hellog〜英語史ブログ     ChangeLog 最新    

india - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-12-22 08:43

2024-05-13 Mon

#5495. インド憲法第343条に記載されている連邦の公用語 [hindi][india][statistics][official_language][demography]

 1950年に定められたインド憲法(英語版)の第343条の第1項によれば,連邦の公用語 (official_language) はデーヴァナーガリー文字 (Devanagari) で書かれたヒンディー語 (hindi) とされている.しかし,向こう15年間は英語の暫定的使用も認める,という但し書き条項が加えられていた.さらに,その15年の後にも,英語を引き続き公的に使用することができる選択肢は開かれていた.インドの公用語をめぐる問題は,すでに憲法制定時より,このように奥歯に物が挟まったような言い方で始まっていたということだ.英語版より343条を引用しよう.

   343. Official language of the Union.---(1) The official language of the Union shall be Hindi in Devanagari script.
   The form of numerals to be used for the official purposes of the Union shall be the international form of Indian numerals.
   (2) Notwithstanding anything in clause (1), for a period of fifteen years from the commencement of this Constitution, the English language shall continue to be used for all the official purposes of the Union for which it was being used immediately before such commencement:
   Provided that the President may, during the said period, by order authorise the use of the Hindi language in addition to the English language and of the Devanagari form of numerals in addition to the international form of Indian numerals for any of the official purposes of the Union.
   (3) Notwithstanding anything in this article, Parliament may by law provide for the use, after the said period of fifteen years, of---
      (a) the English language, or
      (b) the Devanagari form of numerals,
      for such purposes as may be specified in the law.


 憲法上の記載の順序でいえば,ヒンディー語が筆頭の公用語である.実際,インド国内ではヒンディー語は話者が最も多く,2020年の時点で約6億人以上を数えるという(大石(編),p. 70).さらにいえば,ヒンディー語は,世界の中でも3番目に話者の多い超大言語である.2020年のこちらのニュース記事によると,Ethnologue による統計に基づき,次のような解説がなされている.

Hindi is the 3rd most spoken language of the world in 2019 with 615 million speakers. The 22nd edition of the world language database Ethnologue stated English at the top of the list with 1,132 million speakers. Chines Mandarin is at the second position with 1,117 million speakers.


 今後もインドの人口増加と連動してヒンディー語の話者人口は増えていくものと思われる.インドのダイナミックな言語事情からは目を離せない.
 関連して Ethnologue の言語話者人口について「#3009. 母語話者数による世界トップ25言語(2017年版)」 ([2017-07-23-1]) を,多言語国家の公用語の話題として「#3291. 11の公用語をもつ南アフリカ共和国」 ([2018-05-01-1]) を参照.

 ・ 大石 晴美(編) 『World Englishes 入門』 昭和堂,2023年.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2018-05-25 Fri

#3315. 「ラモハン・ロイ症候群」 [linguistic_imperialism][india]

 英語帝国主義批判に対する典型的な再批判として,次のようなものがある.イギリスなどの宗主国が,植民地の政治・宗教・教育の言語として英語を押しつけたというのは正しい理解ではない.むしろ,植民地側が宗主国のもつ高い技術や文化を得るために,自ら積極的に英語を習得しようとしたと理解すべきである,と.1820年代のインドで,英語の位置づけに関する論争が起こっていたとき,西洋の文明を礼賛してやまないインド人の小集団があった.この影響力のある集団のなかに,ベンガル出身のラモハン・ロイ (Ram Mohan Roy; 1772--1833) がいた.彼によって書かれた1823年12月11日の手紙は,英語帝国主義批判への再批判の根拠とされ,しばしば引用されてきた.平田 (142) による訳を示す.

この(カルカッタの)学校が提案されれば,イングランド政府は膨大な資金をつぎ込んで,毎年インド臣民の教育に貢献するでしょう.この資金は,ヨーロッパの才能と教養を持つジェントルマンを雇って,インドの現地民に,数学,物理学,化学,天文学,他の有益な諸科学を教えるために意図されたものと真に期待しますし,諸科学を持つからこそ,ヨーロッパの人々は世界の他の人々よりも完璧なまでに優れた民となったのです.……われわれは,政府が[これらを教育する]サンスクリット語学校を設立して,いまやインドにも流布しているこれらの知識を教えてくれるものと考えます.


 サンスクリット語学校とあるが,そこで優先的に教育のために使用されるべき言語は英語だとラモハン・ロイは主張していたのである.ここから,インド側から積極的に英語の受け入れを表明する態度は「ラモハン・ロイ症候群」と呼ばれるようになった.
 今から200年ほど前のインドでの一幕に由来する「ラモハン・ロイ症候群」は,21世紀の現在,世界中できわめてありふれた症候群となっているように思われる.日本も例外ではない.それどころか,日本には多数のラモハン・ロイ症候群に罹った人々がいて,日本の英語教育政策や英語観の形成に大きな影響力をもっているのである.

 ・ 平田 雅博 『英語の帝国 ―ある島国の言語の1500年史―』 講談社,2016年.

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

2017-09-11 Mon

#3059. ベンガル語の必修化を巡るダージリンのストライキ [india][sociolinguistics][esl][official_language]

 紅茶の名産地であるインド北東部,ヒマラヤ山脈南麓のダージリン地方 (Darjeeling) で大規模なストライキが3ヶ月続いている.すべての茶園が閉まっており,最盛期の6月の生産量は昨年同期の1割ほどにとどまり,損失額は45億ルピー(約76億円)だという.ストに伴う暴動で住民に死亡者も出ている.

Map of Darjeeling

 ストの背景には民族と言語の問題がある.ネパール国境に近いダージリン地方にはネパール語 (Nepal) を母語とするネパール系住民が多く,西ベンガル州から独立して「ゴルカランド州」を建てようとする運動が1980年代から続いている.そこへ今年5月,西ベンガル州政府が州の公用語であるベンガル語 (Bengali) の教育を義務化すると公表した.ダージリンでは主にネパール語や英語が教えられており,住民たちはこのベンガル語の強制に反発し,6月より大規模なストを始めたというわけだ.州政府は必修化を撤回したが,ストは収まっていない.
 このエリアが,民族,言語に関して込み入った事情のある地域であることは明らかである.本ブログより,関連する情報をいくつか提示しよう.

 (1) 「#3009. 母語話者数による世界トップ25言語(2017年版)」 ([2017-07-23-1]) によると,ベンガル語は2億4200万人の話者を擁する世界第6位の大言語である.
 (2) ダージリンの住民と関係の深いネパールでは,ネパール語と並んで英語も広く使われている.「#2469. アジアの英語圏」([2016-01-30-1]) でみたように,ネパール国内では700万人ほどが英語を第2言語 (ESL = English as a Second Language) として話しており,「#56. 英語の位置づけが変わりつつある国」 ([2009-06-23-1]) の1つである.
 (3) インドの言語多様性はよく知られている.「#401. 言語多様性の最も高い地域」 ([2010-06-02-1]) でみたとおり,445ほどの言語を擁する.言語多様性指数は 0.940 と著しく高い.

Referrer (Inside): [2017-09-12-1]

[ 固定リンク | 印刷用ページ ]

Powered by WinChalow1.0rc4 based on chalow