昨日「英語史導入企画2021」に公表されたコンテンツは,大学院生による「Oh My Word!?なぜ Word なのか?自己流考察?」である.
間投詞 Oh my God! はタブー (taboo) とされるほど強烈な響きをもち,一般的には使用が避けられる.それに代わる婉曲表現 (euphemism) として,(Oh my) Gosh!, (Oh my) goodness!, Oh my! などがよく知られているが,要するに音韻的に似た語による置換や省略などに訴えかけてオリジナル表現を匂わせるという方法を採っているのである.
コンテンツ発表者は,標題の My word! という間投詞も Oh my God! の婉曲表現の1つではないかと「自己流考察」を試みている.その心は,God の [g] と word の [w] が実は音声学的に近いという事実である.確かに調音音声学的にいえば,両者は軟口蓋唇音 (labiovelar) において接点をもつ.関連する本ブログの記事として「#1151. 多くの謎を解き明かす軟口蓋唇音」 ([2012-06-21-1]),「#3870. 中英語の北部方言における wh- ならぬ q- の綴字」 ([2019-12-01-1]),「#3871. スコットランド英語において wh- ではなく quh- の綴字を擁護した Alexander Hume」 ([2019-12-02-1]),「#3409. 日本語における合拗音の消失」 ([2018-08-27-1]),「#3410. 英語における「合拗音」」 ([2018-08-28-1]) を挙げておきたい.
共時的な観点から God と Word を結びつけてみる試みはおもしろい.
一方,歴史的にはどうだろうか.OED の word, n. and int. を参照すると次のようにある.
P3. e. my word (esp. as an exclamation) = upon my word at Phrases 1g(b)(ii).
1722 A. Philips Briton ii. iii. 14 He loves thee, Gwendolen:---My word, he does.
1821 London Mag. June 658/2 When the New Town Christeners had exhausted their Georges and Charlottes and Fredericks and Hanovers, (and, my word, they did extend the royalty).
1841 E. C. Gaskell Lett. (1966) 44 My word! authorship brings them in a pretty penny.
1857 F. Locker London Lyrics 72 Half London was there, and, my word, there were few..But envied Lord Nigel's felicity.
1874 A. Trollope Harry Heathcote ii. 49 'You dropped the match by accident?' 'My word, no. Did it o' purpose to see.'
1932 P. Hamilton Siege of Pleasure ii. 62 in Twenty Thousand Streets under Sky (1935) 'My word!' said Violet. 'You didn't half give me a turn.'
1960 C. Day Lewis Buried Day ii. 43 My word, how we did dress up in those days!
2004 G. Woodward I'll go to Bed at Noon xiii. 237 'That's an old Vincent,' said Janus Brian, 'my word. Haven't seen one of those for years'.
誓言 (asseveration) としての前置詞句 upon my word と同機能の間投詞として,18世紀前半に初出したようだ.一方,この誓言の前置詞句 upon my word は of my word などとともに1600年前後から用いられている.おそらくこの前置詞句が単独で間投詞として用いられるようになり,やがてこの前置詞が脱落した省略版も用いられるようになったということだろう.
中英語方言学ではよく知られているが,イングランドの北部や東部の方言では,疑問詞に典型的に現われる軟口蓋唇音 (labiovelar) が,一般的な wh- などの綴字ではなく,quh-, qvh, qwh, qh などの綴字で現われることが多い.たとえば what に対応する綴字をいくつか挙げてみると,qwhat, qwat, quat, quad, qhat のごとくである.これは問題の子音の調音が北部系方言と南部系方言の間で異なっていたことを示唆するが,具体的にどのような違いだったのかについては議論がある.(なお,北部系方言においては wh- などの綴字も普通に使われており,それと平行して q- もよく使われていたということである.)
後期中英語における q- の地理的な分布は,実にきれいである.eLALME の Item 44 として取り上げられている,"WH-: q-, all spellings." と題された Dot Map を以下に再掲しよう.
少しさかのぼって初期近代英語においても,LAEME の Map 28285405 の Dot Map を見るとわかるように,数こそ少ないが,やはり北部と東部に分布している.
当時,イングランド北部と地続きのスコットランドでも quh- などの綴字が一般的に用いられていた.しかし,16世紀以降になると,イングランドの標準的綴字の影響により,スコットランド英語でも quh- の立場は弱まっていった.そのくだりについては明日の記事で.
英語のボキャビルのために「グリムの法則」 (grimms_law) を学んでおくことが役に立つということを,「なぜ「グリムの法則」が英語史上重要なのか」などで論じてきたが,それと関連して時折質問される事項について解説しておきたい.印欧祖語の帯気有声閉鎖音は,英語とラテン語・フランス語では各々どのような音へ発展したかという問題である.
印欧祖語の帯気有声閉鎖音 *bh, *dh, *gh, *gwh は,ゲルマン語派に属する英語においては,「グリムの法則」の効果により,各々原則として b, d, g, g/w に対応する.
一方,イタリック語派に属するラテン語は,問題の帯気有声閉鎖音は,各々 f, f, h, f に対応する(cf. 「#1147. 印欧諸語の音韻対応表」 ([2012-06-17-1])).一見すると妙な対応だが,要するにイタリック語派では原則として帯気有声閉鎖音は調音点にかかわらず f に近い子音へと収斂してしまったと考えればよい.
実はイタリック語派のなかでもラテン語は,共時的にややイレギュラーな対応を示す.語頭以外の位置では上の対応を示さず,むしろ「グリムの法則」の音変化をくぐったような *bh > b, *dh > d, *gh > g を示すのである.ちなみにギリシア語派のギリシア語では,各々無声化した ph, th, kh となることに注意.
結果として,印欧祖語,ギリシア語,(ゲルマン祖語),英語における帯気有声閉鎖音3音の音対応は次のようになる(寺澤,p. 1660--61).
IE | Gk | L | Gmc | E |
---|---|---|---|---|
bh | phāgós | fāgus | ƀ, b | book |
dh | thúrā | forēs (pl.) | ð, d | door |
gh | khḗn | anser (< *hanser) | ʒ, g | goose |
The characteristic look of the Italic languages is due partly to the widespread presence of the voiceless fricative f, which developed from the voiced aspirate[ stops]. Broadly speaking, f is the outcome of all the voiced aspirated except in Latin; there, f is just the word-initial outcome, and several other reflexes are found word-internally. (248)
The main hallmark of Latin consonantism that sets it apart from its sister Italic languages, including the closely related Faliscan, is the outcome of the PIE voiced aspirated in word-internal position. In the other Italic dialects, these simply show up written as f. In Latin, that is the usually outcome word-initially, but word-internally the outcome is typically a voiced stop, as in nebula 'cloud' < *nebh-oleh2, medius 'middle' < *medh(i)i̯o-, angustus 'narrow' < *anĝhos, and ninguit < *sni-n-gwh-eti)
・ 寺澤 芳雄(編) 『英語語源辞典』 研究社,1997年.
・ Fortson IV, Benjamin W. Indo-European Language and Culture: An Introduction. Malden, MA: Blackwell, 2004.
昨日の記事「#3409. 日本語における合拗音の消失」 ([2018-08-27-1]) で,合拗音「クヮ」「グヮ」音が直音化した経緯に注目した.合拗音の [kw], [gw] という「子音+半子音」の部分に着目すれば,話題としては,印欧語比較言語学でいうところの軟口蓋唇音 (labiovelar) ともつながってくる (cf. 「#1151. 多くの謎を解き明かす軟口蓋唇音」 ([2012-06-21-1])) .
英語では印欧祖語に遡るとされる [kw] や [gw] は比較的よく保存されており,この点では日本語の音韻傾向とは対照的である.綴字としては典型的に <qu>, <gu> で表わされ,queen, quick, liquid, language, sanguine などの如くである.さらにいえば,英語では [k], [g] が先行する音環境に限らず,一般に [w] はよく保存されている.
とはいうものの,そのような英語でも歴史的な [w] が失われているケースはある.「#383. 「ノルマン・コンケスト」でなく「ノルマン・コンクェスト」」 ([2010-05-15-1]) で見たように,フランス借用語のなかでも,Norman French から取り込まれたものは,その方言の音韻特徴を反映して /kw/ が保たれているが (e.g. conquest /ˈkɒŋkwɛst/) ,Central French からのものは,その方言の特徴を受け継いで /w/ が落ちている (e.g. conquer /ˈkɒŋkə/) .
また,「#51. 「5W1H」ならぬ「6H」」 ([2009-06-18-1]),「#184. two の /w/ が発音されないのはなぜか」 ([2009-10-28-1]) で見たたように,後舌母音が後続する場合の [w] は脱落しやすいという調音的な事情があり,それにより how, who, sword, two などの発音(と綴字とのギャップ)が生じている.
[w] は半子音と呼ばれるだけに中途半端な音声的特質をもっており,日本語でも英語でもその挙動(の歴史)は複雑である.
合拗音とは古い日本語で「クヮ」「グヮ」などと表記された [kwa, gwa] 音のことである.もともと日本語には合拗音なる音はなかった.漢語とともに漢字音としての合拗音が導入され,中世前期に日本語の音韻へ取り込まれていったものである.しかし,近世後期になると,日本語の本来的な音韻へ回帰するかのごとく,再び合拗音が消滅するに至った.かつての合拗音「クヮ」「グヮ」は,直音「カ」「ガ」へ合一している.
沖森 (319--20) によれば,合拗音の直音化の時期については方言差があった.
合拗音のクヮ [kwa]・グヮ [gwa] は,「火事」をクヮジ,「因果」をイングヮというように漢字音において用いられてきたが,この時代において直音化してカ [ka]・ガ [ga] となった.上方語と江戸語ではその変化の時期は異なっているが,前掲の『浮世風呂』(二・上)に見える,上方と江戸の女性が言葉について言い争う場面で,上方の女性が,江戸ではグヮイをガイ,クヮンをカンと発音していることを非難している
お慮外(りょぐわい)も,おりよげへ.観音(くわんおん)さまも,かんのんさま.なんのこつちやろな.
すなわち,江戸語では十九世紀初めにはすでに直音化していたのに対して,上方語ではあまり直音化が進んでいなかったことを物語っている.江戸語では『音曲玉淵集』に「くわの字,かとまぎれぬやうにいふべきこと」と注記されるように,上方語よりもいち早く十八世紀初期には合拗音の直音化が生じていたことがわかる.これに対して,上方語では十九世紀に入っても遅い時期に変化したようである.
合拗音と直音の合一という音韻変化に関して,さらに複雑かつ興味深いのは,そこに社会語用論的な側面もあったらしいことだ.両者が区別されるか合一するかは,話者の教養の程度や,言葉遣いの丁寧さにも依存したという.上述のように合拗音は漢字音に基づくものであり,漢字や漢語の知識がない者にとって,その区別は容易ではなかった.実際,混同に基づく合一は早くも13世紀から例証されるようだ(沖森,pp. 320--21).
合拗音の消失が日本語の一般的な音韻傾向に沿うものであることは,様々に指摘されている.たとえば,[kwa, gwa] から半子音 [w] が落ちたということは,しばしば日本語のウラルアルタイ語的性格を表わすものと言われる2重子音の忌避の1例として説明することができる(『日本語百科大事典』 pp. 256--57) .一方,沖森 (318) は,次のように,日本語音韻史のより広い観点から「唇音退化」の一環として位置づけることができるという(cf. 「#1271. 日本語の唇音退化とその原因」 ([2012-10-19-1])).
ハ行子音の [ɸ] → [h] [çi],すなわち両唇摩擦音から声門摩擦音・喉頭〔ママ〕摩擦音へという変化は,調音する上で唇の関与をより軽減したものである.エが [e] に,オが [o] に,そして,ウが円唇母音から非円唇母音に変化したのも同一の傾向にある.さらにいえば,古くに,ヰ・ヱが [i]・[je] に変化したのも両唇音 w の喪失であり,後述する合拗音の直音化 [kwa] → [ka] も同じ流れである.こうした,唇の緊張を緩める方向で変化してきたことを歴史の大きな流れとして「唇音退化」ということがある.発音の負担を軽くしようという欲求に基づくものである.
なお,現代でも,東北北部,北陸,四国,九州,沖縄などで直音と合拗音の区別が存続している方言もある.
・ 『日本語百科大事典』 金田一 春彦ほか 編,大修館,1988年.
・ 沖森 卓也 『日本語全史』 筑摩書房〈ちくま新書〉,2017年.
昨日の記事「#1150. centum と satem」 ([2012-06-20-1]) で,印欧祖語に labiovelar (軟口蓋唇音)があったことに触れた.[k, g] のような軟口蓋音を調音する際に,同時に唇を丸めて出す音である.表記としては [kw, gw] などと示すのが通例である.2カ所の調音器官を同時に用いる独特な音であるため,調音にも聴解にもより簡便な,単なる唇音あるいは単なる軟口蓋音へと発達することも多い.異なる言語の同根語 (cognate) どうしの間で,/k, g/ が /w, b/ などに対応することになるわけだから,軟口蓋唇音は,大きな差を生み出しうる原因である.
例えば,フランス語の疑問詞に見られる語頭子音 [k] (ex. que, qui, quoi) に対して,英語の疑問詞に見られる語頭子音 [w] (ex. what, who) は音声的には著しく異なっているように見えるが,印欧祖語 *kw を想定すれば,同根語の対応がよく理解できる.英語本来語の名詞 cow (ウシ)とラテン語由来の形容詞 bovine (ウシ属の)の語頭子音の著しい差異も,PIE *gwōus を想定することで,意外と小さく見えてくる(この語の究極の語源については,『英語語源辞典』 pp. 1647--48 が詳しい).
音声環境によって [g] と [w] が非常に似ているということは,私も身近に体験したことがある.娘が幼児期に「レッグ・ウォーマー」を「レッグ・ゴーマー」と覚えてしまったという例がある.[regg(u) woːmaː] が [reggu goːmaː] と受け取られたのだろう.3拍目と4拍目の境に現われる軟口蓋唇音が,誤解の原因である.
子供の言い違え,聞き違いということでいえば,最近の次男による作品として「トイレット・テーパー」がある.トイレッ「ト」の [t] により,次に来るはずの [p] が調音点の同化(進行同化)を受けて [t] となったものと考えられる.これを聞いたときに頭をよぎったのは,[2009-07-26-1]の記事「#90. taper と paper」である.その記事では,同化 (assimilation) ではなくむしろ異化 (dissimilation) が説明原理だったわけだが・・・.
・ 寺澤 芳雄 (編集主幹) 『英語語源辞典』 研究社,1997年.
(後記 2022/10/02(Sun):この話題は 2022/05/01 に Voicy 「英語の語源が身につくラジオ (heldio)」にて「#335. cow と beef と butter が同語根って冗談ですか?」として取り上げました.以下よりどうぞ.)
Powered by WinChalow1.0rc4 based on chalow