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最終更新時間: 2024-11-22 17:50

2019-03-09 Sat

#3603. 帝国主義,水族館,辞書 [borrowing][history][cosmopolitan_vocabulary][linguistic_imperialism]

 水族館には好んででかけていくほうだが,最近,溝井裕一(著)『水族館の文化史』を読むまで,水族館へ足を運ぶという文化の背後に,ここまで深い歴史と,ときに露骨なまでの帝国主義的な意味合いが込められているとは思いも寄らなかった.イラスト等も豊富で,知的刺激に富む一冊.
 水族館(や動物園)は,人間が他の生物を支配していることの証であるにとどまらず,他の人間に対してみずからの権力を誇示するためのステータス・シンボルでもあった(溝井,p. 47).水族館の原型は古代や中世にもみられたが,現代的な意味での公開型水族館の第1号は,1853年にロンドン動物園内に設立された「フィッシュハウス」だとされる.ロンドンという場所といい,19世紀半ばというタイミングといい,イギリス帝国の存在を思い起こさずにはいられない.溝井 (74) によれば,

 フィッシュハウスは,ただ珍奇な見世物だったわけではない.それは西洋文明が自然からもぎとったさらなる勝利を象徴するものであった.しかも,これがロンドン動物園に生まれた点が重要である.1828年の開園以来,ロンドン動物園には,世界各地から連れてこられた動物が展示されたが,それは多様な生きものを管理できるイギリス人の優れた能力を誇示するものだった.さらに動物たちは,イギリス人が支配する,あるいはアクセスできる地域をも体現した.
 フィッシュハウスにも,おなじことが当てはまる.生きた魚の展示は,アクアリウムを生んだイギリス人の英知と,大英帝国の支配がとうとう水界にまで及んだことを表象したのである.しかもその範囲は,いずれ全海域におよぶであろうことは,『イラストレイテッド・ロンドン・ニュース』のつぎの一文にもあらわれていよう.

海のもっとも隔絶されたところにいる華麗な種でさえ,今後,常に変化しまた興味深いコレクション[……]に追加されない理由はない.


 その後,イギリスでは1871年と翌年に,クリスタル・パレス水族館とブライトン水族館もそれぞれ開館した.時をほぼ同じくして,1872--76年には,イギリス軍艦「チャレンジャー」による深海探査も開始され,イギリスは世界の海底にまで触手を伸ばすことになった.

 「チャレンジャー」に期待されていたのは,深海生物の実態を明らかにすることであった.とはいえ,生物学的探究のためだけに,イギリス政府が軍艦1隻を貸すわけがない.「チャレンジャー」は,世界中の海流や水質を調査することも任務としており,それは海底用電信ケーブルの敷設に役立てられることになっていた.ケーブルは,遠隔地との交信を容易にするため,戦略的に重要とみなされており,大英帝国は,自国のケーブルのために海底を確保することを望んでいたのだ.
 それに,海流や水位がわかれば,海軍の展開にどれほど役立つことか.有名な歌に「ブリタニア,海を統治せよ」とあるように,大英帝国はなんといっても海の国である.海の情報をもっとも多く蓄積するのはとうぜんであり,しかもその支配は海面だけでなく海底にまでおよぶべきであったのだ.(溝井,p. 114)


 帝国主義と水族館発展史の関わりは,イギリスに限定されない.大日本帝国も,同じように水族館と関わっていた.「大日本帝国の水族館」と題する節で,溝井 (177--78) は次のように述べている.

 明治期の水族館のもうひとつの特徴は,帝国主義とのかかわりだ.和田岬水族館は,台湾が日本統治下におかれていくばくもたたないうちに,そこから運んできたタイマイを展示している.当時の来館者には,その政治的意味は明らかだったはずである.ヨーロッパの動物園や水族館において,植民地産の生きものが,帝国の版図を表象していたことはすでに述べた.同様に,台湾産の生きものは,大日本帝国が新しく獲得した植民地を体現していた.
 もちろん,タイマイを展示した運営者側の本来の意図は定かではない.しかしこの時代,できるかぎり広い地域から,できるかぎりたくさんの生きものを展示しようとする水族館は,おのずから帝国主義と結びつかざるをえなかったのである.
 堺水族館でも,再び台湾産のサンパンヒー,レーヒー,ゼンヒー,コウタイ,トウサイなる魚が展示された.これらを出品したのは,台湾総督府である.


 水族館をこのようにみる視点は,言語の帝国主義的側面にも新たな光を与えてくれそうだ.関連して,「#3020. 帝国主義の申し子としての比較言語学 (1)」 ([2017-08-03-1]),「#3021. 帝国主義の申し子としての比較言語学 (2)」 ([2017-08-04-1]),「#3376. 帝国主義の申し子としての英語文献学」 ([2018-07-25-1]) を参照.
 また,エキゾチックな水産物をエキゾチックな単語に置き換えてみれば,近代以降,なぜ英語が世界の隅々から語彙を借用し,それを OED などの辞書に登録してきたかという問題にも,1つの答えが出せるように思われる.辞書は水族館なのかもしれない.関連して「#2359. 英語が非民主的な言語と呼ばれる理由 (3)」 ([2015-10-12-1]) も参照.

 ・ 溝井 裕一 『水族館の文化史 ひと・動物・モノがおりなす魔術的世界』 勉誠出版,2018年.

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