hellog ラジオ版の第23回は,しばしば寄せられる <w> の文字の呼称に関する疑問です.英語ではこの文字は "double-u "と呼ばれますが,フランス語などを学んだことがある方は,"double-v" と呼ばれているのを知っているかと思います.見た目は確かに v が2つですね.では,英語ではなぜ u が2つという呼び方をするのでしょうか.背景には,なかなか興味深い歴史があります.
英語がラテン語からローマ字一式を借りたときに,そのなかに <w> の文字がなかったのが,そもそもの出発点です./w/ 音を多用する英語は,相当する文字がなくては不便で仕方がないので,自ら文字を考案することにしました.ローマ字一式には <u> はあった(ただし <v> はなかった)ので,それを2つ合わせて <uu> とすることで,この難局を乗り切ろうとしました.一方,英語は以前より使っていたルーン文字から /w/ 音を表わす <ƿ> (wynn) を流用する慣習も発達させ,先に考案した <uu> はあまり使われなくなりました.
ところが,英語で不使用となった <uu> は,お隣のフランスに渡り,そこで「亡命」生活をして生き延びることとなりました.その後11世紀頃に,亡命していた <uu> は再び英語に舞い戻る機会を得て,<ƿ> を置き換えることになりました.こうして英語で "double-u" の <uu>,転じて <w> が定着することになりました.
ちなみに,亡命先のフランスでは <u> から派生した(<u> の先を尖らせた) <v> の文字も早くから使われており,例の文字を "double-v" の <vv> と解釈したのです.
この疑問のキモは,<u>, <v>, <w> (そして実は <f> も!)の文字が,歴史的にはすべて近親関係にあるという点です.関心のある方は,ぜひ##2411,373,374,3391,3927,1825の記事セットをじっくりお読みください.
「#3049. 近代英語期でもアルファベットはまだ26文字ではなかった?」 ([2017-09-01-1]) で紹介したように,1755年に影響力のある辞書を世に送った Samuel Johnson (1709--84) は,アルファベットの文字数は理屈の上で26文字としながらも,実際の辞書の配列においては i/j, u/v の各々を一緒くたにする伝統に従った.I, V の見出しのもとに,それぞれ次のような説明書きがある.Crystal の抜粋版より引用する.
I
is in English considered both as a vowel and consonant; though, since the vowel and consonant differ in their form as well as sound, they may be more properly accounted two letters.
I vowel has a long sound, as fine, thine, which is usually marked by an e final; and a short sound, as fin, thin. Prefixed to e it makes a diphthong of the same sound with the soft i, or double e: thus field, yield, are spoken as feeld, yeeld; except friend, which is spoken frend. Subjoined to a or e it makes them long, as fail, neight; and to o makes a mingled sound, which approaches more nearly to the true notion of a diphthong, or sound composed of the sounds of two vowels, than any other combination of vowels in the English language, as oil, coin. The sound of i before another i, and at the end of a word, is always expressed by y.
J consonant has invariably the same sound with that of g in giant; as jade, jet, jilt, jolt, just.
V
Has two powers, expressed in modern English by two characters, V consonant and U vowel, which ought to be considered as two letters; but they were long confounded while the two uses were annexed to one form, the old custom still continues to be followed.
U, the vowel, has two sounds; one clear, expressed at other times by eu, as obtuse; the other close, and approaching to the Italian u, or English oo, as obtund.
V, the consonant, has a sound nearly approaching to those of b and f. With b it is by the Spaniards and Gascons always confounded, and in the Runick alphabet is expressed by the same character with f, distinguished only by a diacritical point. Its sound in English is uniform. It is never mute.
各文字の典型的な音価や用法がわりと丁寧に記述されているのがわかる.ここでも明言されているように,Johnson はやはり i と j, u と v は明確に区別されるべき文字とみなしている.それでも,これまでの慣用に従わざるを得ないという立場をもにじませている.この辺りに,理屈と慣用の狭間に揺れるこの時代特有の精神がよく表わされているように思われる.
この「四つ仮名」ならぬアルファベットの「四つ文字」の問題の歴史的背景については,「#373. <u> と <v> の分化 (1)」 ([2010-05-05-1]),「#374. <u> と <v> の分化 (2)」 ([2010-05-06-1]),「#1650. 文字素としての j の独立」 ([2013-11-02-1]),「#2415. 急進的表音主義の綴字改革者 John Hart による重要な提案」 ([2015-12-07-1]) を参照されたい.
・ Johnson, Samuel. A Dictionary of the English Language: An Anthology. Selected, Edited and with an Introduction by David Crystal. London: Penguin, 2005.
英語のアルファベットの23文字目の <w> は,英語では double u と称するが,フランス語では double vé と称する (cf. Italian doppio vu, Spanish uve doble, Portuguese vê dobrado) .この呼び方の違いは,<u> と <v> が同一の文字素として認識されていた時代の混同に基づいている (cf. 「#373. <u> と <v> の分化 (1)」 ([2010-05-05-1]),「#374. <u> と <v> の分化 (2)」 ([2010-05-06-1])) .
もともとラテン語には <w> の文字はなく,/w/ 音は <v> あるいは <u> の文字で表記していた.古典期以降,7世紀までに /w/ 音自体がより子音的な /v/ へと発達し,音素としても文字素としても w は消えていった.その後の事情について,梅田 (73) に語ってもらおう.
ところが,ラテン語では消失した [w] は,ゲルマン系言語では特徴的に残っていた.特に,語頭においては [w] は顕著で,どうしても [w] を表す記号が必要となった.そこで7世紀ごろに一番近い音を表わす u を重ねて uu という表記法を発明したのである.w の名前 double-u はそのことをよく表わしている.フランス語では,double-v [dublve] と呼ばれる.
このようにして発明された uu はノルマンディーに広がり,ノルマン・フレンチのなかのゲルマン語に残る [w] を表現する文字として使われた.一方イングランドでは8世紀ごろに,uu はルーン文字から借用した ƿ (wen) にとって替わられて次第に使われなくなった.そして uu は11世紀にノルマン人によって w として逆輸入されるのである.
このようなことから,語頭に w をもつ言葉のほとんどが本来語,あるいは,ゲルマン語系の言葉である.例えば,way, wake, walk, week, west, wide, work, word, world は本来語であり,window, want, weak, wing などはデーン人がもたらした言葉であり,wait, war, ward, wage, wicket, wise, warranty などはノルマン人がもたらしたゲルマン語起源の言葉である.
OED の W, n. の語源欄より補足すると,古英語ではいくつかの Northumbrian のテキストで <uu> の使用が規則的だったが,8世紀にルーン文字からの <ƿ> (West-Saxon wynn, Kentish wenn) に置き換えられた.その後,<ƿ> は1300年くらいに消滅している.
さて,"double u" か "double v" かの問題に戻ろう.古英語には <v> が存在しなかったし,その後も近代英語に至るまで <v> は <u> の異文字体ととらえられていた.このような事情から,英語において <w> の呼称として "u" が採用され,"double u" として固定したのは不思議ではない.一方,ノルマン・フレンチにおいては子音字としての <v> がすでに存在しており,英語から導入されたこの新しい文字も,<v> と同様に子音を表わすのに用いられたため,<v> の重なった字形として迎え入れられ,"double v" と呼ばれるようになったのだろう.
<w> と関連して,「#1825. ローマ字 <F> の起源と発展」 ([2014-04-26-1]) の記事も参照されたい.
・ 梅田 修 『英語の語源事典』 大修館書店,1990年.
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