8月3日に更新された YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」の最新回,第46弾は「Macy's は -'s なのに Harrods にはアポストロフィがないわけ」です.' (apostrophe) の使用をめぐる共時的・通時的混乱に焦点を当てました.
アポストロフィつながりで緩く関連する話題として,今朝の Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」では「#432. なぜ短縮形 that's はあるのに *this's はないの?」という素朴な疑問を取り上げました.こちらもお聴きください.
さらに,所有格の 's に関するとりとめのない話題を,『徹底例解ロイヤル英文法』を参照しつつ,ここに追加したいと思います.s を付けずにアポストロフィだけを単語の末尾に付けて所有格を表わすケースがいくつかあるのです.1つは複数形の -s がすでに付いているケースです.a girls' school や birds' nests のような例です.
次に,複数形ではなくとも綴字上 -s で終わる単語(典型的には固有名詞)を所有格にする場合には, -'s ではなく -' のみを付けることが多いです.Socrates' death, Achilles' tendon, Moses' prophecy のような例です.Columbus' discovery, Dickens' novels, Venus' flower basket なども類例なのですが,こちらは -'s ヴァージョンも可能ということで,ややこしい.
また,for ---'s sake のフレーズでは,当該の名詞が [s] の発音で終わっているときには -'s の代わりに -' が好まれます.for convenience' sake, for goodness' sake, for appearance' sake のごとくです.
アポストロフィの些事というよりも混乱の極みといったほうがよいですね.アポストロフィについては以下の記事もご参照ください.
・ 「#198. its の起源」 ([2009-11-11-1])
・ 「#3889. ネイティブがよく間違えるスペリング」 ([2019-12-20-1])
・ 「#582. apostrophe」 ([2010-11-30-1])
・ 「#3869. ヨーロッパ諸言語が初期近代英語の書き言葉に及ぼした影響」 ([2019-11-30-1])
・ 「#1772. greengrocer's apostrophe」 ([2014-03-04-1])
・ 「#3892. greengrocer's apostrophe (2)」 ([2019-12-23-1])
・ 「#3656. kings' のような複数所有格のアポストロフィの後には何が省略されているのですか?」 ([2019-05-01-1])
・ 「#3661. 複数所有格のアポストロフィの後に何かが省略されているかのように感じるのは自然」 ([2019-05-06-1])
・ 「#4755. アポストロフィはいずれ使われなくなる?」 ([2022-05-04-1])
・ 綿貫 陽(改訂・著);宮川幸久, 須貝猛敏, 高松尚弘(共著) 『徹底例解ロイヤル英文法』 旺文社,2000年.
不定冠詞にせよ定冠詞にせよ,母音の前位置にあっては,通常の [ə], [ðə] ではなく [ən], [ði] と発音されるのが規範的とされる.実際には「#907. 母音の前の the の規範的発音」 ([2011-10-21-1]) で触れた通り,必ずしも規範通りの発音が行なわれているわけではないのだが,一般的な傾向として認められることは事実である.関連する歴史的経緯や理論的側面は,以下の記事で取り上げてきた.
・ 「#831. Why "an apple"?」 ([2011-08-06-1])
・ 「#906. the の異なる発音」 ([2011-10-20-1])
・ 「#907. 母音の前の the の規範的発音」 ([2011-10-21-1])
・ 「#2236. 母音の前の the の発音について再考」 ([2015-06-11-1])
・ 「#2814. 母音連続回避と声門閉鎖音」 ([2017-01-09-1])
とりわけ最後の記事「#2814. 母音連続回避と声門閉鎖音」 ([2017-01-09-1]) に注目してもらいたい.昨日の記事「#4430. cockney の現在」 ([2021-06-13-1]) で引用・参照した Fox が,cockney の発音の特徴の1つとして「冠詞 + 声門閉鎖音 + 母音で始まる語」を取り上げている.母音連続を回避するために声門閉鎖音を挿入するという実例が,cockney にあったことになる.しかも,比較的最近の革新だというので,ますますおもしろい.
cockney の若者の多くは,そもそも上記の冠詞の発音に関する規範的な区別を実践しておらず,母音の前でも [ə], [ðə] を用いるという.しかし,母音の前では母音連続 (hiatus) を避けるように,声門閉鎖音 [ʔ] を挟み込む傾向がみられるという.Fox (2025) の説明を引用する.
In an investigation of young speakers of Bangladeshi and white British origin, Fox . . . found high frequency of the use of a [ə] and the [ðə] before vowel-initial words among Bangladeshi male adolescents in Tower Hamlets, London, and to a lesser extent in the speech of their white Anglo male peers. All speakers used glottal stop to resolve hiatus in the V#V context. Multi-ethnic friendship networks were shown to play a key role in the diffusion of these features.
音韻理論的に十分おもしろい問題だが,さらに社会言語学的にも考察できる問題ということでエキサイティングだ.
・ Fox, Sue. "Varieties of English: Cockney." Chapter 128 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 2013--31.
hellog ラジオ版の第17回は,定冠詞 the の発音に関する話題です.一般に the の後に母音が続く場合には [ði ˈæpl] のように発音され,[ðə ˈæpl] とは発音されない,と習います.これは発音のしやすさということで説明されることが多いのですが,若干の疑問が生じます.後者は本当に発音しにくいのでしょうか.私としては特に問題ないように思われるのですが・・・.実際,調べてみると現代の英語母語話者でも [ðə ˈæpl] と発音するケースが珍しくないのです.
では,なぜ [ði ˈæpl] が規範的な発音とされているのでしょうか.以下,私の仮説も含めた解説をお聴きください.
自然の流れに任せていれば,初期近代英語期にごく普通だった th'apple, th'orange などの elision 発音が受け継がれていただろうと想像されますが,後に規範主義的な言語観のもとで the apple (しかもその発音は単語の境目がことさら明確になるように [ði ˈæpl])が「正式な形」として「人為的に復元された」のではないかと疑っています.発音にせよ何にせよ,一度自然の発達で簡略化・省略化されたものが,再びもとの複雑かつ長い形に戻るというのは,常識では考えにくいからです.そこには規範的,教育的,人為的等々と呼びうる非自然的な力が働いたと思われます.ただし,上記はあくまで仮説です.参考までに.
この問題と関連して,##906,907,2236の記事セットを是非お読みください.
かつての記事「#1571. state と estate」 ([2013-08-15-1]) に補足.昨日の記事「#3295. study の <u> が短母音のわけ」 ([2018-05-05-1]) で取り上げた study は,ラテン語の studiāre に端を発し,古フランス語の estudie を経て英語に借用された語である(cf. 現代フランス語 étudier) .今回は,Upward and Davidson (114--15) に依拠し,古フランス語形に見られる類の e- に注目したい.
ラテン語において sc-, sp-, st- で始まる語は,そのままの形態で英語に借用された場合もあるが,多くはフランス語やスペイン語などを経由して esc-, esp-, est- の形態で英語に入ってきた.フランス語やスペイン語では,ラテン語の問題の2重子音の前に音便 (euphony) として e 音が挿入されるのが常だった(典型的な語頭音添加 (prosthesis) の例;「#739. glide, prosthesis, epenthesis, paragoge」 ([2011-05-06-1]) を参照).
ついでに,ラテン語の exc-, exp-, ext- もそれぞれ esc-, esp-, est- へと簡略化されたため,後にはもともとの sc-, sp-, st- と同じ末路をたどることになった(以下では,exc-, exp-, ext- に由来するものに + 記号を付した).
語頭にこのような形態をもつ語群が少なからず英語に借用され,結果として英語では次の3つのケースが認められる.
(1) まれなケースではあるが,語頭に e- をもつ語のみが伝わった (ex. eschew, +escord, esplanade)
(2) しばしば,語頭に e- を持つ語と持たない語が2重語 (doublet) として共存している (ex. +escape/scapegoad, escalope/scallop, escarpment/scarp, especial/special, espy/spy, espouse/spouse, estate/state, +estranged/strange)
(3) 最も多いのは,語頭に e- を示さない語例である (ex. +scaffold (< OFr eschafalt), +scald (< OFr eschalder), spine (< OFr espine), stage (< OFr estage), stew (< OFr estuve), study (< OFr estudie))
・ Upward, Christopher and George Davidson. The History of English Spelling. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2011.
英語は一般に母音連続 (hiatus) を嫌うといわれる.母音連続が起こりそうな場合,それを避けるべく何らかの(半)子音が挿入されることが多い.例えば,前舌高母音が関与するときには [j] が,後舌高母音が関与するときには [w] が渡り音 (glide) として挿入され,seeing [ˈsiːɪŋ] が [ˈsiːjɪŋ] として発音されたり,door [dɔə] が [ˈdɔwə] となったりする.the apple のような場合でも,[ði ˈæpl] に渡り音 [j] が挿入され [ðiˈjæpl] と発音されることが多い(「#906. the の異なる発音」 ([2011-10-20-1]),「#2236. 母音の前の the の発音について再考」 ([2015-06-11-1]) を参照).これらは,調音上自然に現われる渡り音の例である(「#739. glide, prosthesis, epenthesis, paragoge」 ([2011-05-06-1]) を参照).
これ以外にも,純粋に調音的な理由によるものとは考えられず,多少なりとも形態音韻論的な要因も関与しているものとして,an apple のような母音の前位置の不定冠詞にみられる n の挿入(歴史的には n の保持というべき)の例や,the idea(r) is . . . のような r の挿入の例も,英語の母音連続回避策の一環とみることができる(「#831. Why "an apple"?」 ([2011-08-06-1]),「#500. intrusive r」 ([2010-09-09-1]) を参照).
もう1つおもしろい例は,声門閉鎖音 (glottal_stop) [ʔ] の挿入である.声門閉鎖音はともすれば無音と片付けられてしまいそうだが,歴とした子音である.しかし,無音として聞き取られやすいということは,母音間に挿入されて,音の切れ目を標示するのに役立ち得るということでもある.渡り音が流ちょうな発音において母音連続を回避すべく挿入されるのに対して,声門閉鎖音はむしろ丁寧な発音において2つの母音を明確に響かせたい場合に挿入されることが多い.以下の語句は,丁寧な発音における声門閉鎖音の挿入の例である(藤原,p. 35).
・ co-operate [cəʊˈʔɒpəreɪt]
・ geometry [ðɪˈʔɒmətrɪ]
・ reaction [rɪˈʔækʃn]
・ day after day [ˈdeɪ ʔɑːftə ˈdeɪ]
・ law and order [ˈlɔː ʔənd ˈɔːdə]
・ better off [ˌbetə ˈʔɒf]
一見,母音のあいだに「間」を置く戦略のように思えるが,これも [j], [w], [n], [r] の挿入と同じ,立派な「子音」の挿入である.
母音連続回避の問題と関連して,「#830. sandhi」 ([2011-08-05-1]) も参照.
・ 藤原 保明 『言葉をさかのぼる 歴史に閉ざされた英語と日本語の世界』 開拓社,2010年.
なぜ the apple が普通は [ði ˈæpl] と発音され,[ðə ˈæpl] となりにくいのか.この問題については,「#906. the の異なる発音」 ([2011-10-20-1]),「#907. 母音の前の the の規範的発音」 ([2011-10-21-1]) でいくつかの見解を紹介してきた.ある種の音便 (euphony),[i] 音の調音的・聴覚的な明確さ,規範教育の効果などが関与しているのではないかと述べてきたが,大名 (68--72) は母音の緊張・弛緩という観点から,この問題に迫っている.
英語の母音には,緊張 (tense) と弛緩 (lax) の対立がある.前舌高母音でいえば [i(ː)] が緊張母音,[ɪ] が弛緩母音だ.単語内で各々が生じうる環境は音韻論的におよそ決まっている.例えば無強勢音節の末尾においては happy [ˈhæpi] のように緊張母音が現われるのが普通だが,その後に音節が後続すると happily [ˈhæpɪli] のように弛緩母音が現われることが多い.場合によっては,弛緩母音 [ɪ] はさらに弛緩化し,[ə] に至ることもあれば,当該の母音が消失してしまうことすらある.
しかし,後ろに音節が続く場合でも,その音節が母音で始まる場合には,happier [ˈhæpiə] のように緊張母音が保たれるのが規則である.これは,緊張母音が調音的にも聴覚的にも明確であり,後続する母音と融合し脱落してしまうのを防ぐ働きをしているのだろう.緊張母音は,音節の区別を維持するのに役立つということだ.後続するのが母音か子音かで,緊張母音と弛緩母音が交替する状況は,create [kriˈeɪt] vs cremate [krɪˈmeɪt], react [riˈækt] vs relate [rɪˈleɪt], beatitude [biˈætitjuːd] vs believe [bɪˈliːv] などにも見られるとおりである.
the の緊張母音 [i] と弛緩母音 [ə] (or [ɪ]) の交替も,同じように考えることができる.母音が後続する場合には,the の音節の独立性を保つために緊張母音 [i] が採用され,the apple [ði ˈæpl] のようになる.子音が後続する場合には,the の母音が弛緩したとしても音節の独立性は保たれるため,緊張母音が必須とはならない.本来,定冠詞は無強勢であるから発音が弱まり,弛緩母音を伴って the grape [ðə greɪp] のようになるのは,自然の成り行きである.
・ 大名 力 『英語の文字・綴り・発音のしくみ』 研究社,2014年.
「#500. intrusive r」 ([2010-09-09-1]) で見た "The idea(r) is . . . ." などに現われる r について.この現象は,RP を含む現代英語の諸方言で分布を広げている,現在進行中の言語変化である.単体であるいは子音が後続するときには /aɪˈdɪə/,母音が後続する環境では /aɪˈdɪər/ と変異する共時的現象だが,時間とともに分布を広げているという点では通時的現象でもある.
先の記事で述べたように,intrusive r が挿入されるのは,典型的に /ɔː/, /ɑː/, /ɜː/, /ə/ のいずれかの母音で終わる語末においてである.この変異を示す話者にとっては,これらの語の基底音形の末尾には /r/ が含まれており,母音が後続する環境では /r/ がそのまま実現されるが,それ以外の環境では /r/ が脱落した形で,すなわちゼロとして実現されるという規則が内在していると考えられる.
この変異あるいは変化の背景で作用しているカラクリを考えてみよう.伝統的な標準イギリス英語変種では,例えば ear の基底音形は /ɪər/,idea の基底音形は /aɪˈdɪə/ であり,/r/ の有無に関して明確に区別されていた.しかし,いずれの単語も母音が後続する環境以外では /ɪə/ という語尾で実現されるために,それぞれの基底音形における /r/ の有無について,表面的なヒントを得る機会が少ない.語彙全体を見渡せば,基底音形が /ə/ で終わる語よりも /ər/ で終わる語のほうが圧倒的に多いという事情もあり,類推作用 (analogy) の効果で idea などの基底音形の末尾に /r/ が挿入されることとなった.これにより,ear と idea が表面的には同じ語末音で実現される機会が多いにもかかわらず異なる基底音形をもたなければならないという,記憶の負担となる事態が解消されたことになる.
このカラクリの要点は「表面的なヒント」の欠如である.母音が後続する環境以外,とりわけ単体で実現される際に,ear と idea とで語末音の区別がないことにより,互いの基底音形のあいだにも区別がないはずだという推論が可能となる.逆に言えば,実現される音形が常に区別される場合,すなわちそれぞれを常に /ɪər/, /aɪˈdɪə/ と発音する変種においては,このカラクリが作動するきっかけがないために,intrusive r は生じないだろうと予測される.そして,実際にこの予測は正しいことがわかっている.non-prevocalic /r/ を示す諸変種では intrusive r が生じておらず,そのような変種の話者は,他の変種での intrusive r を妙な現象ととらえているようだ.Trudgill (58) のコメントが興味深い.
. . . of course it [intrusive r] is a process which occurs only in the r-less accents. R-ful accents (as they are sometimes called), in places like the southwest, USA and Scotland, do not have this feature, because they have not undergone the loss of 'r' which started the whole process off in the first place. Speakers of r-ful accents therefore often comment on the intrusive-'r' phenomenon as a peculiar aspect of the accents of England. One can, for example, hear Scots ask 'Why do English people say "Canadarr"?'. English people of course do not say 'Canadarr', but those of them who have r-less accents do mostly say 'Canadarr and England' /kænədər ən ɪŋglənd/.
r の発音の有無については,「#406. Labov の New York City /r/」 ([2010-06-07-1]),「#452. イングランド英語の諸方言における r」 ([2010-07-23-1]),「#453. アメリカ英語の諸方言における r」 ([2010-07-24-1]),「#1050. postvocalic r のイングランド方言地図について補足」 ([2012-03-12-1]),「#1371. New York City における non-prevocalic /r/ の文体的変異の調査」 ([2013-01-27-1]),「#1535. non-prevocalic /r/ の社会的な価値」 ([2013-07-10-1]) ほか,rhotic を参照.
・ Trudgill, Peter. The Dialects of England. 2nd ed. Oxford: Blackwell, 2000.
「#643. 独立した音節として発音される -ed 語尾をもつ過去分詞形容詞」 ([2011-01-30-1]), 「#712. 独立した音節として発音される -ed 語尾をもつ過去分詞形容詞 (2)」 ([2011-04-09-1]), 「#752. 他動詞と自動詞の特殊な過去分詞形容詞」 ([2011-05-19-1]) で関連する話題に触れたが,現代英語には過去分詞の用法に応じて2つの異なる形態を示す drunk / drunken, bent / bended, proved / proven, beloved / belovèd のようなペアがある.短い前者は叙述的に,1音節分長い後者は限定的に用いられる傾向がある.以前の記事では,リズムと関連づけて,この使い分けについて論じた.
上記のペアはいずれも動詞の過去分詞形容詞の例だが,動詞由来ではない形容詞にも,2つの異形態をもつ例が近代英語に見られた.両者がどの程度関連するかはわからないが,使い分けがあるという点で類似しているので紹介したい.two / twain, my / mine, thy / thine, old / olden の各ペアにおいて,後者の形態は語尾に /n/ を含む分だけ長いという形態上の特徴があるが,用法としても後者は前者に比べていくぶん癖がある.荒木・宇賀治 (462) を参照して,それぞれの特徴をまとめよう.
(1) two / twain
twain は古英語 tweġen の男性主格・対格の形態に由来し,two は対応する女性・中性の形態に由来する.twain は two とともに中英語を通じて広く用いられ,近代英語期に入ってからも,(i) 名詞の後置修飾語として,(ii) 代名詞の後置同格語として,(iii) 叙述用法として,用いられていた.twain は two に押され続けてはきたが,用法を狭めながらも近代英語まで生き延びたことになる.
・ I have receivyd twaine your lettres. (1554 Cdl. Pole in Eng. Hist. Rev.)
・ lovers twain (MND. V. i. 151)
・ O Perdita, what have we twain forgot! (Wint. IV. iv. 673)
・ I must become a borrower of the night For a dark hour or twain. (Mac. III. i. 26--27)
・ Thou and my bosom henceforth shall be twain. (Rom. III. v. 240)
twain が脚韻のために利用されやすかったことは言うまでもない.
(2) my / mine, thy / thine
それぞれ古英語の人称代名詞の属格形 mīn, þīn に遡る.所有を表わす限定用法において,各ペアの前者の形態 my, thy では子音の前位置で /n/ が脱落したもので,後者の形態 mine, thine では母音の前で /n/ が保持されたものである.この使い分けは,13世紀頃から18世紀初期まで続いた.一方,単独で用いられる叙述用法では,mine, thine の /n/ を有する形態だけが選ばれ,現在に至る.
(3) old / olden
olden は15世紀前半に初出したが,常に頻度の低い異形態だった.Shakespeare では1度のみ "Blood hath been shed ere now, i' the olden time," (Mac. III. iv. 75) として現われ,おそらくここから the olden time という表現が広まったものと思われる.Scott にも olden times という例が見られる.19世紀に例外的に叙述用法が生じたが,現代英語では原則としてもっぱら上記の限定句内で用いられる.
いずれのペアでも長い形態には /n/ が語末に加えられているが,実際に音節を増やす(したがってリズムに関与しうると考えられる)のは (3) のみである.(3) では2音節の olden が限定用法としての使用に限られており,これは ##643,712 で示したリズムによる説明に合致する.(1), (2) では,音節は追加しないものの /n/ を付した長い形態のほうが,むしろ限定用法を失ってきたのが,(3) に比して対照的である.
・ 荒木 一雄,宇賀治 正朋 『英語史IIIA』 英語学大系第10巻,大修館書店,1984年.
昨日の記事「#1574. amongst の -st 語尾」 ([2013-08-18-1]) ほか,##508,509,510,739,1389,1393,1394,1399,1554,1555,1573 の記事で,-st の語尾音添加 (paragoge) について扱ってきた.この問題について Dobson (§437, pp. 1003--04) が,'excrescent' [t] として1ページほどを割いて議論している.かなり長いが,自らの参照の便のために引用する.
Excrescent [t] in against, amidst, amongst, betwixt, whilst, &c. is explained by OED as due to the analogy of the superlative ending -est, and by Jordan, §199, as developing in phrasal groups when the prepositions were followed by te 'the'. But in view of the cases discussed in the preceding paragraph and in Note 1 and of the occurrence in modern dialects of [t] after [s] in words which do not have OE adverbial -es (see Note 3 below), we may explain [t] as developed by a phonetic process; at the end of the articulation of [s] the tip of the tongue is raised slightly so as to close the narrow passage left for [s], and the stop [t] is thus produced. But as this [t] is recorded earlier and more often, and in StE is confined to, prepositions and conjunctions, it is clear that a special factor is also operating, and that suggested by Jordan is altogether more likely than OED's (for there seems no good reason why the superlative should exercise the influence alleged); [þ] becomes [t] after spirants, including [s] (see Jordan, §205), and the tendency to develop excrescent [t] after [s] would therefore, in prepositions and conjunctions, be strongly aided by the fact that they were so commonly followed by the definite article in the form te. The development is shown sporadically from OE onwards in betwixt and in ME in against and whilst (see OED and Jordan, §199), but is not commonly recorded until the fifteenth century; but as it presupposes final [s] it must either antedate the change of unstressed -es to [əz], which is to be dated to the fourteenth century (see §363 above), or operate solely on forms with early syncope, and the paucity of evidence before 1400 must therefore be largely accidental.
The prepositions regularly have [t] in the orthoepists: so against in Hart, Bullokar, Robinson, Gil, Hodges, and Wallis, amidst in Robinson, amongst in Hart, Robinson, Gil, and Hodges, and (be)twixt in Hart, Bullokar, Robinson, and Hodges. The conjunction whilst, however, which would be less commonly followed by the definite article, occurs as [hwɪls] (showing early syncope) in Smith and as [hwəilz] in Hart (beside -st) and Gil (transcribing Spenser); but it has [st] in, for example, Hart, Bullokar, and Robinson. Bullokar also records excrescent [t] in unless (twice); in this case the occasional acceptance in the sixteenth century of the form with [t] is probably due to confusion with the superlative least, since unless is derived from the comparative less (see OED, s.vv. unleast, unless, and unlest).
Dobson は,t の添加は基本的に音韻過程だったとしながらも,後に定冠詞の前位置での音便も "special factor" として作用したと考えている.また,1400年以前の t の添加の例が少ないが,これはおそらく "accidental" であり,実際には早くから添加した形態が行なわれていただろうと推測している.
近代の方言に目を映すと,Wright (§295) によれば,[n] の後での [t] の挿入は sermon, sudden, vermin に見られ ,[s] の後でも once, twice, ice, nice, hoarse に見られるというから,散発的ながらも意外と多くの語で t の語尾音添加が起こっているようだ.
・ Dobson, E. J. English Pronunciation 1500--1700. 2nd ed. Vol. 2. Oxford: OUP, 1968.
・ Wright, Joseph. The English Dialect Grammar. Oxford: OUP, 1905. Repr. 1968.
-st の語尾音添加 (paragoge) については,昨日の記事「#1573. amidst の -st 語尾」 ([2013-08-17-1]) を含め,##508,509,510,739,1389,1393,1394,1399,1554,1555,1573 の各記事で扱ってきた.その流れで,今日は amongst について.
OED によると,語尾音添加形は15世紀に起こっており,挙げられている例としては amongest の綴字で16世紀初頭の "1509 Bp. J. Fisher Wks. (1876) 296 Yf ony faccyons or bendes were made secretely amongest her hede Officers." が最も古い.直接のモデルとなったと考えられる amonges のような形態はすでに中英語で広く用いられていた(MED の among(es (prep.) を参照).apheresis (語頭音消失)を経た 'mongst も16世紀半ばから現われている.
小西 (69) によれば,among と amongst のあいだに意味の違いはなく,使用頻度は10対1である.ただし,イギリス英語ではアメリカ英語よりも amongst の使用頻度が高い.母音の前では好音調 (euphony) から amongst が用いられる傾向があるという指摘もあるが,BNC を用いた調査ではそのような結果は出なかったとしている.この指摘が示唆的なのは,「#1554. against の -st 語尾」 ([2013-07-29-1]) で触れたように,-st 語尾の添加は後続する定冠詞の語頭子音との結合に起因するという説との関連においてである.もし amongst + 母音の傾向があるとすれば,逆方向ではあるが同じ euphony で説明されることになる.
さて,本ブログではこれまで -st の語尾音添加について against, amidst, amongst, betwixt, unbeknownst, whilst の6語についてみてきた.OED や語源辞典で得た初出時期の情報を一覧してみよう.
against | c1300 |
betwixt | c1300 |
whilst | a1400 |
amongst | C15 |
amidst | C15 |
unbeknownst | 1854 |
英語には標題のような,語頭の e の有無による2重語 (doublet) がある.類例としては special -- especial, spirit -- esprit, spouse -- espouse, spy -- espy, squire -- esquire などがあり,stable -- establish も関連する例だ.それぞれの対では発音のほか意味・用法の区別が生じているが,いずれもフランス語,さらにラテン語の同根に遡ることは間違いない.語頭の e が独立した接頭辞であれば話はわかりやすいのだが,そういうわけでもない.
また,現代英語と現代フランス語の対応語を比べても,語頭の e に関して興味深い対応が観察される.sponge (E) -- éponge (F), stage -- étage, establish -- établir などの類である.英語の2重語についても,英仏対応語についても,e と /sk, sp, st/ の子音群との関係にかかわる問題であるらしいことがわかるだろう.この関係は,歴史的に考察するとよく理解できる.
e の有無にかかわらず,これらすべての語の語頭音は,ラテン語における語頭子音群 /sk-, sp-, st-/ に遡る.俗ラテン語後期には,この語頭子音群は発音しにくかったのか,直前に i か e の母音が添加された.これは一種の音便 (euphony) であり,「#739. glide, prosthesis, epenthesis, paragoge」 ([2011-05-06-1]) でみた語頭音添加 (prosthesis) の典型例といえる.例えばラテン語 spiritus は,古フランス語 ispirtu(s) などへ発展した(ホームズ,p. 52).結果としてラテン語に起源をもつ古フランス語の単語では,軒並み esc-, esp-, est- などの語頭音群が一般的となったのであり,この時代に古フランス語から英語に借用された語も,同じくこの語頭音群を示した.これらは,現代英語へ estate, especial, esprit, espouse, espy, esquire, establish などとして伝わっている.一方,e をもつ古フランス語の形態と並んで,e のないラテン語の語形を参照した形態も英語に採用され,state, special, spirit, spouse, spy, squire, stable などが現代に伝わっている.
実際,中英語や近代英語では,両形態が大きな意味・用法の相違なく併用されることもこともあり,例えば establish と stablish のペアでは,中英語では後者のほうが普通だった.なお,The Authorised Version では両形態が用いられ,Shakespeare ではすでに establish が優勢となっている.このようなペアは,後に(stablish のように)片方が失われたか,あるいはそれぞれが意味・用法の区別を発達させて,2重語として生き延びたかしたのである.
さて,フランス語史の側での,esc-, esp-, est- のその後を見てみよう.古フランス語において音便の結果として生じたこれらの語頭音群では,後に,s が脱落した.後続する無声破裂音との子音連続が嫌われたためだろう.この s 脱落の痕跡は,直前の e の母音が,現代フランス語ではアクサンつきの <é> で綴られることからうかがえる (ex. éponge, étage, établir) .
もっとも,フランス語で e なしの /sk-, sp-, st-/ で始まる語がないわけではない.15世紀以前にフランス語に取り込まれたラテン単語は上述のように e を語頭添加することが多かったが,特に16世紀以降にラテン語から借用した語では,英語における多くの場合と同様に,ラテン語の本来の e なしの形態が参照され,採用された.
結論として,state -- estate にせよ,stage (E) -- étage (F) にせよ,いずれの形態も同じラテン語 /st-, sk-/ の語頭子音群に遡るものの,古フランス語での音便,その後の音発達,フランス語から英語への借用,ラテン語形の参照,英語での2重語の発展と解消といった,言語内外の種々の歴史的過程により,現在としてみれば複雑な関係となった,ということである.
・ U. T. ホームズ,A. H. シュッツ 著,松原 秀一 訳 『フランス語の歴史』 大修館,1974年.
英語の法律に関する使用域 (register) にフランス語の語句が満ちていることについては,「#336. Law French」 ([2010-03-29-1]),「#433. Law French と英国王の大紋章」 ([2010-07-04-1]),「#1240. ノルマン・コンクェスト後の法律用語の置換」 ([2012-09-18-1]) の各記事で取り上げてきた.中世イングランドにおける法律分野の言語交替の概略を示せば,13世紀にはラテン語に代わってフランス語が法律関係の表現において優勢となってゆく.フランス語は法文書においてもラテン語と競り合い,14世紀には優勢となる.15世紀には,Law French は Law English に徐々に取って代わられてゆくが,近代に至るまでフランス語の遺産は受け継がれた.
法律分野でフランス語から英語への言語交替が進んでゆくと,法律用語におけるフランス単語から英単語への交替という問題も生じてくる.ところが,どちらの言語の用語を採用するかという問題は,多くの場合,どちらも採用するという決着をみた.つまり,両方を and などの等位接続詞でつなげて,2項イディオム (binomial idiom) にしてしまうという方策である(関連して[2011-07-26-1]の記事「#820. 英仏同義語の並列」も参照).2者の間に微妙な意味上の区別がある場合もあれば,さして区別はなく単に意味の強調であるという場合もあった.しかし,時間とともにこのような並列が慣習化し,法律分野の言語を特徴づける文体へと発展したというのが正しいだろう.というのは,英単語と仏単語の並列のみならず,仏単語2つや英単語2つの並列なども見られるようになり,語源の問題というよりは文体の問題ととらえるほうが適切であると考えられるからだ.もちろん,この文体の発展に,2項イディオムの特徴である韻律による語呂のよさ (euphony) も作用していただろうことは想像に難くない.
以下に,Crystal (152--53) に示されている例を挙げよう.3つ以上の並列もある.
acknowledge and confess (English/French)
aid and abet (French/French)
breaking and entering (English/French)
cease and desist (French/French)
each and every (English/English)
final and conclusive (French/Latin)
fit and proper (English/French)
give and grant (English/French)
give, devise, and bequeath (English/French/English)
goods and chattels (English/French)
had and received (English/French)
have and hold (English/English)
heirs and assigns (French/French)
in lieu, in place, instead, and in substitution of (French/French/English/French or Latin)
keep and maintain (English/French)
lands and tenements (English/French)
let or hindrance (English/English)
made and provided (English/Latin)
new and novel (English/French)
null and void (French/French)
pardon and forgive (French/English)
peace and quiet (French/Latin)
right, title, and interest (English/English/French)
shun and avoid (English/Latin)
will and testament (English/Latin)
wrack and ruin (English/French)
法律分野の要求する正確さと厳格さ,歴史的に育まれてきた英語語彙の三層構造,韻律と語呂を尊ぶ2項イディオムの伝統,このような諸要因が合わさって,中世後期以降,法律英語という独特の変種が発達してきたのだと考えられる.
・ Crystal, David. The Stories of English. London: Penguin, 2005.
[2011-12-06-1], [2011-12-07-1]の記事で,COCA ( Corpus of Contemporary American English ) の 3-gram データベースから取り出した,現代英語における頭韻を踏む2項イディオム (binomial) と脚韻を踏む2項イディオムの例を見てきた.分析するなかで,両リストのなかで重複する2項イディオムが散見されたので,取り出してみた.これぞ,頭韻と脚韻の両方を兼ねそなえた,完璧な語呂合わせとしての共起表現である.(検索結果を収めたテキストファイルはこちら.)整理した50表現を挙げよう.
Saturday and Sunday, personal and professional, himself or herself, quantity and quality, morbidity and mortality, quantitative and qualitative, security and stability, best and brightest, latitude and longitude, sixteenth and seventeenth, whenever and wherever, sensitivity and specificity, watching and waiting, majority and minority, basketball and baseball, fight or flight, ranting and raving, forties and fifties, cooperation and coordination, nature and nurture, pushing and pulling, tossing and turning, twisting and turning, grandchildren and great-grandchildren, skiers and snowboarders, communication and collaboration, cooking and cleaning, psychiatrists and psychologists, biggest and best, development and deployment, slipping and sliding, communication and cooperation, Dungeons and Dragons, heterosexual and homosexual, healthier and happier, grandmother and grandfather, stopping and starting, sixteen or seventeen, hooting and hollering, competence and confidence, stalactites and stalagmites, waxing and waning, positive and productive, reading and rereading, patience and perseverance, bedroom and bathroom, consultation and collaboration, going and getting, grandfather and grandmother, protection and promotion
多くは,頭韻と脚韻が語呂として偶然に一致したと考えるよりは,語幹どうしに語源的な関連があるがゆえに頭韻を踏んでいるのであり,同じ接尾辞を用いているがゆえに脚韻を踏んでいるのだ,と解釈すべきだろう.
単なる語呂遊びというなかれ.上記の例は,音と意味の調和をいやおうなく感じさせ,2項の間に一種の必然性すら呼び起こすかのような,高度に修辞的な表現といえるだろう.fight or flight, nature and nurture, competence and confidence, positive and productive などは,単なる高頻度の共起表現であるという以上に,教訓的,ことわざ的ですらある.
昨日の記事「#953. 頭韻を踏む2項イディオム」 ([2011-12-06-1]) に引き続き,今回は,脚韻を踏む高頻度の binomial を COCA ( Corpus of Contemporary American English ) の n-gram データベースにより拾い出したい.昨日と同様に,3-gram を用い,"A and/but/or B" の形の共起表現で,かつ A と B が脚韻を踏んでいるような例を取りだした.検索結果を納めたテキストファイルはこちら.
検索結果を眺めていて今更ながら気付いたことなのだが,脚韻は頭韻に比べてパターンが見つけやすい.特に顕著なのは,脚韻の多くが,語幹の語尾に依存しているというよりは,接尾辞に依存していることだ.-ing, -ed, -ly, -al, -y, -ion, -er などの屈折接尾辞や派生接尾辞が活躍している.
positive and negative, national and international, internal and external, Friday and Saturday, teaching and learning, gifted and talented, elementary and secondary, hunting and fishing, personal and professional, presence or absence, reliability and validity, coming and going, winners and losers, physical and psychological, formal and informal, directly and indirectly, advantages and disadvantages, rising and falling, physically and mentally, buyers and sellers
また,これも考えてみれば,さもありなんという事例なのだが,複合語の第2要素に同じ形態素を用いることにより韻を踏んでいる例も多い.一種の self-rhyme ではある.
Friday and Saturday, children and grandchildren, Saturday and Sunday, hardware and software, himself or herself, formal and informal, parents and grandparents, direct and indirect, buyers and sellers, mother and grandmother, father and grandfather, Afghanistan and Pakistan, anything and everything, football and basketball, indoor and outdoor, direct or indirect, servicemen and women, likes and dislikes, urban and suburban, indoor and outdoor
接尾辞を多用する屈折や派生,そして right-headed な複合を好む英語においては,脚韻を利用した2項イディオムの形成が容易であり,頻繁であることは,自然に理解できそうだ.逆から見れば,語幹の語頭音を利用する頭韻の2項イディオムの形成は,相対的に難しいということになるのかもしれない.
[2011-07-26-1]の記事「#820. 英仏同義語の並列」で,2項イディオム (binomial idiom) を紹介した.and, but, or などの等位接続詞で結ばれる2項からなる表現は現代英語でも顕在であり,よく見られるものには,語呂のよいもの (euphony) が多い.英語において語呂の良さといえば,[2011-11-26-1]の記事「#943. 頭韻の歴史と役割」で取り上げた頭韻 (alliteration) が,典型の1つとして挙げられる.
ところで,11月22日に,大規模オンライン・コーパス COCA ( Corpus of Contemporary American English ) などで知られるコーパス言語学者 Mark Davies が,COCA に基づく n-gram を無償で公開した.2, 3, 4, 5語からなる,それぞれ最頻100万の共起表現 (collocation) を,頻度数とともに列挙したデータベースで,ダウンロードしてオフラインで自由に処理できる.
・ Visit N-GRAMS: from the COCA and COHA corpora of American English. For downloading, directly visit Free lists.
・ Also visit Word frequency lists and dictionary: from the Corpus of Contemporary American English for other COCA-derived n-grams and frequency lists.
ここで,COCA n-gram から現代英語の2項イディオムに見られる頭韻を探して出してみようと思い立った.3-gram データベースを利用し,"A and/but/or B" の形の共起表現を探った.話者の意識していないところでも,頭韻は日常表現のなかに相当活用されているはずだとの予想のもとでの検索だったが,実際に多数の例を拾い出すことができた.検索結果のテキストファイルはこちら.2項の語頭の子音字が一致しているものを取り出しただけなので,それが表わす子音が一致しているとは限らず,注意が必要である.それでも,相当数の生きた日常的な頭韻の例を拾い出すことができた.
検索結果上位には,his or her, four or five, six or seven, this or that, Saturday and Sunday など,なるほどとは思わせるが,それほど興味深く感じられない例が少なくない.しかし,イディオム的な性格のもう少し強い,次のような共起表現も次々と挙がり,検索の甲斐があったと満足した.
public and private, rules and regulations, pots and pans, command and control, flora and fauna, free and fair, death and destruction, go and get, safety and security, signs and symptoms, fame and fortune, families and friends, fresh or frozen, peace and prosperity, past and present, quantity and quality, morbidity and mortality, slowly but surely, professional and personal, name and number, facts and figures, pencil and paper, state and society, small but significant, clear and convincing
n-gram については,[2010-12-25-1]の記事「#607. Google Books Ngram Viewer」も参照.
[2011-08-02-1]の記事「she の語源説」の (3) で,"sandhi-theory" に言及した.sandhi (サンディー)とはサンスクリット語 (Sanskrit) に由来する文法用語で,我が国では連声(れんじょう)と訳されることもある.原語では,「(彼は)まとめる,つなげる」を表わす saṃ-dadhāti の名詞形で「連結」を意味する.ある語の語末と後続する語の語頭のあいだに見られる音便 (euphony) を指し,その現われは言語によって様々だが,多くは母音や子音の同化 (assimilation) を含む.
Sanskrit には sandhi が音韻形態規則として深く埋め込まれており,その音形が文字にも反映されるので非常に重要な音韻過程である.語と語のあいだ,あるいは複合語の構成要素のあいだに見られる連声は外連声 (external sandhi) と呼ばれ,語中の語幹と派生接辞・屈折接辞のあいだに見られる連声は内連声 (internal sandhi) と呼ばれる.
英語に見られる(外)連声の例としては以下のようなものがある.
・ did you が [did juː] ではなく [diʤuː] となる子音の同化.
・ far 単独では [fɑː] のように non-rhotic だが,far away では [ˈfɑːrəˈweɪ] のように rhotic になる linking r の現象.
・ 不定冠詞 a が母音(ときに無強勢の h )で始まる語の前に置かれる場合に an となる現象 (see [2010-07-30-1], [2010-08-01-1]) .上記の2例と異なり,sandhi の有無を示す異形態が正書法上も区別されている点で,英語では珍しい例である.
「連声」の概念は,「音便」という術語において日本語にも応用されており,アンオン(安穏)がアンノンに,オンヨウジ(陰陽師)がオンミョウジに,セツイン(雪隠)がセッチン,サンイ(三位)がサンミになるように,ン,チ,ツ音にア行・ワ行・ヤ行音が後続する環境で主として漢語の内部に生じる例が多数ある.12世紀を中心とする院政期までには特に仏典の読誦で頻発していたようだが,あくまで中世の現象であり,現在までに生産性を失って語彙的に固定化している.
フランス語の vous aimez [vuzeme] や est-il [ɛtil] などに見られるリエゾン (liaison) も sandhi の一種だが,英語や日本語のそれよりも体系的である.
・ 大塚 高信,中島 文雄 監修 『新英語学辞典』 研究社,1987年.
昨日の記事「euphony and cacophony」([2011-07-15-1]) に関連して,cacophony の話題を1つ.規範的な見解によると,extremely carefully のような -ly 副詞の連続は避けるべきとされる.この場合には,with extreme care などの代替表現を用いるのが適切とされる.Fowler's Modern English Usage の "-ly" の項 (p. 473) にも,-ly 副詞の連続が規範的には好まれないという旨,解説がある.
Considerations of euphony and meaning make it desirable to avoid placing two -ly adverbs in succession when their function in the sentence is different. Thus We are utterly, hopelessly, irretrievably, ruined is acceptable because each of the -ly adverbs has the same relation to ruined. But the following show slightly uneuphonious contiguities: Many of the manuscripts were until comparatively recently in the keeping of Owen's family---English, 1987; he reverts to it (apparently disbelievingly) on several occasions---Encounter, 1987; Appearing relatively recently, Kyra represented change---New Yorker, 1987. The cruder type Soviet industry is at present practically completely crippled is avoidable by substituting almost for practically.
ここでは,部分的に euphony の観点から(つまり cacophony として) -ly の連続の非が論じられているが,この問題に euphony あるいは cacophony の観点を持ち込むことはできないのではないか.引用内で明示されているとおり,複数の -ly 副詞が等位接続されて全体としてある形容詞や副詞にかかる場合には,問題なく容認される.むしろ,この場合には脚韻により強意の効果が増幅されており,euphonious であるとすら解釈されうる.
ところが,統語的に等位の関係ではなく従属の関係を示す comparatively recently のような例では,規範的には容認度が落ちると述べられている.その理由は,引用内に明示はされていないが,議論の流れからすると cacophonous だからということになろう.euphony や cacophony は音(連続)に関する評価を表わす用語であり,統語論・意味論に言及するものではないことを前提とすれば,同じような -ly 副詞の連続が,かたや euphony でかたや cacophony であると評価されるのは妙である.-ly 副詞の連続が忌避されるのは,もっぱら統語意味論的な基準によるのではないだろうか.
しかし,cacophony の観点を完全に無視するわけにいかないのかもしれない.等位関係と従属関係とでは抑揚と強勢のパターンが異なるが,この微妙な差異が euphony と cacophony とを分けている可能性がある.あるいは,原則として cacophonous ではあるが,等位接続された -ly は強意を増幅させる文体的効果ゆえに容認度が上がると考えることができるかもしれない.
接尾辞 -ly については,[2009-06-07-1]の記事「接尾辞 -ly は副詞語尾か?」を参照.
・ Burchfield, Robert, ed. Fowler's Modern English Usage. Rev. 3rd ed. Oxford: OUP, 1998.
楽音と同様に,言語音にも快音と不快音がある.euphony 「快音調」と cacophony 「不快音調」の区別は,単音についても言えるし,音連続についても言える.一般には (1) 調音位置の非常に異なる音が連続する,(2) 子音群が連続する,(3) 同一音が近接して連続する,などの場合に cacophonous とみなされることが多いが,快不快はあくまで主観的な基準であり,言語や文化によってとらえ方は異なる.英語においては,柔らかい,流れるような,融合的な音が euphonious とみなされることが多く,具体的には長母音,半母音 /j, w/ ,鼻音や流音 /l, m, n, r/ が快音調の代表である.
聴いて快適であるのと発音しやすいのとは別のことではあるが,関連はしている.特に後者は英語の形態論や統語論に少なからぬ影響を与えている.潜在的な異形が存在する場合に,cacophony を回避し euphony を得るという目的で,ある形態が選択されているように見える例がある.*a apple ではなく an apple, *Amn't I ではなく Aren't I, *tobaccoist ではなく tobacconist ( n の挿入については[2011-07-03-1]の記事「nightingale」を参照), *for conscience's sake ではなく for conscience' sake, *inpossible ではなく impossible などである.最後の例のような同化 (assimilation) も euphony の一種といえるだろう.
このように,euphony が異形の選択に影響力をもっているように見える例はいくつもあるが,決定的な力をもっているかと言えばそうではないだろう.その言語の音素配列,語法の慣習,類推作用などがより強い影響力を有していることが多く,euphony は,[2011-04-09-1]の記事「独立した音節として発音される -ed 語尾をもつ過去分詞形容詞 (2)」で触れた eurhythmy と同様に,常に効いてはいるが相対的に弱い力として考えられる.
では,cacophony は常に嫌われ者かといえば,R. Browning や Hopkins のような詩人にとってはむしろ武器であった.彼らは cacophony を積極的に利用することで,新鮮な音連続を作り出し,詩的効果を狙ったのである.
[2010-07-23-1]の記事で触れたとおり典型的なイギリス英語,とりわけ RP ( Received Pronunciation ) では通常 postvocalic r は発音されない.しかし,語末に non-rhotic r が現れ,直後の語が母音で始まる場合には r が「復活」するリエゾン ( liaison ) が観察される.例えば "My car is very old." や "Necessity is the mother of invention." などでは r が発音されるのが普通である.
「復活」するためには本来的に r がなければならないはずだ.car や mother が語として単独に発音される場合には r は実現されないが,上記の例をみると本来的に語末に r があると想定するのが妥当である.ところが,本来的に r が欠けているにもかかわらず,次の語が母音で始まる場合に r が挿入される場合がある.この場合には,「復活」とは呼べないので「挿入」や「割り込み」 ( intrusion ) と呼ぶことになる.intrusive r は話し言葉では非常に頻繁に生じる.
最もよく知られた例は,law(r) and order や the idea(r) of this だろう.これらの頻度の高い共起表現では,本来的にあるはずのない r が幽霊のように現れる.他には Shah(r) of Persia, Africa(r) and Asia, an area(r) of disagreement, drama(r) and music などがある.また,1語内でも音節の切れ目で r が挿入される awe(r)-inspiring, draw(r)ing などの例がある.類似現象として,India(n) and Pakistan など intrusive n なるものも見られる.
intrusive r は母音連続を避けようとする一種の音便 ( euphony ) と考えることができる.しかし,この解釈だけでは,なぜ挿入されるのが r でなければならないのか,なぜ *"I(r) am a student" など intrusive r が生じ得ない場合があるのかをうまく説明できない.発音のしやすさに基づく euphony だとしても,(1) 頻度の高い共起表現に起こりやすいこと,(2) 特定の母音が関わるときに起こりやすいことの2点を指摘する必要がある.
(2) について考えてみよう.r が「復活」するタイプの語の語末母音は,実は4種類しかない.four, car, fur, mother にそれぞれ含まれる /ɔː/, /ɑː/, /ɜː/, /ə/ である.一方,これらの母音で終わるが「復活」し得ないタイプ,つまり本来的に r が含まれないタイプの語は,数が非常に少ない.例えば law, Shah, sofa などがあるが,/ɜː/ に対応するものはない.したがって,この4種類の母音で終わる語は十中八九,本来的に r をもっている語であり,intrusive r を伴うのが通常である.そこで,本来的な r をもつこれら多数派からの圧力によって,例外に属する law や Shah も intrusive r を伴うようになったと考えられる.ここでは,音素配列 ( phonotactics ) のありやすさ ( likelihood ) が鍵になっているのである.
intrusive r は発音の規範を意識する人々によって非難されることがあるが,当の本人が "the idea(r) of an intrusive r is obnoxious" と r を挿入したりして,規範とは難しきものなるかな ( Crystal, p. 61 ) .
・ Crystal, David. The English Language. 2nd ed. London: Penguin, 2002. 60--61.
昨日の記事[2010-05-11-1]で often の綴り字発音 ( spelling pronunciation ) を取りあげた.often の例は英語史の観点からみてかなりおもしろいと述べたが,それは昨日話したほかにも理由がある.<t> の発音が話題に取りあげられることの多いのは今日的な問題として当然のことだろうが,英語史的にみるとこの問題は語尾の <n> の起源の問題に行き着くと考えている.そして,この <n> の起源というのが,判然とはしないのだがおもしろい.
"often" の意味の副詞は,古英語では oft という語で表されていた.-en はまだついていない.この語はゲルマン諸語にも対応語の見られる非常に古い語である.中英語には( oft ですでに副詞ではあるが)副詞語尾 -e を付加した ofte も現れ,16世紀後半まで異綴りとして残ったが,現代にまで続いた形は本来の oft である.現代では oft は古語・詩語として用いられるほか,ofttimes や oft-told, oft-quoted などの複合語の要素として用いられる.
often, oftin などの形で語尾の -n が現れだすのは13世紀のことである(一般的になるのは16世紀以降).不定冠詞 an と a の使い分けと同様に,母音で始まる語の前で often が,子音で始まる語の前で ofte が区別して使われていた形跡が Chaucer などにあるが,北部方言ではより早い段階で次の語頭音にかかわらず oftin が使われており,先の euphony による説明の妥当性が問題となる.
そこで考えられたのが,selden "seldom" からの類推 ( analogy ) という説である.頻度を表す副詞という同じ語類に属するので,十分に類推のターゲットになりうると考えられ,説得力は高い.( selden 自体は,hwīlum "whilom" などの複数与格形に由来する語尾からの類推で,古英語後期から -m をもつ変異形でも現れ出す [ see [2009-06-06-1] ].)この seldom 類推説を採用するとなると,以下のような理屈が成り立つのではないか.
現代の <t> を読むか読まないかという問題は,そもそも <t> を読まないという選択肢があり得るところに存する.<t> を読まない発音が現れたのは,近代英語期に三子音の中音が脱落するという英語の音声変化が生じたからである.三子音という環境が整っていたのは,三音目の <n> が中英語で挿入されていたからである.<n> が挿入されたのは,おそらく selden "seldom" からの類推である.とすると,今日の often の発音が [ˈɒfən] か [ˈɒftən] かという議論を引き起こした元凶は,seldom であるということになるのではないか.
こんなところに,英語史の観点から現代英語の問題をみるおもしろさがあるのではないか.
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