hellog〜英語史ブログ

#3287. タガログ語語彙の三層構造[tagalog][lexicology][lexical_stratification]

2018-04-27

 英語語彙および日本語語彙の三層構造について,「#334. 英語語彙の三層構造」 ([2010-03-27-1]) や「#335. 日本語語彙の三層構造」 ([2010-03-28-1]) を始めとして,「#2977. 連載第6回「なぜ英語語彙に3層構造があるのか? --- ルネサンス期のラテン語かぶれとインク壺語論争」」 ([2017-06-21-1]) に張ったリンク先の多くの記事で取り上げてきた.
 フィリピンで最も広く話されるタガログ語(Tagalog; 公式名称 Pilipino)にも,英語や日本語のものと緩く比較される三層構造があると知った.背景には,「#1589. フィリピンの英語事情」 ([2013-09-02-1]),「#1593. フィリピンの英語事情 (2)」 ([2013-09-06-1]) で紹介した,近代期のスペインやアメリカによる支配の歴史がある.語彙の下層,中層,上層を構成するのは,それぞれタガログ語(本来語),スペイン語,英語の単語群である.河原 (70) を引用しよう.

 ここで,タガログ語の三重構造に触れるべきだろう.それはタガログ語の語彙には三重構造(元来のタガログ語の語彙,スペイン語系の語彙,英語系の語彙)が見られることである.ある事柄を示すのに,三種類の表現法が並列している場合がある.たとえば,お金の単位で50ペソを示すときには,limampung piso (タガログ語),singkwenta pesos (スペイン語),fifty pesos (英語)のすべての表現が可能であり,市場では,どの表現も十分に理解される.どれを選択するかは相手や状況によって定まっていく.
 ここで,日本語の体系を考えてみよう.日本語の語彙は,和語―漢語―外来語から成り立っている.かなり強引なアナロジーであるが,フィリピンでは,元来のタガログ語―スペイン語―英語の語彙は,和語のような機能を果たしている.つまり kumain (食べる) uminom (飲む)のような基本語である.スペイン語の語彙は,スペイン時代に取り入れられた宗教,社会組織,法律,統治システムに関する語が多く,日本語の中での漢語のような働きをしている.abogado (弁護士),munisipyo (市)などの語彙である.英語は現代的な制度・概念を示し,政府,科学技術,ビジネス,産業,娯楽に関連する語彙が多く,日本語における外来語に相当する.例えば,miting (ミーティング),weyter (ウェイター),kabinet (内閣)などである.
 ただ,元来のタガログ語,スペイン語,英語とも同じアルファベットを用いているので,日本語と比べれば,相互の距離感は少ない.日本語では,ひらがな(和語),漢字(漢語),カタカナ(外来語)と,別々の表記法があり,互いの違いが際立っていて,書き言葉の場合は否応なしに,互いの違いを意識してしまう.


 引用の最後の段落で述べられていることは,英語語彙における三層構造についても言える.英語でも文字種は常にローマン・アルファベットのみであるから,見た目での語種の区別は日本語の場合に比べて著しくない.
 英語,日本語,タガログ語の語彙の間に比較される三層構造が確認されるとはいっても,その規模,分布,あり方はそれぞれ独自のものだろう.世界中の言語を調査すれば,このような語彙の階層構造はある程度見られるものかもしれないが,当たり前のように多く存在するとは思えない.比較的特異な類似点であると理解しておいて妥当だろう.

 ・ 河原 俊昭 「第3章 フィリピンの国語政策の歴史 ―タガログ語からフィリピノ語へ―」 河原俊昭(編著)『世界の言語政策 他言語社会と日本』 くろしお出版,2002年.65--97頁.

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