形容詞・副詞の比較 (comparison) の話題は,本ブログでも様々に扱ってきた.現代英語でも明確に決着のついていない,比較級が -er (屈折比較)か more (句比較)かという問題の歴史的背景については,「#2346. more, most を用いた句比較の発達」 ([2015-09-29-1]),「#2347. 句比較の発達におけるフランス語,ラテン語の影響について」 ([2015-09-30-1]),「#3032. 屈折比較と句比較の競合の略史」 ([2017-08-15-1]),「#3617. -er/-est か more/most か? --- 比較級・最上級の作り方」 ([2019-03-23-1]),「#3703.『英語教育』の連載第4回「なぜ比較級の作り方に -er と more の2種類があるのか」」 ([2019-06-17-1]),「#4234. なぜ比較級には -er をつけるものと more をつけるものとがあるのですか? --- hellog ラジオ版」 ([2020-11-29-1]) などで取り上げてきた.
短い語には -er 語尾をつけ,長い語には more を前置きするというのが原則である.しかし,短くもあり長くもある2音節語については,揺れが激しくてきれいに定式化できない.実際,辞書や文法書をいろいろ繰ってみると,単語ごとにどちらの比較級の形式を取るのか普通なのかについて記述が微妙に異なるのである.今回は,ひとまず LGSWE の §7.7.2 を参照して,2音節の形容詞について考えてみたい.
2音節の形容詞がいずれの比較級の形式を採用するかは,その音韻形態的構成に大きく依存することが知られている.-y で終わるものについては,-er が普通のようだ.例を挙げると,
angry, bloody, busy, crazy, dirty, easy, empty, funny, gloomy, happy, healthy, heavy, hungry, lengthy, lucky, nasty, pretty, ready, sexy, silly, tidy, tiny
-y で終わる形容詞ということでいえば,何らかの接頭辞がついて3音節になっても,比較級に -er をとる傾向がある (ex. unhappier) .英語史の観点からは,250年ほど前には状況が異なっていたらしいことが注目に値する (cf. 「#3618. Johnson による比較級・最上級の作り方の規則」 ([2019-03-24-1])) .
一方 -ly で終わる形容詞は揺れが激しいようで,例えば early の比較級は earlier が普通だが,likely については more likely のほうが普通である.ほかに揺れを示す例としては,
costly, deadly, friendly, lively, lonely, lovely, lowly, ugly
などが挙げられる.同じく揺れを示し得るものとして,以下のように弱音節で終わる2音節の形容詞も挙げておこう.
mellow, narrow, shallow, yellow; bitter, clever, slender, tender; able, cruel, feeble, gentle, humble, little, noble, simple, subtle; sever, sincere; secure, obscure
両方の形式で揺れを示しているということは,一方から他方へと乗り換えが進んでいるということ,つまり変化の最中であることを(確証するわけではないが,少なくとも)示唆する.両形式の競合・併存はかれこれ1000年ほど続いているわけだが,いまだに結論が見えない.
・ Biber, Douglas, Stig Johansson, Geoffrey Leech, Susan Conrad, and Edward Finegan. Longman Grammar of Spoken and Written English. Harlow: Pearson Education, 1999.
標記の -lily 副詞の話題について,最近の記事「#4268. -ly が2つ続く副詞 -lily は稀である」 ([2021-01-02-1]),「#4270. 後期近代英語には -ly が2つ続く副詞 -lily がもっとあった」 ([2021-01-04-1]),「#4271. -ly が2つ続く副詞 -lily の事例を Helsinki Corpus で検索」 ([2021-01-05-1]) で取り上げてきた.今回は,昨日の記事「#4281. ICAMET --- 中英語散文コーパス」 ([2021-01-15-1]) で紹介した ICAMET から例を集めてみる.
Perl 対応の正規表現として "\b\S+(?<!s)l[iy]l[yi](ch?)?(e(r|st)?)?\b" を検索式として与え,結果を取り出してみると111の例が挙がってきた.異綴字としてまとめると,以下の41種類である.
folily, folyly, holily, holyly, holyliche, seliliche, holili, hallyly, semlyly, lawlyly, iolily, hoolily, holylye, holylyche, fullyly, worldlyly, worldlily, wilyly, willyly, wilili, vnwortlily, vnreulili, semelily, selyly, selily, selili, sclyly, reulily, reulili, priuelyliche, li3tlyliche, iolyly, hoolyly, holilie, holiliche, hallily, folyliche, folyli, foliliche, folilich, folili
語彙項目としてまとめると,folily (40), fullyly (2), holily (41), iolily (3), lawlyly (2), li3tlyliche (1), priuelyliche (1), reulily (2), sclyly (1), seliliche (8), semlyly (3), vnreulili (1), vnwortlily (1), worldlily (2), wilili (3) となる.これまで集めてきたよりも多くの種類が出てきてくれたので,まずは今回の ICAMET の使用は成功としておきたい.
コンコーダンスラインを眺めると,近くに別の -ly 副詞(-lily ではないもの)が現われるケースが散見された.散文テキストということもあり脚韻というほどではないにせよ,一種の統語的な語呂といった要因が作用している可能性がある.いくつか例を挙げておこう(括弧内は ICAMET のファイル名).
・ And with þis wurd þis knyght was confusid, & holilie and stronglie he tuke þe ordur and vttirly forsuke all þis werld. (Alpha2)[ 固定リンク | 印刷用ページ ]
・ lyghtly and folyly to curse another. (Caxtdoc)
・ how after that they leued chastely, clenly, and holyly in thaire manere (Caxtkni)
・ pacyently and holyly without grudchyng (Caxtpro1)
・ Spoushod is a stat þet me ssel wel klenliche / and wel holylyche loki uor manie skeles (Danayen)
・ firste for to lyue holili, and after to preche trueli (Lollard)
・ Alle þat wolen lyue piteousli or holili in Crist schul suffre persecucyon. (Lollard)
・ Iff any man holily lyue & ri3twysly, Alsso warst synnars despise he nott. (Misfire)
・ whanne þei ben vnmesurably and vnreulili a3ens doom of resoun, (Pecdon1)
・ frely forgife vnto þe þinge þat þou has anese hym mysdone, folily & vnkyndely. (Rollebok)
・ þis wondyrful oned may nou3t be fulfilled parfitely, contynuelly, holyly in þis lyfe, (Rollhor1)
・ þat þay say to þame na wordes of myssawe ne vnhoneste ne of displesance vnauyssedly, / bot serue þame mekely and gladly and lawlyly; (Rollhor1)
・ and ther-for the preste muste go to that body holily and deuoutly with grete reuerence and drede, as mych as he may, (Specchri)
・ not to lyue worldlyly ne lustly ne proudely, but to lyue in bisy trauel to kepe þer sheep & wynne hem heuene; (Wyclif2)
「#4268. -ly が2つ続く副詞 -lily は稀である」 ([2021-01-02-1]),「#4270. 後期近代英語には -ly が2つ続く副詞 -lily がもっとあった」 ([2021-01-04-1]) で取り上げてきた話題の続き.今回は Helsinki Corpus を利用して,通時的に -lily 副詞の用例を集めた.
問題の接尾辞は,古い英語では現代的な -ly のみならず,-li, -lic, -lich, -liche など様々な綴字で現われていた(cf. 「#1773. ich, everich, -lich から語尾の ch が消えた時期」 ([2014-03-05-1]),「#1810. 変異のエントロピー」 ([2014-04-11-1]),「#40. 接尾辞 -ly は副詞語尾か?」 ([2009-06-07-1])).そこで,歴史的な異綴字を広くカバーする Perl 対応の正規表現として "\B(?<!s)l[iy]l[yi](ch?)?(e(r|st)?)?\b" を設定した.これで Helsinki Corpus に検索をかけたところ,古英語からは該当例が1つも挙がってこなかったが,中英語以降からいくつかの用例が得られた.
[ M1 (1150--1250) ]
・ CMSAWLES(14658): ter hire; turne+d <P 178> ham treowliliche to wit hare lauerd. & to +teos fowr sus
[ M2 (1250--1350) ]
・ CMAYENBI(7376): te+t +tet we loki ine oure herte holylyche +tane holy gost +tet is oure wytnesse.
[ M3 (1350--1420) ]
・ CMBOETH(11516): , "see now how thou mayst proeven holily and withoute corrupcioun this that I ha
・ CMBOETH(49069): is, or elles thei scholden fleten folyly. "For whiche it es that alle thingis se
・ CMCLOUD(50919): peke +tus childly, & # as it were folily and lackyng kyndly discrecion; for I do
・ CMCTPROS(21119): surably, <P 234.C1> for they that folily wasten and despenden the goodes that th
・ CMCTVERS(35881): at moste I thynke. I have my body folily despended; Blessed be God that it shal
・ CMWYCSER(2866): eth herynne +tat God may not iuge folily ony man; and so, as oure wille ha+t ned
・ CMWYCSER(45437): kyng, he wolde not +tus reigne worldlily, ne # hym was owed no sych rewme, si+t
[ M4 (1420--1500) ]
・ CMGAYTRY(5492): +tat Haly Kirke, oure modire, es hallyly ane thorow-owte +te werlde, that es, #
・ CMGAYTRY(8961): +te thre +tat ere firste, awe vs hallyly to halde anence oure Godd, and +te Seue
・ CMROLLPS(48489): . bot be ware that +ge deme # not folily him that is goed, wenand that he be ill
・ CMROLLTR(3701): erue +tam mekely, and gladly and lawlyly, +tat +tay may wyn +tat Godde hyghte to
[ E1 (1500--1569) ]
・ CEFICT1A(24697): that some curatys that loke full holyly be but desemblers & ypocrytis. <S SAMPL
[ E2 (1570--1639) ]
・ CEBOETH2(7618): Looke how proonest thou that most holyly & without spot, that we say God is the
[ E3 (1640--1710) ]
用例なし
以上のように,Helsinki Corpus で確認する限り,歴史的にも -lily 副詞は低頻度だったようにみえるが,この段階で一般的なことを結論づけるのは控えておきたい.各時代に注目したもっと大規模なコーパスを利用し,頻度をとった上で結論づける必要があるだろう.
これまで数回にわたって「-ly が2つ続く副詞 -lily」問題について考えてきたが,語源・語形成の観点から1つ留意しておくべき点がある.今回あるいはこれまでの記事で例示してきた副詞のうち follily, holily, jollily, melancholily, oilily, sillily 等については,外側の -ly を取り除いた後に基体形容詞の末尾に残る -ly は,実は形容詞を作る接尾辞 -ly そのものではなく,語幹の一部だったり,あるいはそれに別の接尾辞 -y が付随したものだったりする.このような語源的組成も -lily 副詞の許容可能性に影響してくるものと疑われるが,どうだろうか.今後も考え続けていきたい.
「#4268. -ly が2つ続く副詞 -lily は稀である」 ([2021-01-02-1]) の記事で,接尾辞 -ly が2つついて -lily の形態を示す副詞が,現代英語においては稀であることを確認した.調音上の都合による haplology (重音脱落)の効果とみてよいだろう.
しかし,古い英語においても同じ「調音上の都合」が効いていたかどうかは別途調べなければならない.というのは,中英語テキストを読んでいると,-lily のような副詞に出会うことがままあるからだ.歴史の過程で haplology を経た形態が一般的になってきたのではないかと,私は疑っている.
まずは,現代の直近の時代である後期近代英語について調べてみたい.同時期のコーパス CLMET3.0 に登場してもらおう.このコーパスに対して,(いろいろ試行錯誤した挙げ句にたどりついた)"\B(?<!s)l[iy]l[yi](ch?)?(e(r|st)?)?\b" という Perl 対応の正規表現にて検索をかけてみた.その結果を,3つの時期ごとに整理したのが以下である.
・ 第1期(1710--1780年): surlily (11 times), livelily (3), sillily (2), immortalily (1), jollily (1) --- total 18 examples
・ 第2期(1780--1850年): surlily (13), holily (3), jollily (2), sillily (2), lovelily (1) --- total 21 examples
・ 第3期(1850--1920年): sillily (2), surlily (2), jollily (1), melancholily (1), lovelily (1), oilily (1), statelily (1) --- total 9 examples
前回の記事 ([2021-01-02-1]) で示した現代英語の BNCweb から取り出した事例と比べてみると分かるように,後期近代英語期にも -lily として現われる副詞の種類には緩い傾向がありそうだ.jollily, sillily, surlily などは低頻度ながらも,どの時期にも現われている.
約1億語からなる BNCweb から取り出せたのは実質的に15例,約3,400万語からなる CLMET から取り出せたのは48例.この単純な調査と比較だけで一般的に結論づけることはできないが,後期近代英語期では現代英語期よりも -lily 副詞が現われていた(許容されていた?)ようにみえる.
接尾辞 -ly の周辺については -ly の多くの記事で扱ってきた.歴史的にみても話題が豊富な接尾辞で,「#1032. -e の衰退と -ly の発達」 ([2012-02-23-1]) や「#1189. 初期近代英語における -ly 副詞の規則化の背景」 ([2012-07-29-1]) などで,そのおもしろさを紹介してきた.
「#40. 接尾辞 -ly は副詞語尾か?」 ([2009-06-07-1]) で解説してきたように,現在では生産的な副詞語尾と考えられている接尾辞 -ly は,もともとは形容詞を作る接尾辞だった.その証拠に friendly, scholarly,womanly, daily, weekly, yearly などは主に形容詞として用いられる.しかし,これらの -ly 形容詞から対応する副詞を作るにはどうすればよいかと問われたら,答えられるだろうか.副詞語尾としての -ly をさらに加えて,friendlily などとするのだろうか.
きわめて生産的な副詞を作る接尾辞 -ly のことである,理屈上は確かに friendlily 等の形はあり得るし,事実,辞書に登録されているものもある.しかし,実際上は滅多にお目にかからない稀な語形である.形容詞と同形の friendly で代用したり,in a friendly manner などと迂言的に表現するのが普通だ./-lɪli/ と類似音が続くと調音的に語呂が悪い (cacophony) のが理由と思われる.結果として,haplology (重音脱落)が生じ,1つの -ly にまとめられてしまうのだろう(cf. 「#2362. haplology」 ([2015-10-15-1])).
-lily が稀であることは現代英語コーパスでも簡単に確認できる.例えば,BNCweb で "*l[i,y]ly_{ADV}" として単純検索してみると,106件が挙がってくる.各語形と頻度を列挙すると,slyly (90), jollily (4), sillily (4), surlily (2), beastlily (1), ghostlily (1), oilily (1), possiblily (1), seemlily (1), uglily (1) となる.最も頻度の高い slily の基体となる形容詞は sly /slaɪ/ であり,その ly はあくまで語幹の一部にすぎないため,今回の関心の対象から外してよい.2位タイの jollily, sillily についても,基体の形容詞 jolly, silly に含まれる -ly は,共時的にはおそらく接尾辞と感じられていないのではないか(語源的にいえば silly の -ly は確かに目下注目している接尾辞に由来するのだが).possiblily については,文脈を確認すると名詞 possibility のミススペリングであることが分かり,これも考慮から外してよい.結果として,-lily 副詞はきわめて稀であることがわかるだろう.
最近,学生から寄せられた素朴な疑問です.-ly といえば形容詞から副詞を作る典型的な語尾と理解されていますが,実は名詞から形容詞を作る際にも利用されることがあります.標題の friendly はもちろん,beastly,fatherly,knightly,scholarly,womanly などが挙げられますし,時間を表す daily,hourly,weekly,yearly なども類例です.
なぜ -ly が形容詞語尾にもなり得るのでしょうか.この謎は,この語尾の歴史をひもとけば解決します.では,音声解説をお聴きください.
そう,実は -ly はもともとは副詞というよりも形容詞を作る語尾だったのです.したがって,friendly のような語形成は,むしろ由緒正しいものといえます.しかし,中英語期にかけて生じた音変化の結果,古英語の形容詞語尾 -līċ と副詞語尾 -līċe の両方の機能を兼ねるようになった中英語の -ly は,むしろ副詞語尾としてその生産力を発揮していくようになります.いつしか -ly は,本来の機能ともいうべき形容詞語尾としてではなく,副詞語尾として認識されるようになりました.
この問題についてさらに英語史的な理解を深めたい方は,ぜひ##40,1032,1036の記事セットもご一読ください.
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