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language_acquisition - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-11-12 07:24

2023-09-26 Tue

#5265. 今井むつみ・秋田喜美著『言語の本質』(中公新書,2023年) [review][linguistics][language_change][yurugengogakuradio][youtube][onomatopoeia][abduction][language_acquisition][evolution][dynamic_equilibrium]


今井 むつみ・秋田 喜美 『言語の本質 --- ことばはどう生まれ,進化したか』 中公新書,2023年.


 中公新書の新刊書『言語の本質』.言語学界隈ではすでに多くのメディアで取り上げられ,話題となっている.中央公論新社のサイトでは特設サイトが設けられており,盛り上がりの様子がわかる.
 私が同僚の井上逸兵氏とともに運営している YouTube の「井上逸兵・堀田隆一英語学言語学チャンネル」でも「#141. ベストセラー本,今井むつみ・秋田喜美『言語の本質』を語ってみました.」を2ヶ月ほど前に紹介している.また,人気 YouTube/Podcast チャンネル「ゆる言語学ラジオ」でも,本書の著者の1人である今井むつみ氏の出演回を含め多くの関連回が配信されている.
 本書では,(1) 従来の言語学研究では周辺的な扱いを受けてきたオノマトペ (onomatopoeia) が,言語進化・言語習得の初期段階においてきわめて大きな役割を演じており,(2) その基盤の上に,仮説形成推論 (abduction) というヒト固有の推論に駆動される形で,言語能力が雪だるま式に発展・向上していく(=ブートストラッピング)モデルが提案されている.仮説モデルではあるものの,豊富な先行研究に基づきつつ発達心理学の実証実験に裏打ちされた議論には,強い知的興奮を感じる.
 本書は,言語変化や言語変異を考える上でも示唆的な指摘に富む.終章では7点の「言語の大原則」が提案されているが,その2点目に「変化すること」が掲げられている.そちらを引用する (258) .

 ・ 慣習を守る力と,新たな形式と意味を創造して慣習から逸脱しようとする力の間の戦いである
 ・ 典型的な形式・意味からの一般化としては完全に合っていても,慣習に従わなければ「誤り」あるいは「不自然」と見なされる
 ・ ただし,言語コミュニティの大半が新たな形式や意味,使い方を好めば,それが既存の形式,意味,使い方を凌駕する
 ・ 変化は不可避である


 言語は,維持しようとする力と変化しようとする力の拮抗と均衡により,結局は変化していくとはいえ体系としては維持されていくという,まさに動的平衡 (dynamic_equilibrium) を体現する不思議な存在であることが,ここでは謳われている.
 『言語の本質』,ぜひご一読を.

 ・ 今井 むつみ・秋田 喜美 『言語の本質 --- ことばはどう生まれ,進化したか』 中公新書,2023年.

Referrer (Inside): [2023-09-27-1]

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2018-05-22 Tue

#3312. 言語における基層と表層 [linguistics][language_acquisition][media][writing][borrowing][terminology]

 標題は生成文法を語ろうとしているわけではない.言語を構成する諸部門を大きく2つの層に分けると,それぞれを「基層」「表層」と名付けられるだろうというほどのものだ.しかし,言語学上,この2区分の波及効果は大きい.野村 (12) の説明が明快である.

ある言語(方言で考えてもらってもよい)のさまざまな要素は,おおむねその言語の基層と表層に振り分けられる.文法や音声・音韻や基礎的な語彙は,基層に属する.文化的な(「高級な」)語彙,言い回し・表現法(広義のレトリック),文体などは,表層に属する.ある言語の使い手は,基層に属する部分を子供時代に無意識的に習得してしまう.表層に属する部分は,教育と学習によって徐々に身につける.独創ともなれば,なおさらの努力が必要である.


 基層と表層の区別が,言語習得における段階と連動していることはいうまでもない.また,この区別は,話し言葉と書き言葉の区別,あるいは書き言葉のなかでの口語体と文語体の区別とも連動することが,続く野村の文章で触れられている (12) .

書き言葉口語体は,文化語彙,言い回し・表現法,文体などの表層部分では,必ずしも話し言葉には従っていない.しかし,基層に属する文法や音声・音韻,基礎語彙などの面で,話し言葉のそれらに従っている.一方,「文語体」(古典語をもとにした文語体)は,文法,音韻,基礎語彙などの面で,古典語のそれらに従っているのである.


 基層と表層の区別はまた,他言語からの借用に対して開かれている程度にも関係するだろう.基層は他言語からの干渉を比較的受けにくいが,表層では受けやすいということはありそうだ.この問題については,「#902. 借用されやすい言語項目」 ([2011-10-16-1]),「#1780. 言語接触と借用の尺度」 ([2014-03-12-1]),「#2011. Moravcsik による借用の制約」 ([2014-10-29-1]) の記事や,「#2067. Weinreich による言語干渉の決定要因」 ([2014-12-24-1]) も参照されたい.

 ・ 野村 剛史 『話し言葉の日本史』 吉川弘文館,2011年.

Referrer (Inside): [2018-08-29-1] [2018-05-23-1]

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2011-11-03 Thu

#920. The Gavagai problem [psycholinguistics][language_acquisition][mental_lexicon][philosophy_of_language][translation]

 人はどのようにして多くの語を記憶語彙 (mental lexicon) へ蓄積してゆくのか,という問題は言語習得 (language acquisition) の分野における大きな問題である.大人になるにつれ音韻,形態,統語の規則の習得能力は落ちて行くと考えられているが,語彙の習得能力は維持されるという.子供にせよ大人にせよ,新しい語彙をどのように習得してゆくのか.意識的な語彙学習は別として,日常生活のなかでの語彙習得については,いまだに謎が多い.
 哲学者 W. O. Quine が議論した以下のような状況に言及して,心理言語学者が the Gavagai problem と称している語彙習得上の問題がある.

Picture yourself on a safari with a guide who does not speak English. All of a sudden, a large brown rabbit runs across a field some distance from you. The guide points and says "gavagai!" What does he mean? / One possibility is, of course, that he's giving you his word for 'rabbit'. But why couldn't he be saying something like "There goes a rabbit running across the field"? or perhaps "a brown one," or "Watch out!," or even "Those are really tasty!"? How do you know? / In other words, there may be so much going on in our immediate environment that an act of pointing while saying a word, phrase, or sentence will not determine clearly what the speaker intends his utterance to refer to. (Lieber 16)


 普通であれば,上記の場合には gavagai をウサギと解釈するのが自然のように思われるが,この直感的な「自然さ」はどこから来るものだろうか.心理言語学者は,人は語彙習得に関するいくつかの原則をもっていると仮定する (Lieber 17--18) .

 (1) Lexical Contrast Principle: 既知のモノに混じって未知のモノが目の前にあり,未知の語が発せらるのを聞くとき,言語学習者はその未知のモノとその未知の語を結びつける.
 (2) Whole Object Principle: 未知の語を未知のモノと結びつけるとき,言語学習者はその語をその未知のモノ全体を指示するものとして解釈する.未知のモノの一部,一種,色,形などを指示するものとしては解釈しない.
 (3) Mutual Exclusivity Principle: 既知のモノだけが目の前にあり,未知の語が発せられるのを聞くとき,言語学習者は周囲に未知のモノを探してそれと結びつけるか,あるいは既知のモノの一部や一種を指示するものとして解釈する.

 この仮説は多くの実験によって支持されている.現実には稀に the Gavagai problem が生じるとしても,上記のような戦略的原則を最優先させることによって,我々は多くの語彙を習得しているのである.確かに,このような効率的な戦略がなければ,言語学習者は数万という語彙を習得できるはずもないだろう.

 ・ Lieber, Rochelle. Introducing Morphology. Cambridge: CUP, 2010.

Referrer (Inside): [2022-02-01-1] [2022-01-26-1]

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