日本の英語教育では長らく,アルファベットの活字体に加えて筆記体が指導されてきた.英語でいうと活字体(あるいはブロック体とも)は print script, manuscript, ball and stick などと呼ばれ,筆記体は copperplate と呼ばれる.
近年は筆記体の指導が行なわれなくなってきているようだが,背景には筆記体が実用的な書体とはみなされなくなってきたという事実がある.イギリスの小学校でも,非教育的な書体として放棄されて久しい.ところが,日本の『中学校学習指導要領』の「3 指導計画の作成と内容の取扱い」の (2) のウには「文字指導に当たっては,生徒の学習負担にも配慮しながら筆記体を指導することもできることに留意すること」とあり,公式には筆記体の存続がいまだに許容されている.アナクロな規定が生きながらえているようだ.
英語母語話者の手書きの手紙やカードなどで筆記体を読む機会はあるではないかと思う向きがあるかもしれないが,多くの場合,あの流れるような手書き書体はいわゆる筆記体ではない.多くの書き手が書いているのは,筆記体とは異なる(しばしば独自の)草書体である.筆記体とはあくまで様々な手書き書体の1つにすぎず,現在それを使っている人は実はごく稀なのである.
「#3674. Harris のカリグラフィ本の目次」 ([2019-05-19-1]) で見たように,歴史的にも現代においてもアルファベットの書体は多数ある.そのなかで特に実用に供しているわけでもない書体である筆記体を選んで指導するというのも,確かに妙なものかもしれない.私自身は筆記体を習った世代なので,スペリングを板書する際などに出てしまうのだが,何割かの学生は判読できない(少なくとも判読しにくい)のだろうなと反省する.見ている側にとっては,ある種のカリグラフィの趣味を押しつけられているように感じてしまうかもしれない.ただし,英語アルファベットにもいろいろな書体があるという事実に気付いてもらう機会として,ポジティヴに評価することもできなくはないが.
以上は手島 (25--28) の「『筆記体』に関する「学習指導要領」の認識について」というコラムに拠ったが,その手島 (26) には脱筆記体論についての説得力のある議論がある.引用しておこう.
英米人から受け取った手紙やカードの文字が読みづらいことは,現実にはあるでしょう.けれども,そうした文字が読めない,あるいは,非常に読みにくいのは,筆記体を知らないせいなのでしょうか.相当の高齢者でない限りは,その絵はがきを書いた人も,学校時代に筆記体は習っていないのです.とすれば,その人の書いた文字は,自己流の続け字か,場合によっては,(失礼ながら)悪筆かのどちらかです.ひょっとしたらその文字は,英語を母語とする人にさえも読みにくいかもしれません.筆記体を習っていないせいで読めないと早合点しないように指導することが大切です.大学時代の英米の先生の手書き文字を思い出したり,現在一緒に仕事をしているALTの手書き文字を眺めたりしてみてください.筆記体で書く人はまずいないはずです.
・ 手島 良 『これからの英語の文字指導』 研究社,2019年.
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