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reverse_spelling - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-11-21 21:39

2020-06-09 Tue

#4061. spritespright [doublet][spelling][reverse_spelling][johnson]

 昨日の記事「#4060. なぜ「精神」を意味する spirit が「蒸留酒」をも意味するのか?」 ([2020-06-08-1]) で少し触れたように,現代英語で「妖精,小鬼」を意味する sprite/sprightspirit の異形にすぎず,語源を一にする.
 sprite に対する spright の綴字は非歴史的であり,語末の <-ite> ≡ /-aɪt/ ≡ <-ight> という関係からの "reverse spelling" の例である("reverse spelling" については「#34. thumb の綴りと発音」 ([2009-06-01-1]),「#724. thumb の綴りと発音 (2)」 ([2011-04-21-1]),「#283. delectabledelight」 ([2010-02-04-1]) を参照).
 spright の綴字では16世紀に初出し,Shakespeare の Folio や Quarto の諸版,また Spenser では,むしろ一般的に使われていた.おもしろいことに Johnson の辞書には両方の見出しが立てられており,"spright" の見出しのもとで,sprite と綴られるべきだが,習慣 (custom) としては spright で決着がついているとの言及がある.Johnson らしい対処の仕方である.なお,現代では sprite のほうが普通だ.



 形容詞接尾辞を付した spritely/sprightly, spriteful/sprightful は「元気な,活発な」を意味し,そこから接尾辞が再び落ちた spright それ自身も同義の形容詞として用いられることがある.これらの形容詞には「妖精,小鬼」の元気なイメージも重なっているかもしれないが,おそらく語根の原義に含まれる "animating or vital" が源泉だろう.昨日の記事で触れたように,ノンアルコール飲料「スプライト」 (Sprite) は,元気にはじける炭酸が魅力である.

Referrer (Inside): [2020-08-14-1] [2020-06-10-1]

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2011-04-21 Thu

#724. thumb の綴りと発音 (2) [spelling_pronunciation_gap][reverse_spelling][silent_letter][plural]

 [2009-06-01-1]の記事で,現代英語 thumb の綴字に含まれる非語源的な reverse spelling の <b> についてOED の記述を参照して「13世紀末の添加」と記した.OED によると,1290年頃の The South English Legendary からの Strongue is þe þoumbe I-cleoped が初例となっている.他の辞書や語源辞典もこの OED の記述を踏襲しているようだが,MED, "thoume" によると,<b> を含む例は,12世紀半ばの The Peterborough Chronicle の1137年の記録に見いだすことができる.Clark 版から該当箇所を引く(赤字は引用者).

Me henged bi the þumbes other bi the hefed 7 hengen bryniges on ˈherˈ fet. (1137, l. 22)


 Clark の注 (p. 94) によると,PChron よりも早い土地台帳 the Doomsday Book に,Oxfordshire の地名 Thomley を表わす語形として Tvmbeleia が用いられているという.<b> の挿入は,OED の記述よりもずっと早く,中英語の最初期にすでに見られたということである.
 [2009-06-01-1]では,crumb, limb, numb と合わせて thumb の <b> は歴史上 /b/ として発音されたためしがないと述べたが,thumb についてはこの発言は訂正すべきかもしれない.11世紀や12世紀の早い時期にこの種の reverse spelling や黙字 ( silent letter ) が導入されたとは考えにくいし,上記の Tvmbeleia の例のように,/m/ に他の音が後続する環境で,わたり音 ( glide ) として破裂音 /b/ が挿入されるのは調音的に自然である.他の語についても,<b> の挿入は近代英語期にかけてのことだが,綴り字発音 ( spelling pronunciation ) が一切なかったかというと,それは確かめようがない.「歴史上 /b/ として発音されたためしがない」というのは主張としては強すぎたかもしれない.せいぜい主張できるのは,「 /b/ を含む発音が散発的にありえたとしても,主要な変種において /b/ を含まない発音に比して優勢な交替形であったことはなさそうだ」くらいのものだろう.ここに訂正したい.
 なお,thumb の古英語形は þūma (男性弱変化名詞)だったので,初期中英語での予想される複数形(主格および対格)は -n 語尾をもつ形態だが,PChron の例ではすでに -s 複数化した þumbes である.私が調べた範囲では,初期中英語コーパスでこの語が複数形に -s をとる例はこれが唯一のものである.

 ・ Clark, Cecily, ed. The Peterborough Chronicle 1070-1154. London: OUP, 1958.

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2010-02-04 Thu

#283. delectabledelight [etymology][reverse_spelling]

 年中行事としては節分の豆まきが終わり,次はバレンタイン・デー ( St Valentine's Day ) という時節になった.英米を中心に恋人たちがカードや贈り物を交わす日として知られているが,日本では女性から男性へチョコレートを贈って愛をうち明けるということが習慣化している.日本のこの習慣は,1958年にメリーのチョコレートが仕掛けた商売に遡るという.
 先日,(残念ながらバレンタイン・デーとは無関係に!)いただいたメリーのチョコレート・コレクションの箱に,"Mary's Delectable Products Since 1950" という文言を見つけた.delectable の意味は,英英辞書の定義によると "(of food and drink) extremely pleasant to taste, smell or look at" とある.語源的には「楽しみ,喜び」を意味する delight と関連の深い単語だが,よく調べてみると,このペアが英語に定着するまでの過程が興味深い.
 delectable は,ラテン語 dēlectāre "to delight" から派生した形容詞 dēlectābilis に遡り,フランス語 délectable を経て,1396年までに英語に入った.一方,フランス語で語中の子音の脱落していた動詞形 delitier の派生形容詞である delitable も先に英語に借用されていたが,delectable と競合して1500年以降に廃れた.結果としてみれば,現代英語の delectable は,本来のラテン語の形態をほぼ忠実に伝えているといえる.
 では,名詞(あるいは動詞)の delight はどうだろうか.上にも述べたように,ラテン語 dēlectāre "to delight" は,フランス語に入って delitier と形態が崩れた.この崩れた形態が1200年までに英語にも入り,中英語期を通じて delite という綴字が行われた.ところが,16世紀初頭に,おそらく light などからの類推で,<gh> の挿入された誤形 delight が生じ,やがて一般化してしまったのである.結果としてみれば,現代英語の delight は,本来のラテン語の形態から崩れたフランス語形が中英語期に取り込まれ,近代英語期に類推によりきわめて英語的な <gh> が黙字 ( silent letter ) として付加された,なれの果ての姿ということになる.二度崩れたとでもいおうか.
 品詞こそ異なるが delectabledelight とでは,前者のほうにより洗練された響きを感じるが,いかがだろうか.ブランドのチョコレートとしては,<c> を保った「崩れていない」 delectable がふさわしいと感じられる・・・.

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2009-06-01 Mon

#34. thumb の綴りと発音 [spelling_pronunciation_gap][reverse_spelling][silent_letter][assimilation]

 [2009-05-27-1]thumb の意味について考察したが,今回は同単語のスペリングについて.現代英語には <mb> で終わる単語がいくつかあるが,文字通りの /mb/ ではなく /m/ のみで発音される.つまり,<b> は黙字 ( silent letter ) である.<mb> で終わる単語群はその成立の経緯により三つに分かれる.

 (1) climb, comb, dumb, lamb, tomb, womb: かつては /mb/ と発音されていたもの.語源的.
 (2) crumb, limb, numb, thumb: 主に近代英語期に,おそらく(1)をモデルとして生み出された reverse spelling.非語源的.
 (3) bomb: 借用元の言語での形態を参照して語尾に <b> を付加したもの.借用元参照.

 (1) は古英語に存在した本来語であり,もともと <mb> の綴りと /mb/ の発音をもっていた( tomb のみ中英語期にフランス語より入った借用語).後期中英語より次第に /b/ が先行する /m/ に同化(調音方式に関する逆行同化)され,近代英語には完全に消失した.このように発音は変化したが,綴りは固定されたため,現在の両者の乖離が生じた.
 (2) はもともとは綴りも発音も b をもたなかったが,おそらくは(1)のグループの影響で,16-17世紀に <b> の綴りが語末付加された.これを reverse spelling と呼ぶ.ただし発音は従来の通りに保たれたので,このタイプの単語では歴史上 /b/ が発音されたためしがないことになる.thumb については,<b> は13世紀末の添加.(後記 2011/04/21(Thu):この (2) の記述は訂正を要する.[2011-04-21-1]の記事を参照.)
 (3) bomb は16世紀にスペイン語より <bome> として入ったが,17世紀にフランス語の <bombe> を参照して <b> が語尾付加されたもの.語源を一にする語の異なる言語からの再借用とみなすこともできる.
 上記のリストは網羅的ではない.一度大きな辞書から網羅してみて各語の歴史を探ると面白いかもしれない.

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