COCA ( Corpus of Contemporary American English ) を運営する Mark Davies 氏が,年末に,COCAベースで語に関する諸情報を一覧できるサービス WORD AND PHRASE . INFO を公開した.語(lemma 頻度で上位60,000語以内に限る)を入力すると,ジャンルごとの生起頻度やそのコンコーダンス・ラインはもとより,WordNet に基づいた定義や類義語群までが画面上に現われる.ほとんどの項目がクリック可能で,さらなる機能へとアクセスできる.インターフェースが直感的で使いやすい.
類義語研究や collocation 研究には相当に役立つ仕様になったのではないか.例えば,semantic_prosody を扱った[2011-03-12-1]の記事「#684. semantic prosody と文法カテゴリー」で,強意語 utterly, absolutely, perfectly, totally, completely, entirely, thoroughly についての研究を紹介したが,WORD AND PHRASE . INFO で utterly を入力すれば,これらの類義語群が左下ウィンドウに一覧される.あとは,各語をクリックしてゆくだけで,頻度や collocation の詳細が得られる.このような当たりをつけるのに効果を発揮しそうだ.
英語には数多くの類義語辞典 (thesaurus) があり,[2010-08-11-1]の記事「toilet の豊富な婉曲表現を WordNet と Visuwords でみる」で示したようにオンライン版辞書や類義語の視覚化ツールも少なからず存在する.歴史的類義語辞典としても,近年 HTOED (Historical Thesaurus of the Oxford English Dictionary) や TOE (A Thesaurus of Old English) が公開されており,活況を呈している.
共時的にも通時的にも英語語彙の研究環境は著しく整ってきているが,外国語としての英語の学習環境という観点からは類義語辞典の役割はこれまであまり目立ってこなかった.学習の観点からの類義語の解説については,OALD や LDOCE などの老舗学習者用英英辞書も力を入れてきており,発信用の英語学習にも役立つおもしろい解説が増えてきたが,類義語の列挙と解説に特化した学習者用類義語辞典というものはあまり出版されていなかった.唯一,American Heritage Thesaurus for Learners of English (2002) があったくらいだが,2008年になって標題の Oxford Learner's Thesaurus (OLT) が出版された.この辞書は私の手元にもあったが,これまで特に強い関心はなく,意識的に開いたことはほとんどなかった.だが,最近 Komuro and Ichikawa による OLT の辞書分析を読んで,学習者用類義語辞典に興味がわいてきた.辞書は特徴を知っておくことが重要なので,以下に OLT について知っておいてよい点を,Komuro and Ichikawa を参照しながらいくつか挙げておきたい.
・ OLT は,Oxford Thesaurus of English (2000, 2004) からの派生物ではなく,むしろ OALD7 (2005) との関係が強い (12) .実際に,OALD7 の類義語解説が多く OLT に反映されている.(つまり,最初から学習者向けにチューニングされており,平易でかゆいところに手が届く記述が期待され,実際にそのようになっている.)
・ OLT に限らないが,学習者用類義語辞典の主たる機能は,"(1) make users aware of different connotations or shades of meaning synonyms have and to (2) enable users to choose and use the most appropriate word, which may not be part of their (active) vocabulary, in order to express their idea" (14) .
・ 見出し語数は学習者向けに選ばれた1973個で,単語だけでなく複合語や句が見出し語となっている場合もある (16) .
・ 1つの見出し語に与えられている類義語の数は,最頻値をとると5--6個 (26) .多すぎず,少なすぎず,学習者にとって適切.
・ 挙げられている例文はおおむね適切で,CD-ROM版では各類義語に対して平均3.7個ほどの例文が挙げられている (29) .
・ 類義語間の区別にとりわけ重要な register のレーベルや解説が質量ともに充実している (35--45) .特に解説は読み物としておもしろく書かれている (45, 49) .
・ 意味の強度によって区別される類義語群について,視覚的な "synonym scales" なる提示法が導入されており,学習上,非常に効果的である (49--52) .
全体として Komuro and Ichikawa は "a groundbreaking learner's thesaurus (55) と高い評価を与えており,特に最後の "synonym scales" の評価については,私も実際に見てみたが同感.例えば,afraid の類義語の synonym scale は以下の通り.このように一覧されると,頭が整理される.
レビュー論文を読んでこれから積極的に OLT を利用してみたいと思った.また,英語学習に役に立ちそうであることは言うに及ばず,語彙論や意味論の研究に際しても,本格的な類義語辞典やその他の辞書を用いる前の見当づけやテーマ探しにも使えそうだという印象をもった.例えば,synonym scale を与えられている以下の126語の見出し語から適当な類義語群を選び出し,コーパスを用いて semantic_prosody の研究をするというのもおもしろそうだ.
admiration [n], afraid [a], anger [n], anger [v], angry [a], annoy [v], approval [n], bad [a], beautiful [a], cheap [a], childhood [n], close [a], cold [a], concern [n], convincing [a], crazy [a], crisis [n], defeat [v], delicious [a], delight [v], determine [v], dictate to sb [pv], disappoint [v], disapprove [v], disgusting [a], distress [n], embarrass [v], emotion [n], exciting [a], expose [v], fast [a], fat [a], fear [n], flush [v], frequent [a], friendship [n], frighten [v], frightening [a], frown [v], funny [a], gap [n], glad [a], happy [a], hate [v], hatred [n], high [av], hill [n], hot [a], hungry [a], hurt [v], hysterical [a], immediate [a], impress [v], inspire [v], interest [v], interested [a], interesting [a], ironic [a], like [v], likely [a], lonely [a], lose your temper [idiom], love [n], love [v], mad [a], magnificent [a], mean [a], mentally ill [a], minute [n], modern [a], negative [a], nice [a], odour [n], pain [n], painful [a], plain [a], please [v], pleasure [n], poor [a], possibility [n], praise [v], press [v], pressure [n], probably [adv], quite [adv], radical [a], rain [v], rape [v], recession [n], recommend [v], remarkable [a], respect [v], revenge [n], ridiculous [a], rough [a], rude [a], ruin [v], run [v], ruthless [a], sad [a], serious [a], shock [n], shock [v], show [v], small [a], smile [v], soak [v], sorry [a], star [n], strict [a], suppress [v], sure [a], surprise [v], take advantage of sb/sth [v], taste [n], tear [v], temper [n], tight [a], tired [a], ugly [a], unhappy [a], upset [a], violent [a], well [a], wet [a], worry [v]
・ American Heritage Thesaurus for Learners of English. Boston & New York: Houghton Mifflin Harcourt Publishing Company, 2002.
・ Oxford Learner's Thesaurus: A Dictionary of Synonyms. Oxford: OUP, 2008.
・ Komuro, Yuri and Yasuo Ichikawa. "An Analysis of the Oxford Learner's Thesaurus: A Dictionary of Synonyms." Lexicon 41 (2011): 11--59.
・ Oxford Advanced Learner's Dictionary. 7th ed. Oxford: OUP, 2005.
semantic prosody は,コーパス言語学の進展により20余年前にその現象が気付かれたばかりの比較的新しい研究である.現代英語について共時的な観点からしても研究が進んでいないのだから,通時的な側面の研究はいまだ皆無といってよさそうだ.[2011-03-12-1], [2011-03-03-1]の記事で軽く言及したように,通時的なディメンションはあるはずで,意味変化の研究と関連して,今後おもしろい分野になってくるかもしれないと考えている.
これまで数点の関連論文に目を通したが,通時的な言及はほとんどない.唯一,[2011-03-03-1]で関連文献として挙げた Louw が,semantic prosody と irony の関係を論じながら,通時的な関連に言及している.
Prosodies, therefore, are reflections of either pejorative or ameliorative changes that have run their course sufficiently to allow irony to be instantiable against them through the deliberate creation of an exception to the trend. (169)
ある表現が irony と認められるためには,元の表現が一定の semantic prosody をもっており,聞き手もそれを知っていることが前提となる.皮肉を発する話し手は,その表現とは通常共起しない表現を意図的に組み合わせることによって,聞き手の予想を裏切ることを目指す.皮肉を通じさせるためには,是非とも聞き手が問題の semantic prosody を(無意識であれ)知っている必要がある.その知識は,他の一般的な言語能力 (linguistic competence) と同様に,個人が明示的にアクセスすることができない種類の知識だが,個人が言語習得の過程で獲得するものには違いない.では,獲得に際してのインプットは何かというと,コーパスから引き出されると初めて可視化される類の共起表現とその頻度だろう.その共起表現と頻度は,その言語共同体で歴史的に育まれてきたものの現在の現われである.semantic prosody の通時的なディメンションは確かに存在する.
ある semantic prosody が歴史のどの段階で生じたかを知ることは,なかなかに難しい.semantic prosody には負の含蓄の例が多いことから,問いの多くは「ある語句が軽蔑的な (derogatory) 含蓄を帯び始めたのはいつか」というようなものになるだろう.文脈を丹念に調べて,1例ずつ derogatory か否かを判定してゆくという地道で困難な作業が必要となるだろうが,それ以前にどの表現が semantic prosody の候補になりうるかという問題を解決しなければならない.なぜならば,semantic prosody はその性質からして話者の内省や直感ではアクセスできないものだからである ([2011-03-20-1]) .この点に関して,Louw の警鐘は痛烈だ.
A common problem is what might be called 'twenty-twenty hindsight': the tendency to claim that one 'felt' the presence of a form which was inaccessible to one's intuition until it was revealed through research. The only cure for twenty-twenty hindsight lies in constant exposure, of the most humbling kind, to real examples. (173)
内省でアクセスできない問題を研究テーマとするというのは,方法論上の矛盾である.通時的側面を論じる以前に,現代英語の共時的側面ですら semantic prosody はいまだよく理解されていないのである.
semantic prosody とは何かという定義の問題については,[2011-03-02-1]で1つの定義を紹介したが,捉えにくい概念なので客観的な記述は難しい.むしろ直感に訴えかける説明だと妙によく理解できるのである.例えば,Louw の次の定義などは,もっともよく直感にフィットするのである.
[a] consistent aura of meaning with which a form is imbued by its collocates (157)
・ Louw, Bill. "Irony in the Text or Insincerity in the Writer? The Diagnostic Potential of Semantic Prosodies." Text and Technology: In Honour of John Sinclair. Ed. M. Baker, G. Francis, and E. Tognini-Bonelli. Amsterdam: John Benjamins, 1993. 157--76.
最近,何件かの記事で semantic prosody を取り上げてきた ([2011-03-02-1], [2011-03-03-1], [2011-03-04-1], [2011-03-11-1], [2011-03-12-1]) .先に挙げたもののほかにどのような semantic prosody の事例が指摘されているのかと思い,Hunston に当たってみた.Hunston (60--62) では,句動詞 sit through が「(長々と不愉快でつまらないこと)を聞く」という否定的な評価を伴って使われることをコーパスからの例で明らかにした.LDOCE5 では定義が "to attend a meeting, performance etc, and stay until the end, even if it is very long and boring" として与えられており,次のような例文が挙げられている.
I wasn't the least bit interested in all the speeches I had to sit through.
Hunston で言及されている他の事例としては,in vain 「(努力と意図を伴った行動が)無駄に(終わる)」,in the sticks 「(都会から)離れて(田舎に)」,off the beaten track 「常道を外れて,慣習を破って(新境地を開いて)」がある.それぞれかっこ内に示した "hidden meaning" が含意されることが多いという.
Hunston (142) は semantic prosody の特徴を5点にまとめているので,以下に要約して示す.
(1) semantic prosody は,個々の語に属するものではなく句全体に属するものである.
(2) semantic prosody は,典型的な用法に従うものであるから(コーパスなどを利用して)多くの例を見なければ把握できない.
(3) semantic prosody は,評価に関する connotation である.通常 negative,まれに positive な評価を帯びる.
(4) semantic prosody を示す語句を典型的でない方法で用いることによって,皮肉などを含意することができる.
(5) semantic prosody は,しばしば話者の意識に上らない.しかし,指摘されれば直感に適合することが多い.
もう2つ特徴を付け足すとすれば,
(6) semantic prosody を示す語句が,典型的な hidden meaning と矛盾する文脈に現われた場合には,文脈の力が勝つこともある.Hunston は,sit through が明らかに肯定的な評価をもって使われている例文を挙げ,"In this case, it has to be said that the suggested 'hidden meaning' of SIT through can be overridden by the rest of the context. The connotation applies only in cases where the context does not contradict it." (61--62) と述べている.
(7) semantic prosody は,[2011-03-12-1]の記事で触れたように,意味論だけでなく文法カテゴリーなど言語の他部門とも深く関わる現象である.
最後の点に関連して,semantic prosody は語用論とも結び付きそうだ.語句ではなく節の単位での semantic prosody が指摘されており,例えば . . . may not be . . ., but . . . . という譲歩表現では前半部分に話者の理想が含意されているという (Hunston 142--43) .次の文では,話者は科学者であることが理想だと含意していることになる.
Carey may not be a scientist but he is a doyen of the literary world . . .
語用論の presupposition とつながってくる観点である.
・ Hunston, S. Corpora in Applied Linguistics. Cambridge: Cambridge UP, 2002.
昨日起こった東北地方太平洋沖地震につきまして,被災者の方々に心よりお見舞い申し上げます.
[2011-03-03-1]の記事で,semantic prosody と文法カテゴリーとの間に関連があるという可能性に言及した.これは,happen の類義語,utterly を含む強意語の semantic prosody をコーパスによって調査した Partington の論文で指摘されていることである.
Partington は happen, set in, occur, come about, take place を調査し,この語群には程度の差はあれ,確かに unfavourable な semantic prosody が付随しているという証拠を挙げた(最も unfavourable なのは set in だという)(144) .同様に,utterly, absolutely, perfectly, totally, completely, entirely, thoroughly を調査し,それぞれの semantic prosody あるいは semantic preference を抽出した (148) .そして,いくつかの語句に付随している音色には,favourable vs. unfavourable という単純な価値基準の対立ではなく,一般には文法カテゴリーとして言及されるような特徴の対立が関与しているということがわかった.
具体的に言えば,happen は non-factuality を示す傾向が強い.法,疑問,条件といった文法カテゴリーとの関与が認められ,it is unclear why や to see what などの表現とともに用いられることが多い (140--41) .一方で,take place はむしろ factuality を示す傾向が強く,生じると予定されていることが実際に生じるという含意で用いられることが多い (143) .
強意語では,utterly は unfavourable semantic prosody を示すだけでなく,特徴の不在や状態変化を表わす語を修飾する傾向がある ( ex. utterly helpless / unable /forgotten / changed / different / destroyed ) .同じ傾向は,totally, completely, entirely にも見られる.entirely には (in)dependency というカテゴリーも関与しており,entirely dependent / self-sufficient / isolated などと用いられることが多い.absolutely は superlative を含意する語を修飾する ( ex. absolutely delighted / splendid / appalling ) .
factuality, absence, change, dependence, superlative というキーワードは,通常,文法カテゴリーに関連して言及されるラベルだが,語の意味,特に semantic prosody や semantic preference として言及される意味と深く関わっていることがわかる.
考えてみれば,語彙と文法の結びつきという視点は,新しくもなければ珍しくもない.例えば,ある動詞は受け身でしか用いられないとか,否定で用いられることが多いなどという事実は当たり前のように指摘されてきたし,学習者用辞書に広く反映されている.ある種の意味領域を表わす語が,後続する that 節内の動詞に subjunctive を要求するという文法項目も長い間論じられてきた ([2010-04-07-1]) .語彙と文法の関係は英語学ではよく知られていた事実だが,コーパス言語学という新しい角度からも同じ事実にたどり着いたということだろう.ただし,コーパス言語学の貢献は,factuality や absence などのカテゴリーを 0 か 1 かの binary な問題としてではなく,probabilistic な問題として取り扱うことができる点にあるように思われる.
英語史あるいは通時言語学の観点からは,ある語が文法カテゴリーと結びつきが認められる場合に,いつ,どのようにその結びつきが生じたのかに興味がある.例えば happen は英語史のいつ頃から unfavourable で non-factual な含蓄を得たのか.もしある時期にそのような含蓄を帯び始めたのであれば,その意味の場 ( semantic field ) を構成する他の類義語との関係も合わせて考える必要がある.そして,類義語との関係ということになれば,occur など借用語の圧力も考慮に入れなければならない.借用語による意味の場の再編成 → semantic prosody の滲出 → 文法カテゴリーへの結びつき,という流れがあるとすれば,おもしろい.speculation にすぎないが,例えば[2009-08-17-1]の記事で触れた語種と仮定法現在との関係にこの流れが見られないだろうか.
・ Partington, A. "'Utterly content in each other's company': Semantic Prosody and Semantic Preference." International Journal of Corpus Linguistics 9.1 (2004): 131--56.
孟子の性善説と荀子の性悪説は性論の根本的な問題を提供しているが,言語学の立場からすると,おそるおそるながら性悪説に軍配が上がるのではないかと考えている.
これには,最近,主に名詞から形容詞をつくる接尾辞 -ish の通時的研究をしたことが関係している.その研究の詳細は割愛するが,[2009-09-07-1]の記事で取り上げた -ish の機能的拡大を,OED により通時的に跡づけようとした研究である.本来 -ish は,国名・地名を表わす名詞からその形容詞を作り出す派生接尾辞として,意味的には中立だった ( ex. Angle > English; Kent > Kentish ) .しかし,-ish の接続する対象が人間や動物やを表わす名詞へ拡大するに及んで,徐々に軽蔑的な意味を帯びるようになった ( ex. child > childish; dog > doggish ) .結論として,-ish は基体が表わす存在のもつ悪い特徴を引き出して,軽蔑的な connotation をもつ形容詞を派生させる機能を発展させてきたと締めくくった.その研究では semantic prosody や semantic preference という用語こそ使わなかったが,関連する話題であることは明らかである.最近の semantic prosody の議論では語以上の単位が前提となっているようだが,-ish という語より小さい形態素にも応用できるものと思われる.
-ish の機能的拡大は,基体の表わす存在の悪い特徴を引き出すという点に多くを負っており,性悪説に基づいていると言いたいわけだが,-ish の1例のみを証拠に挙げて英語(あるいは言語一般)は性悪説に基づいていると主張するのは,もちろん性急である.しかし,少なくとも英語の意味論を見渡すと,-ish 以外にも英語の negative 志向を示唆する諸例が見つけられる.
例えば,[2010-08-13-1]の記事で見たように,意味変化の分類に意味の良化 ( amelioration ) と悪化 ( pejoration ) が区別されるが,英語史からの事例としては悪化の例のほうが多い ([2010-09-14-1]) .
また,semantic prosody を論じた[2011-03-04-1], [2011-03-02-1]の記事で述べたように,utterly, happen, set in など,unfavourable な音色を帯びる例のほうが逆の例よりも多い.Partington は "It may be the case, one suspects, that humans have a greater tendency or need to communicate to each other the 'bad things' which happen in life and this could be reflected in texts" (133) と述べているし,Louw も同じ趣旨で "there seem, prima facie, to be more 'bad' prosodies than 'good' ones" (qtd in Partington, p. 133 as from Louw, p. 171) と言っている.
一般化は慎むべきとは思いつつ,-ish に関する拙著論文 (forthcoming) では言語性悪説を以下のように述べた.
Since in the nature of human beings it is arguably easier to criticise, rather than praise, others particularly in everyday, colloquial, or vulgar context, it is small wonder why -ish should tend to extract a negative rather than a positive aspect out of people's close neighbours.
今後も言語にみられる negative 志向の例を収集してゆきたい.それだけだと暗いので,positive 志向の性善説の例(見込み少数)も忘れずに・・・ (see [2010-09-11-1]) .
・ Partington, A. "'Utterly content in each other's company': Semantic Prosody and Semantic Preference." International Journal of Corpus Linguistics 9.1 (2004): 131--56.
・ Louw, B. "Irony in the Text or Insincerity in the Writer? The Diagnostic Potential of Semantic Prosodies." Text and Technology: In Honour of John Sinclair. Eds. M. Baker, G. Francis and E. Tognini-Bonelli. Amsterdam: John Benjamins, 1993. 157--76.
[2011-03-02-1], [2011-03-03-1]の記事で semantic prosody を取りあげた.ある共起表現が(主に否定的な)評価を帯びる現象である.semantic prosody は単なる語句のレベルにとどまらず,統語的なレベルにも見られる.例えば,Stubbs (163--68) では be-passive に対する get-passive の意味特性に関するコーパス利用研究が紹介されており,get を用いた受動態は主語が不利益を被るという文脈(さらに場合によっては主語がその不利益に自ら責任があるという文脈)で頻繁に見られるという結果が報告されている.
get-passive が否定的な semantic prosody を帯びやすいということは,従来から文法書等で指摘されてきたことだが,コーパス研究の長所は具体的な数字を提供してくれる点にある.Stubbs の調査では,be-passive の約25%が "unpleasant" な結果を含意し,"pleasant" を含意するものも多いという.一方,get-passive では60%以上が "unpleasant" な結果を含意し,"pleasant" を含意するものはほんのわずかである.別のコーパスを用いた別の研究者による調査では,get-passage の "unpleasant" 含意率が話し言葉コーパスで約9割に達したという報告もあり,get-passive が否定的な semantic prosody をもっていることは明らかである.このような客観的な数値による裏付けが,corpus semantics の重要な特長であり役割である.
しかし,コーパス研究によって得られた get-passive に関するこの知見は,get-passive を含む具体的な文の解釈にどのくらい役立つのだろうか.コーパスから得られたという次の文を考えよう.
I got praised for having a clean plate.
一見したところ特に "unpleasant" を含意する語句は含まれていない.しかし,get-passive が用いられているということは,ここでは "unpleasant" を含意する解釈,おそらくは皮肉的な読みが要求されているということなのだろうか.コーパスによる知見から言えることは,「否定的な semantic prosody を伴っている get-passive が用いられている以上,高い確率で "unpleasant" の読みがふさわしいだろうが,"pleasant or neutral" な例も皆無ではなかったのだからここでは例外的に "pleasant or neutral" な読みかもしれない」ほどだろうか.しかし,これでは常識的に知っていることと差がない.コーパスの知見がほとんど活かされていない.コーパス研究のジレンマは,大量の用例から傾向を探り出すことは得意だが,個々の用例の解釈を保証してはくれないということである.英文解釈のためにコーパスで注目表現の有無や頻度を調べるということは日常的に行なっているが,そこでいつも思うのが,その表現があったから,高頻度だったからといって,それが必ずしも正しい英文解釈へ導いてくれるとは限らないということである.「参考までに」で止まってしまうことが多く,じれったい.「参考までに」では参考にならないことが多いのだ.
この問題を semantic prosody の観点からとらえなおすと,ある共起表現において semantic prosody の含意する否定性がどの程度の強度,安定感,感染力をもっていれば,一見したところ中立的,肯定的な文脈が皮肉などの否定的な音色を帯びると考えられるのだろうか.それは probability の値として算出できるものなのだろうか.
個々の文脈で判断すべしと言ってしまえばそれまでだが,コーパス研究の成果が英文解釈という現実的な問題に貢献し得ないとなると,その価値は大幅に制限されてしまうのではないか.Stubbs の論文は,コーパス研究と解釈の関係について上記の問題を提起しているが,解決策については無言である.
・ Stubbs, M. "Texts, Corpora, and Problems of Interpretation: A Response to Widdowson." Applied Linguistics 22.2 (2001): 149--72.
昨日の記事[2011-03-02-1]で取りあげた semantic prosody に関連する話題.語と語の共起関係には4つの種類が区別される.以下,McEnery et al. (84--85, 149--52) を参照して,抽象度の低いものから高いものへと並べ,それぞれの概要を記す.
(1) collocation: 語彙項目と語彙項目との関係
(2) colligation: 語彙項目と文法カテゴリーとの関係.
(3) semantic preference: 語彙項目と,意味的に関連する語群との関係
(4) semantic prosody: 感情的意味を生み出す語彙項目の共起関係
(1) collocation は単純に語と語が共起するという関係を指し,基本的には統計的な概念と考えられている.しかし,どの程度の頻度をもって共起すれば "collocate" していると見なすことができるのかに関して,論者のあいだで統計的な基準は異なる( see [2010-03-23-1], [2010-03-04-1] ) .通常は,常識的に「高頻度」であれば collocation と呼んでいるようだ.
(2) 名詞 house と最も高頻度で共起する語に the や a などの冠詞があるが,これは collocation を研究する上であまり有意味でない.名詞であれば冠詞と共起するのは自明であり,house に限定された話しではないからだ.collocation を有意味な術語として保つためには,house と冠詞のような,語と文法カテゴリーの関係を表わす術語が必要となる.これが colligation である.
(3) semantic preference は,ある意味的特性を共有する,高頻度で共起する語の集合に関わる関係である.例えば,large は数量・規模を表わす語群 ( ex. number(s), scale, part, quantities, amount(s) ) と共起し,utterly は特徴の欠如や状態の変化を表わす語群 ( ex. helpless, useless, unable, forgotten; changed, different ) と共起する.large や utterly は共起する語句の意味範囲を選んでいる.
(4) semantic prosody の定義は昨日の記事[2011-03-02-1]で記した通りで,態度や評価といった感情的な意味を生み出す共起関係を指す.母語話者の意識に上らない,隠された含意であることが多い.semantic preference の特殊な現われと見ることもでき,その境目は必ずしも明確ではない.
いずれの種類の共起であれ,共起に関する詳細な研究は電子コーパスで一度に多数の例文を集められるようになったことにより発展してきた.semantic prosody の研究は,意味論の発展に貢献することはいうまでもないが,類義語間の区別を明らかにするのに役立つことが見込まれるので語学教育や辞書学の分野にも貢献することになるだろう.また,この種の研究は語彙論や意味論と強く結びつけられる研究ではあるが,先に utterly との関連で示した「特徴の欠如や状態の変化」という意味特性の関与を考えると,polarity や modality といった文法カテゴリーとの関連も示唆され,統語論との接点も見いだせそうだ.そして,繰り返し共起することにより特定の意味が定着してゆくという過程に焦点を当てれば,当然,通時的な研究対象にもなり得る.
semantic prosody は,このように広範な応用が期待できそうな話題である.McEnery et al. (84) に最近の研究の書誌があるので,参考までに以下に整理しておく.
・ Hunston, S. Corpora in Applied Linguistics. Cambridge: Cambridge UP, 2002.
・ Louw, B. "Irony in the Text or Insincerity in the Writer? The Diagnostic Potential of Semantic Prosodies." Text and Technology: In Honour of John Sinclair. Eds. M. Baker, G. Francis and E. Tognini-Bonelli. Amsterdam: John Benjamins, 1993. 157--76.
・ Louw, B. 2000. "Contextual Prosodic Theory: Bringing Semantic Prosodies to Life." Words in Context: A Tribute to John Sinclair on his Retirement. Eds. C. Heffer, H. Sauntson and G. Fox. Birmingham: U of Birmingham, 2000.
・ Partington, A. Patterns and Meanings. Amsterdam: John Benjamins, 1998.
・ Partington, A. "'Utterly content in each other's company': Semantic Prosody and Semantic Preference." International Journal of Corpus Linguistics 9.1 (2004): 131--56.
・ Schmitt, N. and R. Carter "Formulaic Sequences in Action: An Introduction." Formulaic Sequences. Ed. N. Schmitt. Amsterdam: John Benjamins, 2004. 1--22.
・ Stubbs, M. "Collocations and Semantic Profiles: On the Cause of the Trouble with Quantitative Methods." Function of Language 2.1 (1995): 1--33.
・ Stubbs, M. "Texts, Corpora, and Problems of Interpretation: A Response to Widdowson." Applied Linguistics 22.2 (2001): 149--72.
・ McEnery, Tony, Richard Xiao, and Yukio Tono. Corpus-Based Language Studies: An Advanced Resource Book. London: Routledge, 2006.
semantic prosody は,近年のコーパス言語学の興隆によって生み出された概念であり,研究課題としても注目されるようになってきた.同じくコーパス言語学によって注目を集めるようになった collocation とも深く関連している.Louw (57) によれば,semantic prosody の定義は "a form of meaning which is established through the proximity of a consistent series of collocates" である.もう少し分かりやすい定義として Crystal からも引用しよう.
A term sometimes used in corpus-based lexicology to describe a word which typically co-occurs with other words that belong to a particular semantic set. For example, utterly co-occurs regularly with words of negative evaluation (e.g. utterly appalling). (428)
例として utterly appalling が挙げられているように,utterly という強意の副詞は常に,否定的な性質を表わす語を強調する.他に,happen や set in という(句)動詞も不快な出来事を表わす名詞と共起することが多い.semantic prosody とは,共起によって強く顕現するこのような「意味上の音色」のことを指し,その主たる機能は話者の態度や評価を表わすことである.多くは否定的な評価に関するものであり,肯定的な評価の例は少ない(後者の例としては,否定的な強意副詞 utterly に対して肯定的な強意副詞 perfectly が挙げられよう).semantic prosody が collocation と強く結びつていることは,McEnery et al. (83) の挙げている personal price の例から明らかである.personal も price も単独ではその評価は中立的だが,共起すると通常否定的な意味上の音色を伴う.
特定の共起によって特定の semantic prosody が生じ,それが十分に定着してくると,その共起を故意に逸脱させることによって皮肉,偽善,ユーモアなどの特殊な効果を表わすことができるようにもなる.例えば,Cobuild written corpus に次のような例文がある.
Their relationship in fact was so complete that they were utterly content in each other's company.
semantic prosody に関して避けることのできない議論は,語と語の共起によってなぜ特定の音色(主に否定的な音色)が顕現するのか,あるいは歴史的に獲得されてきたのか,という問題である.utterly はなぜ否定的な音色を帯びるのか.この問いに対して,否定的な語と共起することが多かったから utterly 自体も否定の音色を帯びるようになったという答えがあるかもしれない.しかし,そもそも否定的な語と共起することが多かったのはなぜなのか.それは utterly 自体が本来的に否定的な音色を帯びていたからではないか.まさに鶏が先か卵が先かの問題に陥ってしまう.このような場合の常として,(1) 本来的に否定的な性質と (2) 特定の否定的な語との頻繁な共起,という2つの要因が相互に作用した結果だろうという説明がもっとも穏健かもしれない.しかし,比較的最近,接尾辞 -ish の否定的な含意の獲得について歴史的な研究を行なった私にとっては,この問題は悩ましい問題である.McEnery et al. (84) もこの問題に触れている.
It might be argued that the negative (or less frequently positive) prosody that belongs to an item is the result of the interplay between the item and its typical collocates. On the one hand, the item does not appear to have an affective meaning until it is in the context of its typical collocates. On the other hand, if a word has typical collocates with an affective meaning, it may take on that affective meaning even when used with atypical collocates. As the Chinese saying goes, 'he who stays near vermilion gets stained red, and he who stays near ink gets stained black' --- one takes on the colour of one's company --- the consequence of a word frequently keeping 'bad company' is that the use of the word alone may become enough to indicate something unfavourable . . . .
・ Crystal, David, ed. A Dictionary of Linguistics and Phonetics. 6th ed. Malden, MA: Blackwell, 2008. 295--96.
・ Louw, B. 2000. "Contextual Prosodic Theory: Bringing Semantic Prosodies to Life." Words in Context: A Tribute to John Sinclair on his Retirement. Eds. C. Heffer, H. Sauntson and G. Fox. Birmingham: U of Birmingham, 2000.
・ McEnery, Tony, Richard Xiao, and Yukio Tono. Corpus-Based Language Studies: An Advanced Resource Book. London: Routledge, 2006.
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