「#1715. Ireland における英語の歴史」 ([2014-01-06-1]) と「#1718. Wales における英語の歴史」 ([2014-01-09-1]) に続き,スコットランドの英語の歴史を概観しよう (Fennell 191--95) .
スコットランド北西部にはピクト人 (the Picts) と呼ばれる民族が住んでいた.ピクト人がいったい何ものなのか,ケルト系の言語を話していたのか,あるいは非印欧語を話していたのか,不明な点は多いが,オガム文字 (ogham) を使って碑文を書いていたことが知られている.
一方,アイルランド人がブリテン北部を侵略し,ゲール語を持ち込んだことは確かである.彼らはローマ人に Scoti と呼ばれた.ピクト人と Scoti は融合し,ゲール語を話す Alba 王国を建国した.この王国を,アングロサクソン人は Scotia と呼んだ.これが Scotland という国名の起源である.Alba 王国は,9世紀後半には南西部へ勢力を拡げ,Dun Eideann (Edinburgh) を含み Tweed 川にまでいたる Lothian 一帯を支配下においた.ここにおいて,ゲール語は Northumbria 方言の英語と隣接することになった.11世紀前半,ゲール語話者であった Malcolm II (953?--1034) と Macbeth (?--1057) はアングロサクソン人との戦いに勝利し,これ以降,長い間,Northumbria は Scotland と結びつけられるようになった.
Macbeth を殺害した Malcolm III (1031?--93) は,王権をイングランド風に近代化しようとした.その結果として,スコットランド王国内で英語が威信を得ることとなった.したがって,スコットランドでは当初から英語が近代化の象徴とみなされていたのである.折しも William 征服王による圧政の最中で,多くのイングランド人がスコットランドへ逃げてきたために,領土内の英語話者数も増えた.
14世紀以降,スコットランドの Balliol, Bruce, Stewart 王家はいずれも Lowland に基盤を置いていたために,王国の中心地はそれまでのゲール語を話す Highland から英語の伝統の濃い Lowland へと移動した.14世紀後半には,Lowland の英語は文学語として花咲き,その地位は確実なものとなっていた.15世紀後半には,この英語は イングランドにおける Inglis とは異なる言語変種として Scottis と呼ばれるようになった.ややこしいことに,それ以前には Lowland の英語話者は,Highland のゲール語を指して "Scottish" と呼んでいたのである.ここでも,スコットランドのアイデンティティが英語を話す Lowland に移ったことが示されている.
しかし,この Scottis,すなわち現在は Older Scots と呼ばれるこの変種は,この国の書き言葉標準変種とはならなかった.15世紀から16世紀初期にかけて,Older Scots による文学は,Robert Henryson, William Dunbar, Gavin Douglas, Sir David Lyndsay などにより黄金期を迎えたが,書き言葉標準の地位はイングランド発の Chancery English に基づく変種に占められた.その理由としてはいくつかあるが,(1) Henryson や Dunbar などの書き表した英語が Chaucer の英語をモデルとしており,イングランドへの接近を示していたこと,(2) Older Scots は教育の言語となるほどまでには威信を得られなかったこと,(3) 印刷本などによりイングランドの英語がすでにスコットランド内で出回っていたこと,(4) 聖書が Older Scots へ翻訳されなかったことなどが関与しているだろう.
だが,最大の理由は,1531年にスコットランドが Flodden の戦いでイングランド軍に負け,続いて宗教改革の波に洗われたことだろう.宗教改革者はイングランドの英語で信仰告白し,聖書を読んだのである.また,1603年に James VI がイングランド王 James I として即位し,the Union of Crowns が成ると,スコットランド王家による Scots の支援は途絶えることとなった.1707年の the Union of Parliaments もその傾向に拍車をかけた.18世紀からは,Scots の使用は非難されるまでになった.
しかし,スコットランド人の間の親密な会話においては,Scots は生き残った.詩の言語としても命脈を保ち続け,18世紀後半に Robert Fergusson (1750--74), Robert Burns (1759--96), Sir Walter Scott (1771--1832) などの文人が輩出した.しかし,Scots の著しい復権にはつながらなかった.
20世紀には,Scottish National Dictionary や A Dictionary of the Older Scottish Tongue や Linguistic Atlas of Scotland など,Scots の辞書やその他の参考書も出版されるようになり,Scots の3度目の復権の試みに貢献しているように見えるが,今後どうなるかはわからない.1999年にスコットランドで約3世紀ぶりに議会が復活して以来,政治的意味合いも付されて Scots の役割が熱い議論の的となっている.
・ Fennell, Barbara A. A History of English: A Sociolinguistic Approach. Malden, MA: Blackwell, 2001.
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