このブログでもすでに何度か紹介している新刊書『World Englishes 入門』の第1章「イギリスとケルトの英語」を執筆された和田忍先生(駿河台大学)と,直接対談する機会を得ました.一昨日の Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」にて配信しました.「#869. 著者と語る『World Englishes 入門』(昭和堂,2023年) --- 和田忍さんとの対談」です(15分ほどの音声コンテンツ).ぜひお聴きいただければ.
本書は文字通り世界英語 (world_englishes) に関する本ですが,その礎となる第1章は,実は凝縮された英語史概説となっています.つまり,古英語期以前から近代英語までを要領よくカバーした,18ページほどの英語史入門として読めるということです.
世界英語入門を謳う本書を手に取る読者の多くは,英米以外の英語の諸変種,例えばインド英語,シンガポール英語,ジャマイカ英語などの状況についてとりわけ知りたいと思っているのではないでしょうか.そのような読者にとっては,伝統的かつ主流派に属する英語変種であるイギリス英語やアメリカ英語には,むしろあまり関心が湧かないということもあるかと思います.
しかし,なぜ世界英語がこのように多様なのかという本質的な謎を解くためには,英語がたどってきた歴史の理解が欠かせません.その礎として,英語史の概略的な知識がぜひとも必要になります.第1章は,そのような位置づけとして読めるのではないかと思います.
しかも,単なる「イギリスの英語」ではなく「イギリスとケルトの英語」と「ケルト」がタイトルに添えてあるのが,心憎い演出です.英語は主に近代以降にイギリスの植民地支配を通じて世界展開していきますが,すでにその千年以上前から,ケルト人が住まっていたブリテン諸島において植民地支配の練習のようなことが行なわれていたからです.第1章は近代以降の英語の世界展開のミニチュア版を示してくれている --- そのような読み方が可能です.また,英語が歴史的に言語接触の多かった言語であることもよく分かる章となっています.
以下,第1章のなかの小見出しとコラムを挙げておきます.
「#5212. 地名学者はなぜフィールドワークをするのか?」 ([2023-08-04-1]) で言及した Taylor の論文の後半で,スコットランド地名の強勢位置に関する驚くべき見解に出くわした (82--83) .語源を提供した言語が話されなくなって数世紀の時間を経たとしても,地名の強勢位置は保たれる傾向があるということだ.規則ではなく傾向ということのようだが,逆にいえば強勢位置の確認によって語源提供言語がある程度の確率で特定できるということにもつながる.
It is very important to record how a place-name is pronounced, since this can yield vital clues for its correct analysis. For example it is a general, though by no means universal, rule that place-names which are stressed on the first element are in languages of Germanic origin, such as Scots or Norse, while place-names which are stressed on the second or third element are of Celtic origin, such as Pictish or Gaelic. It would be more accurate to say that in both language groups it is the specific element which bears the stress, but that in Scots and Norse names the specific usually comes first, the generic second, while in names of Celtic origin it is usually the other way round. It is a remarkable fact that the original stress pattern of a name tends to survive, even when the original language of coining has not been spoken locally for many hundreds of years.
これはおもしろい.いろいろな疑問が頭に湧き上がってくる.
・ 通言語的に specific/generic の区別と統語位置や強勢位置は相関関係にあるものなのか
・ 地名と一般語とでは,歴史的な強勢位置の保持されやすさに差があるのかないのか
・ 同じ地名でも現地話者と外部話者との間で強勢位置や発音が異なることがあるが,これは通常語の地域方言による差違の問題と同一ととらえてよいのか
・ Taylor, Simon. "Methodologies in Place-name Research." Chapter 5 of The Oxford Handbook of Names and Naming. Ed. Carole Hough. Oxford: OUP, 2016. 69--86.
昨日18:00に井上逸兵さんとの YouTube の第5弾が公開されました.グラスゴー vs. エディンバラ・方言のイメージはどのようにできる?【井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル #5 】と題する,8分程度の緩いおしゃべりです.今回は脱線も豊富です.
今回は,動画内でも話題となっているスコットランド英語について私的な体験を少々お話ししたいと思います.私はスコットランドのグラスゴー大学に留学していたことがありますが,当初(だけではないですが)は聞き慣れないスコットランド英語 (Scottish English or Scots) に戸惑いました.イギリス国内でも,とりわけグラスゴー訛りの英語 (Glaswegian) はアクセントがきついというのは広く知られている評価で,実際なかなかの難物でした.
「○○方言」や「○○訛り」と一言でいっても,そのなかで「上」から「下」までの幅広いヴァリエーションがあるのが通例です.例えば,同じスコットランド英語といっても,(主にスコットランドの首都エディンバラの)知識人が用いる「標準スコットランド英語」は,私たちが一般的に標準イギリス英語として理解している発音とは一線を画しているものの,澄んでいて聞き取りやすい印象を受けます.エディンバラの発音は,イングランド(そしてイギリス全体)の首都であるロンドンとの政治的連携も意識され,「威信ある発音」とみなされています.逆にいえば,コテコテのスコットランド訛りで話す地方出身者からすると,気取った発音に聞こえるようです.
一方,エディンバラからバスでも鉄道でも1時間ほどしか離れていないグラスゴーの訛りは,かなりコテコテといわれています.グラスゴー訛りの話者は,エディンバラの発音とあえて距離を取ることで,自分たちこそが(イングランドに媚びを売らない)真のスコットランド人なのだというアイデンティティを表出しているところがあります.関連して,スコットランド人でもエリート志向はエディンバラ大学へ進学し,地元志向はグラスゴー大学へ進学するという傾向があると聞いたことがあります.
対象を「グラスゴー訛り」と狭く絞っても,やはりそのなかで上下の幅があります.私は主に大学の環境にいたので,ある程度コテコテ度の抑えられたグラスゴー訛りを聴く機会が多かったと思います.分からない素振りをすれば,"foreigner talk" のように多少は容赦してしゃべってくれるということもありました.しかし,滞在していたフラットで,(イギリス生活の風物詩ですが)シャワーが壊れたり,タイルが剥がれたりすると,職人さんが修理しに来てくれるわけですが,彼らの文字通りコテコテのグラスゴー訛りには,まったくお手上げでした.職人さん同士で話しているのを立ち聞きしていると,ここがイギリスだと知らなかったならば,そもそも英語として認識できなかったと思います.フラットメイトに地元学生が複数いたために,そこそこグラスゴー訛りの聞き取りスキルは鍛えられていただろうと思い込んでいたのですが,いやはやまったく太刀打ちできませんでした.
自らのグラスゴー訛りにコンプレックスを抱く学生もいました.地元志向であればそれほどでもないのでしょうが,「中央進出」を考えている学生にとっては,評価の低いグラスゴー訛りが足かせになるのではないかという不安があるようです.関連して「#2029. 日本の方言差別と方言コンプレックスの歴史」 ([2014-11-16-1]),「#2030. イギリスの方言差別と方言コンプレックスの歴史」 ([2014-11-17-1]) もご参照ください.
方言差別や方言コンプレックスというものはあってはならないとは思いますが,現実には多くの言語共同体において方言格差が厳然として存在します.これは社会言語学の一級の話題ですし,私自身も英語史の観点から関連する問題にアプローチしています.
本日11月20日(土)の 13:00?14:30 に,立命館大学国際言語文化研究所の主催する「国際英語文化の多様性に関する学際研究」プロジェクトの一環として「世界の "English" から "Englishes" の世界へ」のタイトルでお話しさせていただきます(立命館大学の岡本広毅先生,これまでのご準備等,ありがとうございます).Zoom による参加も可能ですので,ご関心のある方はこちらの案内をご覧ください.
また,今朝すでにアップした私の音声ブログ Voicy の番組 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」 では,「立命館大学,岡本広毅先生との対談:国際英語とは何か?」と題する対談を行なっていますので,そちらもぜひ聴いてみてください.
さて,"World Englishes" に関する講演ということで,本日のブログ記事としても世界の様々な英語のサンプルを示したいと思います.ただし "Englishes" の多様性を示すために部分を切り抜いたランダムなサンプルを挙げるにすぎませんので,その点はご了承を.本日の講演では,以下の例を用いて話し始めたいと思っています.よろしくどうぞ.
・ Northern English (Yorkshire): B. Hines, Kes (1968) [qtd. in Gramley 198]
Hey up, where's tha been? They've been looking all over for thee.
・ Scots Leid: Aboot William Loughton Lorimer (2009) [qtd. in Gramley 201]
Lorimer haed aye been interestit in the Scots leid (syne he wis a bairn o nine year auld he haed written doun Scots wirds an eedioms) an his kennin o the strauchles o minority leids that he got frae his readins o the nautral press durin the Weir led him tae feel that something needit daein tae rescue the Scots laid.
・ Tok Pisin: from Mühlhäusler (1986) [qtd. in Gramley 223]
em i tok se papa i gat sik ["he said that the father was sick"]
・ Hawaiian Creole English: from Bickerton (1981) [qtd. in Gramley 226]
Jan bin go wok a hospital ["John would have worked at the hospital"]
・ Jamaican Creole: "William Saves His Sweetheart" [qtd. in Gramley 238]
nóu wants dér wáz, a úol wíč liedi lív, had wán són, níem av wiljəm. ["Once upon a time there was an old witch, who had a son whose name was William."]
・ AAVE (= African American Vernacular English): A. Walker, The Color Purple (1982) [qtd. in Gramley 269]
I seen my baby girl. I knowed it was her. She look just like me and my daddy.
・ Cape Flats SAfE: Malan (1996) [qtd. in Gramley 300]
Now me and E. speaks English. And when we went one day to a workshop --- and uh, most of the teachers there were Africaans --- and we were there; they were looking at us like that you know. And I asked E., "Why's this people staring at us?" She said, "No, I don't know."
・ Nigerian English: "Igbo Girls Like Money a Lot" (2006) (qted. in Gramley 319)
Igbo girls are hardworking, smart, successful and independent so ain't nuffin wrong in them lookin for a hardoworkin, successful man. if u ain't gats the money, they aint gon want u cos u below their level of achievement.
・ Hong Kong English: Joseph (2004) [qtd. in Gramley 321]
However, as Hong Kong is going through an economic down turn recently, we shall have to see. . . Last year we have raised more than two million Hong Kong Dollars.
・ Singapore English [qtd. in Gramley 328]
The tans [= military unit] use to stay in Sarangoon.
・ Gramley, Stephan. The History of English: An Introduction. Abingdon: Routledge, 2012.
世界の諸英語 (world_englishes) の種類は数あれど,スコットランド英語 (scots_english) は英語史において特別な位置づけにある.というのは,イングランド英語を除けば,スコットランド英語は,直接的に古英語に由来する唯一の英語変種だからである.一般的にはイギリスで話される英語の(訛った)1変種にすぎないという見方が普通だろうが,歴史的にみればイングランド英語と並んで最長の連続性を誇る由緒正しい変種なのである.その略史については「#1719. Scotland における英語の歴史」 ([2014-01-10-1]) を参照されたい.
この由緒正しい Scots English については,OED に匹敵する堂々たる歴史的な辞書が編纂されている.2つ紹介しよう.1つめは,DOST こと Craigie et al. 編の A Dictionary of the Older Scottish Tongue である.カバーする時代は,スコットランド英語がイングランド英語とは異なる独立した変種として発展した中世後期から,独立性を失っていった1700年頃までである.ただし,情報収集方針は時代によって異なっており,1600年までは包括的に収録されているといってよいが,17世紀分についてはスコットランドに特化した地域変種の辞書となっている.
また,編纂方針について変遷が重ねられてきたという事情もある.編纂の前半期には,同一の語源に遡るものでも語形が異なる場合には,異なる見出しを立てるという方針が採られていたが,R の項に差し掛かってからは新編集長の Dareau のもとで to と till を同じ見出しのなかで扱うなど異なる方針が採られることになった.背景には,編纂作業に関わる時間やリソースの逼迫があったようだ.
一方,1700年以降のスコットランド英語を担当しているのが,もう1つの辞書,SND こと Scottish National Dictionary である.こちらも歴史的原則に立って編纂されているが,スコットランド英語がすでに独立性をほぼ失っていた時代を対象としていることもあり,1地域変種辞書というべき位置づけとなっている.
この DOST と SND を合わせて,スコットランド英語版の OED とみなしてよいだろう.実際,両者は Dictionary of the Scots Language の名のもとに統合され,オンラインでアクセスできるようになっている.
ちなみに,LALME や LAEME に対応する,古いスコットランド英語についての方言地図も作成されており A Linguistic Atlas of Older Scots (LAOS) としてこちらからアクセスできる.
以上,Durkin (1152--53) を参照して執筆した.
・ Craigie, William A., Adam Jack Aitken, James A. C. Stevenson, and Marace Dareau, eds. A Dictionary of the Older Scottish Tongue. Oxford: OUP, 1931--2002. Available online as part of Dictionary of the Scots Language at https://dsl.ac.uk/ .
・ Grant, William and David D. Murison, eds. The Scottish national Dictionary: Designed Partly on Regional lines and Partly on Historical Principles, and Containing All the Scottish Words Known to be in Use or to have been in Use Since c. 1700. Edinburgh: Scottish National Dictionary Association, 1931--76. Supplement 2005. Available online as part of Dictionary of the Scots Language at https://dsl.ac.uk/ .
・ Williamson, Keith. A Linguistic Atlas of Older Scots, Phase 1: 1380--1500 (LAOS). 2007. Available online at http://www.lel.ed.ac.uk/ihd/laos1/laos1.html .
・ Durkin, Philip. "Resources: Lexicographic Resources." Chapter 73 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1149--63.
昨日の記事「#3870. 中英語の北部方言における wh- ならぬ q- の綴字」 ([2019-12-01-1]) の最後で触れたように,一般に Older Scots においては,中英語の北部方言と同様に,wh 語は q で始まる綴字で書かれていた.しかし,近代の16世紀になるとイングランドの標準的綴字の影響がスコットランドにも及び,quh- などの綴字は「訛った」綴字とされ,物笑いの種ともなった.
1617年頃,スコットランドでの綴字教育を念頭に Orthographie and Congruitie of the Briþan Tongue を著わした Alexander Hume は,その本のなかで quh- の綴字を擁護した.一方,Hume はその綴字が物笑いの種となった逸話を披露してもいる.その逸話を Crystal (53) より引用しよう.
. . . to reform an errour bred in the south, and now usurped be our ignorant printers, I wil tel quhat befel my-self quhen I was in the south with a special gud frende of myne. Ther rease [rose], upon sum accident, quhither [whether] quho, quhen, quhat, etc., sould be symbolized with q or w, a hoat [hot] disputation betuene him and me. After manie conflictes (for we oft encountered), we met be chance, in the citie of baeth [Bath], with a doctour of divinitie of both our acquentance. He invited us to denner. At table my antagonist, to bring the question on foot amangs his awn condisciples, began that I was becum an heretik, and the doctour spering [asking] how, ansuered that I denyed quho to be spelled with a w, but with qu. Be quhat reason? quod the Doctour. Here, I beginning to lay my grundes of labial, dental, and guttural soundes and symboles, he snapped me on this hand and he on that, that the doctour had micle a doe to win me room for a syllogisme. Then (said I) a labial letter can not symboliz a guttural syllab [syllable]. But w is a labial letter, quho a guttural sound. And therfoer w can not symboliz quho, nor noe syllab of that nature. Here the doctour staying them again (for al barked at ones), the proposition, said he, I understand; the assumption is Scottish, and the conclusion false. Quherat al laughed, as if I had bene dryven from al replye, and I fretted to see a frivolouse jest goe for a solid ansuer.
綴字をネタに,スコットランドも馬鹿にされたものである.
・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 3rd ed. Cambridge: CUP, 2019.
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