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terminology - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-11-12 07:24

2024-10-28 Mon

#5663. 音節とは何か? [syllable][mora][terminology][phonology][prosody][phonetics][sobokunagimon]

 標題は素朴な疑問だが,実は言語学的には簡単には答えられない.音節 (syllable) は音声学でも基本的な概念だが,実は一般的な定義を与えるのが難しいのだ.Bussmann の言語学用語集を読んでみよう.

syllable
Basic phonetic-phonological unit of the word or of speech that can be identified intuitively, but for which there is no uniform linguistic definition. Articulatory criteria include increased pressure in the airstream . . . , a change in the quality of individual sounds . . . , a change in the degree to which the mouth is opened. Regarding syllable structure, a distinction is drawn between the nucleus (= 'crest,' 'peak,' ie. the point of greatest volume of sound which, as a rule, is formed by vowels) and the marginal phonemes of the surrounding sounds that are known as the head (= 'onset,' i.e. the beginning of the syllable) and the coda (end of the syllable). Syllable boundaries are, in part, phonologically characterized by boundary markers. If a syllable ends in a vowel, it is an open syllable; if it ends in a consonant, a closed syllable. Sounds, or sequences of sounds that cannot be interpreted phonologically as syllabic (like [p] in supper, which is phonologically one phone, but belongs to two syllables), are known as 'interludes.'


 ある個別言語の音節は母語話者にとって直感的に理解される単位だが,言語一般を念頭において客観的に定式化しようと試みても,うまくいかない.調音音声学や聴覚音声学の側からの定義,または音韻理論的な解釈などがあるものの,必ずしもきれいには定義できない.それでいて母語話者は音節という単位を「知っている」らしいというのだから,不思議だ.
 音節をめぐっては,hellog でも関連する話題を取り上げてきた.以下の記事などを参照.

 ・ 「#347. 英単語の平均音節数はどのくらいか?」 ([2010-04-09-1])
 ・ 「#1440. 音節頻度ランキング」 ([2013-04-06-1])
 ・ 「#1513. 聞こえ度」 ([2013-06-18-1])
 ・ 「#1563. 音節構造」 ([2013-08-07-1])
 ・ 「#3715. 音節構造に Rhyme という単位を認める根拠」 ([2019-06-29-1])
 ・ 「#4621. モーラ --- 日本語からの一般音韻論への貢献」 ([2021-12-21-1])
 ・ 「#4853. 音節とモーラ」 ([2022-08-10-1])

 ・ Bussmann, Hadumod. Routledge Dictionary of Language and Linguistics. Trans. and ed. Gregory Trauth and Kerstin Kazzizi. London: Routledge, 1996.

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2024-10-26 Sat

#5661. 否定とは何か? [negation][polarity][negative][terminology][syntax][double_negative][logic][assertion][semantics]

 昨日の記事「#5670. なぜ英語には単数形と複数形の区別があるの? --- Mond での質問と回答より」 ([2024-10-24-1]) で,否定 (negation) の話題を最後に出しました.言語において否定とは何か.これはきわめて大きな問題です.論理学や哲学からも迫ることができますが,ここでは言語学の観点に絞ります.
 言語学の用語辞典に頼ることから始めましょう.まず Crystal (323--24) より引用します.

negation (n.) A process or construction in GRAMMATICAL and SEMANTIC analysis which typically expresses the contradiction of some or all of a sentence's meaning. In English grammar, it is expressed by the presence of the negative particle (neg, NEG) not or n't (the CONTRACTED negative); in LEXIS, there are several possible means, e.g. PREFIXES such as un-, non-, or words such as deny. Some LANGUAGES use more than one PARTICLE in a single CLAUSE to express negation (as in French ne . . . pas). The use of more than one negative form in the same clause (as in double negatives) is a characteristic of some English DIALECTS, e.g. I'm not unhappy (which is a STYLISTICALLY MARKED mode of assertion) and I've not done nothing (which is not acceptable in STANDARD English). . . .
   A topic of particular interest has been the range of sentence STRUCTURE affected by the position of a negative particle, e.g. I think John isn't coming v. I don't think John is coming: such variations in the SCOPE of negation affect the logical structure as well as the semantic analysis of the sentence. The opposite 'pole' to negative is POSITIVE (or AFFIRMATIVE), and the system of contrasts made by a language in this area is often referred to as POLARITY. Negative polarity items are those words or phrases which can appear only in a negative environment in a sentence, e.g. any in I haven't got any books. (cf. *I've got any books).


 次に Bussmann (323) を引用します.論理学における否定に対して言語学の否定を,次のように解説しています.

In contrast with logical negation, natural language negation functions not only as sentence negation, but also primarily as clausal or constituent negation: she did not pay (= negation of predication), No one paid anything (= negation of the subject NP), he paid nothing (= negation of the object NP). Here the scope (= semantic coverage) of negation is frequently polysemic or dependent on the placement of negation, on the sentence stress . . . as well as on the linguistic and/or extralinguistic context. Natural language negation may be realized in various ways: (a) lexically with adverbs and adverbial expressions (not, never, by no means), indefinite pronouns (nobody, nothing, none), coordinating conjunctions (neither . . . nor), sentence equivalents (no), or prepositions (without, besides); (b) morphologically with prefixes (in + exact, un + interested) or suffix (help + less); (c) intonationally with contrastive accent (in Jacob is not flying to New York tomorrow the negation can refer to Jacob, flying, New York, or tomorrow depending which elements are stressed); (d) idiomatically by expressions like For all I care, . . . . Formally, three types of negation are differentiated: (a) internal (= strong) negation, the basic type of natural language negation (e.g. The King of France is not bald); (b) external (= weak) negation, which corresponds to logical negation (e.g. It's not the case/it's not true that p); (c) contrastive (= local) negation, which can also be considered a pragmatic variant of strong negation to the degree that stress and the corresponding modifying clause are relevant to the scope of the negation (e.g. The King of France is not bald, but rather wears glasses. The linguistic description of negation has proven to be a difficult problem in all grammatical models owing to the complex interrelationship of syntactic, prosodic, semantic, and pragmatic aspects.


 この2つの解説に基づいて,言語学における否定に関する論点・観点を箇条書き整理すると次のようになるでしょうか.

1. 否定の種類と範囲
 ・ 文否定 (sentence negation)
 ・ 節否定 (clausal negation)
 ・ 構成要素否定 (constituent negation)
2. 否定の実現様式
 ・ 語彙的 (lexically): 副詞,不定代名詞,接続詞,前置詞など
 ・ 形態的 (morphologically): 接頭辞,接尾辞
 ・ 音声的 (intonationally): 対照アクセント
 ・ 慣用的 (idiomatically): 特定の表現
3. 否定の形式的分類
 ・ 内的(強い)否定 (internal/strong negation)
 ・ 外的(弱い)否定 (external/weak negation)
 ・ 対照的(局所的)否定 (contrastive/local negation)
4. 否定の作用域 (scope)
 ・ 否定辞の位置による影響
 ・ 文強勢による影響
 ・ 言語的・非言語的文脈による影響
5. 2重否定 (double negative)
 ・ 方言や非標準英語での使用
 ・ 文体的に有標な肯定表現としての使用
6. 極性 (polarity)
 ・ 肯定 (positive/affirmative) vs. 否定 (negative)
 ・ 否定極性項目
7. 否定に関する統語的,韻律的,意味的,語用論的側面の複雑な相互関係
8. 自然言語の否定と論理学的否定の違い

この一覧は,否定の複雑さと多面性を示しています.案の定,抜き差しならない問題です.

 ・ Crystal, David, ed. A Dictionary of Linguistics and Phonetics. 6th ed. Malden, MA: Blackwell, 2008. 295--96.
 ・ Bussmann, Hadumod. Routledge Dictionary of Language and Linguistics. Trans. and ed. Gregory Trauth and Kerstin Kazzizi. London: Routledge, 1996.

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2024-09-25 Wed

#5630. 語源学とは何か? --- 『英語語源辞典』 (p. 1647) より [hellive2024][khelf][kdee][etymology][terminology][archaeology][history][philology][methodology][lexicology][historical_linguistics][comparative_linguistics]



 一昨日の Voicy heldio にて「#1212. 『英語語源辞典』の「語源学解説」精読 --- 「英語史ライヴ2024」より」を配信しました.これは,9月8日に heldio を媒体として開催された「英語史ライヴ2024」の午前9時過ぎから生配信された精読会のアーカイヴ版です.研究社より出版されている『英語語源辞典』の巻末の専門的な解説文を,皆で精読しながら解読していこうという趣旨の読書会です.当日は多くのリスナーの方々に生配信でお聴きいただきました.ありがとうございました.
 khelf の藤原郁弥さん(慶應義塾大学大学院生)が MC を務め,そこに「英語語源辞典通読ノート」で知られる lacolaco さん,およびまさにゃんこと森田真登さんが加わり,45分間の集中精読会が成立しました.ニッチな企画ですが,非常に濃い議論となっています.『英語語源辞典』のファンならずとも楽しめる配信回だと思います.ぜひお聴きください.以下は,精読対象となった文章の最初の2段落です (p. 1647) .

1. 語源学とは何か
 語源学の目的は,特定言語の単語の音形(発音・綴り字)と意味の変化の過程を可能なかぎり遡ることによって,文献上または文献以前の最古の音形と意味を同定または推定し,その言語の語彙組織におけるその語の位置を通時的に決定することにある.したがって,語源学はフィロロジーの一分科あるいは語彙論に属するが,その方法論と実践とにおいて,歴史・比較言語学と密接に関連し,また歴史的考証や考古学の成果をも援用する.
 英語の場合であれば,現代英語から中期英語 (Middle English: 略 ME),古期英語 (Old English: 略 OE) の段階にまで遡る語史的語源的研究と,さらに英語の成立以前に遡ってゲルマン基語 (proto-Germanic: 略 Gmc),印欧基語 (Proto-Indo-European: 略 IE) の段階を扱う遡源的語源研究とが考えられる.ある単語の語源を特定するためには,この両面を通じて,形態の連続性と同時に意味の連続性が確認されなければならない.そして,英語という言語が成立した後の語史的考察が英語成立以前の遡源的考察に先行すべきこと,すわなち英語史的研究が比較言語学的研究に先行すべきことはいうまでもないであろう.


 上記配信回を受けて,私の感想です.この2段落は,実はかなり難解だと思います.2点を指摘します.1つめに「語源学の目的は〔中略〕その言語の語彙組織におけるその語の位置を通時的に決定することにある」をすんなりと理解できる読者は少ないのではないでしょうか.私自身もこの文の字面の「意味」は理解したとしても,それがどのような「意義」をもつのかを理解するには少々の時間を要しましたし,その理解が当たっているのかどうかも心許ないところです.
 2つめは,最後の部分「英語という言語が成立した後の語史的考察が英語成立以前の遡源的考察に先行すべきこと,すわなち英語史的研究が比較言語学的研究に先行すべきことはいうまでもないであろう」です.この箇所については,本当にいうまでもないほど自明なのだろうか,という疑問が生じます.というのは,時間的にみる限り,語史的考察は遡源的考察に先行しないからです.それなのに「英語史的研究が比較言語学的研究に先行すべき」というのは,むしろ矛盾しているように聞こえないでしょうか.この2点目については,この後の段落を読めば,確かに真意がわかってきます.いずれにせよ,なかなかの水準の高い最初の2段落ではないでしょうか.
 1点目について私は考えるところがあるのですが,皆さんも改めて「語源学の目的は〔中略〕その言語の語彙組織におけるその語の位置を通時的に決定することにある」の解釈を考えていただければと思います.
 語源学とは何か? という問いについては,hellog より以下の記事を参照.

 ・ 「#466. 語源学は技芸か科学か」 ([2010-08-06-1])
 ・ 「#727. 語源学の自律性」 ([2011-04-24-1])
 ・ 「#1791. 語源学は技芸が科学か (2)」 ([2014-03-23-1])
 ・ 「#598. 英語語源学の略史 (1)」 ([2010-12-16-1])
 ・ 「#599. 英語語源学の略史 (2)」 ([2010-12-17-1])

 ここまでのところで『英語語源辞典』に関心をもった方は,ぜひ入手していただければ.


寺澤 芳雄(編集主幹) 『英語語源辞典』新装版 研究社,2024年.



 ・ 寺澤 芳雄(編集主幹) 『英語語源辞典』新装版 研究社,2024年.

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2024-08-31 Sat

#5605. 「漢字列」という用語・概念 [terminology][kanji][graphology][writing][review][japanese][chinese][methodology]


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 「#5601. 漢字は中国語と日本語で文字論上の扱いが異なる」 ([2024-08-27-1]) の記事で,今野を引用して漢字の文字論を考えた.そのなかで「漢字列」という用語がさらっと登場した.しかし,これは日本語における漢字の役割を議論する上で,すこぶる重要な用語であり概念だと学んだ.私たちが一般的に「漢熟語」としてとらえている,典型的には漢字2字ほどからなる表現のことである.
 今野は「漢字列」という洞察を導入するにあたって,具体例として「平明」を挙げている.普通に考えれば,これは「ヘイメイ」と音読みで読み下すだろう.しかし,それは現代の話しである.12世紀半ばという時代設定で考えると,この漢字2文字からなる「漢字列」は,音読みの「ヘイメイ」のみならず,訓読みで「アケホノ」とも読み下すことができた.漢語が多く使われている文章内では「ヘイメイ」と読み下す可能性が高く,和語が多く使われている文章内では「アケホノ」の可能性が高かったにちがいない.この2文字の連なりは,原理的には1つの読みに定まらなかったのであり,その点において正書法がなかった,といえるのだ.
 かくして,この漢字2文字の扱いは宙ぶらりんとなる.この漢字2文字を,きわめて形式的に「漢字列」と呼んでおこう.これをどのように読み下すかは別として,読み下す以前の形式に言及したい場合に,無味乾燥な「漢字列」の呼称は意外と便利である.読み下しの結果いかんにかかわらず使える用語・概念だからだ.
 ここまで来たところで,今野 (44--45) の説明を導入しよう.きっとこの用語・概念の有益さが分かるだろう.

 しかし,とにもかくにも,言語を観察しようとしているのに,今みている漢字列がいかなる語をあらわしているかわからない,という状況が日本語においては起こり得る.こうしたことにかかわることがらを説明しようとした時になんとも落ち着きがわるいし,説明しにくい.その落ち着きのわるさ,説明のしにくさをいくらかでも解消するために,いかなる語をあらわしているかわからないものに「漢字列」という名前をつけておく.それがいかなる語をあらわしているか判明したら,和語とか漢語とかはっきりとした呼び方をすればよい.また語を超えた単位であっても,漢字が並んでいるものはすべて「漢字列」と呼ぶ.
 このように「漢字列」という概念を設定しておくことは日本語の歴史の観察,分析,記述に有効であると考える.あるいは有効であることを超えて,「漢字列」が日本語の歴史にとってのキー・ワードの一つかもしれない.つまり,「漢字列」という概念を使って説明すると,うまく説明できることが多いのが日本語ということになる.当然のことであるが,文字化に漢字を使っていない言語について考えるにあたっては「漢字列」という概念は必要がない.表音文字のみを使う言語の観察には存在しない概念といってよい.


 一般文字論にとって,きわめて示唆に富む洞察ではないか.

 ・ 今野 真二 『日本語と漢字 --- 正書法がない言葉の歴史』 岩波書店〈岩波新書〉,2024年.

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2024-08-23 Fri

#5597. ことばの意味の外延内包 [semantics][terminology][cognitive_linguistics]


今井 むつみ 『ことばの学習のパラドックス』 筑摩書房,2024年.



 今井むつみ(著)『ことばの学習のパラドックス』(筑摩書房,2024年)より,意味論でしばしば出会う外延 (extension) と内包 (intension) という用語を導入したい.

 「ことばの意味」には2つの重要な側面がある.「外延」 (extension) と「内包) (intension) である.ことばは,事物,事象,動作,関係,属性などを「指示」 (refer) するものであるが,指示対象 (referent) の集まりを「外延」という.「外延」は狭義の「カテゴリー」と同義である.「狭義の」というただし書きをつけたのは,本来の「カテゴリー」とは広い意味では事例の集合として人がみなすものなら何でもよく,必ずしもことばが指し示す指示物の集合でなくてもよいし,特に文化社会的に意味があるものでなくてもよいからである.
 「内包」は「外延」よりも定義が難しい.簡単に言ってしまえば,「内包」は指示対象となるものがどのような属性を持ち,指示対象にならない事物とどの点において異なるかの知識で,これによって人は,ある事例がそのことばの指示対象となるかどうかを決定する.古典的意味論では,内包は外延を決定するための必要にしてかつ十分な最小の数の意味要素 (semantic features) の集合と考えられていたが (Katz & Fodor, 1963),ここでは,「内包」とは,カテゴリーにどのような属性があり,それが互いにどのような関係にあるのか,カテゴリーにとってどの程度の重要性があるか,などについての知識であり,構造化された内的表象と考える.
 また,筆者は「内包」の中身は必ずしも言語的に記述できる,「くちばしがある」,「足が四本ある」などの属性に限らないと思っている.たとえば,知覚的なイメージ,あるいは最近よく認知心理学でいわれる「イメージスキーマ」 (Lakoff, 1987; Langacker, 1987) のようなものが内包の一部である場合もあると思う.たとえば「赤」ということばの内包が何であるかを言語的な属性で記述するのはほとんど不可能である.しかし,人は「赤」が知覚的にどういう色であるか,さらに「赤」の周辺の色「オレンジ」や「ピンク」がどのような色であるかのイメージを持っており,その内的イメージに照らして,問題の事例が「赤」であるかないかを決めることができる.この場合,この知覚的イメージも立派な「内包」であると思われる.「内包」は狭義の「概念」 (concept) に相当するものと考えて良い.ただし「概念」ということばも「カテゴリー」と同様多義的で,広義には「知識全般」を指して用いる場合もある.(今井,21--23頁)


 引用中にもある通り,平たくいえば「外延」は「カテゴリー」と,「内包」は「概念」ととらえてよい.しかし,言い換えた用語自体が多義であるので厄介だ.意味論ではとりわけ「概念」とは何かが問題とされてきた.これについては,以下の記事を参照されたい.

 ・ 「#1957. 伝統的意味論と認知意味論における概念」 ([2014-09-05-1])
 ・ 「#2808. Jackendoff の概念意味論」 ([2017-01-03-1])
 ・ 「#1931. 非概念的意味」 ([2014-08-10-1])

 ・ 今井 むつみ 『ことばの学習のパラドックス』 筑摩書房,2024年.

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2024-08-20 Tue

#5594. 民間語源(解釈語源)の復権のために [inohota][etymology][folk_etymology][analogy][terminology]



 一昨日8月18日(日)の YouTube 「いのほた言語学チャンネル」の最新回は,「#259. tip(レストランなどでのチップ)の語源は To Insure Promptness(「すぐのご提供の保証」)の頭文字だなどの怪しげな民間語源があるが...」です.サムネイルには大きく「後付けの語源を軽んじてはいけない理由」の文句が現われています(←井上氏の要約センスによるものです).
 数回前の配信回で,井上氏が語源ネタは「教室から酒場まで」人気があるとの名言を繰り出しました.おおよそ教室の語源が「学者語源」,酒場の語源が「民間語源」に相当するでしょうか.
 民間語源 (folk_etymology) はしばしば「俗説」とも呼ばれ,真面目な語源学や言語学では低く見られる傾向がありました.しかし,実は人間の言語の創造力と想像力を示してくれる貴重な事例なのです.その点では言い間違いなどと同じくらいの言語学的価値があります.
 私は,この2種類の対立する語源に与えられてきた従来の呼称「民間語源」と「学者語源」に,どうも馴染めません.威信の上下関係がつきまとうからです.いずれも捉え方こそ異なりますが,各々が尊ばれるべき語源であると考えています.
 そこで,この対立についてポジティヴな解釈を促すようなネーミングを考え続けてきました.もっとよい呼称があるかもしれませんが,とりあえず民間語源を「解釈語源」と,学者語源を「探究語源」と呼ぶことにしています.
 この問題意識や関連する話題は,hellog (や heldio/helwa)でも初めてではありません.以下をご参照いただき,さらに深く考えていただければと思います.

 ・ hellog 「#2174. 民間語源と意味変化」 ([2015-04-10-1])
 ・ helwa 「【英語史の輪 #9】語源って何?」(2023/06/30)
 ・ hellog 「#5180. 「学者語源」と「民間語源」あらため「探究語源」と「解釈語源」 --- プレミアムリスナー限定配信チャンネル「英語史の輪」 (helwa) の最新回より」 ([2023-07-03-1])
 ・ 「#5378. 歴史的に正しい民間語源?」 ([2024-01-17-1])
 ・ 「#3539. tip (心付け)の語源」 ([2019-01-04-1])
 ・ 「#4942. sirloin の民間語源 --- おいしすぎて sir の称号を与えられた牛肉」 ([2022-11-07-1])

 井上氏の上記の名言にインスピレーションを受け,「教室語源」と「酒場語源」も普段使いには悪くないなと思い始めています.

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2024-08-05 Mon

#5579. 間投詞とは何か? [interjection][parts_of_speech][category][exclamation][syntax][onomatopoeia][terminology][exclamation][pragmatics][syntax]

 間投詞 (interjection) というマイナーな品詞は,おおよそ統語規則に縛られない唯一の語類ということで,どこか自由な魅力がある.定期的に惹かれ,この話題を取り上げてきた気がする.過去の記事としては「#3689. 英語の間投詞」 ([2019-06-03-1]),「#3712. 英語の間投詞 (2)」 ([2019-06-26-1]),「#3688. 日本語の感動詞の分類」 ([2019-06-02-1]) などを参照されたい.
 今回は Crystal, McArthur, Bussmann の各々の用語辞典で interjection を引いてみた.

interjection (n.) A term used in the TRADITIONAL CLASSIFICATION of PARTS OF SPEECH, referring to a CLASS of WORDs which are UNPRODUCTIVE, do not enter into SYNTACTIC relationships with other classes, and whose FUNCTION is purely EMOTIVE, e.g., Yuk!, Strewth!, Blast!, Tut tut! There is an unclear boundary between these ITEMS and other types of EXCLAMATION, where some REFERENTIAL MEANING may be involved, and where there may be more than one word, e.g. Excellent!, Lucky devil!, Cheers!, Well well! Several alternative ways of analysing these items have been suggested, using such notions as MINOR SENTENCE, FORMULAIC LANGUAGE, etc. (Crystal)


INTERJECTION [15c: through French from Latin interiectio/interiectionis something thrown in]. A part of speech and a term often used in dictionaries for marginal items functioning alone and not as conventional elements of sentence structure. They are sometimes emotive and situational: oops, expressing surprise, often at something mildly embarrassing, yuk/yuck, usually with a grimace and expressing disgust, ow, ouch, expressing pain, wow, expressing admiration and wonder, sometimes mixed with surprise. They sometimes use sounds outside the normal range of a language: for example, the sounds represented as ugh, whew, tut-tut/tsk-tsk. The spelling of ugh has produced a variant of the original, pronounced ugg. Such greetings as Hello, Hi, Goodbye and such exclamations as Cheers, Hurra, Well are also interjections. (McArthur)


interjection [Lat. intericere 'to throw between']
Group of words which express feelings, curse, and wishes or are used to initiate conversation (Ouch!, Darn!, Hi!). Their status as a grammatical category is debatable, as they behave strangely in respect to morphology, syntax, and semantics: they are formally indeclinable, stand outside the syntactic frame, and have no lexical meaning, strictly speaking. Interjections often have onomatopoeic characteristics: Brrrrr!, Whoops!, Pow! (Bussmann)


 他の用語辞典も引き比べているところである.あまり注目されることのない間投詞の魅力に迫っていきたい.

 ・ Crystal, David, ed. A Dictionary of Linguistics and Phonetics. 6th ed. Malden, MA: Blackwell, 2008. 295--96.
 ・ McArthur, Tom, ed. The Oxford Companion to the English Language. Oxford: OUP, 1992.
 ・ Bussmann, Hadumod. Routledge Dictionary of Language and Linguistics. Trans. and ed. Gregory Trauth and Kerstin Kazzizi. London: Routledge, 1996.

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2024-07-18 Thu

#5561. イディオムとは何か? [idiom][terminology][collocation][semantics][syntax]



 先日,Voicy heldio で「#1139. イディオムとイディオム化 --- 秋元実治先生との対談 with 小河舜さん」をお届けしました.本編の冒頭で話題にしましたが,そもそもイディオム (idiom) とは何なのでしょうか?
 上記の配信回でも参照した秋元 (33--34) によると,イディオムの定義は次の通りです.

 イディオムの定義としては,意味上,統語上の基準に照らし合わせて,次のような特徴を持ち合わせたものと言える:
(i)  意味的不透明性,あるいは非合成性 (non-compositionality).イディオムの意味はその成分の総和から出てこない.よく知られている例として,
    kick the bucket = die
  がある.
(ii)  統語上の変形を許さない.すなわち,Chafe (1968) の言う 'transformational deficiency' である.上例のイディオムは「死ぬ」という意味では受動形は不可である:
    *The bucket was kicked by Sam.
(iii)  イディオム内の成分の語彙的代用はできない.すなわち,「語彙的完全無欠性」である.
    have a crush on → *have a smash on
 Numberg et al. (1994) はイディオム的意味が各成分に分配されていないイディオム(例:saw logs = snore)を 'idiomatic phrase',そしてイディオム的意味が各成分に分配されているイディオム(例:spill the beans = divulge the information) を 'idiomatic combination' と呼び,分けている.


 ただし,ある表現がイディオムかどうかというのは,上記の条件から予想されるように自動的に,あるいはカテゴリカルに決まるような代物ではありません.イディオム性 (idiomaticity) という連続体の概念を念頭に置く必要がありそうです.

 ・ 秋元 実治 『増補 文法化とイディオム化』 ひつじ書房,2014年.
 ・ Chafe, Wallace. "Idiomaticity as an Anomaly in the Chomskyan Paradigm." Foundations of Language 4 (1968): 107--27.
 ・ Numberg, Geoffrey, Ivan A. Sag and Thomas Wasow. "Idioms." Language 70 (1994): 481--538.

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2024-07-16 Tue

#5559. 古英語の形容詞の弱変化・強変化屈折はどこから来たのか? [oe][adjective][inflection][germanic][noun][personal_pronoun][suffix][indo-european][terminology]

 「#2560. 古英語の形容詞強変化屈折は名詞と代名詞の混合パラダイム」 ([2016-04-30-1]) でみたように,古英語の形容詞の屈折には統語意味的条件に応じて弱変化 (weak declension) と強変化 (strong declension) が区別される.
 それぞれの形態的な起源は,先の記事で述べた通りで,名詞の弱変化と強変化にストレートに対応するわけではなく,やや込み入っている.形容詞の弱変化は,確かに名詞の弱変化と対応する.n-stem や子音幹とも言及される通り,屈折語尾に n 音が目立つ.Fertig (38) によると,弱変化の屈折語尾は,もともとは個別化機能 (= "individualizing function") を有する派生接尾辞に端を発するという.個別化して「定」を表わすからこそ,ゲルマン語派では "definiteness" と結びつくようになったのだろう.
 一方,形容詞の強変化の屈折語尾は,必ずしも名詞の強変化のそれに似ていない.むしろ,形態的には代名詞のそれに類する.いかにして代名詞的な屈折語尾が形容詞に侵入し,それを強変化となしたのかはよく分からない.しかし,これによって形容詞が形態的には名詞と一線を画する語類へと発展していったことは確かだろう.
 Fertig (39--40) より,関連する説明を引いておこう.

   Originally, the function of this new distinction in Germanic involved definiteness (recall the original 'individualizing' function of the -en suffix in Indo-European): strong = indefinite, blinds guma 'a blind man'; weak = definite, blinda guma 'the blind man').
   The other Germanic innovation which may not be entirely separable from the first one, is that many of the endings on the strong forms of adjectives do not correspond to strong noun forms, as they had in Indo-European. Instead, they correspond largely to pronominal forms . . . .


 古英語の名詞,形容詞,そして動詞でいうところの「弱変化」と「強変化」は,それぞれ意味合いが異なることに改めて注意したい.

 ・ Fertig, David. Analogy and Morphological Change. Edinburgh: Edinburgh UP, 2013.

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2024-07-05 Fri

#5548. 音変化類推の峻別を改めて考える [sound_change][analogy][neogrammarian][phonetics][phonology][morphology][language_change][history_of_linguistics][comparative_linguistics][lexical_diffusion][terminology]

 比較言語学 (comparative_linguistics) の金字塔というべき,青年文法学派 (neogrammarian) による「音韻変化に例外なし」の原則 (Ausnahmslose Lautgesetze) は,音変化 (sound_change) と類推 (analogy) を峻別したところに成立した.以来,この言語変化の2つの原理は,相容れないもの,交わらないものとして解釈されてきた.この2種類を一緒にしたり,ごっちゃにしたら伝統的な言語変化論の根幹が崩れてしまう,というほどの厳しい区別である.
 しかし,この伝統的なテーゼに対する反論も,断続的に提出されてきた.例外なしとされる音変化も,視点を変えれば一律に適用された類推として解釈できるのではないか,という意見だ.実のところ,私自身も語彙拡散 (lexical_diffusion) をめぐる議論のなかで,この2種類の言語変化の原理は,互いに接近し得るのではないかと考えたことがあった.
 この重要な問題について,Fertig (99--100) が議論を展開している.Fertig は2種類を峻別すべきだという伝統的な見解に立ってはいるが,その議論はエキサイティングだ.今回は,Fertig がそのような立場に立つ根拠を述べている1節を引用する (95) .単語の発音には強形や弱形など数々の異形 (variants) があるという事例紹介の後にくる段落である.

The restriction of the term 'analogical' to processes based on morpho(phono)logical and syntactic patterns has long since outlived its original rationale, but the distinction between changes motivated by grammatical relations among different wordforms and those motivated by phonetic relations among different realizations of the same wordform remains a valid and important one. The essence of the Neogrammarian 'regularity' hypothesis is that these two systems are separate and that they interface only through the mental representation of a single, citation pronunciation of each wordform. The representations of non-citation realizations are invisible to the morphological and morphophonological systems, and relations among different wordforms are invisible to the phonetic system. If we keep in mind that this is really what we are talking about when we distinguish analogical change from sound change, these traditional terms can continue to serve us well.


 言語変化を論じる際には,一度じっくりこの問題に向き合う必要があると考えている.

 ・ Fertig, David. Analogy and Morphological Change. Edinburgh: Edinburgh UP, 2013.

Referrer (Inside): [2024-07-06-1]

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2024-04-06 Sat

#5458. 理論により異なる主語の捉え方 [subject][terminology][semantics][syntax][logic][case][generative_grammar]

 昨日の記事「#5457. 主語をめぐる論点」 ([2024-04-05-1]) に続き,別の言語学用語辞典からも主語 (subject) の項目を覗いてみよう.Crystal の用語辞典より引用する.

subject (n.) (S, sub, SUB, Subj, SUBJ) A term used in the analysis of GRAMMATICAL FUNCTIONS to refer to a major CONSTITUENT of SENTENCE or CLAUSE structure, traditionally associated with the 'doer' of an action, as in The cat bit the dog. The oldest approaches make a twofold distinction in sentence analysis between subject and PREDICATE, and this is still common, though not always in this terminology; other approaches distinguish subject from a series of other elements of STRUCTURE (OBJECT, COMPLEMENT, VERB, ADVERBIAL, in particular. Linguistic analyses have emphasized the complexity involved in this notion, distinguishing, for example, the grammatical subject from the UNDERLYING or logical subject of a sentence, as in The cat was chased by the dog, where The cat is the grammatical and the dog the logical subject. Not all subjects, moreover, can be analyzed as doers of an action, as in such sentences as Dirt attracts flies and The books sold well. The definition of subjects in terms of SURFACE grammatical features (using WORD-ORDER or INFLECTIONAL criteria) is usually relatively straightforward, but the specification of their function is more complex, and has attracted much discussion (e.g. in RELATIONAL GRAMMAR). In GENERATIVE grammar, subject is sometimes defined at the NP immediately DOMINATED by S. While NP is the typical formal realization of subject, other categories can have this function, e.g. clause (S-bar), as in That oil floats on water is a fact, and PP as in Between 6 and 9 will suit me. The term is also encountered in such contexts as RAISING and the SPECIFIED-SUBJECTION CONDITION.


 昨日引用・参照した McArthur の記述と重なっている部分もあるが,今回の Crystal の記述からは,拠って立つ言語理論に応じて主語の捉え方が異なることがよく分かる.関係文法では主語の果たす機能に着目しており,生成文法ではそもそも主語という用語を常用しない.あらためて主語とは伝統文法に基づく緩い用語であり,そしてその緩さ加減が適切だからこそ広く用いられているのだということが分かる.

 ・ Crystal, David, ed. A Dictionary of Linguistics and Phonetics. 6th ed. Malden, MA: Blackwell, 2008. 295--96.

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2024-04-05 Fri

#5457. 主語をめぐる論点 [subject][terminology][semantics][syntax][logic][existential_sentence][construction][agreement][number][expletive]

 昨日の記事「#5456. 主語とは何か?」 ([2024-04-04-1]) に引き続き,主語 (subject) についての本質的な疑問に迫りたい.この問題を論じるに際し,まず用語辞典などに当たってみるのが良さそうだ.McArthur の項目を引用しよう.主要な論点が見えてくる.

SUBJECT [13c: from Latin subjectum grammatical subject, from subiectus placed close, ranged under]. A traditional term for a major constituent of the sentence. In a binary analysis derived from logic, the sentence is divided into subject and predicate, as in Alan (subject) has married Nita (predicate). In declarative sentences, the subject typically precedes the verb: Alan (subject) has married (verb) Nita (direct object). In interrogative sentences, it typically follows the first or only part of the verb: Did (verb) Alan (subject) marry (verb) Nita (direct object)? The subject can generally be elicited in response to a question that puts who or what before the verb: Who has married Nita?---Alan. Where concord is relevant, the subject determines the number and person of the verb: The student is complaining/The students are complaining; I am tired/He is tired. Many languages have special case forms for words in the subject, the subject requires a particular form (the subjective) in certain pronouns: I (subject) like her, and she (subject) likes me.

Kinds of subject. A distinction is sometimes made between the grammatical subject (as characterized above), the psychological subject, and the logical subject: (1) The psychological subject is the theme or topic of the sentence, what the sentence is about, and the predicate is what is said about the topic. The grammatical and psychological subjects typically coincide, though the identification of the sentence topic is not always clear: Labour and Conservative MPs clashed angrily yesterday over the poll tax. Is the topic of the sentence the MPs or the poll tax? (2) The logical subject refers to the agent of the action; our children is the logical subject in both these sentences, although it is the grammatical subject in only the first: Our children planted the oak sapling; The oak sapling was planted by our children. Many sentences, however, have no agent: Stanley has back trouble; Sheila is a conscientious student; Jenny likes jazz; There's no alternative; It's raining

Pseudo-subjects. The last sentence also illustrates the absence of a psychological subject, since it is obviously not the topic of the sentence. This so-called 'prop it' is a dummy subject, serving merely to fill a structural need in English for a subject in a sentence. In this respect, English contrasts with languages such as Latin, which can omit the subject, as in Veni, vidi, vici (I came, I saw, I conquered: with no need for the Latin pronoun ego, I). Like prop it, 'existential there' in There's no alternative is the grammatical subject of the sentence, but introduces neither the topic nor (since there is no action) the agent.

Non-typical subjects. Subjects are typically noun phrases, but they may also be finite and non-finite clauses: 'That nobody understands me is obvious'; 'To accuse them of negligence was a serious mistake'; 'Looking after the garden takes me several hours a week in the summer.' In such instances, finite and infinitive clauses are commonly post and anticipatory it takes their place in subject position: 'It is obvious that nobody understands me'; 'It was a serious mistake to accuse them of negligence.' Occasionally, prepositional phrases and adverbs function as subjects: 'After lunch is best for me'; 'Gently does it.'

Subjectless sentences. Subjects are usually omitted in imperatives, as in Come here rather than You come here. They are often absent from non-finite clauses ('Identifying the rioters may take us some time') and from verbless clauses ('New filters will be sent to you when available'), and may be omitted in certain contexts, especially in informal notes (Hope to see you soon) and in coordination (The telescope is 43 ft long, weighs almost 11 tonnes, and is more than six years late).


 項目の書き出しは標準的といってよく,おおよそ文法的な観点から主語の概念が導入されている.主部・述部の区別に始まり,主語の統語論的振る舞いや形態論的性質が紹介される.
 次の節では,主語が文法的な観点のみならず心理的,論理的な観点からもとらえられるとして,別のアングルが提供される.心理的な観点からは「テーマ,主題」,論理的な観点からは「動作の行為者」に対応するのが主語なのだと説かれる.現実の文に当てはめてみると,3つの観点からの主語が必ずしも互いに一致しないことが示される.
 続けて,擬似的な主語,いわゆる形式主語やダミーの主語と呼ばれるものが紹介される.そこでは there is の存在文 (existential_sentence) も言及される.この構文では there はテーマではありえないし,動作の行為者でもないので,あくまで文法形式のために要求されている主語とみなすほかない.
 通常,主語は名詞句だが,それ以外の統語カテゴリーも主語として立ちうるという話題が導入されたあと,最後に主語がない(あるいは省略されている)節の例が示される.
 ほかにも様々に論点は挙げられそうだが,今回は手始めにここまで.

 ・ McArthur, Tom, ed. The Oxford Companion to the English Language. Oxford: OUP, 1992.

Referrer (Inside): [2024-04-06-1]

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2024-04-04 Thu

#5456. 主語とは何か? [subject][terminology][semantics][syntax][logic][existential_sentence][inohota][youtube][voicy][heldio][construction][agreement][number][link]



 3月31日に配信した YouTube 「いのほた言語学チャンネル」の第219回は,「古い文法・新しい文法 There is 構文まるわかり」と題してお話ししています.本チャンネルとしては,この4日間で視聴回数3100回越えとなり,比較的多く視聴されているようです.ありがとうございます.
 There is a book on the desk. のような存在文 (existential_sentence) における there は,意味的には空疎ですが,文法的には主語であるかのような振る舞いを示します.一方,a book は何の役割をはたしているかと問われれば,これこそが主語であると論じることもできます.さらに be 動詞と数の一致を示す点でも,a book のほうが主語らしいのではないかと議論できそうです.
 これまで当たり前のように受け入れてきた主語 (subject) とは,いったい何なのでしょうか.考え始めると頭がぐるぐるしてきます.存在文の主語の問題,および「主語」という用語に関しては,heldio でも取り上げてきました.

 ・ 「#1003. There is an apple on the table. --- 主語はどれ?」
 ・ 「#1032. なぜ subject が「主語」? --- 「ゆる言語学ラジオ」からのインスピレーション」

 もちろんこの hellog でも,存在文に関連する話題は以下の記事で取り上げてきました.

 ・ 「#1565. existential there の起源 (1)」 ([2013-08-09-1])
 ・ 「#1566. existential there の起源 (2)」 ([2013-08-10-1])
 ・ 「#4473. 存在文における形式上の主語と意味上の主語」 ([2021-07-26-1])

 主語とは何か? 簡単に解決する問題ではありませんが,ぜひ皆さんにも考えていただければ.

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2024-03-31 Sun

#5452. 英語人名史における by-namefamily name の違い [onomastics][personal_name][name_project][terminology][by-name]

 昨日の記事「#5451. 中英語期に英語人名へ姓が導入された背景 (2)」 ([2024-03-30-1]) その他の記事で説明抜きに使ってきた英語人名史上の by-name という用語について,一言述べておきたい.
 現代英語人名の first name, middle name, family name (あるいは last name, surname などとも)の区別はよく知られている.日本語母語話者にとって middle name (中間名)は比較的馴染みが薄いが,family name は「姓」(上の名前),first name は「名」(下の名前)として,対応物があるので理解しやすい.
 一方,英語人名史の文脈において,特に古英語期や中英語期における人名を論じる文脈において使われる by-name は,文字通りには「準ずる名前;2次的な名前」ほどの意味であり,first name だけでは識別力が弱い場合に付け加える補足的な名前をさす.ある意味では by-name は,現代の family name に対応する機能をもっているとはいえる.しかし,歴史的な観点からは,by-namefamily name は一応のところ区別しておいたほうがよい.
 この用語の問題について,Clark (567) に耳を傾けよう.

Although this generalised by-naming was what underlay the development of family naming, the two types of system must not be confused; for a by-name works differently from a family name. A by-name is literally descriptive (and therefore often translatable) and, in actual usage, applies only to one specific individual (to say which is not in the least, however, to deny the existence of conventional stocks of such descriptive phrases). It is, therefore, unstable and thus interchangeable with other formulations, as context or even whim might dictate, so that one and the same man might be specified in documents either as 'John son of William' or as 'John the tanner', probably according to whether his inheritance or his trade was in question, and might also perhaps have been known among his cronies as 'John with the beard' . . . . Such literal and shifting descriptions were no more than embryonically onomastic; and some of the more elaborate thirteenth-century formulas, such as Robertus filius Simonis ad crucem de Wytherington, were hardly even that. Yet, by showing how identity was being defined, even these artificial formulas contribute to onomastic history; and they may be supposed to have reflected, albeit distantly, everyday naming practices.


 人の名前という最も身近な言語表現にすら,徐々に形成されてきた歴史があることを銘記しておきたい.

 ・ Clark, Cecily. "Onomastics." The Cambridge History of the English Language. Vol. 2. Ed. Olga Fischer. Cambridge: CUP, 1992. 542--606.

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2024-03-16 Sat

#5437. phonotacitcs 「音素配列論」 [phonotactics][graphotactics][terminology][linguistics][phonology][morphology][linearity]

 一昨日の heldio で「#1018. sch- よもやま話」をお届けした.英語では sch- の綴字が比較的珍しいことなどを話題にしたが,これは文字素配列論 (graphotactics) の問題である.
 この文字素配列論の背後にあるのが音素配列論 (phonotactics) である.各言語における音素の並び順に注目する音韻論の1分野だ.2つの用語辞典より,phonotactics について関連する別の用語とともに紹介したい.まずは,Crystal より.

phonotactics (n.)  A term used in PHONOLOGY to refer to the sequential ARRANGEMENTS (or tactic behaviour) of phonological UNITS which occur in a language --- what counts as a phonologically well-formed word. In English, for example, CONSONANT sequences such as /fs/ and /spm/ do not occur INITIALLY in a word, and there are many restrictions on the possible consonant+VOWEL combinations which may occur, e.g. /ŋ/ occurs only after some short vowels /ɪ, æ, ʌ, ɒ/. These 'sequential constraints' can be stated in terms of phonotactic rules. Generative phonotactics is the view that no phonological principles can refer to morphological structure; any phonological patterns which are sensitive to morphology (e.g. affixation) are represented only in the morphological component of the grammar, not in the phonology. See also TAXIS.


taxis (n.)  A general term used in PHONETICS and LINGUISTICS to refer to the systematic arrangements of UNITS in LINEAR SEQUENCE at any linguistic LEVEL. The commonest terms based on this notion are: phonotactics, dealing with the sequential arrangements of sounds; morphotactics with MORPHEMES; and syntactics with higher grammatical units than the morpheme. Some linguistic theories give this dimension of analysis particular importance (e.g. STRATIFICATIONAL grammar, where several levels of tactic organization are recognized, corresponding to the strata set up by the theory, viz. 'hypophonotactics', 'phonotactics', 'morphotactics', 'lexicotactics', 'semotactics' and 'hypersemotactics'). See also HARMONIC PHONOLOGY.


 次に Bussmann より.

phonotactics  Study of the sound and phoneme combinations allowed in a given language. Every language has specific phonotactic rules that describe the way in which phonemes can be combined in different positions (initial, medial, and final). For example, in English the stop + fricative cluster /ɡz/ can only occur in medial (exhaust) or final (legs), but not in initial position, and /h/ can only occur before, never after, a vowel. The restrictions are partly language-specific and partly universal.


 言語は,その線状性 (linearity) ゆえに要素の並び順,組み合わせ方を重視せざるを得ない.その点では,音素配列論に限らず -tactics は必然的に言語学的な意義をもつ領域だろう.また,--tactics が通時的に変化し得ることも歴史言語学では重要な点である.

 ・ Crystal, David, ed. A Dictionary of Linguistics and Phonetics. 6th ed. Malden, MA: Blackwell, 2008. 295--96.
 ・ Bussmann, Hadumod. Routledge Dictionary of Language and Linguistics. Trans. and ed. Gregory Trauth and Kerstin Kazzizi. London: Routledge, 1996.

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2024-03-08 Fri

#5429. OED でみる言語学の術語としての mora [syllable][japanese][mora][phonology][prosody][terminology][oed]

 「#4621. モーラ --- 日本語からの一般音韻論への貢献」 ([2021-12-21-1]) で,日本語の音韻論上の単位としてモーラ (mora) の術語を導入した McCawley (1968) に触れた(Daniels, p. 63 を参照).
 McCawley は日本語の音韻論に mora の術語を導入した点でオリジナルだったものの,mora という概念を言語学に持ち込んだ最初の人ではない.OEDmora, NOUN1 によると,語義 3.b. が言語学用語としての mora であり,初出は1933年とある.以下にこの語義の項を引用する.

3.b. Linguistics. The smallest or basic unit of duration of a speech sound. 1933-

1933 In dealing with matters of quantity, it is often convenient to set up an arbitrary unit of relative duration, the mora. Thus, if we say that a short vowel lasts one mora, we may describe the long vowels of the same language as lasting, say, one and one-half morae or two morae. (L. Bloomfield, Language vii. 110)
1941 In many cases it will be found that an element smaller than the phonetic syllable functions as the accentual or prosodic unit; this unit may be called, following current practice, the mora... The term mora..is useful in avoiding confusion, even if it should turn out to mean merely phonemic syllable. (G. L. Trager in L. Spier et al., Language Culture & Personality 136)
1964 Each of the segments characterized by one of the successive punctual tones is called a mora. (E. Palmer, translation of A. Martinet, Elements of General Linguistics iii. 80)
1988 The terms 'bimoric' and 'trimoric' relate to the idea that these long vowels consist of two, respectively three, 'moras' or units of length, rather than the single 'mora' of short vowels. (Transactions of Philological Society vol. 86 137)


 McCawley が引用されていないのが残念である.いずれにせよ,mora が,権威ある辞書であるとはいえ専門辞書ではない OED で単純に定義できるほど易しい概念ではないもののようだ.関連して以下の記事も参照.

 ・ 「#4624. 日本語のモーラ感覚」 ([2021-12-24-1])
 ・ 「#4853. 音節とモーラ」 ([2022-08-10-1])

 ・ Daniels, Peter T. "The History of Writing as a History of Linguistics." Chapter 2 of The Oxford Handbook of the History of Linguistics. Ed. Keith Allan. Oxford: OUP, 2013. 53--69.
 ・ McCawley, James D. The Phonological Component of a Grammar of Japanese. The Hague: Mouton, 1968.

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2024-02-27 Tue

#5419. blendingcontamination [blend][contamination][morphology][word_formation][terminology]

 smokefog を掛け合わせた smog は,混成 (blending) と呼ばれる語形成によって生まれた混成語 (blend) の典型である.
 一方,これと似た語形成のタイプとして混交 (contamination) がある.ラテン語 gravis (重い)が対義語の levis (軽い)の語形に影響されて,俗ラテン語で grevis へ変化したという例が挙げられる.また,混交には形態的な例だけでなく統語的な例も含まれる.例えば different fromother than が混じり合って different than が出力される事例がある.類例は「#630. blend(ing) あるいは portmanteau word の呼称」 ([2011-01-17-1]) や「#737. 構文の contamination」 ([2011-05-04-1]) で取り上げたので,そちらも参照されたい.
 blending と contamination は,2つの要素の混じり合いに基づく過程としてよく似ている.実際,両者を特に区別しない研究者もいる.上記で私自身も2つの用語の和訳を「混成」と「混交」と異ならせてはみたが,各々の慣用的な訳語というわけではなく,あくまで英語での異なる用語遣いに沿わせてみたにすぎない.
 では,両者を区別する研究者は,どこで区別しているのだろうか.この点について Fertig (62) を引用する.

The terms contamination and blending were introduced by different scholars (Hermann Paul and Henry Sweet, respectively) in the late nineteenth century to refer to roughly the same range of phenomena. Many historical linguists, if they use both terms at all, have continued to use them more or less interchangeably . . . , whereas most morphologists use blend(ing) to refer only to the type of deliberate creation of new lexical items illustrated by smog.


 Fertig 自身は blend(ing) は contamination の1種とみなしており,次のように説明している.

I classify blends as a subtype of contamination. Exactly where to draw the line is tricky, but a prototypical blend has the following properties: (1) it is lexical, i.e. both the input forms and the product are words (rather than phrases or bound morphemes); (2) it is a deliberate creation; (3) the input words both (or all) contribute to the meaning of the blend.


 このように解釈してもなおグレーゾーンの事例はあるようだが,一応のところ両者を区別して理解しておきたいと思う.

 ・ Fertig, David. Analogy and Morphological Change. Edinburgh: Edinburgh UP, 2013.

Referrer (Inside): [2024-06-30-1]

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2024-01-29 Mon

#5390. 印欧語における word, root, stem, theme, ending [morphology][indo-european][germanic][comparative_linguistics][reconstruction][terminology][inflection][oe]

 どの学問分野でもよくあることだが,印欧語比較言語学においても専門家にしか通じない類いの術語は多い.標題に掲げた形態論上の用語がその典型だろう.関連する話題は「#700. 語,形態素,接辞,語根,語幹,複合語,基体」 ([2011-03-28-1]) で取り上げたが,そこで挙げたもの以上に特化した学術用語という感がある.
 それぞれ word 「語」, root 「語根」, stem 「語幹」, theme 「語幹形成素」, ending 「語尾」と訳せるが,訳が与えられただけで理解が深まるわけでもない.これらは印欧祖語における以下の形態論的分析が前提となっている.

                  ┌─ ROOT
       ┌─ STEM ─┤
       │          └─ THEME
WORD ─┤
       │
       └─────── ENDING



 ROOT は語彙的意味を担う部分である.THEME はもとは何らかの文法的機能を担っていた可能性があるが,すでに印欧祖語の段階において,意味を担わない純粋な語幹形成要素として機能していた.直後の屈折語尾を形成する ENDING への「つなぎ」と考えておけばよい.ROOT + THEME が STEM となり,それに ENDING が付加されて,具体的な WORD の語形となる.
 例えば「馬」を意味するラテン語の単数主格形 equusequ (ROOT) + u (THEME) + s (ENDING) と分析され,同じくギリシア語の hipposhipp (ROOT) + o (THEME) + s (ENDING) と分析される.
 古英語以降の比較的新しい段階にあっては,印欧祖語における上記の形態的区分はすでに透明性を欠き,ROOT, THEME, ENDING が互いに融合してしまっていることも多い.したがって,上記の前提は厳密にいえば共時的な分析には不向きだ.しかし,通時的・歴史的には有意味であるし,比較言語学の分野における慣習的な前提となっているために,古英語文法の文脈でも(ほとんど説明がなされないままに)前提とされていることが多い.
 なお,THEME には母音幹と子音幹があり,ゲルマン祖語や古英語の名詞論において,前者は「強変化名詞」,後者は「弱変化名詞」と通称される.THEME を欠く "athematic" なる語類も存在するので注意を要する.
 以上,Lass (123--26) を参照して執筆した.

 ・ Lass, Roger. Old English: A Historical Linguistic Companion. Cambridge: CUP, 1994.

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2024-01-22 Mon

#5383. 5種類の語彙化 [lexicalisation][grammaticalisation][terminology]

 この2日間の記事で文法化 (grammaticalisation) の特徴に注目してきた.しばしば,それと対比して語彙化 (lexicalisation) という現象や用語が話題とされる.確かに,言語学の常識では文法と語彙は異なる2つの部門であり,互いに異なる規則が働いていることが前提とされてきたので,文法化に対して語彙化が論じられるのは自然なのかもしれない.
 しかし,よく比較対照してみると,文法化と語彙化とは必ずしも互いに反対向きの過程ではないということがわかる.確かに対立する側面もあるが,むしろ似ている側面もあるということが分かってきたのだ.
 大雑把にいえば,語彙化とは,さほど語彙的でなかったものが語彙的な性質を帯びてくる過程といってよいが,中を覗いてみると,なかなか複雑なようである.Bauer (50--61) が語彙化の5つのパターンについて論じてりう.それを手際よく要約した Wischer (358) より,関連する1節を引用したい.

   As several mechanisms are involved in the process of lexicalization, not necessarily proceeding simultaneously, Bauer (1983: 50--61) distinguishes between different "types of lexicalization":
1. Changes of stress patterns and/or phonetic reductions are features of "phonological lexicalization" (cf. famous [ˈfeɪməs] -- infamous [ˈinfəməs]).
2. Linking elements and/or non-productive roots or affixes are features of "morphological lexicalization" (cf. eat -- edible).
3. Lack of semantic compositionality is a feature of "semantic lexicalization" (cf. understand).
4. Non-productive syntactic patterns and/or unusual functions of syntactic patterns are features of "syntactic lexicalization" (cf. pickpocket).
5. Many examples are "mixed lexicalizations", which can lead to a complete demotivation, so that the results have to be treated as simplex lexemes (cf. husband).


 ある言語項が語彙的になるとは,要するに言語体系のなかで自立した1単語となるということである.文法規則に縛られず,独自の振る舞いをする単位として許されるようになることである.言語界における自立と独立の問題 --- きわめておもしろい話題ではないか.

 ・ Wischer, Ilse. "Grammaticalization versus Lexicalization: 'Methinks' there is some confusion." Pathways of Change: Grammaticalization in English. Ed. Olga Fischer, Anette Rosenbach, and Dieter Stein. Amsterdam: John Benjamins, 2000. 355--70.
 ・ Bauer, Laurie. English Word-Formation. Cambridge: CUP, 1983.

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2024-01-07 Sun

#5368. ethnonym (民族名) [demonym][onomastics][toponymy][personal_name][name_project][ethnonym][terminology][toc][ethnic_group][race][religion][geography]

 民族名,国名,言語名はお互いに関連が深い,これらの(固有)名詞は名前学 (onomastics) では demonymethnonym と呼ばれているが,目下少しずつ読み続けている名前学のハンドブックでは後者の呼称が用いられている.
 ハンドブックの第17章,Koopman による "Ethnonyms" の冒頭では,この用語の定義の難しさが吐露される.何をもって "ethnic group" (民族)とするかは文化人類学上の大問題であり,それが当然ながら ethnonym という用語にも飛び火するからだ.その難しさは認識しつつグイグイ読み進めていくと,どんどん解説と議論がおもしろくなっていく.節以下のレベルの見出しを挙げていけば次のようになる.

 17.1 Introduction
 17.2 Ethnonyms and Race
 17.3 Ethnonyms, Nationality, and Geographical Area
 17.4 Ethnonyms and Language
 17.5 Ethnonyms and Religion
 17.6 Ethnonyms, Clans, and Surnames
 17.7 Variations of Ethnonyms
   17.7.1 Morphological Variations
   17.7.2 Endonymic and Exonymic Forms of Ethnonyms
 17.8 Alternative Ethnonyms
 17.9 Derogatory Ethnonyms
 17.10 'Non-Ethnonyms' and 'Ethnonymic Gaps'
 17.11 Summary and Conclusion

 最後の "Summary and Conclusion" を引用し,この分野の魅力を垣間見ておこう.

In this chapter I have tried to show that while 'ethnonym' is a commonly used term among onomastic scholars, not all regard ethnonyms as proper names. This anomalous status is linked to uncertainties about defining the entity which is named with an ethnonym, with (for example) terms like 'race' and 'ethnic group' being at times synonymous, and at other times part of each other's set of defining elements. Together with 'race' and 'ethnicity', other defining elements have included language, nationality, religion, geographical area, and culture. The links between ethnonyms and some of these elements, such as religion, are both complex and debatable; while other links, such as between ethnonyms and language, and ethnonyms and nationality, produce intriguing onomastic dynamics. Ethnonyms display the same kind of variations and alternatives as can be found for personal names and place-names: morpho-syntactic variations, endonymic and exonymic forms, and alternative names for the same ethnic entity, generally regarded as falling into the general spectrum of nicknames. Examples have been given of the interface between ethnonyms, personal names, toponyms, and glossonyms.
   In conclusion, although ethnonyms have an anomalous status among onomastic scholars, they display the same kinds of linguistic, social, and cultural characteristics as proper names generally.


 「民族」周辺の用語と定義の難しさについては以下の記事も参照.

 ・ 「#1871. 言語と人種」 ([2014-06-11-1])
 ・ 「#3599. 言語と人種 (2)」 ([2019-03-05-1])
 ・ 「#3706. 民族と人種」 ([2019-06-20-1])
 ・ 「#3810. 社会的な構築物としての「人種」」 ([2019-10-02-1])

 また,ethnonym のおもしろさについては,関連記事「#5118. Japan-ese の語尾を深掘りする by khelf 新会長」 ([2023-05-02-1]) も参照されたい.

 ・ Koopman, Adrian. "Ethnonyms." Chapter 17 of The Oxford Handbook of Names and Naming. Ed. Carole Hough. Oxford: OUP, 2016. 251--62.

Referrer (Inside): [2024-02-07-1]

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