2016年8月22--26日にドイツの University of Duisburg-Essen で開催された ICEHL19 (19th International Conference on English Historical Linguistics) に参加した.
私は,ここ2年間ほど研究している etymological_respelling について "Etymological Spelling Before and After the Sixteenth-Century" という題で発表してきたが,この英語史分野における最大の国際学会に参加することにより,学界の潮流がよく把握できることを改めて認識した.ICEHL19の学会参加と学界の潮流について,東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻の駒場英語史研究会で報告する機会があったので,報告内容の概略を本ブログにも載せておきたい(前回のICEHL18の報告については,「#2004. ICEHL18 に参加して気づいた学界の潮流など」 ([2014-10-22-1]) を参照).以下にICEHL19の研究発表等に関するPDFを挙げておく.
・ プログラム
・ 研究発表一覧
・ ワークショップ一覧
・ 発表要旨の小冊子
(1) 学会の沿革
・ ICEHL-1 (1979)
・ ICEHL-2 (1981, Odense)
・ ICEHL-3 (1983, Sheffield)
・ ICEHL-4 (1985, Amsterdam)
・ ICEHL-5 (1987, Cambridge)
・ ICEHL-6 (1990, Helsinki)
・ ICEHL-7 (1992, Valencia)
・ ICEHL-8 (1994, Edinburgh)
・ ICEHL-9 (1996, Poznan)
・ ICEHL-10 (1998, Manchester)
・ ICEHL-11 (2000, Santiago De Compostela)
・ ICEHL-12 (2002, Glasgow)
・ ICEHL-13 (2004, Vienna)
・ ICEHL-14 (2006, Bergamo)
・ ICEHL-15 (2008, Munich)
・ ICEHL-16 (2010, Pécs)
・ ICEHL-17 (2012, Zurich)
・ ICEHL-18 (2014, Leuven)
・ ICEHL-19 (2016, Essen)
・ ICEHL-20 to come (2018, Edinburgh)
・ ICEHL-21 to come (2020, Leiden)
(2) 基調講演
・ Gabriella Mazzon (University of Innsbruck) --- Shift in politeness values of English Discourse markers: a cyclical tendency?
・ Simon Horobin (University of Oxford) --- 'No gentleman goes on a bus': H. C. Wyld and the historical study of English
・ Erik Smitterberg (University of Uppsala) --- Late Modern English: Demographics, Prescriptivism, and Myths of Stability
・ Ingrid Tieken-Boon van Ostade (University of Leiden) --- Usage guides and the Age of Prescriptivism
・ Daniel Schreier (University of Zurich) --- Reconstructing variation and change in English: the importance of dialect isolates
(3) 研究発表の部屋
・ Phonology
・ Stress
・ Metrical matters
・ Inflectional Morphology
・ Morphosyntax
・ Word-formation
・ Lexicon
・ Syntax
・ Modals/modality
・ Semantics
・ Pragmatics
・ Discourse
・ Orthography
・ Style
・ Texts
・ Variation
・ Dialects
・ Relationships
・ Multilingual Texts
・ Glosses/Glossaries
・ Visual Text
・ Grammar and Usage books
・ Usage and errors
・ Identity
・ Types of Change
(4) ワークショップ
・ The Dynamics of Speech Representation in the History of English (Peter J. Grund and Terry Walker)
・ Intersubjectivity and the Emergence of Grammatical Patterns in the History of English (Silvie Hancil and Alexander Haselow)
・ Diachronic Approaches to the Typology of Language Contact (Olga Timofeeva and Richard Ingham)
・ Early American Englishes (Merja Kytó and Lucia Sievers)
(5) 学界の潮流など気づいた点
・ 前回の ICEHL-18 に見られた「historical sociopragmatics の研究を corpus で行う」という際だった潮流がさらに推し進められている(基調講演とワークショップのメニューを参照).
・ 文法化や認知言語学のアプローチも盤石.
・ 「周辺的な」変種への関心が一層強化している.
・ 「初期の学会では,"Standard English", "phonology", "morphology", "syntax" などがキーワードであり,"corpus", "xxx English", "pragmatics" などは出ていなかった」 (R. Hickey)
・ 伝統的でコアな分野である phonology, morphology, syntax なども健在(研究者の出身地や出身大学などとの関連あり?).
・ 一方,生成文法は目立たなくなっている.
・ 前回に引き続きワークショップが4つ用意されており,充実していた.
・ 時代としては,古英語と後期近代英語の話題は多かったが,その間の中英語と初期近代英語は比較的少なかった.
・ 言語接触の話題と関連して語源(語彙・意味)の発表が非常に多かった.例えば,
- "Food for thought: Bread vs Loaf in Old and Early Middle English texts" (Sara M. Pons-Sanz)
- "Buried Treasure: In Search of the Old Norse Influence on Middle English Lexis" (Richard Dance and Brittany Schorn)
- "The Penetration of French Lexis in Middle English Occupational Domains" (Louise Sylvester, Richard Ingham and Imogen Marcus)
・ 研究チームがプロジェクトを進める場としての学会,という位置づけ.
- 国際的なメンバーを組んでのワークショップ(後に論文集を出版?).
- プロジェクトの企画,経過報告,宣伝など.
・ 古い問題や「定説」を新しく見直す傾向(例えば,上記の Bread vs Loaf など).
・ 日本人による発表が4人と残念ながら少なかった・・・
国際学会の参加については,「#2327. 国際学会に参加する長所と短所」 ([2015-09-10-1]),「#2326. SHEL-9 に参加して気づいた学界の潮流など」 ([2015-09-09-1]),「#2325. ICOME9 に参加して気づいた学界の潮流など」 ([2015-09-08-1]) なども参照.
2014年7月14--18日にベルギーのルーベン (KU Leuven) で開催された ICEHL18 (18th International Conference on English Historical Linguistics) に参加してきた.私も "The Ebb and Flow of Historical Variants of Betwixt and Between" というタイトル (cf. ##1389,1393,1394,1554,1807) でつたない口頭発表をしてきたが,それはともかくとして英語史分野での最大の国際学会に定期的に参加することは,学界の潮流をつかむ上でたいへん有用である.先日,学会参加を振り返って英語史研究の潮流について気づいた点を簡易報告としてまとめる機会(←駒場英語史研究会)があったので,その要点を本ブログにも掲載しておきたい.いずれも粗い分析なので,あくまで参考までに.
(1) Plenary talks
1. Robert Fulk (Indiana University, Bloomington)
English historical philology past, present, and future: A narcissist's view
2. Charles Boberg (McGill University)
Flanders Fields and the consolidation of Canadian English
3. Peter Grund (University of Kansas)
Identifying stances: The (re)construction of strategies and practices of stance in a historical community
4. María José López-Couso (University of Santiago de Compostela)
On structural hypercharacterization: Some examples from the history of English syntax
(2) Rooms
・ Code-switching & Scribal practices
・ Discourse & Information structure
・ Dialectology & Varieties of English
・ Grammaticalization (Noun Phrase)
・ Grammaticalization (Verb Phrase)
・ Historical sociolinguistics
・ Lexicology & Language contact
・ Morphology & Lexical change
・ Phonology
・ Pragmatics & Genre
・ Reported speech
・ Syntax & Modality
・ VP syntax
(3) Workshops
・ Cognitive approaches to the history of English
・ Early English dialect morphosyntax
・ Exploring binomials: History, structure, motivation and function
・ (De)Transitivization: Processes of argument augmentation and reduction in the history of English
(4) 研究発表のキーワード
以下は,ICEHL18での講演,個人研究発表,ワークショップでの発表,ポスター発表を含めた166の発表(キャンセルされたものを除く)の内容に関するキーワードとその分布を整理したもの.キーワードは,各発表につきタイトルおよび(実際に参加したものについては)内容を勘案したうえで,数個ほど適当なものをあてがったもので,多かれ少なかれ私の独断と偏見が混じっているものと思われる.
syntax (48) ******************************************************** ME (38) ******************************************** ModE (30) *********************************** OE (27) ******************************* genre (23) ************************** pragmatics (22) ************************* corpus (16) ****************** morphology (14) **************** grammaticalisation (13) *************** semantics (13) *************** construction (12) ************** dialectology (12) ************** discourse (10) *********** sociolinguistics ( 8) ********* lexicology ( 7) ******** inflection ( 6) ******* phonology ( 6) ******* contact ( 5) ***** modality ( 5) ***** deixis ( 4) **** derivation ( 4) **** manuscript ( 4) **** stylistics ( 4) **** code-switching ( 4) **** Chaucer ( 3) *** cognitive ( 3) *** grammatology ( 3) *** scribe ( 3) *** Caxton ( 2) ** etymology ( 2) ** generative ( 2) ** lexicography ( 2) ** OED ( 2) ** phonetics ( 2) ** runics ( 2) ** Scots_English ( 2) ** subjectification ( 2) ** variety ( 2) ** American_English ( 1) * Canadian_English ( 1) * Irish_English ( 1) * diffusion ( 1) * evidentiality ( 1) * gender ( 1) * methodology ( 1) * metrics ( 1) * onomastics ( 1) * preposition ( 1) * standardisation ( 1) * typology ( 1) *
Germany (34) *************************************** Poland (18) ********************* England (17) ******************* Switzerland (15) ***************** Belgium (13) *************** Japan (13) *************** Netherlands (13) *************** Scotland (11) ************ Finland (10) *********** Spain (10) *********** US ( 9) ********** Norway ( 5) ***** France ( 4) **** Austria ( 3) *** Italy ( 3) *** Canada ( 2) ** Hungary ( 2) ** Sweden ( 2) ** Bulgaria ( 1) * Greece ( 1) * Hong_Kong ( 1) * UAE ( 1) * Ukraine ( 1) * Wales ( 1) *
8月下旬,ICEHL-17 の学会でスイスの Zurich に行っていた.8月24日には,ミシガン大学の Anne Curzan による "Prescriptivism: More Than Descriptivism's Foil" と題する plenary session があり,「規範主義の4つの流れ」が提起された.いまだ調整中の区分のようだが,配布されたハンドアウトの一部から抜き出そう.
Four Strands of Prescriptivism
Four different yet integrated strands, based on the aims of prescriptive advice about usage:
・ Standardizing prescriptivism: rules/judgments that aim to promote and enforce standardization and "standard" usage;
・ Stylistic prescriptivism: rules/judgments that aim to differentiate among (often fine) points of style within standard usage;
・ Conservationist prescriptivism: rules/judgements that aim to preserve or purify usage;
・ Politically responsive prescriptivism: rules/judgments that aim to promote inclusive, nondiscriminatory, and/or politically correct usage.
講演では,言語以外の社会規範と比較しながら,この4つの流れについての巧みな比喩が随所に披露された.例えば,交通規則に喩えると,standardizing prescriptivism は信号に相当する.信号の赤か青かを守らなければ命取りであるのと同様に,言語の規範を守らなければコミュニケーションが成り立たない可能性がある.表現として良い悪いという以前のルールである.一方で,stylistic prescriptivism は,ルールというよりもマナーに近い.例えば,信号が青に変わってから何秒までの間に発車しなければならないかという交通規則はない.人によって許容範囲は異なるだろうが,マナーとして平均値のようなものはあるに違いない.守らなくてもコミュニケーションは成り立つだろうが,TPO を考慮して表現を選ばなければ,恥をかくかもしれない,という意味での「嗜み」ととらえられる.conservationist prescriptivism については,もっとよい名称がないか思案中だというが,インフォーマルな言い換えとして,"old parenting" という表現はわかりやすい比喩だった.
実際には,4つの流れの関係は複雑で,相互間の移動もあり得る.一般に出回っている語法書の類には,この4つの流れを汲む項目が区別なく列挙されているのだが,本当は区別しながら参照する必要があるのだろうと気付かされた次第である.
ICEHL-16 の学会でハンガリーに行っていた.ハンガリーの公用語のハンガリー語 ( Hungarian, Magyar ) はヨーロッパにありながら印欧語族でなくウラル語族 ( Uralic ) に属している「アジアの言語」だ.ウラル語族のなかでもフィン=ウゴル語派,ウゴル語群に属する言語で,Ethnologue の情報によると1000万人の話者がおり,ウラル語族としては最大の言語である.またウラル語族のなかで最も古い12世紀の文献が残っている.
当然のことながら語族の異なる英語とは言語類型的に遠く,歴史文化的なつながりもそれほど多くはないので,英語(史)と結びつけるのが困難である.ただ世界の語彙を吸収している英語のことなので,ハンガリー語の単語もいくつか英語に入り込んでいる.OED によるとざっと30語以上はあるようだ.
馴染みのない単語が多いが,ハンガリーの代表料理として goulash 「グーラッシュ」が知られている.タマネギ,パプリカ,キャラウェーを用いたビーフシチューで,見た目はこんな料理.ハンガリー語の gulyās (hūs) "herdsman's (meat)" に由来し,英語には19世紀の終わりに入ってきた.料理の起源は9世紀に遡る.マジャール人( Magyar; ハンガリーの主要民族)の羊飼いが羊の放牧に出かけるときに,肉シチューを乾燥させたものを羊の胃袋で作った袋に詰めて出かけたという.それを水でシチューに戻して食べたようだ.一種のレトルト弁当だ.
goulash にも大量に入っている paprika もハンガリー語から入った.さらに遡ればセルビア語の pàper に指小辞を付加した pàprìka に行き着き,その源はギリシア語の páperi "pepper" である.乾燥した成熟アマトウガラシで辛味が少なく,どんな料理でも真っ赤にしてしまうきつい色だ.原産はスペイン,インド,アメリカなど諸説ありハンガリーではないが,この香辛料はハンガリーの象徴となっており,ハンガリー産の "rose paprika" は世界最良品質のパプリカとされる.paprika は英語へはやはり19世紀の終わりに入ってきた.
他には,ハンガリーの通貨 forint を挙げておこう.ハンガリー通貨としては1946年に制定された新しいものだが,起源は古イタリア語の fiorino に遡り,1252年に Florence で最初に発行された florin 「フロリン金貨」と同根である.硬貨にユリの花模様 ( 古イタリア語 fiore 「花」 ) があることからこの名がついた.厳しい財務状況によりハンガリーのユーロ入りはまだ先のようだ.
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