01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30
2024 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2023 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2022 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2021 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2020 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2019 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2018 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2017 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2016 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2015 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2014 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2013 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2012 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2011 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2010 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2009 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
今井むつみ・秋田喜美(著)『言語の本質』(中公新書,2023年)の第3章「オノマトペは言語か」の最終節「まとめ」にて,言語を特徴づける10の性質を勘案した上で,オノマトペ (onomatopoeia) が高い言語性を示すことが結論づけられている.比較対照されているメディアは,一般語,口笛,咳払い,音真似,泣きである.89ページの表3-1「一般語,オノマトペ,非言語音の言語性」を引用する.
一般語 | オノマトペ | 口笛 | 咳払い | 音真似 | 泣き声 | |
コミュニケーション機能 | ○ | ○ | ×/○ | ×/○ | ||
意味性 | ○ | ○ | ×/○ | ×/○ | × | × |
超越性 | ○ | ○ | × | × | ||
継承性 | ○ | ○ | ○ | ×/○ | × | |
習得可能性 | ○ | ○ | ||||
生産性 | ○ | ○ | × | × | × | × |
経済性 | ○ | ○ | × | × | × | × |
離散性 | ○ | ○ | × | × | × | × |
恣意性 | ○ | △ | × | × | × | × |
二重性 | ○ | △ | × | × | × | × |
待望の世界英語 (World Englishes) に関する最新の入門書が,来週半ばに出版されます(税込定価2,640円;Amazon で予約受付中).私自身,とりわけここ数年間,英語史の観点から世界英語の現象に関心を寄せ,いろいろと考えたり執筆・講演などをしてきました.手に取りやすく読みやすい本書の出版は,この現代的な問題のおもしろさが広く一般に知られる好機となると期待しています.関係者よりご献本いただきまして,目下楽しく拝読しています(ありがとうございました!).
本書は,2012年に昭和堂より出版された『World Englishes---世界の英語への招待』(田中春美・田中幸子(編))の続編に当たる本です.前著から,執筆メンバー,文献,データなどにおいて大きく刷新が加えられています.考察対象とされる世界英語変種も幅広さを増し,知りたくても知り得なかった,盲点というべきアジア地域の英語変種 --- 例えば中東地域,韓国,中華世界,モンゴル,ミャンマー --- なども取り上げられています.
以下,目次と各章の執筆者を掲載します.
序章 World Englishes --- 世界諸英語(大石 晴美・梅谷 博之)
第I部 母語としての英語
第1章 イギリスとケルトの英語(和田 忍)
第2章 アメリカとカナダの英語(今村 洋美)
第3章 オーストラリアとニュージーランドの英語(岡戸 浩子)
第II部 公用語・第二言語としての英語
第4章 インドの英語(榎木薗 鉄也・加藤 拓由)
第5章 東南アジアの英語(大石 晴美)
第6章 アフリカの英語(山本 忠行)
第7章 カリブ海の英語(山口 美知代)
第III部 国際語・外国語としての英語
第8章 ヨーロッパと中東の英語(高橋 真理子)
第9章 日本の英語(今村 洋美)
第10章 韓国の英語(小林 めぐみ)
第11章 中華世界の英語(山口 美知代)
第12章 モンゴルの英語(梅谷 博之)
第13章 ミャンマーの英語(大石 晴美)
終章 World Englishes の未来(大石 晴美)
発音について(梅谷 博之)
これまでも繰り返し述べてきましたが,世界英語はすぐれて現代的なトピックのように見えますし,実際にそうなのですが,実のところ英語史との親和性が非常に強い領域です.むしろ歴史的次元を抜きにして世界英語を論じることはできないだろうと私は考えています.英語史の国際学会でも世界英語に関する研究発表部屋が特別に用意されることは珍しくなくなってきていますし,世界英語に関するハンドブックの章なども英語史研究者が執筆していることが多いです.さらにいえば,本書の序章と第1章は,合わせて事実上の英語史概説となっていると言ってよいでしょう(第1章の著者は英語史を研究している和田忍先生(駿河台大学)です).
これから熟読した上で,今後も本書から話題を取り上げつつ,本ブログ記事を執筆したり,Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」で紹介していきたいと思っています.ご著者の先生方で,もし heldio 対談などをお受けくださるようであれば,ぜひよろしくお願いいたします!
本ブログの世界英語に関する記事群へは world_englishes よりご訪問ください.
・ 大石 晴美(編) 『World Englishes 入門』 昭和堂,2023年.
昨日の Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」にて「#849. 言語における恣意性とアイコン性と題する放送回を配信した.
アイコン性 (iconicity) は,連日本ブログで取り上げている,今井むつみ・秋田喜美(著)『言語の本質』(中公新書,2023年)でも大きく取り上げられており,とりわけ第2章「アイコン性 --- 形式と意味の類似性」で詳しく論じられている.「ドキドキ」「そろりそろり」「グングン」「ブーブー」のような日本語オノマトペ (onomatopoeia) に典型的にみられる語形の重複 (reduplication) に始まり,とりわけ清音/濁音,母音や子音の音質,プロソディなど音象徴 (sound_symbolism) に代表される音のアイコン性が注目されている.
アイコン性とは,現実世界のモノやコトを言語に写し取る際に自然と付随してくる類似性のことである.ヒトは,現実のモノやコトを100%そのままに言語にコピーすることはできない.完全なレプリカはどうしても作り得ないのである.ヒトの能力には限界があるし,そもそも言語という媒体(ここでは話し言葉に限定して考える)にも制限がある.せいぜいできるのは,現実を影のように近似的に写し取ることぐらいである.
しかし,それぐらい緩い写し取りであるから,むしろ上記の制限のなかではなかなかに自由であり,大きな方向付けはなされるものの,その範囲内ではヴァリエーションも豊富である.完全同一ではなく緩い類似性にすぎないからこそ,適度な自然さと適度な遊びがあって利用しやすいということだろう.
言語におけるアイコン性は,語形や発音について言われることが多いが,統語やより大きな単位についても言えることがありそうだ.また,話し言葉に限定せず書き言葉に考察範囲を拡げれば,視覚的な媒体であるからアイコン性の活躍の場は激増するだろう.言語は恣意的であると同時に,多分にアイコン的である.
皆さんも,言語におけるアイコン性について事例を挙げつつ考えてみませんか.上記の heldio 配信回のコメント欄などにお寄せいただければ.
・ 今井 むつみ・秋田 喜美 『言語の本質 --- ことばはどう生まれ,進化したか』 中公新書,2023年.
昨日の記事「#5265. 今井むつみ・秋田喜美著『言語の本質』(中公新書,2023年)」 ([2023-09-26-1]) で紹介した,爆発的に話題を集めている新刊書『言語の本質』より.
本書のメインの議論が味読に値することは間違いないが,何よりも驚いたのは本書の最後で野心的な今井・秋田版「言語の大原則」が挙げられていることだ.「ホケットの向こうを張って,筆者たちの考える「言語の大原則」を述べて,本書を締めくくりたい」 (257) と述べられている.
各項目の各箇条書きについて検討していくとおもしろそうだし,これをたたき台として複数人で議論していくのもエキサイティングだろう.そのために,今回は7箇条をそのまま引用しておこう (257--61) .
言語の本質的特徴
(1) 意味を伝えること
・ 言語は意味を表現する
・ 言語の形式は意味に,意味は形式に結びついていて,両者は双方向の関係にある
・ 言語はイマ・ココを超越した情報伝達を可能にする
・ 言語は意図を持って発話され,発話は受け取り手によって解釈される
・ 意味は推論によって作り出され,推論によって解釈される
・ よって話し手の発話意図と聞き手の解釈が一致するとは限らない
(2) 変化すること
・ 慣習を守る力と,新たな形式と意味を創造して慣習から逸脱しようとする力の間の戦いである
・ 典型的な形式・意味からの一般化としては完全に合っていても,慣習に従わなければ「誤り」あるいは「不自然」と見なされる
・ ただし,言語コミュニティの大半が新たな形式や意味,使い方を好めば,それが既存の形式,意味,使い方を凌駕する
・ 変化は不可避である
(3) 選択的であること
・ 言語は情報を選択して,デジタル的に記号化する
・ 記号化のための選択はコミュニティの文化に依存する.つまり,言語の意味は文化に依存する
・ 文化は多様であるので,言語は必然的に多用途なり,恣意性が強くなっていく
(4) システムであること
・ 言語の要素(単語や接辞など)は,単独では意味を持たない
・ 言語は要素が対比され,差異化されることで意味を持つシステムである
・ 単語の意味の範囲は,システムの中の当該の概念分野における他の単語群との関係性によって決まる.つまり,単語の意味は当該概念分野がどのように切り分けられ,構造化されていて,その単語がその中でどの位置を占めるかによって決まる.とくに,意味が隣接する単語との差異によってその単語の意味が決まる
・ したがって,「アカ」や「アルク」のようにもっとも知覚的で具体的な概念を指し示す単語でさえ,その意味は抽象的である
(5) 拡張的であること
・ 言語は生産的である.塊から要素を取り出し,要素を自在に組み合わせることで拡張する
・ 語句の意味は換喩・隠喩によって広がる
・ システムの中での意味の隙間があれば,新しい単語が作られる
・ 言語は知識を拡張し,観察を超えた因果メカニズムの説明を可能にする
・ 言語は自己生成的に成長・拡張し,進化していく
(6) 身体的であること
・ 言語は複数の感覚モダリティにおいて身体に接地している
・ その意味では言語はマルチモーダルな存在である
・ 言語はつねにその使い手である人間の情報処理の制約に沿い,情報処理がしやすいように自らの形を整える
・ 言語はマルチモーダルに身体に接地したあと,推論によって拡張され,体系化される
・ その過程によってヒトはことばに身体とのつながりを感じ,自然だと感じる.本来的に似ていないもの同士にも類似性を感じるようになり,もともとの知覚的類似性と区別がつかなくなる(二次的類似性の創発とアイコン性の輪)
・ 文化に根ざした二次的類似性は,言語の多様性と恣意性を生む.しかし,それらは身体的なつながりに発し,そこから拡張されて実現されている.このことにより,言語は,人間が情報処理できないような拡張の仕方はしない.また,言語習得可能性も担保されている
(7) 均衡の上に立っていること
・ 言語は身体的であるが,同時に恣意的であり,抽象的である
・ 慣習に制約されながらつねに変化する(慣習を守ろうとする力と新たに創造しようとする力の均衡)
・ 多様でありながら,同時に普遍的側面を包含する
・ 言語は,特定のコミュニティにおいて,共時的←→通時的,慣習の保守←→習慣からの逸脱,アイコン性←→恣意性,多様性←→普遍性,身体性←→抽象性など,複数の次元における二つの相反する方向に向かうベクトルの均衡点に立つ
・ 今井 むつみ・秋田 喜美 『言語の本質 --- ことばはどう生まれ,進化したか』 中公新書,2023年.
中公新書の新刊書『言語の本質』.言語学界隈ではすでに多くのメディアで取り上げられ,話題となっている.中央公論新社のサイトでは特設サイトが設けられており,盛り上がりの様子がわかる.
私が同僚の井上逸兵氏とともに運営している YouTube の「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」でも「#141. ベストセラー本,今井むつみ・秋田喜美『言語の本質』を語ってみました.」を2ヶ月ほど前に紹介している.また,人気 YouTube/Podcast チャンネル「ゆる言語学ラジオ」でも,本書の著者の1人である今井むつみ氏の出演回を含め多くの関連回が配信されている.
本書では,(1) 従来の言語学研究では周辺的な扱いを受けてきたオノマトペ (onomatopoeia) が,言語進化・言語習得の初期段階においてきわめて大きな役割を演じており,(2) その基盤の上に,仮説形成推論 (abduction) というヒト固有の推論に駆動される形で,言語能力が雪だるま式に発展・向上していく(=ブートストラッピング)モデルが提案されている.仮説モデルではあるものの,豊富な先行研究に基づきつつ発達心理学の実証実験に裏打ちされた議論には,強い知的興奮を感じる.
本書は,言語変化や言語変異を考える上でも示唆的な指摘に富む.終章では7点の「言語の大原則」が提案されているが,その2点目に「変化すること」が掲げられている.そちらを引用する (258) .
・ 慣習を守る力と,新たな形式と意味を創造して慣習から逸脱しようとする力の間の戦いである
・ 典型的な形式・意味からの一般化としては完全に合っていても,慣習に従わなければ「誤り」あるいは「不自然」と見なされる
・ ただし,言語コミュニティの大半が新たな形式や意味,使い方を好めば,それが既存の形式,意味,使い方を凌駕する
・ 変化は不可避である
言語は,維持しようとする力と変化しようとする力の拮抗と均衡により,結局は変化していくとはいえ体系としては維持されていくという,まさに動的平衡 (dynamic_equilibrium) を体現する不思議な存在であることが,ここでは謳われている.
『言語の本質』,ぜひご一読を.
・ 今井 むつみ・秋田 喜美 『言語の本質 --- ことばはどう生まれ,進化したか』 中公新書,2023年.
「#5259. khelf のゼミ合宿中です」 ([2023-09-20-1]) で触れたとおり,先週の9月21日(火)から23日(木)にかけて,khelf 所属の現役の学部生と大学院生とともに,泊まり込みゼミ合宿を実施しました.
初日と2日目は主に「ポスターなしポスターセッション」にて互いの個人研究の経過報告を聴き,質問や助言を交わし合うという形で進めました.そして,最終日3日目の朝には,3--4人1組でグループを組み,10分ほどの英語史・英語学に関する音声コンテンツを準備し,私の立ち会いのもと Voicy heldio の収録をするという課題を課しました.heldio 出演ではすでにベテランの院生もいればまったく初めての学部生もいるということで,すべてがスムーズに運んだわけではありませんが,それぞれのグループが工夫を重ね,独自の音声コンテンツができあがりました.
「ゼミ合宿収録シリーズ」開始ののろしとなる一昨日の院生たちによるコンテンツ「#845. ゼミ合宿最終日の朝,大学院生4人と雑談」配信に引き続き,今朝も「#847. ゼミ合宿収録シリーズ (1) --- khelf 会長の青木くんと学部生3名による emoji と CMC」を配信しました.
今朝の回では,多くの現代人が関心を寄せる絵文字 (emoji) と CMC (computer-mediated communication) が話題となっています.khelf 会長の青木輝さん主導による,学部生学生たちとの対談回となっています.hellog と heldio の関連回として以下を挙げておきます.
・ hellog 「#808. smileys or emoticons」 ([2011-07-14-1])
・ hellog 「#1664. CMC (computer-mediated communication)」 ([2013-11-16-1])
・ heldio 「#816. ネット時代の言葉遣い --- CMC (生放送のアーカイヴ)」
絵文字と CMC の話題は,10月に khelf より発行される予定の『英語史新聞』第7号のなかでも取り上げられる予定です.関連して khelf 公式のX(旧ツイッター)アカウント @khelf_keio も,ぜひフォローしていただければと思います.
約2週間後の10月7日(土)の 15:30--18:45 に,朝日カルチャーセンター新宿教室にてシリーズ講座「文字と綴字の英語史」の第3回となる「中英語の綴字 --- 標準なき繁栄」が開講されます.
今回の講座は,全4回のシリーズの第3回となります.シリーズのラインナップは以下の通りです.
・ 第1回 文字の起源と発達 --- アルファベットの拡がり(春・4月29日)
・ 第2回 古英語の綴字 --- ローマ字の手なずけ(夏・7月29日)
・ 第3回 中英語の綴字 --- 標準なき繁栄(秋・10月7日)
・ 第4回 近代英語の綴字 --- 標準化を目指して(冬・未定)
これまでの2回の講座では,まず英語史以前の文字・アルファベットの起源と発達を確認し,次に古英語期(449--1100年)におけるローマ字使用の実際を観察してきました.第3回で注目する時期は中英語期(1100--1500年)です.この時代までに英語話者はローマ字にはすっかり馴染んでいましたが,1066年のノルマン征服の結果,「標準英語」が消失し,単語の正しい綴り方が失われるという,英語史上でもまれな事態が展開していました.やや大げさに言えば,個々の英語の書き手が,思い思いに好きなように単語を綴った時代です.これは秩序崩壊とみればネガティヴとなりますが,自由奔放とみればポジティヴです.はたしてこの状況は,後の英語や英語のスペリングにいかなる影響を与えたのでしょうか.英語スペリング史において,もっともメチャクチャな時代ですが,だからこそおもしろい話題に満ちています.講座のなかでは中英語原文も読みながら,この時代のスペリング事情を眺めてみたいと思います.
講座の参加にご関心のある方は,ぜひこちらのページよりお申し込みください.対面のほかオンラインでの参加も可能です.また,参加登録された方には,後日見逃し配信としてアーカイヴ動画へのリンクも送られる予定です.ご都合のよい方法でご参加ください.全4回のシリーズものではありますが,各回の内容は独立していますので,単発でのご参加も歓迎です.
本シリーズと関連して,以下の hellog 記事,および Voicy heldio 配信回もご参照ください.
[ 第1回 文字の起源と発達 --- アルファベットの拡がり ]
・ heldio 「#668. 朝カル講座の新シリーズ「文字と綴字の英語史」が4月29日より始まります」(2023年3月30日)
・ hellog 「#5088. 朝カル講座の新シリーズ「文字と綴字の英語史」が4月29日より始まります」 ([2023-04-02-1])
・ hellog 「#5119. 朝カル講座の新シリーズ「文字と綴字の英語史」の第1回を終えました」 ([2023-05-03-1])
[ 第2回 古英語の綴字 --- ローマ字の手なずけ ]
・ hellog 「#5194. 7月29日(土),朝カルのシリーズ講座「文字と綴字の英語史」の第2回「古英語の綴字 --- ローマ字の手なずけ」」 ([2023-07-17-1])
・ heldio 「#778. 古英語の文字 --- 7月29日(土)の朝カルのシリーズ講座第2回に向けて」(2023年7月18日)
・ hellog 「#5207. 朝カルのシリーズ講座「文字と綴字の英語史」の第2回「古英語の綴字 --- ローマ字の手なずけ」を終えました」 ([2023-07-30-1])
[ 第3回 中英語の綴字 --- 標準なき繁栄 ](以下,2023/09/26(Tue)の後記)
・ heldio 「#848. 中英語の標準なき綴字 --- 10月7日(土)の朝カルのシリーズ講座第3回に向けて」(2023年9月26日)
昨日の Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」にて,「#844. 他動性とは何か? --- 秋元実治先生との対談」を配信しました.30分ほどの濃密な transitivity 談義です.秋元先生のご著書「#5184. 秋元実治『イギリス哲学者の英語』(開拓社,2023年)」 ([2023-07-07-1]) の議論に基づいた談義となっていますので,そちらもご覧いただければと思います.
対談でも論じている通り,他動性とは絶対的な指標というよりは,相対的で連続的でプロトタイプ的な指標です.他動性を決定するパラメータは様々ありますし,言語によっ具現化の仕方は異なります.それくらい抽象度の高い概念ではありますが,だからこそ広く一般的な言語の諸現象に関わってくるのであり,理論的にも興味深い視点となるわけです.主体性 (agentivity) や主観化 (subjectification) という概念とも複雑に関連してくるようで,合わせて言語変化の潮流を記述する有望な道具立てとなりそうです.
他動性については,本ブログでも次の記事を書いてきました.参考まで.
・ 「#5202. 他動性 (transitivity) とは何か?」 ([2023-07-25-1])
・ 「#5204. 他動性 (transitivity) とは何か? (2)」 ([2023-07-27-1])
・ 「#5209. 他動性 (transitivity) とは何か? (3)」 ([2023-08-01-1])
この2ヶ月間ほど,ひょんなきっかけから,寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』(研究社,1997年)の推し活を強力に進めてきました.この推し活においてとりわけ重要な契機となったのが,研究社会議室でのインタビューです.インタビューの様子を音声収録したものを,3週間,3回にわたって Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」 で配信してきました.一昨日第3弾が公開され,シリーズ完結となりました.
・ 「#828. 『英語語源辞典』(研究社,1997年)ってスゴい --- 研究社会議室での対談 (1)」
・ 「#834. 『英語語源辞典』(研究社,1997年)ってスゴい --- 研究社会議室での対談 (2)」
・ 「#842. 『英語語源辞典』(研究社,1997年)ってスゴい --- 研究社会議室での対談 (3)」
『英語語源辞典』の魅力,そして研究社における辞書作りの伝統と「匠の技」について,たっぷりインタビューで伺いました.私にとってもたいへんに勉強になる社会科見学でした.リスナーの皆さんにも,縁の下の力持ちである辞書作りに携わる方々の地道な仕事振り,職人技,矜持のほどが伝わったのではないでしょうか.私自身も,これから辞書を一枚一枚繰るたびに「ありがたやぁ」と唱えてしまいそうです.深く感謝しつつ今日も辞書を引き続けます!
今回のインタビューに応じていただきました小酒井英一郎さん(元研究社印刷社長),星野龍さん(研究社編集部長),中川京子さん(研究社編集部課長)には,改めてこの場を借りて感謝致します.また,対談のアレンジをしていただいた研究社の関係の方々にも御礼申し上げます.ありがとうございました.(他の辞書の話題,さらに辞書作り一般の話題について,もっと伺いたいくらいですので,またよろしくお願いいたします!)
今回のインタビューに先立つ『英語語源辞典』の推し活につきましては,「#5210. 世界最強の英語語源辞典 --- 寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』(研究社,1997年)」 ([2023-08-02-1]) をご参照ください.
今後も『英語語源辞典』の推し活を続けます.Voicy heldio などで何か企画を考えたいと思っています.
・ 寺澤 芳雄(編集主幹) 『英語語源辞典』 研究社,1997年.
今週の月・火と連続して,Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」(毎朝6時に配信)にて delicious とその類義語の話題を配信しました.
・ 「#840. delicious, delectable, delightful」
・ 「#841. deleicious の歴史的類義語がたいへんなことになっていた」
かつて「#283. delectable と delight」 ([2010-02-04-1]) と題する記事を書いたことがあり,これとも密接に関わる話題です.ラテン語動詞 dēlectāre (誘惑する,魅了する,喜ばせる)に基づく形容詞が様々に派生し,いろいろな形態が中英語期にフランス語を経由して借用されました(ほかに,それらを横目に英語側で形成された同根の形容詞もありました).いずれの形容詞も「喜びを与える,喜ばせる,愉快な,楽しい;おいしい,美味の,芳しい」などのポジティヴな意味を表わし,緩く類義語といってよい単語群を構成していました.
しかし,さすがに同根の類義語がたくさんあっても競合するだけで,個々の存在意義が薄くなります.なかには廃語になるもの,ほとんど用いられないものも出てくるのが道理です.
Historical Thesaurus of the Oxford English Dictionary (= HTOED) で調べてみたところ,歴史的には13の「delicious 語」が浮上してきました.いずれも語源的に dēlectāre に遡りうる同根類義語です.以下に一覧します.
・ †delite (c1225--1500): Very pleasant or enjoyable; delightful.
・ delightable (c1300--): Very pleasing or appealing; delightful.
・ delicate (a1382--1911): That causes pleasure or delight; very pleasing to the senses, luxurious; pleasurable, esp. in a way which promotes calm or relaxation. Obsolete.
・ delightful (a1400--): Giving or providing delight; very pleasant, charming.
・ delicious (c1400?-): Very pleasant or enjoyable; very agreeable; delightful; wonderful.
・ delectable (c1415--): Delightful; extremely pleasant or appealing, (in later use) esp. to the senses; very attractive. Of food, drink, etc.: delicious, very appetizing.
・ delighting (?a1425--): That gives or causes delight; very pleasing, delightful.
・ †delitous (a1425): Very pleasant or enjoyable; delightful.
・ delightsome (c1484--): Giving or providing delight; = delightful, adj. 1.
・ †delectary (?c1500): Very pleasant; delightful.
・ delighted (1595--1677): That is a cause or source of delight; delightful. Obsolete.
・ dilly (1909--): Delightful; delicious.
・ delish (1915--): Extremely pleasing to the senses; (chiefly) very tasty or appetizing. Sometimes of a person: very attractive. Cf. delicious, adj. A.1.
廃語になった語もあるのは確かですが,意外と多くが(おおよそ低頻度語であるとはいえ)現役で生き残っているのが,むしろ驚きです.「喜びを与える,愉快な;おいしい」という基本義で普通に用いられるものは,実際的にいえば delicious, delectable, delightful くらいのものでしょう.
このような語彙の無駄遣い,あるいは類義語の余剰といった問題は,英語では決して稀ではありません.関連して,「#3157. 華麗なる splendid の同根類義語」 ([2017-12-18-1]),「#4969. splendid の同根類義語のタイムライン」 ([2022-12-04-1]),「#4974. †splendidious, †splendidous, †splendious の惨めな頻度 --- EEBO corpus より」 ([2022-12-09-1]) もご覧ください.
昨日9月19日(火)から2泊3日で khelf(慶應英語史フォーラム)のゼミ合宿を実施しています.コロナ禍でしばらく中断しており,4年振りの泊まり込み合宿となりました.解放感がありますね.
学部生・院生の合同合宿で,オフィシャルセッションでは各自の個人研究について進捗状況を報告しつつ,これまでの研究成果を披露してもらっています.発表形式は通常のプレゼンではなく,コロナ下でゼミとして新規に開発してきた「ポスターなしポスターセッション」です.いわゆるアクティヴラーニングの一形態で,そのかしこまらないスタイルは学術発表界における「立食パーティ」と称してもよい代物です.昨日の初日は主に院生と学部4年生が,2日目となる本日は主に学部3年生が,夏休みの研究成果をそれぞれ発表しています.
日中はみっちり皆で研究発表を通じて英語史を勉強しますが,アフター5はお楽しみです.グラスを片手に学部生・院生・教員が交わり,英語史のことやそれ以外のことを自由に語らっています.やおら Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」の生放送収録をスタートさせる可能性もありますので,その際には,ぜひ khelf ゼミ合宿の愉快な様子をお聴きください.
実際,昨晩はプレミアムリスナー限定配信チャンネル「英語史の輪」 (helwa) で「【英語史の輪 #32】ゼミ合宿でのお悩み相談」のライヴ放送をお届けしました.
関連して khelf 公式のX(旧ツイッター)アカウント @khelf_keio も,ぜひフォローをお願いします.
「#5112. 江利川春雄(著)『英語と日本人 --- 挫折と希望の二〇〇年』(筑摩書房〈ちくま選書〉,2023年)」 ([2023-04-26-1]) を読んでいる.現代の英語教育をめぐる問題の1つに「小学校英語」があるが,小学校への英語科の導入は,日本の英語教育史において今回が初めてではない.江利川 (34--35) より,関連する3段落を引こう.
文部科学省の学習指導要領によって,小学校では二〇二〇(令和二)年度から外国語(実質は英語)が正式教科となった.なので,小学校の英語教育は平成・令和に始まったと思う人が多いようだ.ところが実際には,明治期から小学校で英語が教えられていた.近代日本の学校制度を最初に定めた一八七二(明治五)年の「学制」には,すでに小学校で外国語を教えてもよいと書かれていた.しかし,当時は教師も教材も不足しており,外国語を教える小学校はほとんどなかった.
小学校で英語教育が本格的に始まったのは,鹿鳴館が開館した翌年の一八八四(明治一七)年一一月に「小学校教則綱領」が改正され,「英語の初歩を加えるときは読方,会話,習字,作文等を授くべき」と定められてからである.小学校への英語の導入は欧化政策の一環だったようだ.
二年後の一八八六年には高等小学校制度が発足した.これは四年制の尋常小学校(義務制)を修了した希望者が入学する二~四年制の学校で,現在の小学校五年から中学校二年(一〇~一三歳)に相当する.高等小学校の英語は加設科目(一種の選択科目)だったが,発足当初は週二~三時間ほど英語を教える学校がほとんどだった.たとえば一八八八年に,大阪府は「高等小学校は必ず英語科を置くこと」と定め,和歌山県でも英語を週三時間加設するよう通達している.
この歴史を知っていると知っていないとでは,目下の小学校英語をめぐる議論の前提が異なってくるだろう.もちろん上記の明治時代の教育政策は失敗した.鹿鳴館時代の英語ブームに乗っての政策だったわけだが,短期間のブームが終息すると,政策それ自身もしぼんでしまった.この歴史を押さえておくことは重要である.
・ 江利川 春雄 『英語と日本人 --- 挫折と希望の二〇〇年』 筑摩書房〈ちくま選書〉,2023年.
ここ数日間で,知識共有サービス Mond に寄せられてきた言語系の質問に5件ほど回答しました.こちらでもリンクを共有します.
(1) 敬語の表現が少ない英語の話者には,日本人よりも敬意を示す機会が少ないのでしょうか?
(2) 歴史的に見て「言語の変化=簡略化」なのでしょうか?
(3) ブログ,ラジオ,YouTubeなど,様々なメディアを通じて英語の歴史や語源に関する情報を発信していらっしゃいますが,これらのメディアごとにアプローチやコンセプトを変えて情報を提供していますか?
(4) なぜ人々は(もちろん個人差はあれど)イギリスやフランスなどのアクセントを“魅力的”とし,アジアやインドのアクセントを“魅力がない”とするのでしょうか?
(5) 言語の変化は,どの程度の速度で起こりますか? 例えば,新しい言葉や表現は,どのくらいの頻度で生まれるものなのでしょうか?
Mond に寄せられる言語系の質問は多様ですが,日本語と諸外国語との比較というジャンルの質問が目立ちます.今回も (1) や (4) がそのジャンルに属するかと思います.母語は万人にとって特別な存在であり,あまりに思い入れが強いために,他の言語と比べてきわめて特異な性質をもっているものと錯覚してしまうことがしばしば起こります.とりわけ語学を通じて理解の深まった他言語と比較するときに,母語の際立った言語特徴が目に付くことが多く,母語の特別視に拍車がかかります.
長年言語学に触れてきた経験から感じることは,母語の特別視は往々にして行き過ぎる傾向があるということです.確かに各々の言語には固有の特徴があるもので,その点では日本語も例外ではないのですが,日本語のみに観察される言語特徴というのは,さほど多くあるわけではなく,広く古今東西の諸言語を見渡せば類例はおおよそ見つかるものです.言語の素朴な疑問に関する直感は,当たることもありますが,割と外れることも多いのです.
今回の5件の質問のうちの3つ,(1), (2), (4) は,振り返ってみれば,言語にまつわる神話 (language_myth) に関わる質問だったように思います.言語学的な考察を通じて,言語の化けの皮を一枚一枚剥いでいくのが,何ともエキサイティングですね.
本ブログの読者の皆さんを含めまして,日頃多くの方々より「英語史活動」 (hel活)への応援をいただいています.今回はとりわけ Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」(毎朝6時に配信)でのhel活を後押ししていただいている方々への感謝の意味を込め,リンク集を作成しました.heldio の紹介にとどまらず,配信回と連動した記事も公開されていますので,ぜひ訪問していただければ.
・ リスナー kitako さんによる日々の配信回のインスタストーリーでの紹介:毎日ご紹介ありがとうございます
・ リスナー umisio さんによる note での批評記事:ユーモアを含めた鋭いコメント,いつもありがとうございます
・ リスナーしゅがさんによる埼玉慶友会メルマガのバックナンバー "helmaga":目下3号まで公開されています
・ リスナー Kyu3 さんのブログ:heldio をお薦め番組としてご紹介いただいています
・ リスナー Karl さんのブログ:heldio を「英語の素朴な疑問」を大切にする番組としてご紹介いただいています
・ 菊地翔太先生(専修大学)の HP:heldio にもたびたび出演していただきお世話になっています
・ 最大の heldio 支援組織 khelf (慶應英語史フォーラム):内輪ですみません
上記はウェブ上で私が気づいた範囲内でのリンク紹介にとどまり,まったく網羅的ではないだろうと理解しています.ほかにも一般リスナーの皆さん,プレミアムリスナー限定配信チャンネルをお聴きのコアリスナーの皆さん,対談回などへの歴代出演者の皆さん,SNS上でコメントを盛り上げてくださっている皆さんにも感謝いたします.
heldio 関連でお気づきのリンク先を見つけましたら,ぜひ Voicy のコメント欄などを通じて,随時お知らせいただければ幸いです.
最後に,私の X(旧ツイッター)上のアカウント @chariderryu にて「heldio コミュニティ by 堀田隆一」というコミュニティを展開し始めている旨,お知らせします.承認制のコミュニティですが,基本的にはメンバーリクエストをいただければお入りいただけますので,ぜひご参加ください.コミュニティの趣旨は以下の通りです.
Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」のリスナーさんどうしの交流と情報発信の場です.heldio やそこで配信された話題を「待ち合わせ場所」として,英語史やその他の話題について自由にコメント・質問・議論していただければ.heldio が広く知られ「英語史をお茶の間に」届けることができればよいなと.
毎朝6時に音声配信している Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」にて「ゼロから学ぶはじめての古英語」シリーズが始まっています(不定期で無料の配信です).第3回まで配信してきましたが,嬉しいことにリスナーの皆さんにはご好評いただいています.各配信回の概要欄やチャプターに紐付けられたリンク先に,題材となっている古英語のテキストなども掲載していますので,そちらを参照しながら聴いていただければと思います.これまでの3回では,アルフレッド大王,古英語の格言,叙事詩『ベオウルフ』に関係する文章が取り上げられています.本当に「初めての方」に向けての講座となっていますので,お気軽にどうぞ.
ナビゲーターは英語史や古英語を専攻する次の3人です.小河舜さん(フェリス女学院大学ほか),khelf(慶應英語史フォーラム)元会長の「まさにゃん」こと森田真登さん(武蔵野学院大学),および堀田隆一です.3人で楽しそうに話しているのが魅力,との評価もいただいています.
毎回,厳選された古英語の短文を取り上げ,文字通り「ゼロから」解説しています.日本語による解説つきで気軽に始められる「古英語講座」なるものは,おそらくこれまでどの媒体においても皆無だったのではないでしょうか(唯一の例外は,まさにゃんによる「毎日古英語」かもしれません).このたびのシリーズは,その意味では本邦初といってよい試みとなります.ナビゲーター3人も,肩の力を抜いておしゃべりしていますので,それに見合った気軽さで聴いていただければと思います.
本シリーズのサポートページとして,まさにゃんによる note 記事「ゼロから学ぶはじめての古英語(#1~#3)」が公開されています.また,X(旧ツイッター)上の「heldio コミュニティ by 堀田隆一」にて関連情報も発信しています.このコミュニティは承認制ですが,基本的にはメンバーリクエストをいただければお入りいただけますので,ぜひご参加ください.
シリーズの第4弾もお楽しみに!
名前プロジェクト (name_project) の一環として,固有名と異名について考えている.見方によれば,一神教における神は固有名中の固有名といってよい.このような神を何と呼ぶかという問いは,言語学を超えて神学や宗教学の領域に踏み込むことになる.あまりに大きな話題なので,今回は『宗教学事典』の「名前」の項 (350--51) に依拠して述べる.
キリスト教では神の名をみだりに唱えることは禁止されている.神聖なるもの,あるいは「畏るべき」「魅する」ものを直接名指しすることはタブー (taboo) としてはばかられるためである(cf. 「#5251. 「名前」 --- 『宗教学事典』より」 ([2023-09-12-1])).
ヒンドゥー教でも同様に神の名はタブーであるため,婉曲表現 (euphemism) による「異名」が数多くある.例えば,シヴァの名前は「縁起のいい」を意味する一般の形容詞にすぎない.
イスラムでは,神アッラーの諸側面を表わす99の神の「美称」が神学的に整理されている.アッラーという名前そのものについても語源が諸説ある.ちなみに,ヤハウェについても同様に紛々としている.
あらためてキリスト教の神に戻ると,その無限性や超越性を示すために,様々な異名が案出されてきた.そのなかには撞着語法 (oxymoron) によるものも多い.例えば「輝く闇」「不眠の眠」「不動の動」「超本質」「超卓越」「反対の一致」などである.このような矛盾を含んだ名づけの背景にある思弁は「否定神学」といわれる.
否定神学にみられる神の名づけとその名前は,私たちが日常的に理解するものとはかけ離れたものである.この乖離こそが,前者が世界に意味づけを与えることを可能にしている.同項 (351) によれば,
固有名は,それについての確定記述と同一ではない,と S. A. クリプキは論じる.固有名は,あたかも人間の「顔」(E. レヴィナス)のように一気に把握されるのである.したがって,固有名を執拗に忌避する否定神学は,いわば「顔なき顔」の神と向き合っているのである.ところで,人間の顔は,コンテキストを瞬時に伝達する「ハイ・コンテキスト性」(斉藤環)を備えている.ユダヤの神は,その名を「私は「私である」である」 (I am that I am =エフイェ アシェル エフイェ)」(出エジプト記3:14)と答えた.これは,いかなる確定記述をも拒否する極限的固有名たる「顔なき顔」としての神が,それでも顔であるがゆえに,世界にコンテキストを,すなわち意味を与えている,という究極の自己啓示である.
タブーと婉曲表現,ここに極まれり.
・ 星野 英紀・池上 良正・氣田 雅子・島薗 進・鶴岡 賀雄(編) 『宗教学事典』 丸善株式会社,2010年.
「#5112. 江利川春雄(著)『英語と日本人 --- 挫折と希望の二〇〇年』(筑摩書房〈ちくま選書〉,2023年)」 ([2023-04-26-1]) で紹介した著書に「島崎藤村の英語的文体」と小見出しの立てられた一節がある.言文一致の確立に貢献した藤村の近代的文体について,英語らインスピレーションを受けた表現形式について,次のように述べている (57) .
藤村は作品の文体を斬新で豊かなものにするために,英語の表現を意識的に移植した.たとえば,『家』(一九一〇)では英語の find oneself にあたる「宿へ戻って,またお種は自分一人を部屋の内に見出した」といった表現を使っている.この作品を英訳した William Naff は,この部分を Returning to the inn, Otane found herself all alone again. と訳している.藤村の原文は,そのまま英文に直訳できたのである.
日本語にはない「無生物主語構文」も多用されている.たとえば『春』(一九〇八)には「追想は岸本を楽しい高輪の学生時代へ連れて行った」,「絶望は彼を不思議な決心に導いた」といった英語的な文体が登場する.
無生物主語の使用は藤村にとどまらない.たとえば国木田独歩は『武蔵野』(一八九八)で「その路が君を妙なところへ導く」などの表現を使っている.こうした清新な文体が日本語表現を豊かにし,日本人の間に浸透する.昭和に入ると,藤森成吉の戯曲「何が彼女をそうさせたか」(一九二七)が大評判となり,一九三〇年には映画化されて『キネマ旬報』の優秀映画第一位に輝いた.英訳タイトルは "What made her do it?" で,英語に直訳できた.
無生物主語構文は,現在の日本語でも英語からの直訳調できざっぽい響きは感じられるものの,英語教育のおかげか,英語普及のたまものか,許容できる表現形式とはなっているといってよいだろう.
英語史側からの問題は,ここで英語的とされている無生物主語構文は,はたして英語でも古くから普通の表現だったかどうかということである.この観点から英語史を眺めてきたことはなかったため判然としないが,少なくとも印象としては現代英語のようには頻繁に使われていなかったのではないか.本当に「英語的」な表現なのかどうか,この辺りは調べてみたい.
・ 江利川 春雄 『英語と日本人 --- 挫折と希望の二〇〇年』 筑摩書房〈ちくま選書〉,2023年.
言語学には,絶対格性 (absolutive) と能格性 (ergativity) という,言語に表出する世界観の重要な違いがある.同じ過程 (process) であっても,各々の見方を通してみると,まったく異なる解釈がなされ,まったく異なる(統語)表現が現われてくる.
トムが目を閉じるシーンを見たとしよう.これを「トムの目が閉じた」と描写するか,「トムは目を閉じた」と描写するかは視点の違いといわれる.日本語でも英語でも,統語的にはそれぞれを自動詞文,他動詞文と呼ぶことが多い.いずれの文でも過程 (Process) は「閉じる」で一致しているが,前者の文では主語(意味役割としては Agent)は「トムの目」,後者の文では「トム」となる.また,後者の文では「(トムの)目」という目的語 (Goal) が現われる.これが絶対格性の言語観である.
ところが,能格性の言語観によると,いずれの文においても「閉じる」が過程 (Process) であることは異ならないが,「トムの目」が媒体 (Medium) として同じ意味役割を担っているものと解釈される.それは,いずれにせよ「閉じる」という過程が成立するためになければならない「媒体」だからだ.この言語観によれば,後者の文における「トム」は媒体を発動させる主体 (Agent) とみなされる.
つまり,2つの文のペアについて,絶対格的見方と能格的見方があることになる.Halliday (341) より,いくつかの英語の短文を挙げつつ,2つの言語観を比較してみよう.
(a) transitive interpretation
the boat | sailed | vs. | Mary | sailed | the boat |
the cloth | tore | vs. | the nail | tore | the cloth |
Tom's eyes | closed | vs. | Tom | closed | his eyes |
the rice | cooked | vs. | Pat | cooked | the rice |
my resolve | weakened | vs. | the news | weakened | my resolve |
Actor | Process | vs. | Actor | Process | Goal |
---|
the boat | sailed | vs. | Mary | sailed | the boat |
the cloth | tore | vs. | the nail | tore | the cloth |
Tom's eyes | closed | vs. | Tom | closed | his eyes |
the rice | cooked | vs. | Pat | cooked | the rice |
my resolve | weakened | vs. | the news | weakened | my resolve |
Medium | Process | vs. | Agent | Process | Medium |
---|
『宗教学事典』より言葉に関する項目をつまみ食いしていくシリーズ.「名前プロジェクト」 (namae_project) で注目している「名前」を宗教学の観点からみると,これほどまでにおもしろい.視点の切り替えはエキサイティングである.
名前とは,広く捉えれば文法でいうところの名詞であり,あるもの/ことを示すために用いられる言語表現である.この意味での名前=名詞は,一般的なもの/ことを表すために用いられる「普通名詞」と,個別のもの/ことのみをさす「固有名」とに大別される.前者は,「うちの犬」や「柴犬」のように,それぞれの要素にも,それらを包括する全体(「犬」)にも運用されるが,後者は,かけがえのない個物にしか適用されない.後者が,狭い意味における名前であろう(人の名前,町の名前,山や川の名前など……).
しかし,上記いずれの意味においても,名前は古来洋の東西を問わず,単なる言語による表示というレベルを超えた呪術的な力を備えたものとして扱われてきた.そういった経緯を,ラテン語の格言 "nomen est omen" 「名は予兆なり」がよく表し.名前は,何かそれ以上のものをもたらし,名前の付与は,その名づけられたものを支配することにも通じるのである(例えば,創世記2:19).わが国における忌詞や,南無阿弥陀仏という語句を呪語として用いる風も,名前というものが,「畏るべき」であると当時〔ママ〕に「魅する」という,「聖なるもの」 R. オットーの属性を備えていることを,おぼろげに示している.かくして,出生時における名前の付与(例えば,洗礼名)や,様々な機会における名前の変更(例えば,戒名)などは,諸宗教における重要な儀礼的契機である.また,長く待ち望まれたこの出生の際に,希望や感謝の念を込めた名前を付したり,転生や死後にわたる生の存続を願って祖父母の名前を子につけるといった慣習も,一文化や一民族に限られるものではない.福音書においてイエス・キリストに付与される「インマヌエル=神われらととおに」(マタイによる福音書1:23=イザヤ書7:14)といった名前なども,そういった事例の一つと捉えることができよう.
名前には「畏るべき」「魅する」という「聖なるもの」としての属性があるという指摘は意味深長である.名前は,言語活動の道具としてみると,ただの名前にすぎないともいえるが,一方で聖なる性質を備えたものととらえるのであれば,畏怖と魅惑の対象にすらなるのである.
宗教学における名前の議論として最も重要なものは,神(々)の名前だろう.もっともタブー性の強い対象である.
宗教学のつまみ食いシリーズとして,以下の記事も参照.
・ 「#5221. 「祈り」とは何だろうか? (2)」 ([2023-08-13-1])
・ 「#5230. 「宗教の言葉」 --- 『宗教学事典』より」 ([2023-08-22-1])
・ 「#5233. 「言葉の宗教」 --- 『宗教学事典』より」 ([2023-08-25-1])
・ 星野 英紀・池上 良正・氣田 雅子・島薗 進・鶴岡 賀雄(編) 『宗教学事典』 丸善株式会社,2010年.
固有名詞を言語学する「名前プロジェクト」 (name_project) の一環として,The Oxford Handbook of Names and Naming を読み進めている(cf. 「#5187. 固有名詞学のハンドブック」 ([2023-07-10-1])).丘と山の名前 (oronym) を扱う8章までたどり着いた.
8章では,まず冒頭の段落から驚かされた.各地の秀峰とされる山には当然ながら古くより名前がつけられていたに違いないと思い込んでいたが,そうでもないようだ.かりに早くから名前がつけられていたとしても,広く記録されるほどの目立った存在ではなかったらしい.中世以前の人々は山々を人間にとって経済的に役に立たないもの,関与しないものととらえていた節がある.Drummond (115) より引用する.
Historically, high ground was economically marginal, although it may be (sic) have been used for pasture (especially of a transhumant nature), hunting, or mining. However, over the last century and a half, the human activity of climbing mountains simply for pleasure has led to a greater focus on their names, with in some cases new names being coined, either to replace an older extant name, or to fill a gap where no name existed.
The historic marginality resulted in a relative lateness in the recording of oronyms (hill and mountain names). In the British Isles, for instance, whilst most major rivers and many settlements were on record by the eleventh century, only Snowdon (Snawdune 1095) and The Cheviot (Chiuiet 1181) appear to have been recorded by the twelfth century. Scotland and England's highest peaks, Ben Nevis and Scafell respectively, were first recorded in the sixteenth century (1590s and 1578); Mont Blanc was not apparently recorded as such until the seventeenth century, superseding the older name of Mont Maudit (still used for its subsidiary summit) . . . . Relatively lower peaks were recorded earlier . . . . This pattern is logical from the point of view of those who worked the land, or owned the productive areas, in that the lower hills or mountains closer to them, and more easily accessible for transhumance, would be significant enough to name and record. Conversely, the names of the highest and less accessible summits were of little interest until relatively modern times.
なるほど,秀峰に名前がついているのは当然という視点は,そもそも娯楽としての登山や地図製作のための測量などが発達した後の,すぐれて近現代的な見方なのかもしれない.名前学のおもしろさを教えてくれる章である.
・ Drummond, Peter. "Hill and Mountain Names." Chapter 8 of The Oxford Handbook of Names and Naming. Ed. Carole Hough. Oxford: OUP, 2016. 114--24.
『近代英語における文法的・構文的変化』が,6月に開拓社より出版されています.15--20世紀の英文法およびその変化が実証的に記述されています.本書のユニークな点は,6名の研究者の各々が各世紀の言語事情を定点観測的に調査していることです.個々の章を読むのもよいですし,ある項目に注目して章をまたいで読むのもよいと思います.
本書については,本ブログ,Voicy heldio,YouTube で様々にご紹介してきました.昨日の heldio では川端朋広先生(愛知大学)との対談回の第2弾「#831. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 川端朋広先生との対談 (2)」を配信しました.今回は,現代英語の言語変化を研究する際の難しさ,悩み,魅力などに注目し,最終的には研究法をめぐる談義に発展しました.35分ほどの音声となります.お時間のあるときにどうぞ.
こちらの回をもって,本書紹介シリーズが出そろったことになります.改めてこれまでの関連コンテンツへのリンクを張っておきます.著者の先生方の声を聴きつつ本書を読んでいくというのも,一つの味わい方かと思います.
・ YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」より「#137. 辞書も規範文法も18世紀の産業革命富豪が背景に---故山本史歩子さん(英語・英語史研究者)に捧ぐ---」
・ hellog 「#5166. 秋元実治(編)『近代英語における文法的・構文的変化』(開拓社,2023年)」 ([2023-06-19-1])
・ hellog 「#5167. なぜ18世紀に規範文法が流行ったのですか?」 ([2023-06-20-1])
・ hellog 「#5182. 大補文推移の反対?」 ([2023-07-05-1])
・ hellog 「#5186. Voicy heldio に秋元実治先生が登場 --- 新刊『近代英語における文法的・構文的変化』についてお話しをうかがいました」 ([2023-07-09-1])
・ hellog 「#5208. 田辺春美先生と17世紀の英文法について対談しました」 ([2023-07-31-1])
・ hellog 「#5224. 中山匡美先生と19世紀の英文法について対談しました」 ([2023-08-16-1])
・ hellog 「#5235. 片見彰夫先生と15世紀の英文法について対談しました」 ([2023-08-27-1])
・ hellog 「#5242. 川端朋広先生と20世紀の英文法について対談しました」 ([2023-09-03-1])
・ hellog 「#5249. 川端朋広先生と現代英語の言語変化をいかに研究するかについて対談しました」 ([2023-09-09-1])
・ heldio 「#769. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 秋元実治先生との対談」
・ heldio 「#772. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 16世紀の英語をめぐる福元広二先生との対談」
・ heldio 「#790. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 田辺春美先生との対談」
・ heldio 「#806. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 中山匡美先生との対談」
・ heldio 「#824. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 川端朋広先生との対談 (1)」
・ heldio 「#831. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 川端朋広先生との対談 (2)」
・ heldio 「#837. 18世紀の英語の文法変化 --- 秋元実治先生との対談」(←こちらは 2023/09/15(Fri) の後記)
・ 秋元 実治(編),片見 彰夫・福元 広二・田辺 春美・山本 史歩子・中山 匡美・川端 朋広・秋元 実治(著) 『近代英語における文法的・構文的変化』 開拓社,2023年.
「#5217. 「名前プロジェクト」が立ち上がりました」 ([2023-08-09-1]) で,固有名について考えていこうという「名前プロジェクト」 (name_project) を紹介しました.研究者メンバー4名で始めている企画です.4名とは,小河舜さん(フェリス女学院大学ほか),矢冨弘さん(熊本学園大学),五所万実さん(目白大学),そして私,堀田隆一です.
このプロジェクトに関する公開イベントを様々に開催していきたいと思っています.その第1弾として,本ブログでも先日「#5241. ニックネームを語ろう --- 明日9月3日(日)19:00 からの Voicy heldio 生放送企画のご案内」 ([2023-09-02-1]) で告知した通り,去る9月3日に heldio 生放送をお届けしました.そして翌9月4日にはその収録音源をアーカイヴとして配信しました.「#826. ニックネームを語ろう【名前プロジェクト企画 #1】(生放送)」です.60分超の長尺ですので,お時間のあるときにゆっくりお聴きいただければと.
事前にリスナーの皆さんより寄せていただいたニックネームの実例や論考をもとに,プロジェクトメンバーがコメントを加えていくという回でした.何の気なしにニックネームという主題を立ててみたのですが,蓋を開けてみると,まともに考察するにはあまりに広い領域だと分かり慌てた次第です.とっちらかった議論となることを覚悟しつつ生放送に挑みましたが,生放送中にも各メンバーの独自の視点が冴えわたり,論点が徐々に収束してきたように思います.
とはいえ,ニックネームの切り口が多様であることが,改めてよく分かりました.以下,思いついた限りを箇条書きします(これは,Voicy heldio プレミアムリスナー限定配信チャンネルにて9月6日に配信した回「【英語史の輪 #28】heldio/helwa のリスナーコミュニティはブレスト集団である」で口述したものになります).
・ 社会的距離感
・ 指示対象の種類,ドメイン(人,土地,商品,お城,都市の異名,競走馬,その他のコト・モノ)
・ 形成法(cf. euphemism for taboo)
・ 文字表記(文字種による堅さなど;大文字小文字)
・ 音象徴
・ 指小辞などの要素
・ 名付け人は誰か?(他人につけられるのか,自分でつけるのか)
・ 言語別,方言別
・ 通時的変化
・ 当該ニックネームの通用範囲・コミュニティ
・ 1つの指示対象に対するニックネームの種類の多さ,少なさ(愛情や関心が関係する?)
・ 愛称と蔑称
・ 本名は「全体的な」ラベル,ニックネームはある人や物の「特定の部分的な性質を捉えた」ラベル
・ 諱(忌み名),あざな(字),タブー
・ 教室でのあだ名禁止問題
その他の切り口もまだまだあるはずですので,考察を続けていきたいと思います.まずは今回のイベント第1弾に直接・間接に参加していただいた方々に感謝いたします.ありがとうございました.
連日,固有名詞に関する話題をお届けしている.
地名や水域名によくみられるが,同一指示対象でありながら,時代によって異なる名前で呼ばれるケースがある.通時的な名前変化 (name change) の例である.一方,同じ時代に,同一指示対象に対して複数の名前が与えられているケースがある.共時的な多名性 (polynymy) の例である.固有名ではなく普通名でいえば,それぞれ「語の置き換え」 (onomasiological change) と「同義性・類義性」 (synonymy) に対応するだろうか.
昨日の記事「#5246. hydronymy --- 水域名を研究する分野」 ([2023-09-07-1]) で参照・引用した Strandberg (111) では,水域名の name change と polynymy について,実例とともに導入がなされている.
Name change is a common phenomenon in the history of hydronyms. In England, Blyth was replaced by Ryton, Granta by Cam, Hail by Kym, Writtle by Wid, etc. During a transitional stage of polynymy, there must often have existed both an older name and a new one. Trent (< Terente) is an alternative name for the river Piddle in Dorset. In Denmark, an older Guden and a younger Storå(en) were for a long time used in parallel for the same river.
Polynymy may also involve the simultaneous existence of different names for different parts of a (long) river. There are, for example, cases where the upper and lower reaches of a river have different names. The upper part of the Wylye in Wiltshire, England is called the Deverill, and the source of the French river Marne has the name Marnotte. A present-day name for a long river may have replaced several old ones denoting different stretches of it. The Nyköpingsån is a long and large river in Sweden; its name is formally secondary, containing the town name Nyköping. Two lost partial names of the Nyköpingsån (Blakka, Sølnoa) are recorded in medieval sources, while others, like *Sledh and *Vrena, may be or probably are preserved in names denoting settlements on the river; the current partial name Morjanån most likely goes back to an OSwed. *Morgha.
人名でいえば,同一人物が人生の節目に改名したり (name change),ニックネームやあだ名が複数ある (polynymy) ことに相当するだろう.固有名の最大の意義は,指示対象の同一性が固定名により恒久的に確保される点にあるはずと考えていたが,名前変化と多名性は,むしろその逆を行くものである.興味をそそられる現象だ.
・ Strandberg, Svante. "River Names." Chapter 7 of The Oxford Handbook of Names and Naming. Ed. Carole Hough. Oxford: OUP, 2016. 104--14.
固有名詞学 (onomastics) のなかでも土地・場所の名前を研究する分野として地名学 (toponymy) がある.この地名学と近いが,河川・湖沼・海洋などの水域の名前を扱う分野がある.水域名学 (hydronymy) だ.hydronymy は,ヨーロッパでは歴史学や考古学とも連動して重要な分野とされており,最古層の河川名をめぐって "alteuropäische Hydronymie" の仮説が提案されるなど,長い研究の蓄積がある.
「#5187. 固有名詞学のハンドブック」 ([2023-07-10-1]) で紹介したハンドブックの第7章となる "River Names" を読み終えた.すこぶるおもしろかった.初めて学ぶことが非常に多かったが,とりわけ hydronymy 研究にも「お国柄」というか国土地理の特徴が反映される点に興味をいだいた.イングランドやドイツでは hydronymy といえば河川名が対象となることが多いが,スウェーデン,デンマーク,ノルウェーのような北欧諸国は伝統的に湖沼名が対象となるという.各々の地域の地形や地勢がおのずと反映されるのだろう.
Strandberg (104) が次のように指摘している.
Hydronymic research in a country like Sweden has concerned itself to a very great extent with lake names; these can be as old as river names and contain the same words or roots. River names formed from names of lakes are common in Sweden. In Denmark and Norway, too, much research has been done on lake names. For topographical reasons, in areas of Europe such as England and Germany more attention has been paid to river names than to lake names.
文明は大河のもとに現われる.人間の生活は水,とりわけ淡水がなければ成立しない.水域は人間の社会活動にとっても重要であり,それと連動して水域名にも重要性が与えられるのだろう.「名前プロジェクト」 (name_project) としても,侮れない分野としての hydronymy に,今後注目していきたい(cf. 「#5217. 「名前プロジェクト」が立ち上がりました」 ([2023-08-09-1])).
・ Strandberg, Svante. "River Names." Chapter 7 of The Oxford Handbook of Names and Naming. Ed. Carole Hough. Oxford: OUP, 2016. 104--14.
先住民のいる土地に,外から新参者がやってきた.軍事的征服ということもあれば,移動の末に流れ着いたということもあろう.いずれにせよ既存の地名があるところへ新参者が入ってきて,社会的に優勢となった場合,彼らはそのまま既存の地名(往々にして外国語)を温存するのか,あるいは自らの言語の名付けの流儀に従って新しい地名を作り出し,置き換えるのか.
一般論としていえば両方のパターンがあり得るようだ.征服,植民,漂流など,その経緯によってパターンが異なるのかどうかは議論の余地があるが,温存と置換の両方が可能である.これは,ある程度は地名という固有名の無意味性と関連づけて説明できるかもしれない.
既存の地名に語彙的な意味が読み込まれるのであれば,それを根拠として温存する,あるいは廃棄するという積極的な決定がなされるかもしれない.しかし,地名に自明な意味が読み取れないのであれば,それは新参者にとっては,ただの土地同定のための記号にすぎず,任意あるいは消極的な動機づけにより,変えるのが面倒で温存することもあれば,適当に自言語で名付けなおすということもあるだろう.
後世からみれば,いずれにせよ選択はランダムのように見えるわけだが,実際に当時でも往々にしてランダムだったのかもしれない.地名は,意味をもつ語というよりも,指示対象のみをもつ記号という色彩が強いからだ.Hough (87) はこの点について次のように述べている.
Since names can be used without understanding of semantic content, incoming groups of speakers characteristically take over some of the existing names while creating others of their own. This means that in almost all areas where successive phases of migration have occurred, the names represent a palimpsest of formations from different languages and time-periods.
地名の(無)意味性をめぐる議論としては,以下の記事を参照.
・ 「#2212. 固有名詞はシニフィエなきシニフィアンである」 ([2015-05-18-1])
・ 「#5197. 固有名に意味はあるのか,ないのか?」 ([2023-07-20-1])
・ Hough, Carole. "Settlement Names." Chapter 6 of The Oxford Handbook of Names and Naming. Ed. Carole Hough. Oxford: OUP, 2016. 87--103.
昨日の記事「#5243. 異教時代の古英語地名」 ([2023-09-04-1]) で,地名研究により,その土地がどの時代に開拓されたかを知る手がかりが得られる場合があると述べた.
昨日の Tysoe, Wensley, Thursley, Friden, Harrow, Weeford などは,第1要素が異教を彷彿とさせるため,アングロサクソン時代でもとりわけ古い層に属すると紹介したが,ちょうど逆のケースもある.例えば,「専門農場」と訳出すべき wīc を含む地名は,農業が確立した後につけられたものと考えられるが,それはイングランドの農業史に鑑みて8世紀以降のことと推測される.つまり,同じ古英語期でも相対的に遅めの開拓であることが示唆される.Hough (98) より関連する箇所を引用する.
. . . some elements may be dated to a later phase of settlement on semantic or other grounds. Place-names from OE wīc 'specialized farm' are indicative of established farming communities, and are considered unlikely to have been coined before the eighth century AD. Examples from England include Butterwick (butter), Cheswick (cheese), Gatwick (goats), and Shapwick (sheep); examples from Scotland include Berwick (barley), Hedderwick (heather), and Sunwick (pigs).
挙げられている例は,分かりやすいものを選んだということかもしれないが,乳製品を産する農場が多い.地名や固有名詞の研究は,ただ言語学的,形式的な研究だけでは済みそうもない,ということが理解できる.
・ Hough, Carole. "Settlement Names." Chapter 6 of The Oxford Handbook of Names and Naming. Ed. Carole Hough. Oxford: OUP, 2016. 87--103.
地名の構成要素の意味をひもとくことによって,どの時代にその地名がつけられたのか,示唆を得られる事例がある.同じ場所が後に別の地名に置き換えられていたりするので,時系列に整理した上で慎重に解釈する必要があるが,地名研究が歴史学など他分野に貢献し得る点で興味深い.
Hough (98) によると,キリスト教化する以前のイングランドの古英語地名に,異教の神や寺院などの名前が用いられているものがあるという.このようなケースでは,それだけ古い土地であると解釈してよさそうだ.
Also indicative of early settlement are place-names referring to religious or other customs that were later superseded. Place-names referring to Anglo-Saxon paganism represent an early stratum which must pre-date the conversion to Christianity around 627. In England they fall into two main groups: those containing the names of pagan gods, and those containing a word for a heathen shrine or temple. Examples of the former are Tysoe (Tiw + OE hōh 'heel; hill-spur'), Wensley (Woden + OE lēah 'wood, clearing'), Thursley (Thunor + OE lēah 'wood, clearing', and Friden (Frig + denu 'valley'); examples of the latter are Harrow (OE hearg 'temple') and Weeford (OE wēoh 'shrine' + ford 'ford). The absence of either type from the corpus of Old English place-names in Scotland is usually taken to indicate that the Anglo-Saxons did not move north until after the conversion to Christianity, although this has been challenged on the grounds that pagan names are also absent from large areas of England . . . .
このような異教的地名がスコットランドには認められないという議論も意味深長である.
・ Hough, Carole. "Settlement Names." Chapter 6 of The Oxford Handbook of Names and Naming. Ed. Carole Hough. Oxford: OUP, 2016. 87--103.
こちらの本は6月に開拓社より出版された『近代英語における文法的・構文的変化』です.6名の研究者の各々が,15--20世紀の各世紀の英文法およびその変化について執筆されています.
本書については本ブログや Voicy heldio で何度かご紹介してきましたが,今回は,第6章「20世紀の文法的・構文的変化」を執筆された川端朋広先生(愛知大学)との heldio 対談をご案内します.「#824. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 川端朋広先生との対談 (1)」と題し,40分超でじっくりお話しをうかがっています.
2023年の現在,20世紀の英語は正確にいえば「過去の英語」となりますが,事実上は私たちが日常的に触れている英語と同じものと考えられます.しかし,100年余の時間を考えれば,当然ながら細かな言語変化はたくさん起こってきたはずです.1901年と2023年の英語とでは,お互いに通じないことはないにせよ,やはり微妙なズレはあるはずです.現代英語の文法にも確かに変化が生じてきたのです.
英語史ときくと,古英語や中英語のような古文を研究する分野という印象があるかもしれませんが,直近数十年に生じた英語の変化を追うのも立派な英語史研究の一部です.今回の川端先生のお話しからも,言語変化のダイナミックさと複雑さが伝わるのではないでしょうか.
本書についてご関心をもった方は,ぜひ以下のコンテンツも訪問していただければと思います.
・ YouTube 「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」より「#137. 辞書も規範文法も18世紀の産業革命富豪が背景に---故山本史歩子さん(英語・英語史研究者)に捧ぐ---」
・ hellog 「#5166. 秋元実治(編)『近代英語における文法的・構文的変化』(開拓社,2023年)」 ([2023-06-19-1])
・ hellog 「#5167. なぜ18世紀に規範文法が流行ったのですか?」 ([2023-06-20-1])
・ hellog 「#5182. 大補文推移の反対?」 ([2023-07-05-1])
・ hellog 「#5186. Voicy heldio に秋元実治先生が登場 --- 新刊『近代英語における文法的・構文的変化』についてお話しをうかがいました」 ([2023-07-09-1])
・ hellog 「#5208. 田辺春美先生と17世紀の英文法について対談しました」 ([2023-07-31-1])
・ hellog 「#5224. 中山匡美先生と19世紀の英文法について対談しました」 ([2023-08-16-1])
・ hellog 「#5235. 片見彰夫先生と15世紀の英文法について対談しました」 ([2023-08-27-1])
・ heldio 「#769. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 秋元実治先生との対談」
・ heldio 「#772. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 16世紀の英語をめぐる福元広二先生との対談」
・ heldio 「#790. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 田辺春美先生との対談」
・ heldio 「#806. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 中山匡美先生との対談」
・ heldio 「#817. 『近代英語における文法的・構文的変化』 --- 片見彰夫先生との対談」
・ 秋元 実治(編),片見 彰夫・福元 広二・田辺 春美・山本 史歩子・中山 匡美・川端 朋広・秋元 実治(著) 『近代英語における文法的・構文的変化』 開拓社,2023年.
「#5217. 「名前プロジェクト」が立ち上がりました」 ([2023-08-09-1]) でお知らせした通り,身近な研究仲間とともに名前(=固有名)に関する研究プロジェクトが始動しています (cf. name_project) .向こう数ヶ月間,khelf(慶應英語史フォーラム)メンバーや Voicy 「英語の語源が身につくラジオ」 (heldio) のリスナーさんを巻き込む形で,名前について縦横無尽に考えていきたいと思っています.本ブログ読者の方も,ぜひ名前談義に加わっていただければと.
プロジェクトについては,heldio にて「#799. 「名前プロジェクト」立ち上げ記念収録 with 小河舜さん,矢冨弘さん,五所万実さん」でも紹介していますので,ぜひお聴き下さい.
「名前プロジェクト」の最初の公開イベントとして,明日9月3日(日)19:00 より60分ほど Voicy heldio で生放送を配信する予定です.パーソナリティは,「名前プロジェクト」の主要メンバーである小河舜さん(フェリス女学院大学ほか),矢冨弘さん(熊本学園大学),五所万実さん(目白大学),そして私,堀田隆一の4名が務めます.
生放送のお題は「ニックネームを語ろう【名前プロジェクト企画 #1】」です.一昨日の8月30日の heldio 通常配信にて「#821. ニックネームを語ろう --- 9月3日(日) 19:00--20:00 の生放送のためにリスナーの皆さんへの呼びかけ」を配信しましたので,生放送に先立ちウォーミングアップとして,そちらをお聴き下さい.
上記の配信回のコメント欄を通じて,リスナーの皆さんに,ニックネームに関する様々な情報や考察を寄せていただいています.すでに多くのコメントが投稿されてきていますが,生放送の本番直前まで受け付けていますので,どしどしお寄せ下さい.生放送では,皆さんからのコメントを読み上げるなどしながら,ニックネーム論を展開していきたいと思っています.
昨日の Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」の配信で,待望の(?)の古英語入門講座がスタートしました.「#822. ゼロから学ぶはじめての古英語 --- Part 1 with 小河舜さん and まさにゃん」です(上記の左側のパネル).シリーズ初回のメインパーソナリティは小河舜さん(フェリス女学院大学ほか),そして進行補佐が「まさにゃん」こと森田真登さん(武蔵野学院大学)と私,堀田隆一です.
初回ということで,古英語の短い1文のみを素材として導入しています.9世紀に文武両道で活躍したウェセックスのアルフレッド大王 (King Alfred) による言葉です.大英図書館のサイトの King Alfred's Translation of the Pastoral Care より,写本画像が閲覧できます.
Þeos boc sceal to Wiogora ceastre
今回取り上げるのはこの短い文のみですが,実はここに古英語とアングロサクソン文化の様々な側面が凝縮されているのです.小河さんが,それを解凍し,やさしく解説しくれています.また,まさにゃんもこちらの note 記事にて補足を加えてくれています.
私自身も,今朝の Voicy 配信で補足のお話しをお届けしています.「#823. 昨日の「ゼロから学ぶはじめての古英語 --- Part 1」の補足と関連過去回」をお聴き下さい(上記の右側のパネル).今朝の配信では関連する過去回に多く言及しましたが,Voicy から直接飛ぶには不便かと思いますので,以下にリンクを張っておきます.この週末などのお時間のあるときに,今回の例文 "Þeos boc sceal to Wiogora ceastre" と関連付けて,古英語とアングロサクソンの世界に浸っていただければと思います.
シリーズ第2回も近日公開予定ですので,お楽しみに! 初回へのご感想やご意見も Voicy のコメントよりお寄せいただけますと幸いです.
[ 指示代名詞 this をめぐる謎 ]
・ 「#233. this, that, the などの th は何を意味するの?」
・ 「#274. 不定指示形容詞の this」
・ 「#432. なぜ短縮形 that's はあるのに *this's はないの?」
・ 「#493. 指示詞 this, that, these, those の語源」
[ 名詞 book の深すぎる歴史 ]
・ 「#661. book と beech --- 本とブナの関係は?」
・ 「#662. 印欧祖語の故郷をめぐるブナ問題」
[ 衰退気味の shall の諸相 ]
・ 「#218. shall と will の使い分け規則はいつからあるの?」
・ 「#530. 日本ハム新球場問題の背後にある英語版公認野球規則の shall の用法について」
[ 前置詞の to もあるけれど不定詞マーカーの to にも注目を ]
・ 「#645. to 以外の不定詞マーカー」
・ 「#688. なぜ不定詞には to 不定詞 と原形不定詞の2種類があるの?」
[ イングランド地名についてアレコレ ]
・ 「#306. 市川誠先生との対談 長万部はイングランドか!?」
・ 「#349. 市川誠先生との対談 「ウスター」と「カステラ」,「レスター」と「リア王」」
・ 「#819. 古英語地名入門 with 小河舜さん」
[ 古英語一般の理解のために ]
・ 「#148. 古英語期ってどんな時代?」
・ 「#149. 対談 [[「毎日古英語」のまさにゃんと,古英語ってどんな言語?」
・ 「#326. どうして古英語の発音がわかるのですか?」
・ 「#628. 古英語の単語はどれくらい現代英語に受け継がれているの?」
・ 「#778. 古英語の文字 --- 7月29日(土)の朝カルのシリーズ講座第2回に向けて」
2024 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2023 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2022 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2021 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2020 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2019 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2018 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2017 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2016 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2015 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2014 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2013 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2012 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2011 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2010 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2009 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
最終更新時間: 2024-12-16 08:44
Powered by WinChalow1.0rc4 based on chalow