ネット上の書き言葉では,ASAP = "as soon as possible" や CUL8R = "see you later" などのアルファベット頭字語 (initialism) と呼ばれる独特な省略記法が頻用される.「#817. Netspeak における省略表現」 ([2011-07-23-1]) で様々な例を示したが,これらは「#625. 現代英語の文法変化に見られる傾向」 ([2011-01-12-1]) や「#860. 現代英語の変化と変異の一覧」 ([2011-09-04-1]) で触れたように,すぐれて現代的な言語変化の傾向を反映するものとして注目されている.
一方,このようなアルファベット頭字語そのものは実は古代から存在しており,発想そのものが新しいわけではないことにも注意すべきである.これについては「#3935. アルファベット頭字語の浮き沈みの歴史」 ([2020-02-04-1]) で見たとおりだ.
標題の OMG = "oh my God" も,一見すると近年のネット上の新記法かと思われるかもしれないが,OED によると初例はなんと1917年のことである.
Quot. 1917 is perhaps with punning reference to the Order of St. Michael and St. George, which at this point had had no Grand Master or Chancellor for several years: these were appointed on 4 Oct. 1917.
1917 J. A. F. Fisher Let. 9 Sept. in Memories (1919) v. 78 I hear that a new order of Knighthood is on the tapis---O.M.G. (Oh! My God!)---Shower it on the Admiralty!!
その次に挙げられている例は飛んで1994年のものであり,現在の本格的な使用の発端が Netspeak にあることは間違いなさそうだが,(この例では古代からとは言えないものの)100年ほどの歴史を誇っているとは言えるだろう.
このアルファベット頭字語については,目下 OED のこちらのページで特集グラフィック・コンテンツとして取り上げられている.非常におもしろいコンテンツなので,ぜひどうぞ.上記の1917年の初例が,かの Winston Churchill に宛てられた手紙での使用例だったとは!
「#2982. 現代日本語に溢れるアルファベット頭字語」 ([2017-06-26-1]) などの記事で,現代語において隆盛を極めるアルファベット頭字語 (initialism) という略語法の話題を取り上げてきた.英語の例でいえば CEO, GDP, EU などがすぐに挙がるし,aka (= "also known as"), asap (= "as soon as possible"), imho (= "in my humble opinion") などもよく知られている.
英語に関していえば,このような略語法 (abbreviation) の氾濫は確かに20世紀以降に顕著であり,すぐれて現代的な現象といってよいだろう(cf. 「#875. Bauer による現代英語の新語のソースのまとめ」 ([2011-09-19-1]),「#878. Algeo と Bauer の新語ソース調査の比較」 ([2011-09-22-1])).しかし,それ以前にも見られなかったわけではない.アルファベット文化圏を全体的に調べたわけではなが,少なくともヨーロッパ世界においては,アルファベット頭字語の使用そのものはローマ時代にも確認される.よく知られているのは,ラテン語で「ローマの元老院と人民」を意味する Senatus Populusque Romanus を頭字語化した SPQR である.ラテン語原文では各文字の後に点が打たれ,それによっても略語法であることが分かるが,これは後の英語における Prof., Dr. などの省略を表わすピリオドに連なるものといえる.
アルファベット頭字語には,1文字で1語を表わせるという便利さがある.とりわけ漢字の利点をよく知っている私たちにとって,この表語文字特有の便利さは,たやすく理解できるだろう.古代ローマでも,この便利さが昂じて法律文書で多用されるようになったようだが,皮肉なことに,厳密さが要求される法律文書で,ときに複数の解釈を許すアルファベット頭字語はふさわしくないと判断され,結局は帝国により使用が禁止されることになった.この影響が持続したのか,その後10世紀までアルファベット頭字語は冬の時代を迎えることになった.
しかし,10世紀になると復活の兆しを示しだした.とりわけ11--12世紀には,頭文字を用いた記憶術の発展に伴い,聖書に関係する用語や固有人名などがアルファベット頭字語で表現されるようになった.この慣習は,中世後期を通じて続いたが,初期刊本時代の終わりに至って再び衰退していった.そしてその後,先に述べた通り,20世紀に再び復活・拡大してきたというのが歴史の流れである.このように,アルファベット頭字語は何度も浮き沈みの歴史を経てきたのだ.
以上は,Saenger (64--65) の解説に依拠した.なお,Saenger はアルファベット頭字語のことを "suspension abbreviation" と呼んでいる.
・ Saenger, P. Space Between Words: The Origins of Silent Reading. Stanford, CA: Stanford UP, 1997.
略語表記は英語でも日本語でも花盛りである.「#889. acronym の20世紀」 ([2011-10-03-1]),「#2982. 現代日本語に溢れるアルファベット頭字語」 ([2017-06-26-1]) でみたように,頭字語と呼ばれる acronym や initialism などは新聞や雑誌などに溢れている.確かに略語表記は現代に顕著だが,その存在は古くから確認される.西洋ではギリシア・ローマの時代に遡り,その起こりこそ筆記に要する空間・時間の節約や速記といった実用的な用途にあったかもしれないが,やがて宗教的な目的,秘匿の目的にも用いられるようになった.長田 (43--44) は,暗号との関連から略語について次のように論じている.
略語は,このように第三者に対する秘匿とは別の目的から使用され,発達してきたが,略語そのものがあまり慣用されていないものであったり,略語の種類が増加してくると,略語表を見ないと元の意味がとれない場合が生じる.また,簡略化によるものや書き止めによる略語(書きかけのまま中途で止めて略語とするもの)には,それが略語であることを示すために単語上や語末に傍線を入れて注意を喚起するようなことが行なわれた.
じつは,この不便さが一方では秘匿の目的に略語が使用されることにつながるのである.
AIDS や EU であれば多くの人が見慣れており相当に実用的といえるが,最近目につくようになったばかりの EPA(Economic Partnership Agreement; 経済連携協定)や ICBM(Inter-Continental Ballistic Missile; 大陸間弾道弾)では,必ずしも多くの人が何の略語なのか,何を指すのかを認識していないかもしれない.かすかなヒントがあると言い張ることはできるかもしれないが,暗号に近いといえるだろう.
では,AIDS や EU はなぜ認知されやすいのかといえば,繰り返し用いられてきたからである.当初は事実上の暗号に等しかったろうが,それでも構わずに使い続けられていくうちに,多くの人々が慣れ,認知するに到ったということである.これは非暗号化の過程とみることもできるだろう.「これらの略語も繰り返し使用したのでは,秘匿の効果が薄れてしまうことはいうまでもない」(長田,p. 45).
・ 長田 順行 『暗号大全 原理とその世界』 講談社,2017年.
新聞を読んでいると,アルファベットの頭字語 (acronym) がとても目立つ.英字新聞ではなく日本語の新聞の話である.最近の TPP(環太平洋経済連携協定)に関する1つの記事のなかでも,EPA(経済連携協定),NZ(ニュージーランド),CEO(最高経営責任者),IMF(国際通貨基金),GDP(実質国内総生産),GE(国際経済),EU(欧州連合)などが当たり前のように現われていた.記事で最初に現われるときには,上記のようにかっこ付きで訳語あるいは説明書きというべき日本語表現が添えられているが,2度目以降は頭字語のみである.多くの読み手にとって,頭字語をもとの英語表現に展開することは必ずしも容易ではなく,実際,展開する必要もさほど感じられていないという点では,1つの新語,ある種の無縁的な記号といってよい(「#1108. 言語記号の恣意性,有縁性,無縁性」 ([2012-05-09-1]) を参照).
初回出現時の「EPA(経済連携協定)」のような表記慣習は,記号論的にいえば「アルファベットによるシニフィアン(日本語・漢語によるシニフィエ)」という形式になっており,全体として1つの記号(シーニュ)の明示的な導入にほかならない.これは,この記号が当該記事で今後繰り返し使われることを前もって宣言する機能のほかに,この記号を辞書的に解説する機能をも有している.新聞社にとっては,頻出する名前を表わすのに文字数を減らせるメリットがあるし,マスメディアとしてその用語を一般に広める役割を担っているものとも考えられる.様々な名前(多くは組織名)が急ピッチで生み出される時代の状況に,何とか応えようとする1つの現実的な対応策なのだろう.
この表記慣習と関連して思い出されるのは,日本語のみならず英語にも歴史的に見られた語句解説のための binomial である.中英語の my heart and my corage しかり,法律英語の acknowledge and confess しかり,漢文訓読に由来する「蟋蟀 (シッシュツ) のきりぎりす」など,ある時代あるいは伝統に属する1つの言語文化的習慣といってよい.これらの例については,「#820. 英仏同義語の並列」 ([2011-07-26-1]),「#1443. 法律英語における同義語の並列」 ([2013-04-09-1]),「#2157. word pair の種類と効果」 ([2015-03-24-1]),「#2506. 英語の2項イディオムと日本語の文選読み」 ([2016-03-07-1]) などを参照されたい.
つまるところ,現代日本語でも,これらの例に類似するもう1つの言語文化的習慣が導入されてきているということなのだろう.
[2011-09-29-1]の記事「#885. Algeo の新語ソースの分類 (3)」の分類表を眺めていると,いろいろと気づくことが多い.その1つに,ITEM_NO で 21--25, 27, 28 の語に共通して付与されている acronym (頭字語)という語形成の呼称に関する問題がある.
通常,acronym は radar (= radio detection and ranging) のようにそれ自身が1語として発音されるものを指し,アルファベットとして1文字ずつ読まれる FBI の類の initialism (頭文字語)とは区別される.Web3 と CALD3 の定義を見てみよう.
Web3: a word formed from the initial letter or letters of each of the successive parts or major parts of a compound term (as anzac, radar, snafu)
CALD3: an abbreviation consisting of the first letters of each word in the name of something, pronounced as a word
acronym は,上記のように initialism と区別された上で,さらに下位区分される.Algeo の分類表にある "1st order" や "2nd order" というものがそれである.この分類は Baum (49) に拠っているようなので,そちらを参照してみると次のように説明されていた.
・ acronym of the 1st order (or a pure acronym): "formed only from the first letter of each major unit in a phrase" (ex. asdic for Anti-Submarine Detection Investigation Committee)
・ acronym of the 2nd order: "two initial letters of the first unit" (ex. radar for radio detection and ranging, loran for long range navigation)
・ acronym of the 3rd order: "Lewis Carroll's portmanteau word" (ex. motel from motor and hotel)
・ acronym of the 4th order: "a blend formed from the initial syllables of two or more words" (ex. minicam for miniature camera, amtrac for amphibious tractor)
・ acronym of the 5th order: "other coinages [that approach] agglutinative extremes, introducing medial as well as initial and final letters" or "a code designation very much like the truncated blends used in cablegrams" (ex. TRANSPHIBLANT for Transports, Amphibious Force, Atlantic Fleet)
5th order ともなると,acronym と呼んでしかるべきかどうか,おぼつかなくなってくる.the 3rd order の blend ですら,acronym の一種ととらえるのは妥当かどうかおぼつかないが,etyma となる最初の語の頭字を取っている点で,少なくとも半分は acronym 的だったのだなと新たな視点を得られる.
最初,このような acronym の下位区分は分類のための分類ではないかと疑っていたが,acronym, blend, clipping, initialism などの関係を明らかにするのに有益だということがわかった.また,Baum が半世紀も前に早々と指摘していた通り,"Perhaps now that the acronym has been institutionalized, some kind of order will be re-established in discussions of this subject" (50) .
acronym という用語は1943年に初出しており,その年代は acronym による造語力が爆発的に増大し始めた時期(出現した時期ではない)とおよそ一致するに違いない.整理の必要があるほどに acronym が増えてきたということだろう.
・ Baum, S. V. "The Acronym, Pure and Impure." American Speech 37 (1962): 48--50.
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