標題の問いについては,多くの議論がなされてきた.例えば人名や地名を考えてみよう.「大谷」や「広島」には,指示対象 (referent) があるだけであり,そこに意味 (meaning) はない,という議論がある.これは「#2212. 固有名詞はシニフィエなきシニフィアンである」 ([2015-05-18-1]) でも前提とした立場だ.
一方,「大谷」は「大きい」「谷」,「広島」は「広い」「島」という語形成であり,各々の要素も,それを組み合わせた合成物も,それぞれ日本語において確かに意味をもつものと考えることができる.さらにいえば,多くの日本語話者にとって多くの場合,「大谷」にはプロ野球界におけるヒーローのイメージが付随しており,「広島」には平和のメッセージが込められている.このようなイメージ性やメッセージ性は,語彙的意味であるとはいえないまでも,別の観点から何らかの意味であるということができそうだ.何をもって「意味」とするかという難しい議論につながっていくことは不可避である.
この問題と関連して,Nyström は5つほどの意味を区別している.私のコメントを付しながら解説する.
(1) 語彙的意味 (lexical meaning):上記の例でいえば「大谷」は「大きい谷」ほどの通常の語彙的意味をもっている.
(2) 固有名的意味 (proprial meaning):「広島」は,日本の本州西部に位置する県あるいは市を指示する固有名詞である.
(3) 範疇的意味 (categorial meaning):「ポチ」は(典型的に)犬というカテゴリーに属するメンバーに付けられる名前である.
(4) 連想的意味 (associative meaning):「大谷」は(多くの人にとって)プロ野球界の希望の星である.
(5) 感情的意味 (emotive meaning):「広島」は(多くの人にとって)原爆被害の強烈な悲惨さ,平和への願いを喚起する.
とりわけ (4) や (5) のような含蓄的意味 (connotation) は,内容も程度も個人によって,あるいは集団にとって異なり得るものであり,語彙的意味や固有名的意味にみられる一般性は必ずしもみられないかもしれない.
・ Nyström, Staffan. "Names and Meaning." Chapter 3 of The Oxford Handbook of Names and Naming. Ed. Carole Hough. Oxford: OUP, 2016. 39--51.
この1週間は hellog でも Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」でも前置詞 (preposition) に注目する機会がたまたま多く,途中から「前置詞ウィーク」と呼んで発信していました.前置詞にご関心のある方は,ぜひこの数日間の記事や放送回を振り返っていただければと思います..
今日も同じ流れで,意外性のある前置詞として sans を紹介します.without に相当するフランス語の前置詞でフランス語では sans /sɑ̃/ と発音されますが,英語としては綴字通りに /sænz/ と発音されます.フランス語からそのまま取り入れた慣用表現の前置詞句は,例えば sans doute 「疑いもなく」 /sɑ̃ duːt/ のように,フランス語風に発音されますが,そうでない場合には英語化した /sænz/ で発音されます.英語の文脈では,たいてい古風,あるいは冗談めかした connotation で用いられます.例文を挙げてみましょう.
・ Sans teeth, sans eyes, sans taste, sans everything. 「(老いぼれて)歯もなく,目もなく,味もなければ何もなし」(Shakespeare, As You Like It II. vii)
・ a wallet sans cash
・ There were no potatoes so we had fish and chips sans the chips.
・ He came to the door sans shirt.
・ She went to the party sans her husband.
・ She would not be happy with people seeing her sans makeup.
・ He was wearing running shoes, sans socks.
こうしてみると,なかなか使ってみたくなる前置詞ですね.
OED の sans, prep. によると,英語での初出は初期近代英語の Kyng Alisaunder です.
c1300 K. Alis. 134 Of gold he made a table Al ful of steorren, saun fable.
ただし,Shakespeare 以前の用法はいずれも目的語としてフランス単語を伴っており,いわばフランス語の慣用表現をそのまま英語に取り込んだもののようです (ex. sans delay, sans doubt, sans fable, sans pity, sans return).英語において生産的な前置詞として発達したのは,かの言葉遊びの天才がユーモアを交えて再導入したからといってよさそうです.
各言語文化において,動物は独自の象徴的意味をもっている.英語の場合,それは聖書,神話,民話などを通じて育まれてきた,慣習的で連想的な意味を有しており,それが母語話者の間で広く共有されているために,文学,ことわざ,言葉遊びなどにおいても多用される.動物名が言及されると,いわば枕詞のように,ある一定のイメージが喚起されるほどに,言語文化に深く根付いているのである.『英語便利辞典』 (pp. 177-78) より,典型的なものを挙げよう.
動物名 | 象徴的意味 |
---|---|
ant 蟻 | cooperation 協力,patience 忍耐 |
bear 熊 | maternal protection 母性本能,strength 力 |
butterfly 蝶 | beauty 美,balance 均衡 |
cat 猫 | independence 自立,agility 敏捷性 |
deer 鹿 | gentleness 温和,peace 平和 |
dog 犬 | royalty 忠誠,love 愛情 |
dove 鳩 | peace 平和,innocence 無垢 |
elephant 象 | wisdom 知恵,strength 力 |
fox 狐 | camouflage 擬態,cunning 狡猾さ |
giraffe キリン | intuition 直感力,foresight 先見の明 |
horse 馬 | friendship 友情,power 力 |
lion ライオン | courage 勇気,strength 力 |
mule ラバ | stubbornness 頑固,independence 独立 |
owl フクロウ | wisdom 知恵,clairvoyance 透視能力 |
serpent, snake 蛇 | temptation 誘惑,wisdom 知恵 |
turtle 亀 | longevity 長寿,love 愛情 |
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