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low_german - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-11-22 17:50

2024-11-17 Sun

#5683. 英語本来語かオランダ借用語かの判定が難しい理由 [dutch][low_german][flemish][contact][lexicology][borrowing][loan_word][germanic][old_norse][evidence]

 昨日の記事「#5682. Low Dutch という略称」 ([2024-11-16-1]) で,オランダ語やそれと関連する言語変種からの語彙借用の話題に触れた.過去の記事でも,同じ関心から「#4445. なぜ英語史において低地諸語からの影響が過小評価されてきたのか?」 ([2021-06-28-1]) などで議論してきた.
 英語とオランダ語はともに西ゲルマン語派の低地ドイツ語群に属しており,単語もよく似ている.したがって,ある英単語が歴史的に英語本来語なのかオランダ借用語なのかを確信をもって判定するのは,しばしば困難である.この困難の背景について,Durkin (356) がもう少し丁寧に解説しているので,引用したい.

Normally such certainty is only available in cases where the absence of an English sound change or the presence of a Dutch or Low German one demonstrates borrowing: the situation is similar to that explored with reference to early Scandinavian borrowings . . . , with the added complication that there are fewer sound changes distinguishing English from Dutch and Low German. The same problem even affects some words first attested much later than the Middle English period, especially those found in regional varieties for which earlier evidence is in very short supply.


 英語本来語かオランダ借用語か否かの判定において,音変化の有無の対比といった言語内的な証拠に訴えかけられるチャンスが低いという点が悩ましい.この点で古ノルド借用語の判定にかかわる困難とも比較されるが,古ノルド語の場合には,北ゲルマン語派に属する言語なので,もう少し言語内的な差異に頼ることができるのだろう.
 また,現存する歴史的証拠が乏しい地域変種における語彙となると,さらに判定が困難になるというのもうなずける.個々の単語について,言語内的な証拠だけでなく言語外的な証拠をも収集し,厳密に考慮していかなければならない所以である.

 ・ Durkin, Philip. Borrowed Words: A History of Loanwords in English. Oxford: OUP, 2014.

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2024-11-16 Sat

#5682. Low Dutch という略称 [dutch][low_german][flemish][contact][lexicology][borrowing][loan_word][terminology][germanic][variety]

 「#2646. オランダ借用語に関する統計」 ([2016-07-25-1]) で,英語史におけるオランダ借用語をめぐって Durkin を参照した.そこで Dutch でも Low German でもなく,中間的な Low Dutch という用語が使われていた.これが何を指すのかといえば,Durkin 自身が丁寧に解説してくれていた.その1節 (354) を読んでみよう.

Loanwords into English from Dutch (including Flemish) and Low German are normally considered together, because it is so difficult to tell them apart. This is partly because word forms in both languages were, and to some extent still are, so similar, and partly because the social and cultural circumstances of borrowing into English are also often hard to tell apart. 'Low Dutch' is sometimes used as a collective cover term for borrowings from either or both languages into English, although it is important to note that Low Dutch is not itself a language name, but simply a terminological shorthand for referring to a complex situation.


 DutchLow German は各々区別される言語変種ではあるが,単語の形態が互いによく似ており,借用元同定の文脈においては,実際上区別がつかないことも多いために,便宜上2変種を合わせた用語として Low Dutch を設定しておく,ということだ.ある意味で Low Dutch はフィクションということになる.フランス借用語かラテン借用語か判別がつきにくいときに,便宜上「フランス・ラテン系借用語」などと一括して呼ぶのに似ている.
 しかし,こうした用語のフィクション性それ自体も程度の問題ともいえるかもしれない.というのは,上記の Dutch にしても Low German にしても,「区別される言語変種」と一応のところ述べはしたが,やはり何らかの程度においてフィクションでもあるからだ.この点については「#415. All linguistic varieties are fictions」 ([2010-06-16-1]) を参照.
 便利に使えるのであれば Low Dutch というタームは悪くない.

 ・ Durkin, Philip. Borrowed Words: A History of Loanwords in English. Oxford: OUP, 2014.

Referrer (Inside): [2024-11-17-1]

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2021-06-29 Tue

#4446. 低地諸語が英語に及ぼした語彙以外の影響 --- 南部方言の TH-stopping と当中部方言の3単現のゼロ [th][phonetics][dutch][flemish][low_german][contact][me_dialect][dialect_levelling][3sp][aave]

 オランダ語を中心とする低地諸語の英語への影響について,連日「#4444. オランダ借用語の絶頂期は15世紀」 ([2021-06-27-1]) と「#4445. なぜ英語史において低地諸語からの影響が過小評価されてきたのか?」 ([2021-06-28-1]) で取り上げてきた.今回は,語彙以外への影響について Hendriks の指摘している2点を取り上げよう.
 まず1点目は,中英語期,Flemish 話者の影響により,英語の歯摩擦音 [ð] が,対応する閉鎖音 [d] に置き換えられたのではないかという説について.この説の出所である Samuels を参照した Hendriks (1668) によれば,中英語の Kent, East Sussex, East Surrey の方言より,"the" が de として,thickdykke として,"this" が dis として文証されるという.Samuels の報告によれば,この "TH-stopping" は上記の地域で15世紀初頭までに起こっており,現在でも指示詞に限られるものの,その効果が残っているという.
 2点目は,Trudgill の研究で知られるようになった East Midland 方言における3単現のゼロである (cf. 「#2310. 3単現のゼロ」 ([2015-08-24-1])).Trudgill は,この地域で英語と低地諸語が言語接触し,動詞屈折が多様化・複雑化しすぎた結果,最終的に水平化する方向で解決をみた,という議論により現在の3単現のゼロを説明しようとしている.Hendriks (1668) の説明により,この議論のニュアンスをもう少し丁寧に追ってみよう.

In an article first published in 1997, Trudgill (2002) seeks to understand why the present-tense, third person singular verb forms lack -s in the East Anglian dialects. Surviving evidence suggests that from the 11th to the 15th century, Est Anglian dialects had the original -th form, but by 1700, the zero form had become a typical feature of these dialects. Noting a number of zero forms in the early 17th letters of Katherine Paston, he situates the emergence of the zero forms in the 16th century. This time-frame corresponds to massive migration into East Anglia from the Low countries and France as a result of the Dutch Revolt in the southern Netherlands and civil wars in France. Trudgill concludes that the zero from is due to contact at a time when the East Anglian system itself was in flux and this is the key to his argument. There is evidence of variation between the native southern -th forms and the northern -s forms at the same time that this region experience[d] a massive influx of immigrants who would have found the typologically highly marked third person singular verb forms difficult to acquire. In this situation of dialect contact, Trudgill (2002: 185) asserts, "natural forms tend to win out over non-natural ones".


 特に後者の「3単現のゼロ」問題は aave の起源論においても鍵となるトピックであり,英語史上きわめて重要な論題である.

 ・ Hendriks, Jennifer. "English in Contact: German and Dutch." Chapter 105 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1659--70.
 ・ Samuels, Michael L. "Kent and the Low countries: Some Linguistic Evidence." Edinburgh Studies in English and Scots. Ed. A. J. Aitken, Angus McIntosh, and Hermann Pálsson. London: Longman, 1971. 3--19.
 ・ Trudgill, Peter. "Third-Person Singular Zero: African-American English, Anglian Dialects and Spanish Persecution in the Low Countries." East Anglian English. Ed. Jacek Fisiak and Peter Trudgill. Cambridge: D. S. Brewer, 2002. 179--86.

Referrer (Inside): [2024-11-09-1]

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2021-06-28 Mon

#4445. なぜ英語史において低地諸語からの影響が過小評価されてきたのか? [historiography][dutch][flemish][low_german][contact][loan_word][borrowing][purism][register][oed]

 昨日の記事「#4444. オランダ借用語の絶頂期は15世紀」 ([2021-06-27-1]) でも触れたように,英語史において低地諸語からの影響は過小評価されてきたきらいがある (cf. 「#3435. 英語史において低地諸語からの影響は過小評価されてきた」 ([2018-09-22-1])).これは英語史記述に関する小さからぬ問題と考えているが,なぜそうだったのだろうか.
 Hendriks (1660) によれば,過小評価されてきた理由の1つとして,オランダ語を代表とする低地諸語がいずれも英語と近縁言語であり,個々の単語の語源確定が困難である点を指摘している.積極的にオランダ語由来であると判定できない限り,英語本来語であるという保守的な判断が優先されるのも無理からぬことだ.英語史はまずもって英語の存在を前提とする学問である以上,この点において強気の議論を展開することは難しい.明らかに英語とは異質の語源であると判明しやすいフランス語(そして,ある程度そうである古ノルド語)と比べれば,この点は確かに理解できる.

[C]ontributions from the Scandinavian and French languages to the lexicon of English, for example, are discussed in terms of certainty, whereas contributions from the closely related varieties of "Low Dutch" or "Low German" are couched in terms of "probably" or "possibly" or are simply not discussed.


 しかし,それ以上に Hendriks が強調しているのは,従来の英語史の標準的参考書の背景に横たわる "purist language ideologies" (1659) である.Hendriks はさほど過激な物腰で論じていてるわけではないのだが,効果としては伝統的な英語史記述に対する強烈で辛辣な批判となっているといってよい.非常に注目すべき論考だと思う.
 Hendriks は議論を2点に絞っている.1つめは,OED の文学テキスト偏重への批判である.OED は伝統的に,中英語における複数言語の混交した "macaronic" なテキストをソースとして除外してきた.実際には,このような実用的で現実的なテキストこそが,まさにオランダ語などからの新語導入の契機を提供していたかもしれないという視点が,OED には認められなかったということである(ただし,目下編纂中の第3版においてはこの点で改善が見られるということは Hendriks (1669) 自身も言及している).
 もう1つは上記とも関連するが,OED は現代の標準英語に連なる英語変種にしか焦点を当ててこなかったという指摘だ.オランダ語からの借用語は,むしろ標準英語から逸脱したレジスター,例えば商業分野や通商分野の "macaronic" なレジスターでこそ活躍していたと想定されるが,OED なり英語史の標準的参考書では,そのような非標準的なレジスターはまともに扱われてこなかった.Hendriks (1662) 曰く,

Non-literary sources such as macaronic business writings, however, may be more likely to reflect the vernacular of London than the more pure literary texts selected to compile the atlas. Given the literary emphasis in the OED and the LALME, the range of topics which appear in these sources may be considerably restricted. The consequence of this is that entire semantic fields --- such as those pertaining to industrial or commercial relations, that is, fields where the significant contribution of Low Dutch to the English lexicon would be observed --- remain undocumented.


 さらに,近代英語期以降に限れば,OED は "Standard English" 以外のソースを軽視してきたという事実も指摘せざるを得ない.
 要するに,オランダ借用語が存在感を示してきたはずのレジスターが,OED を筆頭とする標準的レファレンスのソースには含まれてこなかったということなのだ.これは,英語史の historiography における本質的な問題と言わざるを得ない.

 ・ Hendriks, Jennifer. "English in Contact: German and Dutch." Chapter 105 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1659--70.

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2021-06-27 Sun

#4444. オランダ借用語の絶頂期は15世紀 [dutch][flemish][low_german][contact][loan_word][borrowing]

 たいていの英語史概説書では,Dutch, Flemish, Afrikaans, Low German などの低地帯 (the Low Countries) の諸言語からの借用語について,多少の記述がある.しかし,ラテン語,古ノルド語,フランス語からの借用語と比べれば規模も影響もずっと小さいため,あくまでオマケ的な位置づけにとどまる.
 ところが,昨今の英語史研究では,このように過小評価されてきた事実を受けて,低地諸語との言語接触をより積極的に評価しようという気運が高まってきている.
 本ブログでは,関連する記事として以下を書いてきた.

 ・ 「#126. 7言語による英語への影響の比較」 ([2009-08-31-1])
 ・ 「#140. オランダ・フラマン語から借用した指小辞 -kin」 ([2009-09-14-1])
 ・ 「#149. フラマン語と英語史」 ([2009-09-23-1])
 ・ 「#2645. オランダ語から借用された馴染みのある英単語」 ([2016-07-24-1])
 ・ 「#2646. オランダ借用語に関する統計」 ([2016-07-25-1])
 ・ 「#3435. 英語史において低地諸語からの影響は過小評価されてきた」 ([2018-09-22-1])
 ・ 「#3436. イングランドと低地帯との接触の歴史」 ([2018-09-23-1]) 

 今回は,OED を用いて低地諸言語からの借用語("once-Dutch words" と称されている)を調査した den Otter に依拠した Hendriks (1667) より,13--17世紀に英語に入ってきた借用語のサンプルを示そう.

13th century:
   asquint, bouse, gewgaw, muster, pack, scour, scum, slight, slip, slop, welter, wiggle

14th century:
   bale, bundle, clamp, clock, fraught, grim, groove, keel, kit, mate, miller, north-north-east, north-north-west, rack, rover, school, scoop, slipper, slap, sled, spike, splint, splinter, tear, wainscot, wig, wind

15th century:
   brake, cabbage, cooper, cope, cramer, dapper, deck, excise, freight, gold, graft, hackle, hop, leak, lighter, luck, marline, mart, meerkat, misdeal, mud, nappy, pace, peg, pickle, pink, pip, rack, rumple, rutter, scout, scuttle, slip, sod, stripe, stuff, tattle, warble, whirl

16th century:
   aloof, anker, beleaguer, boor, boss, bumpkin, burgomaster, bush, cashier, clump, cramp, dike-grave, dock, dollar, domineer, drawl, ensconce, filibuster, flute, foist, forlorn hope, free-booter, frolic, gripe, gruff, jerkin, kermis, landscape, lazy, manikin, mesh, pad, pickle-herring, pram, push, rant, rash, reef, safflower, sconce, scone, scrabble, scrub, shoal, slap, snap, sniff, snuff, snuffle, span, spatter, stake, steady, stump, stutter, tattoo, uproar, wagon, wagoner, yacht

17th century:
   back, balk, beer, blaze, boom, brandy, clank, cruise, cruiser, decoy, drill, duck, easel, enlist, etch, furlogh, gas, gherkin, hovel, hustle, kill, kink, knapsack, masterpiece, morass, outlander, plug, polder, skate, sketch, slim, slurp, smack, smuggle, smuggler, snow, snuff, speck, still life, stink-pot, stoker, tea, trigger (den Otter 1990: 265--266)


 den Otter の調査によると,集まった "once Dutch words" の数は1254語であり,その影響の絶頂期は15世紀だったという(続いて,16世紀,18世紀,17世紀という順番) (Hendriks 1667) .オランダ借用語というと16--17世紀の海事用語が多そうなイメージだが,実際には日常的な名詞,動詞,形容詞も多数含まれていることがわかる.

 ・ den Otter, Alice G. "Lekker Scrabbling: Discovery and Exploration of Once-Dutch Words in the Online Oxford English Dictionary." English Studies 71.3 (1990): 261--71.
 ・ Hendriks, Jennifer. "English in Contact: German and Dutch." Chapter 105 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1659--70.

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