2言語話者どうしが2つの言語の間を行き来しながら話す状況は code-switching や code-mixing として知られている.これはあくまで両言語の間を行き来しているコミュニケーションの過程としてみるべきもので,両言語を源とする何らかの新しい言語変種が生まれたということにはならない.
しかし,なかにはそのようなコミュニケーション過程が一定のパターンとして化石化し,新しい混成言語というべきものになる場合がある.この言語変種は "bilingual mixed languages" と呼ばれる.「#1781. 言語接触の類型論」 ([2014-03-13-1]) に照らせば,"extreme language mixture" の名の下で,ピジン語 (pidgin) やクレオール語 (creole) と同列に扱われる言語変種である.ただし,ピジン語やクレオール語とは多くの点で性質が異なっている.Winford (170) の解説を引用しよう.
There is general consensus that bilingual mixed languages are composites of materials drawn from just two languages. In what are perhaps the prototypical cases, the grammar is derived primarily from one of the languages, and the lexicon primarily from the other. Examples include Anglo-Romani and Media Lengua (a blend of Spanish lexicon and Quechua grammar). However, the neat separation of grammar and vocabulary by respective source language is not found in all cases. There are cases where structural materials are derived from both sources, as in Michif, which combines French NP structure with Cree VP structure. Whatever the nature of the mixture might be, there is agreement that the resulting outcome is a new creation, distinct from either of its source languages.
"bilingual mixed languages" は,その名が示すとおり,2言語使用が広く行なわれている環境において生じる.特徴的なのは,混成要素の各々がいずれの言語に由来するものかが明確に区別されることだ.また,典型的にピジン語に観察されるような単純化 (simplification) がほとんど生じないという著しい特徴も示す.
事例としては,キプロスで話されるアラビア語とギリシア語が混成した Kormakiti Arabic,ギリシア語とトルコ語が混成した Asia Minor Greek,中国語とチベット語が混成した Wutun,ロマニー語とスペイン語が混成した Caló,クシ語とバントゥー語が混成した Ma'a,スペイン語とケチュア語が混成した Media Lengua, フランス語とクリー語が混成した Michif,ロシア語とアリュート語が混成した Mednyj (Copper Island) Aleut などがある.最後の2つについては「#1717. dual-source の混成語」 ([2014-01-08-1]) でも取り上げた.
・ Winford, Donald. An Introduction to Contact Linguistics. Malden, MA: Blackwell, 2003.
言語接触 (contact) は言語を単純にするのか,あるいは複雑にするのか.古今東西の言語接触の事例を参照すると,いずれのケースもあると知られている.Trudgill がこの問題について論じているので,議論を紹介しよう.まず,言語接触は言語の複雑化に寄与するという観点について.
. . . there is considerable evidence that language contact can lead to an increase in linguistic complexity. This appears to occur as a result of the addition of features transferred from one language to another . . . . This is then additive change in which new features derived from neighboring languages do not replace existing features but are acquired in addition to them. A sociolinguistic-typological consequence of language contact is therefore that languages which have experienced relatively high degrees of contact are more likely to demonstrate relatively higher degrees of this type of additive complexity than languages which have not. (301)
この点と関連して,地域言語学の立場から,類似した言語項が広まりやすく言語的多様性が小さい,したがって比較的単純な言語構造を示しやすい "spread zones" (例として印欧語族の行なわれている地域など)と,反対に言語的多様性と複雑性に特徴づけられる "residual zones" (例としてコーカサス地方やニューギニアなど)という概念についても触れられている.つまり,"contact among languages fosters complexity, or, put differently, diversity among neighbouring languages fosters complexity in each of the languages" (303) であるという.いくつかの考察を経たあとで上記を結論づけたのが,次の箇所である.
We can thus take seriously the sociolinguistic-typological hypothesis that languages spoken in high-contact societies are relatively more likely to have relatively more complexity, not just in terms of having more features such as grammatical categories and articulation types, but also in terms of possessing features which are inherently more complex. (305--06)
一方で,逆説的ながらも,言語接触が言語の単純化をもたらす事例は広く認められている(ほかに「#1671. dialect contact, dialect mixture, dialect levelling, koineization」 ([2013-11-23-1])) も参照されたい).
. . . the paradox here is that contact can also, and just as clearly, lead to simplification. This is very well known, and is a point which has been made by many writers. Pidgins, creoles, and creoloids . . . are all widely agreed to owe their relative structural simplicity to language contact; and koines to dialect contact . . . . (306)
では,言語接触のいかなる側面が,複雑化か単純化かを決定するのだろうか.Trudgill は,接触の強度,期間,言語習得に関わる臨界期という要因を指摘している.臨界期とは,要するに,言語接触を経験している当の人々が,子供か大人かという違いである.Trudgill の結論は以下の通り.
1 high-contact, long-term pre-critical threshold contact situations are more likely to lead to additive (and only additive) complexification;
2 high-contact, short-term post-critical threshold contact situations are more likely to lead to simplification;
3 low contact situations are likely to lead to preservation of existing complexity.
荒削りな類型のようにも見えるが,興味深い仮説である.
・ Trudgill, Peter. "Contact and Sociolinguistic Typology." The Handbook of Language Contact. Ed. Raymond Hickey. 2010. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2013. 299--319.
「#2559. 小笠原群島の英語」 ([2016-04-29-1]) で,かつて小笠原群島で話されていた英語変種を紹介した.この地域の言語事情の歴史は,180年ほどと長くはないものの,非常に複雑である.ロング (134--35) の要約によれば,小笠原諸島で使用されてきた様々な言語変種の総称を「小笠原ことば」と呼ぶことにすると,「小笠原ことば」の歴史的変遷は以下のように想定することができる.
19世紀にはおそらく「小笠原ピジン英語」が話されており,それが後に母語としての「小笠原準クレオール英語」へと発展した.19世紀末には,日本語諸方言を話す人々が入植し,それらが混淆して一種の「コイネー日本語」が形成された.そして,20世紀に入ると小笠原の英語と日本語が入り交じった,後者を母体言語 (matrix language) とする「小笠原混合言語」が形成されたという.
しかし,このような変遷は必ずしも文献学的に裏付けられているものではなく,間接的な証拠に基づいて歴史社会言語学的な観点から推測した仮のシナリオである.例えば,第1段階としての「小笠原ピジン英語」が行なわれていたという主張については,ロング (134--35) は次のように述べている.
まずは,英語を上層言語とする「小笠原ピジン英語」というものである.これは19世紀におそらく話されていたであろうと思われることばであるが,実在したという証拠はない.というのは,当時の状況からすれば,ピジンが共通のコミュニケーション手段として使われていたと判断するのは最も妥当ではあるが,その文法体系の詳細は不明であるからである.言語がお互いに通じない人々が同じ島に住み,コミュニティを形成していたことが分かっているので,共通のコミュニケーション手段としてピジンが発生したと考えるのは不自然ではない〔後略〕.
同様に,「小笠原準クレオール英語」の発生についても詳細は分かっていないが,両親がピジン英語でコミュニケーションを取っていた家庭が多かったという状況証拠があるため,その子供たちが準クレオール語 (creoloid) を生じさせたと考えることは,それなりの妥当性をもつだろう.しかし,これとて直接の証拠があるわけではない.
上記の歴史的変遷で最後の段階に相当する「小笠原混合言語」についても,解くべき課題が多く残されている.例えば,なぜ日本語変種と英語変種が2言語併用 (bilingualism) やコードスイッチング (code-switching) にとどまらず,混淆して混合言語となるに至ったのか.そして,なぜその際に日本語変種のほうが母体言語となったのかという問題だ.これらの歴史社会言語学的な問題について,ロング (148--55) が示唆に富む考察を行なっているが,解決にはさらなる研究が必要のようである.
ロング (155) は,複雑な言語変遷を遂げてきた小笠原諸島の状況を「言語の圧力鍋」と印象的になぞらえている.
小笠原諸島は歴史社会言語学者にとっては研究課題の宝庫である.島であるゆえに,それぞれの時代において社会的要因を突き止めることが比較的簡単だからである.その社会言語学的要因とは,例えば,何語を話す人が何人ぐらいで,誰と家庭を築いていたか,日ごろ何をして生活していたか,誰と関わり合っていたかなどの要因である.
小笠原のような島はよく孤島と呼ばれる.確かに外の世界から比較的孤立しているし,昔からそうであった.しかし,その代わり,島内の人間がお互いに及ぼす影響が強く,島内の言語接触の度合いが濃い.
内地(日本本土)のような一般的な言語社会で数百年かかるような変化は小笠原のような孤島では数十年程度で起こり得る.島は言語変化の「圧力鍋」である.
・ ロング,ダニエル 「他言語接触の歴史社会言語学 小笠原諸島の場合」『歴史社会言語学入門』(高田 博行・渋谷 勝巳・家入 葉子(編著)),大修館,2015年.134--55頁.
2つの言語が混成するときには,大多数のピジン語やクレオール語がそうであるように,いずれかの言語の貢献率が顕著に高くなる.上層言語 (superstrate) や語彙供給言語 (lexifier) という用語,あるいは英語ベースのピジン語という表現が示すように,通常はいずれの言語が主であるかは明らかである.しかし,まれなケースでは,ほぼ半々に混じり合って,どちらが主たる言語が判然としない "dual-source" というべき混成語がある.「#1683. Pitkern」 ([2013-12-05-1]) は,非常にまれな dual-source creole の例として挙げられるだろう.ほかに,dual-source pidgin や dual-source creoloid とみなすことのできる言語が存在する (Trudgill, Sociolinguistics 182--83) .
1917年までノルウェー最北部で交易の言語として話されていた Russenorsk は,dual-source pidgin の例と考えられる.Russenorsk はロシア語とノルウェー語の語彙要素がほぼ半々に混成した言語で,単純化した体系を有していた.この言語は,1917年にロシア革命によって両国の交易が断たれると廃れていったが,ロシア語とノルウェー語の話者のみならずサーミ語,フィンランド語,オランダ語,ドイツ語,英語の話者にも用いられ,lingua franca として機能していた.Russenorsk は,dual-source pidgin であることに加え,植民地という状況下ではなく交易のために発達したヨーロッパ語どうしのピジン語としても希有の存在である.Russenorsk は,例えば次のように用いられた (Trudgill, Glossary 114) .
Kak ju vil skaffom ja drikke te, davaj på sjib tvoja ligge ne jes på slipom.
'If you will eat and drink tea, please on ship your lie down and on sleep'
一方,カナダに起源をもち,現在ではアメリカの North Dakota 北部の一部地域で話されている Michif (or Metsif or Métis) は,dual-source creoloid の例である(creoloid については「#1681. 中英語は "creole" ではなく "creoloid"」 ([2013-12-03-1]) を参照).もととなった2つの言語は,フランス語と北米先住民の Algonquian 語族の言語 Cree である.フランス語の "mixed" に相当する Michif の名前は,19世紀にカナダの毛皮交易を通じてフランス語を話す男性と Cree を話す女性とが混血して生じた民族の名前にもなっており,連邦政府による抑圧と抵抗の歴史を経てきた.Michif は言語的にはそれほど単純化しておらず,名詞句はフランス語の特徴である性の一致を示す一方,動詞句は Cree の複雑な形態論の特徴を保持している (Trudgill, Sociolinguistics 183--84) .話者数が少なく,存続が危ぶまれている先住民言語の1つである.
Michif と同様に2言語が完全に融合している現象は language intertwining と呼ばれ,非常に稀だが,他にも Copper Island Aleut と呼ばれる言語がもう1つの例とされる (Trudgill, Glossary 28) .これは,Eskimo-Aleut 語族の Aleut とロシア語の混成語で,話者は2,000人を数えるほどといわれる.語彙と名詞句の形態論は大方 Aleut に由来するが,統語論と動詞句の形態論は大方ロシア語であるという intertwining ぶりを示す.
・ Trudgill, Peter. Sociolinguistics: An Introduction to Language and Society. 4th ed. London: Penguin, 2000.
・ Trudgill, Peter. A Glossary of Sociolinguistics. Oxford: Oxford University Press, 2003.
「#1223. 中英語はクレオール語か?」 ([2012-09-01-1]),「#1249. 中英語はクレオール語か? (2)」 ([2012-09-27-1]),「#1250. 中英語はクレオール語か? (3)」 ([2012-09-28-1]),「#1251. 中英語=クレオール語説の背景」 ([2012-09-29-1]) を受けて,もう少し議論の材料を提示したい.直接この問題に迫るというよりは,2言語の混合という過程とピジン化 (pidginisation) という過程とをどのように区別するかという問題を考察したい.
混合の前後に連続性が見られず,"the drastic break" (Görlach 341) があると判断される場合にはピジン化といってよいと考えるが,Trudgill (181--82) も Afrikaans を取り上げて同趣旨の議論を展開している.
Interestingly, there are some languages in the world which look like post-creoles, but which are not. These are varieties which, compared to some source, show a certain degree of simplification and admixture. We do not, however, call these languages creoles, because the extent of the simplification and admixture is not very great. And we do not call them post-creoles because they have never been creoles --- which is in turn because they have never been pidgins! Afrikaans, the other major language of the white community in South Africa alongside English, used to be considered a dialect of Dutch . . . . During the course of the twentieth century, however, it achieved autonomy . . . and now has its own literature, dictionaries, grammar books, and so on. Compared to Dutch, Afrikaans shows significant amounts of regularization in the grammar, and a significant amount of admixture from Malay, Portuguese and other languages. It still remains mutually intelligible with Dutch, however. The crucial feature of Afrikaans is that, although it is now spoken by some South Africans who are the descendants of people who spoke it as a non-native language --- hence the influence from Portuguese, Malay and so on --- and who undoubtedly therefore spoke a pidginized form of Dutch/Afrikaans, the language was at no time a pidgin. In the transition from Dutch to Afrikaans, the native-speaker tradition was maintained throughout. The language was passed down from one generation of native speakers to another; it was used for all social functions and was therefore never subjected to reduction. Such a language, which demonstrates a certain amount of simplification and admixture, relative to some source language, but which has never been a pidgin or a creole in the sense that it has always had speakers who spoke a variety which was not subject to reduction, we can call a creoloid.
標準オランダ語に比べれば,Afrikaans には確かに単純化や規則化がみられる.また,マレー語,ポルトガル語などから言語項目の著しい借用がみられる.しかし,だからといって pidgin だとか creole だとか呼ぶわけにはいかない.というのは,Afrikaans には間違いなく歴史的な連続性があるからだ.各世代の話者は,単純化や接触を経験しながらも,途切れることなくこの言語変種を用いてきたし,接触言語と合わせて即席の便宜的な言語を作り出したという痕跡もない."the drastic change" はなかったのである.では,この言語を何と呼ぶのか.Trudgill は,新しい用語として "creoloid" が適切ではないかと主張する.
この "creoloid" という用語は,中英語にもそのまま当てはめられるだろう.古英語と古ノルド語との接触は,creole を生み出したわけではなく,あくまで creoloid を生み出したにすぎなかったといえる.なぜならば,古ノルド語との接触は古英語以来の言語変化の速度を速めたが,あくまで自然な路線の延長であり,連続性があったからだ.同趣旨の議論として,「#1224. 英語,デンマーク語,アフリカーンス語に共通してみられる言語接触の効果」 ([2012-09-02-1]) も参照.
・ Görlach, Manfred. "Middle English --- a Creole?" Linguistics across Historical and Geographical Boundaries. Ed. D. Kastovsky and A. Szwedek. Berlin: Gruyter, 1986. 329--44.
・ Trudgill, Peter. Sociolinguistics: An Introduction to Language and Society. 4th ed. London: Penguin, 2000.
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