今回はとてもエキサイティングなお知らせです.heldio/helwa で企画立案された「古英語LINEスタンプ」が,有志の手により完成しました.先日9月8日の「英語史ライヴ2024」の正午の番組にてお披露目となりましたが,そのときには皆でその場で当該スタンプを購入し,オープンチャット「古英語スタンプお試し会」にてスタンプを交わし合うというイベントも実施しました.ぜひ皆さんも「古英語スタンプ」をご覧になり,よろしければ入手して日常的にお使いください.
メインキャラ Winewulf くん
このスタンプのメインキャラクターはアングロサクソン戦士 Winewulf (ウィネウルフ)くんです.その名は古英語で「友の戦士(狼)」を意味します.彼は勇敢で心優しいアングロサクソンの戦士です.槍と盾を持ち,赤いマントをなびかせた頼もしい戦士の姿ですが,それでいて親しみやすい表情が特徴です.母語である古英語を織り交ぜながら,皆さんのトークに英語史の風を吹き込んでくれます.
上記のイラストでは,Winewulf くんは Ic eom Winewulf 「私はウィネウルフです」と自己紹介をしています.スタンプでは,他の日常使いできる挨拶や感謝の気持ちを母語の古英語で発しています.例えば「おはよう」の意味で Godne morȝen を,感謝の気持ちを込めて Ic ðancie ðe を唱えています.英語史好きの方にはぴったりのスタンプです!
「古英語LINEスタンプ」の試み
「古英語LINEスタンプ」の制作は,他に類を見ない本気の試みでした.スタンプに使用されている古英語の文言は,古英語研究者である小河舜さん(上智大学)と khelf の藤原郁弥さん(慶應義塾大学大学院生),および私自身も補佐的に監修しました.そして,その文言は,古英語の代表的な書体である "Insular Minuscule" で綴られており,まるで中世の古文書を手に取るような感覚を味わえます.日本語訳も付されていますので,大丈夫.日常遣いできます.
こんなシーンで使えます!
・ 友達との日常会話に英語史的なアクセントを加えたいとき
・ 言語 and/or 歴史に興味のある仲間とユニークなやり取りを楽しむ場面で
・ 普段の挨拶や感謝の気持ちを,特殊な言語・文字で伝えてみたいとき
・ Winewulf くんを人気キャラに成長させるために!
古英語の魅力を伝える Winewulf くんの「古英語スタンプ」を使って,いつものトークが一気に特別なものに変わるでしょう.Winewulf くんと一緒に友達や家族とのコミュニケーションを楽しんでみませんか? 他に例のない本格的なスタンプで,メッセージに英語史の深みを加えてください!
入手はこちらからどうぞ
「古英語スタンプ」は,LINEストアにて好評発売中です.最低金額に設定しています.Winewulf くんが登場するスタンプ8個のセットは,古英語文言とキャラ・デザインの両方を楽しめる一品です.ぜひチェックしてみてください!
イラストレーターと監修者への感謝
スタンプのイラストレーターは,heldio の有料版,プレミアムリスナー限定配信チャンネル「英語史の輪」 (helwa) の有志リスナーお二方,Lilimi さんと MISATO (Galois) さんです.監修の小河舜さんと藤原郁弥さんを含め,制作班の皆の尽力に感謝いたします.
2022年のクリスマス・イヴです.この時期の英語での「時候の挨拶」は,いわずとしれた Merry Christmas! ですね.オリジナルの形は (I wish you a) merry Christmas! ほどで,挨拶 (greetings) のために先行する部分が省略された事例です.イギリス英語ではしばしば Happy Christmas! ともいわれ,宗教色を控えてHappy Holidays! なども用いられます.関連して「#4284. 決り文句はほとんど無冠詞」 ([2021-01-18-1]),「#4259. クリスマスの小ネタ5本」 ([2020-12-24-1]) もご一読ください.
Merry Christmas について OED を調べてみると,この挨拶の初出は初期近代英語期の1534年のことです.1534年といえば,ヘンリー8世がローマ教会と決別して英国国教会 (Church of England) を成立させた年ですね.16世紀からの最初期の3例文を挙げましょう.
1534 J. Fisher Let. 22 Dec. in T. Fuller Church Hist. Eng. (1837) v. iii. 47 And thus our Lord send yow a mery Christenmas, and a comfortable, to yowr heart desyer.
1565 J. Scudamore Let. 17 Dec. in Hereford Munic. MSS (transcript) (O.E.D. Archive) I. ii. 209 And thus I comytt you to god, who send you a mery Christmas & many.
1600 W. Shakespeare Henry IV, Pt. 2 v. iii. 36 Welcome mery shrouetide.
最初期は,共起する動詞は wish よりも send が普通だったのでしょうか.Lord 「主」から贈られる言葉だったようですね.
中英語期までは,代わりにアングロノルマン語由来の Nowell が「クリスマス」の意味および挨拶のために用いられていました (cf. フランス語 (Je souhaite un) joyeux No&etrema;l!) .OED の Nowell, int. and n. の第1語義と初例を覗いてみましょう.初例はジェフリー・チョーサー (Geoffrey Chaucer) の『カンタベリ物語』 (The Canterbury Tales) からです.
A. int.
A word shouted or sung: expressing joy, originally to commemorate the birth of Christ. Now only as retained in Christmas carols (cf. NOEL n.).
c1395 G. Chaucer Franklin's Tale 1255 Biforn hym stant brawen of tosked swyn, And Nowel crieth euery lusty man.
ちなみに,Nowell は「クリスマスの饗宴」の語義もあり,これは『ガウェイン卿と緑の騎士』 (Sir Gawain and the Green Knight) の冒頭に近いアーサー王の宮廷の場面での使用が初例となっています.
c1400 (?c1390) Sir Gawain & Green Knight (1940) 65 (MED) Loude crye watz þer kest of clerkez & o綻er, Nowel nayted o-newe, neuened ful ofte.
クリスマス関連の語彙については,OED ブログより A Christmassy Lexicon の記事をお勧めします.
ということで,今日は中世風に Nowell!
昨日の記事「#4312. 「呼格」を認めるか否か」 ([2021-02-15-1]) で話題にしたように,呼格 (vocative) は,伝統的な印欧語比較言語学では1つの独立した格として認められてきた.しかし,ラテン語などの古典語ですら,第2活用の -us で終わる単数にのみ独立した呼格形が認められるにすぎず,それ以外では形態的に主格に融合 (syncretism) している.「呼格」というよりも「主格の呼びかけ用法」と考えたほうがスッキリするというのも事実である.
このように呼格が形態的に主格に融合してきたことを認める一方で,語用的機能の観点から「呼びかけ」と近い関係にあるとおぼしき「感嘆」 (exclamation) においては,むしろ対格に由来する形態を用いることが多いという印欧諸語の特徴に関心を抱いている.Poor me! や Lucky you! のような表現である.
細江 (157--58) より,統語的に何らかの省略が関わる7つの感嘆文の例を挙げたい.各文の名詞句は形式的には通格というべきだが,機能的にしいていうならば,主格だろうか対格だろうか.続けて,細江の解説も引用する.
How unlike their Belgic sires of old!---Goldsmith.
Wonderful civility this!---Charlotte Brontë.
A lively lad that!---Lord Lytton.
A theatrical people, the French?---Galsworthy.
Strange institution, the English club.---Albington.
This wish I have, then ten times happy me!---Shakespeare.
この最後の me は元来文の主語であるべきものを表わすものであるが,一人称単数の代名詞は感動文では主格の代わりに対格を用いることがあるので,これには種々の理由があるらしい(§130参照)が,ラテン語の語法をまねたことも一原因であったと見られる.たとえば,
Me miserable!---Milton, Paradise Lost, IV. 73.
は全くラテン語の Me miserum! (Ovid, Heroides, V. 149) と一致する.
引用最後のラテン語 me miserum と関連して,Blake の格に関する理論解説書より "ungoverned case" と題する1節も引用しておこう (9) .
In case languages one sometimes encounters phrases in an oblique case used as interjections, i.e. apart from sentence constructions. Mel'cuk (1986: 46) gives a Russian example Aristokratov na fonar! 'Aristocrats on the street-lamps!' where Aristokratov is accusative. One would guess that some expressions of this type have developed from governed expressions, but that the governor has been lost. A standard Latin example is mē miserum (1SG.ACC miserable.ACC) 'Oh, unhappy me!' As the translation illustrates, English uses the oblique form of pronouns in exclamations, and outside constructions generally.
さらに議論を挨拶のような決り文句にも引っかけていきたい.「#4284. 決り文句はほとんど無冠詞」 ([2021-01-18-1]) でみたように,挨拶の多くは,歴史的には主語と動詞が省略され,対格の名詞句からなっているのだ.
語用的機能の観点で関連するとおぼしき呼びかけ,感嘆,挨拶という類似グループが一方であり,歴史形態的に区別される呼格,主格,対格という相対するグループが他方である.この辺りの関係が複雑にして,おもしろい.
・ 細江 逸記 『英文法汎論』3版 泰文堂,1926年.
・ Blake, Barry J. Case. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2001.
正式な I wish you a merry Christmas! という挨拶を省略すると Merry Christmas! となり,I wish you a good morning. を省略すると Good morning! となる.身近すぎて気に留めることもないかもしれないが,挨拶のような決り文句 (formula) を名詞句へ省略する場合には,冠詞を切り落とすことが多い.前置詞句などを伴うケースで A merry Christmas to you! のように冠詞が残ることもあり,水を漏らさぬルールではないものの,決り文句性が高ければ高いほど冠詞まで含めて省略されるようだ.感嘆句的な Charming couple!, Dirty place!, Excellent meal!, Poor thing!, Good idea!, Lovely evening! とも通じ合うし,その他 Cigarette?, Good flight?, Next slide? などの疑問句にも通じる冠詞の省略といえる.代表的な決り文句を,Quirk et al (§11.54) より一覧しよう.
GREETINGS: Good morning, Good afternoon, Good evening <all formal>; Hello; Hi <familiar>
FAREWELLS: Goodbye, Good night, All the best <informal>, Cheers, Cheerio <BrE, familiar>, See you <familiar>, Bye(-bye) <familiar>, So long <familiar>
INTRODUCTIONS: How do you do? <formal>, How are you?, Glad to meet you, Hi <familiar>
REACTION SIGNALS:
(a) assent, agreement: Yes, Yeah /je/; All right, OK <informal>, Certainly, Absolutely, Right, Exactly, Quite <BrE>, Sure <esp AmE>
(b) denial, disagreement: No, Certainly not, Definitely not, Not at all, Not likely
THANKS: Thank you (very much), Thanks (very much), Many thanks, Ta <BrE slang>, Thanks a lot, Cheers <familiar BrE>
TOASTS: Good health <formal>, Your good health <formal>, Cheers <familiar>, Here's to you, Here's to the future, Here's to your new job
SEASONAL GREETINGS: Merry Christmas, Happy New Year, Happy Birthday, Many happy returns (of your birthday), Happy Anniversary
ALARM CALLS: Help! Fire!
WARNINGS: Mind, (Be) careful!, Watch out!, Watch it! <familiar>
APOLOGIES: (I'm) sorry, (I beg your) pardon <formal>, My mistake
RESPONSES TO APOLOGIES: That's OK <informal>, Don't mention it, Not matter <formal>, Never mind, No hard feelings <informal>
CONGRATULATIONS: Congratulations, Well done, Right on <AmE slang>
EXPRESSIONS OF ANGER OR DISMISSAL (familiar; graded in order from expressions of dismissal to taboo curses): Beat it <esp AmE>, Get lost, Blast you <BrE>, Damn you, Go to hell, Bugger off <BrE>, Fuck off, Fuck you
EXPLETIVES (familiar; likewise graded in order of increasing strength): My Gosh, (By) Golly, (Good) Heavens, Doggone (it) <AmE>, Darn (it), Heck, Blast (it) <BrE>, Good Lord, (Good) God, Christ Almighty, Oh hell, Damn (it), Bugger (it) <esp BrE>, Shit, Fuck (it)
MISCELLANEOUS EXCLAMATIONS: Shame <familiar>, Encore, Hear, hear, Over my dead body <familiar>, Nothing doing <informal>, Big deal <familiar, ironic>, Oh dear, Goal, Checkmate
決り文句の多くは何らかの統語的省略を経たものであり,それだけでも不規則と言い得るが,加えて様々な統語的制約が課されるという特徴もある.例えば,過去形にすることはできない,主語を別の人称に変えることはできない,間接疑問に埋め込むことができない等々の性質をもつものが多い.ただし,決り文句性というのも程度問題で,(A) happy new year! のように,不定冠詞の有無などに関して variation を残すものもあるだろうと考えている.
・ Quirk, Randolph, Sidney Greenbaum, Geoffrey Leech, and Jan Svartvik. A Comprehensive Grammar of the English Language. London: Longman, 1985.
Powered by WinChalow1.0rc4 based on chalow