標記の開拓社からの新刊書をご献本いただきました,ありがとうございます!
開拓社による「最新英語学・言語学シリーズ」の第20巻という位置づけで,「生成文法×英語史」の最新の専門的な知見がまとめられています.300頁ほどの著書で,量的にも本格派です.英語の統語変化を理論的に考察したい研究者・学生にとって,必携の参考書です.
以下,目次を取り出してみましょう.魅力的な話題と高度な専門用語が並んでいます.
第I部 生成文法理論における言語変化
第1章 生成文法の理論的枠組みと言語変化
1. はじめに:英語史の時代区分
2. 生成文法の理論的枠組み
3. 文法変化としての言語変化
第2章 言語変化のタイプ
1. 再分析とパラメター変化
2. 文法化:不定詞標識 to を例として
3. 語順変化
4. 項構造の変化:心理動詞を例として
第II部 英語の節構造の変化
第3章 初期英語の節構造と動詞移動の消失
1. はじめに
2. 古英語・初期中英語の基本語順
3. 古英語・初期中英語の節構造
4. 動詞移動と豊かな一致の仮説
5. 屈折接辞の衰退と動詞移動の消失
6. 文法化による語彙動詞から助動詞への変化
7. まとめ
第4章 主語位置の変遷と各種構文の変化
1. はじめに
2. 空主語構文
3. 奇態格経験者主語構文
4. 他動詞虚辞構文
5. that 痕跡効果
6. まとめ
第III部 英語名詞句の構造と分布
第5章 非構造格の消失と格による名詞句の認可方法の変化
1. はじめに
2. 格に関する経験的事実と理論的仮定
3. 与格名詞をともなう構文の歴史的変遷
4. 与格名詞の認可と認可方法の変化
5. まとめ
第6章 数量詞の分布と遊離可能性の通時的変遷
1. はじめに
2. 初期英語における数量詞の分布
3. 理論的仮定
4. 遊離数量詞の分布に関する通時的変化
5. 代名詞と数量詞の語順
6. まとめ
本書については,12月11日に Voicy heldio にて「#1291. 田中 智之・縄田 裕幸・柳 朋宏(著)『生成文法と言語変化』(開拓社,2024年)」の配信回でもご紹介しています.本記事と合わせてお聴きいただければ.
本書と関連して,開拓社の「最新英語学・言語学シリーズ」の第21巻,家入 葉子・堀田 隆一(著)『文献学と英語史研究』(開拓社,2022年)もどうぞよろしくお願い致します.
・ 田中 智之・縄田 裕幸・柳 朋宏 『生成文法と言語変化』 開拓社,2024年.
岩波ジュニア新書のドイツ史入門書.地勢の観点からドイツの歴史をたどります.中高生向けのシリーズですが,大人が読んでもたいへん勉強になる1冊です.内容は英語史とは斜めの関係になりますが,「ゲルマン民族」を理解しておくことは,英語史の学びにとっても重要です.以下,本書の目次を挙げておきます.
はじめに
第1章 ゲルマンの森とその支配
地勢と気候
ゲルマン人の侵入とローマ帝国の滅亡
フランク王国の建国と分裂
神聖ローマ帝国誕生
ゲルマンの森とその神話
神聖なる菩提樹
王の森から領主の森へ
森の恵み,ハム・ソーセージ
狩猟文化とその継続
地中海から内陸河川へ
第2章 山と川に拠る生活
聖職叙任権闘争の背景
領邦分立の時代へ
中世農民の状況
東方植民はなぜ必要だったのか
山の城に割拠する領主たち
川沿いの都市建設
ハンザ同盟と海をめぐる都市
アルプスと峠道
森の化身としての野人
ふしぎな力をもつ修道女
第3章 宗教改革と自然の魔力
ルターと宗教闘争
領邦教会の誕生
ドイツ農民戦争と自然
ブロッケン山の伝説
魔女迫害の真相
なぜドイツは魔女が多かったのか
王宮がおかれた鉱山町ゴスラー
フッガー家と鉱山開発
各地に散らばる鉱山町
塩が支えた都市の発展
自然学と錬金術
グラウバーの『ドイツの繁栄』
第4章 ハプスブルク帝国からドイツ帝国へ
三十年戦争とその結果
プロイセン対オーストリア
領邦の中の都市
啓蒙専制君主フリードリッヒ二世とジャガイモ
ドイツ啓蒙主義の評価
公共の場の出現と家庭での感情生活
領主を利する農業改革
森の荒廃と復元
第5章 産業発展と山の賜物
実を結ばない社会改革
ナポレオンが喚起した愛国心
プロイセンによる統一へ
山の湯治場
温泉好きのゲーテ
登山の時代
鉄鋼業が牽引する経済
ルール地方の重工業の発展
現在に続く「メイド・イン・ジャーマニー」
すたれない河川輸送
父なるライン川
ドナウ川とエルベ川
河川にみる自然の改変
自然をあがめるドイツ・ロマン主義文学
山岳絵画と有機体思想
第6章 自然崇拝の明暗
ビスマルク退場からヴィルヘルム二世の親政へ
第一次世界大戦の勃発とワイマール体制
ヒトラーと第二次世界大戦
ワンダーフォーゲルにはまる若者たち
トゥルネン運動
すばらしき林業
森林の保全とエコシステム
無意識という地層
「音楽の国ドイツ」の神話
「清潔なる帝国」
ナチと自然保護
クラインガルテン運動
第7章 経済大国からエコ大国へ
ヨーロッパの中のドイツ
ドイツ再統一へ
過去の克服はできたのか
遅れてきた国民
遅れの創造性
自然との深い関わり
政治と結びつく危険性
上へ上へ
秩序の追求
環境先進国へ
あとがき(参考文献)
ドイツ史年表
・ 池上 俊一 『森と山と川でたどるドイツ史』 岩波書店〈岩波ジュニア新書〉,2015年.
先日,秋元実治先生(青山学院大学名誉教授)と標記の書籍を参照しつつ対談しました.そして,その様子を一昨日 Voicy heldio で「#1139. イディオムとイディオム化 --- 秋元実治先生との対談 with 小河舜さん」として配信しました.中身の濃い,本編で22分ほどの対談回なっております.ぜひお時間のあるときにお聴きください.
秋元実治(著)『増補 文法化とイディオム化』(ひつじ書房,2014年)については,これまでもいくつかの記事で取り上げてきており,とりわけ「#1975. 文法化研究の発展と拡大 (2)」 ([2014-09-23-1]) で第1章の目次を挙げましたが,今回は今後の参照のためにも本書全体の目次を掲げておきます.近日中に対談の続編を配信する予定です.
改訂版はしがき
はしがき
理論編
第1章 文法化
1.1 序
1.2 文法化とそのメカニズム
1.2.1 語用論的推論 (Pragmatic inferencing)
1.2.2 漂白化 (Bleaching)
1.3 一方向性 (Unidirectionality)
1.3.1 一般化 (Generalization)
1.3.2 脱範疇化 (Decategorialization)
1.3.3 重層化 (Layering)
1.3.4 保持化 (Persistence)
1.3.5 分岐化 (Divergence)
1.3.6 特殊化 (Specialization)
1.3.7 再新化 (Renewal)
1.4 主観化 (Subjectification)
1.5 再分析 (Reanalysis)
1.6 クラインと文法化連鎖 (Grammaticalization chains)
1.7 文法化とアイコン性 (Iconicity)
1.8 文法化と外適応 (Exaptation)
1.9 文法化と「見えざる手」 (Invisible hand) 理論
1.10 文法化と「偏流」 (Drift) 論
第2章 イディオム化
2.1 序
2.2 イディオムとは
2.3 イディオム化
2.4 イディオム化の要因
2.4.1 具体的から抽象的
2.4.2 脱範疇化 (Decategorialization)
2.4.3 再分析 (Reanalysis)
2.4.4 頻度性 (Frequency of occurrence)
2.5 イディオム化,文法化及び語彙化
分析例
第1章 初期近代英語における複合動詞の発達
1.1 序
1.2 先行研究
1.3 データ
1.4 複合動詞のイディオム的特徴
1.4.1 Give
1.4.2 Take
1.5 ジャンル間の比較: The Cely Letters と The Paston Letters
1.6 結論
第2章 後期近代英語における複合動詞
2.1 序
2.2 先行研究
2.3 データ
2.4 構造の特徴
2.5 関係代名詞化
2.6 各動詞の特徴
2.6.1 Do
2.6.2 Give
2.6.3 Have
2.6.4 Make
2.6.5 Take
2.7 複合動詞と文法化
2.8 結論
第3章 Give イディオムの形成
3.1 序
3.2 先行研究
3.3 データ及び give パタンの記述
3.4 本論
3.4.1 文法化とイディオム形成
3.4.2 再分析と意味の漂白化
3.4.3 イディオム化
3.4.4 名詞性
3.4.5 構文と頻度性
3.4 本論
3.4.1 文法化とイディオム形成
3.4.2 再分析と意味の漂白化
3.4.3 イディオム化
3.4.4 名詞性
3.4.5 構文と頻度性
3.5 結論
第4章 2つのタイプの受動構文
4.1 序
4.2 先行研究
4.3 データ
4.4 イディオム化
4.5 結論
第5章 再帰動詞と関連構文
5.1 序
5.2 先行研究
5.3 データ
5.3.1 Content oneself with
5.3.2 Avail oneself of
5.3.3 Devote oneself to
5.3.4 Apply oneself to
5.3.5 Attach oneself to
5.3.6 Address oneself to
5.3.7 Confine oneself to
5.3.8 Concern oneself with/about/in
5.3.9 Take (it) upon oneself to V
5.4 再帰動詞と文法化及びイディオム化
5.5 再起動し,受動化及び複合動詞
5.5.1 Prepare
5.5.2 Interest
5.6 結論
第6章 Far from の文法化,イディオム化
6.1 序
6.2 先行研究
6.3 データ
6.4 文法化とイディオム化
6.4.1 文法化
6.4.2 意味変化と統語変化の関係:イディオム化
6.5 結論
第7章 複合前置詞
7.1 序
7.2 先行研究
7.3 データ
7.4 複合前置詞の発達
7.4.1 Instead of
7.4.2 On account of
7.5 競合関係 (Rivalry)
7.5.1 In comparison of/in comparison with/in comparison to
7.5.2 By virtue of/in virtue of
7.5.3 In spite of/in despite of
7.6 談話機能の発達
7.7 文法化,語彙化,イディオム化
7.8 結論
第8章 動詞派生前置詞
8.1 序
8.2 先行研究
8.3 データ及び分析
8.3.1 Concerning
8.3.2 Considering
8.3.3 Regarding
8.3.4 Relating to
8.3.5 Touching
8.4 動詞派生前置詞と文法化
8.5 結論
第9章 動詞 pray の文法化
9.1 序
9.2 先行研究
9.3 データ
9.4 15世紀
9.5 16世紀
9.6 17世紀
9.7 18世紀
9.8 19世紀
9.9 文法化
9.9.1 挿入詞と文法化
9.9.2 丁寧標識と文法化
9.10 結論
第10章 'I'm afraid' の挿入詞的発達
10.1 序
10.2 先行研究
10.3 データ及びその文法
10.4 文法化---Hopper (1991) を中心に
10.5 結論
第11章 'I dare say' の挿入詞的発達
11.1 序
11.2 先行研究
11.3 データの分析
11.4 文法化と文体
11.5 結論
第12章 句動詞における after と forth の衰退
12.1 序
12.2 For による after の交替
12.2.1 先行研究
12.2.2 動詞句の選択と頻度
12.2.3 After と for の意味・機能の変化
12.3 Forth の衰退
12.3.1 先行研究
12.3.2 Forth と共起する動詞の種類
12.3.3 Out による forth の交替
12.4 結論
第13章 Wanting タイプの動詞間に見られる競合 --- desire, hope, want 及び wish を中心に ---
13.1 序
13.2 先行研究
13.3 昨日変化
13.3.1 Desire
13.3.2 Hope
13.3.3 Want
13.3.4 Wish
13.4 4つの動詞の統語的・意味的特徴
13.4.1 従属節内における法及び時制
13.4.1.1 Desire + that/Ø
13.4.1.2 Hope + that/Ø
13.4.1.3 Wish + that/Ø
13.4.2 Desire, hope, want 及び wish と to 不定詞構造
13.4.3 That の省略
13.5 新しいシステムに至る変化及び再配置
13.6 結論
結論
補章
参考文献
索引
人名索引
事項索引
・ 秋元 実治 『増補 文法化とイディオム化』 ひつじ書房,2014年.
5月に開拓社より出版された一般向けの英語史書,宗宮喜代子(著)『歴史をたどれば英語がわかる --- ノルマン征服からの復権と新生』(開拓社,2024年)を紹介します.外面史と内面史の均衡の取れた7章からなる英語史書で,内面史については文法の話題が多いものの,標準的な内容はしっかり押さえられています.以下,章節のレベルまで目次を掲載します.
はじめに
第1章 紀元前7世紀からノルマン征服まで
ケルト人のブリテン島
ローマ人による支配
ゲルマン民族の大移動
七王国時代
English (英語)と England (イングランド)
アングロ・サクソン社会
ケルト人の無念
キリスト教の浸透
デーン人の襲撃
アルフレッド大王の善政
ノルマン征服
第2章 古英語
インド・ヨーロッパ語族
文献の始まり
名詞
代名詞・数詞
形容詞・副詞
動詞
前置詞
文の構造
本来語と借用語
古英語はどんな言語だったのか
第3章 百年戦争と英語の復権
英語の没落
無関心が招いた衰退
百年戦争
黒死病と庶民
英語の復権
英国王室の系譜
第4章 中英語
屈折の単純化
名詞
代名詞・冠詞・数詞
形容詞・副詞
動詞
前置詞
文の構造
本来語と借用語
分析的言語への道
第5章 ルネサンスから1900年まで
社会の変化
知的なラテン語と粗野な英語
ルネセンスと言語
シェイクスピアの演劇
清教徒革命
王立学会とフランシス・ベーコン
科学革命の波
ジョン・ロックの世界観
規範主義の時代
アメリカ大陸の植民地
第6章 近代英語
大母音推移
名詞
代名詞・冠詞・数詞
形容詞・副詞
動詞
助動詞
前置詞
文の構造
本来語と借用語
アメリカの英語
近代英語はどこまで来たか
第7章 現代英語
800年の歩み
捨てたもの・残したもの
冠詞
法助動詞
名詞
内と外の論理
人称化という事件
文型
直線の論理
必要十分の美学
時制と相の体系
共感指向
イギリス英語とアメリカ英語
現代英語はどんな言語になったのか
おわりに
参考文献
索引
本書の最大の魅力は,最終第7章の節タイトルから示唆されるように,結局,千数百年の変化の結果,英語はどんなタイプの言語になったのか,という問いに対する著者なりの答えが与えられていることです.現代英語は主に近代英語期に生じた言語変化の結果として出力されたものですが,その言語変化の背景に何があったがのが重要な問いとなります.
英語史書は多々出版されていますが,それぞれに独自性があります.いろいろ読み比べてみることをお薦めします.ぜひ「#5462. 英語史概説書等の書誌(2024年度版)」 ([2024-04-10-1]) をご参照ください.
なお,今回紹介した本については,Voicy heldio にて「#1131. 宗宮喜代子(著)『歴史をたどれば英語がわかる』(開拓社,2024年)」でも取り上げています.そちらもぜひお聴きいただければ.
・ 宗宮 喜代子 『歴史をたどれば英語がわかる --- ノルマン征服からの復権と新生』 開拓社,2024年.
本ブログでは英語の綴字と発音の乖離 (spelling_pronunciation_gap) の話題を多く取り上げてきた.私の専門領域の1つだからということもあるが,とりわけ日本の英語学習者が関心を抱きやすいトピックだということを経験上知っているからでもある.
英語の綴字とその歴史をめぐっては,さまざまな研究書や一般書が出版されてきた.最近の目立ったところでは Horobin, Simon. Does Spelling Matter? Oxford: OUP, 2013. があり,これは『スペリングの英語史』(早川書房,2017年)として私自身が翻訳書として出版してきた経緯もある.
今回は,読みやすい英書として本ブログでも何度も引用・参照してきた Vivian Cook による The English Writing System (Hodder Education, 2004) を紹介したい.書き言葉全般の話題から説き起こし,英語の綴字と正書法,その歴史,句読法,そして綴字学習にも話題が及ぶ.例示,課題,規則表,キーワード,参考文献,索引が完備されており,読み手に優しい.以下に目次を示す.
1 Ways of writing
1.1 Meaning-based and sound-based writing
1.2 Two ways of processing written language
2 The multi-dimensions of spoken and written English
2.1 Differences between the visual and acoustic media
2.2 Special features of written English
3 Approaches to English spelling
3.1 Basic rules for English
3.2 Venezky: correspondence rules and markers
3.3 Albrow: three systems of English spelling
3.4 Noam and Carol Chomsky: lexical representation
4 Punctuation and typography
4.1 Grammatical and correspondence punctuation
4.2 The typography of English
5 Learning the English writing system
5.1 English-speaking children's acquisition of spelling
5.2 Acquisition of English spelling by speakers of other languages
6 Historical changes
6.1 Before English
6.2 Old English
6.3 Middle English
6.4 From Early Modern English to Modern English
7 Variation in the English writing system
7.1 Differences of region: 'British' and 'American' spelling styles
7.2 Novel spellings of pop groups and business names
7.3 Adapting English to modern means of communication
References
IPA transcription of English phonemes
Index
英語綴字の見方が変わる本です.
・ Cook, Vivian. The English Writing System. London: Hodder Education, 2004.
・ Horobin, Simon. Does Spelling Matter? Oxford: OUP, 2013.
・ サイモン・ホロビン(著),堀田 隆一(訳) 『スペリングの英語史』 早川書房,2017年.
先日,菊地翔太先生(専修大学)と話しをする機会があり,大学の授業で標題の本 The Long Journey of English: A Geographical History of the Language をテキストとして用いているとのこと.昨年出版された,社会言語学の泰斗 Peter Trudgill による英語史の本です.伝統的な英語史書というよりは,主題・副題からも読み取れる通り,英語拡大史の本といったほうが分かりやすいと思います.当然ながら,世界英語 (world_englishes) の話題とも密接に関連してきます.私は未読ですが,早速入手はしました.これから読み進めつつ,菊地先生や学生の皆さんとともに議論したいな,などと思っています.
まず,本書の目次を挙げておきましょう.
Prologue: A View from the Birthplace
1 Where It All Started: The Language Which Became English
2 The Journey Begins: The First Movement South
3 Interlude: A View from the Celtic Island
4 Heading West Again: The North Sea Crossing, 400--600
5 Anglo-Saxons and Celts in the British Highlands, 600--800
6 And Further West: Across the Irish Sea, 800--1200
7 Atlantic Crossing: On to the Americas, 1600--1800
8 Onwards to the Pacific Shore
9 Across the Equator: Into the Southern Hemisphere, 1800--1900
10 Some Turning Back: English in Retreat
11 Meanwhile . . . Britain and the British Isles from 1600
12 Transcultural Diffusion: The New Native Englishes
Epilogue: Sixteen Hundred Years On
タイトルで "Geographical" と謳っている通り,本書内には地図が豊富です.また,巻末には参考文献一覧と索引が付いています.皆さんも一緒に読んでみませんか.
なお,菊地先生は,今後「hel活」 (helkatsu) としてご自身の note 上で英語史関連の記事を書かれていくつもりだとおっしゃっていました.本書の話題も出てくるかもしれませんね.たいへん楽しみです.
・ Trudgill, Peter. The Long Journey of English: A Geographical History of the Language. Cambridge: CUP, 2023.
本ブログででは,「名前プロジェクト」 (name_project) の一環として,中英語の職業名ベースの姓について,多くの記事を書いてきた.主に依拠してきた先行研究は Fransson による Middle English Surnames of Occupation 1100--1350 である.20世紀前半の古い研究だが,この分野の研究としては今でも最も充実した文献の1つである.実際,この研究書の目次を再現するだけで,中英語の職業(名)の幅がおおよそ知られるといってよい.Fransson (5--7) を再現してみよう.
Bibliography
Abbreviations
INTRODUCTION
A. Scope and Aim. Explanatory Notes
B. A Short Survey of Middle English Surnames
1. The Rise of Surnames
2. Surnames in Latin and French
3. Classification of Surnames
C. Surnames of Occupation
1. Surname and Trade. A Comparison
2. Specialized Trades
3. Names not Found in NED. Antedating
D. The Heredity of Surnames
E. Two Suffixes of Obscure History
1. The Ending -ester
2. The Ending -ier
MIDDLE ENGLISH SURNAMES OF OCCUPATION
Ch. I. DEALERS, TRADERS
A. Merchant, Dealer
B. Pedlar, Hawker, Barterer
Ch. II. MANUFACTURERES OR SELLERS OF PROVISIONS
A. Miller, Sifter
B. Corn-Monger, Meal-Monger
C. Baker, Maker or Seller of Bread
D. Cook, Sauce-Maker
E. Maker or Seller of Cheese or Butter
F. Maker or Seller of Spices, Garlics, Oil
G. Maker or Seller of Salt, Soap, Candles, Wax
H. Butcher, Poulterer
I. Seller of Fish
J. Brewere, Vintner, Taverner
Ch. III. CLOTH WORKERS
A. Manufacturers of Cloth
1. Flax-Dresser, Comber, Carder
2. Spinner, Roper
a. Spinner, Winder and Packer of Wool
b. Maker of Ropes, Strings, Nets
3. Weaver or Seller of Cloth
a. Weaver, Webster
b. Maker or Seller of Woollen Cloth
c. Maker or Seller of Linen or Hempen Cloth
d. Maker or Seller of Silk, Pall, Curtains
e. Maker of Sacks, Bags, Pouches
f. Maker of Quilts, Blankets, Mats
g. Felt-Maker, Worker in Horsehair
4. Fuller, Teaseler, Shearman
5. Dyer and Bleacher of Cloth
a. Dyer, Lister
b. Dyer with Woad, Cork, Madder
c. Blacker, Bleacher, Washer
B. Manufacturers of Clothes
1. Tailor, Renovator of Old Clothes
2. Maker of Cowls, Jackets, Pantaloons
3. Maker or Seller of Hats, Caps, Hoods, Plumes
Ch. IV. LEATHER WORKERS
A. Tanner, Skinner, Currier
B. Saddler, Girdler
C. Furrier, Glover, Purse-Maker
D. Maker of Bellows or Bottles
E. Parchmenter, Bookbinder, Copyist
F. Shoemaker, Cobbler
Ch. V. METAL WORKERS
A. Goldsmith, Gilder
B. Coiner, Seal-Maker, Engraver
C. Maker of Clocks
D. Copper-Smith, Brazier, Bell-Founder
E. Tinker, Pewterer, Plumber
F. Blacksmith, Shoeing-Smith
G. Locksmith, Lorimer
H. Needler, Nailer, Buckle-Maker
I. Maker or Furbisher of Armour
J. Maker of Military Engines, Swords, Knives
K. Maker of Bows or Arrows
Ch. VI. WOOD WORKERS
A. Sawyer, Maker of Laths or Boards
B. Carpenter, Joiner
C. Maker of Carts, Wheels, Ploughs
D. Maker of Ships, Boats, Oars
E. Maker of Coffers, Boxes, Organs
F. Turner, Maker of Spoons, Combs, Slays
G. Cooper, Hooper
H. Maker of Baskets or Sieves
I. Maker of Hurdles or Palings
J. Maker of Spades or Besoms
K. Maker of Charcoal, Potash, Tinder
Ch. VII. MASONRY AND ROOFING WORKERS
A. Mason, Plasterer, Painter
B. Thatcher, Tiler, Slater
Ch. VIII. STONE, CROCKERY, AND GLASS WORKERS
A. Miner, Quarrier, Stone-Cutter
B. Lime-Burner, Tile-Maker
C. Potter, Glazier
Ch. IX. PHYSICIAN, BARBER
A. Physician, Surgeon, Veterinary
B. Barber, Blood-Letter
EXCURSUS. TOPONYMICAL SURNAMES
A. Surnames Ending in -er
B. Surnames Ending in -man
A list of Compound Surnames
Index of Surnames
いかがだろうか.網羅的という印象を受けるのではないだろうか.実際にはこれでも抜け落ちているところはあるのだが,まず参照すべき,信頼すべき文献であるという理由は分かるのではないか.
・ Fransson, G. Middle English Surnames of Occupation 1100--1350, with an Excursus on Toponymical Surnames. Lund Studies in English 3. Lund: Gleerup, 1935.
ヨーロッパ史の入門として優れた著書.岩波ジュニア新書にて2巻ものとして執筆されているが,各々を独立して読むこともできる.今回注目するのはその第1巻で,太古の印欧語族の時代からフランス革命前夜までが概説される.限られた紙幅のなかで,ヨーロッパ史の古代,中世,初期近代がここまで要領よくまとめられるものかと驚嘆する.大事なことしか書かれていない,という読後感だ.
以下,本書の目次を挙げておく.英語史の学びのお供にどうぞ.
まえがき --- ヨーロッパとは何だろうか
第1章 ヨーロッパの誕生 --- 古代ギリシャ・ローマの遺産(古代)
自然と地理
人種と民族
印欧語族とヨーロッパ諸言語
アルファベットの発明
ギリシャの位相
ローマ帝国とヨーロッパ
バルバロイについて
キリスト教の誕生と普及
古代末期の司教と聖人の役割
第2章 ロマネスク世界とヨーロッパの確立 --- 中世前半
原型としてのフランク王国
アンビバレントな「他者」としてのイスラーム教徒
フェーデの時代と「平和」の工夫
「キリスト教世界」の形成
辺境の役割
紀元一〇〇〇年の飛躍とロマネスク世界
ビザンツ帝国はヨーロッパか
十字軍とは何だったのか
封建制と領主制
第3章 統合と集中へ --- 後期中世の教会・都市・王国(中世後半)
学問の発展と俗語使用
騎士と騎士道
盛期中世から後期中世の文化
正統と異端
ユダヤ教徒キリスト教
都市のヨーロッパと商業発展
教皇・皇帝,国王・諸侯
第4章 近代への胎動 --- 地理上の「発見」とルネサンス・宗教改革(15~17世紀)
中世末期の光と影
スペイン・ポルトガルの海外進出と価格革命
カトリック布教の氏名
ルネサンス文化の輝き
プロテスタンティズムの登場
国民国家形成の努力と宗教戦争
印刷術の衝撃
女性受難の時代
宗派体制化と社会的規律化
争い合うヨーロッパ諸国
絶対主義と海外植民地
科学革命と自然法
バロックと古典主義
文献案内
あとがき
ヨーロッパ史年表/事項・人名索引
・ 池上 俊一 『ヨーロッパ史入門 原形から近代への胎動』 岩波書店〈岩波ジュニア新書〉,2021年.
3月31日に発行された新刊書のご紹介です.山口美知代先生(京都府立大学)による,別名「ハリウッド映画の英語史」というべき本です.映画(の英語)に関心のある方,映画史の観点から英語の社会史を覗いてみたいという方,そして英語史を愛する方,すべてにお薦めできる書籍が登場しました.
以下,目次を掲載します.この目次を眺めているだけで,映画史と英語史の交差点の多様さが理解できると思います.
第1章 概説
1.1. 本書の目的
1.2. 映画の英語の変化
1.3. 先行研究
1.4. 本書の校正
第2章 サイレント映画からトーキーへ --- 『ジャズ・シンガー』 (1927)
2.1. はじめに
2.2. 『ジャズ・シンガー』の英語
2.3. 『ジャズ・シンガー』のサイレント映画的要素
2.4. 『ジャズ・シンガー』の特徴的な語彙
2.5. ブラックフェイスの演出について
第3章 ギャング映画の英語 --- 『民衆の敵』 (1931)
3.1. はじめに
3.2. ギャング映画の系譜と『民衆の敵』,『暗黒街の顔役』
3.3. ギャング映画と倫理規定「プロダクション・コード」
3.4. 初期ギャング映画の語彙
3.5. 『民衆の敵』の用例
3.6. 銃声の効果
3.7. 機関銃の使用 --- 『暗黒街の顔役』
第4章 ハリウッド映画と間大西洋アクセント --- 『ローマの休日』 (1952)
4.1. はじめに
4.2. トーキーの登場とイギリス英語の影響
4.2.1. 演劇の言語の影響
4.2.2. 『雨に唄えば』の発音矯正場面
4.2.3. ブロードウェイの演劇界を描いた『イヴの総て』
4.3. 社会的権威を表す間大西洋アクセント
4.3.1. キューカーの回想
4.3.2. 『ローマの休日』の「ニュース速報」
4.3.3. 『西部戦線異状なし』と古典教師のイギリス英語
4.4. 非英語圏という設定を示す間大西洋アクセント
4.5. 間大西洋アクセントの使用の現象と存続
第5章 トーキーの登場とサイレント映画スターの命運
5.1. はじめに
5.2. 「外国訛りのある英語は観客に通じるのか」
5.3. 「訛りの英語は役柄にふさわしいか」
5.4. 「外国訛りの英語は滑稽である」
5.5. 「外国訛りの英語は非標準的綴り字で表せる」
5.6. 「訛りを直す努力」
5.7. 「訛りは長所であり資産である」
5.8. トーキーにふさわしい英語の模索
5.9. 「訛りは資産」とハリウッドの海外戦略
第6章 トーキーの登場とイギリスの反応
6.1. はじめに
6.2. アメリカ映画がイギリス英語に与えた影響
6.3. ロンドンへのトーキー到来
6.4. トーキーの英語へのイギリスの反応
6.4.1. 「娯楽産業雑誌アーカイヴ」
6.4.2. トーキーのアメリカ英語へのイギリス人の反応
6.4.3. アメリカ映画が役に合わないときの批判
6.4.4. イギリス英語のトーキーへの期待
6.4.5. イギリス庶民院での発言
6.4.6. アメリカ英語批判は不当だという用語
コラム (1) 英語ができない悔しさを描くインド映画『マダム・イン・ニューヨーク』
第7章 プロダクション・コードによる規制 --- 『風と共に去りぬ』 (1939)
7.1. はじめに
7.2. 問題視されたタブー語 damn
7.3. 言語に関する規定
7.4. 『オックスフォード英語辞典』と damn
7.5. プロダクション・コードと「映画の英語の影響力」の論理
7.6. 『風と共に去りぬ』への批判
第8章 タブー語と戦争映画 --- 『7月4日に生まれて』 (1989)
8.1. はじめに
8.2. 『7月4日に生まれて』のタブー語使用
8.2.1. 概観
8.2.2. タブー語の多用される場面
8.2.3. タブー語の用いられない場面
8.2.4. タブー語の使用を咎める場面
8.3. タブー語のない戦争映画 --- 『西部戦線異状なし』
8.4. タブー語使用と登場人物の描き方 --- 『グリーンブック』
コラム (2) ハリウッド映画の中の sushi
第9章 アメリカ南部を描いた映画の英語 --- オーセンティシティと「わざとらしさ」の間
9.1. はじめに
9.2. アメリカ南部英語らしさを表す音声特徴
9.2.1. アメリカ南部英語とは
9.2.2. アメリカ南部英語の特徴
9.3. オーセンティックな南部英語を用いている映画
9.3.1. 『歌え!ロレッタ 愛のために』
9.3.2. 『ヘルプ 心がつなぐストーリー』
9.4. オーセンティックな南部英語を用いない映画
9.4.1. 『風と共に去りぬ』
9.4.2. 『アラバマ物語』
9.5. オーセンティシティと「わざとらしさ」の間
コラム (3) 『レディ・キラーズ』における南部英語の衒学的文体
第10章 言語観,言語景観の変化 --- 『ウェスト・サイド・ストーリー』 (2021)
10.1. はじめに
10.2. スペイン語のある言語景観
10.3. 英語とスペイン語の併用
10.4. 言語態度の描き方
10.4.1. 「英語で話せ」という圧力
10.4.2. 「英語を話そう」という意識
10.5. 聞き手への好意を示す言語選択
参考文献と索引もついています.それぞれの映画を観(直し)たくなったのではないでしょうか.
先日,heldio でも同書を紹介する「#1046. 山口美知代『ハリウッド映画と英語の変化』(開拓社,2024年)」を配信しました.本記事と合わせて,そちらもお聴きいただければ.
・ 山口 美知代 『ハリウッド映画と英語の変化』 開拓社,2024年.
フレッシュな書籍,田地野彰(編著)『小学生から知っておきたい英語の?ハテナ』(Jリサーチ出版,2024年)が出版されています.共著者の一人である高橋佑宜氏(神戸市外国語大学)よりご恵投いただきました(ありがとうございます!).
本書では,7名の著者が小学生に向けて分かりやすい言葉で英語に関する素朴な疑問に答えています.絵本といってもよいイラストの数々に彩られ,大人でも楽しめる異色の本です.本編を構成する7章の見出しを掲げます.
赤字で示した第2章の執筆者が,「ゆうき先生」こと,英語史を専門とする高橋佑宜氏です.次の5つのハテナが取り上げられています.
・ 英語はいつ,どこから来たの?
・ 英語って昔から変わらないの?
・ 英語はいつから世界中に広まったの?
・ どうして英語は世界中で使われているの?
・ アメリカ英語とイギリス英語は違うの?
この第2章は「ゆうき先生からの応援メッセージ」で締められています.この応援メッセージが実に熱いのです.ぜひ皆さんにも手に取っていただきたいと思います.
私自身「英語史をお茶の間に」をモットーにhel活 (helkatsu) を展開していますが,その観点から本書の出版企画と作りには興奮しました.まさか英語史を(中学生にであればまだしも)小学生にまで届けるとは! まずこの発想にたまげました.しかも,大人にも味わえるイラスト本として作り込まれている点にも感激しました.
取り上げられているハテナは35個と決して多いわけではありませんが,むしろ小学生のために厳選されたハテナリストとして解釈できます.このような本質的な疑問に,専門家たちがどのように端的に答えるのか,もし自分が回答者だったらどのように答えるか.このように考えながら読みなおしてみると,すべてのハテナが難問に思えてきました.なるほど,このような形で英語史(そして英語学習)について子供たちに導入できるのかと一本取られた感があります.新しいです.
高橋佑宜氏については,hellog でも「#4527. 英語の語順の歴史が概観できる論考を紹介」 ([2021-09-18-1]) および「#5059. heldio 初の「英語史クイズ」」 ([2023-03-04-1]) で言及しています.ぜひ今後もhel活でご一緒していければ!
・ 田地野 彰(編著),加藤 由崇・川原 功司・笹尾 洋介・高橋 佑宜・ハンフリー 恵子・山田 浩(著),りゃんよ(イラスト) 『小学生から知っておきたい英語の?ハテナ』 Jリサーチ出版,2024年.
昨年12月に出版された,川添愛さんによる言葉をおもしろがる新著.表紙と帯を一目見るだけで,読んでみたくなる本です.くすっと笑ってしまう日本語の用例を豊富に挙げながら,ことばの曖昧性に焦点を当てています.読みやすい口調ながらも,実は言語学的な観点から言語学上の諸問題を論じており,(物書きの目線からみても)書けそうで書けないタイプの希有の本となっています.
どのような事例が話題とされているのか,章レベルの見出しを掲げてみましょう.
言語学的な観点からは,とりわけ統語構造への注目が際立っています.等位接続詞がつなげている要素は何と何か,否定のスコープはどこまでか,形容詞が何にかかるのか,助詞「の」の多義性,統語的解釈における句読点の役割等々.ほかに語用論的前提や意味論的曖昧性の話題も取り上げられています.
本書は日本語を読み書きする際に注意すべき点をまとめた本としては,実用的な日本語の書き方・話し方マニュアルとして読むこともできると思います.むしろ実用的な関心から本書を手に取ってみたら,言語学的見方のおもしろさがジワジワと分かってきた,というような読まれ方が想定されているのかもしれません.曖昧性の各事例については「問題」と「解答」(巻末)が付されています.
本書のもう1つの読み方は,例に挙げられている日本語の事例を英語にしたらどうなるか,英語だったらどのように表現するだろうか,などと考えながら読み進めることによって,両言語の言語としての行き方の違いに気づくというような読み方です.両言語間の翻訳の練習にもなりそうです.
本書については YouTube 「いのほた言語学チャンネル」にて「#205. 川添愛さん『世にもあいまいなことばの秘密』のご紹介」の回で取り上げています.ぜひご覧ください.
言語の曖昧性については hellog より「#2278. 意味の曖昧性」 ([2015-07-23-1]),「#4913. 両義性にもいろいろある --- 統語的両義性から語彙的両義性まで」 ([2022-10-09-1]) の記事もご一読ください.
・ 川添 愛 『世にもあいまいなことばの秘密』 筑摩書房〈ちくまプリマー新書〉,2023年.
英語の文法化 (grammaticalisation) を学び始めたいという方に,標題の入門書をお薦めします.こちらの本については,先日の Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」でも取り上げました.「#1001. 英語の文法化について知りたいなら --- 保坂道雄(著)『文法化する英語』(開拓社,2014年)」です.ぜひお聴きください.
今朝配信した heldio でも「#1003. There is an apple on the table. --- 主語はどれ?」と題して,本書を参照しながら存在構文の謎についてのお話しをお届けしています.最近の heldio では他にも文法化にまつわる話題をシリーズで配信していますので「#5411. heldio で「文法化」を導入するシリーズをお届けしました」 ([2024-02-19-1]) のリンク集もご参照ください.
さて,『文法化する英語』で取り上げられている英語史上の文法化の事例はたいへんに豊富です.しかも重要な文法項目ばかりです.以下に掲げる目次を見ればわかるかと思います.
はしがき
第1章 文法化と英語
1. はじめに
2. 文法化とは何か
3. 英語の構造
4. 英語の歴史
5. 文法化を動かす「見えざる手」
第2章 冠詞の文法化
1. はじめに
2. 不定冠詞の歴史
3. 定冠詞の歴史
4. 冠詞の出現と文法化
第3章 存在構文における there の文法化
1. はじめに
2. There 構文の発達
3. 虚辞 there の出現と文法化
第4章 所有格の標識 -'s の文法化
1. はじめに
2. 所有格の標識 -'s の文法化
3. of 属格の発達
第5章 接続詞の文法化
1. はじめに
2. 並列構造から従属構造へ
2.1. 古英語における従属構造の発達
2.2. 多様な接続詞の発達
3. 接続詞の文法化
第6章 関係代名詞の文法化
1. はじめに
2. 古英語の関係代名詞
3. 関係代名詞 that の文法化
4. WH 関係代名詞の発達
第7章 再帰代名詞の文法化
1. はじめに
2. 古英語の再帰代名詞
3. 再帰代名詞の文法化
第8章 助動詞 DO の文法化
1. はじめに
2. 古英語の疑問文と否定文
3. DO の文法化
第9章 法助動詞の文法化
1. はじめに
2. 現代英語の法助動詞
3. 法助動詞の文法化
第10章 不定詞標識 to の文法化と準助動詞の発達
1. はじめに
2. 不定詞標識 to の文法化
3. for + 名詞句 + to 不定詞の発達
4. 準助動詞の文法化
4.1. be going to の文法化
4.2. have to の文法化
第11章 進行形の文法化
1. はじめに
2. 古英語の進行表現
3. 進行形の文法化
第12章 完了形の文法化
1. はじめに
2. 古英語の完了表現
2.1. HAVE 完了形
2.2. BE 完了形
3. 完了形の文法化
第13章 受動態の文法化
1. はじめに
2. 受動態の発達
3. 受動態の文法化
4. 二重目的語構文の受動態について
第14章 形式主語 it の文法化
1. はじめに
2. 非人称構文の衰退
3. 虚辞 it の文法化
第15章 文法化と言語進化
1. はじめに
2. 英語の多様な文法化
3. 文法化と構造変化
4. 言語の小進化
5. 英語の格と語順
6. おわりに
主要作品略語表
参考文献
さらなる研究のために
索引
本書は,この hellog でも何度か参照してきました.以下の記事もご覧いただければと思います.いずれにせよ『文法化する英語』は英語史の視点からの文法化の入門書としてイチオシです.
・ 「#2144. 冠詞の発達と機能範疇の創発」 ([2015-03-11-1])
・ 「#2146. 英語史の統語変化は,語彙投射構造の機能投射構造への外適応である」 ([2015-03-13-1])
・ 「#2490. 完了構文「have + 過去分詞」の起源と発達」 ([2016-02-20-1])
・ 「#3669. ゼミのグループ研究のための取っ掛かり書誌」 ([2019-05-14-1])
・ 「#5132. なぜ be going to は未来を意味するの? --- 「文法化」という観点から素朴な疑問に迫る」 ([2023-05-16-1])
・ 保坂 道雄 『文法化する英語』 開拓社,2014年.
「#5371. 言語学史のハンドブックの目次」 ([2024-01-10-1]) の記事で,現代の言語学史のハンドブックを1冊紹介した.言語学史の本も数あれど,私が名著だと思って何度も読み返しているのは,上記のイヴィッチ著『言語学の流れ』である.原著はセルボクロアチア語による Pravci u lingvistici (19563年)だが,これが1965年に Trends in Linguistics (Mouton) として英訳され,その英訳版に基づいて1974年に邦訳されたのが上掲の本である.
英米や西欧のみならずスラヴ系の言語学の伝統をも視野に入れた広い言語学史となっており,現代の多くの読み手には独特な雰囲気が感じられるかもしれないが,むしろ全体としては偏りの少ないすぐれた言語学史である.英米や西欧に慣れ親しんだ日本において,もっと読まれてよい言語学史の著作ではないかと思っている.以下に目次を掲げておきたい.
【 18世紀の終りまでの言語研究 】
1. 概論
2. 古代ギリシャの言語研究
3. インドの文法学派
4. ローマ帝国時代から文芸復興期の終りまで
5. 文芸復興期から18世紀の終りまで
【 19世紀の言語研究 】
6. 概論
7. 初期の比較言語学者の時期
8. アウグスト・シュライヒャーの生物学的自然主義
9. 言語学におけるフンボルト主義(世界観理論)
10. 言語学における心理主義
11. 若手文法学派
12. 「独立派」の代表者フーゴ・シュハルト
【 20世紀の言語研究 】
13. 概論
13.1 20世紀の学問の基本特徴
13.2 言語学発展の動向
14. 非構造主義言語学
14.1 言語地理学
方法の基礎 近代方言学
14.2 フランス言語学派
心理生理学的・心理学的・社会学的言語研究 文体論的研究
14.3 言語学における美的観念論
概論 フォスラーの学派 新言語学
14.4 進歩的スラヴ学派
カザン学派 フォルトゥナートフ(モスクワ)学派 ベーリチの言語間
14.5 マール主義
14.6 実験音声学
15. 構造主義言語学
15.1 発展の基本的傾向
15.2 フェルディナン・ドゥ・ソシュール
15.3 ジュネーヴ学派
15.4 音韻論の時代
先駆者 トルベツコイの音韻論の原理 プラーグ言語学サークル ロマーン・ヤーコブソンの二項論 音韻変化の構造主義的解釈
15.5 アメリカ言語学の諸学派
先駆者:ボアズ,サピア,ブルームフィールド 分布主義の時代 人類学的言語学 心理言語学
15.6 コペンハーゲン学派
学派の基礎づけ---ヴィッゴ・ブレナル イェルムスレウの言語学
16. 言語学における論理記号主義
16.1 論理演算学
16.2 記号学
16.3 言語学的意味論
17. 構文論と生成的手法
18. 数理言語学
18.1 概論
18.2 計量(統計)言語学
18.3 情報理論
18.4 機械翻訳
私自身が言語観を形成する上で,おおいに影響を受けた一冊である.
・ ミルカ・イヴィッチ 著,早田 輝洋・井上 史雄 訳 『言語学の流れ』 みすず書房,1974年.
900ページ超の鈍器本だが,ずっと通読したいと思っているハンドブックがある.Allan Keith 編の The Oxford Handbook of the History of Linguistics である.つまみ食いはしてきたのだが,やはり本腰を入れて熟読したい.そのモチベーションを高めるために,目次を一覧しておく.
Front Matter
Introduction
1. The Origins and the Evolution of Language
2. The History of Writing as a History of Linguistics
3. History of the Study of Gesture
4. The History of Sign Language Linguistics
5. Orthography and the Early History of Phonetics
6. From IPA to Praat and Beyond
7. Nineteenth-Century Study of Sound Change from Rask to Saussure
8. Discoverers of the Phoneme
9. A History of Sound Symbolism
10. East Asian Linguistics
11. Linguistics in India
12. From Semitic to Afro-Asiatic
13. From Plato to Priscian: Philosophy's Legacy to Grammar
14. Pedagogical Grammars Before the Eighteenth Century
15. Vernaculars and the Idea of a Standard Language
16. Word-Based Morphology from Aristotle to Modern WP (Word and Paradigm Models)
17. General or Universal Grammar from Plato to Chomsky
18. American Descriptivism ('Structuralism')
19. Noam Chomsky's Contribution to Linguistics: A Sketch
20. European Linguistics since Saussure
21. Functional and Cognitive Grammars
22. Lexicography from Earliest Times to the Present
23. The Logico-philosophical Tradition
24. Lexical Semantics from Speculative Etymology to Structuralist Semantics
25. Post-structuralist and Cognitive Approaches to Meaning
26. A Brief Sketch of the Historic Development of Pragmatics
27. Meaning in Texts and Contexts
28. Comparative, Historical, and Typological Linguistics since the Eighteenth Century
29. Language, Culture, and Society
30. Language, the Mind, and the Brain
31. Translation: the Intertranslatability of Languages; Translation and Language Teaching
32. Computational Linguistics
33. The History of Corpus Linguistics
34. Philosophy of Linguistics
End Matter
References
Index
言語学史 (history_of_linguistics) に関する話題は,本ブログでも多く取り上げてきたが,とりわけ「#1288. 言語学史という分野が1960年代に勃興した理由」 ([2012-11-05-1]) の記事をお薦めしておきたい.
・ Keith, Allan, ed. The Oxford Handbook of the History of Linguistics. Oxford: OUP, 2013.
民族名,国名,言語名はお互いに関連が深い,これらの(固有)名詞は名前学 (onomastics) では demonym や ethnonym と呼ばれているが,目下少しずつ読み続けている名前学のハンドブックでは後者の呼称が用いられている.
ハンドブックの第17章,Koopman による "Ethnonyms" の冒頭では,この用語の定義の難しさが吐露される.何をもって "ethnic group" (民族)とするかは文化人類学上の大問題であり,それが当然ながら ethnonym という用語にも飛び火するからだ.その難しさは認識しつつグイグイ読み進めていくと,どんどん解説と議論がおもしろくなっていく.節以下のレベルの見出しを挙げていけば次のようになる.
17.1 Introduction
17.2 Ethnonyms and Race
17.3 Ethnonyms, Nationality, and Geographical Area
17.4 Ethnonyms and Language
17.5 Ethnonyms and Religion
17.6 Ethnonyms, Clans, and Surnames
17.7 Variations of Ethnonyms
17.7.1 Morphological Variations
17.7.2 Endonymic and Exonymic Forms of Ethnonyms
17.8 Alternative Ethnonyms
17.9 Derogatory Ethnonyms
17.10 'Non-Ethnonyms' and 'Ethnonymic Gaps'
17.11 Summary and Conclusion
最後の "Summary and Conclusion" を引用し,この分野の魅力を垣間見ておこう.
In this chapter I have tried to show that while 'ethnonym' is a commonly used term among onomastic scholars, not all regard ethnonyms as proper names. This anomalous status is linked to uncertainties about defining the entity which is named with an ethnonym, with (for example) terms like 'race' and 'ethnic group' being at times synonymous, and at other times part of each other's set of defining elements. Together with 'race' and 'ethnicity', other defining elements have included language, nationality, religion, geographical area, and culture. The links between ethnonyms and some of these elements, such as religion, are both complex and debatable; while other links, such as between ethnonyms and language, and ethnonyms and nationality, produce intriguing onomastic dynamics. Ethnonyms display the same kind of variations and alternatives as can be found for personal names and place-names: morpho-syntactic variations, endonymic and exonymic forms, and alternative names for the same ethnic entity, generally regarded as falling into the general spectrum of nicknames. Examples have been given of the interface between ethnonyms, personal names, toponyms, and glossonyms.
In conclusion, although ethnonyms have an anomalous status among onomastic scholars, they display the same kinds of linguistic, social, and cultural characteristics as proper names generally.
「民族」周辺の用語と定義の難しさについては以下の記事も参照.
・ 「#1871. 言語と人種」 ([2014-06-11-1])
・ 「#3599. 言語と人種 (2)」 ([2019-03-05-1])
・ 「#3706. 民族と人種」 ([2019-06-20-1])
・ 「#3810. 社会的な構築物としての「人種」」 ([2019-10-02-1])
また,ethnonym のおもしろさについては,関連記事「#5118. Japan-ese の語尾を深掘りする by khelf 新会長」 ([2023-05-02-1]) も参照されたい.
・ Koopman, Adrian. "Ethnonyms." Chapter 17 of The Oxford Handbook of Names and Naming. Ed. Carole Hough. Oxford: OUP, 2016. 251--62.
言語変化の説明原理の1つ analogy (類推作用)については,本ブログでも多くの記事を書いてきた.言語学史上,analogy は軽視されてきたきらいがある.規則的とされる音変化に対し,その規則から外れる例外事項は analogy という「ゴミ箱」に投げ捨てられてきた経緯がある.ここには,analogy が言語変化の説明原理としてある意味で強力すぎるという点も関係しているのかもしれない.analogy のこのような日陰者ぶりについては,hellog 「#1154. 言語変化のゴミ箱としての analogy」 ([2012-06-24-1]) や Voicy heldio 「#911. アナロジーは言語変化のゴミ箱!?」も参照されたい.
このような言語学史上の事情により,言語変化における analogy に真正面から切り込んだ研究書は多くない.そのなかでも本格派といえるのが,本ブログでも何度か参照してきた David Fertig による Analogy and Morphological Change (Edinburgh UP, 2013) である.本格派であることは,以下に掲げる目次の細かさからも伝わるのではないか.analogy でここまで語れるとは!
1 Fundamental Concepts and Issues
1.1 Introduction
1.2 Essential Historical Background: Hermann Paul and the Neogrammarian Period
1.3 Preliminary (Narrow) Definitions
1.4 Conceptual and Terminological Fundamentals
1.4.1 The term 'analogy'
1.4.2 Analogy vs. analogical innovation/change
1.4.3 Speaker-oriented approaches
1.4.4 Change vs. diachronic correspondence
1.4.5 Innovation vs. change
1.4.6 Defining historical linguistics
1.5 Clarifying the Definition of Analogical Innovation/Change
1.5.1 Narrow vs. broad definitions of analogical innovation
1.5.2 Toward a more adequate definition of analogical innovation/change
1.5.3 Some other definitions
1.6 Analogical Change as Opposed to What?
1.6.1 Analogy vs. reanalysis
1.6.2 Analogy2 and sound change
1.6.3 2 and language contact
1.6.4 Changes attributable to extra-grammatical factors
1.6.5 What about grammaticalization?
1.7 Proportions and Proportional Equations
1.8 Why Study Analogy and Morphological Change?
2 Basic Mechanisms of Morphological Change
2.1 Introduction
2.2 Defining (Re)analysis
2.3 Associative Interference
2.4 (Re)analysis, Analogy2 and Grammatical Change
2.4.1 history, synchrony, diachrony, panchrony
2.4.2 'Language change is grammar change'?
2.4.3 The role of transmission/acquisition in grammatical innovation
2.4.4 The relationship of analogical innovation to grammatical change in static and dynamic models of mental grammar
2.5 Types of Morphological Reanalysis
2.5.1 D-reanalysis
2.5.2 C-reanalysis
2.5.3 B-reanalysis
2.5.4 A-reanalysis
2.5.5 Summary of A-, B-, C- and D-reanalysis
2.5.6 Exaptation
2.6 Chapter Summary
3 Types of Analogical Change, Part 1: Introduction and Proportional Change
3.1 Introduction
3.2 Outcome-Based vs. Motivation-Based Classifications
3.3 Terminology and Terminological Confusion
3.4 Proportional vs. Non-Proportional Analogy
3.5 Morphological vs. Morphophonological Change
3.6 A Critical Overview of Traditional Subtypes of Proportional Change
3.6.1 Four-part analogy
3.6.2 Extension
3.6.3 Backformation
3.6.4 Regularization and irregularization
3.6.5 Item-by-item vs. across-the-board change
4 Types of Analogical Change, Part 2: Non-Proportional Change
4.1 Introduction
4.2 Folk Etymology
4.3 Confusion of Similar-Sounding Words
4.4 Contamination and Blends
4.4.1 Contamination
4.4.2 Double marking of grammatical categories
4.4.3 Blends and related phenomena
5 Types of Analogical Change, Part 3: Problems and Puzzles
5.1 A Problem Child for Classification Schemes: Paradigm Leveling
5.2 Analogical Non-Change
5.3 Phantom Analogy
5.3.1 'Regularization is much more common than irregularization': a case study in circular reasoning
5.4 Summary of Types of Analogical Change (Chapters 3--5)
6 Analogical Change beyond Morphology
6.1 Introduction
6.2 Syntactic Change
6.3 Lexical (Semantic) Change
6.4 Morphophonological Change
6.5 Phonological Change
6.6 Regular Sound Change as Analogy
6.7 The Interaction of Analogy2 and Sound Change
6.7.1 Sturtevant's so-called paradox
6.7.2 'Therapy, not Prophylaxis'
6.8 Chapter Summary
7 Constraints on Analogical Innovation and Change
7.1 Introduction
7.2 Predictability and Directionality
7.3 Constraints on the Interparadigmatic Direction of Change
7.3.1 Analogical change as 'optimization'
7.3.2 Formal simplification/optimization of the grammar
7.3.3 Preference theories
7.3.4 System-independent constraints
7.3.5 System-dependent constraints
7.3.6 Analogical extension of patterns with initially low type frequency
7.3.7 System-dependent naturalness vs. formal simplicity/optimality
7.3.8 Universal preferences and 'evolutionary' grammatical theory
7.4 Constraints on the Intraparadigmatic Direction of Change
7.5 Token Frequency
7.6 Teleology
7.7 Chapter Summary
8 Morphological Change and Morphological Theory
8.1 Introduction
8.2 Grammatical Theory and Acquisition
8.3 The Nature and Significance of Linguistic Universals
8.4 Static vs. Dynamic conceptions of Grammar
8.5 Exemplar-Based vs. Rule-Based Models
8.6 Analogy vs. Rules
8.6.1 Dual-mechanism models
8.7 Rules vs. Constraints
8.8 Syntagmatic/Compositional vs. Paradigmatic/Configurational Approaches to Morphology
8.8.1 Asymmetric vs. symmetric paradigmatic models
8.8.2 Paul's proportional model
8.9 Chapter Summary
References
Index
・ Fertig, David. Analogy and Morphological Change. Edinburgh: Edinburgh UP, 2013.
待望の世界英語 (World Englishes) に関する最新の入門書が,来週半ばに出版されます(税込定価2,640円;Amazon で予約受付中).私自身,とりわけここ数年間,英語史の観点から世界英語の現象に関心を寄せ,いろいろと考えたり執筆・講演などをしてきました.手に取りやすく読みやすい本書の出版は,この現代的な問題のおもしろさが広く一般に知られる好機となると期待しています.関係者よりご献本いただきまして,目下楽しく拝読しています(ありがとうございました!).
本書は,2012年に昭和堂より出版された『World Englishes---世界の英語への招待』(田中春美・田中幸子(編))の続編に当たる本です.前著から,執筆メンバー,文献,データなどにおいて大きく刷新が加えられています.考察対象とされる世界英語変種も幅広さを増し,知りたくても知り得なかった,盲点というべきアジア地域の英語変種 --- 例えば中東地域,韓国,中華世界,モンゴル,ミャンマー --- なども取り上げられています.
以下,目次と各章の執筆者を掲載します.
序章 World Englishes --- 世界諸英語(大石 晴美・梅谷 博之)
第I部 母語としての英語
第1章 イギリスとケルトの英語(和田 忍)
第2章 アメリカとカナダの英語(今村 洋美)
第3章 オーストラリアとニュージーランドの英語(岡戸 浩子)
第II部 公用語・第二言語としての英語
第4章 インドの英語(榎木薗 鉄也・加藤 拓由)
第5章 東南アジアの英語(大石 晴美)
第6章 アフリカの英語(山本 忠行)
第7章 カリブ海の英語(山口 美知代)
第III部 国際語・外国語としての英語
第8章 ヨーロッパと中東の英語(高橋 真理子)
第9章 日本の英語(今村 洋美)
第10章 韓国の英語(小林 めぐみ)
第11章 中華世界の英語(山口 美知代)
第12章 モンゴルの英語(梅谷 博之)
第13章 ミャンマーの英語(大石 晴美)
終章 World Englishes の未来(大石 晴美)
発音について(梅谷 博之)
これまでも繰り返し述べてきましたが,世界英語はすぐれて現代的なトピックのように見えますし,実際にそうなのですが,実のところ英語史との親和性が非常に強い領域です.むしろ歴史的次元を抜きにして世界英語を論じることはできないだろうと私は考えています.英語史の国際学会でも世界英語に関する研究発表部屋が特別に用意されることは珍しくなくなってきていますし,世界英語に関するハンドブックの章なども英語史研究者が執筆していることが多いです.さらにいえば,本書の序章と第1章は,合わせて事実上の英語史概説となっていると言ってよいでしょう(第1章の著者は英語史を研究している和田忍先生(駿河台大学)です).
これから熟読した上で,今後も本書から話題を取り上げつつ,本ブログ記事を執筆したり,Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」で紹介していきたいと思っています.ご著者の先生方で,もし heldio 対談などをお受けくださるようであれば,ぜひよろしくお願いいたします!
本ブログの世界英語に関する記事群へは world_englishes よりご訪問ください.
・ 大石 晴美(編) 『World Englishes 入門』 昭和堂,2023年.
本ブログでは,「名前」を扱う言語学の分野,固有名詞学 (onomastics) に関する話題を多く取り上げてきた.人間の社会生活において名前が関わらない領域はほとんどないといってよく,名前の言語学は必然的に学際的なものとなる.実際,この分野には,昨今,熱い視線が注がれている.今回紹介するのは,この限りなく広い分野をエキサイティングに導入してくれるハンドブックである.
私はまだ Hought によるイントロを読んだにすぎないが,すでにこの分野のカバーする領域の広さに圧倒されている.以下に目次を示そう.
Front Matter
1. Introduction
Part I. Onomastic Theory
2. Names and Grammar
3. Names and Meaning
4. Names and Discourse
Part II. Toponomastics
5. Methodologies in Place-name Research
6. Settlement Names
7. River Names
8. Hill and Mountain Names
9. Island Names
10. Rural Names
11. Street Names: A Changing Urban Landscape
12. Transferred Names and Analogy in Name-formation
Part III. Anthroponomastics
13. Personal Naming Systems
14. Given Names in European Naming Systems
15. Family Names
16. Bynames and Nicknames
17. Ethnonyms
18. Personal Names and Anthropology
19. Personal Names and Genealogy
Part IV. Literary Onomastics
20. Theoretical Foundations of Literary Onomastics
21. Names in Songs: A Comparative Analysis of Billy Joel's We Didn't Start The Fire and Christopher Torr's Hot Gates
22. Genre-based Approaches to Names in Literature
23. Corpus-based Approaches to Names in Literature
24. Language-based Approaches to Names in Literature
Part V. Socio-onomastics
25. Names in Society
26. Names and Identity
27. Linguistic Landscapes
28. Toponymic Attachment
29. Forms of Address
30. Pseudonyms
31. Commercial Names
Part VI. Onomastics and Other Disciplines
32. Names and Archaeology
33. Names and Cognitive Psychology
34. Names and Dialectology
35. Names and Geography
36. Names and History
37. Names and Historical Linguistics
38. Names and Language Contact
39. Names and Law
40. Names and Lexicography
41. Place-names and Religion: A Study of Early Christian Ireland
Part VII. Other Types of Names
42. Aircraft Names
43. Animal Names
44. Astronomical Names
45. Names of Dwellings
46. Railway Locomotive Names and Train Names
47. Ship Names
End Matter
Bibliography
Index
800ページ超の大部ではあるが,それでも名前に関わる分野を網羅しているとは言えなさそうだ.それくらいに広い分野だということだ.固有名詞学,恐るべし.
・ Hough, Carole, ed. The Oxford Handbook of Names and Naming. Oxford: OUP, 2016.
「#5166. 秋元実治(編)『近代英語における文法的・構文的変化』(開拓社,2023年)」 ([2023-06-19-1]) で紹介した編著者の秋元実治先生(青山学院大学名誉教授)が,今年,開拓社よりもう1冊の著書を出されています.『イギリス哲学者の英語 --- 通時的研究』です.ご献本いただき,ありがたき幸せです.
本書は開拓社の言語・文化選書の第99弾として出版されたものです(秋元先生は,2017年に同選書の第65弾『Sherlock Holmes の英語』を,2020年に第86弾『探偵小説の英語 --- 後期近代英語の観点から』を出版されています).
本書は,16--20世紀に生きた6人のイギリス哲学者に焦点を当て,彼らの英語を分析し,その文法的,文体的特徴を浮き彫りにしています.彼らの書いた英語を時系列に並べることで,主に近代英語期を通じての英語の通時的変化が俯瞰できるようになっています.英語史や英語の通時的変化に関心のある方はもちろん,イギリス経験哲学者の書いた英文に関心のある方にも,学べることが多いです.
以下に本書の章立てとともに,取り上げられた哲学者を列挙します.
第1章 概説 --- 哲学者を中心に
第2章 近代英語とは
第3章 哲学者の英語 (1) --- Francis Bacon(1561--1626)
第4章 哲学者の英語 (2) --- Thomas Hobbes(1588--1679)
第5章 哲学者の英語 (3) --- John Locke(1632--1704)
第6章 哲学者の英語 (4) --- David Hume(1711--1776)
第7章 哲学者の英語 (5) --- John Stuart Mill(1806--1873)
第8章 哲学者の英語 (6) --- Bertrand Russell(1872--1970)
第9章 通時的考察
・ 秋元 実治 『イギリス哲学者の英語 --- 通時的研究』 開拓社,2023年.
「#5036. 語用論の3つの柱 --- 『語用論の基礎を理解する 改訂版』より」 ([2023-02-09-1]) で紹介した Gunter Senft (著),石崎 雅人・野呂 幾久子(訳)『語用論の基礎を理解する 改訂版』(開拓社,2022年)の序章では,語用論 (pragmatics) が学際的な分野であることが強調されている (4--5) .
このことは,語用論が「社会言語学や何々言語学」だけでなく,言語学のその他の伝統的な下位分野にとって,ヤン=オラ・オーストマン (Jan-Ola Östman) (1988: 28) が言うところの,「包括的な」機能を果たしていることを暗に意味する.Mey (1994: 3268) が述べているように,「語用論の研究課題はもっぱら意味論,統語論,音韻論の分野に限定されるというわけではない.語用論は…厳密に境界が区切られている研究領域というよりは,互いに関係する問題の集まりを定義する」.語用論は,彼らの状況,行動,文化,社会,政治の文脈に埋め込まれた言語使用者の視点から,特定の研究課題や関心に応じて様々な種類の方法論や学際的なアプローチを使い,言語とその有意味な使用について研究する学問である.
学際性の問題により我々は,1970年代が言語学において「語用論的転回」がなされた10年間であったという主張に戻ることになる.〔中略〕この学問分野の核となる諸領域を考えてみると,言語語用論は哲学,心理学,動物行動学,エスノグラフィー,社会学,政治学などの他の学問分野と関連を持つとともにそれらの学問分野にその先駆的形態があることに気づく.
本書では,語用論が言語学の中における本質的に学際的な分野であるだけでなく,社会的行動への基本的な関心を共有する人文科学の中にあるかなり広範囲の様々な分野を結びつけ,それらと相互に影響し合う「分野横断的な学問」であることが示されるであろう.この関心が「語用論の根幹は社会的行動としての言語の記述である」 (Clift et al. 2009: 509) という確信を基礎とした本書のライトモチーフの1つを構成する.
6つの隣接分野の名前が繰り返し挙げられているが,実際のところ各分野が本書の章立てに反映されている.
・ 第1章 語用論と哲学 --- われわれは言語を使用するとき,何を行い,実際に何を意味するのか(言語行為論と会話の含みの理論) ---
・ 第2章 語用論と心理学 --- 直示指示とジェスチャー ---
・ 第3章 語用論と人間行動学 --- コミュニケーション行動の生物学的基盤 ---
・ 第4章 語用論とエスノグラフィー --- 言語,文化,認知のインターフェース ---
・ 第5章 語用論と社会学 --- 日常における社会的相互行為 ---
・ 第6章 語用論と政治 --- 言語,社会階級,人種と教育,言語イデオロギー ---
言語学的語用論をもっと狭く捉える学派もあるが,著者 Senft が目指すその射程は目が回ってしまうほどに広い.
・ Senft, Gunter (著),石崎 雅人・野呂 幾久子(訳) 『語用論の基礎を理解する 改訂版』 開拓社,2022年.
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