一昨日の heldio で「#1018. sch- よもやま話」をお届けした.英語では sch- の綴字が比較的珍しいことなどを話題にしたが,これは文字素配列論 (graphotactics) の問題である.
この文字素配列論の背後にあるのが音素配列論 (phonotactics) である.各言語における音素の並び順に注目する音韻論の1分野だ.2つの用語辞典より,phonotactics について関連する別の用語とともに紹介したい.まずは,Crystal より.
phonotactics (n.) A term used in PHONOLOGY to refer to the sequential ARRANGEMENTS (or tactic behaviour) of phonological UNITS which occur in a language --- what counts as a phonologically well-formed word. In English, for example, CONSONANT sequences such as /fs/ and /spm/ do not occur INITIALLY in a word, and there are many restrictions on the possible consonant+VOWEL combinations which may occur, e.g. /ŋ/ occurs only after some short vowels /ɪ, æ, ʌ, ɒ/. These 'sequential constraints' can be stated in terms of phonotactic rules. Generative phonotactics is the view that no phonological principles can refer to morphological structure; any phonological patterns which are sensitive to morphology (e.g. affixation) are represented only in the morphological component of the grammar, not in the phonology. See also TAXIS.
taxis (n.) A general term used in PHONETICS and LINGUISTICS to refer to the systematic arrangements of UNITS in LINEAR SEQUENCE at any linguistic LEVEL. The commonest terms based on this notion are: phonotactics, dealing with the sequential arrangements of sounds; morphotactics with MORPHEMES; and syntactics with higher grammatical units than the morpheme. Some linguistic theories give this dimension of analysis particular importance (e.g. STRATIFICATIONAL grammar, where several levels of tactic organization are recognized, corresponding to the strata set up by the theory, viz. 'hypophonotactics', 'phonotactics', 'morphotactics', 'lexicotactics', 'semotactics' and 'hypersemotactics'). See also HARMONIC PHONOLOGY.
次に Bussmann より.
phonotactics Study of the sound and phoneme combinations allowed in a given language. Every language has specific phonotactic rules that describe the way in which phonemes can be combined in different positions (initial, medial, and final). For example, in English the stop + fricative cluster /ɡz/ can only occur in medial (exhaust) or final (legs), but not in initial position, and /h/ can only occur before, never after, a vowel. The restrictions are partly language-specific and partly universal.
言語は,その線状性 (linearity) ゆえに要素の並び順,組み合わせ方を重視せざるを得ない.その点では,音素配列論に限らず -tactics は必然的に言語学的な意義をもつ領域だろう.また,--tactics が通時的に変化し得ることも歴史言語学では重要な点である.
・ Crystal, David, ed. A Dictionary of Linguistics and Phonetics. 6th ed. Malden, MA: Blackwell, 2008. 295--96.
・ Bussmann, Hadumod. Routledge Dictionary of Language and Linguistics. Trans. and ed. Gregory Trauth and Kerstin Kazzizi. London: Routledge, 1996.
言語学 (linguistics) というメジャーとはいえない学問をポップに広めるのに貢献している YouTube/Podcast チャンネル「ゆる言語学ラジオ」.昨日1月14日に公開された最新回では,1つ前の回に引き続き,<ghoti> ≡ /fɪʃ/ の問題を中心に英語の綴字と発音の珍妙な関係が話題となっています(前回の話題については「#5009. なぜバーナード・ショーの綴字ネタ「ghoti = fish」は強引に感じられるのか?」 ([2023-01-13-1]) も参照).2回にわたり私が監修させていただいたのですが,その過程もたいへん楽しいものでした(水野さん,関係者の方々,ありがとうございます!).
ghoti, high, women, nation, debt などの綴字について,水野さんと堀元さんの軽妙洒脱なトークをどうぞ.ものすごいタイトルで「フランスかぶれ・悪筆・懐古厨.綴りの変遷理由が意外すぎる.【発音2】#194」です.
「フランスかぶれ・悪筆・懐古厨」というフレーズですが,英語綴字史のツボのうち3点を実におもしろく体現している表現だと思います.英語の綴字は,中英語以降にフランス語風にかぶれたというのは事実です.また,悪筆というのは写字生個人の悪筆というわけではありませんが,当時の特殊な字体や字形が,現代の観点からは悪筆と見える場合があることを指摘しています(今回は縦棒 (minim) が問題となっていました).懐古厨は,英国ルネサンスと重なる初期近代英語期に古典語(特にラテン語)への憧憬が募ったことを指しています.
フランス語かぶれと(ラテン語)懐古厨は,時代も動機も異なってはいますが,社会言語学的にいえば,いずれも威信 (prestige) ある言語への接近としてとらえることができます.これは,英語綴字史を通じて観察される大きな潮流です.
この2回の「ゆる言語学ラジオ」で取り上げられた話題に関して,私自身も「hellog~英語史ブログ」,Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」,YouTube チャンネル「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」,著書などを通じて,様々に発信してきています.ここにリンクをまとめると煩雑になりそうですので,note 上に特設ページ「「ゆる言語学ラジオ」の ghoti 回にまつわる堀田リンク集」を作ってみました.そちらも合わせてご覧ください.
なお,最新回の最後の「おおおっ,オレかよ!」は,「#224. women の発音と綴字 (2)」 ([2009-12-07-1]) のことです.12年前の個人的な仮説(というよりも感想)で,書いたこと自体も忘れていますよ,そりゃ(笑).
Voicy パーソナリティ兼リスナーとして,「ゆる言語学ラジオ」の Voicy 版があることも紹介しておきたいと思います.最新回「フランスかぶれ・悪筆・懐古厨.綴りの変遷理由が意外すぎる.#194」です.
言語に焦点を当てた YouTube と Podcast の人気チャンネル「ゆる言語学ラジオ」の1月10日に公開された最新回は「ghoti と書いてフィッシュと読む?英語学ジョークを徹底解剖【発音1】#193」です.英語の綴字と発音の乖離 (spelling_pronunciation_gap) を皮肉ったものとしてよく知られている話題が紹介されています.私が英語綴字史を研究しているということもあり,このたび続編となる次回と合わせて監修させていただくことになりました(水野さん,お世話になっています!).
<ghoti> という綴字で fish /fɪʃ/ と読める,というトンデモネタですが,これは英語の綴字改革に関心を寄せていたアイルランド出身の劇作家 George Bernard Shaw (1856--1950) が英語の綴字のひどさを皮肉ったものとして紹介されることが多いです.Shaw および <ghoti> の <gh> に関する hellog 記事として,以下を挙げておきます.
・ 「#15. Bernard Shaw が言ったかどうかは "ghotiy" ?」 ([2009-05-13-1])
・ 「#605. Shavian Alphabet」 ([2010-12-23-1])
・ 「#1195. <gh> = /f/ の対応」 ([2012-08-04-1])
・ 「#2085. <ough> の音価」 ([2015-01-11-1])
・ 「#2590. <gh> を含む単語についての統計」 ([2016-05-30-1])
・ 「#3945. "<h> second" の2重字の起源と発達」 ([2020-02-14-1])
なぜ <ghoti> ≡ /fɪʃ/ が成り立つのかについては,ゆる言語学ラジオの2人のトークに勝る説明はありませんので,ここで野暮なことは述べません.
Shaw はこの例を皮肉として挙げたわけで,当然ながら私たち受け取る側も何かしらの違和感を感じています.<ghoti> ≡ /fɪʃ/ のカラクリは説明されれば分かるけれども,かなりの牽強付会だと感じます.この強引さの感覚はどこから来るのでしょうか.
私たちは,現代標準英語の正書法 (orthography) のなかでも特に文字配列法 (graphotactics) が守られていない点に反応しているのだろうと思われます.英語綴字の諸規則は複雑多岐にわたりますが,そのなかでも綴字を構成する文字素 (grapheme) の配列に関する規則があり,それを文字配列法と呼んでいます.<ghoti> ≡ /fɪʃ/ のなかでもとりわけ子音に対応する綴字 <gh> と <ti> について,文字配列法の規則が破られている,つまり不規則だという感覚が生じているのです.
<gh> ≡ /f/ の関係は確かに cough, enough, laugh, rough, tough など比較的頻度の高い語にもみられ,極端に珍しいわけではありません.しかし,この関係が成り立つのは基本的には語末(形態素末)においてであり,このことが文字配列法の規則に組み込まれていると考えられます.つまり,英単語には <gh> ≡ /f/ の関係が語頭(形態素頭)で現われる例がないために,ghoti が文字配列法の規則に違反していると感じられるのでしょう.
同様に <ti> ≡ /ʃ/ の関係も,それ自体は決して珍しくありません.-tion や -tious をもつ単語は多数あり,私たちも見慣れています (ex. nation, station, ambitious, cautious) .しかし,/ʃ/ に対応する <ti> は基本的にそれだけで独立して現われるわけではなく,後ろに <on> や <ous> を伴って現われるのが文字配列法の規則です.<ghoti> の <ti> を /ʃ/ と読ませる際に感じる強引さは,この規則違反に由来します.
英語の文字配列法については以下の記事もご覧ください.
・ 「#2405. 綴字と発音の乖離 --- 英語綴字の不規則性の種類と歴史的要因の整理」 ([2015-11-27-1])
・ 「#3882. 綴字と発音の「対応規則」とは別に存在する「正書法規則」」 ([2019-12-13-1])
ゆる言語学ラジオには Voicy 版 もあり,今回の最新回はこちらとなっています.
Voicy 内ではゆる言語学ラジオも,私の「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」 も,同じ「語学」セクションにカテゴライズされているチャンネルであるため,たまに両アイコンが仲良く横に並ぶことがあります(笑).
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