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現代世界に多種多様に存在する英語変種をどのようにモデル化してとらえるか,世界英語 (World Englishes) をいかに区分するかという問題は,多くの考察と論争を引き起こしてきた.本ブログでも model_of_englishes の各記事で取り上げてきたが,モデルそれ自体も多種多様である.
最も広く知られているのは「#217. 英語話者の同心円モデル」 ([2009-11-30-1]) による Kachru の同心円モデルである.ENL (English as a Native Language) の円を核として,その周囲に ESL (English as a Second Language) が,さらに周縁部に EFL (English as a Foreign Language) が配置されているモデルだ.それぞれ Inner Circle, Outer Circle, Expanding Circle とも称される.
このモデルはとても分かりやすく,一般にも広く受け入れられているが,専門家からは異論も多い.Schreier (2117--19) の議論に依拠し,要点をまとめておきたい.
(1) 例えば南アフリカ共和国は典型的な ESL 地域といわれるが,同国の人口の全体が ESL 的な英語使用を実践しているわけではない.少数派ではあるが英語母語話者もいるし,教育を受ける機会のない少なからぬ人々は英語を話さない.ESL や EFL といった区分は,英語使用に対する現実には存在しない一様な遵守を前提としてしまっている.
(2) 人口のうちどれくらいの割合の人々が英語を話していれば,ESL 地域であると呼べるのか.単純な数の問題ではないように思われる.むしろ英語使用がその社会にどのくらい統合されているか,という社会言語学的な点が重要なのではないか.社会のどの層が英語をよく使用し,どの層があまり使用しないのか等の考慮も必要だろう.
(3) Kachru モデルは,ENL, ESL, EFL といった区分がカテゴリカルかつ不変であるとの前提に立っているが,これは現実を反映していない.例えばアイルランド英語は,現在でこそ ENL 地域としてみなされているが,歴史的にはアイルランド語からの言語交替を経てきたのであり,その過渡期にあっては ESL 地域と呼ぶのがふさわしかったろう.また,タンザニアはイギリスからの独立後スワヒリ語を公的な言語として採用し,結果として英語の存在感は独立前よりも小さくなっているが,これはタンザニアが ESL 地域から EFL 地域へと位置づけを変えているということではないか.
要するに,Kachru モデルは地域の社会言語学的状況の一様性やカテゴリカルで不変の区分を前提としているが,実際には状況は一様ではないし,区分もそれほど明確ではなく,時とともに変わりもする,という批判だ.もっとダイナミックで柔軟性に富むモデルが必要だろう.
ダイナミックな代替モデルとしては,例えば「#414. language shift を考慮に入れた英語話者モデル」 ([2010-06-15-1]) や「#1096. Modiano の同心円モデル」 ([2012-04-27-1]) が提案されている.また,関連して「#56. 英語の位置づけが変わりつつある国」 ([2009-06-23-1]) も参照.
・ Schreier, Daniel. "Second-Language Varieties: Second-Language Varieties of English." Chapter 134 of English Historical Linguistics: An International Handbook. 2 vols. Ed. Alexander Bergs and Laurel J. Brinton. Berlin: Mouton de Gruyter, 2012. 2106--20.
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最終更新時間: 2024-10-26 09:48
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