「#4902. eWAVE 3.0 の紹介 --- 世界英語の言語的特徴を格納したデータベース」 ([2022-09-28-1]) で,世界77変種の英語の統語形態情報を集積したデータベース eWAVE 3.0 (= The Electronic World Atlas of Varieties of English) を紹介した.言語項目に関する分布を世界地図上にプロットしてくれる優れものだが,どこか既視感のようなものを感じていた.
そして思い当たった.これは初期・後期中英語のイングランド方言地図 LAEME と LALME の現代世界英語版ではないかと.逆にいえば,LAEME/LALME は eWAVE の中英語版とみることができる.このことに気づいた瞬間,eWAVE と LAEME/LALME の英語史上の位置づけと意義が理解できた.
eWAVE と LAEME/LALME は対象とする時代や地理的な規模こそ異なっているが,狙いとしては類似している点が多い.いずれも当該時代の英語の特定の言語項目について,地域変種ごとにプロファイルをまとめてくれ,さらに地図上に分布をプロットしてくれる.そして,出力された結果を正しく解釈するためには高度な英語学・英語史の知識が必要であるという点も似ている.「標準変種」の概念が不在,あるいは少なくとも強く意識されていない,というのも共通点だ.
ただし,そもそも連携が意識されたプロジェクトではないわけで,当然ながら異なる点も多々ある.
・ eWAVE のターゲットは現代の世界英語というグローバルな規模,LAEME/LALME のターゲットは初期・後期中英語イングランドというローカルな規模
・ eWAVE のインフォーマントは各変種に精通した現代に生きる言語の専門家,LAEME/LALME のインフォーマントはたまたま現存している写本資料(eWAVE には "fit-technique" のような理論的な手法は不要)
・ eWAVE は統語形態項目に特化したプロファイルを,LAEME/LALME は音韻形態・綴字項目に特化したプロファイルを提供している
・ eWAVE のエンジンはデータベース,LAEME(体系的ではないが LALME も)のエンジンはコーパス(GloWbE のような世界英語コーパスは存在するが,eWAVE とは独立しているため,LAEME のように方言地図とコーパスとのシームレスな連携は望めない)
おもしろいのは,時代的に eWAVE と LAEME/LALME の間に位置する近代英語期について,類似の方言地図が作られていないことだ.近代英語期から現存する言語資料の大半が標準変種で書かれており,各地域変種の様子が見えてこないために,データベースもコーパスも編纂できないからだろう.地域変種の現われ方という観点からすると,時代を隔てた中英語と現代英語のほうがむしろ似ているのである.
昨今,世界英語 (World Englishes) について考察したり議論したりする機会が多くなってきた.私は英語史の立場から,世界英語現象を伝統的英米諸方言の話題の延長線上にあるものとしてとらえている.平たくいえば,世界英語は英語方言という広いテーマの1つであり,その点では英語史上のイギリス方言やアメリカ方言の話題と異ならない,という立場だ.単に方言展開の舞台が数カ国という狭い空間から世界という広い空間に拡大しただけで質的な違いはない,とみている.
もちろんこれは見方の問題であるし,すべてが見方次第である.世界英語の多様性と,例えばイギリス英語の多様性を比べるとき,相違点を列挙していくことはたやすい.
1. 世界英語にあっては,諸方言が展開する舞台は世界全体であり,狭いブリテン諸島のみとはわけが違う.
2. 世界英語にあっては,諸方言がいかにして発達してきたか,その方法や経路が明らかに多様である.
3. 世界英語にあっては,言語接触の果たす役割が段違いに大きい.
4. 世界英語にあっては,母語方言のみならず非母語方言も考慮に入れる必要がある.
5. 世界英語は20世紀後半から21世紀にかけての現代的な話題である.
5点のみ挙げたが,他にもいろいろと指摘することができるだろう.上記5点はそれぞれ興味深い論点ではあるが,異議を唱える(あるいは少なくとも議論の再考を促す)ことも同じくらい容易である.
1'. イギリス英語にあっては,諸方言が展開する舞台はブリテン諸島全体であり,狭いイングランドのみとはわけが違う.
2'. イギリスにあっては,諸方言がいかにして発達してきたか,その方法や経路が明らかに多様である.(古英語から現代英語に至るまでイングランド諸方言の発達を巡って未解決の問題が山積している.方言発達の方法や経路は十分に複雑で多様である.)
3'. イギリス英語にあっては,言語接触の果たす役割が大きい.(世界英語における言語接触の果たす役割が本当に「段違いに」大きいかどうかは慎重な議論を要する.というのは,そもそも英語史は言語接触の歴史といってもよいほどだからだ.)
4'. イギリス英語にあっては,母語方言のみならず非母語方言も考慮に入れる必要がある.(ウェールズやアイルランドの英語方言は,非母語方言として始まり発展してきた.)
5'. イギリス英語は20世紀後半から21世紀にかけての現代的な話題で「も」ある.(もちろん,それ以前の話題でもあったが.)
議論する上で2つの問題を切り分ける必要がない,と主張しているわけではない.見方を変えれば切り分けずに議論することもできるということを,英語史の立場から述べておきたい次第.
先日の khelf-conference-2022 (=ゼミ合宿)で,専修大学の菊地翔太先生に eWAVE 講習会@khelf-conference-2022を開いていただきました.実践的にご紹介いただき,たいへん勉強になりました(菊地先生,ありがとうございます!).
eWAVE 3.0 (= The Electronic World Atlas of Varieties of English) は,世界中の英語変種の言語学的特徴が格納されているデータベースです.現在までに77の変種に関する言語学的(主に形態統語的)情報,および背景情報が整理されて提供されています.言語データの提供源は,各変種についての記述的研究,コーパス,そして84人の専門家のインフォーマントです.
変種間の比較対照のために設定されている言語項目は235件の形態統語的特徴で,Attestation, Pervasiveness, Area の3つのパラメータによりソートすることができ,結果を容易に世界地図上にプロットできる仕様となっています.
eWAVE のイントロによると,このデータベースを利用することで,次のような問いに答えを出すことができるとのことです.
・ Which features are most/least widespread across varieties of English worldwide?
・ How many varieties of English worldwide share feature X?
・ Is feature X restricted to or characteristic of a particular part of the English-speaking world?
・ Is feature X restricted to or characteristic of a particular group of varieties?
・ Does variety A have feature X?
・ In which area of grammar does variety A differ most from variety B?
世界英語 (world_englishes) を研究する上で,間違いなく重要なツールとなります.一方,使用するに当たって注意すべき点もあります.詳細や関連情報については,eWAVE 講習会@khelf-conference-2022の資料が有用です.ぜひじっくり学んでみてください.
eWAVE の編纂者の1人 Kortmann については,本ブログでも世界英語の話題と関連して,以下で触れていますので,合わせてどうぞ.
・ 「#4509. "angloversals" --- 世界英語にみられる「普遍的な」言語項目」 ([2021-08-31-1])
・ 「#4763. 多くの世界英語変種にみられる非標準的な言語項目トップ11」 ([2022-05-12-1])
・ Kortmann, Bernd, Kerstin Lunkenheimer, and Katharina Ehret, eds. The Electronic World Atlas of Varieties of English. Zenodo, 2020. Available online at http://ewave-atlas.org.
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