01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31
2024 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2023 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
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2015 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2014 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2013 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2012 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2011 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2010 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2009 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
現代英語の最も普通の語順は「主語+(助)動詞」である.ただし,いくつかのケースでは,統語的,意味的,語用的な動機づけにより,この語順が倒置 (inversion) されることがあり「(助)動詞+主語」となり得る.ここでは動詞を助動詞に限定した上で,どのようなケースがあるか,Huddleston and Pullum (94--96) の分類から要約してみよう.
(1) 閉じた疑問文 (Closed interrogatives)
- Can she speak French?
- Does she speak French?
(2) 開かれた疑問文 (Open interrogatives)
- What did she tell you?
- Where did you go after that?
- What is she doing?
(3) 感嘆文 (Exclamatives) (ただし,主語+助動詞の語順も可能)
- What a fool have I been?
- How hard did she try?
(4) 否定要素が前置される場合 (Initial negative)
- Not one of them did he find useful.
- Nowhere does he mention my book.
(5) only が前置される場合 (Initial only)
- Only two of them did he find useful.
- Only once had she complained.
(6) so/such が前置される場合 (Initial so/such)
- So little time did we have that we had to cut corners.
- Such a fuss would he make that we'd all agree.
- You got it wrong and so did I.
(7) その他の要素が前置される場合 (Other fronted elements)
- Thus had they parted the previous evening.
- Many another poem could I speak of which sang itself into my heart.
- The more wives he had, the more children could he beget.
- Well did I remember the crisis of emotion into which he was plunged that night.
(8) 条件節 (Conditional inversion)
- Had he seen the incident he'd have reported it to the police.
(9) 祈願の may (Optative may)
- May you both enjoy the long and happy retirement that you so richly deserve.
- May the best man win!
- May you be forgiven!
こう見てみると,現代英語でもデフォルトの「主語+助動詞」が倒置されて「助動詞+主語」となる機会は,諸々合わせれば,種類としても頻度として必ずしも少なくないように思えてくる.だが,多いというのは言い過ぎだろう.むしろ,通常と違っているという低頻度性や異質性を利用して,語用的に有用な何かを行なっているのだと考えておきたい.
・ Huddleston, Rodney and Geoffrey K. Pullum. The Cambridge Grammar of the English Language. Cambridge: CUP, 2002.
日本語の古典文法における推量の助動詞「む」の発音は「む」なのか「ん」なのか.[m(u)] と [n] は同じ鼻音であるとはいえ,音韻的には区別される音である.しかし,すでに平安時代において,音便が発達したことも関わって,[m] と [n] の混同は始まっていた.沖森 (165) によれば「十一世紀後半頃からは次第に n 音便も『む・ん』で書かれるようになった」ほどに混同が進んでいた.日本語の音韻においては,古今を通じて /m/ と /n/ の区別は堅持されてきたが,形態音韻的な音便という過程においては,その差異は中和されてきたのである.いわば,/m/ と /n/ は原則としては区別せよ,しかし形態音韻的に都合がよいならば中和も非としない,というほどの便法で運用してきた.
この日本語の事情がおもしろいのは,英語史でも似たような時期に似たようなことが起こっており,その後の言語変化に少なからぬ影響を与えていたからである.英語でも,古今を通じて /m/ と /n/ の音韻的な差異は常に堅持されてきた.しかし,屈折語尾(しかも典型的にはその末尾)の子音としての /m/ と /n/ は,古英語から中英語への過渡期にあたる12世紀か,それ以前に,すでに混同され,結果的には [n] へと収斂していった(Moore の論文を参照).これによって屈折語尾の音声的多様性が著しく減じたことは間違いなく,それは日本語史において音便という現象がもたらした効果に匹敵するものがある.例えば,古英語の男性弱変化名詞 nama は,格・数に応じて nama (nom.sg.), naman (acc.sg), naman (gen.sg), naman (dat.sg), naman (nom.pl), naman (acc.pl), namena (gen.pl), namum (dat.pl) と屈折したが,いまや [m] の [n] への混同・合一と語末母音の曖昧化により,結果として,主格単数の nama に対して,その他のすべての格・性で naman という形態に収斂した.ある環境における音韻的対立の無効化が,続けて形態的対立の無効化を引き起こし,それぞれの形態論に,そしてさらに波及して統語論にも,少なからぬ影響を及ぼしたのである.
両言語ともに,これが11--12世紀に生じた形態音韻論的変化であるというのは,もちろん偶然である.[m] と [n] の両鼻音の混同それ自体は,古今東西珍しくもなく,両言語のたまたまの時間的な一致に不思議を感じる必要もないだろう.おもしろみを感じるのは,[m] が [n] へ収斂したという些細な音声的現象の,その後の形態統語的な余波を比較したとき,日英語について案外似ている部分もあるかもしれないということだ.
・ 沖森 卓也 『日本語全史』 筑摩書房〈ちくま新書〉,2017年.
・ Moore, Samuel. "Earliest Morphological Changes in Middle English." Language 4 (1928): 238--66.
標題は,意外と混乱を招きやすい用語群である.すでに,野村に基づいて「#3314. 英語史における「言文一致運動」」 ([2018-05-24-1]) でも取り上げたが,改めて整理しておきたい.
まず,「話し言葉」と「書き言葉」の対立について.これについては多言を要しないだろう.ことばを表わす手段,すなわち媒体 (medium) の違いに注目している用語であり,音声を用いて口頭でなされるのが「話し言葉」であり,文字を用いて書記でなされるのが「書き言葉」である.それぞれの媒体に特有の事情があり,これについては,以下の各記事で扱ってきた.
・ 「#230. 話しことばと書きことばの対立は絶対的か?」 ([2009-12-13-1])
・ 「#748. 話し言葉と書き言葉」 ([2011-05-15-1])
・ 「#849. 話し言葉と書き言葉 (2)」 ([2011-08-24-1])
・ 「#1001. 話しことばと書きことば (3)」 ([2012-01-23-1])
・ 「#1665. 話しことばと書きことば (4)」 ([2013-11-17-1])
・ 「#1829. 書き言葉テクストの3つの機能」 ([2014-04-30-1])
・ 「#2301. 話し言葉と書き言葉をつなぐスペクトル」 ([2015-08-15-1])
・ 「#3274. 話し言葉と書き言葉 (5)」 ([2018-04-14-1])
誤解を招きやすいのは「口語体」と「文語体」の対立である.それぞれ「体」を省略して「口語」「文語」と言われることも多く,これもまた誤解の種となりうる.「口語」=「話し言葉」とする用法もないではないが,基本的には「口語(体)」も「文語(体)」も書き言葉に属する概念である.書き言葉において採用される2つの異なる文体と理解するのがよい.「口語(体)」は「口語的文体の書き言葉」,「文語(体)」は「文語的文体の書き言葉」ということである.
では,「口語的文体の書き言葉」「文語的文体の書き言葉」とは何か.前者は,文法,音韻,基礎語彙からなる言語の基層について,現在日常的に話し言葉で用いられているものに基づいて書かれた言葉である(基層については「#3312. 言語における基層と表層」 ([2018-05-22-1]) を参照).私たちは現在,日常的に現代日本語の文法,音韻,基礎語彙に基づいて話している.この同じ文法,音韻,基礎語彙に基づいて日本語を表記すれば,それは「口語的文体の書き言葉」となる.それは当然のことながら「話し言葉」とそれなりに近いものにはなるが,完全に同じものではない.「話し言葉」と「書き言葉」は根本的に性質が異なるものであり,同じ基層に乗っているとはいえ,同一の出力とはならない.「話すように書く」や「書くように話す」などというが,これはあくまで比喩的な言い方であり,両者の間にはそれなりのギャップがあるものである.
一方,「文語的文体の書き言葉」とは,文法,音韻,基礎語彙などの基層として,現在常用されている言語のそれではなく,かつて常用されていた言語であるとか,威信のある他言語であるとかのそれを採用して書かれたものである.日本語の書き手は,中世以降,近代に至るまで,平安時代の日本語の基層に基づいて文章を書いてきたが,これが「文語的文体の書き言葉」である.中世の西洋諸国では,書き手の多くは,威信ある,しかし非母語であるラテン語で文章を書いた.これが西洋中世でいうところの「文語的文体の書き言葉」である.
以上をまとめれば次のようになる.
┌── (1) 話し言葉 言葉 ──┤ │ ┌── (3) 口語(体) └── (2) 書き言葉 ──┤ └── (4) 文語(体)
昨日の記事「#3409. 日本語における合拗音の消失」 ([2018-08-27-1]) で,合拗音「クヮ」「グヮ」音が直音化した経緯に注目した.合拗音の [kw], [gw] という「子音+半子音」の部分に着目すれば,話題としては,印欧語比較言語学でいうところの軟口蓋唇音 (labiovelar) ともつながってくる (cf. 「#1151. 多くの謎を解き明かす軟口蓋唇音」 ([2012-06-21-1])) .
英語では印欧祖語に遡るとされる [kw] や [gw] は比較的よく保存されており,この点では日本語の音韻傾向とは対照的である.綴字としては典型的に <qu>, <gu> で表わされ,queen, quick, liquid, language, sanguine などの如くである.さらにいえば,英語では [k], [g] が先行する音環境に限らず,一般に [w] はよく保存されている.
とはいうものの,そのような英語でも歴史的な [w] が失われているケースはある.「#383. 「ノルマン・コンケスト」でなく「ノルマン・コンクェスト」」 ([2010-05-15-1]) で見たように,フランス借用語のなかでも,Norman French から取り込まれたものは,その方言の音韻特徴を反映して /kw/ が保たれているが (e.g. conquest /ˈkɒŋkwɛst/) ,Central French からのものは,その方言の特徴を受け継いで /w/ が落ちている (e.g. conquer /ˈkɒŋkə/) .
また,「#51. 「5W1H」ならぬ「6H」」 ([2009-06-18-1]),「#184. two の /w/ が発音されないのはなぜか」 ([2009-10-28-1]) で見たたように,後舌母音が後続する場合の [w] は脱落しやすいという調音的な事情があり,それにより how, who, sword, two などの発音(と綴字とのギャップ)が生じている.
[w] は半子音と呼ばれるだけに中途半端な音声的特質をもっており,日本語でも英語でもその挙動(の歴史)は複雑である.
合拗音とは古い日本語で「クヮ」「グヮ」などと表記された [kwa, gwa] 音のことである.もともと日本語には合拗音なる音はなかった.漢語とともに漢字音としての合拗音が導入され,中世前期に日本語の音韻へ取り込まれていったものである.しかし,近世後期になると,日本語の本来的な音韻へ回帰するかのごとく,再び合拗音が消滅するに至った.かつての合拗音「クヮ」「グヮ」は,直音「カ」「ガ」へ合一している.
沖森 (319--20) によれば,合拗音の直音化の時期については方言差があった.
合拗音のクヮ [kwa]・グヮ [gwa] は,「火事」をクヮジ,「因果」をイングヮというように漢字音において用いられてきたが,この時代において直音化してカ [ka]・ガ [ga] となった.上方語と江戸語ではその変化の時期は異なっているが,前掲の『浮世風呂』(二・上)に見える,上方と江戸の女性が言葉について言い争う場面で,上方の女性が,江戸ではグヮイをガイ,クヮンをカンと発音していることを非難している
お慮外(りょぐわい)も,おりよげへ.観音(くわんおん)さまも,かんのんさま.なんのこつちやろな.
すなわち,江戸語では十九世紀初めにはすでに直音化していたのに対して,上方語ではあまり直音化が進んでいなかったことを物語っている.江戸語では『音曲玉淵集』に「くわの字,かとまぎれぬやうにいふべきこと」と注記されるように,上方語よりもいち早く十八世紀初期には合拗音の直音化が生じていたことがわかる.これに対して,上方語では十九世紀に入っても遅い時期に変化したようである.
合拗音と直音の合一という音韻変化に関して,さらに複雑かつ興味深いのは,そこに社会語用論的な側面もあったらしいことだ.両者が区別されるか合一するかは,話者の教養の程度や,言葉遣いの丁寧さにも依存したという.上述のように合拗音は漢字音に基づくものであり,漢字や漢語の知識がない者にとって,その区別は容易ではなかった.実際,混同に基づく合一は早くも13世紀から例証されるようだ(沖森,pp. 320--21).
合拗音の消失が日本語の一般的な音韻傾向に沿うものであることは,様々に指摘されている.たとえば,[kwa, gwa] から半子音 [w] が落ちたということは,しばしば日本語のウラルアルタイ語的性格を表わすものと言われる2重子音の忌避の1例として説明することができる(『日本語百科大事典』 pp. 256--57) .一方,沖森 (318) は,次のように,日本語音韻史のより広い観点から「唇音退化」の一環として位置づけることができるという(cf. 「#1271. 日本語の唇音退化とその原因」 ([2012-10-19-1])).
ハ行子音の [ɸ] → [h] [çi],すなわち両唇摩擦音から声門摩擦音・喉頭〔ママ〕摩擦音へという変化は,調音する上で唇の関与をより軽減したものである.エが [e] に,オが [o] に,そして,ウが円唇母音から非円唇母音に変化したのも同一の傾向にある.さらにいえば,古くに,ヰ・ヱが [i]・[je] に変化したのも両唇音 w の喪失であり,後述する合拗音の直音化 [kwa] → [ka] も同じ流れである.こうした,唇の緊張を緩める方向で変化してきたことを歴史の大きな流れとして「唇音退化」ということがある.発音の負担を軽くしようという欲求に基づくものである.
なお,現代でも,東北北部,北陸,四国,九州,沖縄などで直音と合拗音の区別が存続している方言もある.
・ 『日本語百科大事典』 金田一 春彦ほか 編,大修館,1988年.
・ 沖森 卓也 『日本語全史』 筑摩書房〈ちくま新書〉,2017年.
標題の Elizabeth は,英国史の最も偉大な2人の女性に代表される典型的な英語の女性人名である.旧約聖書に現われるたいへん古い名前であり,語源もよく分かっていないようだが,ヘブライ語で「神の誓い」「神は完全なり」を表わす Elisheba に由来するのではないかと言われる.
英国では16世紀後半の Elizabeth I の治世が契機となり,後の3世紀間,英語女性名としては絶大な人気を誇ったが,20世紀になると(Elizabeth II の治世にもかかわらず)古めかしい名前と評価されるようになったからか,かつてのような人気は博していないようだ.
聖書にも現われる古い名前だけに,英国のみならずヨーロッパ諸国で同名,およびそこから派生した名前が人名として広く採用されているが,それらが改めて英語人名として英語社会に入ってくると,Elizabeth ファミリーと呼ぶべき種々の異名が行なわれることになった.あまつさえ,英語内部で省略形,愛称形 (hypocorism),地方方言形も発達してきたので,英語では多種多様な Elizabeth が流通していることになる.以下に,Crystal (148) に拠って,代表的なものを挙げよう.
・ Short forms: Bess, Bet, Beth, Eliza, Elsa, Liza, Lisbet, Lisbeth, Liz, Liza
・ Pet forms (hypocorism): Bessie, Bessy, Betsy, Bette, Betty, Elsie, Libby, Lilibet, Lizzie, Lizzy, Tetty
・ Regional forms: Elspet, Elspeth, Elspie (Scottish)
・ Foreign forms: Elizabeth (common European spelling); Babette, Elise, Lise, Lisette (French); Elsa, Else, Ilse, Liesel (German); Bettina, Elizabetta (Italian); Isabel, Isabella, Isbel, Isobel, Izzie, Sabella (Spanish/Portuguese); Elilís (Irish Gaelic); Ealasaid (Scottish Gaelic); Bethan (Welsh)
歴史的には,これらの異名の各々に対して綴字も様々あり得たわけであり,とりわけ標準的な綴字が普及する18世紀より前には,個人名の「正しい」綴字へのこだわりは稀薄だったので,綴字の多様性は著しい.「#1720. Shakespeare の綴り方」 ([2014-01-11-1]) で示唆したとおりである.Elizabeth (および他の多くの名前)について,歴史的にどれだけ多くのヴァリエーションがあったことだろうか.「斉藤」「斎藤」「齋藤」「齊藤」の比ではない!?
・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003.
人名を言語学的に扱う人名学 (anthroponomastics) については,「#1673. 人名の多様性と人名学」 ([2013-11-25-1]) をはじめとして,personal_name の各記事で関連する話題を取り上げてきた.
英語の人名は,個人名としての first name (forename, Christian name, or given name) と家族名としての last name (family name or surname) が区別されるほか,しばしば middle name が付け加えられる.
日本語の人名の感覚だと理解しにくい状況として,典型的に last name であるものが first name としても用いられるということがある.例えば,日本語では「鈴木」や「小林」という典型的な姓が名として用いられ得る状況を想像することはできないだろうが,英語では決して少なくない.シップリー (740) によれば,母親の姓が子供の名へ転用されるケースが多いという.
今日では姓(家族名)が個人名となることが多い.それは特に母親の姓を長男に与えるという慣習によるものである.この場合,母親の姓がファーストネームとして与えられる場合もあれば,ミドルネームとして与えられ,後にファーストネームを使わずに,これを個人名とする場合もある.例えば Mary Addison という名の女性が Henry Jones という男性と結婚した場合,彼らの息子は Addison Jones と名づけられることがある.姓が個人名となった例として,アメリカの俳優バージェス・メレディス ([Oliver] Bergess Meredith, 1907--97),映画監督ナナリー・ジョンソン (Nunnally [Hunter] Johnson, 1897--1977),詩人ロビンソン・ジェファーズ ([John] Robinson Jeffers, 1887--1962),英国の劇作家バーナード・ショー ([George] Bernard Shaw, 1856--1950) などがある.英国の政治家チャーチル (Winston [Leonard Spencer] Churchill, 1874--1965) とアメリカの小説家 Winston Churchill (1871--1947) を混同してはならない.
ほかに,一般的な名前が姓にも名にも採用されるということは,19世紀には普通だったようだ.Crystal (150) によれば,Baron, Beverley, Fletcher, Maxwell をはじめ,特にもともと地名として用いられていた Clifford "ford near a slope", Douglas "dark water", Shirley "bright clearing" などが名として採用されることは慣習的だったという.
・ ジョーゼフ T. シップリー 著,梅田 修・眞方 忠道・穴吹 章子 訳 『シップリー英語語源辞典』 大修館,2009年.
・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003.
文字列の類似度や相違度を測る有名な指標の1つに,標題の "Levenshtein distance" というものがある,「#3397. 後期中英語期の through のワースト綴字」 ([2018-08-15-1]),「#3398. 中英語期の such のワースト綴字」 ([2018-08-16-1]),「#3399. 綴字の類似度計算機」 ([2018-08-17-1]) でも前提としてきた指標であり,「#1163. オンライン語彙データベース DICT.ORG」 ([2012-07-03-1]) でもこの指標を利用して類似綴字語を取り出すオプションがある.
考え方は難しくない.もとの文字列から目標の文字列に変換するには,いくつの編集工程(挿入,削除,置換)が必要かを数えればよい.例えば,kitten から sitting へ変換するには,kitten →(k を s に置換)→ sitten →(e を i に置換)→ sittin →(g を挿入)→ sitting という3工程を踏む必要があるので,両綴字間の Levenshtein distance は3ということになる.通常は挿入,削除,置換の編集工程にそれぞれ1の値を割り当てるが,各々に異なる値を与える計算の仕方もある.
以下に,通常の重みづけで Levenshtein distance を計測する CGI を置いておく.試しに「#1720. Shakespeare の綴り方」 ([2014-01-11-1]) より25種類の異綴字を取り出して,カンマ区切りなどで下欄に入力してみてください(要するに以下をコピペ).Shakespeare, Schaksp, Shackespeare, Shackespere, Shackspeare, Shackspere, Shagspere, Shakespe, Shakespear, Shake-speare, Shakespere, Shakespheare, Shakp, Shakspe?, Shakspear, Shakspeare, Shak-speare, Shaksper, Shakspere, Shaxberd, Shaxpeare, Shaxper, Shaxpere, Shaxspere, Shexpere
綴字間の類似度や相違度の計測は,曖昧検索やスペリングチェックなどの実用的な目的にも応用されている.標準的な綴字がなかった古い英語の研究にも,ときに役立つことがありそうだ.
「#1585. 閉鎖的な共同体の言語は複雑性を増すか」 ([2013-08-29-1]) で "esoterogeny" という概念に触れた.ある言語共同体が,他の共同体に対して排他的な態度をとるようになると,その言語をも内にこもった複雑なものへと,すなわち "esoteric" なものへと変化させるという仮説だ.裏を返せば,他の共同体に対して親密な態度をとるようになれば,言語も開かれた単純なものへと,すなわち "exoteric" なものへと変化するとも想定されるかもしれない.この仮説の真偽については未解決というべきだが,刺激的な考え方ではある.Campbell and Mixco の用語集より,両術語の解説を引用する.
esoterogeny 'A sociolinguistic development in which speakers of a language add linguistic innovations that increase the complexity of their language in order to highlight their distinctiveness from neighboring groups' . . . ; 'esoterogeny arises through a group's desire for exclusiveness' . . . . Through purposeful changes, a particular community language becomes the 'in-group' code which serves to exclude outsiders . . . . A difficulty with this interpretation is that it is not clear how the hypothesized motive for these changes --- conscious (sometimes subconscious) exclusion of outsiders . . . --- could be tested or how changes motivated for this purpose might be distinguished from changes that just happen, with no such motive. The opposite of esoterogeny is exoterogeny. (55)
exoterogeny 'Reduces phonological and morphological irregularity or complexity, and makes the language more regular, more understandable and more learnable' . . . . 'If a community has extensive ties with other communities and their . . . language is also spoken as a contact language by members of those communities, then they will probably value their language for its use across community boundaries . . . it will be an "exoteric" lect [variety]' . . . . Use by a wider range of speakers makes an exoteric lect subject to considerable variability, so that innovations leading to greater simplicity will be preferred.
The claim that the use across communities will lead to simplification of such languages does not appear to hold in numerous known cases (for example, Arabic, Cuzco Qechua, Georgian, Mongolian, Pama-Nyungan, Shoshone etc.). The opposite of exoterogeny is esoterogeny. (59--60)
exoterogeny と esoterogeny という2つの対立する概念は,カルヴェのいう「#1521. 媒介言語と群生言語」 ([2013-06-26-1]) の対立とも響き合う.平たくいえば,「開かれた」言語(社会)と「閉ざされた」言語(社会)の対立といっていいが,これが言語の単純化・複雑化とどう結びつくのかは,慎重な議論を要するところだ.「#1482. なぜ go の過去形が went になるか (2)」 ([2013-05-18-1]) では,私はこの補充法の問題について esoterogeny の考え方を持ち出して説明したことになるし,「#1247. 標準英語は言語類型論的にありそうにない変種である」 ([2012-09-25-1]) で紹介した Hope の議論も,標準英語の偏屈な文法を esoterogeny によって説明したもののように思われる.だが,これも1の仮説の段階にとどまるということは意識しておかなければならない.
そもそも言語の「単純化」 (simplification) とは何を指すのかについて,諸家の間で議論があることを指摘しておこう (cf. 「#928. 屈折の neutralization と simplification」 ([2011-11-11-1]),「#1839. 言語の単純化とは何か」 ([2014-05-10-1]),「#3228. Joseph の言語変化に関する洞察,5点」 ([2018-06-07-1])) .また,どのような場合に単純化が生じるかについても,言語接触 (contact) との関係で様々な考察がある (cf. 「#1788. 超民族語の出現と拡大に関与する状況と要因」 ([2014-03-20-1]),「#3151. 言語接触により言語が単純化する機会は先史時代にはあまりなかった」 ([2017-12-12-1])) .
・ Campbell, Lyle and Mauricio J. Mixco, eds. A Glossary of Historical Linguistics. Salt Lake City: U of Utah P, 2007.
9月8日(土)の15:00?18:15に,朝日カルチャーセンター新宿教室にて講座「英語のエッセンスはことわざに学べ」を開講します.知る人ぞ知る,ことわざは英語表現の醍醐味を味わうのにうってつけの素材なのです.以下の趣旨でお話しする予定です.
どの文化においても,ことわざは人生の機微を巧みに表現するものとして,古くから人々に言いならわされてきました.英語文化においても例外ではなく,古英語期よりことわざが尊ばれ,ことわざ集が編まれてきました.現代に伝わる英語のことわざを学ぶことにより,英語文化で培われてきた人生の知恵を味わえるばかりではなく,英語そのものの深い理解に達することができることは,あまり気づかれていません.ことわざの英語には,太古より存続してきた英語特有の韻律があり,古英語や中英語に起源をもつ英語らしい文法・語法が息づいています.
例えば,「塵も積もれば山となる」に対応する Many a little makes a mickle. は,古英語に典型的な頭韻という詩法と強弱音節の繰り返しという韻律が見事に調和した,言語的にも優れたことわざです.「地獄の沙汰も金次第」に相当する Money makes a mare to go. では,使役の make にもかかわらず to 不定詞が用いられており,現代の文法からは逸脱しているように思われますが,ここにも韻律上の効果を認めることができます.
本講座の前半では,千年以上にわたる英語のことわざの歴史を具体例とともにひもとき,後半では現代まで受け継がれてきた英語のことわざに用いられている様々な言語的な技法を読み解くことにより,現代に残る数々のことわざをこれまで以上に楽しむことを目指します.
英語史の概要はある程度知っているけれども,その知識の骨組みに具体的に肉付けしていこうとすれば,古英語や中英語の原文を読んでいく作業が避けられません.とはいうものの,多くの英語学習者にとって,外国語の古文を読み解くなどということは,あまりに敷居が高いと思われるのではないでしょうか.そこでよい材料となるのが,ことわざです.ことわざには,しばしば古い言葉遣いが残っています.そのようなことわざを題材に,古い音韻,形態,統語,語彙,意味,語法,方言などをつまみ食いつつ,英語史を学ぼうという趣旨です.英語の語彙増強や文法理解にも役立ちますし,英語史の枠をはみ出して,英語学,そして言語学一般の話題への導入にもなります.
もちろん,ことわざの内容自体もおおいに味わう予定です.どうぞお楽しみに.
本ブログでも,時々ことわざについて取り上げてきたので,以下の記事をご覧下さい.
・ 「#564. Many a little makes a mickle」 ([2010-11-12-1])
・ 「#780. ベジタリアンの meat」 ([2011-06-16-1])
・ 「#910. 語の定義がなぜ難しいか」 (1)」 ([2011-10-24-1])
・ 「#948. Be it never so humble, there's no place like home.」 (1)」 ([2011-12-01-1])
・ 「#955. 完璧な語呂合わせの2項イディオム」 ([2011-12-08-1])
・ 「#970. Money makes the mare to go」 ([2011-12-23-1])
・ 「#978. Money makes the mare to go」 (2)」 ([2011-12-31-1])
・ 「#2248. 不定人称代名詞としての you」 ([2015-06-23-1])
・ 「#2395. フランス語からの句の借用」 ([2015-11-17-1])
・ 「#2691. 英語の諺の受容の歴史」 ([2016-09-08-1])
・ 「#3319. Handsome is as handsome does」 ([2018-05-29-1])
・ 「#3320. 英語の諺の分類」 ([2018-05-30-1])
・ 「#3321. 英語の諺の起源,生成,新陳代謝」 ([2018-05-31-1])
・ 「#3322. Many a mickle makes a muckle」 ([2018-06-01-1])
・ 「#3336. 日本語の諺に用いられている語種」 ([2018-06-15-1])
昨日の記事「#3402. presupposition trigger のタイプ」 ([2018-08-20-1]) で presupposition (前提)について取り上げたが,それにはとりわけ重要な特性が3つある.(1) constancy under negation, (2) defensibility or cancellability, (3) the projection problem である (Huang 67--75) .
(1) constancy under negation
文が否定されても,前提は無傷のままに残るという興味深い特性がある.昨日の記事の例でいえば,The king of France is bald. という文は,"There is a king of France" を前提とするが,同文を否定して The king of France isn't bald. としても前提は揺るがない.この重要な性質に基づいて,「前提」を改めて定義すると次のようになる.
An utterance of a sentence S presupposes a proposition p if and only if
a. if S is true, then p is true
b. if S is false, then p is still true
(2) defeasibilty or cancellability
前提には,背景となる想定,現実の知識,会話の含意 (conversational implicature),談話の文脈によっては無効となり得るという特性がある.例えば,John got an assistant professorship before he finished his Ph.D. では "John finished his Ph.D" の前提が成立するが,ほぼ同じ構文で John died before he finished his Ph.D. では同前提は成立しなくなる.死んだ後には何もできないという現実の知識があるからこそ,前提が否認されるのである.
また,There is no king of France. Therefore the king of France isn't bald. では,第1文の存在により,第2文から通常生じるはずの "There is a king of France" という前提が成立しなくなる.
ほかには,The president doesn't regret vetoing the bill (because in fact he never did so!) では,because 以下がない文では "The president vetoed the bill" が前提とされるが,because 以下を加えた文では,そこで明示的に前提が否定されることになる.
発話動詞が使用される場合にも,前提が成立しないことがある.John said that Mary managed to speak with a broad Irish accent. では,"Mary managed to speak with a broad Irish accent" は前提とされない.
(3) the projection problem
単文が組み合わさって複文となるとき,単文によって生み出された前提は,複文においても投射 (projection) され,受け継がれるものと思われるかもしれない.確かにそのような場合も多いが,一方で (2) でも例をみたように,単文での前提が複文全体の趣旨と整合しない場合には,その前提が崩れることもある.どのようなケースで投射され,あるいは投射されないのかを公式化することは難しく,投射の問題は "the curse and the blessing of modern presupposition theory" とも呼ばれている.理論の構築が困難であることが "curse" であり,語用論的な発想をもってしなければ対処できないという点で,語用論の意味論からの独立性を支持するものとして "blessing" だというわけである.
・ Huang, Yan. Pragmatics. Oxford: OUP, 2007.
語用論の主要なトピックである presupposition (前提)とは,簡単にいえば,ある文を発したときに当然のように真として受け入れられる推論や命題のことである.例えば,「私の兄は独身です」では私に兄がいることが前提とされるし,「雨が降る前に洗濯物を取り込んだ」では雨が降ったことが前提とされる.これらの文において件の前提を生み出す言語項を presupposition trigger と呼ぶ.上の例では,「私の兄」という名詞句や「雨が降る前に」という統語構造が presupposition trigger となっている.
Huang (67--68) は,英語の presupposition trigger としていくつかの種類を挙げている.以下で ">>" の記号は "presuppose" の意である.
(1) Definite descriptions
The king of France is/isn't bald.
>> There is a king of France
(2) Factive predicates
a. Epistemic or cognitive factives
John knows/doesn't know that Baird invented television.
>> Baird invented television
b. Emotive factives
John regrets/doesn't regret that he has said the unsayable.
>> John has said the unsayable
(3) Aspectual/change of state predicates
Mary has/hasn't stopped beating her boyfriend.
>> Mary has been beating her boyfriend
(4) Iteratives
a. Iterative verbs
John returned/didn't return to Cambridge.
>> John was in Cambridge before
b. Iterative adverbs
The boy cried/didn't cry wolf again.
>> The boy cried wolf before
(5) Implicative predicates
John managed/didn't manage to give up smoking.
>> John tried to give up smoking
(6) Temporal clauses
After she shot to stardom in a romance film, Jane married/didn't marry a millionaire entrepreneur.
>> Jane shot to stardom in a romance film.
(7) Cleft sentences
a. Cleft
It was/wasn't Baird who invented television.
>> Someone invented television
b. Pseudo-cleft
What Baird invented/didn't invent was television
>> Baird invented something
(8) Counterfactual conditionals
If an ant were as big as a human being, it could/couldn't run five times faster than an Olympic sprinter.
>> An ant is not as big as a human being
(1)--(5) は語句を利用した lexical triggers,(6)--(8) は構文を利用した constructional/structural triggers の例である.
・ Huang, Yan. Pragmatics. Oxford: OUP, 2007.
昨日の記事「#3400. 英語の中核語彙に借用語がどれだけ入り込んでいるか?」 ([2018-08-18-1]) で取り上げた Durkin の論文では,英語語彙史の実証的調査は,OED と HTOED という2大ツールを使ってですら大きな困難を伴うとして,方法論上の問題が論じられている.結論部 (405--06) に,諸問題が要領よくまとまっているので引用する.
One of the most striking and well-known features of lexical data is its extreme variability: as the familiar dictum has it 'chaque mot a son histoire', and accounting for the varied histories of individual words demands classificatory frameworks that are flexible, nonetheless consistent in their approach to similar items. Awareness is perhaps less widespread that the data about word histories presented in historical dictionaries and other resources are rarely 'set in stone': sometimes certain details of a word's history, for instance the details of a coinage, may leave little or no room for doubt, but more typically what is reported in historical dictionaries is based on analysis of the evidence available at time of publication of the dictionary entry, and may well be subject to review if and when further evidence comes to light. First dates of attestation are particularly subject to change, as new evidence becomes available, and as the dating of existing evidence is reconsidered. In particular, the increased availability of electronic text databases in recent years has swollen the flow of new data to a torrent. The increased availability of data should also not blind us to the fact that the earliest attestation locatable in the surviving written texts may well be significantly later than the actual date of first use, and (especially for periods, varieties, or registers for which written evidence is more scarce) may actually lag behind the date at which a word or meaning had already become well established within particular communities of speakers. Additionally, considering the complexities of dating material from the Middle English period . . . highlights the extent to which there may often be genuine uncertainty about the best date to assign to the evidence that we do have, which dictionaries endeavour to convey to their readers by the citation styles adopted. Issues of this sort are grist to the mill of anyone specializing in the history of the lexicon: they mean that the task of drawing broad conclusions about lexical history involves wrestling with a great deal of messy data, but the messiness of the data in itself tells us important things both about the nature of the lexicon and about our limited ability to reconstruct earlier stages of lexical history.
語源情報は常に流動的であること,初出年は常に更新にさらされていること,初出年代は口語などにおける真の初使用年代よりも遅れている可能性があること,典拠となっている文献の成立年代も変わり得ること等々.ここに指摘されている証拠 (evidence) を巡る方法論上の諸問題は,英語語彙史ならずとも一般に文献学の研究を行なう際に常に意識しておくべきものばかりである.OED3 の編者の1人である Durkin が,辞書は(OED ですら!)研究上の万能なツールではあり得ないと説いていることの意義は大きい.
・ Durkin, Philip. "The OED and HTOED as Tools in Practical Research: A Test Case Examining the Impact of Loanwords in Areas of the Core Lexicon." The Cambridge Handbook of English Historical Linguistics. Ed. Merja Kytö and Päivi Pahta. Cambridge: CUP, 2016. 390--407.
英語語彙における借用語の割合が高いことは,本ブログの多くの記事で取り上げてきた.この事実に関してとりわけ注目すべき質的な特徴として,借用語が基本語彙にまで入り込んできているという点が挙げられる(例えば「#2625. 古ノルド語からの借用語の日常性」 ([2016-07-04-1]) を参照).諸言語の比較研究によれば,借用語が基本語彙に入り込むという事例は,非常に稀かといえばそうでもなく,ある程度は観察されるのも事実であり,従来しばしば指摘されてきたように,英語がきわめて特異であると評価することはもはやできない.とはいえ,そのような事例が通言語的には "unusual" (Durkin 391) であるというのも傾向としては確かである.
Durkin は,標記の問いに答えるべく OED と HTOED を用いて実証的な調査を行なった.まず,'Leipzig-Jakarta list of basic vocabulary' と呼ばれる通言語的に有効とされる基本語彙のリストを参照し,そこから100の核心的な意味を取り出す.次に,その各々の意味が,英語語彙史においてどのような単語(群)によって担われてきたかを両辞書によって同定し,その単語の語源情報(借用語か否かなどの詳細)を記録・整理していく.そして,現在,借用語が100の核心的な意味のどれくらいをカバーしているのかを割り出す.その結果は,Durkin (392) によれば次の通り.
To summarize the results of this exercise very briefly . . ., looking in detail at the 100-meaning 'Leipzig-Jakarta list of basic vocabulary' in this way suggests that, while only twenty-two of these meanings appear never to have been realized by a loanword in the data of the OED as summarized in the HTOED, there are only twelve cases where a good case can be made for a loanword being the usual realization of the relevant core meaning in contemporary English:
(from early Scandinavian): root, wing, hit, leg, egg, give, skin, take; (from French): carry, soil, cry, (probably) crush
見方を変えれば,100の核心的な意味のうち78までが,部分的であれ何らかの借用語によって担われているということだ.ここから,借用語が幅広く核心的な意味領域を覆っているということが分かる.しかし,その借用語が,そのような核心的な意味領域を表わす単語群のなかでも典型的・代表的な語であるかどうかは別問題であり,そのような数え方をすると,上記の12語ほどに限定されるということだ.
もっとも,語彙や意味について何をもって「核心」や「基本」とみなすのかは難しい問題であり,それによって結果の数値も変わり得ることはいうまでもない.この問題その他について,以下のような記事で様々に取り上げてきたので参照を.
・ 「#1128. glottochronology」 ([2012-05-29-1])
・ 「#1961. 基本レベル範疇」 ([2014-09-09-1])
・ 「#1965. 普遍的な語彙素」 ([2014-09-13-1])
・ 「#1970. 多義性と頻度の相関関係」 ([2014-09-18-1])
・ 「#2659. glottochronology と lexicostatistics」 ([2016-08-07-1])
・ 「#2660. glottochronology と基本語彙」 ([2016-08-08-1])
・ 「#2661. Swadesh (1952) の選んだ言語年代学用の200語」 ([2016-08-09-1])
・ 「#308. 現代英語の最頻英単語リスト」 ([2010-03-01-1])
・ 「#202. 現代英語の基本語彙600語の起源と割合」 ([2009-11-15-1])
・ 「#429. 現代英語の最頻語彙10000語の起源と割合」 ([2010-06-30-1])
・ 「#845. 現代英語の語彙の起源と割合」 ([2011-08-20-1])
・ 「#1202. 現代英語の語彙の起源と割合 (2)」 ([2012-08-11-1])
・ Durkin, Philip. "The OED and HTOED as Tools in Practical Research: A Test Case Examining the Impact of Loanwords in Areas of the Core Lexicon." The Cambridge Handbook of English Historical Linguistics. Ed. Merja Kytö and Päivi Pahta. Cambridge: CUP, 2016. 390--407.
この2日間の記事「#3397. 後期中英語期の through のワースト綴字」 ([2018-08-15-1]),「#3398. 中英語期の such のワースト綴字」 ([2018-08-16-1]) で,異綴字間の類似性を計算するスクリプトを利用して,through と such の様々な綴字を比較した.このスクリプトは,ある程度使い勝手があるかもしれないと思い,より汎用的な形で CGI を組んでみた.
ところが,スクリプトの内部的な仕様の関係でサーバ上で動かないということが発覚.残念無念.公開しても無意味であることを承知のうえ,以下に置いておこうと思います(せっかく作ったのだし,私自身のローカルPCでは動いているので・・・).すみません.
と,これではあんまりなので,Shakespeare の異綴字を比較した結果を披露しておきます.「#1720. Shakespeare の綴り方」 ([2014-01-11-1]) で挙げた25種類の異綴字 Shakespeare, Schaksp, Shackespeare, Shackespere, Shackspeare, Shackspere, Shagspere, Shakespe, Shakespear, Shake-speare, Shakespere, Shakespheare, Shakp, Shakspe?, Shakspear, Shakspeare, Shak-speare, Shaksper, Shakspere, Shaxberd, Shaxpeare, Shaxper, Shaxpere, Shaxspere, Shexpere を入力して,ソートさせると,次のような出力が得られた.
Similarity | Spellings |
---|---|
1.0000 | Shakespeare |
0.9565 | Shackespeare, Shake-speare, Shakespheare |
0.9524 | Shakespear, Shakespere, Shakspeare |
0.9091 | Shackespere, Shackspeare, Shak-speare |
0.9000 | Shakspear, Shakspere |
0.8571 | Shackspere |
0.8421 | Shakespe, Shaksper |
0.8000 | Shagspere, Shaxpeare, Shaxspere |
0.7368 | Shaxpere, Shexpere |
0.7000 | Shakspe? |
0.6667 | Schaksp, Shaxper |
0.6250 | Shakp |
0.5263 | Shaxberd |
昨日の記事「#3397. 後期中英語期の through のワースト綴字」 ([2018-08-15-1]) に引き続き,今回は such の異綴字について.「#2520. 後期中英語の134種類の "such" の異綴字」 ([2016-03-21-1]),「#2521. 初期中英語の113種類の "such" の異綴字」 ([2016-03-22-1]) で見たように,私の調べた限り,中英語全体では such を表記する異綴字が212種類ほど確認される.そのうちの208種について,昨日と同じ方法で現代標準綴字の such にどれだけ類似しているかを計算し,似ている順に列挙してみた.
Similarity | Spellings |
---|---|
1.0000 | such |
0.8889 | sƿuch, shuch, succh, suche, sucht, suech, suich, sulch, suuch, suych, swuch |
0.8571 | suc |
0.8000 | sƿucch, sƿuche, schuch, scuche, shuche, souche, sucche, suchee, suchet, suchte, sueche, suiche, suilch, sulche, sutche, suuche, suuech, suyche, swuche, swulch |
0.7500 | sƿuc, scht, sech, shuc, sich, soch, sueh, suhc, suhe, suic, sulc, suth, suyc, swch, swuh, sych |
0.7273 | sƿucche, sƿuchne, sƿulche, schuche, suecche, suueche, suweche |
0.6667 | hsƿucche, sƿche, sƿich, sƿucches, sƿulc, schch, schuc, schut, seche, shich, shoch, shych, siche, soche, suicchne, suilc, svche, svich, swche, swech, swich, swlch, swulchen, swych, syche, zuich, zuych |
0.6154 | swulchere |
0.6000 | asoche, sƿiche, sƿilch, sƿlche, sƿuilc, sƿulce, schech, schute, scoche, scwche, secche, shiche, shoche, sowche, soyche, sqwych, suilce, sviche, sweche, swhych, swiche, swlche, swyche, zuiche, zuyche |
0.5714 | sec, sic, sug, swc, syc |
0.5455 | aswyche, sƿicche, sƿichne, sƿilche, sƿi~lch, scheche, schiche, schilke, schoche, sewyche, sqwyche, sswiche, swecche, swhiche, swhyche, swichee, swyeche, zuichen |
0.5333 | sucheȝ |
0.5000 | sƿic, sɩͨh, scli, secc, sick, silc, slic, solchere, sulk, swic, swlc, swlchere, swulcere |
0.4444 | sƿilc, sclik, sclyk, suilk, sulke, suylk, swics, swilc |
0.4000 | sƿillc, sclike, sclyke, squike, squilk, squylk, suilke, suwilk, suylke, swilce, swlcne, swulke, swulne |
0.3636 | sƿilcne, suilkin, swhilke |
0.3333 | swisɩͨhe |
0.2857 | sik, sli, slk, sly, syk |
0.2500 | selk, sike, silk, slik, slyk, swil, swlk, swyk, swyl, syge, syke, sylk |
0.2222 | sƿilk, selke, sliik, slike, slilk, slyke, swelk, swilk, swlke, swyke, swylk, sylke |
0.2000 | slieke, slkyke, swilke, swylke, swylle |
0.1818 | sƿillke, swilkee, swilkes |
「#53. 後期中英語期の through の綴りは515通り」 ([2009-06-20-1]),「#54. through 異綴りベスト10(ワースト10?)」 ([2009-06-21-1]) で紹介したように,後期中英語の through の綴字は,著しくヴァリエーションが豊富である.そこではのべ515通りの綴字を集めたが,ハイフン(語の一部であるもの),イタリック体(省略符号などを展開したもの),上付き文字,大文字小文字の違いの有無を無視すれば,444通りとなる.この444通りの綴字について,現代の標準綴字 through にどれだけ近似しているかを,String::Similarity という Perl のモジュールを用いて計算させてみた.類似性の程度を求めるアルゴリズムは,文字変換の工程数 (Levenshtein edit distance) に基づくものである.完全に一致していれば 1.0000 の値を取り,まったく異なると 0.0000 を示す.では,「似ている」順に列挙しよう.
Similarity | Spellings |
---|---|
1.0000 | through |
0.9333 | thorough, throughe, throught |
0.9231 | throgh, throug, throuh, thrugh, trough |
0.8750 | thoroughe, thorought |
0.8571 | thorogh, thorouh, thorugh, thourgh, throȝgh, throghe, throght, throwgh, thrughe, thrught |
0.8333 | thogh, throu, thrug, thruh, trogh, trugh |
0.8000 | thoroghe, thoroght, thorouȝh, thorowgh, thorughe, thorught, thourghe, thourght, throȝghe, throghet, throghte, throighe, throuȝht, throuche, throwght, thrughte |
0.7692 | þrough, thorgh, thorou, thoruh, thourh, throȝh, throch, throuȝ, throue, throwg, throwh, thruch, thruth, thrwgh, thrygh, thurgh, thwrgh, troght, trowgh, trughe, trught |
0.7500 | thorowghe, thorowght |
0.7273 | thro |
0.7143 | þorough, þrought, thorȝoh, thorghe, thorght, thorghw, thorgth, thorohe, thorouȝ, thorowg, thorowh, thorrou, thoruȝh, thoruth, thorwgh, thourhe, thourth, thourwg, thowrgh, throȝhe, throcht, throuȝe, throwth, thruȝhe, thrwght, thurgeh, thurghe, thurght, thurgth, thurhgh, trowght, yorough |
0.6667 | þorought, þough, þrogh, þroughte, þrouh, þrugh, thorg, thorghwe, thorh, thoro, thorowth, thorowut, thoru, thour, throȝ, throw, thruȝ, thrue, thuht, thurg, thurghte, thurh, thuro, thuru, torgh, yrogh, yrugh |
0.6154 | þorogh, þorouh, þorugh, þourgh, þroȝgh, þroghe, þrouȝh, þrouhe, þrouht, þrowgh, þurugh, thorȝh, thorch, thoroo, thorow, thorth, thoruȝ, thorue, thorur, thorwh, thourȝ, thoure, thourr, thourw, thowur, throȝe, throȝt, throve, throwȝ, throwe, throwr, thruȝe, thrvoo, thurȝh, thurch, thurge, thurhe, thurow, thurth, torghe, trghug, yhurgh, yorugh, yourgh |
0.5714 | þoroghe, þorouȝh, þorowgh, þorught, þourght, þrouȝth, þrowghe, þurughe, thorowȝ, thorowe, thorrow, thorthe, thourȝe, thourow, thowrow, thrawth, throwȝe, thurȝhg, thurȝth, thurgwe, thurhge, thurowe, thurthe, yhurght, yourghe |
0.5455 | þrou, þruh, thow, thrw, thur, trow, yrou |
0.5333 | þorowghe, þorrughe, thorowȝt |
0.5000 | þorgh, þorou, þorug, þoruh, þourg, þourh, þroȝh, þroth, þrouȝ, þrowh, þurgh, þwrgh, ȝorgh, thorȝ, thorv, thorw, thowe, thowr, threw, thrwe, thurȝ, thurv, thurw, thwrw, trowe, yhorh, yhoru, yhrow, yorgh, yorou, yoruh, yourh, yurgh |
0.4615 | þhorow, þorghȝ, þorghe, þorght, þorguh, þorouȝ, þoroue, þorour, þorowh, þoruȝh, þorugȝ, þoruhg, þoruth, þorwgh, þourȝh, þourgȝ, þourth, þroȝth, þrouȝe, þrouȝt, þurgȝh, þurghȝ, þurghe, þurght, þuruch, dorwgh, dourȝh, drowgȝ, durghe, tþourȝ, thorȝe, thorȝt, thorȝw, thorew, thorwȝ, thorwe, thurȝe, thurȝt, thurew, thurwe, yorghe, yoroue, yorour, yourch, yurghe, yurght |
0.4286 | þorouȝe, þorouȝt, þorouwȝ, þorowth, þrouȝte, thorȝwe, thorewe, thorffe, thorwȝe, thowffe, trowffe |
0.4000 | þro |
0.3636 | ðoru, þorg, þorh, þoro, þoru, þouȝ, þour, þroȝ, þrow, þruȝ, þurg, þurh, þuro, þuru, ȝoru, ȝour, torw, twrw, yorh, yoro, yoru, your, yrow, yruȝ, yurg, yurh, yuru |
0.3333 | þerow, þerue, þhurȝ, þorȝh, þorch, þoreu, þorgȝ, þoroȝ, þorow, þorth, þoruþ, þoruȝ, þorue, þorwh, þouȝt, þourþ, þourȝ, þourt, þourw, þroȝe, þroȝt, þrowþ, þrowȝ, þrowe, þruȝe, þurȝg, þurȝh, þurch, þureh, þurhg, þurht, þurow, þurru, þurth, þuruȝ, þurut, ȝoruȝ, ȝurch, doruȝ, torwe, yoȝou, yorch, yorow, yoruȝ, yourȝ, yourw, yurch, yurhg, yurht, yurth, yurwh |
0.3077 | þorȝhȝ, þorowþ, þorowe, þorrow, þoruȝe, þoruȝt, þorwgȝ, þorwhe, þorwth, þourȝe, þourȝt, þourȝw, þourow, þouruȝ, þourwe, þrorow, þrowȝe, þurȝhg, þurȝth, þurthe, ȝoruȝt, yerowe, yorowe, yurowe, yurthe |
0.2857 | þrorowe |
0.2000 | þor, þur |
0.1818 | þarȝ, þorþ, þorȝ, þore, þorv, þorw, þowr, þurþ, þurȝ, þurf, þurw, ȝorw, ȝowr, dorw, yorȝ, yora, yorw, yowr, yurȝ, yurw |
0.1667 | þerew, þorȝe, þorȝt, þoreȝ, þorew, þorwȝ, þorwe, þowre, þurȝe, þurȝt, þureȝ, þurwȝ, þurwe, dorwe, durwe, yorwe, yowrw, yurȝe |
0.1538 | þorewȝ, þorewe, þorwȝe, þorwtȝ |
大修館の雑誌『英語教育』9月号に,拙稿「素朴な疑問に答えるための英語史のツボ」を寄稿しました.9月号の第1特集「授業に活かせる『英語の世界』」の1記事として掲載されていますが,特集全体の趣旨とラインナップは以下の通りです.
授業に活かせる「英語の世界」
知っているようで意外と知らない「英語の世界」.英語史・語源から,新たに登場した新出表現など,授業の中で活かせる豆知識をご紹介し,指導の引出を増やしていきます.
「英語」は誰が使っている? (小林めぐみ)
素朴な疑問に答えるための英語史のツボ (堀田隆一)
覚えておきたい英語の諺・名言 (岩田純一)
語彙力増強に役立つ「語源的学習法 (Etymological Learning)」 (長瀬浩平)
国際英語の視点から:非英語圏からの新英語表現 (藤原康弘)
「娯楽」と「教養」を授ける 映画の英語学習への活用 (鎌倉義士)
魅力ある教材 マザーグース:リズムとライムで英語に親しむ (鳥山淳子)
やさしい言葉と深い意味:授業に活かせるシェイクスピア (由井哲哉)
多言語の視点から「英語」を眺める (森住 衛)
[コラム]
英語圏の祝祭日について (塩澤 正)
小学校でのジェスチャーの活用と注意したいこと (相田眞喜子)
文字と書き方の話 (朝尾幸次郎)
拙稿では,(1) 「不規則」動詞と呼ばれているものが,かつては「規則」そのものだったという,あっと言わせる(?)ネタを提示し,(2) 「秋」を表わす fall (米) vs autumn (英)のような方言差の事例は,英語史的には実はよだれが垂れそうなほど面白い第一級の話題であることを紹介しました.両者とも「授業の中で活かせる豆知識」ではありますが,それ以上の意義があると信じています.文章の最後で次のように述べました.
今回紹介した英語史のツポは,授業にスパイスを加えてくれるネタとして役立つだけでなく,英語の新しい見方そのものだということが分かっていただけたかと思います.これをきっかけに,ぜひ英語史の世界に足を踏み入れてみてください!
ご関心のある方は,是非ご一覧を.
・ 堀田 隆一 「素朴な疑問に答えるための英語史のツボ」 『英語教育』(大修館) 第67巻第6号,2018年.12--13頁.
イギリスでは,1712年に Jonathan Swift (1667--1745) の提案した Academy 創設の試みが頓挫したのち,公的に言語を統制しようとする動きは目立たなくなった.しかし,18,19,20世紀,そして現在に至るまで,統制とは言わずとも何らかの意味で言語を管理しようとする欲求が完全に消えたわけではない.言語について保守的・純粋主義的な人々は常に一定数存在したし,小規模あるいは私的なレベルで統制のために声を上げることはあった.その1つの例として,1913年に設立された Society for Pure English (S.P.E) を挙げよう.
S.P.E は1913年に設立されたが,実際に活動を始めたのは第1次世界大戦の休戦後のことである.当初の委員は,錚々たるメンバーだった.リーダー役を演じた桂冠詩人 Robert Bridges,著名な文献学者 Henry Bradley,オックスフォード大学英文学教授 Sir Walter Raleigh,文学者 Logan Pearsall Smith である.彼らの目的は,人々の言語(使用)に介入することではなく,あくまで "to agree upon a modest and practical scheme for informing popular taste on sound principles, for guiding educational authorities, and for introducing into practice certain slight modifications and advantageous changes" (qtd. in Baugh and Cable, p. 328) ということだった.人々の言語使用をむしろ尊重しているということを強調し,その上に立って若干の整理を行ないたい,ということだった.
しかし,それでもそこにアカデミーぽい匂い,言語統制の風味をかぎ取ったものもいた.例えば,Robert Graves という著者が,1926年に Impenetrability, or The Proper Habit of English において,次のように S.P.E を批判している.彼にとっては,Society for Pure English という名前からして胡散臭く思われたろう.
The 'Society for Pure English,' recently formed by the Poet Laureate, is getting a great deal of support at this moment, and is the literary equivalent of political Fascism. But at no period have the cultured classes been able to force the habit of tidiness on the nation as a whole. . . . The imaginative genius of the uneducated and half-educated masses will not be denied expression. (qtd. in Baugh and Cable, p. 328)
どの時代にも,統制に傾く派閥と自由を訴える派閥がある.アカデミー(もどき)設立の議論は,決して1712年をもって永久に幕を閉じたわけではない.
・ Baugh, Albert C. and Thomas Cable. A History of the English Language. 6th ed. London: Routledge, 2013.
「#2547. 歴代イングランド君主と統治年代の一覧」 ([2016-04-17-1]) でも似たような一覧を示したが,ウィリアム1世以降について,より詳しい「国王及び王妃(婿)一覧表」を森 (626--31) に見つけたので掲げておきたい.王妃(婿)の情報まで含まれているのが便利かつ興味深い.
王及び王妃(婿) | 生年 | 結婚 | 在位 | 没年 | 王妃(婿)の出身 | |
●ノルマン王家 | ||||||
ウィリアム1世 | 1027? | 1050? | 1066--1087 | 1087 | ||
マティルダ・オブ・フランダース | 1031 | 1050? | 1083 | フランドル | ||
ウィリアム2世 | 1060? | 1087--1100 | 1100 | |||
ヘンリー1世 | 1068 | 11000 | 1100--1135 | 1135 | ||
(1) マティルダ・オブ・スコットランド | 1080 | 1100 | 1118 | スコットランド | ||
(2) アデライザ・オブ・ルーヴァン | 1102 | 1121 | 1151 | フランス | ||
スティーヴン | 1097? | 1115 | 1135--1154 | 1154 | ||
マティルダ・オブ・ブーローニュ | 1103? | 1115 | 1152 | アングロ・ノルマン | ||
●プランタジニット王家 | ||||||
ヘンリー2世 | 1133 | 1152 | 1154--1189 | 1189 | ||
エリナー・オブ・アキテーヌ | 1122? | 1152 | 1204 | フランス | ||
リチャード1世 | 1157 | 1191 | 1189--1199 | 1199 | ||
ベレンガリア・オブ・ナヴァール | 1174 | 1191 | 1230? | スペイン | ||
ジョン | 1167 | 1189 | 1199--1216 | 1216 | ||
(1) イザベル・オブ・グロースター | ? | 1189 | 1217 | イングランド | ||
(2) イザベル・オブ・アングレーム | 1188 | 1200 | 1246 | フランス | ||
ヘンリー3世 | 1207 | 1236 | 1216--1272 | 1272 | ||
エリナー・オブ・プロヴァンス | 1226? | 1236 | 1291 | フランス | ||
エドワード1世 | 1239 | 1254 | 1272--1307 | 1307 | ||
(1) エリナー・オブ・カスティル | 1244 | 1254 | 1290 | スペイン | ||
(2) マーガレット・オブ・フランス | 1282? | 1299 | 1318 | フランス | ||
エドワード2世 | 1284 | 1308 | 1307--1327 | 1327 | ||
イザベル・オブ・フランス | 1292 | 1308 | 1358 | フランス | ||
エドワード3世 | 1312 | 1328 | 1327--1377 | 1377 | ||
フィリッパ・オブ・エノー | 1314? | 1328 | 1369 | フランドル | ||
リチャード2世 | 1367 | 1382 | 1377--1399 | 1400 | ||
(1) アン・オブ・ボヘミア | 1366 | 1382 | 1394 | ボヘミア | ||
(2) イザベル・オブ・ヴァロア | 1389 | 1396 | 1409 | フランス | ||
●ランカスター王家 | ||||||
ヘンリー4世 | 1367 | 1380 | 1399--1414 | 1413 | ||
(1) メアリー・ドゥ・ブーン | 1370 | 1381 | 1394 | イングランド | ||
(2) ジョアン・オブ・ナヴァール | 1370? | 1403 | 1437 | スペイン | ||
ヘンリー5世 | 1387 | 1420 | 1413--1422 | 1422 | ||
キャサリン・オブ・ヴァロア | 1401 | 1420 | 1437 | フランス | ||
ヘンリー6世 | 1421 | 1444 | 1422--1461, 1470--1471 | 1471 | ||
マーガレット・オブ・アーンジュ | 1429 | 1444 | 1482 | フランス | ||
●テューダー王家 | ||||||
ヘンリー7世 | 1457 | 1486 | 1485--1509 | 1509 | ||
エリザベス・オブ・ヨーク | 1465 | 1486 | 1503 | イングランド | ||
ヘンリー8世 | 1491 | 1509 | 1509--1547 | 1547 | ||
(1) キャサリン・オブ・アラゴン | 1485 | 1509 | 1536 | スペイン | ||
(2) アン・ブーリン | 1507? | 1533 | 1536 | イングランド | ||
(3) ジェイン・シーモア | 1509? | 1536 | 1537 | イングランド | ||
(4) アン・オブ・クレーヴズ | 1515 | 1540 | 1557 | フランドル | ||
(5) キャサリン・ハワード | 1521? | 1540 | 1542 | イングランド | ||
(6) キャサリン・パー | 1512? | 1543 | 1548 | イングランド | ||
エドワード6世 | 1537 | 1547--1553 | 1553 | |||
メアリー1世 | 1516 | 1554 | 1553--1558 | 1558 | ||
フェリペ・オブ・スペイン | 1527 | 1554 | (スペイン王)1556--1598 | 1598 | スペイン | |
エリザベス1世 | 1533 | 1558--1603 | 1603 | |||
●ステュアート王家 | ||||||
ジェイムズ1世 | 1566 | 1589 | 1603--1625 | 1625 | ||
アン・オブ・デンマーク | 1574 | 1589 | 1619 | デンマーク | ||
チャールズ1世 | 1600 | 1625 | 1625--1649 | 1649 | ||
ヘンリエッタ・マリア | 1609 | 1625 | 1669 | フランス | ||
●再興ステュアート王家 | ||||||
チャールズ2世 | 1630 | 1662 | 1660--1685 | 1685 | ||
キャサリン・オブ・ブラガンザ | 1638 | 1662 | 1705 | ポルトガル | ||
ジェイムズ2世 | 1633 | 1660 | 1685--1688 | 1701 | ||
(1) アン・ハイド | 1637 | 1660 | 1671 | イングランド | ||
(2) メアリー・オブ・モデナ | 1658 | 1673 | 1718 | イタリア | ||
メアリー2世(共同統治) | 1662 | 1677 | 1689--1694 | 1694 | ||
ウィリアム3世(共同統治) | 1650 | 1677 | 1689--1702 | 1702 | オランダ | |
アン | 1665 | 1683 | 1702--1714 | 1714 | ||
プリンス・ジョージ・オブ・デンマーク | 1653 | 1683 | 1708 | デンマーク | ||
●ハノーヴァー王家 | ||||||
ジョージ1世 | 1660 | 1682 | 1714--1727 | 1727 | ||
ゾフィア・ドロテア | 1666 | 1682 | 1726 | ドイツ | ||
ジョージ2世 | 1683 | 1705 | 1727--1760 | 1760 | ||
キャロライン・オブ・アーンズパック | 1683 | 1705 | 1737 | ドイツ | ||
ジョージ3世 | 1738 | 1761 | 1760--1820 | 1820 | ||
シャーロット・オブ・メックレンブルク・シュトゥレリッツ | 1744 | 1761 | 1818 | ドイツ | ||
ジョージ4世 | 1762 | 1795 | 1820--1830 | 1830 | ||
キャロライン・オブ・ブルンスウィック | 1768 | 1795 | 1821 | ドイツ | ||
ウィリアム4世 | 1765 | 1818 | 1830--1837 | 1837 | ||
アデレイド・オブ・サクス・マイニンゲン | 1792 | 1818 | 1849 | ドイツ | ||
ヴィクトリア | 1819 | 1840 | 1837--1901 | |||
プリンス・アルバート | 1819 | 1840 | 1861 | ドイツ | ||
●サクズ・コバーグ・ゴータ王家 | ||||||
エドワード7世 | 1841 | 1863 | 1901--1910 | 1910 | ||
アレグザンドラ・オブ・デンマーク | 1841 | 1863 | 1925 | デンマーク | ||
●ウィンザー王家 | ||||||
ジョージ5世 | 1865 | 1893 | 1910--1936 | |||
メアリー・オブ・テック | 1867 | 1893 | 1953 | ドイツ | ||
エドワード8世 | 1894 | 1937 | 1936--1936 | 1972 | ||
(ウォーリス・シンプソン夫人) | 1896 | 1937 | 1986 | アメリカ | ||
ジョージ6世 | 1895 | 1923 | 1936--1952 | 1952 | ||
エリザベス・バウズ・ライアン | 1900 | 1923 | スコットランド | |||
エリザベス2世 | 1926 | 1947 | 1952-- | |||
プリンス・フィリップ・マウントバッテン | 1921 | 1947 | デンマーク |
コミュニケーション (communication) は,言語学でもよく使われる用語だが,一方で日常的に広く使われる用語でもある.実際,言語学でもかなり緩く用いられている.定義を確かめておこうと思い,Crystal の言語学辞典を引いてみた.それによると,communication とは次の通りである (89--90) .
communication (n.) A fundamental notion in the study of behaviour, which acts as a frame of reference for linguistic and phonetic studies. Communication refers to the transmission and reception of information (as 'message') between a source and a receiver using a signalling system: in linguistic contexts, source and receiver are interpreted in human terms, the system involved is a language, and the notion of response to (or acknowledgement of) the message becomes of crucial importance. In theory, communication is said to have taken place if the information received is the same as that sent: in practice, one has to allow for all kinds of interfering factors, or 'noise', which reduce the efficiency of the transmission (e.g. unintelligibility of articulation, idiosyncratic associations of words). One has also to allow for different levels of control in the transmission of the message: speakers' purposive selection of signals will be accompanied by signals which communicate 'despite themselves', as when voice quality signals the fact that a person has a cold, is tired/old/male, etc. The scientific study of all aspects of communication is sometimes called communication science: the domain includes linguistics and phonetics, their various branches, and relevant applications of associated subjects (e.g. acoustics, anatomy).
Human communication may take place using any of the available sensory modes (hearing, sight, etc.), and the differential study of these modes, as used in communicative activity, is carried on by semiotics. A contrast which is often made, especially by psychologists, is between verbal and non-verbal communication (NVC) to refer to the linguistic v. the non-linguistic features of communication (the latter including facial expressions, gestures, etc., both in humans and animals). However, the ambiguity of the term 'verbal' here, implying that language is basically a matter of 'words', makes this term of limited value to linguistics, and it is not usually used by them in this way.
いろいろと説明されているが,核心部分を端的に解釈すれば,コミュニケーションとは「2者間における信号体系を用いた情報の精確なやりとり」となろう.言語は,このようなコミュニケーションを達成するための手段の1つということになる.しかし,言語はコミュニケーションのためだけに用いられているわけではない.言語は,しばしば上記のコミュニケーションの定義から逸脱するような用いられ方もする.言語の諸機能 (function_of_language) については,以下の記事を参照されたい.「#523. 言語の機能と言語の変化」 ([2010-10-02-1]),「#1071. Jakobson による言語の6つの機能」 ([2012-04-02-1]),「#1862. Stern による言語の4つの機能」 ([2014-06-02-1]),「#1776. Ogden and Richards による言語の5つの機能」 ([2014-03-08-1]) .
もちろん,コミュニケーションの定義に含まれる「情報」 (information) とは何か,という大きな問題が残っている.これも厄介な問題だが,当面は「#1089. 情報理論と言語の余剰性」 ([2012-04-20-1]),「#1098. 情報理論が言語学に与えてくれる示唆を2点」 ([2012-04-29-1]) を含む information_theory の各記事を参照されたい.
・ Crystal, David, ed. A Dictionary of Linguistics and Phonetics. 6th ed. Malden, MA: Blackwell, 2008. 295--96.
標題の2つの用語は言語学ではいずれもよく使われるが,はたして同じものなのか,それとも異なるのか.語の意味にまつわる話題であり,案外難しい問題である.実用上は,厳密に定義を与えないままに,両用語を「適当に,常識的に」使用し(分け)ているものと思われる.実際,英語の synonym は「同義語」にも「類義語」にも相当するのだ.
一般的には,語義が完全に一致する「完全同義語」 (absolute synonym) のペアは(ほとんど)ないと言われる (cf. 「#1498. taboo が言語学的な話題となる理由 (3)」 ([2013-06-03-1])) .ということは,synonym という用語が有意味となるためには,「完全同義語」ではなく「不完全同義語」を,すなわち「類義語」ほどを指していることが望ましい.一方,英語には near-synonym あるいはより専門的に plesionym (< Gr. plēsios (近接した) + onoma (名前)) という用語もある.ここから,synonym, near-synonym, plesionym という用語は,それこそ互いに synonymous な関係にあると解釈できそうである.語義の似ている度合いというのは数値化できるわけでもなく,当然ながら微妙な問題になることはやむを得ない.
Cruse (176--77) の意味論の用語辞典の説明を覗いてみよう.
synonymy, synonyms A word is said to be a synonym of another word in the same language if one or more of its senses bears a sufficiently close similarity to one or more of the senses of the other word. It should be noted that complete identity of meaning (absolute synonymy) is very rarely, if ever, encountered. Words would be absolute synonyms if there were no contexts in which substituting one for the other had any semantic effect. However, given that a basic function of words is to be semantically distinctive, it is not surprising that such identical pairs are rare. That being so, the problem of characterising synonymy is one of specifying what kind and degree of semantic difference is permitted. One possibility is to define synonymy as 'propositional synonymy': two words A and B are synonyms if substituting either one for the other in an utterance has no effect on the propositional meaning (i.e. truth conditions) of the utterance. This is the case with, for instance, begin: commence and false: untrue (on the relevant readings):
The concert began/commenced with Beethoven's Egmont Overture.
What he told me was false/untrue.
By this definition, synonyms will typically differ in respect of non-propositional aspects of meaning, such as expressive meaning and evoked meaning. Thus, begin and commence differ in register; the difference between false and untrue (indicating lack of veracity) is rather subtle, but the former is more condemnatory, perhaps because of a stronger presumption of deliberateness. However, while this is a convenient and easily applied way of defining synonymy, it does not capture the way the notion is used by, for instance, lexicographers, in the compilation of dictionaries of synonyms or in the assembly of groups of words for information on 'synonym discrimination'. Certainly, some of the words in such lists are propositional synonyms, but others are not, and for these we need some such notion as 'near-synonymy' ('plesionymy'). This is not easy to define, but roughly speaking, near-synonyms must share the same core meaning and must not have the primary function of contrasting with one another in their most typical contexts. (For instance, collie and spaniel share much of their meaning, but they contrast in their most typical contexts.) Examples of near-synonyms are: murder: execute: assassinate; withhold: detain; joyful: cheerful; heighten: enhance; injure: damage; idle: inert: passive.
synonyms を分析するにあたって,命題的意味 (propositional meaning) と非命題的意味 (non-propositional meaning) を区別するという方法は確かにわかりやすい.これは概念的意味 (conceptual meaning) と非概念的意味 (non-conceptual meaning) の区別にも近いだろう(「#1931. 非概念的意味」 ([2014-08-10-1]) を参照).命題的意味や概念的意味はイコールだが,非命題的意味や非概念的意味が何かしら異なっている場合に,その2語を synonyms と呼ぼう,というわけだ.
しかし,類義語辞典などに挙げられている類義語リストを構成する各単語は,たいていさらに緩い意味で「似ている」単語群にすぎない.最も中心的な意味のみを共有しており,かつ互いに異なる周辺的な意味はあくまで2次的なものとして,当面はうっちゃっておけるほどの関係であれば (near-)synonyms と呼べるということになろうか.ややこしい問題ではある.
・ Cruse, Alan. A Glossary of Semantics and Pragmatics. Edinburgh: Edinburgh UP, 2006.
「#3049. 近代英語期でもアルファベットはまだ26文字ではなかった?」 ([2017-09-01-1]) で紹介したように,1755年に影響力のある辞書を世に送った Samuel Johnson (1709--84) は,アルファベットの文字数は理屈の上で26文字としながらも,実際の辞書の配列においては i/j, u/v の各々を一緒くたにする伝統に従った.I, V の見出しのもとに,それぞれ次のような説明書きがある.Crystal の抜粋版より引用する.
I
is in English considered both as a vowel and consonant; though, since the vowel and consonant differ in their form as well as sound, they may be more properly accounted two letters.
I vowel has a long sound, as fine, thine, which is usually marked by an e final; and a short sound, as fin, thin. Prefixed to e it makes a diphthong of the same sound with the soft i, or double e: thus field, yield, are spoken as feeld, yeeld; except friend, which is spoken frend. Subjoined to a or e it makes them long, as fail, neight; and to o makes a mingled sound, which approaches more nearly to the true notion of a diphthong, or sound composed of the sounds of two vowels, than any other combination of vowels in the English language, as oil, coin. The sound of i before another i, and at the end of a word, is always expressed by y.
J consonant has invariably the same sound with that of g in giant; as jade, jet, jilt, jolt, just.
V
Has two powers, expressed in modern English by two characters, V consonant and U vowel, which ought to be considered as two letters; but they were long confounded while the two uses were annexed to one form, the old custom still continues to be followed.
U, the vowel, has two sounds; one clear, expressed at other times by eu, as obtuse; the other close, and approaching to the Italian u, or English oo, as obtund.
V, the consonant, has a sound nearly approaching to those of b and f. With b it is by the Spaniards and Gascons always confounded, and in the Runick alphabet is expressed by the same character with f, distinguished only by a diacritical point. Its sound in English is uniform. It is never mute.
各文字の典型的な音価や用法がわりと丁寧に記述されているのがわかる.ここでも明言されているように,Johnson はやはり i と j, u と v は明確に区別されるべき文字とみなしている.それでも,これまでの慣用に従わざるを得ないという立場をもにじませている.この辺りに,理屈と慣用の狭間に揺れるこの時代特有の精神がよく表わされているように思われる.
この「四つ仮名」ならぬアルファベットの「四つ文字」の問題の歴史的背景については,「#373. <u> と <v> の分化 (1)」 ([2010-05-05-1]),「#374. <u> と <v> の分化 (2)」 ([2010-05-06-1]),「#1650. 文字素としての j の独立」 ([2013-11-02-1]),「#2415. 急進的表音主義の綴字改革者 John Hart による重要な提案」 ([2015-12-07-1]) を参照されたい.
・ Johnson, Samuel. A Dictionary of the English Language: An Anthology. Selected, Edited and with an Introduction by David Crystal. London: Penguin, 2005.
日本語の動詞には「活用」と呼ばれるものがあるが,名詞にもそれに相当するものがある.「風」は単独では「かぜ」と発音されるが,「風上」などの複合語では「かざかみ」となる.この「かぜ」と「かざ」は,それぞれ独立形と非独立形,あるいは露出形と被覆形と呼ばれる.同じ関係は,「船」(ふね)と「船乗り」(ふなのり),「雨」(あめ)と「雨ごもり」(あまごもり),「木」(き)と「木陰」(こかげ),「月」(つき)と「月夜」(〔古語〕つくよ)にも見られる.これらは名詞の「活用」とみなすこともできる.
これらのペアの関係は「露出形=被覆形+ *i」として措定される.*i は,正確には上代特殊仮名遣でいうところの *i甲 のことである.これは,単語を独立化させる接辞と考えられる.上の例で具体的にいえば,
・ ama + *i甲 → ame乙
・ ko乙 + *i甲 → ki乙
・ tuku + *i甲 → tuki乙
となる.母音ごとにいえば,a → e乙, o乙 → i乙, u → i乙 となっており,甲音・乙音の音価は定かではないものの,英語を含むゲルマン諸語において広く生じた i-mutation の効果にかなりの程度似ている.もちろん古今東西の諸言語に普通にみられる母音調和 (vowel harmony) の一種であり,たまたま日本語と英語に似たような現象が確認されるからといって,まったく驚くには当たらないわけではあるが.
以上,沖森 (45) を参照して執筆した.
・ 沖森 卓也 『日本語全史』 筑摩書房〈ちくま新書〉,2017年.
目次シリーズの一環として,昨年出版された包括的な日本語史概説書,沖森卓也(著)『日本語史大全』を取り上げたい.文庫でありながら教科書的という印象で,記述は淡々としている.時代別に章立てされているが,各章の内部では分野別の記述がなされており,各章の該当節を拾っていけば,分野ごとの縦の流れも押さえられるように構成されている.したがって,目次を追っていくだけで日本語史の全体像が理解できる仕組みとなっている.以下に目次を再現しよう.
ちなみに英語史概説書の目次は「#2089. Baugh and Cable の英語史概説書の目次」 ([2015-01-15-1]),「#2050. Knowles の英語史概説書の目次」 ([2014-12-07-1]),「#2038. Fennell の英語史概説書の目次」 ([2014-11-25-1]),「#2007. Gramley の英語史概説書の目次」 ([2014-10-25-1]) を参照.
前日の「#3381. 講座「歴史から学ぶ英単語の語源」」 ([2018-07-30-1]) の講座では,イントロとして英語語彙史について概説した.そのときに各単語を一人の人間にたとえ,語彙を人間の集まる世界にたとえた.その心は,次のようなものだ.
一人ひとりの人間は,たままた2018年の今日という日に生きて暮らしている.それぞれに個性があり,ユニークな人生があり,ルーツがある.このような人々が偶然に集まって,70億人以上からなる人間社会を構成しており,世界を成り立たせているのだ.とはいっても,皆が互いに知り合っているわけではなく,むしろ各人が人生の間に付き合える人の数は限られている.また,人間は生まれては死ぬというサイクルを日々繰り返しているため,昨日と今日と明日とでは社会の構成員はそれぞれ若干異なる.世界は刻々と変化しているのである.
一つひとつの単語(英単語ということにする)は,たままた2018年の今日という日に現役の単語として用いられている.それぞれに個性があり,ユニークな歴史があり,語源がある.このような単語が偶然に集まって,数百万語からなる英語語彙を構成しており,英語を成り立たせているのだ.とはいっても,すべての単語が互いに交流しているわけではなく,むしろ各単語が共起する単語は限定的である.また,単語は生まれては死ぬというサイクルを日々繰り返しているため,昨日と今日と明日とでは語彙の構成員はそれぞれ若干異なる.英語は刻々と変化しているのである.
今日偶然に用いられている(あるいは用いられ得る)英単語の集合は「今日の英語語彙」であり,それは短い一時の存在である.明日までには単語の出入りが多少なりともあるため,「今日の英語語彙」とは異なる「明日の英語語彙」が生まれているだろう.否,一日という時間間隔では広すぎるかもしれず,時間,分,秒などという時間間隔でとらえるべき問題かもしれない.語彙はこの瞬間にも変化しているのだ.ちょうど人間世界がこの瞬間に変化しているように.
昨日の記事「#3886. 英語史上の主要な子音変化」 ([2018-08-04-1]) で言及した別の記事「#1402. 英語が千年間,母音を強化し子音を弱化してきた理由」 ([2013-02-27-1]) と関連して,なぜ英語音韻史において母音変化は著しく,子音変化は目立たないのかという問題について考えてみたい.
Ritt (224) はこの傾向を "rhythmic isochrony" と "fixed lexical stress on major class lexical items" の2点に帰している.つまり,英語に内在するリズム構造,あるいは音律特性により,母音が強化し,子音が弱化するという方向付けがなされているという見解だ.
服部 (67) によれば,英語は各韻脚 (foot) がほぼ等しい時間で発音される韻脚拍リズム (foot-timed rhythm) の言語に属する(ちなみに日本語は音節泊 (syllable-timed rhythm) あるいはモーラ泊 (mora-timed rhythm) という相対するタイプの言語).一般に韻脚拍の言語は,母音推移,連鎖的推移,二重母音化,母音弱化など母音にまつわる推移が相対的にずっと多いことが知られている.各韻脚の等時性を保持するために,強勢音節はとりわけ強く,無強勢音節はとりわけ弱く発音されるという対照的な傾向が生じ,なかんずく母音が変化にさらされやすくなるという事情があるようだ.
より一般的な観点からいえば,言語のリズム構造は,その言語の音韻変化に思いのほか大きな影響を及ぼしており,ある程度まではその方向性を決定しているとすらいえるのかもしれない.服部 (48) は次のように論じている.
音変化の発端は実際の発話において生じる.もちろん,発話内で生じた音の変容がすべて音変化として確立するわけではないが,発端はあくまで実時間上の発話内で生じると考えられる.発話に際して,特定の形態・統語構造を持った語彙項目(の連鎖)が実際の発話において当該言語のリズム構造 (rhythmic structure) に写像される.リズム構造その他の音律 (prosody) 特性は幼児の言語獲得において分節音より早く獲得されることが知られており,部分的には胎児の段階から獲得が始まるとされている.この事実からも明らかなように,リズム(および,その他の音律)構造は,一般に考えられている以上に,分節音体系と深く結びついており,われわれが発話する際には,特定のリズム構造に合わせて分節音連鎖を配置していると想定される.その際,脚韻(foot,強勢音節から次の強勢音節の直前までを一まとめにした単位)や音節 (syllable) などのリズム上の単位の知覚しやすさや分節音連鎖の調音の容易さを高めるような形で各種音韻過程が働く.多くの規則的音変化の要因は言語音の調音と知覚の要請によって動機づけられているといってよい.
これは「堅牢なリズム構造と,それに従属する柔軟な分節音」という斬新な音韻観に基づく音韻論である.
・ Ritt, Nikolaus. "How to Weaken one's Consonants, Strengthen one's Vowels and Remain English at the Same Time." Analysing Older English. Ed. David Denison, Ricardo Bermúdez-Otero, Chris McCully, and Emma Moore. Cambridge: CUP, 2012. 213--31.
・ 服部 義弘 「第3章 音変化」服部 義弘・児馬 修(編)『歴史言語学』朝倉日英対照言語学シリーズ[発展編]3 朝倉書店,2018年.47--70頁.
英語史では一般に,母音(特に長母音)の変化は数多く生じてきたものの,子音の変化は比較的まれだったといわれる(cf. 「#1402. 英語が千年間,母音を強化し子音を弱化してきた理由」 ([2013-02-27-1])).この母音と子音の傾向の対照性については,英語の韻律 (prosody) が大きく関わっているといわれる.確かに子音の変化には目立ったものが見当たらないが,その中でもあえてメジャーなものを挙げるとすれば,Minkova and Stockwell (36) に依拠して,以下の5点に注目したい.
・ Simplification of long consonants
・ Phonemicization of the voiced fricatives [v, ð, z]
・ Vocalization or loss of [ɣ], [x], [ç] and distributional restrictions on [h]
・ Loss of [-r] in some varieties of English
・ Simplification of the consonant clusters [kn-], [gn-], [wr-], [-mb], [-ng]
1点目の "Simplification of long consonants" とは degemination ともいわれる過程で,後期古英語から初期中英語にかけて生じた.これにより,古英語 gyldenne "golden" が 中英語 gyldene などとなった.これの現代英語への影響としては,「#1854. 無変化活用の動詞 set -- set -- set, etc.」 ([2014-05-25-1]) や「#1284. 短母音+子音の場合には子音字を重ねた上で -ing を付加するという綴字規則」 ([2012-11-01-1]) を参照されたい.
2点目の "Phonemicization of the voiced fricatives [v, ð, z]" は,fricative_voicing と呼ばれる過程である.「#1365. 古英語における自鳴音にはさまれた無声摩擦音の有声化」 ([2013-01-21-1]) でみたように,これらの無声・有声摩擦音のペアは単なる異音の関係だったが,フランス借用語などの影響により,両者が異なる音素として独立することになった./v/ の音素化の話題については,「#1222. フランス語が英語の音素に与えた小さな影響」 ([2012-08-31-1]),「#2219. vane, vat, vixen」 ([2015-05-25-1]),「#2230. 英語の摩擦音の有声・無声と文字の問題」 ([2015-06-05-1]) を参照.
3点目の "Vocalization or loss of [ɣ], [x], [ç] and distributional restrictions on [h]" は,これらの摩擦音が音韻環境により複雑な変化を遂げたことを指す.例えば,古英語 dragan, sagu; hlot, hræfn, hnecca; boh, heah, sohte; toh, ruh, hleahtor が,それぞれ中英語で draw(en), saw(e); lot, raven, neck; bow(e), hei(e), sout(e); tuf, ruff, lauhter などとなった事例を挙げておこう.heir, honest, honour, hour などの語頭の h の不安定さの話題も,これと関わる(「#214. 不安定な子音 /h/」 ([2009-11-27-1]) および h の各記事を参照).
4点目の "Loss of [-r] in some varieties of English" は,non-prevocali r を巡る問題である(「#452. イングランド英語の諸方言における r」 ([2010-07-23-1]) および の各記事を参照).
5点目の "Simplification of the consonant clusters [kn-], [gn-], [wr-], [-mb], [-ng]" は,各子音群の端の子音が脱落する音韻過程である.これらの子音に対応する文字が現在も綴字に残っているので,それと認識しやすい.「#122. /kn/ で始まる単語」 ([2009-08-27-1]),「#34. thumb の綴りと発音」 ([2009-06-01-1]), 「#724. thumb の綴りと発音 (2)」 ([2011-04-21-1]) のほか,より一般的に「#1290. 黙字と黙字をもたらした音韻消失等の一覧」 ([2012-11-07-1]),「#2518. 子音字の黙字」 ([2016-03-19-1]) を参照.
以上のように,母音に比べて種類は少ないとはいえ,子音の変化もこうみてみると現代英語の音韻・綴字の問題にそれなりの影響を及ぼしているものだと感じられる.
・ Minkova, Donka and Robert Stockwell. "Phonology: Segmental Histories." A Companion to the History of the English Language. Ed. Haruko Momma and Michael Matto. Chichester: Wiley-Blackwell, 2008. 29--42.
動詞の「強弱移行」の過程は,英語の形態論の歴史においてメジャーな話題である.これについて,「#178. 動詞の規則活用化の略歴」 ([2009-10-22-1]) ,「#527. 不規則変化動詞の規則化の速度は頻度指標の2乗に反比例する?」 ([2010-10-06-1]) ,「#528. 次に規則化する動詞は wed !?」 ([2010-10-07-1]),「#764. 現代英語動詞活用の3つの分類法」 ([2011-05-31-1]),「#1287. 動詞の強弱移行と頻度」 ([2012-11-04-1]) などで取り上げてきた.
しかし,この大きな潮流に逆らう小さな逆流,すなわち「弱強移行」の事例もしばしば指摘されてきた.イギリス英語の dive -- dived (-- dived) に対するアメリカ英語の dive -- dove (-- dived) の例がよく知られているが,歴史的にはその他の例も散見される.
たとえば,Wełna (425) によれば,中英語期に弱強移行し,今なお過去形か過去分詞形において強変化(不規則)形が用いられ続けているものとして,次のような例があるという(中英語の語形で挙げる).
INFINITIVE | PAST | PAST PARTICIPLE |
---|---|---|
chide | chidde, chōde | chidden |
ring | ringde, rongen (PL) | runge |
sawe | sawed, sew | sawid, sown |
sew | sowed | sewed, sowen |
shew, show | showed | showed, showen |
stycke | stiked, stacke | sticked, stōken |
weer | wēred, wōre | wēred, worn |
「#1949. 語族ごとの言語数と話者数」 ([2014-08-28-1]) や「#398. 印欧語族は世界人口の半分近くを占める」 ([2010-05-30-1]) で紹介したように,印欧語族 (indo-european) の現代世界における影響力は他の追随を許さない.
現存する最古の文献は Hittite 語のそれであり,4000年ほども遡る.2000年ほど前からは古代ギリシア語,ラテン語,サンスクリット語の文献も多く伝わり,それ以降になると,さらに多くの言語で記された文献が入手可能となる.つまり,世界で最もよく記録に残っている語族なのである.
母語話者人口の観点からみると,2003年の統計ではあるが,印欧語族の言語を母語とする話者は約25億人いるという.標準変種をもち,100万人以上の母語話者を擁する印欧諸語は,70以上ある.400年ほど前までは,およそ旧大陸の西半分にしかその母語話者は分布していなかったが,現代では世界中にその分布を拡げている.まさに近現代を代表する一大語族といってよい.
以上は,Clackson による印欧語言語学入門書のイントロにある,印欧語族の記述をまとめたものである.Clackson (2) の原文を引用しておこう.
The IE language family is extensive in time and space. The earliest attested IE language, Hittite, is attested nearly 4,000 years ago, written on clay tablets in cuneiform script in central Anatolia from the early second millennium BC. We have extensive textual remains, including native-speaker accounts of three more IE languages from 2,000 years ago: Ancient Greek, Latin and Sanskrit. Also from the beginning of the Christian Era we have much more limited corpora of many more IE languages. The stock of recorded IE languages further increases as we move forward in time. In 2003, over 2.5 billion people spoke an IE language as their first language, and there were at least seventy codified varieties, each spoken by a million or more native speakers. Four hundred years ago nearly all speakers of IE lived in Europe, Iran, Turkey, Western Asia and the Indian subcontinent, but migrations have now spread speakers to every part of the world. The wealth of historical material makes IE the best-documented language family in the world.
・ Clackson, James. Indo-European Linguistics. Cambridge: CUP, 2007.
「#2502. なぜ不定詞には to 不定詞 と原形不定詞の2種類があるのか?」 ([2016-03-03-1]) で述べたように,to 不定詞 と原形不定詞は,互いに起源は異なるものの,歴史の過程でほぼ同じ機能を共有するようになり,しばしば競合と揺れを示してきた.なぜある統語環境では一方が要求され,別の環境では他方が要求されるのか.通時的にも共時的にも研究されており,ある程度の傾向は見出せるものの,絶対的な規則を見つけ出すことは難しい.
現代英語の例を考えると,「#971. 「help + 原形不定詞」の起源」 ([2011-12-24-1]) で触れたように,help の後の不定詞はどちらの形態でも許容されるという状況がある.また,「#970. Money makes the mare to go」 ([2011-12-23-1]) で見たように,使役構文においては能動文では原形不定詞を用いるが,受動文では to 不定詞を用いるといったチグハグな統語現象が見られる.これらも,両不定詞形の競合と揺れの歴史を反映していると解釈することができるだろう.
この問題について,中島 (237--38) は次のように述べている.
今日の用法が確立するまでには長い間用法が動揺しており,また以前は to のない不定詞が今よりひろく用いられた.エリザベス朝でも
you ought not walk (Cæsar, I. i. 3)/you were wont be civil (Othello, II. iii. 190) などの用例があり,そのほか Shakespeare では
I command her come to me/entreat her hear me but a word/let one be sent to pray Achilles see us
など command, entreat, pray, desire, charge のような動詞のあとでも to のない不定詞が見出される.逆に今なら to の不要なところに入れている場合もある.It makes my heart to groan のように.しかし今でも諺には Money makes the mare to go (地獄の沙汰も金次第)の用法が残っているし,help は両方の構造が可能である.I helped him (to) find his things. それから同一の文中で同じ関係に立つ二つの不定詞の中,後者が to をとることが行われる.〔中略〕Shakespeare の
and would no more endure
This wooden slavery than to suffer
The flesh-fly blow my mouth. (Tempest, III. i. 61--63)
も同種の例である.
2種類の不定詞の問題は,今なお完全には解決していない.
・ 中島 文雄 『英語発達史 改訂版』岩波書店,2005年.
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最終更新時間: 2024-11-12 07:24
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