「#5356. 岡本広毅先生の NewsPicks のトピックス「RPGで知る西洋の歴史」」 ([2023-12-26-1]) で紹介した岡本広毅先生(立命館大学)による「RPGで知る西洋の歴史」では,次々と新しい記事が公開されてきています.昨晩公開された最新回は「RPGは「ロマンティック」?---知られざるロマンス史を紐解く①」です.roman, romance, romantic などの語源が解説されています.
1回前の記事「『ファイナル・ファンタジー』と北欧神話---RPGを彩る伝承の物語」もおもしろいです.
この記事では J. R. R. Tolkien の作品に登場する妖精たちの世界 Middle-earth (中つ国)について,関連する「ミッドガル」とともに言及がなされています.
「ミッドガル」は『FFVII』に登場する科学文明の栄えた都市で,世界のエネルギー市場を支配する「神羅カンパニー」という大企業の本拠地でした.薄暗いネオン街や高層ビル,魔晄炉と呼ばれる発電施設など,近未来風の佇まいからは太古の神話世界とのつながりを想像することは容易ではありません.ただ,「ミッドガル」とは明らかに古い北欧語「ミズガルズ」("Miðgarðr") から取られたもので,これは北欧神話における人間の住まう領域を指します(巨人ユミルのまつ毛で作られた「囲い」).ミッドガルに渦巻く欲望や策略は「人間」の本性の一面と関わりますし,都市の荒廃や破壊,再生といったストーリー展開なども神話と重なり合います.なお,J.R.R.トールキン『ホビット』や『指輪物語』の舞台「ミドル・アース」("Middle-earth"「中つ国」)はミズガルズの現代英語版です.北欧とイングランドの人々の民族的ルーツは共通の祖先(ゲルマン人)へと遡るため,北欧神話は英語話者の故郷の物語でもあるのです.
Middle-earth の由来をさらに詳しく調べてみると,どうやら古ノルド語 miðgarðr とは妙なねじれの関係にあるようです.後者は,古英語期より2回ほど民間語源 (folk_etymology) による変形を受けて,今の形にたどりついているのです.
古英語には「世界」を意味する middangeard という語がありました.現代風に示すと "mid(dle)" + "yard" という語形成で,原義は「中庭」ほどです.これは古ノルド語 miðgarðr の語形成とも一致します.
ところが,すでに古英語期より middangeard の第2要素が geard 「庭」ではなく,音形の似た eard 「故郷,祖国」と取り違えられ,形態上の混乱が起こりました(第1の民間語源).さらに中英語期になると,今度はこの eard がやはりよく似た音形の erthe (> earth) 「地,世界」と取り違えられました(第2の民間語源).ちなみに歴史的に第2要素として用いられてきた上記の3つの語は,互いに語源的には無関係です.
Middle-earth の民間語源による2回のひねりに関しては,Fertig (60) が触れています.
The compound middle earth (re-popularized but by no means invented by Tolkien) can be traced back to early Middle English middelærde and OE middangeard and midanærd. Comparison with related words in other older Germanic languages, such as Old Saxon middilgard, Old High German mittilagart and Old Norse miðgarðr suggests that the second element originally corresponded to the Modern English word yard. We then see two successive folk-etymological identifications of this element, first with the Old English word eard '(native) land, home', then later with earth.
なお,「民間語源」という用語とその呼称をめぐっては「#5180. 「学者語源」と「民間語源」あらため「探究語源」と「解釈語源」 --- プレミアムリスナー限定配信チャンネル「英語史の輪」 (helwa) の最新回より」 ([2023-07-03-1]) を参照していただければ.
・ Fertig, David. Analogy and Morphological Change. Edinburgh: Edinburgh UP, 2013.
中世英語英文学とその現代的意義を探究している岡本広毅先生(立命館大学)が,1ヶ月ほど前より NewsPicks にて「RPGで知る西洋の歴史」と題する興味深いトピックス記事の投稿を始めています.トピックスの説明によると,
エルフ,世界樹,エクスカリバー.
RPG や映画などでわたしたちが親しむこれらの言葉の起源が西洋の物語にあることは良く知られています.このような幻想的なアイテムや魔法は単なるフィクションとして片付けられるようなものではなく,西洋文明や英語文化の根幹にあるものです.このトピックスでは,世界的に愛されてきた名作ゲームや映画,物語でお馴染みの言葉から,西洋の基本的教養を味わいましょう.
とあります.早速読みたくなる方が多いのではないでしょうか.現時点で3本の記事が公開されています
1. ゲーム世界と西洋異国体験 --- RPGの鉱脈(2023年11月14日)
2. 剣と魔法と暗黒 --- 『クロノ・トリガー』にみる西洋の歴史(2023年11月28日)
3. モンスターの息づく世界 --- 野に返りし〈はぐりん〉を偲んで(2023年12月12日)
いずれも読者を引きつける記事ですが,とりわけ2つめの『クロノ・トリガー』に関する記事に引きつけられました.
この記事の後半で「中世」とは何かという話題が取り上げられています.そこで,岡本先生は medieval という単語の多義性に注目します.
ただ,中世とは単に歴史の一期間を指すだけでありません.手元の辞書で,「中世の」を意味する英語の形容詞 "medieval" を調べてみると,時代区分の次に「古臭い」「旧式の」といった後ろ向きの意味が出てきます.より専門的な辞書をみてみると「無知」「残酷」「野蛮」といったネガティブな語義が並びます."get medieval" というフレーズにおいては「中世風になる」ではなく「暴力的になる」ことを意味します.このあからさまな意味の凋落には当然疑問を覚えることでしょう.「クラシック」や「モダン」 といった語から連想するイメージを考慮すればなおさらです.
これを受け,先日12月19日に Voicy heldio で「#932. get medieval 「暴力を振るう」--- 岡本広毅さんの NewsPicks トピックスより」と題する回を配信しました.この配信回の第5チャプターには,なんと岡本先生ご本人が出演されていますので必聴です.同日の夜には,プレミアムリスナー限定配信チャンネル「英語史の輪」 (helwa) のほうでも続編として「【英語史の輪 #69】get medieval の続き」を配信しました(こちらには岡本先生は出演されていませんのでご注意).medieval という単語とその周辺については,もっといろいろと調べてみたいと思っています.
さて,岡本先生にはこれまでも heldio や hellog でおおいにお世話になっています.以下にリンクを張っておきますので,ぜひ渉猟していただければ.
【 heldio 対談回 】
・ heldio 「#173. 立命館大学,岡本広毅先生との対談:国際英語とは何か?」 (2021/11/20)
・ heldio 「#386. 岡本広毅先生との雑談:サイモン・ホロビンの英語史本について語る」 (2022/06/21)
・ heldio 「#478. 英語ヴァナキュラー談義(岡本広毅&堀田隆一)」 (2022/09/21)
・ heldio 「#544. 岡本広毅先生と『グリーン・ナイト』とその原作の言語をめぐって対談しました」
・ heldio 「#545. ヴァナキュラーな『グリーン・ナイト』(岡本&堀田の対談)」 (2022/11/27)
・ heldio 「#932. get medieval 「暴力を振るう」--- 岡本広毅さんの NewsPicks トピックスより (2023/12/19)
【 hellog 関連回 】
・ 「#4962. 岡本広毅先生と『グリーン・ナイト』とその原作の言語をめぐって対談しました」 ([2022-11-27-1])
・ 「#4600. egges or eyren:なぜ奥さんは egges をフランス語と勘違いしたのでしょうか?」 ([2021-11-30-1])
・ 「#4591. 立命館大学での講演「世界の "English" から "Englishes" の世界へ」を終えました」 ([2021-11-21-1])
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