昨日の記事「#5544. 古英語の具格の機能,3種」 ([2024-07-01-1]) に引き続き,具格 (instrumental) について.古英語の定冠詞(あるいは決定詞) (definite article or determiner) の屈折表を「#154. 古英語の決定詞 se の屈折」 ([2009-09-28-1]) で示した.それによると,þȳ, þon といった独自の形態をとる具格形があったことがわかる.同様に疑問(代名)詞 (interrogative_pronoun) についても,その屈折表を「#51. 「5W1H」ならぬ「6H」」 ([2009-06-18-1]) に示した.そこには hwȳ という具格形が見られる.
Lass (144) によると,これらの具格形は比較言語学的にも,直系でより古い形に遡るのが難しいという.純粋な語源形が突きとめにくいようだ.この辺りの事情を,直接 Lass に語ってもらおう.
There are remains of what is usually called an 'instrumental' in the masculine and neuter sg; this term as Campbell remarks 'is traditional, but reflects neither their origin nor their prevailing use' (1959: §708n). The two forms are þon, þȳ, neither of which is historically transparent. In use they are most frequent in comparatives, e.g. þȳ mā 'the more' (cf. ModE the more, the merrier), and as alternatives to the dative in expressions like þȳ gēare '(in) this year'. There is probably some relation to the 'instrumental' interrogative hwȳ 'why?', which in sense is a real one (= 'through/by what?'), but the /y:/ is a problem; hwȳ has an alternative form hwī, which is 'legitimate' in that it can be traced back to the interrogative base */kw-/ + deictic */ei/.
比較言語学の手に掛かっても,すべての語源を追いかけて明らかにすることは至難の業のようだ.
・ Lass, Roger. Old English: A Historical Linguistic Companion. Cambridge: CUP, 1994.
・ Campbell, A. Old English Grammar. Oxford: OUP, 1959.
「手軽に英語史を」というコンセプトで,オンライン授業期の副産物に頼りつつ,戯れに始めている hellog ラジオ版の第2弾です.
今回は「疑問詞は『5W1H』といいますが,なぜ how だけ h で始まるのでしょうか?」という疑問に迫ります.短く収めようと思いつつ話し始めたら止まらなくなって7分17秒に・・・.お手軽感が減じてしまったので,少々ご注意ください.
文章でじっくりと復習および深掘りしたいという方は,ぜひ 関連する##51,3945,184の記事セットをご覧ください.
今回の回答で披露したような「非常識」な視点,つまり現代的な観点からは少数派の 1H が変なのではなく,むしろ 5H こそが変なのだという逆転の発想こそが,英語史のの学びの醍醐味です.今日の常識は昨日の非常識,今日の非常識は昨日の常識.英語史を学んでいると,次々と目から鱗が落ちてきます.
先日披露した hellog ラジオ版の第1弾は「#4075. なぜ大文字と小文字があるのですか? --- hellog ラジオ版」 ([2020-06-23-1]) でした.ぜひそちらもお聴きください.
昨日の記事「#4058. what with 構文」 ([2020-06-06-1]) では,同構文との関連で分詞構文 (participle_construction) にも少し触れた.分詞構文は,現代英語でも特に書き言葉でよく現われ,学校英文法でも必須の学習項目となっている.分詞の前に意味上の主語が現われないものは "free adjunct", 現われるものは "absolute" とも呼ばれる.それぞれの典型的な統語意味論上の特徴を示す例文を挙げよう.
・ free adjunct: Having got out of the carriage, Holmes shouted for Watson.
・ absolute: Moriarty having got out of the carriage, Holmes shouted for Watson.
free adjunct の構文では,分詞の意味上の主語が主節の主語と同一となり,前者は明示されない.一方,absolute の構文では,分詞の意味上の主語が主節の主語と異なり,前者は明示的に分詞の前に添えられる.2つの構文がきれいに整理された相補的な関係にあることがわかる.
しかし,Trousdale (596) が要約するところによると,近代英語期には free adjunct と absolute の使い分けは現代ほど明確ではなかった.分詞の主語が主節の主語と異なる場合(すなわち現代英語であれば分詞の意味上の主語が明示されるべき場合)でもそれが添えられないことはよくあったし,absolute も現代より高い頻度で使われていた.しかし,やがて主節の主語を共有する場合には「主語なし分詞構文」が,共有しない場合には「主語あり分詞構文」が選ばれるようになり,互いの守備範囲が整理されていったということらしい.
結果として透明性が高く規則的となったわけだが,振り返ってみればいかにも近代的で合理的な発達のようにみえる.このような統語的合理化と近代精神との間には何らかの因果関係があるのだろうか.この問題と関連して「#1014. 文明の発達と従属文の発達」 ([2012-02-05-1]) を参照.
・ Trousdale, G. "Theory and Data in Diachronic Construction Grammar: The Case of the what with Construction." Studies in Language 36 (2012): 576--602.
what with 構文に関する論文を読んだ.タイトルの "the what with construction" から,てっきり「#806. what with A and what with B」 ([2011-07-12-1]) の構文のことかと思い込んでいたのだが,読んでみたらそうではなかった.いや,その構文とも無関係ではないのだが,独特な語用的含意をもって発達してきた構文ということである.分詞構文や付帯状況の with の構文の延長線上にある,比較的新しいマイナーな構文だ.この論文は,それについて構文文法 (construction_grammar) や構文化 (constructionalization) の観点から考察している.
まず,該当する例文を挙げてみよう.Trousdale (579--80) から再現する.
(8)
a. What with the gown, the limos, and all the rest, you're probably looking at about a hundred grand.
(2009 Diane Mott Davidson, Fatally Flaky; COCA)
b. In retrospect I realize I should have known that was a bad sign, what with the Raven Mockers being set loose and all.
(2009 Kristin Cast, Hunted; COCA)
c. But of course, to be fair to the girl, she wasn't herself at the Deanery, what with thinking of how Lord Hawtry's good eye had darkened when she refused his hand in marriage.
(2009 Dorothy Cannell, She Shoots to Conquer; COCA)
d. The bed was big and lonesome what with Dimmert gone.
(2009 Jan Watson, Sweetwater Run; COCA)
e. The Deloche woman was going to have one heck of a time getting rid of the place, what with the economy the way it was in Florida.
(2009 Eimilie Richards, Happiness Key; COCA)
(b)--(d) の例文については,問題の what with の後に,意味上の主語があったりなかったりするが ing 節や en 節が続くという点で,いわゆる分詞構文や付帯状況の with の構文と類似する.表面的にいえば,分詞構文の先頭に with ではなく what with という,より明示的な標識がついたような構文だ.
Trousdale (580) によれば,what with 構文には次のような意味的・語用的特性があると先行研究で指摘されている (Trousdale 580) .
- the 'causality' function of what with is not restricted to absolutes; what with also occurs in prepositional phrases (e.g. (8a) above) and gerundive clauses (e.g. (8c) above).
- what with patterns occur in a particular pragmatic context, namely "if the matrix proposition denotes some non-event or negative state, or, more generally, some proposition which has certain negative implications (at least from the view of the speaker)".
- what with patterns typically appear with coordinated lists of 'reasons', or with general extenders such as and all in (8b) above.
この構文はマイナーながらも,それなりの歴史があるというから驚きだ.初期の例は後期中英語に見られるといい,Trousdale (587) には Gower の Confessio Amantis からの例が挙げられている.さらに水源を目指せば,この what の用法は前置詞 for (with ではないものの)と組む形で12世紀の Lambeth Homilies に見られるという.for や with だけでなく because of, between, by, from, in case (of), of, though などともペアを組んでいたようで,なんとも不思議な what の用法である.
このように歴史は古いが,what with の後に名詞句以外の様々なパターンを従えるようになってきたのは,後期近代英語期になってからだ.その点では比較的新しい構文と言うこともできる.
・ Trousdale, G. "Theory and Data in Diachronic Construction Grammar: The Case of the what with Construction." Studies in Language 36 (2012): 576--602.
標題の who (とその仲間というべき whom, whose, etc.)はあまりに卑近な単語であるだけに,英語学習者は皆,この綴字でこの発音 (= /huː/) であることをそのまま丸暗記しており,特に疑問も抱かないにちがいない.しかし,よく考えてみると,綴字と発音の関係が不規則きわまりない単語である.この綴字であれば,本来 /woʊ/ と発音されるはずだ.
まず子音をみてみよう.<wh> と綴って /h/ と発音されるのは,他の wh 疑問詞と比べればわかる通り,異例である.what, which, when, where, why はいずれも /w/ で始まっている(ただし一部の非標準変種では無声の /ʍ/ もあり得る;cf. 「#1795. 方言に生き残る wh の発音」 ([2014-03-27-1])).疑問詞において /h/ で始まる単語は,規則的に <h> で綴られる how のみである(how が疑問詞のなかでもこのように一風変わっていることについては,「#51. 「5W1H」ならぬ「6H」」 ([2009-06-18-1]) を参照).
次に母音をみてみよう.子音字+ <o> で単語が終わる場合,go, ho, Jo, lo, no, so などにみられるように,母音は /oʊ/ である.who のように /uː/ となるものは,do, to などがあるが,圧倒的に少数派だ.したがって,who は本来 hoo とでも綴られるべき単語であり,現状の綴字は子音においても母音においても不規則といわざるを得ない.
一見すると納得のいかないこの綴字と発音の関係には,歴史的な経緯がある.古英語でこの単語は hwa と綴られ /hwɑː/ と発音された.ここから数世紀をかけて,次のような一連の母音変化が生じた.
/hwɑː/ → /hwɔː/ → /hwoː/ → /hwuː/ → /huː/
つまり,低母音の構えだった舌が,口腔のなかを上方向へはるばると移動して,ついに高母音の舌構えに到達してしまったのである.最終段階の /w/ の消失は,子音と後舌・円唇母音に挟まれた環境で15--16世紀に規則的に生じた音変化で,two, sword などの発音も説明してくれる.つまり who と two の音変化は平行的といってよい.(なので次の記事も参考にされたい:「#184. two の /w/ が発音されないのはなぜか」 ([2009-10-28-1]),「#1324. two の /w/ はいつ落ちたか」 ([2012-12-11-1]),「#3410. 英語における「合拗音」」 ([2018-08-28-1]) .)
綴字については,この子音は古英語では2重字 (digraph) <hw> で書かれたが,中英語では逆転した2重字 <wh> で書かれるようになった.母音字に関しては,途中までは母音変化を追いかけるかのように <a> から <o> へと変化したが,追いかけっこはそこでストップし,<u> や <oo> の綴字へと定着することはついぞなかったのである.かくして,who = /huː/ なる関係が標準化してしまったというわけだ.
言語にあっては,who のように卑近な単語であればあるほど不規則性がよく観察されるものである.関連して,「#1024. 現代英語の綴字の不規則性あれこれ」 ([2012-02-15-1]) の単語リストも参照.
なお,<wh> = /h/ という例外的な子音(字)の対応は,who のほかに whole, whore にもみられる.これについては,「#1783. whole の <w>」 ([2014-03-15-1]) を参照.
ブログ「アーリーバードの収穫」を運営されている石崎陽一先生から,「疑問詞+ to 不定詞」構文の歴史的発達について質問を受けた(素朴ながらも興味深い話題をありがとうございます).具体的には what to do, how to do の類いの形式ことで,これは間接疑問節と to 不定詞の出会いによって生じた構文と考えられるので,ある種の統語上の融合,場合によっては contamination ともいうべきものかもしれない(「#737. 構文の contamination」 ([2011-05-04-1]) を参照).
歴史的にもおもしろそうな問題だが,調べたことがなかったので,まずは MED で tō (verbal particle) を調べてみると,語義 5b (e) に次のようにあった.初出は初期中英語期であり,その後も例がいくつも挙がる.
(e) with inf. preceded by the interrogatives hou, what, whider, or whiderward, the entire construction functioning as the direct obj. of verbs of knowing, studying, teaching, etc.
c1300(?c1225) Horn (Cmb Gg.4.27) 17/276: For he nuste what to do.
次に OED で to を調べてみた.語義 16a がこの用法の解説になっており,次のようにある.
a. With inf. after a dependent interrogative or relative; equivalent to a clause with may, should, etc. (Sometimes with ellipsis of whether before or in an indirect alternative question.)
c1386 Chaucer Man of Law's Tale 558 She hath no wight to whom to make hir mone.
OED での初例は Chaucer となっているが,MED の初例のほうが早いことが分かる.合わせて,この構文は古英語には現われないらしい.
おもしろいのは,現代英語において当該構文は従属節を構成するものと理解されているが,単独で主節を構成する例も18世紀初頭から現われていることだ.OED の語義 16b に,次のように挙げられている.
b. In absolute or independent construction after an interrogative, forming an elliptical question.
This may be explained as an ellipsis of the principal clause . . . , or of 'is one', 'am I', etc. before the inf.
1713 J. Addison Cato iii. vii, But how to gain admission? for Access Is giv'n to none but Juba, and her Brothers.
周囲の文献をちらっと覗いたところ,込み入った事情がありそうだという印象を受けた.おもしろそうだが,どこまで深掘りできるだろうか・・・.
中英語で著しく発達した統語法の1つに,標題の機能をもった "expletive that" (or "pleonastic that") がある.いわば汎用の従属節マーカーとして機能した that の用法であり,単体で従属接続詞として機能しうる語にも付加したし,単体ではそのように機能できなかった副詞や前置詞などに付加してそれを従属接続詞化する働きももっていた.具体的には,after that, as that, because that, by that, ere that, for that, forto that, if that, lest that, now that, only that, though that, till that, until that, when that, where that, whether that, while that 等々である.
古英語でも小辞 þe が対応する機能を示していたが,上記のように多くの語に付加して爆発的な生産性を示したのは,中英語におけるその後継ともいうべき that である.MED では,他用法の that と区別されて that (particle) として見出しに立てられており,様々な種類の語と結合した用例がおびただしく挙げられている.ここでは例を挙げることはせず,The Canterbury Tales の The General Prologue の冒頭の1行 "Whan that Aprill with his shoures soote" に触れておくにとどめたい.
さて,虚辞の that と呼んだが,それは多分に現代の視点からの呼称である.if や when など本来的な従属接続詞に関しては,付加された that は中英語でも確かに虚辞とみなすことができただろう.しかし,歴史的には従属節マーカーとしての that が付加してはじめて従属節として機能するようになった ere that や while that などにおいては,当初 that は虚辞などではなく本来の統語的な機能を完全に果たしていたことになる.その後,ere や while が単独で従属接続詞として用いられるようになるに及んで,that が虚辞として再解釈されたと考えるべきだろう.現在,前置詞との結合で15世紀に生じた in that が,この that の本来の価値を残している.
上で取り上げたのはいずれも副詞節の例だが (Mustanoja 423--24) ,13--15世紀には that が疑問詞や関係詞と組み合わさった例も頻繁に見られる."what man þat þe wedde schal . . . Loke þu him bowe and love" (Good Wife 23, cited from Mustanoja 193) や "Euery wyght wheche þat to rome wente." (Chaucer Troilus & Criseyde ii. Prol. 36, cited from OED) の類いである.
中英語におけるこの虚辞の that については,Mustanoja (192--93, 423--24) 及び OED より that, conj. の語義6--7を参照されたい.
・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960.
疑問詞としての what は,通常,疑問代名詞として What happened? や What do you like? のように用いられる.しかし,この語形は歴史的には古英語の疑問代名詞 hwā の中性主格・対格形 hwæt に遡り,対格形については副詞的用法がありえたことから,現代英語でもその遺産として副詞的な what の用法が周辺的に残存している (cf. 「#51. 「5W1H」ならぬ「6H」」 ([2009-06-18-1])) .一般の文法書には,通常そのような観点からの解説は与えられていないが,OED によれば語義20に次のような記述がある.
20.
a. In what way? in what respect? how? Obs. or arch.
b. To what extent or degree? how much?
Chiefly with such verbs as avail, care, matter, signify, or with the and comparative, as the better
この用法の what は,「いかなる点で」「どの程度」という副詞的な意味を表わすことがわかる.OED より近代英語からの例をいくつか挙げると,次のようなものがある.
・ 1816 Scott Antiquary I. xv. 315 It just cam open o' free will in my hand---What could I help it?
・ 1842 Tennyson Morte d'Arthur in Poems (new ed.) II. 15 For what are men better than sheep or goats..If, knowing God, they lift not hands of prayer?
・ 1593 Shakespeare Venus & Adonis sig. C, What were thy lips the worse for one poore kis?
・ 1697 Dryden tr. Virgil Georgics iii, in tr. Virgil Wks. 119 Now what avails his well-deserving Toil.
・ 1865 J. Ruskin Sesame & Lilies i. 74 What do we, as a nation, care about books?
古英語から初期近代英語にかけては,why 「なぜ」に相当する用法も存在した.OED の語義19には,廃用としながら "†19. For what cause or reason? for what end or purpose? why? Obs." とある.例を3つ挙げておこう.
・ c1385 Chaucer Legend Good Women Ariadne. 2218 What shulde I more telle hire compleynynge?
・ 1667 Milton Paradise Lost ii. 329 What sit we then projecting Peace and Warr?
・ a1677 I. Barrow Serm. Several Occasions (1678) 20 What should I mention Beauty, that fading toy?
現代英語では "What does it profit him?", "What does it avail to do so?" などに歴史的な対格の痕跡を残しているが,ここでの profit や avail は,共時的には他動詞と再解釈されるに至っているだろう.
昨日の記事「the + 比較級 + for/because」 ([2011-07-17-1]) の構文と関連して,標題の「the + 比較級, the + 比較級」の構文を取り上げないわけにはいかない.受験英語ではお馴染みの構文である.
(1) The older we grow, the weaker our memory becomes.
(2) It becomes (the) colder the higher you climb.
(3) The more facts you've got at your fingertips, the more easy it is to persuade people.
注意事項を挙げれば,通常は (1) のように用いられ「従属節, 主節」の順序になるが,(2) のように「主節, 従属節」の順にすることもできる.この場合,主節の the は省略可能である.また,(3) の the more easy のように,通常は more による迂言形をとらない語でも,この構文では more をとることがある.
昨日の「the + 比較級 + for/because」構文の場合と同様に,本構文の the は両方とも古英語 se の具格形 (instrumental) に遡る.この構文で,前の The は "by how much" 「どれだけ」の意の関係副詞として,後の the は "by so much" 「それだけ」の意の指示副詞として機能しており,両者が呼応して「…すればするほどますます…」の意味を生み出している.OED の初例は,King Alfred の Pastoral Care (ca. 897) より.(中英語からの例は MED entry for "the (adv.)", 1. (c) を参照.)
Ðæt her ðy mara wisdom on londe wære, ðy we ma ȝeðeoda cuðon.
古英語の具格の一用法に由来する副詞(関係副詞と指示副詞)としての the が現存しているというのはそれだけでも驚きである.現代英語でかつての具格の機能を体現している語は他にはない.いや,1つだけ why がある.why は機能ばかりか形態もかつての具格の痕跡を残しており,まさに化石中の化石である.[2009-06-18-1]の記事「『5W1H』ならぬ『6H』」で古英語の疑問代名詞の屈折表を見たが,why は who に相当する語の中性具格形にすぎない.「何によって,何で」から「なぜ」の意味が生じた.
今回扱っている「the + 比較級, the + 比較級」構文が生きた化石と考えられるのは,指示詞の具格が生き残っているからばかりではない.接続詞(関係副詞)と指示詞が呼応する構文は,"when . . . (then)", "where . . . (there)", "if . . . (then)", "although . . . (yet)" など現代英語にも数種類あるが,接続詞側と指示詞側に同じ語を用いるのは,the 以外にはない.古英語では þā . . . þā . . . "when . . ., (then)" や þǣr . . . þǣr . . . "where . . ., (there)" など,両方に同じ語の用いられる例が他にあったことを考えれば,「the + 比較級, the + 比較級」構文は改めて珍奇な化石なのである.
what with A and (what with) B という構文がある.文頭や文末で「AやらBやら(の理由)で」と(通常よくない)理由を列挙するのに用いられる.いくつかの辞書では "spoken" や "informal" とレーベルが与えられている.以下に例文を挙げるが,最後の例のように,and で列挙されないケースもあるようだ.
- What with the wind and the rain, the game was spoiled.
- What with drink and (what with) fright he did not know much about the facts.
- What with storms and all, his return was put off.
- What with one thing and another, I never get any work done.
- What with the cold weather and my bad leg, I haven't been out for weeks.
- She couldn't get to sleep, what with all the shooting and shouting.
- They've been under a lot of stress, what with Joe losing his job and all.
- I'm very tired, what with travelling all day yesterday and having a disturbed night.
- The police are having a difficult time, what with all the drugs and violence on our streets.
- What with the freezing temperatures, they nearly died.
『ランダムハウス英和辞典』ではこの what は副詞として「《with を伴って》いくぶんは,ひとつには,…やら(…やら)で.」と解説がつけられている.要するにこの what は "partly" 「いくぶん,部分的に」ほどの意味を表わしていると考えてよい.では,この副詞用法の what の起源は何か.
それは不定代名詞としての用法に遡る.疑問代名詞の what は,古くから「何か」 "something" の意の不定代名詞としても用いられていた.この不定代名詞用法の名残は「あることを教えてあげるよ」を意味する現代の慣用表現 I'll tell you what. や You know what? に見られる.この "something" に相当する語法が副詞として転用され,「いくぶん,多少なりとも」の意味を生じさせた.現代の不定代名詞 something 自体も,以下の例文に見られるように副詞的な用法を発達させてきているので,比較できるだろう.
- The song sounded something like this.
- The sermon lasted something over an hour.
- He was snoring something terrible last night
OED の "what" D. II. 2. (b) によると,with だけでなくかつては for とも構文をなしたようだが,現在では後者は行なわれていない.細江 (114--15) の例文と注も参照.
・ 細江 逸記 『英文法汎論』3版 泰文堂,1926年.
[2011-01-07-1],[2011-01-08-1]で,文法変化が時間をかけて徐々に進行するものであることを述べた.ここから,典型的には,文法変化の観察は少なくとも数世代にわたる長期的な作業ということになる.長期間にわたって文法変化の旧項目が新項目に徐々に取って代わられてゆく速度を計るには,途中のいくつかの時点で新旧項目の相対頻度を調べることが必要になる.ここに,コーパスを利用した統計的な研究の意義が生じてくる.Leech et al. (50) は,通時変化の研究では頻度の盛衰こそが重要であると力説している.
Theorizing about diachronic changes has focused primarily on the processes whereby new forms are initiated and spread, and until recently has paid comparatively little attention to the processes by which the range and frequency of usage contracts, and eventually disappears from the language. . . . one of the message we wish to convey is that frequency evidence is far more important in tracing diachronic change than has generally been acknowledged in the past.
Leech et al. (8) に引用されている以下の Denison の評も同様の趣旨で統語変化について述べたものだが,多かれ少なかれ形態変化にも当てはまるだろう(赤字は転記者).
Since relatively few categorial losses or innovations have occurred in the last two centuries, syntactic change has more often been statistical in nature, with a given construction occurring throughout the period and either becoming more or less common generally or in particular registers. The overall, rather elusive effect can seem more a matter of stylistic than of syntactic change, so it is useful to be able to track frequencies of occurrence from eModE through to the present day. (Denison 93)
この引用文の重要な点は,往々にして統語変化が統計的 ( statistical ) な問題であると同時に文体的 ( stylistic ) な問題であることを指摘している点である.例えば,現代英語における疑問代名詞・関係代名詞 whom の衰退は,進行中の文法変化の例としてよく取り上げられるが,格 ( case ) に関する純粋に統語的な問題である以上に,統計的かつ文体的な問題ととらえるべきかもしれない.「統計的」というのは,統語環境による whom と who の区別それ自体は近代英語期以来あまり変化していず,あくまで両者の頻度の盛衰の問題,通時コーパスで盛衰の度合いを確認すべき問題だからである.
「文体的」というのは,書き言葉と話し言葉の別,またテキストのジャンルによって whom の頻度が大きく異なるからである.格という統語的な区別が前提になっているとはいえ,whom / who の選択には formality という文体的な要素が大きく関わっているということは,もはやこの問題を純粋に統語変化の問題ととらえるだけでは不十分であることを示している.
whom / who に関わる選択と文法変化については多くの先行研究があるが,現状と参考文献については Leech et al. の第1章,特に pp. 1--4, 12--16 が有用である.
・ Leech, Geoffrey, Marianne Hundt, Christian Mair, and Nicholas Smith. Change in Contemporary English: A Grammatical Study. Cambridge: CUP, 2009.
・ Denison, David. "Syntax." The Cambridge History of the English Language. Vol. 4. Ed. Suzanne Romaine. Cambridge: CUP, 1998. 92--329.
現代英語で 5W1H といえば代表的な疑問詞の通称として知られている.who, what, why, when, where, how の六つを指すが,疑問詞としては他にも whose, whom, which, whence,whither があるし,古くは whether も疑問詞だった.
wh- が「疑問」を表す形態素であることはわかるが,その後に続く部分はそれぞれ何を意味するのだろうか.また,how だけが h- で始まっているのはどういうわけだろうか.
まず最初の問題.疑問詞のうち what, whose, whom, why に関しては,実は who の屈折形にすぎない.古英語 hwā の屈折表を参照.
男・女性 | 中性 | |
---|---|---|
主格 | hwā | hwæt |
対格 | hwone | hwæt |
属格 | hwæs | hwæs |
与格 | hwǣm | hwǣm |
具格 | --- | hwȳ |
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