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book_of_common_prayer - hellog〜英語史ブログ

最終更新時間: 2024-11-12 07:24

2018-11-27 Tue

#3501. 1552年と1662年の祈祷書の文法比較 [book_of_common_prayer][bible][emode][3sp][personal_pronoun][t/v_distinction][relative_pronoun][be][language_change]

 1549年,Thomas Crammer の編纂した The Book of Common Prayer (祈祷書)が世に出た.1552年には,その改訂版が出されている.この祈祷書の引用元となっているのは1539年の the Great Bible である.一方,およそ1世紀後,王政復古期の1662年に,別版の祈祷書が出版された.現在も一般に用いられているこちらの新版は,1611年の the King James Bible に基づいており,言語的にはむしろ保守的である.つまり,1552年版と1662年版の祈祷書を比べてみると,後者のほうが年代としては100年余り遅いにもかかわらず,言語的には前者よりも古い特徴を示すことがあるということだ.ただし,全部が全部そうなのではなく,後者が予想通り,より新しい特徴を示している例もあり複雑だ.
 Gramley (144) は,Nevalainen (1998) の研究を参照しながら,5点の文法項目を比較している.

feature15521662
3rd person singular endingmixed {-th} and {-s}reversion to {-th}
2nd person singular personalthou/thee but some ye/youlargely a return to thou/thee
nominative ye/youboth ye and youlargely a return to ye
nominative which/who56 who vs. 129 which172 who vs. 13 which
present tense plural be/are52 are vs. 105 be125 are vs. 32 be


 最初の3点は1662年版のほうがむしろ古風な特徴を保持しているケース,最後の2点は時代に即した分布を示しているようにみえるケースだ.2つのケースの違いは,前者が意識的な変化 ("change from above") の結果であり,後者が無意識的な変化 ("change from below") の結果であるとして説明することができるかもしれない.口頭の発話が意図されている文脈ではより新しい語法が用いられているという報告もあるので,おそらく文体の問題と1世紀の間の言語変化の問題とが複雑に絡み合って,それぞれの表現が選ばれているのだろう.聖書を用いた通時言語学的比較は,おおいに注意を要する作業である.
 祈祷書については,「#745. 結婚の誓いと wedlock」 ([2011-05-12-1]),「#1803. Lord's Prayer」 ([2014-04-04-1]),「#2738. Book of Common Prayer (1549) と King James Bible (1611) の画像」 ([2016-10-25-1]),「#2597. Book of Common Prayer (1549)」 ([2016-06-06-1]) を参照.

 ・ Gramley, Stephan. The History of English: An Introduction. Abingdon: Routledge, 2012.
 ・ Nevalainen, T. "Change from Above. A Morphosyntactic Comparison of Two Early Modern English Editions of The Book of Common Prayer." A Reader in Early Modern English. Ed. M. Rydé, I. Tieken-Boon van Ostade, and M. Kytö. Frankfurt: Lang, 165--86.

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2018-05-13 Sun

#3303. イングランド宗教改革の荒波をくぐりぬけたウェールズ語 [reformation][celtic][linguistic_imperialism][emode][welsh][wales][history][bible][book_of_common_prayer]

 「#3100. イングランド宗教改革による英語の地位の向上の負の側面」 ([2017-10-22-1]) で,16世紀のイングランド宗教改革により,アイルランド,ウェールズ,コーンウォルでは英語の権威は高まったが,ケルト諸語の地位は落ちたと述べた.一方,ウェールズに関しては,「#1718. Wales における英語の歴史」 ([2014-01-09-1]) でみたように,聖書と祈祷書がウェールズ語に翻訳されたため,ウェールズ語がある程度保持される結果となったとも述べた.ウェールズ語については,宗教改革の影響により地位が貶められたのか,保持されたのか,どちらなのだろうか.やや複雑なウェールズの状況について,平田 (27) が明快に解説している.

 宗教関係では,ロンドンの政府は一五六三年に「聖書および祈祷書をウェールズ語に翻訳する法律」を通過させて,聖書と祈祷書をウェールズ語に翻訳させた.これは,言語から見ると諸刃の剣となった.すなわち,一方では,ウェールズ語の保持に貢献したが,その半面で,ウェールズ語は宗教の言語と見なされて,政治の世界から締め出されることになった.それは重要性を持たない言語として,農村部の小作人に残存することになった.
 つまり,一六世紀のウェールズ統治において,ウェールズ語の聖書と祈祷書により,ウェールズ人をイングランド国教会にとどめておく「国教会の政治学」が,英語を広める「英語の政治学」よりも優先していたのである.その結果,宗教儀式ではウェールズ語が使用され,この言語の存続が助長された.聖書や祈祷書の翻訳,イングランド国教会としての説教を現地語で説教できる牧師の派遣を維持することによって,皮肉なことに,抑圧するつもりだった現地語の威信が保たれた.これはイングランド側からは「歴史的失態」と呼ばれる.ウェールズ語の残存はこの「歴史的失態」に依っていた.要するに,宗教改革は,ウェールズ語の聖書をウェールズ人に与え,次の三世紀間,ウェールズ語は宗教の領域で維持された.


 つまり,宗教改革を通じて,ウェールズ語は政治の世界からは追い出されたものの,宗教の世界では命脈を保ったということだ.2つの異なる「世界」に分けて考えることで,一見すると矛盾した宗教改革のウェールズ語への影響がクリアに理解できるようになった.
 その4世紀後の20世紀中に,ウェールズにおけるウェールズ語の地位はめざましく復活していくことになるが,振り返ってみれば,それは16世紀に上記の経緯でウェールズ語の火を絶やさずに済んだからなのだろう.イングランド側にとって「歴史的失態」とみえる意味がわかる.

 ・ 平田 雅博 『英語の帝国 ―ある島国の言語の1500年史―』 講談社,2016年.

Referrer (Inside): [2019-07-26-1]

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2018-01-27 Sat

#3197. 初期近代英語期の主要な出来事の年表 [timeline][history][emode][chronology][monarch][caxton][reformation][book_of_common_prayer][bible][renaissance][shakespeare][johnson]

 Algeo and Pyles の英語史年表シリーズの第3弾は初期近代英語期 (153--55) .著者らは初期近代英語期を1500--1800年として区切っていることに注意.「#3193. 古英語期の主要な出来事の年表」 ([2018-01-23-1]) と「#3196. 中英語期の主要な出来事の年表」 ([2018-01-26-1]) も参照.

1476William Caxton brought printing to England, thus both serving and promoting a growing body of literate persons. Before that time, literacy was confined to the clergy and a handful of others. Within the next two centuries, most of the gentry and merchants became literate, as well as half the yeomen and some of the husbandmen.
1485Henry Tudor ascended the throne, ending the civil strife called the War of the Roses and introducing 118 years of the Tudor dynasty, which oversaw vast changes in England.
1497John Cabot went on a voyage of exploration for a Northwest Passage to China, in which he discovered Nova Scotia and so foreshadowed English territorial expansion overseas.
1534The Act of Supremacy established Henry VIII as "Supreme Head of the Church of England," and thus officially put civil authority above Church authority in England.
1549The first Book of Common Prayer was adopted and became an influence on English literary style.
1558At the age of 25, Elizabeth I became queen of England and, as a woman with a Renaissance education and a skill for leadership, began a forty-five-year reign that promoted statecraft, literature, science, exploration, and commerce.
1577--80Sir Francis Drake circumnavigated the globe, the first Englishman to do so, and participated in the defeat of the Spanish Armada in 1588, removing an obstacle to English expansion overseas.
1590--1611William Shakespeare wrote the bulk of his plays, from Henry VI to The Tempest.
1600The East India Company was chartered to promote trade with Asia, leading eventually to the establishment of the British Raj in India.
1604Robert Cawdrey published the first English dictionary, A Table Alphabeticall.
1607Jamestown, Virginia, was established as the first permanent English settlement in America.
1611The Authorized or King James Version of the Bible was produced by a committee of scholars and became, with the Prayer Book and the works of Shakespeare, one of the major examples of and influences on English literary style.
1619The first African slaves in North America arrived in Virginia.
1642--48The English Civil War or Puritan Revolution overthrew the monarchy and resulted in the beheading of King Charles I in 1649 and the establishment of a military dictatorship called the Commonwealth and (under Oliver Cromwell) the Protectorate, which lasted until the Restoration of King Charles II in 1660.
1660The Royal Society was founded as the first English organization devoted to the promotion of scientific knowledge and research.
1670The Hudson's Bay Company was chartered for promoting trade and settlement in Canada.
ca. 1680The political parties---Whigs (named perhaps from a Scots term for 'horse drivers' but used for supporters of reform and parliamentary power) and Tories (named from an Irish term for 'outlaws' but used for supporters of conservatism and royal authority), both terms being originally contemptuous---became political forces, thus introducing party politics as a central factor in government.
1688The Glorious Revolution was a bloodless coup in which members of Parliament invited the Dutch prince William of Orange and his wife, Mary (daughter of the reigning English king, James II), to assume the English throne, resulting in the establishment of Parliament's power over that of the monarchy.
1702The first daily newspaper was published in London, followed by an extension of such publications throughout England and the expansion of the influence of the press in disseminating information and forming public opinion.
1719Daniel Defoe published Robinson Crusoe, sometimes identified as the first modern novel in English, although the evolution of the genre was gradual and other works have a claim to that title.
1755Samuels Johnson published his Dictionary of the English Language, a model of comprehensive dictionaries of English
1775--83The American Revolution resulted in the foundation of the first independent nation of English speakers outside the British Isles. Large numbers of British loyalists left the former American colonies for Canada and Nova Scotia, introducing a large number of new English speakers there.
1788The English first settled Australia near modern Sydney.


 初期近代英語期は,外面史的には英語の世界展開の種が蒔かれた時代であり,社会言語学的には種々の機能的な標準化が進んだ時代だったとまとめられるだろう.

 ・ Algeo, John, and Thomas Pyles. The Origins and Development of the English Language. 5th ed. Thomson Wadsworth, 2005.

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2017-10-22 Sun

#3100. イングランド宗教改革による英語の地位の向上の負の側面 [reformation][book_of_common_prayer][bible][celtic][linguistic_imperialism][emode]

 「#2927. 宗教改革,印刷術,英語の地位の向上」 ([2017-05-02-1]),「#2937. 宗教改革,印刷術,英語の地位の向上 (2)」 ([2017-05-12-1]),「#3066. 宗教改革と識字率」 ([2017-09-18-1]) を始めとする reformation のいくつかの記事で,16世紀のイングランド宗教改革が英語の地位を向上させた件について考えてきた.要するに,宗教改革を進める人々にとって,伝統的な権威を背負ったラテン語は敵性言語であり,むしろ英語やドイツ語など各々の土着語 (vernaculars) こそが重視されるべきだという雰囲気が醸成された.16世紀中にいくつも出版された聖書の英訳しかり,1549年の Thomas Crammer による The Book of Common Prayer (英語祈祷書)の編纂しかり,宗教改革は土着語たる英語の地位を高めるのに貢献した(「#1427. 主要な英訳聖書に関する年表」 ([2013-03-24-1]),「#1472. ルネサンス期の聖書翻訳の言語的争点」 ([2013-05-08-1]),「#2597. Book of Common Prayer (1549)」 ([2016-06-06-1]) を参照).
 しかし,このような英語の地位の向上は,英語を母語とするイングランドの多くの人々にとってこそ朗報だったろうが,イングランドの周縁部でケルトの言語・文化を保っていた少数派にとっては必ずしも朗報ではなかっただろう.水井 (70) は,この辺りの事情に触れながら宗教改革と英語の地位の向上について説明している.

 言語の問題はイングランドの辺境地域にどのようにして宗教改革を根付かせるかという大きな問題とかかわっていた.エドワード治世の宗教改革は,英語聖書だけでなく英語祈禱書の導入をともなっていたため,アイルランド,ウェールズ,イングランド内でもコーンウォルなどの英語と異なる言語が使用されている地域ほどこれらの導入には困難があったと考えられる.
 しかし,イングランド全国の教区教会ではグレート・バイブルに対する教区民の関心は大変高く,大きな書物の周囲に人だかりができるほどであったという.カトリック教会の信仰にとって最も重要なラテン語は,聖職者や高度な教育を受けた人々に独占された言語であって民衆の信仰の内面化の妨げともみなされたが,プロテスタントの聖書主義はヨーロッパ各地に現地語での信仰生活を根付かせることに成功した.


 ここで注意したいのは,アイルランド,ウェールズ,コーンウォルなどの英語を母語としない地域においても,英語の聖書や祈祷書が導入されたことである.つまり,これらの地域の人々にとってみれば,宗教改革は必ずしも「現地語での信仰生活を根付かせることに成功し」なかったのである.彼らにとっては,宗教の言語がラテン語から英語へシフトしたにすぎず,非母語であるという点では何も変化しなかった.イングランドの宗教改革は,周縁のケルト系の人々にとって,ローマによるラテン語の押しつけから解き放ってくれた解放者かもしれないが,イングランドによる英語の押しつけをもたらした圧制者でもあった.
 水井 (85) 曰く,「ブリテン諸島における宗教改革は,英語という言語の使用を信仰の場で義務づけることにもつながったため,その後のケルト系諸言語の使用状況にも大きな影響を与えたのだといえる」.英語の帝国主義的な性格は,英語が世界語となった20--21世紀に特有のものではなく,早くも近代初期の16世紀からその萌芽が見られたといえるだろう.

 ・ 水井 万里子 『図説 テューダー朝の歴史』 河出書房,2011年.

Referrer (Inside): [2018-05-13-1] [2017-11-10-1]

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2016-10-25 Tue

#2738. Book of Common Prayer (1549) と King James Bible (1611) の画像 [bible][book_of_common_prayer][popular_passage][hel_education][bl][history][literature][link][emode][printing]

 表題の2つの書は,英語史上大きな影響力をもった,初期近代英語で書かれた文献である.いつぞやか大英図書館で購入した絵はがきを見つけたので,各々より1葉のイメージを与えておきたい(画像をクリックすると文字も読める拡大版).

Book of Common Prayer (Of Matrimonie)King James Bible (Title-page)
Book of Common Prayer (Of Matrimonie)King James Bible (Title-page)


 Book of Common Prayer および King James Bible については,各々以下の記事やリンク先を参照.

 ・ 「#2597. Book of Common Prayer (1549)」 ([2016-06-06-1])
 ・ 「#745. 結婚の誓いと wedlock」 ([2011-05-12-1])
 ・ 「#1803. Lord's Prayer」 ([2014-04-04-1])

 ・ BL より Sacred Texts: King James Bible
 ・ The King James Bible - The History of English (4/10)

Referrer (Inside): [2018-11-27-1]

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2016-06-06 Mon

#2597. Book of Common Prayer (1549) [bible][history][literature][book_of_common_prayer][idiom]

 「祈祷書」(英国教会の礼拝の公認式文)として知られる The Book of Common Prayer の初版は,1549年に編纂された.宗教改革者にしてカンタベリー大主教の Thomas Crammer (1489--1556) を中心とする当時の主教たちが編纂し出版したものであり,その目的は,書き言葉においても話し言葉においても正式とみなされる英語の祈祷文を定めることだった.正式名称は The Booke of the Common Prayer and administracion of the Sacramentes, and other Rites and Ceremonies after the Use of the Churche of England である.
 この祈祷書は,Queen Mary と Oliver Cromwell による弾圧の時代を除いて,現在まで連綿と用いられ続けている.現在一般に用いられているのは初版から約1世紀後,1661--62年に改訂されたものであるが,初版の大部分をよくとどめているという点で,完全に連続性がある.この祈祷書は5世紀近くもの繰り返し唱えられてきたために,人口に膾炙した文言も少なくない.特によくに知られているのは結婚式での文句だが,その他の常套句も多い.Crystal (36) より,以下にいくつか挙げてみよう.

[ 結婚式関係 ]

 ・ all my worldly goods
 ・ as long as ye both shall live
 ・ for better or worse
 ・ for richer for poorer
 ・ in sickness and in health
 ・ let no man put asunder
 ・ now speak, or else hereafter forever hold his peace
 ・ thereto I plight thee my troth
 ・ till death us do part
 ・ to have and to hold
 ・ to love and to cherish
 ・ wedded wife/husband
 ・ with this ring I thee wed

[ その他 ]

 ・ all perils and dangers of this night
 ・ ashes to ashes
 ・ battle, murder and sudden death
 ・ bounden duty
 ・ dust to dust
 ・ earth to earth
 ・ give peace in our time
 ・ good lord, deliver us
 ・ peace be to this house
 ・ read, mark, learn and inwardly digest
 ・ the sins of the fathers
 ・ the world, the flesh and the devil


 祈祷書に関連して,「#745. 結婚の誓いと wedlock」 ([2011-05-12-1]),「#1803. Lord's Prayer」 ([2014-04-04-1]) も参照されたい.また,聖書からの常套句としては「#1439. 聖書に由来する表現集」 ([2013-04-05-1]) を参照.

 ・ Crystal, David. Evolving English: One Language, Many Voices. London: The British Library, 2010.

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2014-04-04 Fri

#1803. Lord's Prayer [bible][popular_passage][hel_education][book_of_common_prayer]

 イエスが弟子たちに教えた祈りで,「主の祈り」「主祷文」とも言われる.ラテン語より paternoster とも.キリスト教において最も重要な祈りの文句である.聖書では Matt 6:9--13(簡約版が Luke 11:2--4)に現われる.the Lord's Prayer という英語表現はラテン語 ōrātiō Dominica のなぞりで,1548--49年に The Book of Common Prayer の中に the Lordes prayer として初めて現われる.
 「#1427. 主要な英訳聖書に関する年表」 ([2013-03-24-1]) で見たように英語訳聖書の歴史は長く,Lord's Prayer も古英語版から21世紀の最新版まで各種そろっている.英語の通時的変化を見るための素材としてうってつけなので,以下に (1) 1000年頃の West-Saxon Gospels より古英語版を,(2) 1388--95年の Wycliffite Bible の後期訳より中英語版を,(3) 1611年の The Authorised Version (The King James Version [KJV]) より初期近代英語版を,(4) 1989年の The New Revised Standard Version より現代英語版を,(5) 参考までに新共同訳の日本語版を,それぞれ掲げる.引用は,Matt 6:9--13 の Lord's Prayer を含む箇所である.これらの詳しい解説については,寺澤盾先生の『聖書でたどる英語の歴史』2--5章を参照されたい.

 (1) 1000年頃の古英語訳 West-Saxon Gospels より.

Fæder ūre þū þe eart on heofonum, Sī þīn nama gehālgod. Tō becume þīn rīce. Gewurþe ðīn willa on eorðan swā swā on heofonum. Ūrne gedæghwāmlīcan hlāf syle ūs tōdæg. And forgyf ūs ūre gyltas, swā swā wē forgyfað ūrum gyltendum. And ne gelǣd þu ūs on costnunge, ac ālȳs ūs of yfele. Sōþlīce.


 (2) 1388--95年の Wycliffite Bible (Later Version) より.

Oure fadir that art in heuenes, halewid be thi name; thi kyngdoom come to; be thi wille don in erthe as in heuene; ȝyue to vs this dai oure breed ouer othir substaunce; and forȝyue to vs oure dettis, as we forȝyuen to oure dettouris; and lede vs not in to temptacioun, but delyuere vs fro yuel. Amen.


 (3) 1611年の The Authorised Version (The King James Version)より.

Our father which art in heauen, hallowed be thy name. Thy kingdome come. Thy will be done, in earth, as it is in heauen. Giue vs this day our daily bread. And forgiue vs our debts, as we forgiue our debters. And lead vs not into temptation, but deliuer vs from euill: For thine is the kingdome, and the power, and the glory, for euer, Amen.


 (4) 1989年の The New Revised Standard Version より.

Our Father in heaven, hallowed be your name. Your kingdom come. Your will be done, on earth as it is in heaven. Give us this day our daily bread. And forgive us our debts, as we also have forgiven our debtors. And do not bring us to the time of trial, but rescue us from the evil one. [For the kingdom and the power and the glory are yours forever. Amen.]


 (5) 新共同訳より.

天におられるわたしたちの父よ,御名が崇められますように.御国が来ますように.御心が行われますように,天におけるように地の上にも.わたしたちに必要な糧を今日与えてください.わたしたちの負い目を赦してください,わたしたちも自分に負い目のある人を/赦しましたように.わたしたちを誘惑に遭わせず,悪い者から救ってください.[国と力と栄えとは永遠にあなたのものです.アーメン.]


 なお,古英語の Lord's Prayer について,YouTube で The Lords Prayer in Old English from the 11th century なる映像を見つけたので,参考までに.

 ・ 寺澤 盾 『聖書でたどる英語の歴史』 大修館書店,2013年.

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2011-06-15 Wed

#779. Cornish と Manx [cornish][manx][celtic][language_death][metathesis][map][book_of_common_prayer]

 [2011-06-10-1], [2011-06-14-1]の記事でケルト諸語の話題を取りあげた.今回は,ケルト諸語のなかで事実上の死語となっているコーンウォール語 (Cornish) とマン島語 (Manx) を紹介する.
 Cornish は,ミートパイの一種 Cornish pasty でも知られているイングランドの最南西部 Cornwall 地方で話されていた Brythonic (P-Celtic) 系の言語である.Cornish の古い文献は多くは現存していないが,14世紀後半のものとされる8000行を超える韻文が残っている.16世紀,宗教改革の時代に Cornish の衰退と英語の浸透が始まり,1777年に,記録されている最後の話者 Dolly Pentreath が亡くなったことで死語となった.[2011-06-10-1]のケルト語派の系統図で示されるとおり,現在フランスのブルターニュで話されているブルトン語 (Breton) と最も近い言語である.
 しかし,"revived Cornish", "pseudo-Cornish", "Cornic" とも称される復活した Cornish が現代でも聞かれる. これは,20世紀にコーンウォールの郷土愛を共有する人々が Cornish を人為的に復活させたもので,実際的な言語ではなく象徴的な言語というべきだろう.文法書や辞書が発行されており,兄弟言語である Breton や Welsh からの類推で語彙を増強するなどの試みがなされている.Price の評価は手厳しい(McArthur 265 より孫引き).

It is rather as if one were to attempt in our present state of knowledge to create a form of spoken English on the basis of the fifteenth-century York mystery plays and very little else.


 Ethnologue: Cornish によれば,2003年の推計で数百人の話者がいるとされるが,ここでの Cornish はもちろん "revived Cornish" を指している.
 次に,Manx はアイリッシュ海 (the Irish Sea) に浮かぶマン島 (the Isle of Man) で話されていた Goidelic (Q-Celtic) 系の言語である.最古の文献は,1610年頃の祈祷書 (The Book of Common Prayer) の翻訳である.Manx は4世紀にアイルランドからの移住者によって持ち込まれたと考えられ,10--13世紀にはヴァイキングの言語 Old Norse により特に語彙的に影響を受けた.18世紀まではマン島の主要な言語だったが,それ以降は英語の浸透が進んだ.最後の話者 Ned Mandrell が1974年に亡くなり,現在では第1言語としては死語となっている.Cornish の場合と同じように,Manx の人為的な保存・復活の営みはなされているが,象徴的な意味合いを超えるものではない.
 言語名は「マン島の言語」を意味する ON manskr が ME Manisk(e) として入ったもので,その語末子音群が音位転換 ( metathesis ) を起こして Manx となった.Ethnologue: Manx を参照.

Map of Cornwall and the Isle of Man

 ・ Fennell, Barbara A. A History of English: A Sociolinguistic Approach. Malden, MA: Blackwell, 2001.
 ・ Price, Glanville. The Languages of Britain. London: Arnold, 1984.
 ・ McArthur, Tom, ed. The Oxford Companion to the English Language. Oxford: OUP, 1992.

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2011-05-12 Thu

#745. 結婚の誓いと wedlock [etymology][folk_etymology][royal_wedding][suffix][thesaurus][youtube][book_of_common_prayer]

 先日の William & Catherine の royal wedding の「結婚の誓約」 (marriage vows) について,transcript が BBC: Royal wedding: Transcript of marriage service に掲載されている(本記事の末尾に再掲).誓約の場面は,こちらの Youtube 動画よりどうぞ.
 結婚式を含む宗教的儀式の言語は,古い表現を豊富に残していることが多い.英国国教会の marriage vows は,1549年に出版された The Book of Common Prayer の誓約が土台となっており,以降,軽微な改変はあったものの,ほぼそのままの形で現在にまで伝わっている.したがって,今回の誓いも現代英語より近代英語を体現しているというほうが適切であり,古風な表現に満ちている.聖書の言語と同様,歴史英語の入門にはうってつけの教材だろう.
 さて,英国国教会の長 the Archbishop of Canterbury が用いた古風な表現の1つに「結婚(している状態);婚姻」を表わす wedlock がある.holy wedlock と使われているように,宗教的に認められた婚姻関係を指すことが多い.語形をみる限り,lock 「錠前」と結びつけられるのではないかと考えるのが普通だろう.新郎新婦が "till death us do part" と誓い合っているように,夫婦の愛が錠前のように固く結びつけられるという含意ならばロマンチックだが,既婚者の多くが真っ先に想像する「結婚の錠前」とは,日常生活上のあれやこれやの制限のことだろう."Wedlock is a padlock." なる金言がある通りである.中世の登記には,独身者はラテン語で solutus 「放たれた,つながれていない」と表記されたが,これもよく理解できる.
 wedlock を上記のように「結婚という錠前」と解釈する語源は言い得て妙,と膝をたたく既婚者も少なくないと思われるが,これはよくできた民間語源 ( folk etymology ) である.語源学の正しい教えに従えば,既婚者は錠前から解放される.wedlock は古英語より使われていた本来語で,当時は wedlāc という形態だった.-lāc は動作名詞を作る接尾辞で,wed 「誓い」と合わせて,本来は「誓いの行為;誓約」ほどの意味だった.そこから「結婚の誓約」の語義が生じ,中英語期には「結婚(している状態)」を表わすようになったのである.接尾辞 -lāc は,古英語では他にも以下のような派生語に見られたが,現代にまで残ったのは wedlock のみである.

brȳdlāc "nuptials", beadolāc "warfare", feohtlāc "warfare", heaðolāc "warfare", hǣmedlāc "carnal intercourse", wiflāc "carnal intercourse", rēaflāc "robbery", wītelāc "punishment", wrōhtlāc "calumny"


 wedlockmarriage は類義語が多い.Visuwordsmarriagewedlock で類義語の関係図を見ると,結婚がすぐれて社会的な制度,社会的な拘束力のある「誓約の行為」であることを実感することができる.類義語の視覚化ツールとしては,[2010-08-11-1]の記事「toilet の豊富な婉曲表現を WordNet と Visuwords でみる」で紹介した Visual Thesaurus も参考までに.

Archbishop to Prince William: William Arthur Philip Louis, wilt thou have this woman to thy wedded wife, to live together according to God's law in the holy estate of matrimony?

Wilt thou love her, comfort her, honour and keep her, in sickness and in health; and, forsaking all other, keep thee only unto her, so long as ye both shall live?

He answers: I will.

Archbishop to Catherine: Catherine Elizabeth, wilt thou have this man to thy wedded husband, to live together according to God's law in the holy estate of matrimony? Wilt thou love him, comfort him, honour and keep him, in sickness and in health; and, forsaking all other, keep thee only unto him, so long as ye both shall live?

She answers: I will.

The Archbishop continues: Who giveth this woman to be married to this man?

The Archbishop receives Catherine from her father's hand. Taking Catherine's right hand, Prince William says after the Archbishop: I, William Arthur Philip Louis, take thee, Catherine Elizabeth to my wedded wife, to have and to hold from this day forward, for better, for worse: for richer, for poorer; in sickness and in health; to love and to cherish, till death us do part, according to God's holy law; and thereto I give thee my troth.

They loose hands. Catherine, taking Prince William by his right hand, says after the Archbishop: I, Catherine Elizabeth, take thee, William Arthur Philip Louis, to my wedded husband, to have and to hold from this day forward, for better, for worse: for richer, for poorer; in sickness and in health; to love and to cherish, till death us do part, according to God's holy law; and thereto I give thee my troth.

They loose hands. The Archbishop blesses the ring: Bless, O Lord, this ring, and grant that he who gives it and she who shall wear it may remain faithful to each other, and abide in thy peace and favour, and live together in love until their lives' end. Through Jesus Christ our Lord. Amen.

Prince William takes the ring and places it upon the fourth finger of Catherine's left hand. Prince William says after the Archbishop: With this ring I thee wed; with my body I thee honour; and all my worldly goods with thee I share: in the name of the Father, and of the Son, and of the Holy Ghost. Amen.

The congregation remains standing as the couple kneels. The Archbishop says: Let us pray.

O Eternal God, Creator and Preserver of all mankind, giver of all spiritual grace, the author of everlasting life: send thy blessing upon these thy servants, this man and this woman, whom we bless in thy name; that, living faithfully together, they may surely perform and keep the vow and covenant betwixt them made, whereof this ring given and received is a token and pledge; and may ever remain in perfect love and peace together, and live according to thy laws; through Jesus Christ our Lord. Amen.

The Archbishop joins their right hands together and says: Those whom God hath joined together let no man put asunder.

The Archbishop addresses the congregation: Forasmuch as William and Catherine have consented together in holy wedlock, and have witnessed the same before God and this company, and thereto have given and pledged their troth either to other, and have declared the same by giving and receiving of a ring, and by joining of hands; I pronounce that they be man and wife together, in the name of the Father, and of the Son, and of the Holy Ghost. Amen.

The Archbishop blesses the couple: God the Father, God the Son, God the Holy Ghost, bless, preserve, and keep you; the Lord mercifully with his favour look upon you; and so fill you with all spiritual benediction and grace, that ye may so live together in this life, that in the world to come ye may have life everlasting. Amen.


 ・ ジョーゼフ T. シップリー 著,梅田 修・眞方 忠道・穴吹 章子 訳 『シップリー英語語源辞典』 大修館,2009年.

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