような against, amidst, amongst, betwixt, whilst や,その他 ancient, tyrant, parchment, sound などの例がある.
ついでに関連用語を導入すると,添加された音は,余剰的 (excrescent) ,寄生的 (parasitic) ,あるいは非有機的 (inorganic) といわれる.また,添加の反対は脱落 (elision) である.
・ 大塚 高信,中島 文雄 監修 『新英語学辞典』 研究社,1987年.
昨日の記事「構文の contamination」 ([2011-05-04-1]) で最後に取り上げた "inclusive superlative" について,BNCweb でどのくらいヒットするか試してみた."(most _AJ0 | _AJS) (_{N})* of (any)? other" で検索すると,以下の7例を取り出すことができた(赤字は引用者).
- Chang's speed was the best of any other player.
- Perhaps the most notable of other attempts to describe parents in this fashion was undertaken by Earl S. Schaefer.
- This percentage is the largest of any other constituency in England.
- But centuries of migration, conquest, occupation, intermarriage, trade and cultural exchange - not to mention the tendency of artists to copy or reinterpret the most successful facets of other artists' work - have eroded much of this exclusivity.
- Commander Keen has the largest fan club of any other shareware game available.
- 'In proportion to the kiwi's size the egg is the largest of any other bird.
- I say in particular our union because everyone here knows we probably have the largest and best training programme of any other union in Britain today.
初期近代英語にも見られたということなので,The Penn-Helsinki Parsed Corpus of Early Modern English (PPCEME) でざっと調べてみると,John Fryer (b. c1650, d. 1733) なる人物の東洋旅行記に次の1例があった.
They yet retain a Warlike Disposition, being still accounted the best Gunners here of any other places in Persia;
この妙な構文の起源と歴史を探るには,混交のもととなっている2つの構文 comparative + than any other と superlative + of all の頻度や文脈をまず洗い出す必要があるだろう.
[2011-01-17-1]で blend 「混成語」を話題にした際に少々触れたが,類似した過程に contamination 「混交」がある.両者は意識的か否かという観点か区別されることがあるが,特に区別せず同様に用いられることもある.通常は語形成上の過程として捉えられるが,[2011-01-17-1]の記事で触れたように構文のレベルででも起こりうる.例えば,前の記事では,"Why did you do that for?" や "different than" を挙げた.
Graddol を講読中に構文の contamination に出会った(赤字は引用者).
English is remarkable for its diversity, its propensity to change and be changed. This has resulted in both a variety of forms of English, but also a diversity of cultural contexts within which English is used in daily life. (5)
ここでは,both . . . and . . . と not only . . . but also . . . の構文が混交している.BNCweb より検索キーワード "both +** but also" で類例を探してみると,6例ほどが見つかった(赤字は引用者).
- Ion Pacepa, Ceausescu's chief intelligence officer who defected in 1978, takes particular pleasure in his memoirs in exposing Stefan Andrei as both corrupt but also as well aware of the absurdity of the Ceausescus' pretensions, especially Elena's academic titles.
- Their economy and population were both suffering, but also they were becoming wary of the Dzhungars' increasing strength.
- In fitting statistical models to study relationships, it is important to take account of such hierarchies, both for technical reasons but also because influential factors can be present at any or all levels of aggregation.
- The changes that have been introduced into South Africa [pause] forced upon the white minority government by both international pressure but also by the magnificent work at the A N C in Cosatu [pause] must be supported as well but we cannot treat South Africa as anything but a pariah [pause] a, a, a national pariah [pause] until we see one person one vote, and a black majority government in South Africa.
- 'Committees' means both actual committees but also individuals or organisers listed as committees.
- I mean that can be both pleasurable, but also make somebody feel uncomfortable.
contamination は,共時的には話者の発話時に生じる2つの関連構文の混交として解釈されるが,これが共同体に広がってある程度の認知度を得ると,新しい構文として独立し定着することがある.そのような場合には,contamination は通時的な観点からアプローチすることができるだろう.以下は現代英語に見られる構文の contamination の例だが,これらがいつ頃に現われ,現在までにどの程度の認知度を得てきたかという問題は,英語史の問題である.
(1) these kinds of things: these things と this kind of things の混交.
(2) different than: different from と other than の混交.
(3) different to: different from と opposed to の混交.similar to との類推とも考えられる.
(4) cannot help but do: cannot help doing と cannot but do の混交.
(5) It is no good for us complaining about it.: It is no good for us to complain about it. と It is no good we complaining about it. の混交.
(6) no sooner . . . when: no sooner . . . than と scarcely . . . when の混交.
(7) I am friends with him.: I am friendly with him. と He and I are friends. の混交.
(8) a man whom she thought was a murderer: a man who she thought was a murderer と a man whom she thought to be a murderer の混交.
(9) the cleverest of all the other boys: cleverer than the other boys と the cleverest of all the boys の混交.
調べてみるといろいろとあるようだが,(9) のような例は少なくないようで,石橋 (127) は次のようにコメントしている.研究材料としておもしろそうだ.
Sunday's action was the most brilliant and fruitful of any fought up to that date by the fighters of the Royal Air Force. [the most . . . of (all) + (more . . . than) any]---W. Churchill / This is the greatest error of all the rest. [the greatest . . . of (all) + (a greater . . . than) all the rest]---Sh., Mids. N. D. v. i. 250. 最後の例のように,最上級に修飾される名詞を,意味上はそれを含まないはずの「その他」の中に包括させた混交表現を,とくに包括最上級 (Inclusive superlative) と呼ぶことがある.その例は近代初期の英語にときどき見いだされる.
・ Graddol, David. The Future of English? The British Council, 1997. Digital version available at http://www.britishcouncil.org/learning-research-futureofenglish.htm.
・ 石橋 幸太郎 編 『現代英語学辞典』 成美堂,1973年.
Graddol を読んでいて,英語の歴史についての節の冒頭で次の文に出くわした.
The English language has been associated with migration since its first origins --- the language came into being in the 5th century with patterns of people movement and resettlement. (6)
ここで,"its first origins" と複数形が使われていることに注目したい.物事の「起源」は単一であるというのが一般的な理解だろうが,言語の起源を論じるに当たってこのように複数形が用いられることは少なくないようである.ここでは,the Angles, Saxons, Jutes の西ゲルマンの3部族とその言語(あるいは方言)が著者の念頭にあると考えられる(「Angles, Saxons, and Jutes の故地と移住先」については[2010-05-21-1]の記事を参照).
同様の文脈として,Viney の英語史の第2章の表題 "The beginnings of English" を例に取ろう.ここでも「起源」が複数形である.その章の最後に次のような文があり,表題の複数形の意味が明らかにされる."From the various Germanic dialects used by these people ['Anglo-Saxons'], English developed" (6) .
言語に関する単一起源説 ( monogenesis ) と多起源説 ( polygenesis ) の論争には明確な答えを出すことができないが,関連する問題として,言語そのものの起源について origin_of_language で,ピジン語やクレオール語について[2010-07-16-1]で,アルファベットの起源について[2010-06-24-1], [2010-06-23-1]の各記事で話題にしてきた.起源を "origin" と想定するか "origins" と想定するかという問題は,究極の問いである.しかし,印欧語の起源にせよ英語の起源にせよ,祖語が言語的に必ずしも同質的ではなく,内部では少なくとも方言レベルの差異があったとするのが,現代の歴史言語学の常識である."the origin" と言い切れるのであれば確かに気持ちはよいのかもしれないが,現実は多様である.仮説としての印欧祖語も,内部では最初期ですらすでに言語的に分化していたと理解しておくことが重要だろう.「一様な印欧祖語」とは手続き上の仮説にすぎない.この点に関して Bloomfield (311) から引用しよう.
The earlier students of Indo-European did not realize that the family-tree diagram was merely a statement of their method; they accepted the uniform parent languages and their sudden and clear-cut splitting, as historical realities.
In actual observation, however, no speech-community is ever quite uniform . . . .
「起源」を表わす類義語として,root(s) がある.この語は単数形では断定的,単一起源的な含意で「根;根源」を意味するが,複数形ではややぼやかした多様な含意をもつ「人の生まれ育った環境,心のふるさと」を意味する.日本語でも借用語として「ルート」と「ルーツ」は1種の2重語 ( doublet ) を形成している.理論上の(単一)起源と現実的な(複数)起源の間に横たわる問題は,畢竟,解釈の問題なのだろう.解釈は時代によっても変わるが,現代は「多様性の時代」である.
英語はいつから英語になったかという問いは,言語変化の連続性という観点から難しい問題だが,同時に最初から言語的な内部的多様性があったゆえに,いっそう難しい問題となっているのである.
・ Graddol, David. The Future of English? The British Council, 1997. Digital version available at http://www.britishcouncil.org/learning-research-futureofenglish.htm.
・ Viney, Brigit. The History of the English Language. Oxford: OUP, 2008.
・ Bloomfield, Leonard. Language. 1933. Chicago and London: U of Chicago P, 1984.
助動詞のなかでも比較的影の薄いものに used to がある.[2011-04-22-1]の記事「use --- 最も頻度の高いフランス借用語」や[2009-07-01-1]の記事「法助動詞の代用品が続々と」で used to に関連する話題を取り上げたが,今回はなぜ現在形がないかという問題を考えたい.
この助動詞は,過去の習慣を表わして「(以前は)よく…したものだ」や,過去の状態を表わして「(かつては)…だった」と意味する.疑問文や否定文の作り方や,語形においても妙な振る舞いをする助動詞だが,特に奇妙なのは現在を欠いていることである.「過去」を専門的に表わす助動詞であり,現在形を欠いているのはむしろ当然だという考え方もあろうが,現在の習慣を表わして「よく…する」や,現在の状態を表わして「(現在は)…だ」と現在性を強調する役割で *use to なる用法があってもよい,と議論することもできる.実のところ,現在形の用法は14世紀から初期近代英語期にいたるまで例証される ( OED, use, v., 21 あるいは MED, ūsen (v.), 14a を参照).
しかし,初期近代英語期以降,この表現は過去の用法に限定されてゆき,なおかつ一般動詞から助動詞へと統語的振る舞いを変化させていった.かつては現在分詞でも用いられたが,その用法もなくなった.時制形や分詞形が欠けているという特徴は must や need でも同様であり,すぐれて助動詞的な特徴であることに注意されたい.use(d) to に起こったことは,助動詞化,より広くは文法化 ( grammaticalisation ) の現象であるといえる.
では,近代英語期以降,現在の用法が廃れたのはなぜか.水面下で文法化の力がゆっくりと働いていたと考えることは可能だが,より直接的には発音の問題が関わっていると考えられる.現在 used to は [juːstə] と発音され,事実上,現在形の *use to と同じ発音となる.綴字上の現われとしても,He use(d)n't to . . . や Did he use(d) to . . .? などのように過去形語尾の <d> が落ちることは《英略式・米》ではよくある.これにより過去形と現在形の間に一種の同音異義衝突 ( homonymic clash ) が生じることになり,現在用法を衰退させる一因となったのではないか.
この点について,[2011-04-22-1]の記事「use --- 最も頻度の高いフランス借用語」でも触れた Menner (241fn) は,次のように述べている.
B. Trnka explained the modern limitation of the idiom use to to the present tense by the development of homophony with the preterite, On the Syntax of the English Verb from Caxton to Dryden, Travaux du Cercle Linguistique de Prague 3.36 (Prague, 1930). For the Middle English and Early Modern English I use to go we are now obliged to substitute such periphrases as 'I usually go', 'I am in the habit of going', 'I am accustomed to go'.
・ Menner, Robert J. "The Conflict of Homonyms in English." Language 12 (1936): 229--44.
東北地方太平洋沖地震により影が薄くなってしまったが,本来この春にブレイクするはずだったのは,上野動物園に新しくやってきたパンダ,リーリーとシンシンである.いや,実際に上野に出ると,上野の山もアメヤ横丁も看板はパンダ一色である.
panda の語源はネパール語の対応する動物名で,フランス語を経由して19世紀前半に英語に入ってきた.当初この単語はパンダ科レッサーパンダ属 (Ailurus fulgens) の動物,すなわち lesser panda 「レッサーパンダ」を意味していた.シンシンやリーリーのようなパンダ科ジャイアントパンダ属 (Ailuropoda melanoleuca) の動物,すなわち giant panda 「ジャイアントパンダ」を指示するようになったのは,OED では1901年が初例である.つまり,19世紀には panda といえば専らレッサーパンダのことを指していたが,20世紀初めにジャイアントパンダが現われるにいたって,両者を区別するために,それぞれ lesser panda と giant panda という新しい名称が割り当てられたのである.さらに,以降,単純に panda といえばジャイアントパンダを指示するようになった.ここには,panda の意味変化と,曖昧さの除去のための形容詞付加という言語変化を見て取ることができる.
ここで類例として思い浮かぶのは Great Britain という呼称である.本来 Britain といえば,英国の主要な領土であるブリテン島を指した.これは,ケルト系原住民 Briton 「ブリトン人」にちなむ地名である.しかし,5世紀以降,ブリテン島に移住してきた the Angles, Saxons, and Jutes の西ゲルマン諸部族に追われ ([2010-05-21-1]),イギリス海峡を越えてフランス北西部に渡ったブリトン人が住み着いた土地も「ブリテン」と呼ばれることなったため,海峡をはさんで2つの「ブリテン」が共存するようになった.民族のルーツは1つとはいえ,異なる土地に同じ呼称では不便だったたため,新天地であるフランス北西部の半島一帯,すなわち現在の Brittany (フランス語で Bretagne,日本語で「ブルターニュ」)は Little Britain や Britain the less などと称され,区別されるようになった.一方,故郷であるブリテン島は1707年に England と Scotland が連合王国を形成したときに正式に Great Britain と命名された(以上の経緯については唐澤氏の著書の pp. 26--28 を参照).panda の場合と同様,ここには Britain の指示対象の拡大に伴う曖昧さを除去する目的での形容詞付加という過程が見て取れる.(以下の地図は『ランダムハウス英語辞典』より.)
・ 唐澤 一友 『多民族の国イギリス---4つの切り口から英国史を知る』 春風社,2008年.
2024 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2023 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2022 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2021 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2020 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2019 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2018 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2017 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2016 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2015 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2014 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2013 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2012 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2011 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2010 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2009 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
最終更新時間: 2024-10-26 09:48
Powered by WinChalow1.0rc4 based on chalow