hellog〜英語史ブログ

#1385. Caxton が綴字標準化に貢献しなかったと考えられる根拠[caxton][spelling][standardisation][printing][orthography]

2013-02-10

 昨日の記事「#1384. 綴字の標準化に貢献したのは17世紀の理論言語学者と教師」 ([2013-02-09-1]) を含め ##297,871,1312,1384 の各記事で,印刷業者が綴字の標準化に貢献したとする従来の説への反論を見た.今回も同様に,イングランドにおける最初の印刷業者 William Caxton (c1422--91) が綴字標準化に貢献しなかったと考えるべき根拠を,Brengelman (337--39) に拠りつつ,挙げたい.

 (1) Caxton は,主として依頼に応じて,かつ少数の貴族のみを対象として印刷したに過ぎない.100部数を超えて発行したことはないだろう.
 (2) Caxton は自らが多くの翻訳や編集を手がけたことから考えても,印刷作業そのものを担当する機会はそれほど多くなかったはずである.
 (3) Caxton の翻訳や作品の綴字は一貫しておらず,フランス語の綴字の強い影響を受けている.Malory の Morte d'Arthur でいえば,Caxton はむしろ自らの綴字よりも古風な綴字で印刷している.
 (4) Caxton において初出の単語ですら,後の標準綴字とは異なる綴字で印刷されている.具体的には,Caxton に初出のロマンス系借用語1384語のうち約170語が現在にまで残っているが,Caxton 綴字と現在の標準綴字とが一致するのは,その約170語うち57語のみである.一致しない過半数の綴字についても,17世紀に規格化された綴字規則と比較して,連続性が見られない.
 (5) Caxton と同時代,同方言の写本の綴字を比較してみると,両者のあいだで variation の分布に大きな違いが見られない.

 これらの根拠を挙げながら,Brengelman (339) は,"[I]t can hardly be true that Caxton had a major direct role in standardizing (not to mention regularizing) English spelling" と結論している.
 以下は付け加えだが,Brengelman (336, fn 9) では,近代高地ドイツ語においても印刷業者が書き言葉の発展に特に貢献したわけではないとする研究が紹介されている.印刷業者は,別の影響によって発達した新しい書き言葉習慣に則った教科書を流通させるという最終段階において貢献したにすぎず,その歴史的な役割はあくまで間接的なものであるとしている.

 ・ Brengelman, F. H. "Orthoepists, Printers, and the Rationalization of English Spelling." JEGP 79 (1980): 332--54.

[ | 固定リンク | 印刷用ページ ]

Powered by WinChalow1.0rc4 based on chalow