01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30
2024 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2023 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2022 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2021 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
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2015 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
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2010 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2009 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
[2010-11-23-1]の記事で概説したように,現代的な punctuation の使用の歴史は古くない.「'」で表わされる記号 apostrophe の歴史も比較的新しい.この記号は16世紀にフランス語から借用され,17世紀に広まった.以来,apostrophe には3つの用法が発展してきた.
(1) 文字・数字の省略: cannot → can't, government → gov't, I am → I'm, never → ne'er, 1999 → '99
(2) 所有格: boy's, boys', Jusus'
(3) 文字や数字の複数形: two l's, three 7's, four MP's
元来は (2) と (3) の用法も,(1) の文字の省略の用法に起源をもつとされる.所有格語尾や複数形語尾の -s は中英語の -es (さらには古英語 -es や -as)に由来し,<e> で表わされる母音を伴っていた.この e を省略した表記として用いられたのが -'s だった.したがって,この省略表記は所有格にも複数形にも同様に適用され得たが,複数形では (3) に挙げた特殊な場合を除いては徐々に使用されなくなった.所有格でも,やがて e の省略という本来の役割から独立し,歴史的に e を欠いていた men's などにも付加され,現在の純粋に所有格を表わす用法へと発展していった.現在の apostrophe の規範は18世紀になってようやく確立したもので,それ以前はいまだ体系的に用いられていなかった.いや,それ以降も現在に至るまで,合理的な規範は完全には確立していないといってよく,英語使用者のあいだに混乱が続いている.
例えば[2009-11-11-1]の記事でみたように its と it's に見られる apostrophe の使用に関する混乱は日常茶飯事である.its, hers, ours, yours, theirs など代名詞の所有格や所有代名詞では apostrophe をつけないという特例があるし,one's のような不定代名詞の場合はやはり apostrophe をつけるというさらなる特例もある.銀行や店の屋号などでは Harrods, Lloyds には apostrophe を付加しないが,Macy's には付加するといった混乱振りである.
・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003. 203
綴字と発音の関係について,<ch> は通常 /tʃ/ に対応するが,/k/ に対応することもある./k/ への対応はギリシア語やラテン語からの借用語に典型的に見られ,さして珍しいことではない ( ex. chemistry, chorus, chronic, school ) .しかし,英語本来語で <ch> = /k/ の対応は相当に珍しい.ache /eɪk/ がその変わり者の例である.
この語は古英語の acan 「痛む」に遡るが,究極的には印欧祖語の *ak- 「鋭い」にまで遡りうる ( cf. acid, acrid, acute, vinegar ) .古英語の動詞 acan は強変化動詞第VI類に属し,その4主要形は acan -- ōc -- ōcon -- acen だったが,14世紀からは弱変化形も現われ,じきに完全に強弱移行を経た(←この現象を「強弱移行」と呼ぶようで,英語にはない実に簡便な日本語表現).
古英語動詞 acan からは子音を口蓋化させた名詞 æce 「痛み」が派生しており( see [2009-06-16-1] ) ,それ以降,初期近代英語期までは動詞と名詞の綴字・発音は区別されていたが,1700年辺りから混同が生じてくる.発音では名詞が動詞に吸収され /eɪk/ に統一されたが,綴字では動詞が名詞に吸収され <ache> に統一された.本来語としてはまれな <ch> = /k/ の対応は,動詞と名詞の混同に基づくものだったことになる.
この混同した対応を決定づけたのは,Dr Johnson である.1755年の辞書の中で,to ake の見出しに次のような説明が見られる.
Johnson はこの語の語源をギリシア語と誤解していたようで,それゆえに <ache> の綴字が正しいとした.この記述が後に影響力を及ぼし,現在の綴字と発音のねじれた関係が確定してしまった.
ちなみに,日本語の「痛いっ」と英語の ouch は発音が類似していなくもない.間投詞 ouch は,18世紀にドイツ語 ( Pennsylvania Dutch ) の間投詞 autsch からアメリカ英語に入ったとされるが,日本語の「いたい」にしろ,ドイツ語の autsch にしろ,英語の ouch にしろ,そして当然 ache も悲痛の擬音語に端を発したのではないかと疑われる.ouch について,日本語の「いたい」を参照している粋な Online Etymology Dictionary の記事も参照.
昨日の記事[2010-11-27-1]で aisle の綴字と発音について述べたが,その背景には一足先に妙な綴字と発音の関係を確立していた isle や island の存在があった.island は一種の誤解に基づいた etymological respelling の典型例であり,その類例を例説した[2009-11-05-1], [2009-08-21-1]でも詳しく触れていなかったので,遅ればせながら由来を紹介したい.
「島」を表わす語は古英語で īegland あるいは ēaland といった.この複合語の前半部分 īeg- や ēa は「水,川」を表わす語で,これに land が組み合わさって「島」を意味した.「水の土地」が「島」を意味するというのはごく自然の発想であり,ゲルマン諸語にも対応する複合語が広く見られる.ちなみに,īeg- の印欧語の再建形は *akwā で,これはラテン語 aqua 「水」と同根である.
さて,古英語の īegland は中英語では iland や yland として伝わった.一方で,1300年頃に「島」を表わす類義語としてフランス語から ile, yle が入ってきた.ここで iland は ile + land と再分析されることとなった.この分析の仕方ではフランス語形態素と英語形態素の組み合わさった混種語 ( hybrid ) となるが,この組み合わせは[2009-08-01-1]の記事で触れたように必ずしも珍しくはない.
さらにもう一ひねりが加えられる.15世紀にフランス語側で ile が isle と綴られるようになった.これは,ラテン語の語源 insula 「島」を参照した etymological spelling だった.この <s> を含んだ etymological spelling の影響がフランス語から英語へも及び,英語でも15世紀から isle が現われだした.複合語でも16世紀から isle-land が現われ,17世紀中に island の綴字が定着した.こうした綴字の経緯を尻目に,発音のほうは /s/ を挿入するわけでもなく,第1音節の長母音 /iː/ が大母音推移を経て /aɪ/ へと推移した.
ところで,古英語 īeg- 「水」に相当する語は,Frisian や Old Norse では -land を伴わずとも単独で「島」を表わすというからおもしろい.フリジア諸島やアイスランド島の住民が「おれたちゃ水のなかに住んでいるようなもんさ」といっているかのようである.「水」と「島」ではまるで反意語だが,島民にとっては We live on the water と We live on the island とはそれほど異ならないのかもしれない.
飛行機や列車で通路側の席のことを aisle seat という.特に長距離の飛行機では window seat よりもトイレに立ちやすい,飲み物を頼みやすいなどの理由で,私はもっぱら aisle seat 派である.なぜ aisle はこんな妙な綴字と発音なのだろうとふと思って調べてみると,なかなかの波瀾万丈な歴史を経てきたようだ.OED の記述を読んでいると,複雑すぎて混乱するほどだ.
発音から見てみよう.語源はラテン語の āla 「翼」で /aː/ の母音をもっていたが,古フランス語では e(e)le と1段上がった母音を示した.この形態が14世紀に英語へ入ってきた.15世紀からは,この語の「側廊」(教会堂の中心から分離されて翼状に配された側面廊下)の語義が ile 「島」と連想され,/iː/ の音をもつに至る.これが大母音推移の入力となり,現在の発音 /aɪl/ にたどりついた.ラテン語 /ā/ から現代英語の /aɪ/ まで舌が口腔内を広く移動してきたことになる.類例としては[2010-07-25-1]で触れた friar などがある.
一方,綴字はもっと複雑である.ラテン語 <ala>,古フランス語 <e(e)la>,中英語 <ele>, <ile> までは上で見た.18世紀に,一足先に(誤解に基づく) etymological respelling で <s> を挿入していた isle や island ( see [2009-11-05-1], [2009-08-21-1] ) にならい,この語も isle と綴られるようになる.続けてフランス語で発達していた綴字 <aile> にも影響され,現在の <aisle> が生じた.現在の綴字は,isle と aile の合の子ということになる.
Samuel Johnson は A Dictionary of the English Language (1755) で aile の綴字が正当だと主張しているが,すでに現在の妙な綴字は定着しつつあったようである.
Thus the word is written by Addison, but perhaps improperly; since it seems deducible only from either aile, a wing, or allie, a path; and is therefore to be written aile.
中英語ではごく普通に見られるが,現代の視点から見ると妙な構造がある.go に主語に対応する目的格代名詞が付随する構造で,現代風にいえば he goes him のような表現である.統語的には主語を指示する再帰代名詞と考えられるが,himself のような複合形が用いられることは中英語にはない(中尾, p. 187).機能的には一種の ethical dative と考えられるかもしれないが,そうだとしてもその機能はかなり希薄なように思える.
例えば,Chaucer の "The Physician's Tale" (l. 207) からの例(引用は The Riverside Chaucer より).
He gooth hym hoom, and sette him in his halle,
この構造についてざっと調べた限りでは,まだ詳しいことは分からないのだが,OED では "go" の語義45として以下の記述があった.
45. With pleonastic refl. pron. in various foregoing senses. Now only arch. [Cf. F. s'en aller.]
例文としては,中英語期から4例と,随分と間があいて1892年のものが1例あるのみだった.
一方 Middle English Dictionary のエントリーを見てみると,2a.(b) に関連する記述があったが,特に解説はない.以前から思っていたことだが,中英語では実に頻繁に起こる構造でありながら,ちょっと調べたくらいではあまり詳しい説明が載っていないのである.ただし,中尾 (187) によれば,中英語では gon のほか,arisen, feren, flen, rennen, riden, sitten, stonden などの往来発着の自動詞がこの構造をとることが知られている.
中英語で盛んだったこの構造は,近代英語期ではどうなったのだろうか.Helsinki Corpus で go him を中心とした例を検索してみたが,中英語からは10例以上が挙がったものの,近代英語期からは1例も挙がらなかった.この統語構造は近代英語期に廃れてきたようにみえるが,どういった経緯だったのだろうか.
・ 中尾 俊夫 『英語史 II』 英語学大系第9巻,大修館書店,1972年.
中英語が方言の時代であることは,本ブログでも me_dialect の各記事で話題にしてきた.中世イングランドでは英語は公用語の地位をフランス語に奪われ,標準語という求心力不在のもとで,かえって遠心的な地域方言が繁栄した.中英語後期には英語が徐々に復権を果たし,標準化への兆しも現われてくるが,初期には英語は諸方言へとちりぢりに分解されていたといってよい.C. L. Barber (152) の次の見解は的確である.
Early Middle English texts give the impression of a chaos of dialects, without many common conventions in pronunciation or spelling, and with wide divergences in grammar and vocabulary. (qtd in Bryson 48)
英語史で一見不思議に思えることの一つは,なぜ英語が中英語期にフランス語のくびきのもとで生き延びられたかという問題である.いや,生き延びられたというよりは,むしろ繁栄したといってよい.社会的な地位こそ公用語たるフランス語とは比較にならないくらいに卑賤だったが,卑賤だったからこそ公に気づかれず密かに生命力を維持することができたのかもしれない.中英語の各方言で書かれた文書を読むと,その言語的な多様性のなかに潜む生命力の横溢を感じざるを得ない.イングランド社会を底辺で支えていた英語話者は,その卑賤な地位などかまわずに,生き生きと英語を話し続けていたのである.
この密かな英語の繁栄が不思議に思えるのは,いつの時代でもそうだったように,支配的な言語のもとで配下の言語が失われるということは日常茶飯事であるからだ.[2010-01-26-1]や language_death の各記事でみたように,現代でも言語の死は日々起こっており,その多くは周囲の支配的な言語に屈する形での死である.英語史に関連する例をみても,かつてアングロサクソン人がブリテン島のケルト人を制圧したときに,ケルト語は死にこそしなかったが辺境に逃れることでかろうじて生き延びた程度である.しかし,中世イングランドにおける英語は異なっていた.
英語の状況は不思議に思えるかもしれないが,背景を探ると不思議を解くヒントはある.(ノルマン)フランス人の王侯貴族によるイングランド支配は確かに名目上はそうなのだが,人口的にはアングロサクソン人が圧倒していた.[2010-03-31-1]の記事で見たとおり,イングランド住民の95%までがアングロサクソン系だったのである.また,支配者たるフランス語母語話者は英語に敵意を抱いていたり,嫌ったりはしていなかったという点も重要である.おそらく,英語を好むでも嫌うでもなく,単に英語に対しておおむね無関心だったというのが正しい理解だろう.話し言葉としての英語が密かに繁栄するには,むしろ絶好の環境が整っていたと考えられる.
近代英語期以降,英語はブリテン島を飛び出し世界デビューを果たすことになる.そして,21世紀の現在,英語はもっとも繁栄した世界語となっている.しかし,英語は社会的には水面下に潜っていた中英語期においてすら,実は密かに繁栄していたのである.この事実は銘記しておきたい
・ Barber, C. L. The Story of Language. London: Pan Books, 1972.
・ Bryson, Bill. Mother Tongue: The Story of the English Language. London: Penguin, 1990.
[2010-08-18-1]の記事で「インク壺語」( inkhorn term )について触れた.16世紀,ルネサンスの熱気にたきつけられた学者たちは,ギリシア語やラテン語から大量に語彙を英語へ借用した.衒学的な用語が多く,借用の速度もあまりに急だったため,これらの語は保守的な学者から inkhorn terms と揶揄されるようになった.その代表的な批判家の1人が Thomas Wilson (1528?--81) である.著書 The Arte of Rhetorique (1553) で次のように主張している.
Among all other lessons this should first be learned, that wee never affect any straunge ynkehorne termes, but to speake as is commonly received: neither seeking to be over fine nor yet living over-carelesse, using our speeche as most men doe, and ordering our wittes as the fewest have done. Some seeke so far for outlandish English, that they forget altogether their mothers language.
Wilson が非難した "ynkehorne termes" の例としては次のような語句がある.ex. revolting, ingent affabilitie, ingenious capacity, magnifical dexteritie, dominicall superioritie, splendidious.このラテン語かぶれの華美は,[2010-02-13-1]の記事で触れた15世紀の aureate diction 「華麗語法」の拡大版といえるだろう.
inkhorn controversy は16世紀を通じて続くが,その副産物として英語史上,重要なものが生まれることになった.英語辞書である.inkhorn terms が増えると,必然的に難語辞書が求められるようになった.Robert Cawdrey (1580--1604) は,1604年に約3000語の難語を収録し,平易な定義を旨とした A Table Alphabeticall を出版した(表紙の画像はこちら.そして,これこそが後に続く1言語使用辞書 ( monolingual dictionary ) すなわち英英辞書の先駆けだったのである.現在,EFL 学習者は平易な定義が売りの各種英英辞書にお世話になっているが,その背景には16世紀の inkhorn terms と inkhorn controversy が隠れていたのである.
A Table Alphabeticall については,British Museum の解説が有用である.
・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003.
・ McArthur, Tom, ed. The Oxford Companion to the English Language. Oxford: OUP, 1992.
昨日の記事[2010-11-22-1]に引き続き,punctuation 「句読法」について.punctuation の歴史は書き言葉の歴史と同じだけ長いと考えられるが,本記事では現代英語の punctuation の直接の起源と考えられる近代英語期まで遡る程度で満足することにしたい.
現在英語で用いられている主要な punctuation が徐々に出現し,現代的な慣用が発達してきた最初期と考えられるのは15,16世紀のことである.それ以前の中世でも写本の読み書きが行なわれており,punctuation 自体は様々な形で活用されていた.むしろ,印刷でなくすべて手書きであるために現代とは異なる数々の特殊な punctuation が存在していた.実に現代にまでに失われた句読記号は30を超えると言われる ( Crystal, p. 282 ) .
しかし,現代的な punctuation の発達には印刷術の発明を待たなければならなかった.1475年,Caxton により英語印刷が始まると ( see [2009-12-24-1] ) ,綴字や punctuation が次第に固定化の動きを示すようになる(逆の議論については[2010-02-18-1]の記事を参照).この時期に period, colon, semicolon などの慣用が広まっていった. しかし,固定化の動きといっても中世の多様性に比べればという程度であり,決して体系的ではなかった.また,何よりも punctuation の基本的な発想はいまだ prosodic あるいは oratory だった.17世紀以前の punctuation は,いまだに主として韻律,雄弁,修辞に動機づけられており,効果的な音読を可能にするための便法という色彩が強かったのである(昨日の記事[2010-11-22-1]で述べた機能 (2) に相当).
ところが,17世紀に入ると punctuation は prosodic な発想から現代風の grammatical な発想へと変容する(昨日の記事の機能 (1) に相当).これには,劇作家・文法家 Ben Jonson (1572--1637) の功績が大きい.17世紀以降,exclamation mark, quotation marks, dash, apostrophe などの新句読記号も続出し,18世紀末までには英語の punctuation は現在の組織に達した.18,19世紀には punctuation を多用する heavy style が一般的だったが,現在ではあまり punctuation を用いない light style が主流である.電子メール文化などを背景に,現在も新たな punctuation の体系が生まれつつある.現代的な英語の punctuation の歴史はたかだか500年.今後も新たな句読法が育ってゆくことになるだろう.
・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003.
・ McArthur, Tom, ed. The Oxford Companion to the English Language. Oxford: OUP, 1992.
現代英語の書き言葉では punctuation 「句読法」の果たす役割は非常に大きい.period, comma, colon, semicolon, hyphen, apostrophe, question mark, exclamation mark, quotation marks をはじめ,asterisk, italics, bold type, capitalisation, indentation なども広く punctuation の構成要素と考えてよい.MLA Handbook for Writers of Research Papers や The Chicago Manual of Style などでは句読法の規範が細かく示されており,実際に物書きは句読法にたいそうこだわるのが通例である.そこまで厳しくせずとも,一般の書き手や読み手も,句読法が書きやすさや読みやすさに関係することを知っており,それなりの役割を果たしていることを認識している.
Crystal (278) によれば,punctuation には少なくとも4つの機能がある.
(1) grammatical: "to enable stretches of written language to be read coherently, by displaying their grammatical structure"
(2) prosodic: "representing the intonation and emphasis of spoken language"
(3) semantic/rhetorical: "highlight semantic units or contrasts present in the text but not directly related to its grammatical structure"
(4) semantic/graphic: "add a semantic dimension, unique to the graphic medium, which it would be difficult or impossible to read aloud"
punctuation といってすぐに思いつくのは,(1) の grammatical な用途だろう.文という統語的な単位を区切るのに period を用いる,等位関係を示したり語句を列挙するのに comma を用いる,語と語を区別するのに space を用いるなどが punctuation の典型的な用法だろう.
(2) の prosodic な機能とは,question mark で上昇調を示すであるとか,exclamation mark で語気を表現するなどである.
(3) の semantic/rhetorical は広い意味で文体的な機能と考えてもよいかもしれない.semicolon で節を列挙することによって演説調を表現したり,韻文で行分割や stanza 形式の表示法を利用するなどがこれに当たる.
(4) は話し言葉に対応するものがないが意味に貢献する機能で,「いわゆる」を表わす scare quotes や,強調を示すために *VERY IMPORTANT* などとアステリスクで挟んだり大文字化する技法などが例となる.
電子メール文化が徐々に熟してきて punctuation にも様々な新しい慣用が出現しつつある.言語の変化は,言語を構成する主要な components ( see [2010-05-09-1] ) のみならず,punctuation のような周辺的な component でも確実に生じている.では,過去にはどうだったか.もちろん,英語史においても punctuation は常に変化してきた.その概要は明日の記事で.
・ Crystal, David. The Cambridge Encyclopedia of the English Language. 2nd ed. Cambridge: CUP, 2003.
英語には,名詞に対応する形容詞語彙が難解であるという問題点がある.ここには,形容詞が主にフランス語,ラテン語,ギリシア語からの借用語によってまかなわれているという事情がある.この問題には3つの側面があるように思われる.
(1) 名詞は本来語だが対応する形容詞は借用語である場合に,形態の類似性が認められない.father に対して paternal,king に対して royal, regal など,形態的に予測不可能であり,学習者は一つひとつ暗記するよりほかない.father -- paternal のようなペアは究極的には同語源だが ( see [2009-08-07-1] ) ,それを知るには専門的な知識が必要である.[2010-04-18-1]の記事で列挙したように,動物名に対応する形容詞はこの問題を表わす典型的な例である.
(2) 上の (1) のようなペアには本来語の派生形容詞が並存する場合があり,その場合,複数種類の形容詞の間に意味の分化が生じる.father に対する形容詞としては paternal のほかに fatherly も存在する.同様に,king に対しては royal や regal のほかに kingly も存在する ( see [2010-03-27-1] ) .これらの形容詞の間には意味や使用域 ( register ) の差があり,学習者はやはり一つひとつ違いを学ばなければならない.
(3) 名詞自体が借用語の場合,通常,対応する形容詞も同語源の借用語なので,一見すると予測可能性が高そうだが,付加される形容詞語尾が複数種類あるのでどれが「正しい」形容詞か分からない.例えば,labyrinth 「迷宮」を例に取ろう.この語はギリシア語からラテン語を経て英語に借用され,英語での初例は1387年となっている.そして,16世紀以降,その形容詞形が英語で用いられることになった.ところが,出ること出ること,17世紀を中心にしてなんと7種類の形容詞が記録されている.OED での初出年とともに形態を示そう
Adjective | Year |
---|---|
labyrinthial (obsolete) | a1550 |
labyrinthian | 1588 |
labyrinthical (rare) | 1628 |
labyrinthine | 1632 |
labyrinthic | 1641 |
labyrinthal (rare) | 1669 |
labyrinthiform | 1835 |
英語で記された現存する最古の文は,金のメダルに Anglo-Frisian 系のルーン文字 ( the runic alphabet ) で刻まれた短文である.1982年に Suffolk の Undley で発見された直径2.3cmの金のメダル ( the Undley bracteate ) に刻まれており,年代は紀元450--80年のものとされる.西ゲルマンの Angles, Saxons, Jutes らが大陸からブリテン島へ移住してきた時期に,かれらと一緒に海峡を渡ってきたものと考えられる.メダルの画像と説明は,The British Museum のサイトで見ることができる.
兜をかぶった頭の下で雌狼が二人の人間に乳を与えている.明らかに伝説のローマ建国者 Romulus と Remus の神話を想起させる図像だ.メダルの周囲,弧の半分ほどにかけてルーン文字が右から左に刻まれている.全体が3語からなる短い文で,語と語の区切りは小さな二重丸で示されている.ローマ字で転写すると以下のように読める.
( u d e m ・ æ g æ m ・ æg og æg )
= gægogæ mægæ medu
= ?she-wolf reward to kinsman
= This she-wolf is a reward to my kinsman
上のような試訳はあるが,詳細は分かっていない.特に最初の語 gægogæ は意味不明であり,怪しげな音の響きからして何らかの呪術的な定型句とも想像され得る.
これが,約1500年後に世界で最も重要となる言語の,現存する最古の記録である.
David Crystal も初めて見たときに涙を流して感動したというこのメダルについては,Crystal による解説(動画)と関連記事もお薦め.The British Library で11月12日から来年4月3日まで開かれている英語史展覧会 Evolving English: One Language, Many Voices の呼び物の1つです.
・ Crystal, David. The English Language. 2nd ed. London: Penguin, 2002. 181.
初期近代英語期は英語が数々の悩みを抱えていた時代である.英語をラテン語のような固定化した言語へと高めたいと思っていたイギリスの学者は,発音,綴字,語彙,文法など英語のあらゆる側面に干渉し,標準的で正しい英語を作り上げようとした.発音に関しても16世紀以降「正しい発音」にこだわる学者たちが現われ,彼らは17世紀には正音学者 ( orthoepist ) と呼ばれるようになった ( see [2010-07-12-1] ) .正音学者は正しい発音のみならず,発音と綴字の関係にも関心を寄せ,正書法 ( orthography ) の発展や綴字改革とも密接に関わった.正音学 ( orthoepy ) はもともとは発声法や朗読法との関連で発達してきた分野だったが,18世紀には William Kenrick (1773) の A new Dictionary of the English Language: containing not only the explanation of words . . . but likewise their orthoepia or pronunciation in speech や John Walker (1791) A Critical Pronouncing Dictionary of the english Language などの発音辞書が現われた.さらに後に,正音学は現代の音声学の基礎ともなった.
George Bernard Shaw の Pygmalion をもとにした映画 My Fair Lady (1964) では Audrey Hepburn 扮する Eliza が発音を厳しく矯正されるが,これは近代イギリスでは正しい発音の獲得は社会の階段を上るうえで重要な要素であったことを示すものである.現在でも RP とは言わずともイングランド南部の標準発音を獲得することは,地方出身のイギリス人にとって1つの目標である.私の留学していた Scotland の Glasgow (訛りのひどさで悪名高い)では,若者たちは標準発音を期待される就職面接などを本気で怖れるというから,笑えない話である.EFL 学習者にとっても「正しい発音」は重要な目標となっており,規範としての正音学は健在である.しかし,英語が世界化するとともに英語の発音も日々多様化している.英語の正音学というのはそもそも可能なのだろうか,と考えさせられる.
英語における「正音」の難しさは,皮肉にも orthoepy や orthoepist そのものの発音が揺れていることに表わされている.なんと,両語の4音節のうち最終音節以外の3つの音節のいずれにもアクセントが落ちうるのである.「正音」の「正」とは一体何を指すのだろうか.規範文法のあり方とも関連して,近未来の英語で問題となってくる主題だろう.
[2010-11-10-1]の記事で,古英語 y の中英語諸方言での発達形を話題にした.続けて[2010-11-11-1]の記事では,merry ( OE myrig ) を取り上げ,複数の方言形が Chaucer の英語に混在していることを見た.そこで示唆したように,大きく分けて3種類に区別されていた中英語方言形のうち,どの発音・綴字が後に標準英語として定着することになるかはランダムだったと考えられる.
しかし,ある程度の傾向はつかむことができる.(1) 北部・東部の <i> /ɪ/,(2) 西部・南西部の <u> /y/,(3) 南東部の <e> /ɛ/ の3種類の方言形のなかで,(1) が最も多い.例を現代標準形で示すと bridge ( OE brycg ), kiss ( OE cyssan ), kin ( OE cynn ), lust ( OE lystan ), sin ( OE synn ) .(2) は母音は後に変化しているが,blush ( OE blyscan ), church ( OE cyrce ), much ( mycel; for mickle see [2010-11-12-1] ) などが方言形の痕跡を残している.最も少ないのが (3) のタイプで,knell ( OE cnyllan ), merry ( OE myrig ) などが現代標準形として伝わっている.
さて,これまでは現代標準形として採用された形態という観点で話を進めてきたが,現代における方言の形態はどうなっているのだろうか.イングランドの諸方言は,中英語以降,現在に至るまで存在し続けている.例えば,中英語の南東方言に由来する /ɛ/ を保存している現代標準語の bury は,現代の方言ではどのように発音されているのだろうか.
便利なことに,Upton and Widdowson の Map 1 には buried の第1母音の方言分布が図示されている(現代英語とはいっても20世紀半ばの時点での分布であることに注意).これによると,イングランドの大域では /ɛ/ が行なわれているが,最北部を除く北部,最南西部を除く南西部,Cambridgeshire,そして南東部では /ʌ/ の発音が行なわれていることが分かる.また,Durham 東部できわめて例外的な /a/ の発音もある.
現代標準発音の /ɛ/ の起源である Kent を含む南東部で,/ɛ/ でなく /ʌ/ が行なわれているというのは驚きである.標準となるべき音をかつて提供しておきながら,自らは非標準的な発音を用いるようになったのだから妙だ.ただ,<u> の綴字に /ʌ/ が対応しているのだから,むしろ規則的ともいえる.
普段は「標準英語の形態」の歴史をみるだけで満足してしまうことが多いが,方言を考慮に入れると,もっとおもしろい(そして複雑な)歴史の事実が出てくるものだなと実感した.
・ Upton, Clive and J. D. A. Widdowson. An Atlas of English Dialects. 2nd ed. Abingdon: Routledge, 2006.
語源を一にする形態の異なる2つの語を2重語 ( doublet ) と呼ぶ.これまでも2重語や3重語については多くの記事で話題にしてきた ( see doublet and triplet ) .英語の語彙の豊富さを考えると,最大で何重語まであり得るのかと思っていたが,Bryson (67) で6重語 ( sextuplet ) が存在するという記述をみつけた.
古代ギリシア語 discos からラテン語に入った discus 「(古代ギリシアの競技用の)円盤」を語根とする以下の英単語群である.
Word | Meaning | First year by OED |
---|---|---|
dish | 「大皿」 | OE |
dais | 「高座,上段」 | a1259 |
desk | 「机」 | c1386 |
discus | 「(古代ギリシアの競技用の)円盤」 | 1656 |
disk | 「円盤;(天体の)平円形;(記憶媒体の)ディスク」 | 1664 |
disc | 主として disk の英綴り | C18? |
言語研究における corpus 「コーパス」は様々に定義されているが,McEnery et al. の定義が簡潔である.
. . . a corpus is a collection of (1) machine-readable (2) authentic texts (including transcripts of spoken data) which is (3) sampled to be (4) representative of a particular language or language variety.
(1) と (2) についてはおよそ研究者間にコンセンサスがあるが,(3) と (4) については何をもって "sampled" あるいは "representative" とみなすかについて様々な意見がある.しかし,大筋においてこの定義を受け入れることができるだろう.
手軽に英語コーパスを試すには,オンラインのものが便利である.以下は,(登録の必要なものもあるが)オンラインで簡便に利用できる英語コーパス.
・ British National Corpus (いくつかのインターフェースが提供されている)
* BNC ( The British National Corpus )
* BNCweb (要無料登録)
* BYU-BNC (要無料登録)
・ BYU Corpora ( Brigham Young University, Mark Davies 提供のその他のオンラインコーパス群)
* COCA ( Corpus of Contemporary American English ) (要無料登録)
* COHA ( Corpus of Historical American English ) (要無料登録)
* TIME Magazine Corpus of American English (要無料登録)
・ Cobuild Concordance and Collocations Sampler
その他,本ブログではコーパス関係の記事をいろいろと掲載しているので,参考にされたい.
・ hellog 内のコーパス情報の集約記事: [2010-09-15-1]
・ hellog 内のコーパス関連記事: corpus
・ hellog 内の BNC 関連記事: bnc
・ McEnery, Tony, Richard Xiao, and Yukio Tono. Corpus-Based Language Studies: An Advanced Resource Book. London: Routledge, 2006.
書籍版 OED を読んでいると字が細かいので目がちかちかしてくるが,特に重要な多義語では記述が数ページにわたるので,それこそ目が悪くなりそうだ.割かれているページ数が多義性の目安だとすると,英語で動詞 set ほどの多義語は存在しない.OED の Dictionary facts によると:
Longest entry in Dictionary: the verb 'set' with over 430 senses consisting of approximately 60,000 words or 326,000 characters
6万語の記述というと短い小説ほどの長さである.記述の長さで最高ということは,およそ語義の多さでも最高と考えて差し支えないだろう.みかけは "a wholly unassuming monosyllable, the verbal equivalent of the single-celled organism" ( Bryson, p. 63 ) だが,実は中身の濃い polysemic word だということになる.CD-ROM版では set のエントリーの全体が表示されるまでに私のPCで32秒かかった.
他の上級学習者用英英辞書(いずれも最新版)で動詞 set の登録語義数を調べてみた.
dictionary | number of senses |
---|---|
OALD8 | 16 |
LDOCE5 | 25 |
Cobuild | 14 |
CALD | 18 |
Macmillan | 15 |
Merriam-Webster's | 17 |
[2010-10-18-1], [2010-11-07-1]で話題にした同音異義衝突 ( homonymic clash ) と関連するが,ある語が相反する2の意味を同時に有することがある.このような語を contronym あるいは Janus-faced word と呼ぶ.
英語の卑近な例として,out がある."Stars are out tonight." では「現われている」の意味を,"The lights are all out." では「消えている」をそれぞれ表わす.別の典型的な contronym に sanction がある.この語は「認可,許可」の語義 ( ex. "without the sanction of Parliament" ) と並んで「制裁,処罰」 ( ex. "US sanctions against Cuba" ) の語義をもつ.副詞 fast には「しっかりと」固定する意味 ( ex. "make a boat fast" ) と「素早く」走る意味 ( ex. "run fast" ) とが混在している.quinquennial には「5年間続く」と「5年に1度」の語義がある ( Bryson, pp. 63--64 ) .
近年,誤用として問題にされる "infer" も一種の contronym と考えられるだろう.infer は本来「推測する」を意味するが,略式には imply 「暗示する」と同義にも用いられる.話し手Aが暗示するものを聞き手Bが推測するという因果関係なので両語義は結びつくが,心理作用の方向としては反対である.OALD8 の語法解説では,以下のように述べられている.
・ infer / imply
Infer and imply have opposite meanings. The two words can describe the same event, but from different points of view. If a speaker or writer implies something, they suggest it without saying it directly: The article implied that the pilot was responsible for the accident. If you infer something from what a speaker or writer says, you come to the conclusion that this is what he or she means: I inferred from the article that the pilot was responsible for the accident.
??? Infer is now often used with the same meaning as imply. However, many people consider that a sentence such as Are you inferring that I???m a liar? is incorrect, although it is fairly common in speech.
しかし,Trudgill (5--6) が infer について力説している通り,語用的な文脈や統語的な環境(共起する前置詞が to か from かなど)でいずれの意味で用いられているかが判別できる場合がほとんどで,それほど混同は起こらない.とはいっても,contronym には潜在的に誤解の恐れがあるのは確かであり,infer のような誤用論争の有無を別にしても,いずれかの意味が淘汰されてゆく動機づけや圧力は,contronym でない語に比べれば大きいと考えてよいのではないだろうか.
・ Bryson, Bill. Mother Tongue: The Story of the English Language. London: Penguin, 1990.
・ Trudgill, Peter. "The Meaning of Words Should Not be Allowed to Vary or Change." Language Myths. Ed. Laurie Bauer and Peter Trudgill. London: Penguin, 1998. 1--8.
標題に /ɪ/ の発音記号を表示できない仕様なので,弛緩前舌高母音 ( lax front-high vowel ) などと調音音声学的に表現したが,要するに it に含まれる短母音のことである.
ゼミなどで現代英語の発音と綴字の乖離の問題を論じる際に,頭の体操として「○○という発音に対応する綴字を,単語の具体例を出しながら複数種類挙げよ」とか,逆に「○○という綴字に対応する発音を,単語の具体例を出しながら複数種類挙げよ」という演習問題を皆で解く機会がある.先日のゼミで「 /ɪ/ に対応する綴字を,単語の具体例を出しながら複数種類挙げよ」を試してみた.集合知の効果が見事に発揮され,一人ではなかなか思いつかない意外な例も挙げられたので,すかさずメモを取った.以下に具体例を追加しながら再現.
・ <i>: him, it, thick
・ <y>: hymn, sympathy, yclept
・ <e>: English, recognize, women ( see [2009-12-12-1] )
・ <u>: busy, business ( see [2010-11-10-1] )
・ <a>: acknowledge (AmE), spinach,
・ <ee>: been
・ <ie>: sieve
・ <ui>: build
意外性という意味での傑作は,学生の一人が挙げた forehead の <ea> である ( see [2010-01-12-1], [2009-11-24-1] ) .場合によっては <ehea> の部分を切り出し,これが /ɪ/ に対応すると主張することも可能かもしれない(ただしこの種のゲームの暗黙のルールとして,母音字が子音に対応する,あるいは子音字が母音に対応するという組み合わせは違反とされているように思われる).この手の 偽装合成語 ( disguised compound; see [2010-01-12-1] ) や,それに類する英語地名・人名などを漁れば,とんでもない解答が他にあるかもしれない.
標題の文は「ちりも積もれば山となる」を意味する諺である.mickle は,古英語でごく普通に用いられた micel "much" が,対応する古ノルド語 mikill に音韻的な影響を受けて,中英語で mikel となったものに由来する.現在,mickle はスコットランド方言などで行なわれているが,標準語では古風である.
しかし,ここで問題にしたいのは many a little という表現である.この little は「少量」の意味の可算名詞と考えてよいが,これに many を付加するのであれば many littles となりそうである.ところが,many a で修飾されている.現代でも,「 many a + 名詞単数形」という構造は古風で格式ばっているものの,「many + 名詞複数形」と同等の意味を表わすことができる.この構造は単数名詞扱いとなり,上の諺の makes が示しているように,対応する動詞は単数受けするのが特徴である.
この構造は中英語では当たり前のように用いられていた.それどころか,不定冠詞の発達していない古英語,また発達過程にあった中英語では「 many + 名詞単数形」の構造すら用いられていた.現代的な「 many + 名詞複数形」の構造は古英語期にも存在はしたが,使用が広がっていくのは中英語以降のことである.古英語で最も普通に「多数の」の意を表わした fela (典型的に複数名詞を伴った)と組み合わさった「 many fele + 名詞複数形」という構文が中英語にしばしば現われるが,これが「 many + 名詞複数形」の構造の拡大に一役買った可能性はあるかもしれない.
「多数の」という意味を考えると many に不定冠詞 a(n) が続くのは不思議に思えるかもしれないが,ここには,all に対する every や each と同様に,多数あるものの一つひとつの個別性を重視する発想があると考えられる.「 many a(n) + 名詞複数形」のほうが多数であることをより強調する効果があるとも言われるが,(逆説的ではあるが)この構造が個別性に着目しているがゆえだろう.
昨日の記事[2010-11-10-1]で,中英語の方言事情に由来する綴字と発音の乖離を話題にした.結果としてみれば,busy や bury などは綴字と発音が標準化の際に別々に振る舞ってしまった不運な例であり,merry などは綴字と発音がセットで行動した幸運な例であったことになる.
これはあくまで偶然の結果である.ロンドンのような方言のるつぼでは,実際には綴字と発音のあらゆる組み合わせが試されたと想像べきだろう.busy でいえば,ロンドンでは /ɪ/, /y/, /ɛ/ の発音がいずれも聞かれたろうし,<i>, <u>, <e> の綴字のいずれも見られたろう.3×3=9通りの組み合わせのいずれもあり得たと想像される.標準化に際しての最終的な決定は,理性,慣用,ランダム性といった要素が複雑に作用した結果だったろう.標準化は短期間で起こったわけではなく,産みの苦しみとして多大な時間がかかったので,その間に後世からみれば妙に思われることが一つや二つ起こったとしても不思議ではない.busy や bury はそのような例と考えられる.
14世紀後半のロンドンでは,書き言葉の標準化が緩やかに始動していたが,そのロンドン英語をおよそ代表しているのが Chaucer である.先日 The Canterbury Tales の "The Nun's Priest's Tale" を読んでいて,merry に何度か出会ったので,異なる綴字を記録しながら読み進めてみた.以下,引用は The Riverside Chaucer より.
<myrie>
Be myrie, housbonde, for youre fader kyn! (l. 2968)
That stood ful myrie upon an haven-syde; (l. 3071)
Ther as he was ful myrie and wel at ese. (l. 3259)
Faire in the soond, to bathe hire myrily, (l. 3267; [:by])
How that they syngen wel and myrily). (l. 3272; [:sikerly])
For trewely, ye have as myrie a stevene (l. 3291)
<mery>
Of herbe yve, growyng in oure yeerd, ther mery is; (l. 2966)
And after that he, with ful merie chere, (l. 3461 in Epilogue to NPT)
<murie>
His voys was murier than the murie orgon (l. 2851)
Soong murier than the mermayde in the see (l. 3270)
This was a murie tale of Chauntecleer. (l. 3449 in Epilogue to NPT)
Chaucer にも予想通り,3通りの綴字があったことが分かる.このテキストに関する限り相対的に優勢なのは <myrie> だが,私たち後世が知っているとおり,後に標準化したのは最も少数派である <mery> の母音(字)をもつ形態である.書き言葉の標準化が徐々に進行したものであり,それゆえに標準化の過程には複雑な事情があったようだということがよく分かるのではないか.
現代英語の綴字と発音の乖離には種々の歴史的背景がある.その歴史的原因のいくつかについては[2009-06-28-2]の記事で話題にしたが,そこの (2) で示唆したが明確には説明していない中英語期の方言事情があった.spelling-pronunciation gap の問題として現代英語にまで残った例は必ずしも多くないが,ここにはきわめて英語的な事情があった.
busy (及びその名詞形 business )を例にとって考えてみよう.busy の第1母音は <u> の綴字をもちながら /ɪ/ の発音を示す点で,英語語彙のなかでも最高度に不規則な語といっていいだろう.
この原因を探るには,中英語の方言事情を考慮に入れなければならない.[2009-09-04-1]で見たように,中英語期のイングランドには明確な方言区分が存在した.もちろんそれ以前の古英語にも以降の近代英語にも方言は存在したし,程度の差はあれ方言を発達させない言語はないと考えてよい.それでも,中英語が「方言の時代」と呼ばれ,その方言の存在が注目されるのは,書き言葉の標準が不在という状況下で,各方言が書き言葉のうえにずばり表現されていたからである.写字生は自らの話し言葉の「訛り」を書き言葉の上に反映し,結果として1つの語に対して複数の綴字が濫立する状況となった(その最も極端な例が[2009-06-20-1]で紹介した through の綴字である).
14世紀以降,緩やかにロンドン発祥の書き言葉標準らしきものが現われてくる.しかし,後の英語史が標準語の産みの苦しみの歴史だとすれば,中英語後期はその序章を構成するにすぎない.ロンドンは地理的にも方言の交差点であり,また全国から流入する様々な方言のるつぼでもあった.ロンドン方言を基盤としながらも種々の方言が混ざり合う混沌のなかから,時間をかけて,部分的には人為的に,部分的には自然発生的に標準らしきものが醸成されきたのである.
上記の背景を理解した上で中英語期の母音の方言差に話しを移そう.古英語で <y> (綴字),/y/ (発音)で表わされていた綴字と発音は,中英語の各方言ではそれぞれ次のように表出してきた.
大雑把にいって,イングランド北部・東部では <i> /ɪ/,西部・南西部では <u> /y/,南東部では <e> /ɛ/ という分布を示した(西部・南西部の綴字 <u> はフランス語の綴字習慣の影響である).したがって,古英語で <y> をもっていた語は,中英語では方言によって様々に綴られ,発音されたことになる.以下の表で例を示そう(中尾を参考に作成).
Southwestern, West-Midland | North, East-Midland | Southeastern (Kentish) | |
---|---|---|---|
OE forms | /y/ | /ɪ/ | /ɛ/ |
byrgan "bury" | bury | biry | bery |
bysig "busy" | busy | bisy | besy |
cynn "kin" | kun | kin | ken |
lystan "lust" | luste(n) | liste(n) | leste(n) |
myrge "merry" | murie | myry | mery |
synn "sin" | sunne | synne | senne, zenne |
昨日の記事[2010-11-08-1]で取り上げた接頭辞 post- について,生産性の高まった時期についての補足を.Marchand (183-84) によると,post- の生産性の爆発は19世紀以降だという.
3.43. 2 The only type that has really become productive in English word-formation is the type postmeridianus (which in Classical Latin is still weak, but grows in subsequent periods). Though we have coinages from the 17th century on, as postmeridian 1626, post-diluvian 1680 (after antediluvian 1646), post-connubial 1780, the vast majority date from the 19th century, as post-baptismal, -biblical, -classical, -graduate, -natal, -nuptial, -pagan, -prandial, -resurrectional, -Roman / -cretacean, -diluvial, -glacial, -tertiary / -Adamic, -Cartesian, -Darwinian, -Elizabethan, -Homeric, -Kantian, and other derivatives from proper names.
3.43.3 Developing at about the same time as the corresponding types pre- and ante-war years (second half of the 19th century), formed after the prototype anti-court party, we have the type post-war years with combination such as post-Pliocene period 1847, post-Easter time, post-election period, post-Reformation period, post-Restoration period, etc. The idea is always that of 'time following --'.
この接頭辞が,時間的な前後関係を表現する機会の多い○○史という諸分野でとりわけ活躍していることがよく分かる.また,19世紀に単独で爆発したわけではなく,対義の pre- や ante- とともに生産力を高めてきたこともよく分かる.
現在生産的に用いられる post- あるいは日本語「ポスト」の語感として,基体が表現している一時代に区切りがつき,その後に新時代が続くという含みがある.ある時代から次の時代への移り変わり,あるいは少なくとも人々が移り変わりを意識するときに post- の表現が現われるとすると,時代の変化を読み取るキーワードとしておもしろい接頭辞かもしれない.post- が表現の需要に答える形態として19世紀に顕著に現われてきたときに一気に爆発したというのも分かるような気がする.
・ Marchand, Hans. The Categories and Types of Present-Day English Word-Formation: A Synchronic-Diachronic Approach. 2nd. ed. München: Beck, 1969.
国立新美術館のゴッホ展に行ってきた.Vincent Van Gogh ( 1853--90 ) は画家としても作品としても世界で高い人気を誇るが,とりわけ日本人には受けるという.19世紀末,印象主義 ( Impressionism ) の時代を受けて,Paul Cézanne, Georges Seurat, Paul Gauguin とともに後期印象主義 ( Post-Impressionism ) の旗手となったオランダの誇る大画家である.
さて,「後期印象派」は英語の Post-Impressionist の訳語として大正期からみられたが,この訳語は適切ではない.訳語としてすでに定着してしまっているが,正確には「印象派以降」と訳すべきだったろう.
接頭辞 post- は "after, behind" を意味するラテン語 post に由来し,本来は動詞に付加されたが,早くから動詞より派生した分詞,形容詞,名詞にも付加されるようになった( 反意 before を表わす接頭辞としては pre-, ante- がある).現在ではこの接頭辞の生産性は非常に高く,意のままに合成語を作ることができる.OED の post- (prefix) のエントリーには多数の合成語が例示されており,ざっと数えたところ700語を超える.引用例は19世紀後半から20世紀のものが圧倒しており,この接頭辞の爆発的増加が現代英語期にかけての現象であることがうかがえる.
今年出版の OALD8 に見出し語として挙げられていた13の合成語を示そう.
post-coital, post-industrial, post-mortem, post-natal, post-natal depression, post-operative, post-paid, post-partum, post-partum depression, post-production, post-sync, post-traumatic stress disorder, post-war
「ポスト」は日本語でもすでに接頭辞として市民権を得ている.「ポスト小泉」「ポスト構造主義」「ポスト・サンデーサイレンス」「ポスト冷戦期」「ポスト山口百恵」(=聖子ちゃん)など.
20世紀後半の語形成や接辞の流行については[2010-06-21-1]を参照.
[2010-10-18-1]で同音異義衝突 ( homonymic clash ) を話題にしたが,この現象は歴史言語学では古くから注目されてきた.homonymic clash のもっとも古典的な事例としてよく出されるのが,フランス語と近親のガスコーニュ語における「鶏猫衝突」である(ガスコーニュ語 Gascon はフランス南西部で話される変種で,一般的にはプロバンス語の一方言と位置づけられている).
ラテン語で「雄鶏」のことを gallus といったが,この語がガスコーニュ語では /ll/ > /t/ への音声変化を経て gat という形態で継承された.一方,ラテン語で「猫」を意味する cattus ( cf. (古)フランス語 chat,古英語 catt ) も音声変化によりガスコーニュ語へ gat という形態で伝わった.「雄鶏」と「猫」が同じ形態に収斂してしまったのだから,誤解が生じかねない.しかし,この同音異義衝突は,「雄鶏」を表わす gat が faisan や vicaire という別の語で置換されたことによって回避された.
ここで重要なのは,この置換が起こったのがあくまで「雄鶏」と「猫」が音声変化によって同音となってしまったガスコーニュ語においてのみだったということである.周囲のロマンス諸語(あるいは諸方言)では上記の音声変化は起こらず,同音衝突が起こらなかったので,ガスコーニュ語におけるような置換は見られなかった.要するに,(1) 音声変化,(2) 同音衝突,(3) 語彙置換による回避,という3段階仮説が見事に擁護されるような方言学的分布が示されたという点が注目に値する.
同音異義衝突の他の例や理論的な考察については,Samuels (pp. 67-75) が詳しい.
・Samuels, M. L. Linguistic Evolution with Special Reference to English. London: CUP, 1972.
日本語で「ロマンス」といって一般的に想起されるのは恋愛物語だろう.文学のジャンルとしてのロマンスは,中世以来様々な発展を遂げながら現代にまで強い影響力を及ぼしている.一方で,比較言語学の分野で「ロマンス」といえば,インドヨーロッパ語族のイタリック語派の主要な諸言語を含むロマンス語派のことを指す.具体的には,ラテン語とそこから派生したフランス語,スペイン語,ポルトガル語,イタリア語,プロバンス語,レト=ロマンシュ語,ルーマニア語,カタルニア語などの総称である.では,「ロマンス」のこの2つの語義は関連しているのだろうか.
答えは Yes .深く関連している.英語 romance は古フランス語 romanz からの借用語で,後者は俗ラテン語 *Rōmānicē 「ロマンス語で」,さらにラテン語 Rōmānicus 「ローマの」に遡るとされる.古フランス語では,この語はラテン語に対してラテン語から発達した土着語であるフランス語を指す表現として用いられた.この土着のフランス語 ( = Romance ) で書かれた土着の文学は騎士道,恋愛,冒険,空想,超自然を主題とした緩やかなまとまりを示しており,新しい文学ジャンルを発達させることになった.こうして「ロマンス」は,ラテン語から派生した土着語を指すとともに,同時にそれで書かれた中世の独特な文学を指すことになった.
文学ジャンルとしてのロマンスは12世紀半ばにフランスで生まれたが,英語に入ってきたのは1世紀以上も遅れてのことである.この遅れは,ノルマン征服によってイングランドにおける英語の社会的地位が下落し,書き言葉としての英語が再び復活するまでにしばらく時間がかかったことによる.イングランドでは英語より先にラテン語,フランス語,アングロ・ノルマン語によるロマンス作品が生まれており,後にこれら先発の作品を翻訳するという形で英語のロマンスが登場してきた.こうして13世紀後半から15世紀にかけて英語のロマンス作品が広く著わされることとなったが,ロマンスの流行は近代に入って衰退する.しかし,ロマンスはジャンルとして廃れることはなく脈々と現在にまで受け継がれている.18世紀にはゴシック・ロマンスという形で復活を果たしたし,20世紀以降の J. R. R. Tolkien, C. S. Lewis, J. K. Rowling などの作品に代表されるファンタジーの要素はロマンスの型を現在に伝えている.
ロマンスの定義は難しい.慣用的な表現形式や騎士道,冒険,空想といった主題の点で共通要素をもった作品の集合体とみることはできるが,その具体的な現われは国・地域や時代とともに実に多岐にわたる.この多様性,柔軟性,個別性こそがロマンス人気の息の長さを説明しているように思われる.Chism (57) が,ロマンスの特性についての Cooper の言及を紹介している.
Helen Cooper suggests that romance is best conceived as a family, branching and evolving in different directions, rather than as manifestations or "clones of a single Platonic idea," and this family metaphor is useful because it stresses the genre's existence in time.
ロマンスは,ジャンルとして常に進化し枝葉を展開してきたからこそ,時代を超えて読者を惹きつけるのだろう.
・ Chism, Christine. "Romance." Chapter 4 of The Cambridge Companion to Medieval English Literature 1100-1500. Ed. Larry Scanlon. Cambridge: CUP, 2009. 57--69.
先日授業で英文を読んでいて「細かい」という意味で用いられる fine に出会った(実際には副詞 finely として).「細かい」という語義は確かに馴染みがないかもしれないが,fine rain 「こぬか雨」,fine dust 「細かな埃」などの表現で使用される.
fine の種々の語義や派生語の広がりを理解するには,語源から考えるとよい.形容詞 fine は,Old French fin から13世紀に英語に入った.もっと遡ると Late Latin fīnus "fine, pure" ,さらに Latin fīnis "end" にたどり着く.ラテン語 fīnis は「切り裂く」を意味する語根 fid から派生しており ( cf. fissure 「裂け目」 ) ,この語根の原義を核として数々の語義や派生語が生み出されることとなった.
ものを「切り裂く」ことによって「細かく」なる.ここから「繊細」「鋭敏」「洗練」「精巧」「上品」などの意味が生じた.一方,土地を「切り裂く」と「境界」ができ「範囲」「限度」が生じる.「限度」「限界」から「端」「終点」へと意味が展開し,さらに「始末」「解決」へも拡張した.以下のリストの語はすべて英語にもたらされた fīnis と同根の派生語である.各派生語の意味には,上記の意味のいずれかが反映されている.派生語群の意味のつながりと広がりを味わってもらいたい.
・ affinity 「親近性」(←両端が接している状態)
・ confine 「制限する」
・ define 「限定する,定義する」
・ final 「最後の」
・ finance 「財政,財源」(←物事に始末を付けるための金の扱い方)
・ fine 「すぐれた」
・ fine 「罰金」(←物事に始末を付けるための金,訴訟を解決する手段としての金)
・ finery 「(過度な)装飾」
・ finesse 「技巧,優雅」
・ finial 「頂華;先端装飾」
・ finical 「凝り性の,気むずかしい」
・ finis 「終わり,末期」
・ finish 「終了する」
・ finite 「有限の」
・ infinite 「無限の」
・ infinitesimal 「極小の」
・ infinitive 「不定詞」(←人称によって限定されていない形態)
・ infinitude 「無限」
・ refine 「精錬する」
ここには,例えば definition, definitive などのさらなる派生語は含まれていない.語根から派生語や意味の広がりを味わうには,福島治先生の辞典がうってつけである.語源辞典:スペースアルクも有用.
ラテン語 sequi の派生語について述べた[2009-07-08-1]の記事も要参照.
・ 福島 治 編 『英語派生語語源辞典』 日本図書ライブ,1992年.
歴史言語学において,かつて生じた言語変化の過程や原因を解釈し説明するときに,現在生じている言語変化の過程や原因を参照するということが一般的に行なわれている.証拠の乏しい過去の言語変化を記述するときには,現在の言語変化に関する知識に頼る以外には仕方がないからである.このように仕方がないので,歴史言語学に限らず歴史を扱う諸分野では,過去を説明するのに現在をもってするという方法論は広く受け入れられている.これは,斉一論の原則 ( the uniformitarian principle ) と呼ばれている.
しかし,斉一論は哲学的には問題をはらんでいる.過去と現在の状況が大枠については同じであることを示唆する経験的な裏付けは相当にあるが,それが未来にわたっても同様に続いてゆくことを保証する本質的な基盤はないからである.過去に起こった出来事を扱う分野に関与している以上,斉一論について一度考える必要があると思い,少し調べてみた.
歴史社会言語学 ( historical sociolinguistics ) の草分け的な存在である Romaine は,その方法論は斉一論であると明言している.
The working principle of sociolinguistic reconstruction must be the 'uniformitarian principle'. In other words, we accept that the linguistic forces which operate today and are observable around us are not unlike those which have operated in the past. Sociolinguistically speaking, this means that there is no reason for claiming that language did not vary in the same patterned ways in the past as it has been observed to do today. (122--23)
歴史言語研究の根本的な方法論として,斉一論をより強く押し出しているのが Lass である.Lass によれば,斉一論には General Uniformity Principle と Uniform Probabilities Principle とがある.
General Uniformity Principle
No linguistic state of affairs (structure, inventory, process, etc.) can have been the case only in the past. (28)
Uniform Probabilities Principle
The (global, cross-linguistic) likelihood of any linguistic state of affairs (structure, inventory, process, etc.) has always been roughly the same as it is now. (29)
斉一論はもちろん突飛な発想ではなく,19世紀後半には多くの分野で常識の一部だった.言語研究者でも,Whitney などは次のように発言している.
The nature and uses of speech . . . cannot but have been essentially the same during all periods of its history . . . there is no way in which its unknown past can be investigated, except by the careful study of its living present and recorded past, and the extension and application to remote conditions of laws and principles deduced by that study. (24 as quoted in Lass 28)
斉一論は言語や言語変化の原理は過去も現在も大枠において違いがないとする考え方だが,一方で小枠においては違いが見られることを前提としている.そもそも,歴史言語学者は言語が変化するものであることをいちばんよく知っている人種であるから,小枠が時代とともに変化することは暗黙の前提としているはずである.では,大枠と小枠の境はどこにあるか.そこが難しいので,斉一論の議論も難しい.
Lass によると,それは現時点での "the best of our knowledge" で判断するよりほかあるまい,という結論である.General Uniformity なり Uniform Probabilities なり,現在の言語学の知識の粋に頼って,よりありそうな過去を再建していくということしかできないだろうという.むろんそこには誤りが付きものであるという前提で.
Lass (29) が述べているとおり,多くの場合 "the best of our knowledge" は "the best of my knowledge" ということになるので,歴史英語学や英語史の研究に携わる身としては,まずは現代の英語学や言語学をしっかり学ばないといけないなと改めて思った次第である.歴史は現在の視点の投影である,とも言うし.
・ Romain, Susan. Socio-Historical Linguistics: Its Status and Methodology. Cambridge: CUP, 1982.
・ Lass, Roger. Historical Linguistics and Language Change. Cambridge: CUP, 1997.
・ Whitney, W. D. Language and the Study of Language: Twelve Lectures on the Principles of Linguistic Science. New York: Charles Scribner, 1867.
類推 ( analogy ) は恐ろしく適用範囲の広い言語過程である.「音韻法則に例外なし」と宣言した19世紀の比較言語学者たちは例外ぽくみえる例はすべて借用 ( borrowing ) か類推 ( analogy ) かに帰せられるとし,以降,類推は何でも説明してしまう魔法の箱,悪くいえば言語変化のゴミ箱とすら考えられるようになってしまった節がある.あまりに多くの言語変化が類推という一言で説明づけられるために,かえって論じるのが難しい言語過程となってしまったように思われるが,その重要性を無視することはできない.まずは,Crystal より analogy の定義を示そう.
A term used in HISTORICAL and COMPARATIVE LINGUISTICS, and in LANGUAGE ACQUISITION, referring to a process of regularization which affects the exceptional forms in the GRAMMAR of a language. The influence of the REGULAR pattern of plural formation in English, for example, can be heard in the treatment of irregular forms in the early UTTERANCES of children, e.g. mens, mans, mouses: the children are producing these forms 'on analogy with' the regular pattern. (24)
引用中にもあるように,英語形態論からの analogy の代表例として名詞の複数形の形成が挙げられることが多い.現代英語の不規則複数の代表格は,foot (sg.) / feet (pl.) に見られるように歴史的に i-mutation が関与している例である ( see [2009-10-01-1] ) .i-mutation の効果は,古英語では bōc "book" にも現われており,その複数主格・複数対格(及び単数属格・単数与格)の形態は bēc "books" であった.現在この語の複数形は,大多数の名詞にならって books と -s 語尾を用いて規則的に形成されるので,歴史的には analogy が働いたと考えられる.
この典型的な analogy には,実際には2種類の sub-analogy ともいえる過程が起こっている.この2種類の sub-analogy は extension 「拡張」と levelling 「水平化」と呼ばれ,一般的には分けて捉えられていないことが多いが,形態過程としては区別して考えられるべきである.extension は,古英語の主格単数形 bōc が優勢な屈折パラダイム(具体的には a-stem strong masculine declension )を参照して,その複数主格(及び複数対格)を標示する語尾である -as を自身に適用し,bōces などを作り出した過程を指す.extension は "the application of a process outside its original domain" ( Lass, p. 96 ) と定義づけられるだろう.
ここで注意したいのは,上記の記述はあくまで主格単数と主格複数の形態の関係に限定した説明である.実際には,古英語では下の屈折表に見られるように単数系列でも複数系列でも格に応じて形態が変化した.i-mutation は単数属格・単数与格でも作用していたのであり,複数系列だけに作用していたわけではない.否,複数系列でも属格と与格には作用していなかった.単数形が book,複数形が books という現在の単純な分布に行き着くまでには,単数系列,複数系列のなかでも優勢な形態(通常は主格形態)への一元化あるいは水平化 ( levelling ) という過程が必要だったのである.結果として,単数系列が水平化されて book が,複数系列が水平化されて books が生じた.それぞれの主格形態をモデルとして生じたこの analogy が,levelling ということになる.Lass の定義によれば,levelling とは "the ironing out of allomorphy within the paradigm" (96) である.
屈折パラダイム自体が他の優勢な屈折パラダイムから影響を受けて生じる analogy ( = extension ) と,屈折パラダイム内部で生じる analogy ( = levelling ) とは,このように区別して考えておく必要があるだろう.
・ Crystal, David, ed. A Dictionary of Linguistics and Phonetics. 6th ed. Malden, MA: Blackwell, 2008. 295--96.
・ Lass, Roger. "Phonology and Morphology." The Cambridge History of the English Language. Vol. 2. Cambridge: CUP, 1992. 23--154.
形態素 ( morpheme ) の定義は一筋縄ではいかない.形態素はしばしば「意味を有する最小の言語単位」とされるが,下で述べるように必ずしも明確な意味を有していない場合もある.
blackberry, blueberry, strawberry を考えよう.3語に現われる berry は明らかに形態素とみなすことができる.しかも,単独でも用いられる自由形態素 ( free morpheme ) である.「漿果」という意味も3語に共通している.では,berry の前に来る要素はどうだろうか.black, blue, straw ともに独り立ちできる自由形態素だが,これらの要素は複合語全体の意味に貢献しているだろうか.確かに blackberry は黒いし,blueberry は青いので,意味的な貢献が認められるが,straw 「わら」が strawberry 「イチゴ」の意味にどのように貢献しているかは定かではない.形態素を有意味の単位と仮定するのであれば,straw の形態素としての地位は危うくなる.
straw の場合は単独で「わら」の意味をもつ語となれるので,形態素としての地位は危ぶまれこそすれ,すぐに蹴落とされることはないだろう.だが,cranberry や huckleberry はどうだろうか.cran や huckle は単独で語となりえない(なりえたとしても著しく稀な語としてのみ)ばかりか,部品としても他の語に現われることはない.当然ながら意味も明確ではなく,有意味な単位としては不適格である.だが,無意味だという理由で cran や huckle を形態素とみなさないとすると,それはそれで問題である.というのは,その場合 cranberry や huckleberry の全体を有意味な1つの形態素とみなすことになるが,明らかに複合語の意味に貢献している berry を切り出せないことになるからである.
この矛盾を解消するには,形態素と意味との連結を絶対的なものではなく緩やかなものにとどめておくのがよい.cran が何を意味するのかは不明だが,black や blue と同様に有意味「らしく」は見える.その程度で形態素の地位を認めてやればいいのではないか.部品としてただ1つの語にしか現われない cran のような形態素は cranberry morpheme と呼ばれている ( Carstairs-McCarthy, pp. 19--20 ) .
[2010-10-17-1]の記事で,bikini をもじったことば遊びで monokini と trikini という語があることに触れた.ことば遊びとして異分析で切り出された形態素 -kini は当初は bikini にしか現われない cranberry morpheme だったわけだが,「布,ピース;水着」ほどの意味を獲得して他の語の部品として機能するようになった.他にも bankini 「背中の開いたワンピース水着」, camikini 「キャミソール・トップのビキニ」, tankini 「タンクトップ風水着」, zerokini 「素っ裸」などがあり,ことばの戯れとはいえ "cranberry" がとれて一人前の "morpheme" となったとみなしてよいかもしれない.
・ Carstairs-McCarthy, Andrew. An Introduction to English Morphology. Edinburgh: Edinburgh UP, 2002.
[2009-11-17-1]で非人称動詞について簡単に説明したが,今回は中英語の Chaucer に現われる非人称動詞を挙げよう.Burnley (36) のリストを再掲するが,Chaucer に用いられている非人称動詞のすべてを網羅しているわけではないので注意.中英語で初めて現われたものについては,* を付してある.
(1) used exclusively in impersonal constructions
ben lief, ben looth, *betyden, bifallen, bihoven, *happen, *lakken, listen, neden, *tyden
(2) used frequently in impersonal constructions (and also in personal constructions)
*availlen, ben, *deignen, *dremen, *fallen, forthinken, *gaynen, longen, lyken, metten, *rekken, *remembren, rewen, *seemen, *sitten, *smerten, thinken, *thurfen, thursten, *wonderen
Chaucer 以降,これらの非人称構文は形式主語 it をとる構文や人称主語をとる構文へと推移し,現代英語ではほぼ完全に衰退した.
非人称動詞は印欧語族に共通して見られるが,形式主語 it を立てる構文は比較的新しく,例えば Sanskrit 語には見られないという ( Mustanoja, p. 433 ) .it rains に対応するいくつかの言語の表現を示すと,rigneiþ (Gothic), rignir (Old Norse), pluit (Latin), llueve (Spanish) .
・ Burnley, David. The Language of Chaucer. Basingstoke: Macmillan Education, 1983. 13--15.
・ Mustanoja, T. F. A Middle English Syntax. Helsinki: Société Néophilologique, 1960. 88--92.
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最終更新時間: 2024-10-26 09:48
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