毎朝6時に音声配信している Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」にて「ゼロから学ぶはじめての古英語」シリーズが始まっています(不定期で無料の配信です).第3回まで配信してきましたが,嬉しいことにリスナーの皆さんにはご好評いただいています.各配信回の概要欄やチャプターに紐付けられたリンク先に,題材となっている古英語のテキストなども掲載していますので,そちらを参照しながら聴いていただければと思います.これまでの3回では,アルフレッド大王,古英語の格言,叙事詩『ベオウルフ』に関係する文章が取り上げられています.本当に「初めての方」に向けての講座となっていますので,お気軽にどうぞ.
ナビゲーターは英語史や古英語を専攻する次の3人です.小河舜さん(フェリス女学院大学ほか),khelf(慶應英語史フォーラム)元会長の「まさにゃん」こと森田真登さん(武蔵野学院大学),および堀田隆一です.3人で楽しそうに話しているのが魅力,との評価もいただいています.
毎回,厳選された古英語の短文を取り上げ,文字通り「ゼロから」解説しています.日本語による解説つきで気軽に始められる「古英語講座」なるものは,おそらくこれまでどの媒体においても皆無だったのではないでしょうか(唯一の例外は,まさにゃんによる「毎日古英語」かもしれません).このたびのシリーズは,その意味では本邦初といってよい試みとなります.ナビゲーター3人も,肩の力を抜いておしゃべりしていますので,それに見合った気軽さで聴いていただければと思います.
本シリーズのサポートページとして,まさにゃんによる note 記事「ゼロから学ぶはじめての古英語(#1~#3)」が公開されています.また,X(旧ツイッター)上の「heldio コミュニティ by 堀田隆一」にて関連情報も発信しています.このコミュニティは承認制ですが,基本的にはメンバーリクエストをいただければお入りいただけますので,ぜひご参加ください.
シリーズの第4弾もお楽しみに!
昨日の記事「#5052. none は単数扱いか複数扱いか?」 ([2023-02-25-1]) で,none に関する数の一致の歴史的な揺れを覗いた.その際に標題の諺 (proverb) None but the brave deserve(s) the fair. 「勇者以外は美人を得るに値せず」を挙げた.この諺の出所は,17世紀後半の英文学の巨匠 John Dryden (1631--1700) である.詩 Alexander's Feast (1697) に,この表現が現われており,the brave = 「アレクサンダー大王」,the fair = 「アテネの愛人タイース」という構図で用いられている.
Happy, happy, happy pair!
None but the brave
None but the brave
None but the brave deserves the fair!
つまり,「原典」では3単現の -s が見えることから none が単数として扱われていることがわかる.the brave と the fair の各々について指示対象が個人であることが関係しているように思われる.
一方,Dryden の表現を受け継いだ後世の例においては,Speake の諺辞典,CLMET3.0,COHA などでざっと確認した限り,複数扱いが多いようである.19世紀からの例を3点ほど挙げよう.
・ 1813 SOUTHEY Life of Horatio Lord Nelson It is your sex that makes us go forth, and seem to tell us, 'None but the brave deserve the fair';
・ 1829 P. EGAN Boxiana 2nd Ser. II. 354 The tender sex . . . feeling the good old notion that 'none but the brave deserve the fair', were sadly out of temper.
・ 1873 TROLLOPE Phineas Redux II. xiii. All the proverbs were on his side. 'None but the brave deserve the fair,' said his cousin.
諺として一般(論)化したことで,また「the + 形容詞」の慣用からも,the brave や the fair がそれぞれ集合名詞として捉えられるようになったということかもしれない.いずれにせよ none の扱いの揺れを示す,諺の興味深いヴァリエーションである.
・ Speake, Jennifer, ed. The Oxford Dictionary of Proverbs. 6th ed. Oxford: OUP, 2015.
不定人称代名詞 (indefinite_pronoun) の none は「誰も~ない」を意味するが,動詞とは単数にも複数にも一致し得る.None but the brave deserve(s) the fair. 「勇者以外は美人を得るに値せず」の諺では,動詞は3単現の -s を取ることもできるし,ゼロでも可である.規範的には単数扱いすべしと言われることが多いが,実際にはむしろ複数として扱われることが多い (cf. 「#301. 誤用とされる英語の語法 Top 10」 ([2010-02-22-1])) .
none は語源的には no one の約まった形であり one を内包するが,数としてはゼロである.分かち書きされた no one は同義で常に単数扱いだから,none も数の一致に関して同様に振る舞うかと思いきや,そうでもないのが不思議である.
しかし,American Heritage の注によると,none の複数一致は9世紀からみられ,King James Bible, Shakespeare, Dryden, Burke などに連綿と文証されてきた.現代では,どちらの数に一致するかは文法的な問題というよりは文体的な問題といってよさそうだ.
Visser (I, § 86; pp. 75--76) には,古英語から近代英語に至るまでの複数一致と単数一致の各々の例が多く挙げられている.最古のものから Shakespeare 辺りまででいくつか拾い出してみよう.
86---None Plural.
Ælfred, Boeth. xxvii §1, þæt þær nane oðre an ne sæton buton þa weorðestan. | c1200 Trin. Coll. Hom. 31, Ne doð hit none swa ofte se þe hodede. | a1300 Curs. M. 11396, bi-yond þam ar wonnand nan. | 1534 St. Th. More (Wks) 1279 F10, none of them go to hell. | 1557 North, Gueuaia's Diall. Pr. 4, None of these two were as yet feftene yeares olde (OED). | 1588 Shakesp., L.L.L. IV, iii, 126, none offend where all alike do dote. | Idem V, ii, 69, none are so surely caught . . ., as wit turn'd fool. . . .
Singular.
Ælfric, Hom. i, 284, i, Ne nan heora an nis na læsse ðonne eall seo þrynnys. | Ælfred, Boeth. 33. 4, Nan mihtigra ðe nis ne nan ðin gelica. | Charter 41, in: O. E. Texts 448, ȝif þæt ȝesele . . . ðæt ðer ðeara nan ne sie ðe londes weorðe sie. | a1122 O. E. Chron. (Laud Ms) an. 1066, He dyde swa mycel to gode . . . swa nefre nan oðre ne dyde toforen him. | a1175 Cott. Hom. 217, ȝif non of him ne spece, non hine ne lufede (OED). | c1250 Gen. & Ex. 223, Ne was ðor non lik adam. | c1450 St. Cuthbert (Surtees) 4981, Nane of þair bodys . . . Was neuir after sene. | c1489 Caxton, Blanchardyn xxxix, 148, Noon was there, . . . that myghte recomforte her. | 1588 A. King, tr. Canisius' Catch., App., To defende the pure mans cause, quhen thair is nan to take it in hadn by him (OED). | 1592 Shakesp., Venus 970, That every present sorrow seemeth chief, But none is best.
none の音韻,形態,語源,意味などについては以下の記事も参照.
・ 「#1297. does, done の母音」 ([2012-11-14-1])
・ 「#1904. 形容詞の no と副詞の no は異なる語源」 ([2014-07-14-1])
・ 「#2723. 前置詞 on における n の脱落」 ([2016-10-10-1])
・ 「#2697. few と a few の意味の差」 ([2016-09-14-1])
・ 「#3536. one, once, none, nothing の第1音節母音の問題」 ([2019-01-01-1])
・ 「#4227. なぜ否定を表わす語には n- で始まるものが多いのですか? --- hellog ラジオ版」 ([2020-11-22-1])
また,数の不一致についても,これまで何度か取り上げてきた.英語史的には singular_they の問題も関与してくる.
・ 「#1144. 現代英語における数の不一致の例」 ([2012-06-14-1])
・ 「#1334. 中英語における名詞と動詞の数の不一致」 ([2012-12-21-1])
・ 「#1355. 20世紀イギリス英語で集合名詞の単数一致は増加したか?」 ([2013-01-11-1])
・ 「#1356. 20世紀イギリス英語での government の数の一致」 ([2013-01-12-1])
・ Visser, F. Th. An Historical Syntax of the English Language. 3 vols. Leiden: Brill, 1963--1973.
2日間の記事 ([2023-01-16-1], [2023-01-17-1]) で標題の諺について考えてきた.今回は Speake の諺辞典と OED より,歴史的なヴァリエーションを拾い出してみよう.
・ c 1340 R. Rolle in G. G. perry Religious Pieces (EETS) 88 When Adam dalfe [dug] and Eue spane ... Whare was than the pride of man?
・ 1381 in Brown & Robbins Index Middle English Verse (1943) 628 Whan adam delffid and eve span, Who was than a gentilman?
・ a1450 in C. Brown Relig. Lyrics 14th Cent. (1924) 96 When adam delf & eue span, spir, if þou wil spede, Whare was þan þe pride of man þat now merres his mede.
・ a1450 T. Walsingham Historia Anglicana (1864) II. 32 Whan Adam dalf, and Eve span, Wo was thanne a gentilman?
・ c1525 J. Rastell Of Gentylnes & Nobylyte sig. Aviv For when adam dolf and eue span who was then a gentylman.
・ 1562 J. Pilkington Aggeus & Abadias I. ii. When Adam dalve, and Eve span, Who was than a gentleman? Up start the carle, and gathered good, And thereof came the gentle blood.
・ 1777 T. Campbell Philos. Surv. S. Ireland xxxii. 308 England..had its Levellers, who, aggrieved by the monopoly of farms, rebelliously asked, When Adam delved, and Eve span, Where was then your Gentleman?
・ 1979 C. E. Schorske Fin-de Siécle Vienna vi. When Adam delved and Eve span Who was then the gentleman? The question had ironic relevance for the arrivé.
・ 2013 New Statesman May (online) An oral peasant culture, such as still survives in the Balkan countryside, is a fertile context for the transmission of history and ideas through ballad and song. This is not so different from 'When Adam Delved and Eve Span', which we've inherited from our 14th-century Peasants' Revolt.
delve の過去形としては,後期中英語の段階から従来の強変化形に加えて新しい弱変化形も現われていたことが分かる.一方,今回の証拠の範囲内では,過去形 span は不変であり,現代標準的な spun に置き換えられた例はない.また,疑問詞として who の代わりに where が用いられているもの,a gentleman や your gentleman のように the 以外が用いられているものもあった.gentleman の代わりの pride of man というのもおもしろい.
最後に,古風あるいはほとんど使われない名詞 delve について一言触れておきたい.これは古英語 gedelf (> PDE delf) に遡る一種の異形とも解釈できるかもしれないが,初出が1590年の Spenser Faerie Queene であることを考えると,Spenser 流の懐古的・擬古的な言葉遣いが反映された,動詞 delve からの品詞転換 (conversion) の事例とととらえることもできそうだ(cf. 「#1410. インク壺語批判と本来語回帰」 ([2013-03-07-1])).見方次第だが,死語の復活に類するものといえる.
・ Speake, Jennifer, ed. The Oxford Dictionary of Proverbs. 6th ed. Oxford: OUP, 2015.
昨日の記事「#5012. When Adam delved and Eve span, who was then the gentleman? --- John Ball の扇動から生まれた諺」 ([2023-01-16-1]) で紹介した諺に含まれる動詞の過去形 delved と span について,英語史の観点から考えてみたい.
(1) 現代英語の標準的な過去形としては,規則動詞 delved はこの通りでよいが,不規則動詞 span については英和辞書では「古風」というレーベルがついている(学習者表英英辞書では記載がない).この動詞の標準的な活用は spin -- spun -- spun であり,過去形 span はあくまで歴史的な形態ということである.まだ詳しく調べていないが,中英語まで span が普通だったものの,近代英語以降に現代標準に連なる spun が勢力を伸ばしてきたようだ.この辺りの事情については,他のA-B-C型やA-B-B型の不規則動詞と合わせて考えてみることが必要だろう.関連して「#2084. drink--drank--drunk と win--won--won」 ([2015-01-10-1]) を参照.
(2) 現代の諺で古い過去形 span が用いられているのは,まず第1に起源の古い諺だからだ.一般に諺では古形が残りやすい.しかし,ここでは合わせて脚韻 (rhyme) の都合を考える必要がある.この諺は韻律的には2行からなっており,統語的区分と連動して When Adam delved and Eve Span / who was then the gentleman? と分割される.2行目末尾の gentleman と脚韻を踏むために,1行目末尾は spun ではなく span でなければならない.中英語当時は韻律を念頭に man : span の脚韻を踏ませていたわけだが,近代英語以降に動詞過去形が spun へ標準化したからといって,ここで spun に差し替えてしまったら,せっかくの脚韻が台無しになる.厳密にいえば,現代英語では gentleman の man は曖昧母音で /mən/ と発音され,span は強い母音を伴って /spæn/ と発音されるので,いずれにせよ脚韻を踏まないのだが,少なくとも視覚韻 (eye rhyme) は踏むので,この程度のズレは許容されるということだろう.
(3) delved は今でこそ規則動詞(弱変化動詞)だが,本来は不規則動詞(強変化動詞)だった.古英語では delfan -- dealf -- dulfon -- dolfen の4主要形を示しており,この強変化屈折は中英語でも保たれていた.実際,Speake の諺辞典によると最も早い例では次の通り dalfe が用いられている.
c 1340 R. Rolle in G. G. perry Religious Pieces (EETS) 88 When Adam dalfe [dug] and Eue spane ... Whare was than the pride of man?
ところが,14世紀後半から弱変化化した過去形が現われ始め,やがて近代になると,この諺でも delved が用いられ始めた.
(4) 標題の現代標準の諺のリズム (rhythm) を示すと次のようになる.
x | / | x | / | x | / | / |
when | Ad | am | delved | and | Eve | span |
/ | x | / | x | / | x | / |
who | was | then | the | gen | tle | man |
x | / | x | / | x | / | x | / |
when | Ad | am | dalf | and | Ev | e | span |
(x) | / | x | / | x | / | x | / |
who | was | then | the | gen | tle | man |
標題の諺は「アダムが耕しイヴが紡いだとき,だれがジェントルマンであったのか」を意味する.14世紀後半のイングランドでは,英仏百年戦争 (hundred_years_war) と黒死病 (black_death) により人々が窮乏生活にあえいでいた.そんな中,1381年に農民一揆 (Peasants' Revolt) が勃発した.この一揆は,すぐに Richard II により鎮圧されたが,英語の復権にあずかって力があった事件として英語史上にも名を残している.
この農民一揆の指導者の1人が John Ball (d. 1381) である(もう1人が Wat Tyler (d. 1381)).Ball は聖職者だったが,階級社会を批判する説教をしたとして破門されていた.彼はロンドンの Blackheath で標題の文句を唱え,群衆を扇動して一揆へ駆り立てたとされる.後に Ball は審問され絞首刑となった.その後500年の時が流れ,19世紀後半の詩人・工芸美術家の William Morris (1834--96) が,社会主義の主張を込めて小説 A Dream of John Ball (1888) を著わし,Ball を有名にした.諺としては,後期中英語から近代英語にかけて知られていたようである.
delve は現代英語では「掘り下げる,徹底的に調べる」を意味し,This biography delves deep into the artist's private life. や If you're interested in a subject, use the Internet to delve deeper. のように用いる.しかし,古英語の語源形 delfan は文字通り「掘る;耕す」の意味で,現代の比喩的な語義が発達したのは17世紀半ばのことである.
農民一揆という歴史的事件から生まれた諺として記憶しておきたい.
・ Speake, Jennifer, ed. The Oxford Dictionary of Proverbs. 6th ed. Oxford: OUP, 2015.
日本語に「一年の計は元旦にあり」という諺がありますが,対応する英語の諺はあるのだろうかと疑問が浮かびました.ズバリのものはなさそうです.ただし,近似的な諺として,より一般的な言い方にはなりますが,標題の A good beginning makes a good ending があります.これは1年の営みに限らず,人生のおおよその事々に当てはまることだろうと思います.試験勉強,仕事のプロジェクト,人生計画まで,良いスタートを切るに越したことはありません.今頃ゼミの大学4年生が皆四苦八苦しているはずの卒業論文研究もまさにそうです.
誰しも納得する人生の知恵と考えられますので,実際,この諺は英語でも歴史が古いようです.初期中英語期より類似表現が確認されます.ODP6 による例文を挙げてみましょう.
・ c 1300 South-English Legendary (EETS) I. 216 This was atte uerste me thingth [it seems to me] a god bygynnynge. There after was the betere hope to come to good endynge.
・ c 1350 Douce MS 52 no. 122 Of a gode begynnyng comyth a gode endyng.
・ 1710 S. Palmer Proverbs 1 A good Beginning makes a good End. . . . 'Tis a great point of Wisdom . . . to begin at the right end.
・ 1850 'M. Tensas' Odd Leaves from Life of Louisiana 'Swamp Doctor' 109 I hope my future lot will be verification of the old adage, that a 'bad beginning makes a good endyng', for mine is bad enough.
・ 1934 G. Weston His First Million Women xvi. I was brought up to believe that 'Of a good beginning cometh a good ending.' . . . 'You can't do a good plastering jot if your laths aren't right to begin with.'
動詞に make を使わず,統語的な倒置と前置詞と come を用いる Of a good beginning comes a good ending のタイプも変種として広く行なわれてきたようです.
諺を広く見渡すと,物事の最初や最後に注目するものが目に付きます.以下に列挙してみましょう.
・ It is the first step that is difficult
・ There is always a first time
・ Great oaks from little acorns grow
・ A journey of a thousand miles begins with a single step
・ The mother of mischief is no bigger than a midge's wing
・ All roads lead to Rome
・ Good seed makes a good crop
・ As you sow, so you reap
・ A stream cannot rise above its source
・ Well begun is half done
・ All's well that ends well
・ All good things must come to an end
・ The end crowns the work
・ Everything has an end
・ The opera isn't over till the fat lady sings
・ There is a remedy for everything except death
・ Stone-dead hath no fellow
この辺りを知恵として,今年1年も頑張っていきたいと思います.関連して「#4717. 「終わりよければすべてよし」と「始めよければ終わりよし」 --- 反対の意味の諺にどう向き合いますか?」 ([2022-03-27-1]) も参照.
・ Speake, Jennifer, ed. The Oxford Dictionary of Proverbs. 6th ed. Oxford: OUP, 2015.
昨日の記事「#4994. There is no accounting for tastes 「蓼食う虫も好き好き」」 ([2022-12-29-1]) で取り上げた諺は,よく知られた there is no ---ing 「---することはできない」の動名詞構文の例となっている.One cannot account for tastes. や It is impossible to account for tastes. と言い換えられる意味だ.
この諺は18世紀末に初出し,後期近代の比較的新しいものといえるが,there is no ---ing の動名詞構文そのものは,どのくらい古くまで歴史を遡れるのだろうか.OED の no, adj. によると,13世紀の修道女マニュアル Ancrene Riwle に初出する.構文としては it is no ---ing などの変異形もみられる (cf. 「#4790. there や they に相当する中英語の it の用法」 ([2022-06-08-1])) .以下 OED からの引用だが,構文上興味深い部分を赤で示してみた.
4. Modifying a verbal noun or gerund used as the predicate, denoting the impossibility of the action specified. Chiefly with non-referential there (also †it) as subject.
[c1230 (?a1200) Ancrene Riwle (Corpus Cambr.) (1962) 149 Hwen þe delit iþe lust is igan se ouerforð þet ter nere nan wiðseggunge ȝef þer were eise to fulle þe dede.]
a1400 (a1325) Cursor Mundi (Vesp.) 23812 (MED) Quen we it proue þat es to late, Es þar na mending þan þe state.
1523 Ld. Berners tr. J. Froissart Cronycles I. ccclxxxvi. 657 It is no goynge thyder, without ye wyll lose all.
1560 Bible (Geneva) Nahum iii. 19 There is no healing of thy wounde.
a1593 C. Marlowe Edward II (1594) sig. D4v Cosin it is no dealing with him now.
a1616 W. Shakespeare Two Gentlemen of Verona (1623) ii. i. 146 Val. No, beleeue me. Speed. No beleeuing you indeed sir.
a1643 J. Shute Sarah & Hagar (1649) 108 So the people were so impetuously set upon their lusts, that there was no speaking to them.
1719 D. Defoe Farther Adventures Robinson Crusoe 39 There was no keeping Friday in the Boat.
1753 Gray's Inn Jrnl. No. 54 There is no going any where without meeting Pretenders in this Way.
1820 W. Irving Sketch Bk. vii. 117 Do what they might, there was no keeping down the butcher.
1849 W. M. Thackeray Pendennis (1850) I. xv. 138 There's no accounting for tastes, sir.
1895 A. I. Shand Life E. B. Hamley I. ii. 21 There was no mistaking the meaning of the invitation, and there was no declining it.
1954 A. Thirkell What did it Mean? 87 There would be no getting hold of the girls as the evenings got longer.
1975 Times 6 Dec. 8/5 Try Village Prospects..R 3 again, I fear, but no avoiding it.
2001 Financial Times 27 Jan. 8/4 There is no mistaking African anger at the external barriers they confront.
古英語からすでに発達していた存在文 (existential_sentence) と,中英語期にようやく発達し始めた動名詞が,合体して生まれた構文といってよいだろう.存在文については「#1565. existential there の起源 (1)」 ([2013-08-09-1]) と「#1566. existential there の起源 (2)」 ([2013-08-10-1]),「#4473. 存在文における形式上の主語と意味上の主語」 ([2021-07-26-1]) を参照.
「#4992. absence 「不在」に関する英語の諺2つ」 ([2022-12-27-1]) で述べたとおり,スキマ時間に英語の諺辞典を A から順に読み進めている.読み始めて間もなく accounting をキーワードとする標記の有名な諺に出会った.「蓼食う虫も好き好き」,他人の好みを説明することはできない,とりわけ自分にとって魅力を感じない嗜好をもっている人の考えていることはわらかない,という教訓だ.ラテン語 de gustibus non est disputandum "There is no disputing about tastes" にきれいに対応する.
ODP6 によると英語での初例は1794年となっている.
1794 A. Radcliffe Mysteries of Udolpho I. xi. I have often thought the people he disapproved were much more agreeable than those he admired; --- but there is no accounting for tastes. 1889 Gissing Nether World II. viii. There is no accounting for tastes. Sidney . . . not once . . . congratulated himself on his good fortune. 1985 R. Reeves Doubting Thomas iv. 'You're usually in here with a little guy, wears a rug. Looks like he gets his suits from Sears. Paisley ties. . . . There's no accounting for taste.' 2014 Spectator 13 Dec. 75 I read of an ornament which is 'a plywood cutout of a giant boiled egg', but there's no accounting for taste, even bad taste.
近年では単数形(不可算名詞) taste を用いる例も多いようだ.語感としては,複数形の tastes の場合には,人々の嗜好がバラバラで多様であることをそのまま容認する感じ(相対主義)で,単数形の taste の場合には,自分の嗜好も含めて人間の嗜好というものは説明できないものだという達観した感じ(絶対主義)が強いように思われるが,どうだろうか.前文を受けて but の後に用いられることが多いようで,多かれ少なかれ「仕方がないね」という含意があるようだ.
この諺の異形としては単純な Tastes differ もあり,こちらもほぼ同時期の19世紀初頭に初出している.
・ Speake, Jennifer, ed. The Oxford Dictionary of Proverbs. 6th ed. Oxford: OUP, 2015.
手持ちの The Oxford Dictionary of Proverbs (6th ed.) を A から順に眺めている.この年末年始にでも少しずつ読み進めていこうと思っている.英語の諺 (proverb) には古い文法や語法が残っていることが多く,英語史と親和性があるのだ.
早速,1ページ目に absence 「不在」に関する諺が2つ出てきた.absence と聞けば,諺にふさわしいどのような人生の知恵を思い浮かべるだろうか.私には想像できなかったが,たいへん異なる2つの諺が飛び出してきて驚いた.
1つめは Absence makes the heart grow fonder である.ある人が不在だと,その人をますます好きになってしまうという教訓だ.ODP を読んでいておもしろいのは,他言語での関連する表現や,英語史上での変異形とその用例を示してくれる点だ.この諺について関連するラテン語の表現が記されている.
Cf. PROPERTIUS elegies II. xxxiiib. I. 43 semper in absentes felicior aestus amantes, passion [is] always warmer towards absent lovers.
英語史上の用例もいくつか挙げられており,最初の例はc1850年のものである.興味深く感じたのは,1923年の Observer 11 Feb. 9 からの用例である.反意の諺として有名な Out of sight, out of mind が言及されている.
These saws are constantly cutting one another's throats. How can you reconcile the statement that 'Absence makes the heart grow fonder' with 'Out of sight, out of mind'?
2つめの諺は He who is absent is always in the wrong である.いわゆる欠席裁判のことだ.欠席者は悪者にされ,不利な立場に追い込まれるというものだ.1640年の諺辞典に "The absent partie is still faultie" と現われているのが初出だが,関連する表現は15世紀の Lydgate に出ている.フランス語にも対応表現があるようだ.
If a person is not present to defend himself it is easy for others to say he is the person at fault. Cf. Fr. les absents ont toujours tort; c 1440 J. LYDGATE Fall of Princes (EETS) m. l. 3927 For princis ofte . . . Wil cachche a qu[a]rel . . . Ageyn folk absent.
1736年の例も機知に富んでいる.
1736 B. FRANKLIN Poor Richard's Almanack (July) The absent are never without fault, nor the present without excuse.
1つのキーワードから様々な発想を引き出すことができた.諺辞典の新たな用途をみつけた感がある.ちなみに今朝の Voicy の「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」でも「#575. 英語諺辞典を A から読み始めています!」と題して連動するおしゃべりをしています.ぜひお聴きください.
・ Speake, Jennifer, ed. The Oxford Dictionary of Proverbs. 6th ed. Oxford: OUP, 2015.
学問にせよ何にせよ,人類は先人から得た知識を蓄積し,その上にさらなる知識を付け加えるという形で文明を進歩させてきた.このことを西洋では to stand on the shoulders of giants 「巨人の肩の上に立つ」と表現する.
以下は「1人の巨人の左肩(のみ)に乗る小人」という状況のエッチングで,厳密には "a dwarf on a shoulder of a giant" というべき状況だが,この辺りはご愛敬で.
さて,この慣用句は OED の shoulder, n. のもとに挙げられているのだが,実は2022年3月の OED の定期更新の際に新たに加えられたホヤホヤのエントリーなのである.この新エントリーについて,OED の広報記事 "Content warning: may contain notes on the OED March 2022 update" が次のようにコメントしている.
A new phrase entry in shoulder examines the use of to stand on the shoulders of giants to refer to the process of building on the discoveries and achievements of great predecessors, first recorded in the early seventeenth century in a variation on the proverb a dwarf (or child) standing on the shoulders of a giant sees farther than the giant, itself based on a twelfth-century Latin phrase attributed to Bernard of Chartres.
OED に加えられたエントリーそのもの,および最初の3つの例文まで引用しておきたい.
to stand on the shoulders of giants (and variants): to build on the discoveries, achievements, and understanding of the great scholars and thinkers of the past. Hence to stand on the shoulders of (any person or group): to benefit from the knowledge of one's predecessors.
The phrase standing on the shoulders of giants is strongly associated with Sir Isaac Newton (1642--1727): see quot. 1676. Earlier in proverbial phrase a dwarf (also child, etc.) standing on the shoulders of a giant sees farther than the giant (now rare; in quot. 1608 as a simile).
[Originally after post-classical Latin nanos gigantium humeris insidentes dwarves sitting on the shoulders of giants (12th cent.; attributed by John of Salisbury to Bernard of Chartres).]
1608 J. White Way to True Church 325 Doctors of these later times..insisting in the steps of the ancient Fathers..are like children standing on the shoulders of giants,..they see further then they [sc. the Fathers] themselues.
1628 R. Burton Anat. Melancholy (ed. 3) To Reader 8 Though there were many Giants of old in Physick and Philosophy, yet I say with Didacus Stella, A Dwarfe standing on the shoulders of a Giant, may see farther then a Giant himselfe.
1676 I. Newton Let. to R. Hooke 5 Feb. in Corr. (1959) I. 416 What Des-Cartes did was a good step. You have added much in several ways... If I have seen further it is by standing on ye sholders of Giants.
この慣用句,ここまで調べてさすがに私のなかに定着しました.
(後記 2022/11/24(Thu)):今回の hellog 記事を受けて,翌11月24日に Voicy の heldio にて関連する話題をお届けしました.英語学習者からの質問に答える形で,おもしろい回になっていると思います.こちらよりお聴きください.)
今朝の Voicy で「早起きは三文の得」を推しつつ,その英語版のことわざ The early bird catches the worm を紹介しているのですが,なんと現代では発想を転換させた新しい諺もどき It's the second mouse that gets the cheese. が台頭しつつあるという情報を得ました.たまげつつも,なるほどと納得した次第です.
まずは話しの前提として,古典的な(時間術ならぬ)健康術としての The early bird . . . . について私が語っている今朝の Voicy 放送「#513. 古典的な時間術 --- The early bird catches the worm. 「早起きは三文の得」」をお聴きください.
The Oxford Dictionary of Proverbs より17世紀の初出から現代までの異形や用例を挙げてみましょう.
The EARLY bird catches the worm
The corollary in quot. 2001, it's the second mouse that gets the cheese, is attributed to US comedian Steven Wright (born 1955); it is found particularly in the context of entrepreneurial or technological innovation, where the advantages of being the first (the early bird) may be outweighed by the lower degree of risk faced by a follower or imitator (the second mouse).
□ 1636 W. CAMDEN Remains concerning Britain (ed. 5) 307 The early bird catcheth the worme. 1859 H. KINGSLEY Geoffrey Hamlyn II. xiv. Having worked . . . all the week . . . a man comes into your room at half-past seven . . . and informs you that the 'early bird gets the worm'. 1892 I. ZANGWILL. Big Bow Mystery i. Grodman was not an early bird, now that he had no worms to catch. He could afford to despise proverbs now. 1996 R. POE Return to House of Usher ix. 167 'I got home at midnight last night and I'm here at seven. Where are they? . . . Well, it's the early bird that catches the worm, and no mistake.' 2001 Washington Post 4 Sept. C13 The early bird may catch the worm, but it's the second mouse that gets the cheese. Don't be in a hurry to take a winner. . . .
この英語ことわざ辞典は,英語史を学ぶにも人生訓を学ぶにも最適の読み物です.英語の本で何を読もうかと迷ったら,本当にお勧めです.hellog より proverb の各記事もご一読ください.
・ Speake, Jennifer, ed. The Oxford Dictionary of Proverbs. 6th ed. Oxford: OUP, 2015.
標題は英語史の範疇を超えた人生訓の話題ですが,日曜日ですし,お付き合いください.私もたまに回答している知識共有サービス「Mond」にて次の質問が寄せられていました.
世の中,色々な考えがありますが,以下は結局どっちが正しいのですか?世の中答えはないのですか??
・ 諦めたらそこで試合終了 vs 諦めが肝心
・ 2度あることは3度ある vs 3度目の正直
・ 人は変われる vs 性格はそう変わらない
・ 指示待ち vs 勝手に動くな
・ 嘘つきは泥棒の始まり vs 嘘も方便
・ 火のないところに煙はたたない vs ただの噂
・ 賢い vs ずる賢い vs ずるい
・ 鶏が先か卵が先か
・ スピードが命 vs 中身が重要
・ 人の為か自分のためか
・ 逃げるが勝ち vs 逃げるは恥だが役に立つ
・ 正義は勝つ vs 正義は勝つとは限らない
私もずっと質問者と同じ疑問を長らく抱いていましたので,たいへん共感します.
よくこれだけ集めてくれました! すっかり諺の勉強になってしまいました.確かに反対の意味の諺,多いんですねえ.
諺というのは,人類の英知のはず.その割には真逆の教訓を垂れる諺が多いなぁ,ちょっと信用ならなくなってきたぞ,と.
長年この問題について悶々としたままに,私は縁あって英語を専門とするようになり英語の諺を漁るようになったのですが,実は日本語と同じなんですネ!
日本語の「終わりよければすべてよし」と「始めよければ終わりよし」.こりゃ,ひどい矛盾だなぁと思っていたところ,英語でシェークスピアの有名な All is well that ends well. に対して,A good beginning makes a good ending. というのもあるらしいとの情報が!
「覆水盆に返らず」と「明日は明日の風が吹く」も,結局,やらかしちゃったことはダメなのですか,やり直しが利くのですか,ということなワケですが,両方あるというのです.英語でいうと,An occasion lost cannot be redeemed. と Tomorrow is another day. というペアです.
英語の諺でとりわけキツいなと思うのが,One is never too old to learn. と You can't teach an old dog new tricks. です.後者は身も蓋もない.
この諺の矛盾について悶々からイライラに変わりかけていたとき,安藤邦男『ことわざから探る 英米人の知恵と考え方』(開拓社,2018年)に出会いました.以下,pp. 11-12 より.
さて,このように意味の正反対のことわざに出会うと,割り切ることの好きな人は,「どちらかハッキリせよ」といって不満に思うかも知れません.あるいは,ことわざは昔の人が思いつきで言ったことだから,非科学的で矛盾していて当たり前,だからあまり意味がないと思うかもしれません.しかし,それはことわざの何たるかをわきまえないものというべきでしょう.
たしかに,これらは一見矛盾しているように思われます.しかし,何かを成し遂げようとする場合のことを考えてください.始めの段階では,私たちは「始めが大事」と言って覚悟を新たにしなければなりませんが,終わりの段階になればそのときにはまた,「終わりが大事」と言って気持ちを引き締めなければならないのです.ことわざは,それぞれの状況のそれぞれの段階における知恵ですから,けっして矛盾しているわけではありません.それぞれの段階に応じて重点の置き方が違っているだけであって,どちらも真実なのです.
完全に脱帽でした.私が子供から大人になった瞬間でした.この開眼経験について,恥を忍んで,ブログの拙論「#3425. 英語の対義ことわざ」 ([2018-09-12-1]),および以下の Voicy ラジオ「英語の諺 ー 真逆の教訓はやめて欲しい!?」でも語っています.どうぞご参照ください.
英語には「#4415. as mad as a hatter --- 強意的・俚諺的直喩の言葉遊び」 ([2021-05-29-1]) で紹介したような,俚諺的直喩 (proverbial simile) や強意的直喩 (intensifying simile) と呼ばれる直喩がたくさんあります.その多くは「#943. 頭韻の歴史と役割」 ([2011-11-26-1]) でも指摘した通り,頭韻 (alliteration) を踏む語呂のよい表現です.
しかし,これらはあまりに使い古されている "stock phrase" であることも事実で,不用意に使うと独創性がないというレッテルを張られかねません.皮肉屋の Partridge はこれらを "battered similes" であると否定的にみなし「使う前に再考を」を呼びかけているほどです.Partridge (303--05) より列挙してみましょう.
・ aspen leaf, shake (or tremble) like an
・ bad shilling (or penny), turn up (or come back) like a
・ bear with a sore head, like a
・ black as coal - or pitch - or the Pit, as blush like a schoolgirl, to
・ bold (or brave) as a lion, as
・ bright as a new pin, as [obsolescent]
・ brown as a berry, as
・ bull in a china shop, (behave) like a
・ cat on hot bricks, like a; e.g. jump about caught like a rat in a trap
・ cheap as dirt, as
・ Cheshire cat, grin like a
・ clean as a whistle, as
・ clear as crystal (or the day or the sun), as; jocularly, as clear as mud
・ clever as a cart- (or waggon-) load of monkeys, as
・ cold as charity, as
・ collapse like a pack of cards
・ cool as a cucumber, as
・ crawl like a snail
・ cross as a bear with a sore head (or as two sticks), as
・ dark as night, as
・ dead as a door-nail, as
・ deaf as a post (or as an adder), as
・ different as chalk from cheese, as
・ drink like a fish, to
・ drop like a cart-load of bricks, to
・ drowned like a rat
・ drunk as a lord, as
・ dry as a bone (or as dust), as
・ dull as ditch-water, as
・ Dutch uncle, talk (to someone) like a
・ dying like flies
・ easy as kiss (or as kissing) your hand, as; also as easy as falling off a log
・ fight like Kilkenny cats
・ fit as a fiddle, as
・ flash, like a
・ flat as a pancake, as
・ free as a bird, as; as free as the air
・ fresh as a daisy (or as paint), as
・ good as a play, as; i.e. very amusing
・ good as good, as; i.e. very well behaved
・ good in parts, like the curate's egg
・ green as grass, as
・ hang on like grim death
・ happy (or jolly) as a sandboy (or as the day is long), as
・ hard as a brick (or as iron or, fig., as nails), as
・ hate like poison, to
・ have nine lives like a cat, to
・ heavy as lead, as
・ honest as the day, as
・ hot as hell, as
・ hungry as a hunter, as
・ innocent as a babe unborn (or as a new-born babe), as
・ keen as mustard, as
・ lamb to the slaughter, like a
・ large as life (jocularly: large as life and twice as natural), as
・ light as a feather (or as air), as
・ like as two peas, as
・ like water off a duck's back
・ live like fighting cocks
・ look like a dying duck in a thunderstorm
・ look like grim death
・ lost soul, like a
・ mad as a March hare (or as a hatter), as
・ meek as a lamb, as
・ memory like a sieve a
・ merry as a grig, as [obsolescent]
・ mill pond, the sea [is] like a
・ nervous as a cat, as
・ obstinate as a mule, as
・ old as Methuselah (or as the hills), as
・ plain as a pikestaff (or the nose on your face), as
・ pleased as a dog with two tails (or as Punch), as
・ poor as a church mouse, as
・ pretty as a picture, as
・ pure as the driven snow, as
・ quick as a flash (or as lightning), as
・ quiet as a mouse (or mice), as
・ read (a person) like a book, to (be able to)
・ red as a rose (or as a turkey-cock), as
・ rich as Croesus, as
・ right as a trivet (or as rain), as
・ roar like a bull
・ run like a hare
・ safe as houses (or as the Bank of England), as
・ sharp as a razor (or as a needle), as
・ sigh like a furnace, to
・ silent as the grave, as
・ sleep like a top, to
・ slippery as an eel, as
・ slow as a snail (or as a wet week)
・ sob as though one's heart would break, to
・ sober as a judge, as
・ soft as butter, as
・ sound as a bell, as
・ speak like a book, to
・ spring up like mushrooms overnight
・ steady as a rock, as
・ still as a poker (or as a ramrod), as
・ straight as a die, as
・ strong as a horse, as
・ swear like a trooper
・ sweet as a nut (or as sugar), as
・ take to [something] like (or as) a duck to water
・ thick as leaves in Vallombrosa as [Ex. Milton's 'Thick as autumnal leaves that strow the brooks In Vallombrosa']
・ thick as thieves, as
・ thin as a lath (or as a rake), as
・ ton of bricks, (e.g. come down or fall) like a
・ tough as leather, as
・ true as steel, as
・ two-year-old, like a
・ ugly as sin, as
・ warm as toast, as
・ weak as water, as
・ white as a sheet (or as snow), as
・ wise as Solomon, as
・ Partridge, Eric. Usage and Abusage. 3rd ed. Rev. Janet Whitcut. London: Penguin Books, 1999.
何年も大学で英語史ゼミを担当してきたが,毎年度のように卒業論文の話題として人気のテーマがある.日英語間の色彩語に関するギャップである.「色」という身近な関心事から日英語文化の差異に迫ることのできるテーマとして,安定的な需要がある.先行研究も豊富なだけに,オリジナルな研究をなすことは決して易しくないのだが,それでも引きつけられる学生が跡を絶たない.
昨日学部ゼミ生より公表された「英語史導入企画2021」のためのコンテンツは,この人気のテーマに迫ったもの.タイトルは「信号も『緑』になったことだし,渡ろうか」である.多くの読者はすぐにピンとくるだろう.日本語の「青信号」は英語では the green light に対応するという,あの問題である.信号機の導入の歴史や,人口に膾炙している諺 (proverb) である The grass is always greener (on the other side of the fence). 「隣の芝は青い」を題材に,青,緑,blue,green の関係について分かりやすく導入してくれている.
日々の学生からのコンテンツは私のインスピレーションの源泉なのだが,今回は上記コンテンツでも取り挙げられている先の諺に注目することにした.この諺の教えは「他人のものは自分のものよりもよく見えるものである」ということだ.日本語では,ほかに「隣の花は赤い」とか「隣の糂汰味噌」という諺もあるそうだ.日本語「隣の芝は青い」は,英語 The grass is always greener (on the other side of the fence). をほぼ直訳して取り入れたものであり,本来は日本語の諺ではない.
では,この英語諺のルーツはどこにあるかといえば,OED によると意外と新しいようで,初出はアメリカ英語の1897年の Grass is always greener であるという.西洋文化を見渡すと,近似した諺としてラテン語に fertilior seges est aliēnīs semper in agrīs ("the harvest is always more fruitful in another man's fields") というものがあるそうだが,一般に諺というのは普遍的な教えであるから,英語版がこのラテン語版をアレンジしたものかどうかは分からない.むしろ grass と green を引っかけている辺り,少なくとも形式には,英語オリジナルといってよさそうだ.
grass と green の引っかけというのは,もちろん頭韻 (alliteration) を念頭において述べたものである.また,The grass is always greener. は,きれいな「弱強弱強弱強弱」の iambic となっていることも指摘しておきたい.いや,頭韻を踏んでいるというのもある意味では妙な言い方で,そもそも grass も green も印欧祖語で「育つ」 (to grow) を意味する *ghrē- に遡るのだから,語頭子音が同じだからといって驚くことではない.The grass grows green. という文は,したがって,語源的に解釈すれば「育つ草が草のような草色の草に育つ」のようなトートロジカルな文なのである.
色彩語は,一般言語学でも集中的に扱われてきた重要テーマである.基本色彩語 (Basic Color Terms) については,"bct" のタグのついた記事群を参照されたい.
おまけに,信号機の歴史について補足的に『21世紀こども百科 もののはじまり館』 (p. 80) より引用しておく.へえ,そうだったのかあ.
世界ではじめての信号機は1868年,ロンドンにできた.ガス灯の信号機だった.日本では,1919年に東京・上野広小路交差点に手動式がはじめてできた.電気を使った信号機は,1918年にニューヨークにでき,日本では1930年に東京・日比谷交差点にアメリカから輸入されたものが使われた.
関連して,重要な参考文献として小松秀雄著『日本語の歴史 青信号はなぜアオなのか』も挙げておきましょう.
・ 『21世紀こども百科 もののはじまり館』 小学館,2008年.
・ 小松 秀雄 『日本語の歴史 青信号はなぜアオなのか』 笠間書院,2001年.
昨日の記事「#4371. 価値なきもの イチジク,エンドウ,ピーナッツ,ネギ,マメ,ワラ」 ([2021-04-15-1]) で,英語において「取るに足りない」と評価されている植物の話題を取り上げた.英語と日本語とで当該植物に対する認識が異なることを示唆する,いわゆる異文化比較の問題だが,これは動物にも当てはまる.よく知られているように,同一の動物であっても,英語と日本語では表象や受容の仕方が異なる.
例えば,最も身近な動物を表わす英単語 dog を取り上げよう.言うまでもなく,日本語「犬」の英語バージョンである.しかし,このように何の変哲もない単語にこそ,実はおもしろみが詰まっているものだ.殊に意味論の観点からは,いくらでも議論できる.dog は多義 (polysemy) なのである.
『リーダーズ英和辞典』によれば,dog は10の語義をもつ.多少の編集を加えつつ,その10語義を大雑把に示したい.
1. 犬; イヌ科の動物《オオカミ・ヤマイヌなど》.雄犬; 雄.犬に似た動物《prairie dog, dogfish など》.
2. 《口》 くだらない[卑劣な]やつ; 《米俗・豪俗》 密告者, 裏切り者, 犬; 《俗》 魅力のない[醜い]女, ブス; *《俗》 いかす女, いい女; 《俗》 淫売; 《ののしって》ちくしょう!
3. *《俗》 不快なもの, くだらないもの, 売れない[売れ残りの]品物, 負け犬, 死に筋, 失敗(作), おんぼろ, ぽんこつ, 役立たず, クズ, カス.
4. 《口》 見え, 見せびらかし.
5. 鉄鉤((かぎ)), 回し金, つかみ道具; 【金工】 つかみ金, チャック; 《車の》輪止め.
6. [pl] *《口》 ホットドッグ (hot dog).
7. [the ?s] *《口》 ドッグレース (greyhound racing).
8. 《俗》 [euph] 犬の糞 (dog-doo).
9. 【天】 [the D-] 大犬座 (the Great Dog), 小犬座 (the Little Dog).シリウス, 天狼星 (the Dog Star, Sirius).
10. 【気】 幻日 (parhelion, sun dog), 霧虹 (fogbow, fogdog).
上記からも分かる通り,英単語の dog は一般にネガティヴな含意的意味 (connotation) をもつ.この事実を確認するには,英語文化の結晶ともいえる英語のことわざ (proverb) をみるとよい.「#3419. 英語ことわざのキーワード」 ([2018-09-06-1]) では上位にランクインしているし,実際に「#3420. キーワードを複数含む英語ことわざの一覧」 ([2018-09-07-1]) からことわざの例を見てみると,Better be the head of a dog than the tail of a horse/lion. とか We may not expect a good whelp from an ill dog. のように,あまり良い意味には使われていない.
こんなことを考えたみたのは,昨日「英語史導入企画2021」の一環として学部ゼミ生による「dog は犬なのか?」というコンテンツがアップされたからである.
本ブログでも,dog の通時的意味変化や共時的多義性について,以下の記事で間接的に触れてきた.参考までに.
・ 「#683. semantic prosody と性悪説」 ([2011-03-11-1])
・ 「#1908. 女性を表わす語の意味の悪化 (1)」 ([2014-07-18-1])
・ 「#2101. Williams の意味変化論」 ([2015-01-27-1])
・ 「#2187. あらゆる語の意味がメタファーである」 ([2015-04-23-1])
英語における「取るに足りないもの」の物尽し.
価値なきもの
イチジク,エンドウ,ピーナッツ,
ネギ,マメ,ワラ
この物尽しの果実・野菜・豆などを表わす植物名を英単語に置き換え,not worth a に後続させると,いずれも「?ほどの価値もない,取るに足りない」を意味する慣用句 (idiom) となる.not worth a fig/pea/peanut/leek/bean/straw の如くだ.
私などは,ワラを除いて,すべて旨い食べ物ではないか,とりわけ酒のつまみに良さそうではないか(イチジクはよしておこう)と評価したいところだが,英語文化においてはどうやら軽視される存在のようだ.
日本語では,例えば「豆」は接頭辞として「豆電球」「豆台風」などと用いるが,物理的に小さいことを示しこそすれ,軽視のコノテーションは感じられない.また,日本語の「溺れる者は藁をも掴む」という諺は,窮地に陥っている人はワラのように頼りにならないものにも救いを求めるものだという教えで,一見すると「ワラ=取るに足りない」が成立しそうだが,この諺は実は英語の A drowning man will catch at a straw. の直訳にすぎず,日本語発の諺ではない.この辺りの感覚は,日英語でかなり異なるらしい.
英語のこのような「価値なきもの」を表わす種々の慣用句の役割は「文彩的否定」(figurative negation)呼ばれるという.これは「英語史導入企画2021」の一環として昨日アップされた院生によるコンテンツ「否定と植物」から学んだことである.文彩的否定の表現には様々な「取るに足りない」植物の名前が用いられてきたようで,歴代引き合いに出されてきた植物としては cress (カラシナ)や sloe (リンボク)なども含まれ,何だかよく分からないリストとなっている.
同コンテンツによると,このような表現は中英語期に続々と生まれたという.植物のみならず動物,昆虫,魚なども引き合いに出されたというから,こうした名詞の一覧を整理してみれば,英語文化において何が軽視されてきたかが概観できそうである.たいへん洞察に富むコンテンツ.
年末年始,そしてクリスマスの季節が近づいてきた.後者は英語では Christmastime というが,少々古風ながら Christmastide も用いられる.後者の複合語の第2要素としてみえる tide は,通常は「潮の干満」を意味するが (cf. tidal wave 「津波,高潮」),キリスト教の暦と関連して「季節」の意味でも用いられる (ex. Yuletide, Eastertide) .
tide の本来の意味は,事実,「時」だった.古英語 tīd は「時,潮時」を意味する普通の語だったし,ゲルマン諸語にも同根語が確認される (cf. オランダ語 tijd, ドイツ語 Zeit, 古ノルド語 tíð) .もっとさかのぼればゲルマン祖語 *tīðiz に,さらには印欧祖語の語根 *dā- (to divide, cut up) にたどり着く.印欧祖語の話者にとって,時間とは,切り分け,区分する対象だったのだろう (cf. 「#70. second には「秒」の意味もある」 ([2009-07-07-1])) .
古英語 tīd は,やがて一般的な「時」の語義を time に明け渡し,「潮」の語義に限定されていくこととなった.ちなみに time 自身も tide と同じ印欧祖語の語根に遡り,古英語では tīma としてやはり「時間;時刻」の語義で用いられていた.つまり,tide と time はもとより類義語だったのである.
現在では「時」に近い意味の tide は,上記の Christmastide, Eastertide などの少数の表現に化石的に残るにすぎないが,もう1つ重要な化石として,よく知られた諺を挙げておこう.Time and tide wait for no man. (歳月人を待たず)である.日本語でも英語でもそうだが,諺 (proverb) というものには異なるバージョンがあるものだ.Robert Green (1560--92) の A Disputation Betweene a Hee Conny-catcher and a Shee Conny-catcher (1592) からのバージョンを示すと,Tyde nor tyme tairieth no man. とある.wait for の代わりに同義の tarry を用いることで,t による頭韻が強化されていて,標準版よりも印象的である.
・ Editors of the American Heritage Dictionaries, eds. Word Histories and Mysteries from Abracadabra to Zeus. Boston and New York: Houghton Mifflin, 2004.
「#3531. 講座「中世の英語 チョーサー『カンタベリ物語』」のお知らせ」 ([2018-12-27-1]) で告知したように,1月12日(土)に同タイトルで講座を開きました.参加された方におかれましては,600年も前のチョーサーの英語が,現代英語の知識で意外と読めることが分かったのではないでしょうか.むしろ,チョーサーの英語と比較しながら,現代英語の理解が深まることにも気づいたのではないかと思います.次のようなメニューで話しました.
1. まずは General Prologue の冒頭を音読
2. チョーサーと『カンタベリ物語』
3. 中英語期の言語事情
4. 『カンタベリ物語』の言語
5. General Prologue の冒頭を精読
6. 中英語から解きほぐす現代英語の疑問
講座で使用したスライド資料をこちらにアップしておきます.また,スライドのページごとのリンクも以下に張っておきます.スライド中からも本ブログの関連記事へリンクを豊富に張りつけていますので,ご参照ください.
1. シリーズ「英語の歴史」第1回 中世の英語チョーサー『カンタベリ物語』
2. 本講座のねらい
3. Ellesmere MS, fol. 1r
4. General Prologue の冒頭18行 (Benson)
5. 現代英語訳 (市河・松浪,p. 191)
6. 西脇(訳)「ぷろろぐ」より (pp. 7--8)
7. チョーサーと『カンタベリ物語』
8. 中英語期の言語事情
9. ノルマン征服から英語の復権までの略史 (#131)
10. 『カンタベリ物語』の言語
11. General Prologue の冒頭を精読
12. 中英語から解きほぐす現代英語の疑問
13. 異なる写本を覗いてみる(第7行目に注目)
14. まとめ
15. 参考文献
「#3404. 講座「英語のエッセンスはことわざに学べ」のお知らせ」 ([2018-08-22-1]) でお知らせしたとおり,先日,同講座を開講しました.参加された方におかれましては,ありがとうございました.講座で用いたスライド資料をこちらに置いておきます.
以下,スライドのページごとにリンクを張っておきます.そこからさらに,本ブログの様々な記事へ飛べますので,合わせてご覧ください.
1. 講座『英語のエッセンスはことわざに学べ』
2. 本講座のねらい
3. Art is long, life is short.
4. 英語ことわざに関する辞書・書籍の紹介
5. 「ことわざ」「金言」「格言」など(『広辞苑第六版』より)
6. proverb, saying, maxim, etc. (OALD8)
7. 英単語 proverb の語源
8. 英語ことわざ史 (#2691)
9. 英語ことわざの起源 (#3321)
10. 英語ことわざの内容による分類 (#3320)
11. 英語ことわざのキーワード,トップ50 (#3419)
12. キーワード入りことわざの例 (#3420)
13. 英語ことわざの短さ (#3421)
14. 短いことわざの例(短文,句,省略)
15. 参考 長いことわざもある
16. 対義ことわざ
17. 頭韻 (alliteration)
18. 頭韻とことわざ (#943)
19. 強勢リズム
20. Many a little makes a mickle. (#564)
21. Money makes the mare to go. (##970,978)
22. Handsome is as handsome does. (#3319)
23. One man's meat is another man's poison.
24. One swallow does not make a summer.
25. 日英(東西)ことわざ比較(安藤,第8章より)
26. 聖書に由来することわざ
27. 古いことわざ(古英語・中英語より)
28. まとめ
29. 参考文献
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