hellog〜英語史ブログ

#3690. 「ヴ」の根強い人気[katakana][romaji][japanese][writing][grapheme][grammatology]

2019-06-04

 「ヴ」表記については「#3325. 「ヴ」は日本語版の語源的綴字といえるかも?」 ([2018-06-04-1]),「#3667. 消えゆく「ヴ」」 ([2019-05-12-1]),「#3628. 外国名表記「ヴ」消える」 ([2019-04-03-1]) で取り上げてきたが,先日5月23日の朝日新聞朝刊に,専門家による「ヴ」の表記の略史が記述されており興味深く読んだ.要約すると次の通りである.
 早い例では,江戸時代の儒学者・新井白石が,語源研究書「東雅」 (1717) で「呉」の中国語音を表わすのに用いたものがあるという (cf. 「#1879. 日本語におけるローマ字の歴史」 ([2014-06-19-1]),「#2550. 宣教師シドッチの墓が発見された?」 ([2016-04-20-1])) .しかし,英語の /v/ に対応する文字として「ヴ」が用いられ始めたのは,幕末からである.明治後期,旧文部省は人名・地名などで「ブ」表記の指針を示したが,新聞などでは「ヴ」の使用が続いた.戦後,同省は「ヴ」も容認する方向へ転じたが,59年には方針を元に戻す.さらに91年の内閣告示では一般的には「ブ」表記としながらも「ヴ」も容認する方向へとシフトした.明治以降,原音尊重の原理と使用実態に即した慣用保持の原理の間で,日本語社会のなかで「ヴ」表記が揺れ続けてきたということだろう.近年は国際化も進み,若年層ほど「ヴ」を用いる傾向が強いとされる.
 書籍のデータベースで「ヴ」表記を調査した立正大学の真田治子教授(日本語学)によると,1980年代後半から「ヴ」の使用が急増しているという.考えられる理由として「オシャレで本格的な雰囲気を出し,特別な感じを演出する効果を狙い,見るためだけの視覚的表現として使われている.今はカタカナ表現があふれるからこそ,より際立たせる狙いで『ヴ』が活用されているのでは」とのこと.
 「ヴ」を「見るためだけの視覚的表現」と評価している点がおもしろい.これについては「#2432. Bolinger の視覚的形態素」 ([2015-12-24-1]) も参照されたい.

Referrer (Inside): [2019-07-01-1]

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