声質 (voice quality) は,音声学・言語学の観点からは,意味作用への関与が少ないために周辺的な現象とされており,科学的な研究もほとんどなされていない.「○○語は鼻に抜けるような発音をする」とか「誰々はハスキーボイスだ」というような話題はときに聞かれるが,だからといって言語学とどう関係するのかは自明ではない.発音の癖として片付けられて終わることが多いのではないか.
Cruttenden (302) によれば,声質とは次のようなものを指す.
The term 'voice quality' refers to positions of the vocal organs which characterise speakers' voices on a long-term basis. Long-term tendencies in positioning the tongue and the soft palate are referred to as ARTICULATORY SETTINGS; those referring to positions of the vocal cords are called PHONATION TYPES.
ここで挙げられている2種類の声質は,日本語でいえば「舌構え」と「声帯の使い方」ほどとなろうか.「舌構え」についていえば,例えば(イギリス)英語の平均的な声質を基準とすると,スペイン語話者の舌構えは前寄りで,ロシア語話者の舌構えは後寄りだという.また,アメリカ英語話者には鼻音化の傾向があり,イギリス英語のなかでもリヴァプール発音は非鼻音化の傾向があるという.フランス語やドイツ語は,イギリス英語に比べて調音が緊張気味ともいわれる.
「声帯の使い方」に関しては,キーキー声,息漏れ声,腹声,ささやき越え,裏声などのヴァリエーションがある.これらは話者個人の発声の癖にとどまらない.例えば,キーキー声はデンマーク語やオランダ語の話者から多く聞かれ,腹声はスコットランド英語やコックニーの話者から多く聞かれるという.言語ごとの癖というものがあるようだ.
しかし,上記はいずれも印象や逸話レベルの話のようにも思われる.声質の音声学や言語学は未開拓の分野といってよいだろう.
・ Cruttenden, Alan. Gimson's Pronunciation of English. 8th ed. Abingdon: Routledge, 2014.
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