01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31
2024 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2023 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2022 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2021 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2020 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2019 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2018 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2017 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2016 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2015 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2014 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2013 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2012 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2011 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2010 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
2009 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
昨日の記事 ([2020-03-30-1]) に引き続き,標記の問題についてさらに歴史をさかのぼってみましょう.昨日の説明を粗くまとめれば,現代英語の仮定法に人称変化がないのは,その起源となる古英語の接続法ですら直説法に比べれば人称変化が稀薄であり,その稀薄な人称変化も中英語にかけて生じた -n 語尾の消失により失われてしまったから,ということになります.ここでもう一歩踏み込んで問うてみましょう.古英語という段階においてすら直説法に比べて接続法の人称変化が稀薄だったというのは,いったいどういう理由によるのでしょうか.
古英語と同族のゲルマン語派の古い姉妹言語をみてみますと,接続法にも直説法と同様に複雑な人称変化があったことがわかります.現代英語の to bear に連なる動詞の接続法現在の人称変化表(ゲルマン諸語)を,Lass (173) より説明とともに引用しましょう.Go はゴート語,OE は古英語,OIc は古アイスランド語を指します.
(iii) Present subjunctive. The Germanic subjunctive descends mainly from the old IE optative; typical paradigms:
(7.24)
Go OE OIc sg 1 baír-a-i ber-e ber-a 2 baír-ai-s " ber-er 3 baír-ai " ber-e pl 1 baír-ai-ma ber-en ber-em 2 baírai-þ " ber-eþ 3 baír-ai-na " ber-e
The basic IE thematic optative marker was */-oi-/, which > Gmc */-ɑi-/ as usual; this is still clearly visible in Gothic. The other dialects show the expected developments of this diphthong and following consonants in weak syllables . . . , except for the OE plural, where the -n is extended from the third person, as in the indicative. . . .
. . . .
(iv) Preterite subjunctive. Here the PRET2 grade is extended to all numbers and persons; thus a form like OE bǣr-e is ambiguous between pret ind 2 sg and all persons subj sg. The thematic element is an IE optative marker */-i:-/, which was reduced to /e/ in OE and OIc before it could cause i-umlaut (but remains as short /i/ in OS, OHG).
ここから示唆されるのは,古いゲルマン諸語では接続法でも直説法と同じように完全な人称変化があり,表の列を構成する6スロットのいずれにも独自の語形が入っていたということです.一般的に古い語形をよく残しているといわれる左列のゴート語が,その典型となります.ところが,古英語ではもともとの複雑な人称変化が何らかの事情で単純化しました.
では,何らかの事情とは何でしょうか.上の引用でも触れられていますが,1つにはやはり音変化が関与していました.古英語の前史において,ゴート語の語形に示される類いの語尾の母音・子音が大幅に弱化・消失するということが起こりました.その結果,接続法現在の単数は bere へと収斂しました.一方,接続法現在の複数は,3人称の語尾に含まれていた n (ゴート語の語形 baír-ai-na を参照)が類推作用 (analogy) によって1,2人称へも拡大し,ここに beren という不変の複数形が生まれました.上記は(強変化動詞の)接続法現在についての説明ですが,接続法過去でも似たような類推作用が起こりましたし,弱変化動詞もおよそ同じような過程をたどりました (Lass 177) .結果として,古英語では全体として人称変化の薄い接続法の体系ができあがったのです.
・ Lass, Roger. Old English: A Historical Linguistic Companion. Cambridge: CUP, 1994.
現代英語の仮定法では,各時制(現在と過去)内部において直説法にみられるような人称変化がみられません.仮定法現在では人称(および数)にかかわらず動詞は原形そのものですし,仮定法過去でも人称(および数)にかかわらず典型的に -ed で終わる直説法過去と同じ形態が用いられます.
もっとも,考えてみれば直説法ですら3人称単数現在で -(e)s 語尾が現われる程度ですので,現代英語では人称変化は全体的に稀薄といえますが,be 動詞だけは人称変化が複雑です.直説法においては人称(および数)に応じて現在時制では is, am, are が区別され,過去時制では were, were が区別されるからです.一方,仮定法においては現在時制であれば不変の be が用いられ,過去時制となると不変の were が用いられます(口語では仮定法過去で If I were you . . . ならぬ If I was you . . . のような用例も可能ですが,伝統文法では were を用いることになっています).be 動詞をめぐる特殊事情については,「#2600. 古英語の be 動詞の屈折」 ([2016-06-09-1]),「#2601. なぜ If I WERE a bird なのか?」 ([2016-06-10-1]),「#3284. be 動詞の特殊性」 ([2018-04-24-1]),「#3812. was と were の関係」 ([2019-10-04-1]))を参照ください.
今回,英語史の観点からひもといていきたいのは,なぜ仮定法には上記の通り人称変化が一切みられないのかという疑問です.仮定法は歴史的には接続法 (subjunctive) と呼ばれるので,ここからは後者の用語を使っていきます.現代英語の to love (右表)に連なる古英語の動詞 lufian の人称変化表(左表)を眺めてみましょう.
古英語 lufian | 直説法 | 接続法 | → | 現代英語 love | 直説法 | 接続法 | ||||||
?????? | 茲???? | ?????? | 茲???? | ?????? | 茲???? | ?????? | 茲???? | |||||
現在時制 | 1人称 | lufie | lufiaþ | lufie | lufien | 現在時制 | 1人称 | love | love | love | ||
2篋榊О | lufast | 2篋榊О | ||||||||||
3篋榊О | lufaþ | 3篋榊О | loves | |||||||||
過去時制 | 1人称 | lufode | lufoden | lufode | lufoden | 過去時制 | 1人称 | loved | loved | |||
2篋榊О | lufodest | 2篋榊О | ||||||||||
3篋榊О | lufode | 3篋榊О |
現代英語では,現在の事実と反対の仮定を表わすのに(あるいは丁寧表現として),条件節のなかで動詞の仮定法過去形を用いるのが規則です.帰結節では would, should, could, might などの過去形の法助動詞を用いるのが典型です.以下の例文を参照.
(1) If he tried harder, he would succeed.
(2) If we caught the 10 o'clock train, we could get there by lunchtime.
(3) If I were you, I'd wait a bit.
また,過去の事実と反対の仮定を表すには,条件節のなかでは動詞の仮定法過去完了形を用い,帰結節では would/should/could/might have + PP の形を取るのが一般的です.
(4) If she had been awake, she would have heard the noise.
(5) If I had had enough money, I could have bought a car.
(6) If I had known you were ill, I could have visited you.
歴史的にみると,このような反事実的条件文は古英語からありました.しかし現代英語と異なるのは,古英語では反事実が表わす時制にかかわらず,つまり上記の (1)--(3) のみならず (4)--(6) のケースにも,一貫して仮定法過去(古英語の用語でいえば接続法過去)が用いられていたことです.つまり,現代英語でいうところの仮定法過去も仮定法過去完了も,いずれも古英語に訳そうと思えば接続法過去を用いるほかないということです.しかも,帰結節においても条件節と同様に仮定法過去(would などの法助動詞ではなく)を用いたということに注意が必要です.
古英語の統語論を解説した Traugott (257) より,2つの反事実的条件文と,それについての解説を引用しておきます.
The past subjunctive is . . . used to express imaginary and unreal (including counterfactual) conditionality. In this case both clauses are subjunctive. Since no infexional distinction is made in OE between unreality in past, present or future, adverbs may be used to distinguish specific time-relations, but usually the time-relations are determined from the context. Example (219) illustrates a counterfactual in the past, (220) a counterfactual in the present:
(219) ... & ðær frecenlice gewundod wearð, & eac ofslagen wære (PAST SUBJ), gif his sunu his ne gehulpe (PAST SUBJ)
... and there dangerously wounded was, and even slain would-have-been, if his son him not had-helped
(Or 4 8.186.22)
... and was dangerously wounded there, and would even have been killed, had his son not helped him
(220) Hwæt, ge witon þæt ge giet todæge wæron (PAST SUBJ) Somnitum þeowe, gif ge him ne alugen (PAST SUBJ) iowra wedd
What, you know that you still today were to-Samnites slaves, if you them not had-belied your vows
(Or 3 8.122.11)
Listen, you know that you would still today be the Samnites' slaves, if you had not betrayed your vows to them
以上より,古英語でも現代英語と同様に反事実的条件には仮定法(接続法)過去が用いられていたことが確認できます.現代英語期までに,反事実の指す内容が現在なのか過去なのかによって仮定法過去と仮定法過去完了を使い分ける文法が発達したり,帰結節で法助動詞が用いられるようになるなどの変化はありましたが,反事実的条件を表わすのに条件節で仮定法(接続法)非現在形を用いるという基本線は英語の歴史を通じて変わっていません.英語は古英語期より一貫して,反事実(非現実,未実現)を表現するのに,現在時制ではなく過去系列の時制に頼ってきたのです.
・ Traugott, Elizabeth Closs. Syntax. In The Cambridge History of the English Language. Vol. 1. Ed. Richard M. Hogg. Cambridge: CUP, 1992. 168--289.
「#3977. 講座「英語の歴史と語源」の第6回「ヴァイキングの侵攻」のご案内」 ([2020-03-17-1]) でお知らせしたように,3月21日(土)の15:15?18:30に,朝日カルチャーセンター新宿教室にて「英語の歴史と語源・6 ヴァイキングの侵攻」と題する講演を行ないました.新型コロナウィルス禍のなかで何かと心配しましたが,お集まりの方々からは時間を超過するほどたくさんの質問をいただきました.ありがとうございました.
講座で用いたスライド資料をこちらに置いておきます.以下にスライドの各ページへのリンクも張っておきます.
1. 英語の歴史と語源・6 「ヴァイキングの侵攻」
2. 第6回 ヴァイキングの侵攻
3. 目次
4. 1. ヴァイキング時代
5. Viking の語源説
6. ヴァイキングのブリテン島襲来
7. 2. 英語と古ノルド語の関係
8. 3. 古ノルド語から借用された英単語
9. 古ノルド借用語の日常性
10. 古ノルド借用語の音韻的特徴
11. いくつかの日常的な古ノルド借用語について
12. イングランドの地名の古ノルド語要素
13. 英語人名の古ノルド語要素
14. 古ノルド語からの意味借用
15. 4. 古ノルド語の語彙以外への影響
16. なぜ英語の語順は「主語+動詞+目的語」なのか?
17. 5. 言語接触の濃密さ
18. 言語接触の種々のモデル
19. まとめ
20. 参考文献
次回は4月18日(土)の15:30?18:45を予定しています(新型コロナウィルスの影響がますます心配ですが).「ノルマン征服とノルマン王朝」と題して,かの1066年の事件の英語史上の意義を考えます.詳細はこちらよりどうぞ.
「#1253. 古ノルド語の影響があり得る言語項目」 ([2012-10-01-1]) で挙げたリストに,Dance (1735) を参照し,いくつか項目を追加しておきたい.いずれも実証が待たれる仮説というレベルである.
(1) the marked increase in productivity of the derivational verbal affixes -n- (as in harden, deepen) and -l- (e.g. crackle, sparkle)
(2) the rise of the "phrasal verb" (verb plus adverb/preposition) at the expense of the verbal prefix, most persuasively the development of up in an aspectual (completive) function
(3) certain aspects of v2 syntax (including the development of 'CP-v2' syntax in northern Middle English)
(4) the general shift to VO order
上記 (1) については,「#1877. 動詞を作る接頭辞 en- と接尾辞 -en」 ([2014-06-17-1]) で関連する話題に触れているので,そちらも参照.
(2) については,関連して「#2396. フランス語からの句の借用に対する慎重論」 ([2015-11-18-1]) を参照.
(3), (4) は統語現象だが,とりわけ (4) は大きな仮説である.これについては拙著『英語史で解きほぐす英語の誤解 --- 納得して英語を学ぶために』(中央大学出版部,2011年)の第5章第4節でも論じている.さらに以下の記事やリンク先の話題も合わせてどうぞ.
・ 「#1170. 古ノルド語との言語接触と屈折の衰退」 ([2012-07-10-1])
・ 「#3131. 連載第11回「なぜ英語はSVOの語順なのか?(前編)」」 ([2017-11-22-1]) (連載記事への直接ジャンプはこちら)
・ 「#3160. 連載第12回「なぜ英語はSVOの語順なのか?(後編)」」 ([2017-12-21-1]) (連載記事への直接ジャンプはこちら)
・ 「#3733.『英語教育』の連載第5回「なぜ英語は語順が厳格に決まっているのか」」 ([2019-07-17-1])
最後にリストに加えるのを忘れていたもう1つの項目があった.
(5) the spread of the s-plural
これは,私自身が詳細に論じている説である.詳しくは Hotta をご覧ください.
・ Dance, Richard. "English in Contact: Norse." Chapter 110 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1724--37.
・ 堀田 隆一 『英語史で解きほぐす英語の誤解 --- 納得して英語を学ぶために』 中央大学出版部,2011年.
・ Hotta, Ryuichi. The Development of the Nominal Plural Forms in Early Middle English. Tokyo: Hituzi Syobo, 2009.
古英語と古ノルド語の接触については,その接触状況をどのようにモデル化するかという問題が長らく論じられてきた.本ブログから関連する主要な記事を挙げておこう.
・ 「#1179. 古ノルド語との接触と「弱い絆」」 ([2012-07-19-1])
・ 「#1223. 中英語はクレオール語か?」 ([2012-09-01-1])
・ 「#1249. 中英語はクレオール語か? (2)」 ([2012-09-27-1])
・ 「#1250. 中英語はクレオール語か? (3)」 ([2012-09-28-1])
・ 「#3001. なぜ古英語は古ノルド語に置換されなかったのか?」 ([2017-07-15-1])
・ 「#3972. 古英語と古ノルド語の接触の結果は koineisation か?」 ([2020-03-12-1])
・ 「#3980. 古英語と古ノルド語の接触の結果は koineisation か? (2)」 ([2020-03-20-1])
一方,言語接触に関する Thomason and Kaufman の著書が出版されて以来,一般的に言語接触には "contact-induced changes" (or "borrowing") と "shift-induced interference" の2種類のタイプがあるとされており,古英語と古ノルド語の接触についてもその観点から再検討がなされてきた(2種類への分類については「#1780. 言語接触と借用の尺度」 ([2014-03-12-1]),「#1781. 言語接触の類型論」 ([2014-03-13-1]),「#1985. 借用と接触による干渉の狭間」 ([2014-10-03-1]),「#3968. 言語接触の2タイプ,imitation と adaptation」 ([2020-03-08-1]) を参照).
このように様々なモデル化の方法があるなかで,どれがいったい当該の言語接触の現実を映し出しているのか.この問題に対して Dance (1727) の指摘に耳を傾けたい.
It is worth stressing that when scholars refer to "the Anglo-Norse contact situation", this must be understood as shorthand for a long period of contacts in diverse local settings. It would have encompassed the widest possible variety of interactions, from the most superficial (trade, negotiation) to the most intimate (mixed communities, intermarriage), and every shade of relative political/cultural "dominance" by one group of speakers or the other. Accordingly, one should be wary of assuming that all the (putative) effects of this contact arose from a single type of encounter (or a series of encounters on a simple chronological cline of intensity), even if historical distance has effectively turned them into one cluster of phenomena.
両言語の接触状況は時間的にも空間的にも多様だったのであり,そこから1つの平均値を求めることには注意しなければならない,というメッセージだ.当該の言語接触をモデル化しようとするならば「ありとあらゆるモデルの混合」という新しいモデルを想定するのが適切かもしれない.
・ Thomason, Sarah Grey and Terrence Kaufman. Language Contact, Creolization, and Genetic Linguistics. Berkeley: U of California P, 1988.
・ Dance, Richard. "English in Contact: Norse." Chapter 110 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2nd vol. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1724--37.
2日間の記事 ([2020-03-23-1], [2020-03-24-1]) に引き続き,標題の疑問について議論します.ラテン語の文法用語 modus について調べてみると,おやと思うことがあります.OED の mode, n. の語源記事に次のような言及があります.
In grammar (see sense 2), classical Latin modus is used (by Quintilian, 1st cent. a.d.) for grammatical 'voice' (active or passive; Hellenistic Greek διάθεσις ), post-classical Latin modus (by 4th-5th-cent. grammarians) for 'mood' (Hellenistic Greek ἔγκλισις ). Compare Middle French, French mode grammatical 'mood' (feminine 1550, masculine 1611).
つまり,modus は古典時代後のラテン語でこそ現代的な「法」の意味で用いられていたものの,古典ラテン語ではむしろ別の動詞の文法カテゴリーである「態」 (voice) の意味で用いられていたということになります.文法カテゴリーを表わす用語群が混同しているかのように見えます.これはどう理解すればよいでしょうか.
実は voice という用語自体にも似たような事情がありました.「#1520. なぜ受動態の「態」が voice なのか」 ([2013-06-25-1]) で触れたように,英語において,voice は現代的な「態」の意味で用いられる以前に,別の動詞の文法カテゴリーである「人称」 (person) を表わすこともありましたし,名詞の文法カテゴリーである「格」 (case) を表わすこともありました.さらにラテン語の用語事情を見てみますと,「態」を表わした用語の1つに genus がありましたが,この語は後に gender に発展し,名詞の文法カテゴリーである「性」 (gender) を意味する語となっています.
以上から見えてくるのは,この辺りの用語群の混同は歴史的にはざらだったということです.考えてみれば,現在でも動詞や名詞の文法カテゴリーを表わす用語を列挙してみると,法 (mood),相 (aspect),態 (voice),性 (gender),格 (case) など,いずれも初見では意味が判然としませんし,なぜそのような用語(日本語でも英語でも)が割り当てられているのかも不明なものが多いことに気付きます.比較的分かりやすいのは時制 (tense),(number),人称 (person) くらいではないでしょうか.
英語の mood/mode, aspect, voice, gender, case や日本語の「法」「相」「態」「性」「格」などは,いずれも言葉(を発する際)の「方法」「側面」「種類」程度を意味する,意味的にはかなり空疎な形式名詞といってよく,kind, type, class,「種」「型」「類」などと言い換えてもよい代物です.ということは,これらはあくまで便宜的な分類名にすぎず,そこに何らかの積極的な意味が最初から読み込まれていたわけではなかったという可能性が示唆されます.
議論をまとめましょう.2日間の記事で「法」を「気分」あるいは「モード」とみる解釈を示してきました.しかし,この解釈は,用語の起源という観点からいえば必ずしも当を得ていません.mode は語源としては「方法」程度を意味する形式名詞にすぎず,当初はそこに積極的な意味はさほど含まれていなかったと考えられるからです.しかし,今述べたことはあくまで用語の起源という観点からの議論であって,後付けであるにせよ,私たちがそこに「気分」や「モード」という積極的な意味を読み込んで解釈しようとすること自体に問題があるわけではありません.実際のところ,共時的にいえば「法」=「気分」「モード」という解釈はかなり奏功しているのではないかと,私自身も思っています.
昨日の記事 ([2020-03-23-1]) に引き続き,言語の法 (mood) についてです.昨日の記事からは,mood と mode はいずれも「法」の意味で用いられ,法とは「気分」でも「モード」でもあるからそれも合点が行く,と考えられそうに思います.しかし,実際には,この両単語は語源が異なります.昨日「mood は mode にも通じ」るとは述べましたが,語源が同一とは言いませんでした.ここには少し事情があります.
mode から考えましょう.この単語はラテン語 modus に遡ります.ラテン語では "manner, mode, way, method; rule, rhythm, beat, measure, size; bound, limit" など様々な意味を表わしました.さらに遡れば印欧祖語 *med- (to take appropriate measures) にたどりつき,原義は「手段・方法(を講じる)」ほどだったようです.このラテン単語はその後フランス語で mode となり,それが後期中英語に mode として借用されてきました.英語では1400年頃に音楽用語として「メロディ,曲の一節」の意味で初出しますが,1450年頃には言語学の「法」の意味でも用いられ,術語として定着しました.その初例は OED によると以下の通りです.moode という綴字で用いられていることに注意してください.
mode, n.
. . . .
2.
a. Grammar. = mood n.2 1.
Now chiefly with reference to languages in which mood is not marked by the use of inflectional forms.
c1450 in D. Thomson Middle Eng. Grammatical Texts (1984) 38 A verbe..is declined wyth moode and tyme wtoute case, as 'I love the for I am loued of the' ... How many thyngys falleth to a verbe? Seuene, videlicet moode, coniugacion, gendyr, noumbre, figure, tyme, and person. How many moodes bu ther? V... Indicatyf, imperatyf, optatyf, coniunctyf, and infinityf.
次に mood の語源をひもといてみましょう.現在「気分,ムード」を意味するこの英単語は借用語ではなく古英語本来語です.古英語 mōd (心,精神,気分,ムード)は当時の頻出語といってよく,「#1148. 古英語の豊かな語形成力」 ([2012-06-18-1]) でみたように数々の複合語や派生語の構成要素として用いられていました.さらに遡れば印欧祖語 *mē- (certain qualities of mind) にたどりつき,先の mode とは起源を異にしていることが分かると思います.
さて,この mood が英語で「法」の意味で用いられたのは,OED によれば1450年頃のことで,以下の通りです.
mood, n.2
. . . .
1. Grammar.
a. A form or set of forms of a verb in an inflected language, serving to indicate whether the verb expresses fact, command, wish, conditionality, etc.; the quality of a verb as represented or distinguished by a particular mood. Cf. aspect n. 9b, tense n. 2a.
The principal moods are known as indicative (expressing fact), imperative (command), interrogative (question), optative (wish), and subjunctive (conditionality).
c1450 in D. Thomson Middle Eng. Grammatical Texts (1984) 38 A verbe..is declined wyth moode and tyme wtoute case.
気づいたでしょうか,c1450の初出の例文が,先に挙げた mode のものと同一です.つまり,ラテン語由来の mode と英語本来語の mood が,形態上の類似(引用中の綴字 moode が象徴的)によって,文法用語として英語で使われ出したこのタイミングで,ごちゃ混ぜになってしまったようなのです.OED は実のところ「心」の mood, n.1 と「法」の mood, n.2 を別見出しとして立てているのですが,後者の語源解説に "Originally a variant of mode n., perhaps reinforced by association with mood n.1." とあるように,結局はごちゃ混ぜと解釈しています.意味的には「気分」「モード」辺りを接点として,両単語が結びついたと考えられます.したがって,「法」を「気分」「モード」と解釈する見方は,ある種の語源的混同が関与しているものの,一応のところ1450年頃以来の歴史があるわけです.由緒が正しいともいえるし,正しくないともいえる微妙な事情ですね.昨日の記事で「法」を「気分」あるいは「モード」とみる解釈が「なかなかうまくできてはいるものの,実は取って付けたような解釈だ」と述べたのは,このような背景があったからです.
では,標題の疑問に対する本当の答えは何なのでしょうか.大本に戻って,ラテン語で文法用語としての modus がどのような意味合いで使われていたのかが分かれば,「法」 (mood, mode) の真の理解につながりそうです.それは明日の記事で.
印欧語言語学では「法」 (mood) と呼ばれる動詞の文法カテゴリー (category) が重要な話題となります.その他の動詞の文法カテゴリーとしては時制 (tense),相 (aspect),態 (voice) がありますし,統語的に関係するところでは名詞句の文法カテゴリーである数 (number) や人称 (person) もあります.これら種々のカテゴリーが協働して,動詞の形態が定まるというのが印欧諸語の特徴です.この作用は,動詞の活用 (conjugation),あるいはより一般的には動詞の屈折 (inflection) と呼ばれています.
印欧祖語の法としては,「#3331. 印欧祖語からゲルマン祖語への動詞の文法範疇の再編成」 ([2018-06-10-1]) でみたように直説法 (indicative mood),接続法 (subjunctive mood),命令法 (imperative mood),祈願法 (optative mood) の4種が区別されていました.しかし,ずっと後の北西ゲルマン語派では最初の3種に縮減し,さらに古英語までには最初の2種へと集約されていました(現代における命令法の扱いについては「#3620. 「命令法」を認めず「原形の命令用法」とすればよい? (1)」 ([2019-03-26-1]),「#3621. 「命令法」を認めず「原形の命令用法」とすればよい? (2)」 ([2019-03-27-1]) を参照).さらに,古英語以降,接続法は衰退の一途を辿り,現代までに非現実的な仮定を表わす特定の表現を除いてはあまり用いられなくなってきました.そのような事情から,現代の英文法では歴史的な「接続法」という呼び方を続けるよりも,「仮定法」と称するのが一般的となっています(あるいは「叙想法」という呼び名を好む文法家もいます).
さて,現代英語の法としては,直説法 (indicative mood) と仮定法 (subjunctive mood) の2種の区別がみられることになりますが,この対立の本質は何でしょうか.一般には,機能的にデフォルトの直説法に対して,仮定法は話者の命題に対する何らかの心的態度がコード化されたものだといわれます.何らかの心的態度というのも曖昧な言い方ですが,先に触れた例でいうならば「非現実的な仮定」が典型です.If I were a bird, I would fly to you. における仮定法過去形の were は,話者が「私は鳥である」という非現実的な仮定の心的態度に入っていることを示します.言ってみれば,妄想ワールドに入っていることの標識です.
同様に,仮定法現在形 go を用いた I suggest that she go alone. という文においても,話者の頭のなかで希望として描いているにすぎない「彼女が一人でいく」という命題,まだ起こっていないし,これからも確実に起こるかどうかわからない命題であることが,その動詞形態によって示されています.先の例ほどインパクトは強くないものの,これも一種の妄想ワールドの標識です.
「法」という用語も「心的態度」という説明も何とも思わせぶりな表現ですが,英語としては mood ですから,話者の「気分」であるととらえるのもある程度は有効な解釈です.つまり,法とは話者がある命題をどのような「気分」で述べているのか(たいていは「妄想的な気分」)を標示するものである,という見方です.あるいは mood は mode 「モード,様態」にも通じ,実際に両単語とも言語学用語としての法の意味で用いられますので,話者の「モード」と言い換えてもよさそうです.仮定法は,妄想モードを標示するものということです.
法については上記のような「気分」あるいは「モード」という解釈で大きく間違いはないと思います.ただし,この解釈は,用語の歴史を振り返ってみると,なかなかうまくできてはいるものの,実は取って付けたような解釈だということも分かってきます.それについては明日の記事で.
標題と関連して,Durkin (191--92) が挙げている古ノルド語借用語の例を挙げる.左列が古英語の同根語,中列が古ノルド語の同根語(かつ現代英語に受け継がれた語),右列が参考までに古アイスランド語での語形である.とりわけ左列と中列の音韻形態を比較してもらいたい.
OE | Scandinavian | Cf. Old Icelandic |
---|---|---|
sċyrta (> shirt) | skirt | skyrta |
sċ(e)aða, sċ(e)aðian | scathe | skaði, skaða 'it hurts' |
sċiell, sċell (> shell) | (northern) skell 'shell' | skel |
ċietel, ċetel (> ME chetel) | kettle | ketill |
ċiriċe (> church) | (northern) kirk | kirkja |
ċist, ċest (> chest) | (northern) kist | kista |
ċeorl (> churl) | (northern) carl | karl |
hlenċe | link | hlekkr |
ġietan | get | geta |
ġiefan | give | geva (OSw. giva) |
ġift | gift | gipt (OSw. gipt, gift) |
ġeard (> yard) | (northern) garth | garðr |
ġearwe | gear | gervi |
bǣtan | bait 'to bait' | beita |
hāl (> whole) | hail 'healthy' | heill |
lāc | northern laik 'game' | leikr |
rǣran (> rear) | raise | reisa |
swān | swain | sveinn |
nā (> no) | nay | nei |
blāc | bleak | bleikr |
wāc | weak | veikr |
þēah | though | þó |
lēas | loose | louss, lauss |
ǣġ (> ME ei) | egg | egg |
sweoster, swuster | sister | systir |
fram, from (> from) | fro | frá |
標題は,英語史では古くから論じられている問題である.答えが知りたい,しかし本当のところはわかり得ない,というもどかしい問題でもある.
昨日の記事「#3980. 古英語と古ノルド語の接触の結果は koineisation か? (2)」 ([2020-03-20-1]) で取り上げた Warner は,両者がそこそこ理解できたという前提の上で議論を進めているが,もちろんこの前提自体が妥当かどうかという問題があることは十分に意識している.実際,これまで様々な意見が提出されてきたことに触れ,その典拠も挙げてくれている (375) .おもしろく便利なので,以下にその箇所を引用しておこう.
How mutually comprehensible were the two languages? There is a range of views on this. 'The Englishmen and Northmen could easily understand each other in their own languages." says Björkmann (1900--2: 8), and Jespersen agreed. Haugen (1976: 138) writes that the languages were 'closely related and probably mutually intelligible,' Tristram (2004: 94) that 'with a little effort' speakers of Anglian and Norse 'were very well able to communicate in their everyday dealings.' Poussa thinks that 'communication between speakers of the different languages [would have been] possible, but not easy.' (1982: 27). Kastovsky (1992: 328--9) and Hansen (1984) think that mutual intelligibility was not high and that bilingualism would have been required.
Warner (375--76) が支持しているのは主として Townend の見解だ.
This area has recently been carefully re-examined by Townend (2000, 2002) and his claim that the languages were 'adequately mutually comprehensible' is rather convincing. He reminds us that in the mid-to-late ninth century we are only 400 years from the common North-West Germanic attested in runic inscriptions in southern Scandinavia and Jutland; a dialect area whose language was 'largely uniform' (Nielsen 1989: 5), and in which 'the evidence of both dialect grouping and the runic language supports the notion of a North-West Germanic continuum which contained (in proximity) speakers of the antecedents of both Norse and English' (Townend 2002: 25). We should not think in terms of Late West Saxon and Icelandic, the common citation forms: the English dialect is Anglian, which is closer to Norse, and Icelandic is 400 years later. So, for example, the suggestion made by Kastovsky (1992: 329) and Milroy (1997: 319) that the suffixed definite article of Norse would have contributed to difficulty of communication is unlikely to be relevant, since this development is not recorded until the eleventh century (Townend 2002: 183 note 1; 198 note 15)
なお,私自身の立場は Townend や Warner に近く「簡単な内容の会話であればおよそ通じたにちがいない」である.
・ Warner, Anthony. "English-Norse Contact, Simplification, and Sociolinguistic Typology." Neuphilologische Mitteilungen 118 (2017): 317--404.
・ Björkmann, Eric. Scandinavian Loan-Words in Middle English. Halle: Niemeyer, 1900--02.
・ Jespersen, O. Growth and Structure of the English Language. 9th ed. Oxford: Blackwell, 1938.
・ Haugen, Einar. The Scandinavian Languages: An Introduction to their History. London: Faber, 1976.
・ Tristram, H. "Diglossia in Anglo-Saxon England or What was Spoken Old English Like?" Studia Anglica Posnaniensia 40 (2004): 87--110.
・ Poussa, P. "The Evolution of Early Standard English: The Creolization Hypothesis." Studia Anglica Posnaniensia 14 (1982): 69--85.
・ Kastovsky, Dieter. "Semantics and Vocabulary." The Cambridge History of the English Language. Vol. 1. Ed. Richard M. Hogg. Cambridge: CUP, 1992. 290--408.
・ Hansen, B. H. "The Historical Implications of the Scandinavian Linguistic Element in English: A Theoretical Evaluation." Nowele 4 (1984): 53--95.
・ Townend, M. "Viking Age England as a Bilingual Society." Cultures in Contact: Scandinavian Settlement in England in the Ninth and Tenth Centuries. Ed. Dawn Hadley and J. D. Richards. Turnhout: Brepols, 2000. 89--105
・ Townend, M. Language and History in Viking Age England. Turnhout: Brepols, 2002.
・ Nielsen, Hans Frede. Germanic Languages: Origins and Early Dialectal Interrelations. Tuscaloosa/London: U of Alabama P, 1989.
・ Milroy, James 1997. "Internal versus External Motivations of Linguistic Change." Multilingua 16 (1997): 311--23.
[2020-03-12-1]に引き続いての話題.koineisation とは,古英語と古ノルド語の言語接触を解釈する新しい視点である.イメージとしては,計画的に建てられたニュータウンの状況を考えてみるとよい.日本のある場所にニュータウンが作られ,そこへ全国各地から居住者がやってくる.当初は様々な日本語方言があちらこちらで聞かれるが,時間が経つにつれ諸方言が混合 (mixing) し,個々の方言訛りの「どぎつい」部分が削られて平準化し,言葉として単純化してゆく.この一連の過程が koineisation である(cf. 「#1671. dialect contact, dialect mixture, dialect levelling, koineization」 ([2013-11-23-1]),「#3150. 言語接触は言語を単純にするか複雑にするか?」 ([2017-12-11-1])).
koineisation という過程が注目されるのは,言語接触論において大きな影響力をもつ Thomason and Kaufman が区別する2種類の接触タイプ,すなわち shift-induced interference と contact-induced changes のいずれとも異なるタイプとして提示されているからだ.(この2種類の区別については「#1780. 言語接触と借用の尺度」 ([2014-03-12-1]),「#1781. 言語接触の類型論」 ([2014-03-13-1]),「#1985. 借用と接触による干渉の狭間」 ([2014-10-03-1]),「#3968. 言語接触の2タイプ,imitation と adaptation」 ([2020-03-08-1]) を参照).
古英語と古ノルド語の接触が koineisation タイプであると本格的に論じている Warner の論文を読んだ.スリリングで説得力ある好論である.Warner は koineisation 説を唱えるに当たり,両言語話者が(容易にとはいわないが)互いに十分に理解可能だったことを前提においている.その上で,コミュニケーションにおける話者どうしの accommodation と selection の役割を重視したの (344) .
In ... koineization, English and Norse were both used in the same conversation. Speakers tend to accommodate to their interlocutors, so situations developed in which there was mixing of forms with considerable variation. Over time particular forms were selected, and they survived.
しかし,この説はスピード感という点で若干の問題を残す.というのも,Kerswill によれば,koineisation は2--3世代のうちに完了するのが典型とされるからだ.古英語と古ノルド語の接触による言語変化は一般にはかなりスピーディに起こったといわれるが,関与する変化の多くは,さすがにそこまでの速度には及ばない.
この点に関して,Warner は言語接触の状況によっては koineisation に相当の時間がかかることがあり得ると論じている.つまり,古英語・古ノルド語のケースは普通よりもやや状況が複雑で緩慢なタイプの koineisation なのではないかという考察だ (351) .
The speed of koineization depends on interaction within groups, and can also be slow .... Examples from new towns involve dialects which are quite close to one another, and groups that are relatively compact. Norse and OE are at the limits of mutual comprehension, which means that change is a much bigger job linguistically, and the English-Norse situation will have involved considerable socio-geographical variation and complexity across a period of time, reinforced by continuing inmigration of speakers of Norse in particular area, but as a series of situations involving communities of different sizes and cultural mix, speaking a series of koines which are at various removes from OE and ON, and which become dialects while still containing variation. All this took time.
Warner 説の事実上のまとめとなっている1節を引いておこう (385) .
So I believe that there is a coherent interpretation of the history of contact between English and Norse in which they are adequately mutually comprehensible. A (perhaps considerable) period of rudimentary dialect mixing and leveling was followed by an increase in interaction, by the weakening of distinctive elements of cultural identities of speakers of Norse and OE, and by a general willingness to disregard linguistic boundaries .... Then koineization, in which child peer groups especially in larger villages and urban areas may have played a focusing role in stabilizing variation, led to the amalgamation of English and Norse. This will have taken place at different times in different places: early in the Lindisfarne glosses, but considerably later in areas with a denser Norse population reinforced by immigration. Notice that this account includes a mechanism for simplificatory change and selection in the largely automatic accommodation which attends face-to-face interaction between speakers of similar linguistic systems, given appropriate social and psychological circumstances. So there is an apparently motivated connection between the linguistic situation (with its social and psychological components) and the overall type of outcome, and if my interpretation of this situation is appropriate, inflectional simplification at some level should reasonably (but not certainly) be anticipated.
最後に Warner による koineisation の説明として "a process of koineization (dialect mixing, levelling and simplification, driven by mutual accommodation and selection)" (393) も引用しておく.
・ Thomason, Sarah Grey and Terrence Kaufman. Language Contact, Creolization, and Genetic Linguistics. Berkeley: U of California P, 1988.
・ Warner, Anthony. "English-Norse Contact, Simplification, and Sociolinguistic Typology." Neuphilologische Mitteilungen 118 (2017): 317--404.
・ Kerswill, P. "Koineization and Accommodation." The Handbook of Language Variation and Change. Ed. J. K. Chambers, P. Trudgill, and N. Schilling-Estes. Malden, MA: Blackwell, 2004. 668--702.
英語の語彙には古ノルド語からの借用語が多く含まれている.それは古ノルド語を母語とするヴァイキングが8世紀後半以降イングランド北東部に侵攻・定住し,11世紀頃まで長らく英語話者と接触してきた結果である.言語接触の時期の中心はしたがって後期古英語期といっていいが,古ノルド語の借用語の多くが実際に文献に現われてくるのは中英語期に入ってからである.この時間差現象については「#2869. 古ノルド語からの借用は古英語期であっても,その文証は中英語期」 ([2017-03-05-1])「#3263. なぜ古ノルド語からの借用語の多くが中英語期に初出するのか?」 ([2018-04-03-1]) で取り上げてきた.
とはいえ,1100年以前に文証される古ノルド語の単語がないわけではない.語源の認定の仕方によって数えあげもまちまちだが,実のところ約100語とも,約150語とも,185語ともいわれる規模で確認される (Dance 1731, Durkin 179) .これらの古英語末期の古ノルド語借用語の特徴は,その多くが中英語まで存続しなかったという点だ.ということは,現代英語にも残っていないわけで,リストを眺めてもピンと来ないものが多い.それでも,現代まで残っている重要な語もないわけではない.Durkin (180--82) のリストの一部を眺めてみよう.
まず,ヴァイキングの得意とする船の分野の語が目立つ.barþ, barda, cnear, flēge, scegð はいずれも船の種類の名前である(ただし具体的にどのような船を指すのかは必ずしも明らかではない).hā (船のかいのへそ),hamele (オール受け),wrang(a) (船倉),hæfen (港;= haven)などもある.
次に,ヴァイキングと結びつけられる軍事,法律,社会階級,貨幣に関する語が挙がる.marc (重量・貨幣の単位としてのマルク;= mark),hūsting (集会;= hustings),hūscarl (家臣),bryniġe (鎖かたびら),grið (平和),lagu (法律;= law),(hūs)bōnda (主人;= husband),fēolaga (仲間;= fellow)など.
その他,loft (空),rōt (根;= root),scinn (皮膚;= skin),tacan (取る;= take) など重要な語も含まれている.
あまり気づかれないが翻訳借用 (loan_translation or calque) とおぼしき語を含めれば,もっと例が挙がる.æsċman (船乗り,海賊),hāsæta (こぎ手),stēor(es)mann (水先案内人),wederfest (悪天候で出航できない)は,それぞれ古アイスランド語の askmaðr, háseti, stýrimaðr/stjórnamaðr, veðrfastr に対応し,おそらく翻訳借用の事例ではないかと考えられる.
これら初期の借用語については,多くが必要に応じた ("need-based") 借用だったといってよいだろう.比較して「#302. 古英語のフランス借用語」 ([2010-02-23-1]) も参照されたい.
・ Dance, Richard. "English in Contact: Norse." Chapter 110 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 1724--37.
・ Durkin, Philip. Borrowed Words: A History of Loanwords in English. Oxford: OUP, 2014.
英語史において「古ノルド語」あるいは "Old Norse" (old_norse) という言語名を使うときに注意しなければならないのは,この名前が2つの異なる指示対象をもち得るということだ.
1つは,北ゲルマン語群のうち現存する最古の資料としての古アイスランド語(12世紀以降)を,同語群の代表として指し示す用法.もう1つは,とりわけ英語史研究の文脈において,8世紀半ばから11世紀にかけて英語を母語とするアングロサクソン人が,主に北東イングランドで接触したヴァイキングたちの母語を指す用法である.
この2つの指示対象は,まずもって時期が少なくとも1世紀以上異なる.また,空間的にも前者はアイスランド,後者は北ゲルマン語群のなかで西と東の両グループにまたがるものの,原則としてスカンジナビア半島である.OED の新版ではこの用語上の混乱を避けるために,前者を(文献があるという点で)具体的に "Old Icelandic" と,後者を(文献がないという点で)やや抽象的に "early Scandinavian" と呼び分けているようだ.この厳密な使い分けは確かに正確で便利だが,要は用語上の問題にすぎないので,文脈さえ明確であれば,いずれもこれまで通り "Old Norse" と呼んでおいても差し支えはない.ただし,区別を意識しておく必要はあるだろう.
Durkin (175) がこの問題を明示的に指摘していた.私自身はこれまで2つの "Old Norse" を一応のところ区別していたと思うが,明示的に区別すべしという議論を聞いてハッとした.
One important, albeit slightly arcane, initial question concerns terminology. Traditionally, the term 'Old Norse' has been used to denote two different things: (i) the language of the earliest substantial documents in any Scandinavian language, namely the rich literature largely preserved in Icelandic manuscripts dating from the twelfth century and (mostly) later; and (ii) the language that was in contact with English in the British Isles. In fact this is somewhat misleading, since English was in contact with the ancestor varieties of both West Norse (Norwegian and Icelandic) and East Norse (Danish and Swedish), but at a time earlier than our earliest substantial surviving documents for any of the Scandinavian languages, and at a time when the differences between West and East Norse were still very slight. Thus it is only rarely that English words can be attributed to either West or East Norse influence with any confidence. In this book I follow the terminology used in the new edition of the OED, using 'early Scandinavian' as a catch-all for the early West Norse and East Norse varieties which were in contact with English, and distinguishing this from 'Old Icelandic' denoting the language of the early Icelandic texts, and from 'Old Norwegian', 'Old Danish', 'Old Swedish' denoting the oldest literary records of each of these languages.
言語名というのはときにトリッキーで,注意しておかなければならないケースがある.関連して「#3558. 言語と言語名の記号論」 ([2019-01-23-1]),「#864. 再建された言語の名前の問題」 ([2011-09-08-1]) なども参照.
・ Durkin, Philip. Borrowed Words: A History of Loanwords in English. Oxford: OUP, 2014.
今週末の3月21日(土)の15:15?18:30に,朝日カルチャーセンター新宿教室にて「英語の歴史と語源・6 ヴァイキングの侵攻」と題する講演を行ないます.趣旨は以下の通りです.
8世紀後半,アングロサクソン人はヴァイキングの襲撃を受けました.現在の北欧諸語の祖先である古ノルド語を母語としていたヴァイキングは,その後イングランド東北部に定住しましたが,その地で古ノルド語と英語は激しく接触することになりました.こうして古ノルド語の影響下で揉まれた英語は語彙や文法において大きく変質し,その痕跡は現代英語にも深く刻まれています.ヴァイキングがいなかったら,現在の英語の姿はないのです.今回は,ヴァイキングの活動と古ノルド語について概観しつつ,言語接触一般の議論を経た上で,英語にみられる古ノルド語の語彙的な遺産に注目します.
ヴァイキングや古ノルド語 (old_norse) について,本ブログでも関連する話題を多く扱ってきました.以下,主要な記事にリンクを張っておきます.
・ 「#59. 英語史における古ノルド語の意義を教わった!」 ([2009-06-26-1])
・ 「#111. 英語史における古ノルド語と古フランス語の影響を比較する」 ([2009-08-16-1])
・ 「#169. get と give はなぜ /g/ 音をもっているのか」 ([2009-10-13-1])
・ 「#170. guest と host」 ([2009-10-14-1])
・ 「#340. 古ノルド語が英語に与えた影響の Jespersen 評」 ([2010-04-02-1])
・ 「#818. イングランドに残る古ノルド語地名」 ([2011-07-24-1])
・ 「#827. she の語源説」 ([2011-08-02-1])
・ 「#881. 古ノルド語要素を南下させた人々」 ([2011-09-25-1])
・ 「#931. 古英語と古ノルド語の屈折語尾の差異」 ([2011-11-14-1])
・ 「#1146. インドヨーロッパ語族の系統図(Fortson版)」 ([2012-06-16-1])
・ 「#1167. 言語接触は平時ではなく戦時にこそ激しい」 ([2012-07-07-1])
・ 「#1170. 古ノルド語との言語接触と屈折の衰退」 ([2012-07-10-1])
・ 「#1179. 古ノルド語との接触と「弱い絆」」 ([2012-07-19-1])
・ 「#1182. 古ノルド語との言語接触はたいした事件ではない?」 ([2012-07-22-1])
・ 「#1183. 古ノルド語の影響の正当な評価を目指して」 ([2012-07-23-1])
・ 「#1253. 古ノルド語の影響があり得る言語項目」 ([2012-10-01-1])
・ 「#1611. 入り江から内海,そして大海原へ」 ([2013-09-24-1])
・ 「#1937. 連結形 -son による父称は古ノルド語由来」 ([2014-08-16-1])
・ 「#1938. 連結形 -by による地名形成は古ノルド語のものか?」 ([2014-08-17-1])
・ 「#2354. 古ノルド語の影響は地理的,フランス語の影響は文体的」 ([2015-10-07-1])
・ 「#2591. 古ノルド語はいつまでイングランドで使われていたか」 ([2016-05-31-1])
・ 「#2625. 古ノルド語からの借用語の日常性」 ([2016-07-04-1])
・ 「#2692. 古ノルド語借用語に関する Gersum Project」 ([2016-09-09-1])
・ 「#2693. 古ノルド語借用語の統計」 ([2016-09-10-1])
・ 「#2869. 古ノルド語からの借用は古英語期であっても,その文証は中英語期」 ([2017-03-05-1])
・ 「#2889. ヴァイキングの移動の原動力」 ([2017-03-25-1])
・ 「#3001. なぜ古英語は古ノルド語に置換されなかったのか?」 ([2017-07-15-1])
・ 「#3263. なぜ古ノルド語からの借用語の多くが中英語期に初出するのか?」 ([2018-04-03-1])
・ 「#3969. ラテン語,古ノルド語,ケルト語,フランス語が英語に及ぼした影響を比較する」 ([2020-03-09-1])
・ 「#3972. 古英語と古ノルド語の接触の結果は koineisation か?」 ([2020-03-12-1])
・ 「#3606. 講座「北欧ヴァイキングと英語」」 ([2019-03-12-1])
新型コロナウィルス (COVID-19) が世界中で大流行しています.一刻も早く事態が終息することを願っています.英語史ブログ運営者としては,この時節に及んで中世ヨーロッパにもたらされた災禍である黒死病 (black_death) に触れないわけにはいきません.あえてこの話題を取り上げる次第です.
とはいえ,新しいことは何もありません.本ブログでは,英語史における黒死病の意義についてすでに多くの記事で検討してきました.以下にリンクを張りましたので,ぜひ関連する記事をご一読ください.とりわけお薦めは「#3058. 「英語史における黒死病の意義」のまとめスライド」 ([2017-09-10-1]) です.これは,2017年9月2日に朝日カルチャーセンター新宿教室で開いた「講座 歴史の動きと英語の変化」の第3回として「黒死病と英語」の題目の下で話した内容にもとづいています.エッセンスのみを記載していますが,ポイントは押さえているはずです.
・ 「#119. 英語を世界語にしたのはクマネズミか!?」 ([2009-08-24-1])
・ 「#139. 黒死病と英語復権の関係について再々考」 ([2009-09-13-1])
・ 「#144. 隔離は40日」 ([2009-09-18-1])
・ 「#1206. 中世イングランドにおける英語による教育の始まり」 ([2012-08-15-1])
・ 「#2990. Black Death」 ([2017-07-04-1])
・ 「#3053. 黒死病により農奴制から自由農民制へ」 ([2017-09-05-1])
・ 「#3054. 黒死病による社会の流動化と諸方言の水平化」 ([2017-09-06-1])
・ 「#3055. 黒死病による聖職者の大量死」 ([2017-09-07-1])
・ 「#3056. 黒死病による人口減少と技術革新」 ([2017-09-08-1])
・ 「#3057. "The Pardoner's Tale" にみる黒死病」 ([2017-09-09-1])
・ 「#3058. 「英語史における黒死病の意義」のまとめスライド」 ([2017-09-10-1])
・ 「#3061. 誤用と正用という観念の発現について」 ([2017-09-13-1])
・ 「#3062. 1665年のペストに関する Samuel Pepys の記録」 ([2017-09-14-1])
・ 「#3065. 都市化,疫病,言語交替」 ([2017-09-17-1])
・ 「#3196. 中英語期の主要な出来事の年表」 ([2018-01-26-1])
・ 「#3212. 黒死病,死の舞踏,memento mori」 ([2018-02-11-1])
・ 「#3780. Foley による「標準英語の発展」の記述」 ([2019-09-02-1])
1348年に初めてイギリスに飛び火した黒死病は,1066年のノルマン征服により下落していた英語の地位を回復するのにあずかって大きかったとするのが英語史の通説です.逆にいえば,もし黒死病が起こらなかったらば,英語は近代の入り口までにイングランドの国語としての地位を回復できなかった,あるいは回復したとしてももっと遅かっただろうという結論になります.さらに想像力をたくましくすれば,後の英語の世界的展開もなかった,あるいは遅れた,あるいは異なる形をとっていた,ということにもなり得ます.そうであれば,読者の皆さんも英語など学んでいなかったかもしれませんし,この英語史ブログも存在しなかったかもしれません.
上記の通説は英語史の一面を正しくとらえた説であると私も考えています.一方で黒死病の流行は世界史上著名な事件としてあまりによく知られているだけに,その効果や意義が過大評価されやすいという側面もあるのではないかと(自戒を込めて)考えています.英語復権 (reestablishment_of_english) の歩みは,ノルマン征服直後より始まっており,その後ゆっくりとではあるものの着実に進んでいたというのが歴史的事実です.黒死病はそのような従来の緩慢な傾向に,14世紀半ばというタイミングで拍車をかけたということでしょう.黒死病は英語の復権に一役買ったとはいえ,あくまで多数の要因の1つだったという解釈が妥当でしょう.
では,その他の多数の要因とは何でしょうか.これについては,英語の復権に関する reestablishment_of_english の記事群を読んでいただければと思います.そのなかでとりわけ重要な記事にのみ,以下にリンクを張っておきます.
・ 「#131. 英語の復権」 ([2009-09-05-1])
・ 「#138. 黒死病と英語復権の関係について再考」 ([2009-09-12-1])
・ 「#139. 黒死病と英語復権の関係について再々考」 ([2009-09-13-1])
・ 「#706. 14世紀,英語の復権は徐ろに」 ([2011-04-03-1])
・ 「#1207. 英語の書き言葉の復権」 ([2012-08-16-1])
・ 「#1821. フランス語の復権と英語の復権」 ([2014-04-22-1])
・ 「#2334. 英語の復権と議会の発展」 ([2015-09-17-1])
・ 「#3058. 「英語史における黒死病の意義」のまとめスライド」 ([2017-09-10-1])
・ 「#3894. 「英語復権にプラス・マイナスに貢献した要因」の議論がおもしろかった」 ([2019-12-25-1])
昨日の記事「#3974. 『もういちど読む山川世界史』の目次」 ([2020-03-14-1]) を踏まえ,日本史バージョンもお届けする.もちろん典拠は『もういちど読む山川日本史』だ.日本語史に関しては「#3389. 沖森卓也『日本語史大全』の目次」 ([2018-08-07-1]) を参照.ノードを開閉できるバージョンはこちらからどうぞ.
これまで英語史に隣接する○○史の分野に関して,教科書的な図書の目次をいくつか掲げてきた.「#3430. 『物語 イギリスの歴史(上下巻)』の目次」 ([2018-09-17-1]),「#3555. 『コンプトン 英国史・英文学史』の「英国史」の目次」 ([2019-01-20-1]),「#3556. 『コンプトン 英国史・英文学史』の「英文学史」の目次」 ([2019-01-21-1]),「#3567. 『イギリス文学史入門』の目次」 ([2019-02-01-1]),「#3828. 『図説フランスの歴史』の目次」 ([2019-10-20-1]) などである.
より大きな視点から世界史の目次も挙げておきたいと思ったので『もういちど読む山川世界史』を手に取った.歴史をわしづかみするには,よくできた教科書の目次が最適.ノードを開閉できるバージョンはこちらからどうぞ.
数学に関する年表・図鑑・事典が一緒になったような,それでいて読み物として飽きない『ビジュアル数学全史』を通読した.2009年の原著 The Math Book の邦訳である.250の話題の各々について写真や図形が添えられており,雑学ネタにも事欠かない.ゾクゾクさせる数の魅力にはまってしまった.この本の公式HPはこちら.
原著で読んでいたら数学用語にも強くなっていたかもしれないと思ったが,250のキーワードについては英語版の目次から簡単に拾える.ということで,以下に日英両言語版の目次をまとめてみた.ただ挙げるのでは芸がないので,本ブログの過去の記事と引っかけられそうなキーワードについては,リンクを張っておいた.数学(を含む自然科学)に関連する言語学・英語学・英語史の話題については,たまに取り上げてきたので.
古英語と古ノルド語の接触について,本ブログではその背景や特徴や具体例をたびたび議論してきた.1つの洞察として,その言語接触は koineisation ではないかという見方がある.koine や koineisation をはじめとして,関連する言語接触を表わす用語・概念がこの界隈には溢れており,本来は何をもって koineisation と呼ぶかというところから議論を始めなければならないだろう.しかし,以下の関連する記事を参考までに挙げておくものの,今はこのややこしい問題については深入りしないでおく.
・ 「#1671. dialect contact, dialect mixture, dialect levelling, koineization」 ([2013-11-23-1])
・ 「#3150. 言語接触は言語を単純にするか複雑にするか?」 ([2017-12-11-1])
・ 「#3178. 産業革命期,伝統方言から都市変種へ」 ([2018-01-08-1])
・ 「#3499. "Standard English" と "General English"」 ([2018-11-25-1])
・ 「#1391. lingua franca (4)」 ([2013-02-16-1])
・ 「#1690. pidgin とその関連語を巡る定義の問題」 ([2013-12-12-1])
・ 「#3207. 標準英語と言語の標準化に関するいくつかの術語」 ([2018-02-06-1])
Fischer et al. (67--68) が,koineisation について論じている Kerswill を参照する形で略式に解説しているところをまとめておこう.ポイントは4つある.
(1) 2,3世代のうちに完了するのが典型であり,ときに1世代でも完了することがある
(2) 混合 (mixing),水平化 (levelling),単純化 (simplification) の3過程からなる
(3) 接触する2変種は典型的に継続する(この点で pidgin や creole と異なる)
(4) いずれかの変種がより支配的ということもなく,より威信があるわけでもない
古英語と古ノルド語の接触を念頭に,(2) に挙げられている3つの過程について補足しておこう.第1の過程である混合 (mixing) は様々なレベルでみられるが,古英語の人称代名詞のパラダイムのなかに they, their, them などの古ノルド語要素が混入している例などが典型である.dream のように形態は英語的だが,意味は古ノルド語的という,意味借用 (semantic_borrowing) の事例なども挙げられる.英語語彙の基層に多くの古ノルド語の単語が入り込んでいるというのも混合といえる.
第2の過程である水平化 (levelling) は,複数あった異形態の種類が減り,1つの形態に収斂していく変化を指す.古英語では決定詞 se は sēo, þæt など各種の形態に屈折したが,中英語にかけて þe へ水平化していった.ここで起こっていることは,koineisation の1過程としてとらえることができる.
第3の過程である単純化 (simplification) は,形容詞屈折の強弱の別が失われたり,動詞弱変化の2クラスの別が失われるなど,文法カテゴリーの区別がなくなるようなケースを指す.文法性 (gender) の消失もこれにあたる.
このようにみてくると,確かに古英語と古ノルド語の接触には,興味深い特徴がいくつかある.これを koineisation と呼ぶべきかどうかは用語使いの問題となるが,指摘されている特徴には納得できるところが多い.
関連して「#3969. ラテン語,古ノルド語,ケルト語,フランス語が英語に及ぼした影響を比較する」 ([2020-03-09-1]) も参照.
・ Kerswill, P. "Koineization and Accommodation." The Handbook of Language Variation and Change. Ed. J. K. Chambers, P. Trudgill, and N. Schilling-Estes. Malden, MA: Blackwell, 2004. 668--702.
・ Fischer, Olga, Hendrik De Smet, and Wim van der Wurff. A Brief History of English Syntax. Cambridge: CUP, 2017.
標題については,「#3842. 言語変化の原因の複雑性と多様性」 ([2019-11-03-1]) に張ったリンク先の記事ですでに様々に論じてきたが,今ひとつ Fischer et al. (31) より,趣旨として関連する箇所を引用したい.昨今の言語変化研究において multiple_causation がトレンドであることが分かりやすく述べられている.
The current trend in theory formation is for this multifactorial view of causality to be formulated more and more explicitly. This is true both of models that accommodate multiple language-internal causes, typically with roots in the grammaticalization literature ..., and of models that seek to combine language-internal and language-external explanations of change ....
私がこれまで言語変化の "multiple causation" について主張してきたのは,引用の最後にあるように言語内的・外的な説明の合わせ技を念頭においてのことだった.しかし,なるほど,引用の半ばにあるように言語内的説明だけ取ってもそれは一枚岩ではなく礫岩的であるというという観点から "multiple" を考えることもできるし,その点でいえば引用で触れられていないが言語外的説明も "multiple" なはずだろう.どのレベルにおいても複合的な要因を前提として言語変化の解明に挑むというのが,昨今のトレンドといってよい.言語(変化)というきわめて複雑な現象を理解するためには,既存の知識を総動員し,さらに想像力を駆使しながら対象に挑むという姿勢が,ますます必要になってきているといえるだろう.
Fischer et al. (54) のバランスの取れた見方を示す1節を引用しておきたい.
Methodologically, it is most sound to give heed to and study quite a number of aspects of both an external and an internal kind, having to do with the type of contact, the socio-cultural make-up of the speech-community, and the state of the conventional internalized code that individuals in the community have developed during the period of language acquisition and beyond.
・ Fischer, Olga, Hendrik De Smet, and Wim van der Wurff. A Brief History of English Syntax. Cambridge: CUP, 2017.
現代の言語学理論を大きく2つに分けるとすれば,言語運用 (linguistic performance) を重視する学派と言語能力 (linguistic competence) を重視する学派の2つとなろう.言語運用と言語能力の対立は,パロール (parole) とラング (langue) の対立といってもよいし,E-Language と I-Language の対立といってもよい.学派に応じて用語使いが異なるが,およそ似たようなものである.
言語運用を重視する学派は,文法化理論 (grammaticalisation theory) や構文文法 (construction_grammar) に代表される認知言語学 (cognitive_linguistics) である.一方,言語能力に重きをおく側の代表は生成文法 (generative_grammar) である.両学派の言語観は様々な側面で180度異なり,鋭く対立しているといってよい.Fischer et al. (32) の表を引用し,対立項を浮かび上がらせてみよう.
EMPHASIS ON PERFORMANCE/LANGUAGE OUTPUT | EMPHASIS ON COMPETENCE/LANGUAGE SYSTEM | |
---|---|---|
(a) | product-oriented | process-oriented |
(b) | emphasis on function (in CxG also form) | emphasis on form |
(c) | locus of change: language use | locus of change: language acquisition |
(d) | equality of levels | centrality (autonomy) of syntax |
(e) | gradual change | radical change |
(f) | heuristic tendencies | fixed principles |
(g) | fuzzy categories/schemas | discrete categories/rules |
(h) | contiguity with cognition | innateness of grammar |
昨日の記事「#3968. 言語接触の2タイプ,imitation と adaptation」 ([2020-03-08-1]) で導入した言語接触 (contact) を区分する新たな術語を利用して,英語史において言語接触の主要な事例を提供してきた4言語の(社会)言語学的影響を比較・対照してみたい.とはいっても,私のオリジナルではなく,Fischer et al. (55) がまとめてくれているものを再現しているにすぎない.4言語とはラテン語,古ノルド語,ケルト語,フランス語である.
Parameters (social and linguistic) | Latin Contact --- OE/ME period and Renaissance | Scandinavian Contact --- OE(/ME) period | Celtic Contact --- OE/ME period and beyond (in Celtic varieties of English) | French Contact --- mainly ME period |
---|---|---|---|---|
(1) Type of language agentivity (primary mechanism) | Recipient (imitation) | Source (adaptation) | Source (adaptation) | Recipient (imitation) |
(2) Type of communication | Indirect | Direct | Direct | (In)direct |
(3) Length and intensity of communication | Low | High | Average (?) | Average |
(4) Percentage of population speaking the contact language | Small | Relatively large | Relatively large | Small |
(5) Socio-economic status | High | Equal | Low | High |
(6) Language prestige | High | Equal | Low | High |
(7) Bilingual speakers (among the English speakers) | Yes (but less direct) | No | No | Some |
(8) Schooling (providing access to target language) | Yes | No | No (only in later periods) | Some |
(9) Existence of standard in source/target language | Yes/Yes | No/No | No/No (only in later periods) | Yes/No |
(10) Influence on the lexicon of the target language (types of loanword) | Small (formal) | Large in the Danelaw area (informal) | Small (except in Celtic varieties of English) (informal) | Very large (mostly formal) |
(11) Influence on the phonology of the target language | No | Yes | Yes? (clearly in Celtic varieties of English) | Some |
(12) Linguistic similarity with target language | No | Yes | No | No |
言語接触 (contact) を分類する視点は様々あるが,借用 (borrowing) と言語交代による干渉 (shift-induced interference) を区別する方法が知られている.「#1780. 言語接触と借用の尺度」 ([2014-03-12-1]),「#1781. 言語接触の類型論」 ([2014-03-13-1]),「#1985. 借用と接触による干渉の狭間」 ([2014-10-03-1]) でみたとおりだが,およそ前者は L2 の言語的特性が L1 へ移動する現象,後者は L1 の言語的特性が L2 へ移動する現象と理解してよい.
この対立と連動するものとして,imitation と adaptation という区別が考えられる.英語史における言語接触の事例を考えてみよう.英語は様々な言語から影響を受けてきたが,それらの場合には英語自身は影響の受け手であるから recipient-language ということができる.一方,相手の言語は影響の源であるから source-language ということができる.
さて,英語の母語話者(集団)が主体的に source-language の話者(集団)から何らかの言語項を受け取ったとき,その活動は模倣 (imitation) と呼ばれる.一方,source-language の話者(集団)が英語へ言語交代するとき,元の母語の何らかの言語項を英語へ持ち越すということが起こるが,これは彼らにとっては英語への順応あるいは適応 (adaptation) と呼んでよい活動だろう.別の角度からみれば,いずれの場合も英語は影響の受け手ではあるものの,どちらの側がより積極的な役割を果たしているかにより,recipient-language agentivity と source-language agentivity とに分けられることになる.これは,いずれの側がより dominant かという点にも関わってくるだろう.
Van Coetsem はこれらの諸概念を結びつけて考えた.Fischer et al. (52) の説明を借りて,Van Coetsem の見解を覗いてみよう.
One important distinction is between 'shift-induced interference' or 'imposition' ... and 'contact-induced changes' (often termed 'borrowing' in a more narrow sense). Contact-induced changes are especially prevalent when there is full bilingualism, and where code-switching is also common, while shift-induced interference is usually the result of imperfect learning (i.e. in cases where a first language interferes in the learning of a later adopted language). To distinguish between contact-induced change and shift-induced interference, Van Coetsem (1877: 7ff.) uses the terms 'recipient-language agentivity' versus 'source-language agentivity', respectively, and in doing so links them to aspects of 'dominance'. Concerning dominance, he refers to (i) the relative freedom speakers have in using items from the source language in their own (recipient) language (here the 'recipient' language is dominant), and (ii) the almost inevitable or passive use that we see with imperfect learners, when they adopt patterns of their own (source) language into the new, recipient language, which makes the source language dominant. In (i), the primary mechanism is 'imitation', which only superficially affects speakers' utterances and does not involve their native code, while in (ii), the primary mechanism is 'adaptation', where the changes in utterances are a result of speakers' (= imperfect learners) native code. Not surprisingly, Van Coetsem (ibid: 12) describes recipient-language agentivity as 'more deliberate', and source-language agentivity as something of which speakers are not necessarily conscious. In source-language agentivity, the more stable or structured domains of language are involved (phonology and syntax), while in recipient-language agentivity, it is mostly the lexicon that is involved, where obligatoriness decreases and 'creative action' increases (ibid.: 26).
用語・概念を整理すれば次のようになろう.
imitation | vs | adaptation |
recipient-language agentivity | vs | source-language agentivity |
borrowing or contact-induced change | vs | shift-induced interference |
full bilingualism | vs | imperfect learning |
mostly lexicon | vs | phonology and syntax |
標題については,以下の記事を含む様々な機会に取り上げてきた.
・ 「#307. コーパス利用の注意点」 ([2010-02-28-1])
・ 「#367. コーパス利用の注意点 (2)」 ([2010-04-29-1])
・ 「#428. The Brown family of corpora の利用上の注意」 ([2010-06-29-1])
・ 「#1280. コーパスの代表性」 ([2012-10-28-1])
・ 「#2584. 歴史英語コーパスの代表性」 ([2016-05-24-1])
・ 「#2779. コーパスは英語史研究に使えるけれども」 ([2016-12-05-1])
コーパスを利用した英語(史)研究はますます盛んになってきており,学界でも当然視されるようになったが,だからこそ利用にあたって注意点を確認しておくことは大事である.主旨はおよそ繰り返しとなるが,今回は英語歴史統語論の概説書を著わした Fischer et al. (14) より,4点を指摘しよう.
(i) there can be tension between what is easily retrieved through corpus searches and what is thought to be linguistically most significant; a historical syntactic case in point involves patterns of co-reference of noun phrases . . . ; these have been largely neglected because they involve information status, which is currently not part of any standard annotation scheme;
(ii) when a data search yields large numbers of hits, there may be a temptation to interpret corpus results merely as numbers, which is a severely reductive approach; in cases of grammaticalization, for example, changes in frequency may act as tell-tale signs . . . , but an exclusive quantitative focus will mean that one is ignoring the changes in meaning and context that form the core of the process;
(iii) the substantial amounts of data that can be collected from a corpus can also blind researchers to the dangers of making generalizations about the language as a whole on the basis of a partial view of it; this is a particularly relevant problem for diachronic research, because we only have very incomplete evidence for the state of the language in any historical period . . . ;
(iv) trying to achieve greater representativness by collecting and comparing data from various corpora can also be tricky: principles guiding text inclusion vary widely, there is little standardization in user interfaces, and they can require a significant time investment to learn to operate.
この4点を私の言葉で超訳すれば,次のようになる.
(i) コーパスで遂行しやすい問題が,言語学的には必ずしも意味のある問題ではないかもしれない点に注意すべし
(ii) 量的な観点を重視する研究には役立ちそうだが,質的な観点が見過ごされてしまう危険性がある
(iii) 巨大なコーパスであったとしても,完全に representative であるわけではない(いわゆる歴史言語学における "bad-data problem")
(iv) コーパス編纂者の前提やインターフェース作成者の意図をつかんだ上で,使用法を心して習熟すべし
・ Fischer, Olga, Hendrik De Smet, and Wim van der Wurff. A Brief History of English Syntax. Cambridge: CUP, 2017.
Fischer et al. (4--6) に英語統語論の主要な歴史的変化の一覧表がある.参照用に便利なので,"Overview of syntactic categories and their changes" と題されたこの一覧を再現しておきたい.左欄を縦に眺めるだけでも,英語歴史統語論にどのような話題があり得るのかがつかめる.
Changes in: | Old English | Middle English | Modern English | |
---|---|---|---|---|
case form and function: | genitive | various functions | genitive case for subjective/poss.; of-phrase elsewhere | same |
dative | various functions/PP sporadic | increase in to-phrase; impersonal dative lost | same | |
accusative | main function: direct object | accusative case lost, direct object mainly marked by position | same | |
determiners: | system | articles present in embryo form, system developing | articles used for presentational and referential functions | also in use in predicative and generic contexts |
double det. | present | rare | absent | |
quantifiers: | position of | relatively free | more restricted | fairly fixed |
adjectives: | position | both pre- and postnominal | mainly prenominal | prenominal with some lexical exceptions |
form/function | strong/weak forms, functionally distinct | remnants of strong/weak forms; not functional | one form only | |
as head | fully operative | reduced; introduction of one | restricted to generic reference/idiomatic | |
'stacking' of | not possible | possible | possible | |
adjectival or relative clause | relative: se, se þe, þe, zero subject rel. | new: þæt, wh-relative (except who), zero obj. rel. | who relative introduced | |
adj. + to-inf. | only active infinitives | active and passive inf. | mainly active inf. | |
aspect-system: | use of perfect | embryonic | more frequent; in competition with 'past' | perfect and 'past' grammaticalized in different functions |
form of perfect | BE/HAVE (past part. sometimes declined) | BE/HAVE; HAVE becomes more frequent | mainly HAVE | |
use and form of progressive | BE + -ende; function not clear | BE + -ing, infrequent, more aspectual | frequent, grammaticalizing | |
tense-system: | 'present' | used for present tense, progressive, future | used for present tense and progr.; (future tense develops) | becomes restricted to 'timeless' and 'reporting' uses |
'past' | used for past tense, (plu)perfect, past progr. | still used also for past progr. and perfect; new: modal past | restricted in function by grammaticalization of perfect and progr. | |
mood-system: | expressed by | subjunctive, modal verbs (+ epistemic advbs) | mainly modal verbs (+ develop. quasi-modals); modal past tense verbs (with exception features) | same + development of new modal expressions |
category of core modals | verbs (with exception features) | verbs (with exception features) | auxiliaries (with verbal features) | |
voice-system: | passive form | beon/weorðan + (inflected) past part. | BE + uninfl. past part | same; new GET passive |
indirect pass. | absent | developing | (fully) present | |
prep. pass. | absent | developing | (fully) present | |
pass. infin. | only after modal verbs | after full verbs, with some nouns and adject. | same | |
negative system | ne + verb (+ other negator) | (ne) + verb + not; rare not + verb | Aux + not + verb; (verb + not) | |
interrog. system | inversion: VS | inversion: VS | Aux SV | |
DO as operator | absent | infrequent, not grammaticalized | becoming fully grammaticalized | |
subject: | position filled | some pro-drop possible; dummy subjects not compulsory | pro-drop rare; dummy subjects become the norm | pro-drop highly marked stylistically; dummy subj. obligat. |
clauses | absent | that-clauses and infinitival clauses | new: for NP to V clauses | |
subjectless/impersonal constructions | common | subject position becomes obligatorily filled | extinct (some lexicalized express.) | |
position with respect to V | both S (...) V and VS | S (...) V; VS becomes restricted to yes/no quest. | only S (adv) V; VS > Aux SV | |
object: | clauses | mainly finite þæt-cl., also zero/to-infinitive | stark increase in infinitival cl. | introduction of a.c.i. and for NP to V cl. |
position with respect to V | VO and OV | VO; OV becomes restricted | VO everywhere | |
position IO-DO | both orders; pronominal IO-DO preferred | nominal IO-DO the norm, introduction of DO for/to IO | IO-DO with full NPs; pronominal DO-IO predominates | |
clitic pronouns | syntactic clitics | clitics disappearing | clitics absent | |
adverbs: | position | fairly free | more restricted | further restricted |
clauses | use of correlatives + different word orders | distinct conjunctions; word order mainly SVO | all word order SVO (exc. some conditional clauses) | |
phrasal verbs | position particle: both pre- and postverbal | great increase; position: postverbal | same | |
preposition stranding | only with pronouns (incl. R-pronouns: þær, etc.) and relative þe | no longer with pronouns, but new with prep. passives, interrog., and other relative clauses | no longer after R-pronouns (there, etc.) except in fixed expressions |
古英語の方言区分については「#1433. 10世紀以前の古英語テキストの分布」 ([2013-03-30-1]) で地図を掲げた.Northumbrian, Mercian, Kentish, West-Saxon ときれいに分かれているようにみえるが,古英語期特有の込み入った事情があり,実際には不明な点が多いことに注意しておく必要がある.Hogg (4) が3点挙げている.
. . . it is important to recognize that it is open to several major caveats and objections. Firstly, it is well known that these dialects refer only to actual linguistic material, and therefore there are large areas of the country, most obviously East Anglia, about whose dialect status we cannot know directly from OE evidence. Secondly, the nomenclature adopted is derived from political structures whereas most of the writing we have is to be more directly associated with ecclesiastical structures. Thirdly, the type of approach which leads to the above division is a product of the Stammbaum and its associated theories, whereas modern dialectology, either synchronic or diachronic ... demonstrates that such a rigidly demarcated division is ultimately untenable. It would be preferable to consider each text as an 'informant', ... which is more or less closely related to other texts on an individual basis, with the classification of texts into dialect groups being viewed as a process determined by the purposes of the linguistic analysis at hand, rather than as some a priori fact. . . .
まとめれば,古英語期からの証拠 (evidence) の分布が時期や地域によってバラバラであり量も少ないこと,地域方言の存在の背景にある当時の社会言語学的な事情が不詳であること,そして様々な程度の方言間接触があったはずであることの3点である.いずれも方言区分しようとする際に頭の痛い問題であることは容易に理解される.引用の最後に明言されているように,古英語の方言区分は,当面の言語分析のための仮説上の構築物ととらえておくのが妥当である.この点では,時代区分 (periodisation) の問題にも近いといえる.
・ Hogg, Richard M. A Grammar of Old English. Vol. 1. 1992. Malden, MA: Wiley-Blackwell, 2011.
[2020-02-24-1] の記事で取り上げた論争について続編をお届けする.
古英語で <ea>, <eo>, <ie> と綴られる3種の2重字 (digraph) は,それぞれ歴史的には短い音素と長い音素のいずれをも表わしているとされる.つまり,古英語では同じ2重字で綴られていながらも,音韻的には「短い2重母音」と「長い2重母音」(現代の文献ではしばしば第1母音字に長音記号 (macron) を付して表記される)が区別されていたということだ.素直に解釈すれば,<ea> ≡ [ɛɑ], <ēa> ≡ [ɛːɑ], <eo> ≡ [eo], <ēo> ≡ [eːo], <ie> ≡ [ie], <īe> ≡ [iːe] のような対応関係と解してよさそうだが,これが論争の的になっているのだ.それもただの論争ではない.古英語文献学において最も複雑かつ辛辣な論争である.
実のところ,これら長短の2重母音のいずれも古英語の終わりには滑化し,2重母音ではなくなってしまう.その点では後の英語音韻史にほとんど影響を与えていないわけであり,一見するとなぜそれほど大きな論争になるのか分かりにくいだろう.しかし,これは古英語の音韻体系に関する問題にとどまらず,類型論的な意義をもつ問題であり,だからこそ論争がヒートアップしているのだ.以下,Minkova (178--79) に従って,2重母音に長短の区別があったとする説に反対する論拠を挙げてみよう.
まず,先の記事にも述べたように,類型論的にいって2重母音に長短の区別がある言語はまれである.そのようなまれな母音体系を,古英語のために再建してもよいのかという問題がある.そのような母音体系があり得ないとまではいえないものの,非常にまれだとすれば,そもそも仮説的な再建の候補として挙げてよいものだろうか.これは,なかなか反駁しにくい反対論の論拠である.
もう1つの議論は,上の3種の2重母音とは別の2重母音 [ej] は,特に長短の区別を示していないということに依拠する.語源的にはこの2重母音は長短の区別を示していたが,古英語では語源的には長いはずの hēȝ (hay) と短いはずの weȝ (way) が特に対立をなしていない.とすれば,問題の3種の2重母音についても長短の区別はなかったという可能性が高いのではないか.
3つめに,後の音韻史を参照してみると,「短い2重母音」はやがて短母音と融合していくことになる.つまり,「短い2重母音」は2重字で綴られているので勘違いされやすいが,実はもともと1モーラの母音だったのではないか.そこから対比的に考えると,「長い2重母音」は実は2モーラの普通の2重母音にすぎないのではないか.
最後に,そもそも2重母音の長短の区別を実証する最小対 (minimal_pair) が限られていることだ.限られている例を観察すると,音素として異なるとする解釈によらずとも,別の解釈により説明し得る.
今回は一方の側の論拠を紹介したにすぎないが,両陣営が各々の論拠を立てて激しい論争を繰り広げている.たかが2重母音,されど2重母音.恐るべし.
・ Minkova, Donka. A Historical Phonology of English. Edinburgh: Edinburgh UP, 2014.
標題は,英語でなくとも日本語でも何語でもよいのだが,素朴でありながら難しい問題である.「時間を経て古英語が現代英語になった」「歴史的に古英語から現代英語へと変化してきた」というのは日常的な言葉使いとして自然だが,具体的に何が変わったのかと問われると,立ち止まって考えざるを得ない.英語が変わったのだといっても,英語の何が変わったというのだろうか.英語の文法や語彙や発音等々が変わったのだと言えるかもしれない.しかし,変わっていない項目も多々ある.そもそも変わっていない部分がなければ,前の段階と後の段階が英語という同一の言語として存在し続けてきたと主張することはできなさそうだ.英語には変わってきた部分と変わらなかった部分があるのだ.とすると「古英語が現代英語になった/変わった」という言い方は,変わった部分にのみ注目した言い方ということになるのだろうか.
一方,英語の文法や語彙や発音等々が変わったのではない,変わったのは英語を話す話者集団の言語使用である,と解釈することもできる.この見方は,言語そのものではなく話者を主体に置く言語変化観といっていだろう.私自身は,こちらの後者の見方に親近感を覚えている.
結局のところ標題の問題は,英語とは何か,言語変化とは何かという根本的な問いへと還元され,回答者は自らの言語(変化)観に従って何らかの答えを出すことになるのだろう.
Ritt (37--38) は,物議を醸しかねない "selfish sounds" の言語観に基づいて,言語変化を次のように解説している.非常に丁寧な解説ではある.
What is usually called 'Old English' represents a heterogeneous (yet most probably inherently ordered) pool of competences 'in' Old English. These competences will each have been different from one another, but will have shared a sufficient number of properties for making communication among 'Old English' speakers possible. 'Present Day English' represents another pool of competences, once again heterogeneous in an orderly way. Importantly, the mix of competence properties that characterises the pool constituting 'Present Day English' differs considerably from the mix of properties that characterises the 'Old English' competence pool. Some properties that can be found in one pool are absent in the other, and of those which are present in both some will be distributed differently. We assume that these differences are due to 'language change'. This implies that some causal link can be established between the 'Old English' competence pool on the one hand and the 'Present Day English' pool on the other. Most probably, such a link is established via behavioural and textual manifestations of language, as well as by competences of 'intermediate' stages of English. It is supposed that temporally later competences assume their characteristic properties by interpreting the textual output produced on the basis of earlier competences. Linguistic change happens because later competences do not always appear to assume quite the same properties as earlier competences. Thereby, the mix of properties that characterises the competence pool of a speech community is continually altered --- albeit only slightly --- as one new competence after the other assumes first its adult, and ultimately its final state. At the same time earlier competences are continually removed from the pool as the speakers who host them die. Over time, these processes may amount to such differences as those which distinguish 'Present Day English' from 'Old English'. This, then, is what we refer to when we say that 'Old English' has become, or changed into 'Present Day English'.
Ritt は「言語能力素の一溜まりが宿主である話者に寄生している」という言語観をもっている.ここから,言語変化についても独特な見方をもつに至った.言語項を "meme" に見立てる Neo-Darwinian 的な言語観については,以下の記事も参考にされたい.
・ 「#1402. 英語が千年間,母音を強化し子音を弱化してきた理由」 ([2013-02-27-1])
・ 「#1403. drift を合理的に説明する Ritt の試み」 ([2013-02-28-1])
・ 「#3215. ドーキンスと言語変化論 (1)」 ([2018-02-14-1])
・ 「#3216. ドーキンスと言語変化論 (2)」 ([2018-02-15-1])
・ 「#3217. ドーキンスと言語変化論 (3)」 ([2018-02-16-1])
・ Ritt, Nikolaus. Selfish Sounds and Linguistic Evolution: A Darwinian Approach to Language Change. Cambridge: CUP, 2004.
連日の記事で Ritt に依拠しながら,後期古英語から初期中英語にかけて生じた一連の母音の量に関する変化に焦点を当ててきた.具体的には,母音の長化と短化に関する以下の4つの変化である.
・ 同器性長化 (Homorganic Lengthening; homorganic_lengthening)
・ 子音群前位置短化 (Shortening before Consonant Clusters; shocc)
・ 3音節短化 (Trisyllabic Shortening; trish)
・ 中英語開音節長化 (Middle English Open Syllable Lengthening; meosl)
従来これらの母音量変化はそれぞれ独立した現象として解釈されてきたが,昨日の記事「#3961. 3音節短化の事例」 ([2020-03-01-1]) の最後でも触れた通り,実は補完的な関係にあり,1つの駆流 (drift) ととらえる視点が提出されてきている.Ritt はこれを Early Middle English Quantity Adjustment と呼んでいる.
2つの長化については「#3958. Ritt による中英語開音節長化の公式」 ([2020-02-27-1]) で触れたように,1つの関数としてとらえることができる.改めてその公式を掲げておこう.
一方,2つの短化についても公式を立てることができる.短化と長化は見事に補完的であり,短化を促進させる環境では長化が抑制され,その逆もまた真である.すると,短化の公式は,上の長化の公式を逆転させればよいということになる.Ritt (95--96) の挙げている短化の公式は次の通り.
The probability of vowel shortening was proportional to
a. its height
b. syllable weight
c. the overall weight of the weak syllables in the foot
and inversely proportional to
a. the (degree of) stress on it
b. its backness
c. coda sonority
ここまで来れば,長化と短化の公式を組み合わせて,大きな1つの Early Middle English Quantity Adjustment の公式を立てることもできるだろう (Ritt 96) .
Ritt の音韻論の真骨頂は,このように音環境と音変化の関係を確率の問題に落とし込んだ点,そして一見互いに独立した変化を結びつけてみせた点にある.
・ Ritt, Nikolaus. Quantity Adjustment: Vowel Lengthening and Shortening in Early Middle English. Cambridge: CUP, 1994.
昨日の記事「#3960. 子音群前位置短化の事例」 ([2020-02-29-1]) で触れた SHOCC (= Shortening before Consonant Clusters) とおよそ同時期に生じたもう1つの母音短化として,3音節短化 (Trisyllabic Shortening (= TRISH)) という音変化がある.3音節語において強勢のある第1音節の長母音が短化するというものだ.定式化すると次のようになる.
V → [-long]/__C(C)σσ
Ritt (99--100) より,初期中英語での形態により例を挙げよう.現代英語の形態と比較できるもののみを挙げる.
heafodu PL | 'head' |
cicenu PL | 'chicken' |
linenes GEN | 'linen' |
æniȝe PL | 'any' |
ærende | 'errand' |
æmette | 'ant' |
suþerne | 'southern' |
westenne DAT | 'waste (desert)' |
deorlingas PL | 'darling' |
feorþinȝas PL | 'farthing' |
feowertiȝ | 'forty' |
freondscipe | 'friendship' |
haliȝdaȝ | 'holiday' |
alderman | 'alderman' |
heringes PL | 'herring' |
stiropes PL | 'stirrup' |
Monenday | 'Monday' |
Thuresday | 'Thursday' |
seliness | 'silliness' |
redili | 'readily' |
bretheren PL | 'brethren' |
evere | 'ever' |
othere ACC | 'other'' |
redeles PL | 'riddle' |
boseme ACC | 'bosom' |
wepenes PL | 'weapon' |
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最終更新時間: 2024-10-26 09:48
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