一昨日 Voicy heldio にて「#905. モンゴル語周辺について学ぶ回 --- 梅谷博之先生との対談」を配信しました.馴染みのない方も多いと思われるモンゴル語に関する話題です.対談のお相手は,本ブログでも先日「#5320. 「モンゴルの英語」 --- 大石晴美(編)『World Englishes 入門』(昭和堂,2023年)の第12章」 ([2023-11-20-1]) でご紹介した梅谷博之先生(明海大学)です.30分ほどの肩の凝らない対談となっていますので,ぜひ時間のあるときにお気軽にお聴きください.
対談は,モンゴル語族の話題に始まり,モンゴル語の文字事情を経由し,モンゴル語の言語学的なトピックへと移り変わっていきます.梅谷先生がいかにしてモンゴル語を専攻するに至ったかのお話しもうかがいました.もっとお話しを続けていたいほど楽しい対談でした.
とりわけ興味深く思ったのは,私が学生時代に言語学の教科書等でよく目にした「アルタイ語族」という大きな括りが,(異なる意見はあるにせよ)目下は前提とされていないことです.今回の対談で紹介された「モンゴル語族」は,アルタイ大語族説の下では「モンゴル語派」と呼ばれていましたが,最近では独立した語族としてみなされるようになっているようです(cf. 「#1548. アルタイ語族」 ([2013-07-23-1])).比較言語学の難しさとおもしろさ,手堅さと危うさを感じさせる話題ですね.
梅谷先生,貴重なお話をありがとうございました!
ロシアではプーチン大統領の4期目が決まり,引き続き強権政治が展開されることが見込まれている.2月28日の読売新聞朝刊の8面に「多民族ロシアのくびき」という見出しの記事が掲載されていた.プーチンは100以上の民族を抱える大国を運営するにあたり「国家の安定」と「社会の団結」を強調しているが,その主張を言語的に反映させる政策として,国家,民族の共通の言語としてのロシア語を推進する方針を打ち出している.裏返していえば,少数民族の言語を軽視する政策である.
新聞記事で取り上げられていたのは,モスクワの東方約800キロほど,ウラル山脈の西のボルガ川中流域に位置するタタルスタン共和国におけるタタール語 (TaTar, Tartar) を巡る問題である.タタール語は,アルタイ語族の西チュルク語派に属する言語で,中世以来,この地域に根付いてきた(「#1548. アルタイ語族」 ([2013-07-23-1]) を参照).歴史的には,モンゴル帝国の流れを汲むキプチャク・ハン国の後裔となったカザン・ハン国が15--16世紀に栄え,首都のカザニを中心にイスラム文化が花咲いた.ロシア人の立場から見れば,1237--1480年まで「タタールのくびき」のもとで苛烈な支配を受け,その後1552年にイワン雷帝が現われてこの地を征服したということになる.ソ連時代にはタタール自治共和国として存在し,現在はロシア連邦に属する民族共和国の1つとして存在する.タタルスタン共和国の現在の人口は約388万人で,そのうちタタール語を話すタタール人が53%,ロシア人が40%を占める(ロシア全体としてもタタール人はロシア人に次いで多い民族である).共和国ではロシア語とタタール語が公用語となっている.
義務教育学校では,タタール語も必修科目とされているが,近年は当局が脱必修化の圧力をかけてきているという.これに反発する保護者や住民も多く,当局のタタール語軽視はタタール人の尊厳を傷つけていると非難している.言語教育問題が社会問題となっている事例である.
タタール語については,Ethnologue よりこちらの説明やこちらの地図も参照.
「#2841. 人類の起源と言語の起源の関係」 ([2017-02-05-1]) 及び「#2843. Ruhlen による世界の語族」 ([2017-02-07-1]) に引き続き,世界の語族分類について.Ruhlen 自身のものではないが,著書のなかで頻繁に参照・引用して支持している Cavalli-Sforza et al. が,遺伝学,考古学,言語学の知見を総合して作り上げた関係図がある.Ruhlen (33) で "Comparison of the Genetic Tree with the Linguistic Phyla" として掲げられている図は,Cavalli-Sforza らによるマッピングから少し改変されているようだが,いずれにせよ驚くべきは,遺伝学的な分類と言語学的な分類が,完全とは言わないまでも相当程度に適合していることだ. *
言語学者の多くは,昨日の記事 ([2017-02-07-1]) で触れたように,遺伝学と言語学の成果を直接結びつけることに対して非常に大きな抵抗を感じている.両者のこのような適合は,にわかには信じられないだろう.特に分類上の大きな問題となっているアメリカ先住民の諸言語の位置づけについて,この図によれば,遺伝学と言語学が異口同音に3分類法を支持していることになり,本当だとすればセンセーショナルな結果となる.
ちなみに,ここでは日本語は朝鮮語とともにアルタイ語族に所属しており,さらにモンゴル語,チベット語,アイヌ語などとも同じアルタイ語族内で関係をもっている.また,印欧語族は,超語族 Nostratic と Eurasiatic に重複所属する語族という位置づけである.この重複所属については,ロシアの言語学者たちや Greenberg が従来から提起してきた分類から導かれる以下の構図も想起される (Ruhlen 20) .
?????? Afro-Asiatic ?????? Kartvelian ?????? Elamo-Dravidian NOSTRATIC ─┼─ Indo-European ─┐ ├─ Uralic-Yukaghir ─┤ ├─ Altaic ─┤ └─ Korean ─┤ Japanese ─┼─ EURASIATIC Ainu ─┤ Gilyak ─┤ Chukchi-Kamchatkan ─┤ Eskimo-Aleut ─┘
一昨日,9月6日(金)の朝日新聞朝刊15面に「消えゆく満州語守れ」と題する記事があった.満州語 (Manchu) は,中国東北地方に住まう満州族(清朝建国より前には女真族と呼ばれた)の言語であり,17世紀から3世紀にわたって中国大陸を支配した清朝の公用語として栄えた言語である(以下の清朝の歴史地図を参照).現在,満州族の1千万人以上いる人口の半分は中国の遼寧省に集中しているが,中国語への言語交替 (language_shift) が著しく,満州語は2009年,UNESCO により消滅危機言語に指定された.Ethnologue の Manchu を参照すると,言語状況は "Nearly extinct" と見積もられている. *
満州語については「#1548. アルタイ語族」 ([2013-07-23-1]) の記事で少しだけ触れたにすぎないが,比較言語学的にはアルタイ語族ツングース語派の1言語と分類される.モンゴル文字を改良した文字体系をもち,アルタイ語族に特徴的な母音調和を示すほか,母音交替によって男性語と女性語を区別する一群の語彙をもつのが特異である.なお,互いに通じるほど近いシボ語 (Xibe or Sibo) は,地理的に孤立しており,新疆ウイグル自治区にていまだ3万人ほどの話者を擁している.
さて,「消えゆく満州語守れ」の記事では,満州族文化の研究者が,民族文化の消失を防ぎ,継承するために,満州語教育制度を充実する必要があることを訴えている.とりわけ満州語を解読できる研究者の育成が急務であることが説かれている.清朝前期の公文書や民間史料は満州語で書かれているが,それを読みこなせる研究者は国内に10人ほどしかいない.また,清朝の発祥地とされる遼寧省撫順市の洞窟に多くの古文書が保管されているが,軍事的な理由でアクセスするのが容易でないことも頭の痛い問題だという.
満州語の衰退には,政治史的な要因も関わっている.満州族は,1911年の辛亥革命による清朝崩壊後に排斥を受け,1949年の新中国成立後も他の少数民族とは異なり,自治が認められてこなかった.1980年代に自治が認められ始めたが,その頃にはすでに母語話者の高齢化と漢族への同化が進んでしまっていた.
このような状況にある言語は世界中にごまんとある.UNESCO が消滅危機の警鐘を鳴らしたとしても,人々に復興の意思があるとしても,現実的には守り得る言語の数には限りがある.記事のなかで瀋陽師範大学の曹萌教授曹教授が力説しているとおり,危機にある言語の「継承も研究も,時間との勝負」である.
日本語のルーツについての有力な説の1つに,オーストロネシア系 (Austronesian) とアルタイ系 (Altaic) の言語が融合したとする説がある.オーストロネシア語族の音韻論的な特徴としては,開音節が多い,区別される音素が少ないというものがあり,確かに日本語の比較的単純な音素体系にも通じる.
日本語の音素が比較的少ない点については「#1021. 英語と日本語の音素の種類と数」 ([2012-02-12-1]) および「#1023. 日本語の拍の種類と数」 ([2012-02-14-1]) で触れたが,そこでは関連してハワイ語にも触れた.ハワイ語もオーストロネシア語族に属する言語で,8つの子音 /w, m, p, l, n, k, h, ʔ/ と5つの母音 /a, i, u, e, o/ を区別するにすぎない(コムリー,p. 95).ところが,世界にはもっと音素が少ない言語があるのである.
地理的にオーストロネシア語族と隣接しているパプア諸語も,音韻体系は単純である.そのなかでも,東パプアニューギニアの Bougainville Province で4千人ほどの話者によって話されているロトカス語 (Rotokas) は,6つの子音 /b, g, k, p, r, t/ と5つの母音 /a, e, i, o, u/ の計11音素(と対応する11の文字)しかもたない(Ethnologue より,関連する言語地図はこちら).コムリー (106) によれば,これは世界最少の音素数であり,とりわけ子音の少なさについては1985年のギネスブック (199) に登録されているほどである.
子音についていえば,最多を誇るのは「#1021. 英語と日本語の音素の種類と数」 ([2012-02-12-1]) でも触れたウビフ語である.80--85個の子音をもつという.母音の最少は,コーカサス地方のアブハズ語で2母音しかもたない.母音音素の最多はベトナム中央部のセダン語で,明確に区別できる55の母音をもつという.世界は広い.
同じギネスブック (198--201) では,言語についての興味深い「世界一」が,他にもいろいろと挙げられており,一見の価値がある.言語のびっくり統計は,Language statistics & facts も参考になる.
・ バーナード・コムリー,スティーヴン・マシューズ,マリア・ポリンスキー 編,片田 房 訳 『新訂世界言語文化図鑑』 東洋書林,2005年.
・ ノリス・マクワーター 編,青木 栄一・大出 健 訳 『ギネスブック』 講談社,1985年.
「#496. ウラル語族」 ([2010-09-05-1]) と合わせてウラル・アルタイ大語族の仮説を構成するアルタイ語族 (Altaic) について,バーナード・コムリー他 (46--47) より紹介する.アルタイ語族は,実証されてはいないものの朝鮮語や日本語が所属するとも提案されてきた重要な語族である.コムリーの与えているアルタイ語系統図を見てみよう.
この語族の故地はアルタイ山脈付近(下図参照)にあるとされ,西のチュルク語派 (Turkic),中央のモンゴル語派 (Mongolian),東のツングース語派 (Tungus) が区分される.その後,担い手である遊牧民によって拡散し,現在ではトルコからシベリア北東部にいたる大草原地帯に広く分布する.
アルタイ諸語のあいだの系統関係は,語彙よりも文法上の類似に基づくものが多く,研究者間で必ずしも意見の一致を見ているわけではない.共通する特徴として指摘されるのは,語順が SOV であること,膠着語であること,母音調和をもっていることが挙げられるが,後者2点についてはウラル語族の特徴とも一致する.日本語の所属が提案されているのも,これらの特徴ゆえである.主流派の見解によれば,日本語はアルタイ語族とオーストロネシア語族の混成語とも言われるが,証明は難しい.
満州語は,中国最後の皇帝の言語であり,清王朝 (1644--1911) のもとで優遇されたが,現在では大多数の話者が中国語へ言語交替したため,消滅の危機に瀕している.
アルタイ語族の各言語の詳細については,Ethnologue report for Altaic を参照.
・ バーナード・コムリー,スティーヴン・マシューズ,マリア・ポリンスキー 編,片田 房 訳 『新訂世界言語文化図鑑』 東洋書林,2005年.
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