先日,「#3258. 17世紀に作られた動詞派生名詞群の呈する問題 (1)」 ([2018-03-29-1]),「#3259. 17世紀に作られた動詞派生名詞群の呈する問題 (2)」 ([2018-03-30-1]) で取り上げた Bauer の論文を,大学院の授業でじっくり読んでみた.語形成パターンにも時代によってトレンドがあり,例えば他言語からの影響により新たな接辞が導入される一方で,古い接辞は廃用となっていくなど栄枯盛衰のドラマがある.Bauer 論文ではケーススタディとして名詞化接尾辞や指小辞の問題が扱われれている.
だが,そもそも語形成パターンの栄枯盛衰の原動力は何なのだろうか.Bauer (197) は論文の末尾で次のように述べている.
We must presume that there is some rule at work in a community which constrains new forms: new forms receive the communal blessing only when they are sufficiently parallel to established forms to be seen as well-motivated. In a period of catastrophic change like the seventeenth century, virtually any Romance form could be motivated by foreign parallels. In the twenty-first century ,we have a community of speakers of "English" which is heterogeneous enough for different parallels to be accepted in different parts of that community. The result is that a form such as tread can be accepted as the past tense of TREAD in some parts of the community but not in others. Equally, Pinteresque, Pinterian, and Pinterish can all be accepted as "English" (see the OED at Pinteresque), and there may be more than one solution for the nominalization of the verb to English.
語形成の形態論に専門的に踏み込んだ論考ながらも,この箇所にも現われているように,実は随所に社会的な洞察がみられる.むしろ,精読した後に,社会言語学の論文だったのかとつぶやいてしまったほどだ.
提示されている事例はほぼすべて OED から取られているが,語形成の歴史を探るための道具として OED を用いることに関しての批判的な議論も読みどころである.Bauer の論調には体系的な語形成パターンという理想を追い求めすぎている風味が感じられるが,いずれにせよ学生たちと一緒に議論するに値する論考だった.
・ Bauer, Laurie. "Competition in English Word Formation." Chapter 8 of The Handbook of the History of English. Ed. Ans van Kemenade and Bettelou Los. Malden, MA: Blackwell, 2006. 177--98.
「#1783. whole の <w>」 ([2014-03-15-1]),「#3275. 乾杯! wassail」 ([2018-04-15-1]) の記事で触れたように,hail, hale, heal, holy, whole, wassail などは同一語根に遡る,互いに語源的に関連する語群である.古英語 hāl (完全な,健全な,健康な)からの派生関係をざっと見てみよう.
まず,古英語 hāl の直接の子孫が,hale や whole である.後者は,それ自体が基体となって wholesome, wholesale, wholly などが派生している.
次に名詞接尾辞を付した古英語 hǣlþ からは,お馴染みの単語 health, healthy, healthful が現われている.
動詞形 hǣlan からは heal, healer が派生した.また,行為者接尾辞を付した Hælend は「救済者(癒やす人)」を意味する重要な古英語単語だった.
形容詞接尾辞を付加した hālig からは holy, holiness, holiday が派生している.hālig を元にして作られた動詞 hālgian からは,hallow, Halloween が現われている.
一方,古英語 hāl に対応する古ノルド語の同根語 heill の影響化で,hail, hail from, hail fellow, wassail なども英語で用いられるようになった.
古英語の語形成の豊かさと意味変化・変異の幅広さを味わうには,うってつけの単語群といえるだろう.以上,Crystal (22) より.
・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 3rd ed. Cambridge: CUP, 2019.
英語の接辞 (affix) は,形態音韻論的な観点から2つの種類に区別される.それぞれクラス I 接辞,クラス II 接辞と呼ばれているが,両者は多くの点で対照的である.西原・菅原 (89--90) によって,まとめよう.
クラス I | クラス II | |
-al, -ard, -ative/-itive, -ian, -ic, -ion, -ity, -ous, in- など | -er, -ful, -ingN, -ish, -less, -ly, -ness, -ship, -yADJ, un- など | |
(ア)強勢位置移動 (stress shift) | あり | なし |
párent vs. paréntal | párent vs. párentless | |
Cánada vs. Canádian | Fíinland vs. Fínlander | |
átom vs. atómic | yéllow vs. yéllowish | |
prohíbit vs. prohibítion | óbvious vs. óbviously | |
májor vs. majórity | ácid vs. ácidness | |
móment vs. moméntous | cítizen vs. cítizenship | |
(イ)三音節短母音化 (trisyllabic shortening) | あり | なし |
divíne vs. divínity | gréen vs. gréenishness | |
sáne vs. sánity | bríne vs. bríniness | |
obscéne vs. obscénity | ráin vs. ráininess | |
deríve vs. derívative | róse vs. rósiness | |
(ウ)軟口蓋音軟音化 (velar softening) | あり | なし |
electric vs. electricity, electrician | traffic vs. traffickingN | |
panic vs. panickyADJ | ||
(エ)子音結合簡略化 (consonant cluster simplification) | なし | あり |
elongate cf. long | singer | |
bombard cf. bomb | bomber | |
hymnalADJ cf. hymn | crumby | |
condemnation cf. condemn | condemner | |
(オ)接頭辞の鼻音同化 (nasal assimilation) | あり | なし |
immoral | unmoral | |
impatient | unpack |
英語の接尾辞 (suffix) には,派生語と語幹との強勢位置の異動という観点から,大きく3種類が区別される.(1) 語幹の強勢位置が保持される強勢中立接尾辞 (stress-neutral suffix),(2) 語幹の強勢位置が移動する強勢移動接尾辞 (stress-shifting suffix, stress-affecting suffix),(3) 接尾辞自体が強勢をもつ強勢請負接尾辞 (stress-bearing suffix) あるいは強勢誘因接辞 (stress-attracting suffix) の3種である.以下,福島 (88--89) より,各種の接尾辞の例を示そう.
[ 強勢中立接尾辞 ]
・ -dom: ˈfreedom, ˈkingdom
・ -en: ˈthicken, ˈwiden
・ -ful: ˈcheerful, ˈpocketful
・ -ish: ˈchildish, ˈfoolish
[ 強勢移動接尾辞 ]
A. 主強勢が接尾辞の直前の音節におかれるもの
・ -fic: scienˈtific, speˈcific
・ -ic: alˈlergic, eˈlectric
・ -ics: matheˈmatics, phoˈnetics
・ -ion: diˈversion, exˈpansion
・ -ity: faˈtality, hospiˈtality
B. 主強勢が接尾辞の2つ前の音節におかれるもの
・ -cide: ˈgenocide, ˈhomicide
・ -fy: ˈmodify, ˈsatisfy
・ -gon: ˈhexagon, ˈpentagon
・ -tude: ˈattitude, ˈsolitude
C. 主強勢が接尾辞の1つ前または2つ前の音節におかれるもの
・ -al: uniˈversal, geoˈlogical
・ -ar: faˈmiliar, ˈsingular
・ -ide: diˈoxide, ˈfluoride
・ -is: syˈnopsis, ˈemphasis
・ -ive: exˈpensive, comˈpetitive
・ -ous: treˈmendous, harˈmonious
[ 強勢請負接尾辞 ]
・ -ade: blockˈade, gingeˈrade
・ -eer: engiˈneer, volunˈteer
・ -ese: officiaˈlese, Japaˈnese
・ -esque: gardeˈnesque, pictuˈresque
・ 福島 彰利 「第5章 強勢・アクセント・リズム」服部 義弘(編)『音声学』朝倉日英対照言語学シリーズ 2 朝倉書店,2012年.84--103頁.
昨日の記事 ([2018-03-29-1]) の続編.昨日示した Bauer からの動詞派生名詞のリストでは,-ment や -ure の接尾辞の存在が目立っていた.17世紀の名詞を作る接尾辞にどのような種類のものがあり,それぞれがいくつの名詞を作っていたのだろうか.これについても,Bauer (185) が OED に基づいて統計をとっている.結果は以下の通り.
Suffix | Number |
-y | 2 |
-ery | 8 |
-ancy | 10 |
-ency | 10 |
-ence | 18 |
-ion | 20 |
-ance | 49 |
-al | 56 |
-ure | 96 |
-ation | 190 |
-ment | 258 |
. . . there is a constant application of unproductive morphology in order to solve problems provided by productive morphology, so that the language is continually having new words added to it which are not the forms which would be the predicted ones, as well as a number of predicted forms. That is, the processes of history add irregularities (which are available to turn into regularities if enough of them are coined). History, rather than simplifying matters (or rather than merely simplifying matters), reflects a process of building in extra complications.
言語使用者の新語への要求は,必ずしも生産的な派生が与えてくれる手段とその結果だけでは満たされないほどに複雑で精妙なのだろう.そこで,あえて非生産的な派生の手段を用いて,不規則な派生語を作り出すこともあるのかもしれない.現代の歴史言語学者は,過去に生きた言語使用者の,そのような複雑で精妙な造語心理にどこまで迫れるのだろうか.困難ではあるがエキサイティングなテーマである.
・ Bauer, Laurie. "Competition in English Word Formation." Chapter 8 of The Handbook of the History of English. Ed. Ans van Kemenade and Bettelou Los. Malden, MA: Blackwell, 2006. 177--98.
英国ルネサンス期の17世紀には,ラテン語やギリシア語を中心とする諸言語から大量の語彙が借用された.この経緯については,これまで「#478. 初期近代英語期に湯水のように借りられては捨てられたラテン語」 ([2010-08-18-1]),「#114. 初期近代英語の借用語の起源と割合」 ([2009-08-19-1]),「#1226. 近代英語期における語彙増加の年代別分布」 ([2012-09-04-1]) などの記事で様々な角度から取り上げてきた.この時代には,しばしば「同じ語」が異なった接尾辞を伴って誕生するという現象が見られた.例えば,すでに1586年に discovery が英語語彙に加えられていたところに,17世紀になって同義の discoverance や discoverment も現われ,短期間とはいえ競合・共存したのである(関連して,「#3157. 華麗なる splendid の同根類義語」 ([2017-12-18-1]) も参照).
以下は,Bauer (186) が OED から収集した,17世紀に初出する動詞派生名詞の組である.
abutment | abuttal | |
bequeathal | bequeathment | |
bewitchery | bewitchment | |
commitment | committal | committance |
composal | compositure | |
comprisal | comprisement | comprisure |
concumbence | concumbency | |
condolement | condolence | |
conducence | conducency | |
contrival | contrivance | |
depositation | depositure | |
deprival | deprivement | |
desistance | desistency | |
discoverance | discoverment | |
disfiguration | disfigurement | |
disproval | disprovement | |
disquietal | disquietment | |
dissentation | dissentment | |
disseveration | disseverment | |
encompassment | encompassure | |
engraftment | engrafture | |
exhaustment | exhausture | |
exposal | exposement | exposure |
expugnance | expugnancy | |
expulsation | expulsure | |
extendment | extendure | |
impartment | imparture | |
imposal | imposement | imposure |
insistence | insisture | |
interposal | interposure | |
pretendence | pretendment | |
promotement | promoval | |
proposal | proposure | |
redamancy | redamation | |
renewal | renewance | |
reposance | reposure | |
reserval | reservancy | |
resistal | resistment | |
retrieval | retrievement | |
returnal | returnment | |
securance | securement | |
subdual | subduement | |
supportment | supporture | |
surchargement | surchargure |
Individual ad hoc decisions on relevant forms may or may not be picked up widely in the community. . . . [I]t is clear from the history which the OED presents that the need of the individual for a particular word is not always matched by the need of the community for the same word, with the result that multiple coinages are possible.
いずれにせよ,この歴史的事情が,現代英語の動詞派生名詞の形態に少なからぬ不統一と混乱をもたらし続けていることは事実である.今後,整理されてゆくとしても,おそらくそれには数世紀という長い時間がかかることだろう.
・ Bauer, Laurie. "Competition in English Word Formation." Chapter 8 of The Handbook of the History of English. Ed. Ans van Kemenade and Bettelou Los. Malden, MA: Blackwell, 2006. 177--98.
10月6日付の朝日新聞に,JICA がミャンマー農業支援のために「除湿機」 を購入すべきところ「加湿機」を購入してしまい,検査院に指摘されたという記事があった.英語表記で,加湿機は humidifier,除湿機は dehumidifier なので,de- の有無が明暗を分けたという事の次第だ.日本語でも,1漢字あるいは1モーラで大違いの状況である.同情の余地もないではないが,そこには260万円という金額が関わっている.
接頭辞 de- は,典型的に動詞の基体に付加して,その意味を反転させたり,除去の含意を加えたりする.もともとはラテン語で "off" ほどに相当する副詞・前置詞 de- に由来し,フランス語を経て英語に入ってきた語もあれば,直接ラテン語から入ってきた語,さらに英語内部で造語されたものも少なくない.起源は外来だが,次第に英語の接頭辞として成長してきたのである.de- の語義は,細分化すれば以下の通りになる (Web3 より).
1. 行為の反転 (ex. decentralize, decode; decalescence)
2. 除去 (ex. dehorn, delouse; dethrone)
3. 減少 (ex. derate)
4. 派生の起源(特に文法用語などに) (ex. decompound, deadjectival, deverbal)
5. 降車 (ex. debus, detrain)
6. 原子の欠如 (ex. dehydro-, deoxy-)
7. 中止 (ex. de-emanate)
ここには挙げられていないが,「#2638. 接頭辞 dis- 」 ([2016-07-17-1]) で触れたように,de- は dis- と混同され,意味的な影響を受けたとも言われている.また,その記事でも触れたが,基体がもともと否定的な意味を含んでいる場合には,de- のような否定的な接頭辞がつくと,その否定性が強調される効果を生むため,「強調」の用法ラベルがふさわしくなることもある.例えば,decline では,cline がもともと「曲がる,折れる」と下向きのややネガティヴな含意をもっているので,de- の用法は「減少」であるというよりは「強調」といえなくもない.denude や derelict の de- も基体の含意がガン愛ネガティヴなので,de- が結果として「強調」用法と解されている例だろう.
問題の dehumidifier の de- を「強調」用法としてかばうことはできそうにないが,接頭辞の多義性には注意しておきたい.
先日,東北大学大学院情報科学研究科「言語変化・変異研究ユニット」主催の第3回ワークショップ「内省判断では得られない言語変化・変異の事実と言語理論」に参加してきた(主催の先生方,大変お世話になりました!).形態論がご専門の東北大学の長野明子先生の発表「英語の接頭辞 a- の生産性の変化について」では,接辞の生産性 (productivity) の諸問題や測定法について非常に分かりやすく説明していただいた.今回の記事では,長野先生の許可を得て,そのときのハンドアウトから「生産性に関する仮説」を要約したい.
接辞の生産性には availability と profitability が区別される.前者は,その接辞を用いた語形成規則が存在することを指し,それにより形成される潜在的な語がある状態をいう.それに対して後者は,その語形成規則が実際に使用され,単語として具現化している状態をいう.つまり,接辞の生産性を考える際には,新語を作る潜在能力と実際に新語を作った顕在能力を区別しておく必要がある.
接辞の生産性の測定ということになると,潜在能力たる availability の測定は難しい.実際の単語として具現化されていないのだから,客観的に測りようがないのである.したがって,せめて顕在能力である profitability を測り,そこから availability を推し量ってみよう,ということになる.profitability の主要な測定法として3つほどが提案されている.いずれも,コーパスや辞書を用いることが前提となっている.
(1) その接辞をもつ派生語のタイプ数.端的には辞書に登録されていたり,コーパスで文証される単語の語彙素 (lexeme) レベルで数えた個数.
(2) 特定期間での,その接辞をもつ新語の数.
(3) その接辞の派生語が hapax_legomenon である確率.ある程度の規模のコーパスにある派生語が1度しか現われないということと,その語形成の生産性の高さとは相関関係にあるとされている(see 「#938. 語形成の生産性 (4)」 ([2011-11-21-1])).
(1), (2), (3) の測定法には一長一短あり,どれが最も優れているかを決めることはたやすくない.また,これらで測定できる profitability と最終的に求めたい availability との間にいかなる関係があるのかもよく分かっていない.例えば,(1) の値が高くとも availability は高くないとみなせる例がある.例えば,接尾辞 -th, -ment をもつ単語のタイプ数は多いが,現在,生産性のある接辞とはみなすことができないだろう (cf. 「#1787. coolth」 ([2014-03-19-1])) .逆に,(2) の値が低かったとしても,それをもってすぐに availability も低いだろうと予測するのは早計と考えられるケースもある(名詞+動詞の複合など).また,(3) で高い値を示すとしても,母語話者の直観的な生産性とは矛盾するケースがあるようだ.
母語話者の直観として,生産性なるものがあるらしいことは確かだろう.しかし,それを客観的に測定するにはどうすればよいのか,理論的にも実践的にも問題は残されている.
生産性の問題については,本ブログでも以下の記事その他で扱ってきたので要参照.「#935. 語形成の生産性 (1)」 ([2011-11-18-1]),「#936. 語形成の生産性 (2)」 ([2011-11-19-1]),「#937. 語形成の生産性 (3)」 ([2011-11-20-1]),「#938. 語形成の生産性 (4)」 ([2011-11-21-1]),「#876. 現代英語におけるかばん語の生産性は本当に高いか?」 ([2011-09-20-1]),「#940. 語形成の生産性と創造性」 ([2011-11-23-1]),「#2363. hapax legomenon」 ([2015-10-16-1]) .
接頭辞 dis- について,次の趣旨の質問が寄せられた.動詞に付加された disable や形容詞に付加された dishonest などにみられるように,dis- は反転や否定を意味することが多いが,solve に対して接頭辞が付加された dissolve にはそのような含意が感じられないのはなぜなのか.確かに,基体の原義は語源をひもとけばそれ自体が「溶解する」だったのであり,dis- を付加した語の意味には反転や否定の含意はない.
まず,接辞の意味の問題について前提とすべきことは,通常の単語と同様に多くのものが多義性 (polysemy) を有しているということだ.そして,たいていその多義性は1つの原義から意味が派生・展開した結果である.接頭辞 dis- についていえば,確かに主要な意味は「反転」「否定」ほどと思われるが,ソースであるラテン語(およびギリシア語)での同接頭辞の原義は「2つの方向へ」ほどである.語源的にはラテン語 duo (two) と関連し,その古い形は *dvis だったと想定される.つまり,原義は2つへの「分離」である.discern, disrupt, dissent, divide などにその意味を見て取ることができる(接頭辞語尾の子音は,基体との接続により消失したり変形したりすることがある).そこから「選択」「別々」の意味が発展し,dijudicate, dinumerate などが生じた.「分離」から「剥奪」「欠如」が生じるのは自然であり,さらにそこから「否定」「反対」の意味が発展したことも,大きな飛躍ではないだろう.こうして disjoin, displease, dissociate, dissuade などが形成された.
次に考えるべきは,上述の接頭辞の意味は,基体の意味との関係において定まることがあるということだ.もともと基体に「分離」「否定」などの意味が含まれている場合には,接頭辞は事実上その「強調」を表わすものとして機能する.dissolve はこの例であり,類例は少ないが disannul, disembowel などもある.基体の意味と調和すれば,接頭辞の意味が「強調」となるのは,dis- に限らない.
最後に,この接頭辞の形態と綴字について述べておく.英語語彙における dis- は,音環境に応じて子音語尾が消えて di- となって現われることもあれば,ラテン語の別の接頭辞 de- と合流して de- で現われることもある.また,フランス語を経由したものは des- となっているものもある (cf. 「#2071. <dispatch> vs <despatch>」 ([2014-12-28-1])) .関連して,語源的には別の接頭辞だが,ラテン語やギリシア語の学術的な雰囲気をかもす dys- がある(ときに dis- と綴られる).こちらは「病気」「不良」「異常」を含意し,例として dysfunction, dysphemism などが挙げられる.
以下に,Web3 から接頭辞 dis- の記述を挙げておこう.
1dis- prefix [ME dis-, des-, fr. OF & L; OF des-, dis-, fr. L dis-, lit., apart, to pieces; akin to OE te- apart, to pieces, OHG zi-, ze-, Goth dis- apart, Gk dia through, Alb tsh- apart, L duo two] 1 a : do the opposite of : reverse <a specified action) <disjoin> <disestablish> <disown> <disqualify> b : deprive of (a specified character, quality, or rank) <disable> <disprince> : deprive of (a specified object) <disfrock> c : exclude or expel from <disbar> <discastle> 2 : opposite of : contrary of : absence of <disunion> <disaffection> 3 : not <dishonest> <disloyal> 4 : completely <disannul> 5 [by folk etymology]: DYS- <disfunction> <distrophy>
英語史およびゲルマン語史において,名詞と動詞の相互転換の方法はいろいろあった.まず,接辞添加 (affixation) により他品詞を派生する方法があった.古英語でいえば,名詞 lufu (love) に動詞語尾を付して lufian (to love) とするタイプである.現代英語にも light (n.) と lighten (v.) のようなペアが見られ,その生産性の程度は別として,この方法それ自体は確認される (cf. 「#1877. 動詞を作る接頭辞 en- と接尾辞 -en」 ([2014-06-17-1])) .
次に,上のように添加された接辞が音韻的に弱化し,ついには消失してしまったものがある.これは,共時的にみれば,品詞転換 (conversion) あるいはゼロ派生 (zero-derivation) と呼ばれるものである.中英語以降の love が1例であり,名詞と動詞は形態音韻上まったく区別がない.
次に,添加された接辞が音韻的に摩耗したという点ではゼロ派生と同じだが,その接辞の痕跡が語幹の一部に亡霊のように残っているというケースがある.典型的なタイプの1つは,house /haʊs/ (n.) vs house /haʊz/ (v.) のように語幹末子音が無声・有声を示すものである.語幹母音の長短も加わって,breath /brɛθ/ (n.) vs breathe /briːð/ (v.) のような対立を示すものも少なくない (cf. 「#2223. 派生語対における子音の無声と有声」 ([2015-05-29-1]), 「#979. 現代英語の綴字 <e> の役割」 ([2012-01-01-1])) .
「かつての接辞の痕跡」のもう1つの典型的なタイプは,i-mutation である.i-mutation とは,接辞に i/j などの前舌高母音要素があるときに,先行する語幹母音がつられて前寄りあるいは高い位置へ寄せられる歴史的な音韻過程である (cf. 「#157. foot の複数はなぜ feet か」 ([2009-10-01-1])) .接辞が後に消失してしまうと,手がかりは語幹母音の変異のみということになる.food (n.) vs feed (v.), tooth (n.) vs teethe (v.) などの例だ.
純粋なゼロ派生により名詞と動詞の音韻形態がほぼ完全に一致したケースでも,多音節語の場合に,強勢位置の変異により品詞が区別がされるものがある.diatone の各記事で扱ってきた「名前動後」がその例であり,récord (n.) vs recórd (v.), íncrease (n.) vs incréase (v.) など数多く存在する (cf. 「#804. 名前動後の単語一覧」 ([2011-07-10-1])) .
上で見てきたように,英語史およびゲルマン語史において,接辞転化,ゼロ派生,語幹末子音の無声・有声の対立,i-mutation,名前動後は,それぞれ形式的には区別される現象だが,機能的にみれば品詞を転換させるという共通の役割を共有してきたといえる.形式的には関連のないようにみえる i-mutation とゼロ派生と名前動後が,歴史上,補完的に機能してきたということは興味深い.非常に間接的な因果関係ではあろうが,古英語以前に i-mutation の生産性が衰退したことと,近代英語でゼロ派生や名前動後が出現し,生産的となったこととはリンクしているのだ.
以上の洞察を与えてくれたのは,Biese (250--51) である.以下に引用しておこう.
[W]e must mention another feature in the development of English sound-changes that was to become important to the process of conversion. In Old English there existed a great number of denominative verbs derived from the corresponding nouns by a suffix causing an i-umlaut, i.e. word-pairs of the following character were very common: scrȳdan?scrūd, hiertan?heorte, rȳman?rūm.
We may regard this differentiation of nouns and verbs in OE. as a phenomenon on the same lines as the stress-distinction . . . . Now, while in the other Germanic languages the umlaut remained a living featuring principle in the field of word-formation, it soon ceased to be an integral principle of English word-formation. Even in early Middle English the umlaut as a living feature of the language, e.g. as used in forming denominatives from new substantives, had disappeared. Moreover, during the development of English a lot of levelling took place in word-pairs that had originally been distinguished by umlaut. In other cases one of the two words, the subst. or adjective on the other hand or the verb on the other, became obsolete. This feature in the development of the structure of the English language was necessarily very favourable to the spread of the process of forming new words by the method of direct conversion.
・ Biese, Y. M. Origin and Development of conversions in English. Helsinki: Annales Academiae Scientiarum Fennicae, B XLV, 1941.
古英語の -estre, -istre (< Gmc *-strjōn) は女性の行為者名詞を作る接尾辞 (agentive suffix) で,男性の行為者名詞を作る -ere に対立していた.西ゲルマン語群に散発的に見られる接尾辞で,MLG -(e)ster, (M)D and ModFrisian -ster が同根だが,HG, OS, OFrisian には文証されない.古英語からの語例としては hlēapestre (female dancer), hoppestre (female dancer), lǣrestre (female teacher), lybbestre (female poisoner, witch), miltestre (harlot), sangestre (songstress), sēamstre (seamstress, sempstress), webbestre (female weaver) などがある.この造語法にのっとり,中英語期にも spinnestre (spinster) などが作られている.しかし,中英語以降,まず北部方言で,さらに16世紀までには南部方言でも,女性に限らず一般的に行為者名詞を作る接尾辞として発達した.例えば,1300年以前に北部方言で書かれた Cursor Mundi では,demere ではなく demestre が性別に関係なく判事 (judge) の意味で用いられた.近代期には seamster や songster 単独では男女の区別がつかなくなり,区別をつけるべく新しく女性接尾辞 -ess を加えた seamstress や songstress が作られた.
-ster は,単なる動作主名詞を作る -er に対して,軽蔑的な含意をもって職業や習性を表わす傾向がある (ex. fraudster, gamester, gangster, jokester, mobster, punster, rhymester, speedster, slickster, tapster, teamster, tipster, trickster) .この軽蔑的な響きは,ラテン語由来ではあるが形態的に類似した行為者名詞を作る接尾辞 -aster のネガティヴな含意からの影響が考えられる (cf. criticaster, poetaster) .-ster を形容詞に付加した例としては,oldster, youngster がある.職業名であるから固有名詞となったものもあり,上記 Webster のほか,Baxter (baker) などもみられる.
ほかにも多くの -ster 語があるが,女性名詞を作るという古英語の伝統を今に伝えるのは,spinster のみとなってしまった.この語については,別の観点から「#1908. 女性を表わす語の意味の悪化 (1)」 ([2014-07-18-1]),「#1968. 語の意味の成分分析」 ([2014-09-16-1]) で触れたので,そちらも参照されたい.
昨日の記事[2009-08-11-1]で,「エロ」は「エロチック」からの逆成 ( back-formation ) の例かもしれないと述べた.逆成とは,ある語の語尾を接尾辞や屈折語尾と混同し,それを除去することで語を形成する作用である.多くの場合,異分析 ( metanalysis ) と類推 ( analogy ) も同時に起こっており,過程を説明しようとすると複雑なのだが,例を見ればすぐに理解できるし,実際に頻繁に起こっている語形成 ( word formation ) である.
[2009-08-11-1]では editor > edit の例をみたが,今日は説明に burglar > burgle を取りあげてみる.burglar 「強盗」は,ラテン語に語源をもつが,直接的にはアングロ・フレンチ ( Anglo-French ) から burgler という形で16世紀に英語に借用された.その後19世紀に,語尾の -ar は行為者を示す語尾であると異分析され,それを差し引けば動詞ができるはずだとの発想から burgle 「強盗する」という動詞が逆成された.もっとも,-ar が行為者の接尾辞であるとした部分は,語源的には必ずしも誤解ではないかもしれない.直前の l も含め,語源的にはよく分からない語尾なのである.だが,それを全体から差し引くという発想が革新的だった.この発想の背後には,動詞 + -ar として行為者名詞が派生される例が英語に存在するという事実に基づく類推 ( analogy ) の作用があったと考えてよい.ex. beggar, liar, pedlar.
比例式で表現すると次のようになる.
lie : liar = X : burglar ゆえに
X = burgle
lie > liar というごく自然な順序の派生は接辞変形 ( affixation ) と呼ぶが,back-formation はその反転の作用といっていいだろう.
ちなみに,back-formation という用語自体は OED の編集主幹 J. A. H. Murray の造語で,上記の burgle の語源説明に用いたのが最初である(1889年).ただし,back-formation から逆成されてしかるべき back-form という動詞は,いまだ OED にも登録されていない・・・.
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