今週の月曜日に始まった慶應義塾大学通信教育課程の「英語学」夏期スクーリングが本日で終了します.暑い最中の集中講義でしたが,充実した1週間となりました.講義と連動して,毎日 hellog と heldio でも英語学の基本的な話題を導入してきましたが,最終日の締めくくりとして,改めて英語学入門書をコメント付きで何点か紹介します.英語学を学び始める/続けるための参考になればと思います.
・ 平賀 正子 『ベーシック新しい英語学概論』 ひつじ書房,2016年.
「新しい」概論と謳っている通り,新規さが目立つ入門書.章立ての順序が伝統的な概説書とは逆で,英語変種,社会言語学,語用論から始まり,語彙と文法を経て,音声学で終わっています.今後,このような順序がスタンダードになっていくのかもしれません.記述は易しいです.
・ 井上 逸兵 『グローバルコミュニケーションのための英語学概論』 慶應義塾大学出版会,2015年.
英語史と世界英語から始まり,基本6部門(音声学,音韻論,形態論,統語論,意味論,語用論)が続き,著者の専門である相互行為の社会言語学や談話分析などで締めくくられています.章ごとに参考文献も付されており有用です.
・ 長谷川 瑞穂(編著),大井 恭子・木全 睦子・森田 彰・高尾 享幸(著) 『はじめての英語学 改訂版』 研究社,2014年.
言葉の起源や英語の諸変種という話題から始まり,伝統的な切り口での標準的記述が続き,文化・社会・国家・教育と英語の関係についての考察で終わっています.英語を広く見渡した概説書です.
・ 三原 健一・高見 健一(編著),窪薗 晴夫・竝木 崇康・小野 尚久・杉本 孝司・吉村 あき子(著)『日英対照 英語学の基礎』 くろしお出版,2013年. *
伝統的な基本6部門のみを扱う理論言語学的な色彩の濃い概説書で,言語学の入門書としても有用です.「日英対照」とある通り一貫して両言語比較がなされているので,日本語の関心から英語学に入っていくことができます.
・ 西原 哲雄(編) 『言語学入門』朝倉日英対照言語学シリーズ 3 朝倉書店,2012年.
タイトルに言語学とあるものの,日英対照言語学シリーズの第1巻として,日本語の考察も交えた英語史入門書となっています.音声学から始まって語用論で終わる伝統的な章立てです.章ごとに演習問題や文献一覧も付されています.英語学の学びには,このシリーズの他の巻もお薦めです.
・ 安藤 貞雄・澤田 治美 『英語学入門』 開拓社,2001年.
伝統的な順序で章立てが組まれており,他の入門書と比べて記述が詳しめです.最終章「日英語の比較」は有用です.
・ Crystal, David. The English Language. 2nd ed. London: Penguin, 2002.
英書の入門書を1冊だけ紹介します.300頁ほどで英語学の基本6部門のみならず,英語の変種,言葉遊び,歴史までを広くカバーします.英語に関する話題と実例の宝庫です.
楽しく実りある英語学の学びを!
語用論 (pragmatics) は,意味論 (semantics) とともに,言葉の意味を研究する領域ですが,言葉そのものの意味というよりも話者の意味・意図に注目します.辞書的な意味ではなく,話者が言葉を使っている現場において立ち現われてくる生の意味です.会話においては,話し手と聞き手は語用論的に高度な意味作用をライヴで取り交わしているのです.
語用論は英語学でも発展の著しい領域で話題は豊富ですが,Day 5 では「協調の原理」と「会話の含意」に絞って語用論の考え方の基本を概説します.
1. 協調の原理 (cooperative_principle)
1.1 「#1122. 協調の原理」 ([2012-05-23-1])
1.2 「#1133. 協調の原理の合理性」 ([2012-06-03-1])
1.3 「#1134. 協調の原理が破られるとき」 ([2012-06-04-1])
1.4 「#4851. tautology」 ([2022-08-08-1])
2. 会話の含意 (conversational implicature)
2.1 「#1976. 会話的含意とその他の様々な含意」 ([2014-09-24-1])
2.2 「#3402. presupposition trigger のタイプ」 ([2018-08-20-1])
2.3 「#3403. presupposition の3つの特性」 ([2018-08-21-1])
6. 本日の復習は heldio 「#452. 協調の原理」,およびこちらの記事セットより
言葉の意味とは何か? 言語学者や哲学者を悩ませ続けてきた問題です.音声や形態は耳に聞こえたり目に見えたりする具体物で,分析しやすいのですが,意味は頭のなかに収まっている抽象物で,容易に分析できません.言語は意味を伝え合う道具だとすれば,意味こそを最も深く理解したいところですが,意味の研究(=意味論 (semantics))は言語学史のなかでも最も立ち後れています(cf. 「#1686. 言語学的意味論の略史」 ([2013-12-08-1])).
しかし,昨今,意味を巡る探究は急速に深まってきています(cf. 「#4697. よくぞ言語学に戻ってきた意味研究!」 ([2022-03-07-1])).意味論には様々なアプローチがありますが,大きく伝統的意味論と認知意味論があります.スクーリングの Day 4 では,両者の概要を学びます.
1. 意味とは何か?
1.1 「#1782. 意味の意味」 ([2014-03-14-1])
1.2 「#2795. 「意味=指示対象」説の問題点」 ([2016-12-21-1])
1.3 「#2794. 「意味=定義」説の問題点」 ([2016-12-20-1])
1.4 「#1990. 様々な種類の意味」 ([2014-10-08-1])
1.5 「#2278. 意味の曖昧性」 ([2015-07-23-1])
2. 伝統的意味論
2.1 「#1968. 語の意味の成分分析」 ([2014-09-16-1])
2.2 「#1800. 様々な反対語」 ([2014-04-01-1])
2.3 「#1962. 概念階層」 ([2014-09-10-1])
2.4 「#4667. 可算名詞と不可算名詞とは何なのか? --- 語彙意味論による分析」 ([2022-02-05-1])
2.5 「#4863. 動詞の意味を分析する3つの観点」 ([2022-08-20-1])
3. 認知意味論
3.1 「#1961. 基本レベル範疇」 ([2014-09-09-1])
3.2 「#1964. プロトタイプ」 ([2014-09-12-1])
3.3 「#1957. 伝統的意味論と認知意味論における概念」 ([2014-09-05-1])
3.4 「#2406. metonymy」 ([2015-11-28-1])
3.5 「#2496. metaphor と metonymy」 ([2016-02-26-1])
3.6 「#2548. 概念メタファー」 ([2016-04-18-1])
4. 本日の復習は heldio 「#451. 意味といっても様々な意味がある」,およびこちらの記事セットより
「英語学」スクーリングの Day 3 では,英語の統語論 (syntax) に注目します.1950年代後半に Noam Chomsky が現われて以来,それまではさほど注目されていなかった統語論研究が,とみに活発化しました.生成文法 (generative_grammar) が一世を風靡すると,次いでそのアンチとして George Lakoff と Ronald W. Langacker が主導する形で1980年代後半より認知文法が興隆しましたが,統語論はそこでも注目され続けました(cf. 「#3532. 認知言語学成立の系譜」 ([2018-12-28-1])).
とりわけ英語は「語順の言語」なので統語論は重要です.英語統語論という膨大な領域を短時間で一望しようとするのも無理があるのですが,具体的な問題の扱いを通じて統語論の力を味わってみたいと思います.
1. 生成文法
1.1 統語ツリーを描く
1.2 「#1820. c-command」 ([2014-04-21-1])
1.3 「#2136. 3単現の -s の生成文法による分析」 ([2015-03-03-1])
1.4 「#4860. 生成文法での受動文の作られ方」 ([2022-08-17-1])
2. 機能的構文論
2.1 情報構造と冠詞: 「#3831. なぜ英語には冠詞があるのですか?」 ([2019-10-23-1])
2.2 「#4641. 副詞句のデフォルトの順序 --- 観点,過程,空間,時間,付随」 ([2022-01-10-1])
2.3 「#4864. 相互動詞と視点」 ([2022-08-21-1])
3. 英語の語順とその歴史: 「#4527. 英語の語順の歴史が概観できる論考を紹介」 ([2021-09-18-1])
4. 本日の復習は heldio 「#450. 英語学・英語史と統語論」,およびこちらの記事セットより
「英語学」スクーリングの Day 2 です.いよいよ本格的に中身に入っていきますが,今日のキーワードは2重分節 (double_articulation),音素 (phoneme),形態素 (morphology) です.「語とは何か?」という抜き差しならない議論でも盛り上げたいと思います.開口一番の早口言葉はネタです(笑).
1. 英語の早口言葉: 「#3093. 早口言葉と tongue twisters」 ([2017-10-15-1])
2. 音声学,音韻論,形態論
2.1 2重分節: 「#767. 言語の二重分節」 ([2011-06-03-1])
2.2 形態素と音素 (morpheme vs phoneme)
2.3 音素と音 (phoneme vs phone): 音韻論と音声学の違い
3. 音素
3.1 母音: 「#19. 母音四辺形」 ([2009-05-17-1])
3.2 子音: 「#1813. IPA の肺気流による子音の分類」 ([2014-04-14-1])
3.3 英語と日本語の音素: 「#1021. 英語と日本語の音素の種類と数」 ([2012-02-12-1])
3.4 韻律 (prosody): 様々な韻律的特徴
4. 形態素
3.1 語の定義を巡って: 語とは何か?
3.2 屈折形態論と派生形態論: 「#2653. 形態論を構成する部門」 ([2016-08-01-1])
3.3 複合語を巡って: 様々な複合語
5. 本日の復習は heldio 「#449. 言語の2重分節とは何か?」,およびこちらの記事セットより
今週(月)~(土)の午前中は,慶應義塾大学通信教育課程にて「英語学」の夏期スクーリングが対面で開講されます.1コマ105分の授業を計12回という短期決戦の集中講義です.ということで,今週は hellog や heldio の話題も概ね集中講義と連動させる形にし,「英語学入門ウィーク」をお届けしようと思います.集中講義の初日は受講者の顔を眺めながら空気作りをしつつ,以下のような導入的なメニューを展開する予定です.受講される方,どうぞよろしくお願いします.そうでない方も,まだであれば英語学を学び始めてはいかがでしょうか.
1. 英語学の入門書
・ 三原 健一・高見 健一(編著),窪薗 晴夫・竝木 崇康・小野 尚久・杉本 孝司・吉村 あき子(著)『日英対照 英語学の基礎』 くろしお出版,2013年. *
・ 井上 逸兵 『グローバルコミュニケーションのための英語学概論』 慶應義塾大学出版会,2015年.
・ 平賀 正子 『ベーシック新しい英語学概論』 ひつじ書房,2016年.
・ 長谷川 瑞穂(編著),大井 恭子・木全 睦子・森田 彰・高尾 享幸(著) 『はじめての英語学 改訂版』 研究社,2014年.
・ 安藤 貞雄・澤田 治美 『英語学入門』 開拓社,2001年.
・ その他「#4727. 英語史概説書等の書誌(2022年度版)」 ([2022-04-06-1]) を参照
2. 堀田が提供する英語学・英語史に関するウェブリソース
・ 「hellog~英語史ブログ」: http://user.keio.ac.jp/~rhotta/hellog/
・ Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」: https://voicy.jp/channel/1950
・ YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」: https://www.youtube.com/channel/UCth3mYbOZ9WsYgPQa0pxhvw
・ 詳しくはこちらのプロフィール (note)を参照: https://note.com/chariderryu/n/na772fcace491
3. 英語に関する素朴な疑問から始める「英語学」
・ 「#1093. 英語に関する素朴な疑問を募集」 ([2012-04-24-1])
・ 「#1442. (英語)社会言語学に関する素朴な疑問を募集」 ([2013-04-08-1])
4. 英語学・言語学の6つの基本構成部門
・ 音声学 (phonetics)
・ 音韻論 (phonology)
・ 形態論 (morphology)
・ 統語論 (syntax)
・ 意味論 (semantics)
・ 語用論 (pragmatics)
5. 本日の復習は heldio 「#448. 言語学の6つの基本構成部門」(14分程度),およびこちらの記事セットより
新年度が始まったところだが,授業で「#1093. 英語に関する素朴な疑問を募集」 ([2012-04-24-1]) に加え,「(英語)社会言語学に関する素朴な疑問」を募集することにした.宣伝のため,本ブログ上でも呼びかけておきたい.素朴な疑問を共有するために,何か思い浮かんだ方は気軽にこちらの入力画面より投稿してください.
以下に募集案内と素朴な疑問のサンプルを掲げておきます.同じ内容の配布用PDFはこちらからどうぞ.
(英語)社会言語学は,言語(英語)と社会の関係について研究する言語学の一分野です.社会学系の学問からの知見を応用して言語(英語)の諸問題を解明することを目指します.言語と社会のあいだに深い関係があるということは直感的にわかると思いますが,具体的にどのような関係なのか,真剣に考えたことのある人は少ないでしょう.社会言語学では,自明と思われている両者の関係について,様々な具体的な事例を通じて,本格的に論じます.(英語)歴史言語学との親和性も高いので,(英語)歴史社会言語学としてとらえてもよいと思います.
当たり前のことを大まじめに考察するのが社会言語学のおもしろさです.素朴な疑問であればあるほど答えるのは難しく,よい問いといえます.このような素朴な疑問(ばかりではありませんが)を取り上げて,あれこれと論じる記事を,「hellog?英語史ブログ」にて日々更新中です.
以下のリストは,「素朴な疑問」の一部です.
新年度が始まったところなので,本ブログの宣伝も兼ねて「英語に関する素朴な疑問」を改めて募集します.大学の授業のリアクションペーパーを通じて,あるいは個人的に質問してもらってもかまいませんが,素朴な疑問というのはたいてい多くの人が共有しているので,こちらの入力画面で投稿したり,こちらの掲示板 (hellog Board)で議論を始めてもらうのもよいかと思います.疑問の種類や数によりますが,できる限り何らかの形でフィードバックしたいと考えています.以下は,宣伝文.
英語学は,込み入った英文法上の問題を扱うだけではなく,むしろ英語にまつわる当たり前で,他愛もなく,素朴な問題を真剣に論じる分野でもあります.
何年も英語を学んでいると,学び始めの頃に抱いていたような素朴な疑問が忘れ去られてしまうことが多いものです.あるいは,最初から前提として受け入れており,本来は不思議であるにもかかわらず疑問すら抱かないような事項も多々あります.
しかし,このような素朴な疑問を改めて思い起こし,あえて引っかかってゆき,大まじめに考察するのが,英語学のおもしろさです.たいてい,素朴な疑問であればあるほど答えるのは難しく,よい問いと言えます.
以下のリストは,「素朴な疑問」の一部です.いくつかの疑問の末尾に,関連するブログ記事の番号を付しましたので,ご一読ください.同じ内容の配布用PDFはこちらからどうぞ.
1. 現代世界における英語話者の人口はどのくらいか (#933)
2. 英語は何カ国で使われているのか (#177, #376)
3. なぜ英語は世界語となったのか
4. 英文法は誰が定めたのか (#124)
5. なぜ日本ではアメリカ英語がイギリス英語よりも主流なのか
6. 英語にも方言があるのか (#458)
7. なぜイギリス英語とアメリカ英語では発音や語法の異なるものがあるのか (#244, #312, #357)
8. 英語はラテン語とどのような関係にあるか (#455)
9. 英語はドイツ語とどのような関係にあるか (#455)
10. なぜフランス語には英語と似たような単語がたくさんあるのか (#845)
11. なぜ give up = surrender のような類義語や代替表現が多いのか (#334)
12. なぜ A を「ア」ではなく「エイ」と発音するのか (#205)
13. なぜ knight に読まない <k> や <gh> があるのか (#122)
14. なぜ busy と <u> で綴るのに [ɪ] で発音するのか (#562)
15. なぜ women は「ウィミン」と発音するのか (#223, #224)
16. なぜ one には <w> の綴字がないのに /w/ で発音するのか (#86, #89)
17. <th> の綴字で表わされる発音はいつ [θ] になり,いつ [ð] になるのか (#842)
18. なぜ品詞によってアクセントの位置が交替する単語があるのか (ex. increase, record) (#844, #805)
19. なぜ日本人は /r/ と /l/ や,/b/ と /v/ の発音が下手なのか (#72, #74)
20. 世界の英語話者は発音記号を読めるのか
21. なぜ動詞の3単現に -s がつくのか
22. なぜ不定冠詞は a と an を区別するのか (#831)
23. なぜ sheep の複数形は無変化なのか (#12)
24. なぜ foot の複数形は feet なのか (#157)
25. なぜ二本足で歩くのに on foot と単数形を用いるのか
26. なぜ go の過去形は went なのか (#43)
27. なぜ will の否定形は won't なのか (#89)
28. なぜ5W1Hにおいて,how だけ <h> で始まるのか (#51)
29. なぜ序数詞は first, second, third のみ -th でないのか (#67)
30. なぜ you は単数と複数を区別しないのか (#167, #529)
31. なぜ be 動詞は妙な活用をするのか (#798)
32. なぜ1つの単語が異なる品詞として用いられるのか (cf. love) (#190, #264, #394)
33. なぜ比較級には -er を付加するものと more を用いるものがあるのか (#403, #456)
34. なぜフランス語などのように名詞に文法上の性がないのか (#25, #151)
35. なぜ疑問文を作るときに主語と動詞を倒置するのか
36. なぜ疑問文や否定文に do が出るのか (#486)
37. なぜ主語を省略することができないのか
38. なぜ SVO など語順が厳しく決まっているのか (#132, #137)
39. なぜ天候や時間の表現で it を主語に立てるのか
40. なぜ時・条件の副詞節では未来のことも現在形で表わすのか
41. なぜ仮定法では過去形を用いるのか (ex. if I were a bird)
42. なぜ丁寧な依頼に過去(仮定法過去)の形を用いるのか
43. なぜ His jokes made me laugh を受け身にすると,I was made to laugh by his jokes のように to 不定詞へ変える必要があるのか
44. 付加疑問で,amn't I? ではなくaren't I? となるのはなぜか
45. なぜ可算名詞と不可算名詞を区別するのか
46. 不定詞が前置詞の目的語にならないのはなぜか
47. なぜ1つの単語に様々な意味があるのか (ex. bank, light)
48. なぜ英語には敬語がないのか
49. なぜ1人称単数代名詞の I は大文字で書くのか (#91)
50. なぜ文頭や固有名詞は大文字で書き始めるのか (#583)
51. なぜ studies では <y> を <i> に代えるのか
52. なぜアルファベットは26文字なのか (#423)
53. 英語の句読点の起源は何か (#575, #582)
54. なぜ縦書きではなく横書きで,右から左ではなく左から右へ綴るのか
いずれも,れっきとした英語学の研究テーマです.皆さんの「英語に関する素朴な疑問」(=英語学の研究テーマ)を募集します.
昨日の記事[2010-05-09-1]で,言語理論の基本構成部門 ( the core components ) として,音声学,音韻論,形態論,統語論,意味論の5分野を挙げた.語用論 ( pragmatics ) はこのリストの外に位置づけたが,これには議論の余地があるかもしれない.理論言語学における語用論の位置づけについては,語用論を the core components の一つとして含めるか否かで異なる立場がある.
・ 音声学 ( phonetics )
・ 音韻論 ( phonology )
・ 形態論 ( morphology )
・ 統語論 ( syntax )
・ 意味論 ( semantics )
・ 語用論 ( pragmatics )
Huang (4-5) は,語用論を5分野と同列に基本構成部門の一つとして認める考え方を "the (Anglo-American) component view" と呼んでいる.これに対して,語用論は部門 ( component ) というよりも観点 ( perspective ) であり,部門とは異次元のものであるという考え方を "the (European Continental) perspective view" と呼んでいる.この考え方の違いは語用論という分野が発達してきた複数の歴史的過程の差異によるものである.自らは "the component view" を採用している Huang の言い分の一つとして,言語には linguistic underdeterminacy という性質があることが挙げられている (5-6).
linguistic underdeterminacy thesis は,文の意味とそれが実際に伝える伝達内容との間には大きなギャップがあることを前提としている.例えば,次の英文はいずれも文意は理解できたとしても,文脈がない限り伝達内容は多義的である.
(1) You and you, but not you, stand up!
(2a) The authorities barred the anti-globalization demostrators because they advocated violence.
(2b) The authorities barred the anti-globalization demostrators because they feared violence.
(3a) John is looking for his glasses. (「眼鏡」の意)
(3b) John is looking for his glasses. (「グラス」の意)
(4a) They are cooking apples. (「リンゴを料理している」の意)
(4a) They are cooking apples. (「料理用のリンゴ」の意)
(1) は物理的な文脈が与えられていない限り,代名詞 you の指示対象を把握することができない.これは,語用論の主要な話題である直示性 ( deixis ) の問題である.(2) では,they が誰を指すかを正確に読み取るには,背景となる前提を知っていなければならない.(3) は語彙の多義性,(4) は統語の多義性に基づくものである.いずれも正しく理解するには,文脈,現実世界の知識,推論といった語用論的な要素に頼らなければならない.linguistic underdeterminacy thesis の前提を持ち出して語用論を基本構成部門に含めることを是とする Huang の主旨は「文の意味とそれが実際に伝える伝達内容との間には大きなギャップがあり,それを埋める機構の記述がなされなければ言語理論は完成しない.そして,その機構を記述するものがほかならぬ語用論である」ということになろう.
・ Huang, Yan. Pragmatics. Oxford: OUP, 2007.
言語学や英語学は専門化が進み,分野も細分化されている.英語史や歴史英語学という分野は時間軸を中心にして英語を観察するという点で通時的 ( diachronic ) であり,現代英語なら現代英語で時間を止めてその断面を観察する共時的 ( synchronic ) な研究とは区別される.しかし,通時的に言語変化を見る場合にも,言語のどの側面 ( component ) に注目するかというポイントを限らなければないことが多く,共時的な言語研究で慣習的に区分されてきた言語の側面・分野に従うことになる.一口に言語あるいは英語を観察するといっても,丸ごと観察することはできず,その構成要素に分解した上で観察するのが常道である.
理論言語学で基本構成部門 ( the core components ) として区別されている主なものは,以下の5分野だろうか.
・ 音声学 ( phonetics )
・ 音韻論 ( phonology )
・ 形態論 ( morphology )
・ 統語論 ( syntax )
・ 意味論 ( semantics )
言語能力を構成する部門としては確かにこの辺りが基本だが,英語史研究を考える場合,特に近年の言語学・英語学の視点の広がりを反映させる場合,扱われる話題はこの5分野内には収まらない.例えば以下の構成要素を追加する必要があるだろう.
・ 語彙論 ( lexicology )
・ 語用論 ( pragmatics )
・ 筆跡・アルファベット・綴字 ( handwriting, alphabet, and spelling )
・ 書記素論 ( graphemics )
・ 方言学 ( dialectology )
・ 韻律論 ( metrics )
・ 文体論 ( stylistics )
さらに英語史の周辺分野を含めるとなると,控えめにいっても[2009-12-08-1]の関係図にあるような諸分野がかかわってくる.分野の呼称だけであれば,○○学や○○論などと挙げ始めるときりがないだろう.今回,分野の呼称をいくつか列挙してみたのは,いずれの分野においても通時的な変化は観察されるのであり,したがって英語史や歴史英語学においては話題が尽きることはないということを示したかったためである.2年目に突入した本ブログでは,引き続き英語史に関する話題を広く提供してゆきたい.
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