昨日の記事「#5643. 「本と文字は時空を超える」 --- 2023年度慶應義塾大学文学部公開講座「越境する文学部」より」 ([2024-10-08-1]) を受けて,追加の話題です.
昨年7月1日にこちらの公開講座が開催されのですが,安形麻理教授(図書館・情報学専攻)との対談に先立ち,私のほうから30分ほど「文字」について講演させていただきました.
公開講座の冊子はすでに発行されているのですが,必ずしも広く出回るわけではありません.そこで,その講義資料をもとに,要旨を markmap というウェブツールによりマインドマップ化したものを公開します(画像としてはこちらからどうぞ).概要だけでも伝われば.
私の所属している慶應義塾大学文学部では,例年春学期に3回ほど公開講座を開いています.昨年度の公開講座の大テーマは「越境する文学部」でした.
2023年7月1日に,第3回の公開講座が三田キャンパスにて開かれ,そこで図書館・情報学専攻の安形麻理教授と私,堀田隆一(英米文学専攻)による講演・対談が実現しました.お題は「本と文字は時空を超える」です.会場からの質疑応答を含め2時間ほどじっくり議論しました.
この公開講座の後,安形先生とは同じテーマで Voicy heldio にて対談収録を行ない,「#768. 本と文字は時空を超える --- 安形麻理先生との対談」として配信しています.ぜひお聴きください.hellog としても「#5185. 文字・本の何が残るのか,何を残すのか --- 安形麻理先生との対談」 ([2023-07-08-1]) の記事でご案内しました..
さて,公開講座より1年以上が経ちましたが,講演・対談を文字起こしして編集を加えた冊子が発行されました.3つの公開講座が収録されています.
・ 「日本列島へと至る道 --- 最初の日本人を考える」(河野 玲子・奈良 貴史・(司会)渡辺 丈彦) (pp. 3--32)
・ 「私たちは世界をどうみているのか? --- アートを通して考える」(平田 栄一朗・新倉 慎右・(司会)兎田 幸司) (pp. 33--64)
・ 「本と文字は時空を超える」(堀田 隆一・安形 麻理・(司会)峯島 宏次) (pp. 65--95)
慶應大学文学部らしい多様なテーマの公開講座となりました.
ちなみに2024年度の公開講座の大テーマは「交流する文学部」でした(すでに終了しています).2025年度の公開講座もお楽しみに!
・ 堀田 隆一・安形 麻理・(司会)峯島 宏次 「本と文字は時空を超える」 『越境する文学部』(極東証券株式会社寄附講座 慶應義塾大学文学部公開講座2023) 慶應義塾大学文学部,2024年3月29日.65--95頁.
「#5601. 漢字は中国語と日本語で文字論上の扱いが異なる」 ([2024-08-27-1]) の記事で,今野を引用して漢字の文字論を考えた.そのなかで「漢字列」という用語がさらっと登場した.しかし,これは日本語における漢字の役割を議論する上で,すこぶる重要な用語であり概念だと学んだ.私たちが一般的に「漢熟語」としてとらえている,典型的には漢字2字ほどからなる表現のことである.
今野は「漢字列」という洞察を導入するにあたって,具体例として「平明」を挙げている.普通に考えれば,これは「ヘイメイ」と音読みで読み下すだろう.しかし,それは現代の話しである.12世紀半ばという時代設定で考えると,この漢字2文字からなる「漢字列」は,音読みの「ヘイメイ」のみならず,訓読みで「アケホノ」とも読み下すことができた.漢語が多く使われている文章内では「ヘイメイ」と読み下す可能性が高く,和語が多く使われている文章内では「アケホノ」の可能性が高かったにちがいない.この2文字の連なりは,原理的には1つの読みに定まらなかったのであり,その点において正書法がなかった,といえるのだ.
かくして,この漢字2文字の扱いは宙ぶらりんとなる.この漢字2文字を,きわめて形式的に「漢字列」と呼んでおこう.これをどのように読み下すかは別として,読み下す以前の形式に言及したい場合に,無味乾燥な「漢字列」の呼称は意外と便利である.読み下しの結果いかんにかかわらず使える用語・概念だからだ.
ここまで来たところで,今野 (44--45) の説明を導入しよう.きっとこの用語・概念の有益さが分かるだろう.
しかし,とにもかくにも,言語を観察しようとしているのに,今みている漢字列がいかなる語をあらわしているかわからない,という状況が日本語においては起こり得る.こうしたことにかかわることがらを説明しようとした時になんとも落ち着きがわるいし,説明しにくい.その落ち着きのわるさ,説明のしにくさをいくらかでも解消するために,いかなる語をあらわしているかわからないものに「漢字列」という名前をつけておく.それがいかなる語をあらわしているか判明したら,和語とか漢語とかはっきりとした呼び方をすればよい.また語を超えた単位であっても,漢字が並んでいるものはすべて「漢字列」と呼ぶ.
このように「漢字列」という概念を設定しておくことは日本語の歴史の観察,分析,記述に有効であると考える.あるいは有効であることを超えて,「漢字列」が日本語の歴史にとってのキー・ワードの一つかもしれない.つまり,「漢字列」という概念を使って説明すると,うまく説明できることが多いのが日本語ということになる.当然のことであるが,文字化に漢字を使っていない言語について考えるにあたっては「漢字列」という概念は必要がない.表音文字のみを使う言語の観察には存在しない概念といってよい.
一般文字論にとって,きわめて示唆に富む洞察ではないか.
・ 今野 真二 『日本語と漢字 --- 正書法がない言葉の歴史』 岩波書店〈岩波新書〉,2024年.
今野真二(著)『日本語と漢字』を熟読している.文字論について考えさせられることが多い.本書はすでに「#5576. 標準語の変遷と方言差を考える --- 日本語史と英語史の共通点」 ([2024-08-02-1]) と「#5590. 日本語記述の定点観測 --- 「定点」=「漢字・漢語」」 ([2024-08-16-1]) でも取り上げてきた.
今回は,同じ漢字は漢字でも,それが原則的に中国語では表語文字として,日本語では表語文字に加えて表意文字としても用いられる,という話題を取り上げる.見た目はほぼ同じ漢字であっても,文字論上の役割が異なるという洞察である.今野 (40--41) がこの旨を以下のように解説してくれている.
さきに,「中国語を文字化する場合の漢字は基本的に表語文字として機能している」と述べた.それは文字としての漢字一字が(基本的に)中国語一語に対応しているということと言い換えてもよい.日本語においては漢字「足」がいつも和語「アシ」を文字化しているわけではない.ということは,表語文字として機能していない場合があることになる.日本語における漢字一字は,どちらかといえば,一語をあらわしていないことが多い.
漢字「足」は〈たりる〉という字義ももっているので,日本語「タリル(古語形タル)」の文字化にも使われる.漢語「マンゾク」の語義は〈十分なこと〉である.漢語「マンゾク」の語義を知らない人が,漢字列「満足」を「満」と「足」とに分解して,それぞれに対応する和訓を使って,「マンゾク」の語義を〈みちたりる〉と推測することがあるかもしれない.そしてそれでもいいことになる.漢字列「満足」の「足」を,和訓「タリル」によって理解することができるのだから,「足」はある程度語義を示唆していることになる.
この「ある程度語義を示唆している・意味を喚起している」ことを「表意」と呼ぶことにすると,この場合の漢字は「表意文字」として機能しているとみることができる.先に述べたように,「アシ」という語を「足」によって文字化している場合の漢字は「表語文字」として機能しているのだから,日本語を文字化する場合の漢字は「表語文字」の場合,「表意文字」の場合があることになる.
さらに比較的周辺的な事例であるとはいえ,漢字には表音文字的な使い方も確かにある.これは中国語にも日本語にも当てはまることだ.これについて,著者は「瑠璃」や「卑弥呼」の例を挙げている.前者はサンスクリット語の単語の発音を再現しており,後者は和語の人名の発音を文字化している.
つまり,日本語に関する限り,漢字は使われ方次第で,表語的,表意的,表音的いずれにでも機能しうるということになる.しかし,実のところ中国語でも漢字は原則として表語的に用いられるとはいえ,日本語の場合と程度の差はあれ他の役割を果たすこともあり得る.この辺りは精妙な問題ではあるが,著者は日本語における漢字のあり方がいかなるものなのかを鋭く追究している.
・ 今野 真二 『日本語と漢字 --- 正書法がない言葉の歴史』 岩波書店〈岩波新書〉,2024年.
本ブログでは英語の綴字と発音の乖離 (spelling_pronunciation_gap) の話題を多く取り上げてきた.私の専門領域の1つだからということもあるが,とりわけ日本の英語学習者が関心を抱きやすいトピックだということを経験上知っているからでもある.
英語の綴字とその歴史をめぐっては,さまざまな研究書や一般書が出版されてきた.最近の目立ったところでは Horobin, Simon. Does Spelling Matter? Oxford: OUP, 2013. があり,これは『スペリングの英語史』(早川書房,2017年)として私自身が翻訳書として出版してきた経緯もある.
今回は,読みやすい英書として本ブログでも何度も引用・参照してきた Vivian Cook による The English Writing System (Hodder Education, 2004) を紹介したい.書き言葉全般の話題から説き起こし,英語の綴字と正書法,その歴史,句読法,そして綴字学習にも話題が及ぶ.例示,課題,規則表,キーワード,参考文献,索引が完備されており,読み手に優しい.以下に目次を示す.
1 Ways of writing
1.1 Meaning-based and sound-based writing
1.2 Two ways of processing written language
2 The multi-dimensions of spoken and written English
2.1 Differences between the visual and acoustic media
2.2 Special features of written English
3 Approaches to English spelling
3.1 Basic rules for English
3.2 Venezky: correspondence rules and markers
3.3 Albrow: three systems of English spelling
3.4 Noam and Carol Chomsky: lexical representation
4 Punctuation and typography
4.1 Grammatical and correspondence punctuation
4.2 The typography of English
5 Learning the English writing system
5.1 English-speaking children's acquisition of spelling
5.2 Acquisition of English spelling by speakers of other languages
6 Historical changes
6.1 Before English
6.2 Old English
6.3 Middle English
6.4 From Early Modern English to Modern English
7 Variation in the English writing system
7.1 Differences of region: 'British' and 'American' spelling styles
7.2 Novel spellings of pop groups and business names
7.3 Adapting English to modern means of communication
References
IPA transcription of English phonemes
Index
英語綴字の見方が変わる本です.
・ Cook, Vivian. The English Writing System. London: Hodder Education, 2004.
・ Horobin, Simon. Does Spelling Matter? Oxford: OUP, 2013.
・ サイモン・ホロビン(著),堀田 隆一(訳) 『スペリングの英語史』 早川書房,2017年.
中英語期のイングランドはマルチリンガルな社会だった.ポリグロシアな社会といってもよい.この全時代を通じて,イングランドの民衆の話し言葉は常に英語だったが,書き言葉は,書き手やレジスターや時期により,ラテン語,フランス語,英語のいずれもあり得た.しかし,書き言葉としての英語は,中英語後期にかけてゆっくりとではあるが,着実に存在感を示すようになってきた.
Fisher et al. (xiii) は,イングランドにおけるこの3世紀半の言語事情を,1段落の文章で要領よくまとめている.以下に引用する.
Until the 14th century there was little association between Chancery and Westminster. Like the rest of his household, Chancery followed the King in his peregrinations about the country, and correspondence up to the time may be dated from York, Winchester, Hereford, or wherever the court happened to pause (as the King's personal correspondence---the Signet correspondence---continued to be throughout the 15th century). It is important to observe that in its movement about the country, the court as a whole must have reinforced the impression of an official class dialect , in contrast to the regional dialects with which it came in contact. For two centuries this court dialect was spoken French and written Latin; after 1300 it gradually became spoken English and written French. The English spoken in court then and for a long time afterward was quite varied in pronunciation and structure. But written Latin had been standardized in classical times, and by the 13th century written French had begun to be standardized in form and to achieve the lucid idiom that English prose was not to achieve until the 16th century. Increasingly as the 14th century progressed, this Latin and French was written by clerks whose first language was English. Latin was the essential subject in school, but the acquisition of French was more informal, and by the end of the century we have Chaucer's satire on the French of the Prioress, Gower's apologies for his own (quite acceptable) French, and the errors in legal briefs which betoken Englishmen trying to compose in a foreign language. By 1400 the use of English in speaking Latin and French in administrative writing had established a clear dichotomy between colloquial speech and the official written language, which must have made it easier to create an artificial written standard independent of the spoken dialects when the royal clerks began to use English for their official writing after 1417.
なお,最後に挙げられている1417年とは,「#3214. 1410年代から30年代にかけての Chancery English の萌芽」 ([2018-02-13-1]) で触れられている通り,Henry V の書簡が玉璽局 (Signet Office) により英語で発行され始めた年のことである.
・ Fisher, John H., Malcolm Richardson, and Jane L. Fisher, comps. An Anthology of Chancery English. Knoxville: U of Tennessee P, 1984. 392.
現代日本語の慣習によれば,平仮名の「か」に対して「が」,「さ」にたいして「ざ」,「た」に対して「だ」のように濁音には濁点が付される.阻害音について,清音に対して濁音ヴァージョンを明示するための発音区別符(号) (diacritical_mark) だ.ハ行子音を例外として,原則として無声音に対して有声音を明示するための記号といえる.濁点のこの使用方針はほぼ一貫しており,体系的である.
一方,英語の摩擦音3対 [f]/[v], [s]/[z], [θ]/[ð] については,正書法上どのような書き分けがなされているだろうか.この問題については,1ヶ月ほど前に Mond に寄せられた目の覚めるような質問を受け,それへの回答のなかで部分的に議論した.
・ boss ってなんで s がふたつなの?と8歳娘に質問されました.なんでですか?
[f] と [v] については,それぞれ <f> と <v> で綴られるのが大原則であり,ほぼ一貫している.of [əv] のような語はあるが,きわめて例外的だ.
[s] と [z] の書き分けに関しては,上記の回答でも,かなり厄介な問題であることを指摘した.<s>, <ss>, <se>, <ce>; <z>, <zz>, <ze> などの綴字が複雑に絡み合ってくるのだ.なるべく書き分けたいという風味はあるが,そこに一貫性があるとは言いがたい.
[θ] と [ð] に至っては,いずれも <th> という1種類の綴字で書き表わされ,書き分ける術はない.歴史的にいえば,書き分けようという意図も努力も感じられなかったとすらいえる.
以上より序列をつければ,
・ 仮名の濁点を利用した書き分けは「トップ合格」
・ [f]/[v] の書き分けは「合格」
・ [s]/[z] の書き分けは「ギリギリ及第」
・ [θ]/[ð] の書き分けは「落第」
となる.この序列づけのインスピレーションを与えてくれたのは Daniels (64) の次の1文である,
Phonemic split sometimes brings new letters or spellings (e.g. Middle English <v> alongside <f> when French loans caused voicing to become significant; cf. also <vision> vs <mission>), sometimes not---English used <ð> and <þ> indifferently, even in a single manuscript, for both the voiced and voiceless interdentals, a situation persisting with Modern English <th> due to low functional load. Japanese, on the other hand, uses diacritics on certain kana for the same purpose.
なお,今回の話題については,先行して Voicy のプレミアムリスナー限定配信チャンネル「英語史の輪」 (helwa) の配信回「【英語史の輪 #95】boss ってなんで s が2つなの?」(2月17日配信)で取り上げている.
・ Daniels, Peter T. "The History of Writing as a History of Linguistics." Chapter 2 of The Oxford Handbook of the History of Linguistics. Ed. Keith Allan. Oxford: OUP, 2013. 53--69.
表音文字は音声を表わす.表意文字は意味を表わす.表語文字は語を表わす.定義そのものを述べているだけで,当たり前のように思われるかもしれない.しかし,実際にはそれぞれの文字種は,機能的に互いに乗り入れることも多く,さまざまな言語学的情報を伝えている.
音声学の観点から文字をみると,文字は発話の流れ,音声,異音を表わすことができる.音韻論的には,文字は音節,モーラ,子音や母音の分節音,そして超分節音を表わせる.形態論的には,文字は語,屈折,派生,形態音韻論的単位に対応し得る.統語論的には,文字は構成素構造や談話構造を伝える.語用論的には,文字は強調やポライトネスを表わすこともあり得る.文字が背負い得る言語学的情報は,ほかにも考えられるだろう.
Daniels (69) は,「言語学史としての文字史」と題する論考の結論で,今後の文字論においては,文字が表わし得る言語学的情報の種類に注目することが必要であると説く.
What emerges from this survey is the unsurprising conclusion that aspects of linguistic structure that are most salient to the language user---the most accessible to conscious control: words, syllables, discourse, emphasis---are the most likely to be taken into account in their orthographies. Other features have emerged more or less incidentally over the centuries, and have either been incorporated into common usage or have dropped out of fashion. Needed is investigation of the origin and persistence of all these features in all the world's orthographies (vs the prevailing concentration on the evolution of the shapes of characters and beyond the recent attention to the acquisition of orthographies). It may show that imposition of script reform outside the context of adoption or adaptation of a script to a new language is an otiose and even futile exercise. The twin examples of Sassanian conservatism and Turkish innovation reveal that only in extraordinary circumstances can either of these extremes succeed. In every case, a writing system must be understood through the pens of those who write it.
これからの文字論のあり方に示唆を与えてくれる重要な洞察だ.
・ Daniels, Peter T. "The History of Writing as a History of Linguistics." Chapter 2 of The Oxford Handbook of the History of Linguistics. Ed. Keith Allan. Oxford: OUP, 2013. 53--69.
ある言語を書き取る文字やその書き言葉の体系は,それ自体がその言語の話し言葉を対象とした言語学の1つの形である.言語を意識的に分析することなしに,人は文字や表記体系を考案することはできないからだ.そして,それを読み書きする能力を後から身につけた人もまた,間接的に考案者の言語分析を追体験することになるからだ.
Daniels (54) は「言語学史としての書き言葉の歴史」のなかで,次のように述べている.
Ordinarily, speakers have no insight into the nature of their language or what they are doing when they are speaking. But when a language is written, it is consciously written, and every writing system embodies an analysis of its languages. And that analysis is known not only to the deviser of the writing system (however great an accomplishment the act of devising a writing system may be), but also---consciously---to everyone who learns to write, and even read, that writing system. Ergo, every writing system informs us of 'native speaker analysis' of every written language, and such analyses have touched on virtually every level of analysis known to modern linguistics.
書き言葉の発明は,それ自身が話し言葉の言語学的分析の証拠とみなすことができる.したがって,言語学史書の最初に置かれるべき話題である.なるほど,その通り.
・ Daniels, Peter T. "The History of Writing as a History of Linguistics." Chapter 2 of The Oxford Handbook of the History of Linguistics. Ed. Keith Allan. Oxford: OUP, 2013. 53--69.
3週間後の2月24日(土)の 15:30--18:45 に,朝日カルチャーセンター新宿教室にてシリーズ講座「文字と綴字の英語史」の第4回となる「近代英語の綴字 --- 標準化を目指して」が開講されます.
今回の講座は,全4回のシリーズの第4回となります.シリーズのラインナップは以下の通りです.
・ 第1回 文字の起源と発達 --- アルファベットの拡がり(春・4月29日)
・ 第2回 古英語の綴字 --- ローマ字の手なずけ(夏・7月29日)
・ 第3回 中英語の綴字 --- 標準なき繁栄(秋・10月7日)
・ 第4回 近代英語の綴字 --- 標準化を目指して(冬・2月24日)
今度の第4回については,先日 Voicy heldio にて「#971. 近代英語の綴字 --- 2月24日(土)の朝カルのシリーズ講座第4回に向けて」として概要を紹介していますので,お聴きいただければ幸いです.
これまでの3回の講座では,英語綴字の標準化の前史を眺めてきました.今回はいよいよ近現代における標準化の実態に迫ります.まず,15世紀の Chancery Standard に始まり,16世紀末から17世紀にかけての Shakespeare,『欽定訳聖書』,初期の英語辞書の時代を経て,18--19世紀の辞書完成に至るまでの時期に注目し,英単語の綴字の揺れと変遷を追います.その後,アメリカ英語の綴字,そして現代の綴字改革の動きまでをフォローして,現代英語の綴字の課題について論じる予定です.各時代の英単語の綴字の具体例を示しながら解説しますので,迷子になることはありません.
本講座にご関心のある方は,ぜひこちらのページよりお申し込みください.講座当日は,対面のほかオンラインでの参加も可能です.また,参加登録されますと,開講後1週間「見逃し配信」を視聴できます.ご都合のよい方法でご参加いただければと思います.シリーズ講座ではありますが,各回の内容は独立していますので,今回のみの単発のご参加でもまったく問題ありません.なお,講座で用いる資料は,当日,参加者の皆様に電子的に配布される予定です.
本シリーズと関連して,以下の hellog 記事,および Voicy heldio 配信回もご参照ください.
[ 第1回 文字の起源と発達 --- アルファベットの拡がり ]
・ heldio 「#668. 朝カル講座の新シリーズ「文字と綴字の英語史」が4月29日より始まります」(2023年3月30日)
・ hellog 「#5088. 朝カル講座の新シリーズ「文字と綴字の英語史」が4月29日より始まります」 ([2023-04-02-1])
・ hellog 「#5119. 朝カル講座の新シリーズ「文字と綴字の英語史」の第1回を終えました」 ([2023-05-03-1])
[ 第2回 古英語の綴字 --- ローマ字の手なずけ ]
・ hellog 「#5194. 7月29日(土),朝カルのシリーズ講座「文字と綴字の英語史」の第2回「古英語の綴字 --- ローマ字の手なずけ」」 ([2023-07-17-1])
・ heldio 「#778. 古英語の文字 --- 7月29日(土)の朝カルのシリーズ講座第2回に向けて」(2023年7月18日)
・ hellog 「#5207. 朝カルのシリーズ講座「文字と綴字の英語史」の第2回「古英語の綴字 --- ローマ字の手なずけ」を終えました」 ([2023-07-30-1])
[ 第3回 中英語の綴字 --- 標準なき繁栄 ]
・ hellog 「#5263. 10月7日(土),朝カルのシリーズ講座「文字と綴字の英語史」の第3回「中英語の綴字 --- 標準なき繁栄」」 ([2023-09-24-1])
・ heldio 「#848. 中英語の標準なき綴字 --- 10月7日(土)の朝カルのシリーズ講座第3回に向けて」(2023年9月26日)
[ 第4回 近代英語の綴字 --- 標準化を目指して ]
・ heldio 「#971. 近代英語の綴字 --- 2月24日(土)の朝カルのシリーズ講座第4回に向けて」(2024年1月27日)
多くの方々のご参加をお待ちしております.
伊藤雄馬さんによる『ムラブリ』(集英社インターナショナル,2023年)は,「ゆる言語学ラジオ」や「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」他でもすでに紹介されており,言語学界隈ではよく知られた存在になっています.
本書はインドシナ最後の森の狩猟民,ムラブリ (Mlabri) とその言語をフィールド調査した記録ですが,そのままムラブリに「持っていかれてしまった」言語学者,伊藤雄馬さんの青春記というべきものにもなっています.
先日,井上・堀田の YouTube に伊藤さんをゲストとしてお招きし,ムラブリや言語一般をめぐる対談回を収録しました.ただいま準備中ですが,いずれ公開されますので,そちらもお楽しみに!
・ 伊藤 雄馬 『ムラブリ』 集英社インターナショナル,2023年.
約2週間後の10月7日(土)の 15:30--18:45 に,朝日カルチャーセンター新宿教室にてシリーズ講座「文字と綴字の英語史」の第3回となる「中英語の綴字 --- 標準なき繁栄」が開講されます.
今回の講座は,全4回のシリーズの第3回となります.シリーズのラインナップは以下の通りです.
・ 第1回 文字の起源と発達 --- アルファベットの拡がり(春・4月29日)
・ 第2回 古英語の綴字 --- ローマ字の手なずけ(夏・7月29日)
・ 第3回 中英語の綴字 --- 標準なき繁栄(秋・10月7日)
・ 第4回 近代英語の綴字 --- 標準化を目指して(冬・未定)
これまでの2回の講座では,まず英語史以前の文字・アルファベットの起源と発達を確認し,次に古英語期(449--1100年)におけるローマ字使用の実際を観察してきました.第3回で注目する時期は中英語期(1100--1500年)です.この時代までに英語話者はローマ字にはすっかり馴染んでいましたが,1066年のノルマン征服の結果,「標準英語」が消失し,単語の正しい綴り方が失われるという,英語史上でもまれな事態が展開していました.やや大げさに言えば,個々の英語の書き手が,思い思いに好きなように単語を綴った時代です.これは秩序崩壊とみればネガティヴとなりますが,自由奔放とみればポジティヴです.はたしてこの状況は,後の英語や英語のスペリングにいかなる影響を与えたのでしょうか.英語スペリング史において,もっともメチャクチャな時代ですが,だからこそおもしろい話題に満ちています.講座のなかでは中英語原文も読みながら,この時代のスペリング事情を眺めてみたいと思います.
講座の参加にご関心のある方は,ぜひこちらのページよりお申し込みください.対面のほかオンラインでの参加も可能です.また,参加登録された方には,後日見逃し配信としてアーカイヴ動画へのリンクも送られる予定です.ご都合のよい方法でご参加ください.全4回のシリーズものではありますが,各回の内容は独立していますので,単発でのご参加も歓迎です.
本シリーズと関連して,以下の hellog 記事,および Voicy heldio 配信回もご参照ください.
[ 第1回 文字の起源と発達 --- アルファベットの拡がり ]
・ heldio 「#668. 朝カル講座の新シリーズ「文字と綴字の英語史」が4月29日より始まります」(2023年3月30日)
・ hellog 「#5088. 朝カル講座の新シリーズ「文字と綴字の英語史」が4月29日より始まります」 ([2023-04-02-1])
・ hellog 「#5119. 朝カル講座の新シリーズ「文字と綴字の英語史」の第1回を終えました」 ([2023-05-03-1])
[ 第2回 古英語の綴字 --- ローマ字の手なずけ ]
・ hellog 「#5194. 7月29日(土),朝カルのシリーズ講座「文字と綴字の英語史」の第2回「古英語の綴字 --- ローマ字の手なずけ」」 ([2023-07-17-1])
・ heldio 「#778. 古英語の文字 --- 7月29日(土)の朝カルのシリーズ講座第2回に向けて」(2023年7月18日)
・ hellog 「#5207. 朝カルのシリーズ講座「文字と綴字の英語史」の第2回「古英語の綴字 --- ローマ字の手なずけ」を終えました」 ([2023-07-30-1])
[ 第3回 中英語の綴字 --- 標準なき繁栄 ](以下,2023/09/26(Tue)の後記)
・ heldio 「#848. 中英語の標準なき綴字 --- 10月7日(土)の朝カルのシリーズ講座第3回に向けて」(2023年9月26日)
先日「#5194. 7月29日(土),朝カルのシリーズ講座「文字と綴字の英語史」の第2回「古英語の綴字 --- ローマ字の手なずけ」」 ([2023-07-17-1]) でご案内した通り,昨日,朝日カルチャーセンター新宿教室にてシリーズ講座「文字と綴字の英語史」の第2回となる「古英語の綴字 --- ローマ字の手なずけ」を開講しました.多くの方々に対面あるいはオンラインで参加いただきまして感謝申し上げます.ありがとうございました.
古英語期中に,いかにして英語話者たちがゲルマン民族に伝わっていたルーン文字を捨て,ローマ字を受容したのか.そして,いかにしてローマ字で英語を表記する方法について時間をかけて模索していったのかを議論しました.ローマ字導入の前史,ローマ字の手なずけ,ラテン借用語の綴字,後期古英語期の綴字の標準化 (standardisation) ,古英詩 Beowulf にみられる文字と綴字について,3時間お話ししました.
昨日の回をもって全4回シリーズの前半2回が終了したことになります.次回の第3回は少し先のことになりますが,10月7日(土)の 15:00~18:45 に「中英語の綴字 --- 標準なき繁栄」として開講する予定です.中英語期には,古英語期中に発達してきた綴字習慣が,1066年のノルマン征服によって崩壊するするという劇的な変化が生じました.この大打撃により,その後の英語の綴字はカオス化の道をたどることになります.
講座「文字と綴字の英語史」はシリーズとはいえ,各回は関連しつつも独立した内容となっています.次回以降の回も引き続きよろしくお願いいたします.日時の都合が付かない場合でも,参加申込いただけますと後日アーカイブ動画(1週間限定配信)にアクセスできるようになりますので,そちらの利用もご検討ください.
本シリーズと関連して,以下の hellog 記事をお読みください.
・ hellog 「#5088. 朝カル講座の新シリーズ「文字と綴字の英語史」が4月29日より始まります」 ([2023-04-02-1])
・ hellog 「#5194. 7月29日(土),朝カルのシリーズ講座「文字と綴字の英語史」の第2回「古英語の綴字 --- ローマ字の手なずけ」」 ([2023-07-17-1])
同様に,シリーズと関連づけた Voicy heldio 配信回もお聴きいただければと.
・ heldio 「#668. 朝カル講座の新シリーズ「文字と綴字の英語史」が4月29日より始まります」(2023年3月30日)
・ heldio 「#778. 古英語の文字 --- 7月29日(土)の朝カルのシリーズ講座第2回に向けて」(2023年7月18日)
来週末7月29日(土)の 15:30--18:45 に,朝日カルチャーセンター新宿教室にてシリーズ講座「文字と綴字の英語史」の第2回となる「古英語の綴字 --- ローマ字の手なずけ」が開講されます.
シリーズ初回は「文字の起源と発達 --- アルファベットの拡がり」と題して3ヶ月前の4月29日(土)に開講しました.それを受けて第2回は,ローマ字が英語に入ってきて本格的に用いられ始めた古英語期に焦点を当てます.古英語話者たちは,ローマ字をいかにして受容し,格闘しながらも自らの道具として手なずけていったのか,その道筋をたどります.実際にローマ字で書かれた古英語のテキストの読解にも挑戦してみたいと思います.
ご関心のある方はぜひご参加ください.講座紹介および参加お申し込みはこちらからどうぞ.対面のほかオンラインでの参加も可能です.また,参加登録された方には,後日アーカイヴ動画(1週間限定配信)のリンクも送られる予定です.ご都合のよい方法でご参加ください.全4回のシリーズものではありますが,各回の内容は独立していますので,単発のご参加も歓迎です.
シリーズ全4回のタイトルは以下の通りとなります.
・ 第1回 文字の起源と発達 --- アルファベットの拡がり(春・4月29日)
・ 第2回 古英語の綴字 --- ローマ字の手なずけ(夏・7月29日)
・ 第3回 中英語の綴字 --- 標準なき繁栄(秋・未定)
・ 第4回 近代英語の綴字 --- 標準化を目指して(冬・未定)
本シリーズと関連して,以下の hellog 記事,および Voicy heldio 配信回もご参照下さい.
・ hellog 「#5088. 朝カル講座の新シリーズ「文字と綴字の英語史」が4月29日より始まります」 ([2023-04-02-1])
・ heldio 「#668. 朝カル講座の新シリーズ「文字と綴字の英語史」が4月29日より始まります」(2023年3月30日)
・ (2023/07/18(Tue) 後記)heldio 「#778. 古英語の文字 --- 7月29日(土)の朝カルのシリーズ講座第2回に向けて」(2023年7月18日)
去る4月29日(土),朝日カルチャーセンター新宿教室にて新シリーズ講座「文字と綴字の英語史」がオープンしました.向こう1年ほどかけて春夏秋冬の全4回,英語の文字と綴字の歴史についてお話ししていきます.
初回は「文字の起源と発達 --- アルファベットの拡がり」と題して,文字の起源と発達,とりわけアルファベットの世界的拡がりを概観しました.2回目以降,英語の綴字の話題を本格的に導入していくことになりますが,初回はその下準備として,そもそも文字とは何かを問い,文字の役割・種類・歴史について議論しました.
当日は,新宿教室での対面およびオンラインにて多くの方に参加していただきました.ありがとうございます.講座中にご質問を寄せていただいたのみならず,講座後も居残りで文字の話題で盛り上がりました.次回以降もよろしくお願いいたします.
今後開講する各回は互いに関連しつつも独立していますので,ご関心のある回のみの参加でも問題ありません.日時の都合が付かない場合でも,申し込みいただけますと後日アーカイブ動画(1週間限定配信)にアクセスできるようになりますので,そちらの利用もご検討ください.
シリーズ全体の概要を以下に示します.
アルファベットは現代世界で最も広く用いられている文字体系であり,英語もそれを受け入れてきました.しかし,そのような英語もアルファベットとは歴史の過程で出会ったものにすぎず,綴字として手なずけていくのに千年以上の年月を要しました.本講座では,英語が文字や綴字と格闘してきた歴史をたどります.
全4回のタイトルは以下の通りです.
・ 第1回 文字の起源と発達 --- アルファベットの拡がり(春・4月29日に開講済み)
・ 第2回 古英語の綴字 --- ローマ字の手なずけ(夏・7月29日に開講予定)
・ 第3回 中英語の綴字 --- 標準なき繁栄(秋・未定)
・ 第4回 近代英語の綴字 --- 標準化を目指して(冬・未定)
シリーズ紹介として,Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」にて「#668. 朝カル講座の新シリーズ「文字と綴字の英語史」が4月29日より始まります」も配信していますので,ぜひお聴きください.
4週間ほど後,4月29日(土)の 15:30--18:45 に,朝日カルチャーセンター新宿教室にて「文字と綴字の英語史」と題するシリーズ講座がオープンします.全4回のシリーズで,英語の文字と綴字をめぐる歴史についてお話ししていきます.
この話題にご関心のある方は,ぜひご参加ください.講座紹介および参加お申し込みはこちらからどうぞ.対面のほかオンラインでの参加も可能です.また,レコーディングの1週間限定配信も予定されていますので,ご都合のよい方法で受講していただけます.
シリーズ全体の概要を以下に示します.
アルファベットは現代世界で最も広く用いられている文字体系であり,英語もそれを受け入れてきました.しかし,そのような英語もアルファベットとは歴史の過程で出会ったものにすぎず,綴字として手なずけていくのに千年以上の年月を要しました.本講座では,英語が文字や綴字と格闘してきた歴史をたどります.
全4回のタイトルは以下の通りです.
・ 第1回 文字の起源と発達 --- アルファベットの拡がり(春・4月29日)
・ 第2回 古英語の綴字 --- ローマ字の手なずけ(夏・未定)
・ 第3回 中英語の綴字 --- 標準なき繁栄(秋・未定)
・ 第4回 近代英語の綴字 --- 標準化を目指して(冬・未定)
初回となる「文字の起源と発達 --- アルファベットの拡がり」でお話しする内容は次の通りです.
文字は人類最強の発明の1つです.人類は文字を手に入れることにより文明を発展させてきました.では,文字はいつ,どこで,どのように発明され,伝播してきたのでしょうか.歴史の過程で様々な文字体系が生まれてきましたが,そのうちの1つがアルファベットでした.アルファベット自身も変化と変異を繰り返し多様化してきましたが,その1つが私たちのよく知るローマン・アルファベットです.英語は紀元6世紀頃にこれを借り受け,本格的な文字時代に入っていくことになります.
本シリーズの案内は,hellog の姉妹版・音声版の Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」より「#668. 朝カル講座の新シリーズ「文字と綴字の英語史」が4月29日より始まりますでもお届けしています.ぜひお聴きください.
多くの皆様の参加をお待ちしています!
この2月に髙宮利行(著)『西洋書物史への扉』が岩波新書より出版されています.西洋における本の歴史が,多くの写真やエピソードとともにコンパクトにまとめられています.参考文献も整理されており,次の一冊に進むのに有用です.
本の歴史には数々の論点がありますが,巻子本(かんすぼん;volume)から冊子本 (codex) へと本の形態がシフトした問題について「冊子本の登場」と題する章で紹介されています.
巻子本は冊子本に比べて検索しにくかったということがしばしば言われます.シフトの背景にはそのような実用的な要因もあったことは確かと思われますが,キリスト教の普及と関係する社会的な要因もあったと考えられています.
髙宮 (pp. 45--45) では,紀元1--5世紀に作られた現存するギリシア古典作品の本について,巻子本と冊子本の比率を比べた調査が紹介されています.それによると,1世紀には冊子本はほとんどなかったものの,2世紀には2%,3世紀には17%,4世紀には70%,5世紀初頭には90%と加速度的に増えていきました.一方,キリスト教関連の本について調査すると,ずっと早い段階から冊子本が広範囲で採用されており,2世紀までに100%に達していました.つまり,キリスト教関連本と冊子本は歴史的に密接な関係にあったということです.
これについて髙宮 (pp. 46--48) は次のように説明しています.
ここで論じられている写本が発見されているのはエジプトである.かねてより,冊子本という形態の出現とキリスト教伝播が並行して起こっていることは指摘されてきたが,冊子本は三世紀に増加,四世紀に支配的となり,同様にキリスト教も三世紀に急速に普及し,三一三年に公認されていく.
巻子本から冊子本への形態的な転換は,いずれが使用に便利かといった実用的・経済的判断だけから起こったのではないだろう.冊子写本は,巻子本を用いていたユダヤ教や周辺に存在していた異教に対して,原始キリスト教がユダヤ教から分派し,成立したことを示す象徴的な形態として,選ばれたのである.キリスト教の教えを説き普及させる聖書の形態として,キリスト教の写字生を異教徒の書記から区別するために,冊子本は採用されたのであった.ユダヤ教典が現在でもなお,羊皮紙巻子本の形態で作られている点に注目すれば,紀元後まもなくキリスト教関係者の中に,聖書およびその関連書の写本を冊子本の形態に転換すべく努力した重要な人物がいたであろうことが浮かび上がる.
宗教と本の形態が関与しているとは,まさに驚きです.
・ 髙宮 利行 『西洋書物史への扉』 岩波書店〈岩波新書〉,2023年.
昨日2月4日の産経新聞の朝刊に,連載「テクノロジーと人類」の最新回となる記事「文字の発明」が掲載されました.先日,産経新聞の科学部編集委員会の記者(長内洋介さん)より文字の歴史について取材を受けまして,今回それが記事となりました.他の専門家の方にも取材した上で,文字の特性を浮き彫りにした記事を書かれています.ウェブでは後日公開ということです.機会を見つけてお読みいただければと. *
先日,私の研究室で取材を受けまして2時間近く,楽しくお話ししました.連載「テクノロジーと人類」を20回にわたり続けてきた記者さんをして「やはり文字が人類の最大の発明」と言わせしめたことは功績でした.私もそう考えていますので (^^;; 取材ではたいへんお世話になりました!
先日「#5022. hellog より文字(論)に関する記事を厳選」 ([2023-01-26-1]) と題してリンクを整理しましたが,今回の取材との関連でまとめたものです.改めて産経新聞の「文字の発明」記事とともに,そちらもご覧いただければと存じます.
ウェブ時代の21世紀も,文字は間違いなく人類の最強ツールであり続けます!
本ブログでは広く文字論 (grammatology) に関する話題を多く取り上げてきた.標題に掲げているタグなどを辿っていくと多くの記事にアクセスできるが,それでも数が多くて選びにくいと思われるので,ここに記事タイプごとにお勧め記事を厳選し,リンクを整理しておきたい.「文字」に関心のある方にとって,参考になると思います.
[ 話し言葉と書き言葉,文字の性質 ]
・ 「#230. 話しことばと書きことばの対立は絶対的か?」 ([2009-12-13-1])
・ 「#748. 話し言葉と書き言葉」 ([2011-05-15-1])
・ 「#849. 話し言葉と書き言葉 (2)」 ([2011-08-24-1])
・ 「#1001. 話しことばと書きことば (3)」 ([2012-01-23-1])
・ 「#1664. CMC (computer-mediated communication)」 ([2013-11-16-1])
・ 「#1665. 話しことばと書きことば (4)」 ([2013-11-17-1])
・ 「#1829. 書き言葉テクストの3つの機能」 ([2014-04-30-1])
・ 「#2301. 話し言葉と書き言葉をつなぐスペクトル」 ([2015-08-15-1])
・ 「#2417. 文字の保守性と秘匿性」 ([2015-12-09-1])
・ 「#2701. 暗号としての文字」 ([2016-09-18-1])
・ 「#3274. 話し言葉と書き言葉 (5)」 ([2018-04-14-1])
・ 「#3886. 話しことばと書きことば (6)」 ([2019-12-17-1])
[ 文字の種類・歴史 ]
・ 「#422. 文字の種類」 ([2010-06-23-1])
・ 「#1822. 文字の系統」 ([2014-04-23-1])
・ 「#1834. 文字史年表」 ([2014-05-05-1])
・ 「#1849. アルファベットの系統図」 ([2014-05-20-1])
・ 「#1853. 文字の系統 (2)」 ([2014-05-24-1])
・ 「#2389. 文字体系の起源と発達 (1)」 ([2015-11-11-1])
・ 「#2390. 文字体系の起源と発達 (2)」 ([2015-11-12-1])
・ 「#2398. 文字の系統 (3)」 ([2015-11-20-1])
・ 「#2399. 象形文字の年表」 ([2015-11-21-1])
・ 「#2414. 文字史年表(ロビンソン版)」 ([2015-12-06-1])
・ 「#2416. 文字の系統 (4)」 ([2015-12-08-1])
・ 「#3443. 表音文字と表意文字」 ([2018-09-30-1])
[ アルファベットの歴史・特徴 ]
・ 「#423. アルファベットの歴史」 ([2010-06-24-1])
・ 「#490. アルファベットの起源は North Semitic よりも前に遡る?」 ([2010-08-30-1])
・ 「#1861. 英語アルファベットの単純さ」 ([2014-06-01-1])
・ 「#2105. 英語アルファベットの配列」 ([2015-01-31-1])
・ 「#2888. 文字史におけるフェニキア文字の重要性」 ([2017-03-24-1])
[ 文字の伝播と文字帝国主義 ]
・ 「#1838. 文字帝国主義」 ([2014-05-09-1])
・ 「#2429. アルファベットの卓越性という言説」 ([2015-12-21-1])
・ 「#850. 書き言葉の発生と論理的思考の関係」 ([2011-08-25-1])
・ 「#2577. 文字体系の盛衰に関わる社会的要因」 ([2016-05-17-1])
・ 「#3486. 固有の文字を発明しなかったとしても……」 ([2018-11-12-1])
・ 「#3700. 「アルファベットと鉄による文明の大衆化」論」 ([2019-06-14-1])
・ 「#3768. 「漢字は多様な音をみえなくさせる,『抑制』の手段」」 ([2019-08-21-1])
・ 「#3837. 鈴木董(著)『文字と組織の世界史』 --- 5つの文字世界の発展から描く新しい世界史」 ([2019-10-29-1])
[ 絵文字と句読法 ]
・ 「#808. smileys or emoticons」 ([2011-07-14-1])
・ 「#2244. ピクトグラムの可能性」 ([2015-06-19-1])
・ 「#2400. ピクトグラムの可能性 (2)」 ([2015-11-22-1])
・ 「#574. punctuation の4つの機能」 ([2010-11-22-1])
・ 「#575. 現代的な punctuation の歴史は500年ほど」 ([2010-11-23-1])
・ 「#3045. punctuation の機能の多様性」 ([2017-08-28-1])
英単語の綴字はしばしば不規則である,あるいは例外が多いなどと言われるが,この言い方には「規則」が存在するという前提がある.「規則」はあるが,そこから逸脱しているものが多いという理由で「不規則」なのだ,とそのような理屈だろう.
しかし,それだけ逸脱が多いとすれば,そもそも「規則」と呼んでいたものは,実は規則の名に値しなかったのではないか,という議論にもなり得る.不規則を語るためには規則が同定されなければならないのだが,これが難しい.論者によって立てる規則が異なり得るからだ.
この問題について Crystal (284) が興味深い解説を与えている.
Regularity implies the existence of a rule which can generate large numbers of words correctly. A rule which works for 500 words is plainly regular; one which works for 100 much less so; and for 50, or 20, or 10, or 5 it becomes progressively less plausible to call it a 'rule' at all. Clearly, there is no easy way of deciding when the regularity of a rule begins. It has been estimated that only about 3 per cent of everyday English words are so irregular that they would have to be learned completely by heart, and that over 80 per cent are spelled according to regular patterns. That leaves some 15 per cent of cases where we could argue the status of their regularity. But given such statistics, the chief conclusion must be that we should not exaggerate the size of the problem, as some supporters of reform are prone to do. Nor minimize it either, for a great deal of confusion is caused by that 3--15 per cent, and some 2 per cent of the literate population never manage to resolve it . . . .
綴字の問題に限らず,言語における「規則」はおおよそ理論上の構築物であり,その理論の数だけ(不)規則の数もあることになる.
・ Crystal, D. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 3rd ed. CUP, 2018.
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